真珠会、事務室。みな、険悪なムードに包まれている。
ハッカーは口から汚い分泌物。モニターも横にそっぽを向いている。
「ヒゲエ、フゲエ・・・なんで。なんでここまで売られるんだ・・・?」
足津は力が抜けたように、ドカッとソファに腰かけた。
「・・・・・・・・・もう手立ては、なしですか・・・」
ハッカーや事務員は、あちこち電話をかけまくった。誰も出ない。あるいは出ない振りをしているのか。故障しているのか。
ハッカーは立ち上がった。
「もーダメ!嘘!俺、もう認めない!もうこれ以上追証払えない!足津さん!」
「・・・・・」
「足津さん!いったいこれ、どうしてくれんっすか!なあ!」
他の事務員らも立ち上がり、オーナーを睨みつけた。
「家も買って、外車も買って会社も立ちあげて俺名義の・・・ですよ?あんたのおかげで、そのアンタにさ?名義まで預けてすなわちこの・・いわゆる魂すら売ったってわけじゃん?」
「・・・・・・抗議なら、弁護士を通じてもらえませんか?」足津は冷たくあしらった。
グラフがどんどん、下がっていく。
ハッカーが地面にひれ伏し、ただただ祈るように何度も頭を下げる。
「売らんといてくれ~・・・みんな。売らんといてくれぇ~・・・くくく」
みな興味のなくしたモニター画面の1つに映る、大学病院駐車場のトレーラーが行き場なく停まっている。
合流した藤堂親子は、運転席と助手席に乗るべく車両前方で2手に別れた。
運転席に、ボロボロになったレザーの藤堂ナースがやっと腰かけた。座ったとたん走る激痛。背中も腰もやられたらしい。肋骨もおそらく骨折している。
「つ・・・!」
「いけるか?」助手席に、無傷の父親。
「どこへ行ってた・・・?」
「わしか?これでも医療のはしくれだ。患者の処置を見届けにな」
「見届け・・・?」
トレーラーの周囲、野次馬が次々と集まってきた。
「ああいう組織に手を染めても、わしは患者を犠牲にするのは真っ平だ。もしものときは、医療スタッフのヘルプをするつもりだった」
駐車場の奥、長い通路のさらに奥に新玄関が見える。そこから蟻のように出てくるスタッフら。
「警察も、もうそこに来とるらしい。わしらはまあ、大丈夫だ。お前はわしが弁護してやる。優秀な弁護士も知っとる」
娘の唇が、わなわなと震えているのに気づいた。
「どうした?寒いのか?」
「ふん!」いきなりエンジンが始動、ハンドルがいっぱいに切られた。
「うぐっ!」
野次馬を数人蹴散らし、トレーラーはゆっくりうねりを始めた。
「ば!バカが!」父親は体勢を立て直そうとした。
「これを読んでみな」バサッ、と父親の膝に雑誌のようなものが置かれた。
「なにい?」
手に取ると、それが入院カルテであることは分かった。
「これは・・・!」
「お母さんが亡くなったときの」
「お前、こんなものを・・・!なぜ?」
だが、言いかけたのをやめた。
「やっぱりそうか。気になっていたのか」
「・・・・・・」
ドカン!と潰れたテントや学祭用のハリボテを、タイヤが踏みつぶす。
「お前の母親は病気で亡くなった。人は病気で亡くなる。なぜそれを掘り返す?」
「大学に殺されたと、貴様は言ってたな!」
「貴様とか、そういう口のきき方はいかん!うわっ!」
ドオン!と軽乗用車が数メートル飛ばされた。助手席側ドアがへこんだ。
「ぬぬ!カルテに、一体何が書かれているというんだ!」
震える手で、パラパラめくる。前方の視界も気になる。
「その、ページ折ったところ」
「なに?」
所定のページを、開く。新玄関が、いよいよと迫る。
ユウはちょうど、2階のICUを出た。怒りに顔が引きつっていた。
「あいつら!あいつら!」
「どこに行くんです!」品川が追いかける。
「許さん!絶対に許さん!」
「先生!何をして、彼女が戻ってくるというんですか!亡くなった人間はもう!」
「うるせえ!」
滑走台の手前、動く歩道に飛び乗った。
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