拳でキーボードのキーがあちこちに散乱し、それでもハッカーは興奮・絶望がおさまらなかった。
「なんでだよ・・?なんで誰からも連絡がない?ええ?」
「・・・・・」足津は溜息をつくこともなく、携帯を耳にあてた。
医療対策課の彼に、また連絡がかかってきた。デスクで荷物の取りまとめをしている。
「おっ・・・もしもし!」
<足津です。お願いがあります>
「あー。あー・・・もうこれ以上は・・・」
打って変って冷淡な口調の彼は、隠れ場所をトイレに見つけた。ここなら大丈夫だ。
「これ以上はちょっと。それより、振り込みのほうがまだみたいですが」
<本日は多忙につき、明日以降とさせていただきます>
「困ったな。そりゃ困る。返済は早いほうがいいんだよ。いや、いいんですよ」
<今度の依頼を聞いてくだされば、本日中にでもそちらに>
「キャッシュで・・・持ってきてくれる?くれます?マジで?」
職員はじっと耳を澄ました。
「はいはい・・・・うーん。でもどうやって・・・はあ、それだけですか。はい・・・報酬は上乗せあるんでしょうね?」
<・・・・・>
「は?ははっ?やや、やります!やりますとも!」
どうやら、天文学的な数字が出たようだ。
電話を切り、彼は心が大きくなった。机の荷物もどうでもいい。一目散に、対策課を出ようとする。
「全部やるから、とっときな!」
「待て!理由を話せ!」上司の声。
「知るかボケ!」
そのまま大通りに躍り出て、タクシーを拾う。
「ホームセンター。どこでもいい」
「・・・・」疲れ切った運転手は、つまらなさそうにハンドルを切った。
走り去るタクシーの画面をパソコン上で見届け、ハッカーはメールを打ちつけた。
「よっし!これで最後の刺客の登場だ!頭いいっすよ足津さん!」
「・・・・・」
「でも彼、正気じゃないっすよ?知りませんよ?」
パチパチ・・とキーを打ち終わり、Enterをパシッ!と押した。
「これで株主様らの期待も高まった!これで売りも阻止できる!」
「目的は2つ。彼らの今後の士気を失わせること。我々の力を世に広めること」
患者はすべて、何とかなった。医療スタッフは多大な打撃、信頼を大きく失った。しかし、彼らとしては大きな<安打>が欲しかった。
彼らの利益を震撼させた、<しぶとい医師>の存在だ。
足津は掌の蚊をパシッとはたき、手を洗いに洗面所へと向かった。
「・・・・・・」
蛇口をひねり、まとまった水がドバッと落ちてくる。
「ぎゃあああ!」
そのままドバッと管から、ユウが空中へ舞い落ちてきた。無重力空間と思うほどだったが・・・地面に転げ落ちるまで時間はかからなかった。
ドテン、と耳から落ち続いて液体が降り注いだ。
「う・・・うう!オンギャー!」
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