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2009年7月16日 連載
 ザッ、ザッ・・・と黒レザーの藤堂ナース、白衣の大平と一見ナイスカップルな男女が、人間型の塔の右真横にたどり着いた。近くで倒れた自転車のタイヤが虚しく空回っている。

 そのタイヤに太い針がプス、と刺さり、空気が抜けていった。大平は伏し目がちに話した。
「株主の標的は、おそらく肝臓あたりだろう。隠れ家というのは、心理的に頂上でも入口でもないからな」
「・・・・・・もうあと、45分しかないよ?」
「俺は今・・・」

携帯をいじる。何やら送信した。

「全予算をつぎこんだ。これで、警察の世話になっても資産は守られる」
「他名義で?」
「俺の名義での株主が、実はごまんといるのさ」
「欲のタマネギでできてんのね。あんたは」
「なんとでも・・・」

彼はベルトの横、コップの蓋を開けて中にある注射針をジャラ、ジャラとストローでかき回した。

「言えよ。何事もオールオアナッシング。それがあるべき人生だ」

藤堂ナースは無言で裏へと回った。大平も・・・中へと入り込む。

ユウは、<類洞>と書かれた大きな部屋にいる。どんな広さなのか、彼にはつかめなかった。なにせ・・

「ここは、鏡だらけだからだ」
ドーン、と周囲は皆ユウだらけ。ユウが映った鏡が無限にある。ユウが右に出ると、大勢のユウが右に出る。まるで1列に並んだニワトリの群れだ。

「どこがおい・・・通路なんだいたっ!」
鏡に当たった。薄暗く、見通しも不明。
「そりゃ、肝臓の細胞はどれも同じだよ・・・だからといって。こりゃないぞ・・・ヒー」

また息苦しくなる。注射器で空気を引くが・・・カテラン針が皮膚を行き来して、常に痛い。
「ぷ!はーっ!はーっ!なんとかならんのかこれは!」

キィ・・・という音にぶったまげ、ユウは押し黙った。体の容積をなるべく小さめに。

(外側)「返せ。命がおしければね・・・」女の声。
(内側)「ユウ。彼女を怒らせない方がいい」大平。

女は入口、大平は奥深くにいる・・・。

(外側)「アンタが持ってても、猫に小判だよ」
(内側)「ユウ。彼女を責めてもどうしようもないぞ」

「どういう意味だ?」ユウの声がこだまする。

(内側)「ミタライは確かにつぐないを受け過ぎた。計算外のことだったんだ」

「ミタライ・・・やはりまたミタライか。俺の元コベンが、何だってんだ!何をした!」

(内側)「やはり大学医局は、情報を封じたか・・・」

「なに?」

(内側)「利用されたんだ。お前は。ユウ。大学の人間は、危機に瀕したミタライをすぐには助けにはいかなかった」
「危機だって・・・?分からん。何のことなのか」

ユウは髪の毛を思いっきりつかんだ。

「くそ・・・!」
遠くに移る他人の影。ユウは赤外線を当て、すかさず右手パッドのボタンを押した。
「人殺し!」

ズギャーン、と一条の青い光線が斜めに走った。ナイフで刻むように、稲妻は鏡を端から端まで破っていった。

(外側)「ギャアア!」
「・・・・・・・・・」
(外側)「なーんちゃって」
(内側)「もう、俺は知らないからな」

フッ、と静寂に戻った。ユウはまた反対側へとパッドを向けた。

「貴様ら!」

バリバリバリ!と常に興奮した破壊力で、周囲の鏡は粉砕されていく。

「何か言え!ちきしょう何か言え!」

この沈黙。この冷酷。何よりも耐えがたい<単調>だった。

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