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2009年8月10日 連載

 真珠会、事務室。みな、険悪なムードに包まれている。

 ハッカーは口から汚い分泌物。モニターも横にそっぽを向いている。
「ヒゲエ、フゲエ・・・なんで。なんでここまで売られるんだ・・・?」

 足津は力が抜けたように、ドカッとソファに腰かけた。
「・・・・・・・・・もう手立ては、なしですか・・・」

 ハッカーや事務員は、あちこち電話をかけまくった。誰も出ない。あるいは出ない振りをしているのか。故障しているのか。

 ハッカーは立ち上がった。
「もーダメ!嘘!俺、もう認めない!もうこれ以上追証払えない!足津さん!」
「・・・・・」
「足津さん!いったいこれ、どうしてくれんっすか!なあ!」

 他の事務員らも立ち上がり、オーナーを睨みつけた。

「家も買って、外車も買って会社も立ちあげて俺名義の・・・ですよ?あんたのおかげで、そのアンタにさ?名義まで預けてすなわちこの・・いわゆる魂すら売ったってわけじゃん?」

「・・・・・・抗議なら、弁護士を通じてもらえませんか?」足津は冷たくあしらった。

 グラフがどんどん、下がっていく。

 ハッカーが地面にひれ伏し、ただただ祈るように何度も頭を下げる。
「売らんといてくれ~・・・みんな。売らんといてくれぇ~・・・くくく」

 みな興味のなくしたモニター画面の1つに映る、大学病院駐車場のトレーラーが行き場なく停まっている。

 合流した藤堂親子は、運転席と助手席に乗るべく車両前方で2手に別れた。

 運転席に、ボロボロになったレザーの藤堂ナースがやっと腰かけた。座ったとたん走る激痛。背中も腰もやられたらしい。肋骨もおそらく骨折している。

「つ・・・!」
「いけるか?」助手席に、無傷の父親。

「どこへ行ってた・・・?」
「わしか?これでも医療のはしくれだ。患者の処置を見届けにな」
「見届け・・・?」

トレーラーの周囲、野次馬が次々と集まってきた。

「ああいう組織に手を染めても、わしは患者を犠牲にするのは真っ平だ。もしものときは、医療スタッフのヘルプをするつもりだった」

 駐車場の奥、長い通路のさらに奥に新玄関が見える。そこから蟻のように出てくるスタッフら。

「警察も、もうそこに来とるらしい。わしらはまあ、大丈夫だ。お前はわしが弁護してやる。優秀な弁護士も知っとる」

 娘の唇が、わなわなと震えているのに気づいた。

「どうした?寒いのか?」
「ふん!」いきなりエンジンが始動、ハンドルがいっぱいに切られた。
「うぐっ!」

 野次馬を数人蹴散らし、トレーラーはゆっくりうねりを始めた。

「ば!バカが!」父親は体勢を立て直そうとした。
「これを読んでみな」バサッ、と父親の膝に雑誌のようなものが置かれた。
「なにい?」

 手に取ると、それが入院カルテであることは分かった。

「これは・・・!」
「お母さんが亡くなったときの」
「お前、こんなものを・・・!なぜ?」

 だが、言いかけたのをやめた。

「やっぱりそうか。気になっていたのか」
「・・・・・・」

 ドカン!と潰れたテントや学祭用のハリボテを、タイヤが踏みつぶす。

「お前の母親は病気で亡くなった。人は病気で亡くなる。なぜそれを掘り返す?」
「大学に殺されたと、貴様は言ってたな!」
「貴様とか、そういう口のきき方はいかん!うわっ!」

 ドオン!と軽乗用車が数メートル飛ばされた。助手席側ドアがへこんだ。

「ぬぬ!カルテに、一体何が書かれているというんだ!」
 震える手で、パラパラめくる。前方の視界も気になる。

「その、ページ折ったところ」
「なに?」

 所定のページを、開く。新玄関が、いよいよと迫る。

 ユウはちょうど、2階のICUを出た。怒りに顔が引きつっていた。

「あいつら!あいつら!」
「どこに行くんです!」品川が追いかける。
「許さん!絶対に許さん!」
「先生!何をして、彼女が戻ってくるというんですか!亡くなった人間はもう!」
「うるせえ!」

 滑走台の手前、動く歩道に飛び乗った。











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