一瞬だが、ユウは夢を見た。
「マイオーベン・・・」太った女医の笑った表情。
「できたじゃないか!」ユウが賛辞。
「あたしでも、やれました・・・やれました」
「俺の言った通りだろ!」
どうやら、何かを一緒に処置中。
「マイオーベン・・・」
「やったな。ミタライ。ミタライ・・・」
夢がぼやけて、聴覚が賑やかに。あちこちの叫び声。
「ミタライ・・・?」
気がつくと、誰かの膝の上。男の顔。
「わっ!」
「生きてたか・・・よかった」傷ついた大平の顔。
「これは?」ユウの鼻の穴に、ティッシュの塊。
「取るな。血がまだ止まってない」
トレーラーははるか向こう。ここは、新玄関の前。
大平は壁にもたれた。
「お前がまとめたおかげで、見ろ・・・」彼は指さした。
「・・・・?」
不本意だが、男の膝枕からユウは遠くの光景を見つめた。
数多くのテント小屋で、ベッドを1台ずつ搬出するまとまった行動が見え隠れする。
「ベッドは全部、受け止めたか・・・?」
「超急性期の患者らは、みな間に合ったようだ・・・だが、病棟まで上げるにはまだまだ人手がいる」
ユウは、ゆっくり起き上がった。後頭部がズキズキと痛む。
「いてえ・・・」
「おい。どこへ行くんだ。俺たちはもう、十分やった」
「桜田は・・・」
「入院した。頸部をまともに強打して」
「チクショウ。そうか・・・」
携帯を取り出す。
「ザッキー?俺だ。まともに走れないが・・・そうか。人手がな。俺、今から病棟へ行くわ。頼んでくる」
切ると、微動しない大平が見上げた。
「人手があるのか?」
「ある。これだけのはずがない。助手クラス、講師クラスがいっこうに来ないのはぐぐ・・おかしい」
確かに、極端な若手の医師、外部から応援で来た医師らしか見ない。だから、統制が取れなかった理由でもある。
「大平・・・可能なら、あそこを」
駐車場でまだ診療をしているその場を手伝うよう、命じた。
「わかった。これを飲んでからな」
腰に据えたコップを取り出し、ストローを通す。
ユウは1歩1歩、足をひきずった。
「チッキショー。チッキショー・・・医者は・・医者はどこにいるんだチキショー・・・」
新玄関をくぐると、真田病院と同様の・・いや、その倍はある幅の滑走台がある。7人滑り用だ。
「スッゲー・・・」
横にある階段を、ゆっくり登る。エレベーターは電源がついてない。
中腹まで来ると、滑走台の上に並ぶ7人。どうやら、人手がやっと増え始めたのか・・と思ったがどうやら学生ばかりだ。
「中堅どころ・・・中堅どころは!」
足元に、ぽたりと紅い血液。
「ティッシュ、落ちた・・・」
拾おうとしたら、さらにまたポタポタと血液。いっこうに止まる様子がない。
「詰めるもの、詰めるもの!」
ウエストポーチから取り出した、バイアルを・・・これがピッタリ入った。抜けなくなったらどうしよう、と一瞬は思った。
「止まったか・・・」
だが、どうやらノドの奥が妙に奥ゆかしい。どうもそっちへ流れ出したようだ。
「ん?」
下を振り向くと、滑走台の下・・・
「あれは!」
例の、雷女だ。
「やめろ!みんな!行くな!」声はかき消され、スキーのように7人が高角度で滑り始めた。学生らで若いせいか、妙にポーズが決まっている。
ユウの真横、真正面を向いた7人がすれ違う。
滑走台の下、藤堂ナースは西部劇のように両手を離して構え・・・まず右手をシャシャ!と出し・・・
ピンピンピン!と滑ってくる人間らを<マーキング>。みな、気づいてない。
ユウは上から叫ぶしかなかった。
「やめてくれえ!」
7人は藤堂ナースに戸惑いつつも、ズバン!と上空へ舞い上がり・・・彼女の素早く取り出した右手パッドから太いイナズマが、一列に一撃した。
「(7人)ぎゃあああああ!」
白煙を上げ、7人らは1人ずつ惰性で落ちてきた。
ユウは、動く歩道に飛び乗った。このまま・・・正面にエレベーターがある。
「はあ、はあ、はあ・・・大平。やられたか。お前も・・・」
大平への電話も、全くつながらない。
シナジーにはつながった。
「シナジー。シナジー・・・」
「先生!今どこです?」
「駐車場の指揮は、ザッキーとお前で頼む」
「わ、分かりました。でも先生。この人手では・・・」
「それを、今から。今から何とかする」
歩道は終点をむかえ、吐くように放り出された。
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