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2009年8月11日 連載

1ヶ月後・・・真田病院が通常業務に戻った頃。

 地下鉄の出口を出て、まだうだる暑さの9月。母親は幼い子供の手を引っ張って、やや急な坂道を登っていった。キョロキョロ見回すが、誰の姿もない。

 新築張りの建造部物の一室では、スーツを着たシローが2人の夫婦?とおぼしき姿と激しく会話していた。

「あなた方に相談しても、同じことだ!」
「ほらまた。熱くなる」夫とおぼしき爺さんが、見下げたようになだめる。
「・・・・」
「あなたの性格として、すぐカッとなることが挙げられる。現場でもそれを指摘する声があった」

 横の婦人とおぼしき婆さんは情け深い表情で見ている。

「僕は説教をお願いしてるんじゃない。どうにか話をまとめて欲しかった!」
「だが、父親がそういった犯罪に関わった時点で、養育の許可を出すのは不可能なんです」
「犯罪に加担などしていない!」
「証拠はなくとも、奥さまの証言で・・」
「あいつが何を言おうとな!」

 シローは怒り狂って、調停の部屋をあとにした。中断した格好だ。

 爺さんが出てきた。

「あとで、間もなく奥さまの証言をとります。たとえ彼女の背後に宗教団体があろうと、離婚に伴う子供の養育は安心できる環境が第一です」
「安心だと・・・?」

 シローは、下のロビーへと降りた。

「職も失い、仲間も失った。家族への気持ちは変わらない。でも再出発の自信はある・・・なら子供とまた生活できるという、かすかな光の権利をくれ・・・」

 眼前に、4つの足が見えた。2本は細く、まだ小学校の子供だ。

「海斗!」
「パパ!パパ!」

 ドラマのような感動ではなく、ごくあたりまえの懐かしい再会だった。母親も容認した。一瞬だが、彼らの良かったころの雰囲気だった。

「海斗!このあと、どっか行こう!な!」
「パパが、悪い人をやっつけたって」
「ママが言ったか?いやいや、噂だ。噂。お前は決して、人を傷つけたらいかん。ダメ!」

 彼は警察に呼ばれはしたが、これといった容疑までいかなかった。

 シローはワイフを見上げた。
「真珠会は、宗教団体と合併したんだってな。正式に」
「ええ・・・」
「松田先生が亡くなって、医療界にも影響がなくなるかと思ったが・・・悪は次から次へと来るね」

 彼女は返事しなかった。シローは子供を抱き締めた。

「い・・いやだ!いやだ!もう孤独なんて。孤独っておい分かるかある日・・・思うんだふと電気を消してこのまま僕が自分が知らない間に死んだとして。その死んだことすらほっとかれる。その間、誰が悲しむんだ?そう、こうやって悲しんでほしいと思ってるのが孤独なんだ」

 ワイフは困惑した。
「人が見てる・・行かなきゃ」

「恐ろしいことがあったんだ。聞いてくれ。これだけ聞いてくれ。大学病院の医者らが苦しめられたあの1連の事件・・・藤堂という娘のそう、母親のための復讐だ。彼女は父親からウソ教えられてた。大学が殺したと。でも実際は、夫婦仲の悪かった父親が蘇生を拒否した。かわいそうに、そのときの主治医がその誤解で・・・」

「知ってるからそれは・・」

「でな!でな!これが・・・」ポケットから取り出した薄いカルテ。
「外来カルテだよ。この母親が入院する前の主治医・・・」

パラパラ、とめくる。

「ほら見ろ!この主治医は見落としてる。数日前の初診の段階で。風邪だと診断。本人は入院を希望。なのに詳しい検査もせず入院を拒否!この主治医がだよ?ユウ先生なんだよユウ!信じられるか?よりによって犠牲になった女医の、オーベンだ!」

「・・・・・」

「僕はいたく後悔している!なんでこんな人間を助けたんだと!彼は、彼らはまるで今ヒーローじゃないか!その陰でいったい何人が死んだんだ!」

 シローは起き上った。

「もう。もうやめよう。僕らが争うなんて。なんなら僕が、今までの自分を否定してもいい。今までは、耐えれば周りが変わると思ってた。でもそうじゃない。まず同じ道を目指さなければ、お互いは変わらないんだ!」

「シロー・・・」ワイフの目が輝いた。

「僕も、一緒に連れてってくれ・・・」

「シロー!」ママと子供は一緒に抱きついた。

 シローは力がみなぎった。

「君らを手放してしまって、何のための人生がある・・・!教団だろうとなんだろうと、一緒に行くよ・・・!」

 彼らがそのエレベーターに乗ることは、もうなかった。







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