男は暑苦しいスーツを脱ぎ、そこらに放った。
「あーあ。まあ聞け。俺は医療を、常に監視する立場にあったんだけどな?信じられないだろうが、最初は農家やってたんだ。農家」
ジージー・・と蝉の鳴く声。
「都会から来た俺の家族を迎えてくれた農家の人たちは・・優しかったよそれで一生ものだと思った。大地に根を張る生き方だよ男には分かるだろエーッ?」
ゴロンゴロン、と1缶転がった。
「そしたらなんだ?農協に全て吸い上げられるんだよ。みるみるうちにさ。高額なローン組まれて農機や外車買わされてさ・・・働いても、働いても奴らは搾取するばかり。何の罪のない人間が吸い取られる。おいこれってどういうことだ?」
頭をドテッと打ちつつ、彼は寝そべった。
「てめえのかつていた、真田のやつらは勇敢だった。ちょっと前まではな。実験台にされそうな自治体の新興病院を追い出し、てめえらで村民のための分院を打ち出した。あれはすげえ、俺は思ったよ。ちょうどこの職についたころだ」
恐ろしいほど、周囲は静かになった。
「だけどよ。てめえらの仲間は仲間で引き揚げて、知らんふり・・・あの事務長は、品川は知ってたはずなんだよ。どういう運命が待ってたかなんてな」
ピクッと何かに気づいた。しかし彼はつづけた。
「結局、搾取する人間の手助けをしただけなんだ・・・過保護の振りしてる親みたいにな!」
「そうじゃない!」シローが叫びながら、廊下を突進した。
「そうだとも!」振りかぶってたナイフを一直線、投げる。
「ぎゃ!」
刺さってはないが、当たってはじかれた。シローの体も。
「いつつつ!」シローはそのまま横向きで廊下をスライディングした。
男はユラッと立ち上がった。
「刺さった?大丈夫か?」
シローの膝下から流れる血。手でおさえる。
「足津さんの周囲は、オリンピック候補しか雇わないんだよ・・・」
彼は余裕で近づいた。
「ま。おまえはクマリン、飲んでないからいけるだろ?」膝の上に足で押す。
「いたたた!」
「監視する仕事で、俺はとりあえず満足してた・・?いやいや、ノーノーノー。現物がないと、何も手にした人生にはならない。現物こそが、俺の永遠のテーマだ」
「か、金か・・・!」
シローは大汗で睨んだ。
「そうだよ。お前だって、それで仲間を裏切ったんだろー?」
「違う!」
「家族だろ?しょうがねえだろ、捨てられたんじゃーな。だいいちおい、嫁がそんな宗教団体に入るようじゃあ、てめえのお勤めが上手くいってなかったからじゃあ、ねーの?ま、知らんけど・・・」
ピピッ!と携帯で画像を撮影。さまざまな角度から。足津や株主への報告用。
ところがバシッ!とその携帯が吹き飛んだ。
「てえっ?なに・・・」
見下ろすと、シローが左手にパッドを持っている。
「ほ~。未来の軍事用品か。赤外線なしで、よく当たったな!」
シローは少しあわてた。ターゲットポイント用のパッドが・・・どうやら、廊下を走ったときに落としていたようなのだ。
「じゃ。俺を当ててみなよ」両手を上げる。
「ひっ・・・」
「俺を当ててみろってんだよこの!ボウズ!」
「ひゃああっ!」
シローは両手を後ろにまわし、ズルズルと後ろに這い戻った。
「これはね。当てないほうがね難しいんだ」スカッ、と当たり前のようにシローの腕と腰の間にナイフが落下し、床に刺さった。
「わあっ!」バシュ!とパッドから火花が出たが、天井に向かう。
「ヘタクソが!もっと狙わんかい!」
抜き出したナイフを、またわざとシローの股間の近傍へ。
「わっ!」
「まだだって。まだまだ!」
彼はいったん立ち止まり、<タイム>のポーズをとった。
「はーい。足津?チョロイちょろいの、なんの。ナイフは証拠がつくしな。彼、ちょうどパッド持ってるから。あんたら、ホントはこれを取り戻したかったんだろ?」
「ちいっ!」シローは何度かボタンを押すが、すべて窓や天井にぶち当たった。
「3000?ノーノー。少ない少ない。まだまだ・・・ま、その額でいいわ。なら、持っていったる!」
彼は心を決め、携帯をパタンと閉じた。
「シロー。お遊びは終わりだ。刺されたくなかったら、そのパッドをこっちに放って・・・」
彼の瞳孔が固まった。
「て?」
彼の眼球に映ったのは、チラチラする赤外線だった。
「ちょ、ま・・・」
シローはよそを向き、ピイーンという音とともにボタンをプッシュした。バリバリバリ!と一直線の閃光が男の体を貫いた。
「がが・・・・が!」
シローは何度も何度も押し続けた。そこらの壁、床に次々と穴が開いていく。やがて閃光の威力は途絶え、豆電球ほどの光がともる程度に。
「う!う!」
カシャン、カシャンとボタンを押すその指にも、もう力は残ってなかった。
ドサッ、と男の体が倒れた。
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