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2009年7月13日 連載

 一瞬だが、ユウは夢を見た。

「マイオーベン・・・」太った女医の笑った表情。
「できたじゃないか!」ユウが賛辞。
「あたしでも、やれました・・・やれました」
「俺の言った通りだろ!」

どうやら、何かを一緒に処置中。

「マイオーベン・・・」
「やったな。ミタライ。ミタライ・・・」

夢がぼやけて、聴覚が賑やかに。あちこちの叫び声。

「ミタライ・・・?」

気がつくと、誰かの膝の上。男の顔。

「わっ!」
「生きてたか・・・よかった」傷ついた大平の顔。
「これは?」ユウの鼻の穴に、ティッシュの塊。
「取るな。血がまだ止まってない」

トレーラーははるか向こう。ここは、新玄関の前。

大平は壁にもたれた。
「お前がまとめたおかげで、見ろ・・・」彼は指さした。
「・・・・?」
不本意だが、男の膝枕からユウは遠くの光景を見つめた。

数多くのテント小屋で、ベッドを1台ずつ搬出するまとまった行動が見え隠れする。

「ベッドは全部、受け止めたか・・・?」
「超急性期の患者らは、みな間に合ったようだ・・・だが、病棟まで上げるにはまだまだ人手がいる」

ユウは、ゆっくり起き上がった。後頭部がズキズキと痛む。

「いてえ・・・」
「おい。どこへ行くんだ。俺たちはもう、十分やった」
「桜田は・・・」
「入院した。頸部をまともに強打して」
「チクショウ。そうか・・・」

携帯を取り出す。
「ザッキー?俺だ。まともに走れないが・・・そうか。人手がな。俺、今から病棟へ行くわ。頼んでくる」

切ると、微動しない大平が見上げた。
「人手があるのか?」
「ある。これだけのはずがない。助手クラス、講師クラスがいっこうに来ないのはぐぐ・・おかしい」

確かに、極端な若手の医師、外部から応援で来た医師らしか見ない。だから、統制が取れなかった理由でもある。

「大平・・・可能なら、あそこを」

駐車場でまだ診療をしているその場を手伝うよう、命じた。

「わかった。これを飲んでからな」
腰に据えたコップを取り出し、ストローを通す。

ユウは1歩1歩、足をひきずった。

「チッキショー。チッキショー・・・医者は・・医者はどこにいるんだチキショー・・・」

 新玄関をくぐると、真田病院と同様の・・いや、その倍はある幅の滑走台がある。7人滑り用だ。

「スッゲー・・・」
 横にある階段を、ゆっくり登る。エレベーターは電源がついてない。

中腹まで来ると、滑走台の上に並ぶ7人。どうやら、人手がやっと増え始めたのか・・と思ったがどうやら学生ばかりだ。

「中堅どころ・・・中堅どころは!」

足元に、ぽたりと紅い血液。

「ティッシュ、落ちた・・・」
拾おうとしたら、さらにまたポタポタと血液。いっこうに止まる様子がない。

「詰めるもの、詰めるもの!」
ウエストポーチから取り出した、バイアルを・・・これがピッタリ入った。抜けなくなったらどうしよう、と一瞬は思った。

「止まったか・・・」
だが、どうやらノドの奥が妙に奥ゆかしい。どうもそっちへ流れ出したようだ。
「ん?」

 下を振り向くと、滑走台の下・・・

「あれは!」

 例の、雷女だ。

「やめろ!みんな!行くな!」声はかき消され、スキーのように7人が高角度で滑り始めた。学生らで若いせいか、妙にポーズが決まっている。

ユウの真横、真正面を向いた7人がすれ違う。

滑走台の下、藤堂ナースは西部劇のように両手を離して構え・・・まず右手をシャシャ!と出し・・・

ピンピンピン!と滑ってくる人間らを<マーキング>。みな、気づいてない。

ユウは上から叫ぶしかなかった。
「やめてくれえ!」

7人は藤堂ナースに戸惑いつつも、ズバン!と上空へ舞い上がり・・・彼女の素早く取り出した右手パッドから太いイナズマが、一列に一撃した。

「(7人)ぎゃあああああ!」

白煙を上げ、7人らは1人ずつ惰性で落ちてきた。

ユウは、動く歩道に飛び乗った。このまま・・・正面にエレベーターがある。

「はあ、はあ、はあ・・・大平。やられたか。お前も・・・」
大平への電話も、全くつながらない。

 シナジーにはつながった。

「シナジー。シナジー・・・」
「先生!今どこです?」
「駐車場の指揮は、ザッキーとお前で頼む」
「わ、分かりました。でも先生。この人手では・・・」
「それを、今から。今から何とかする」

 歩道は終点をむかえ、吐くように放り出された。





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