「玄関前はオッケー!」
 シンゴが道路左右に親指サイン。

 中庭の奥、玄関から車椅子が登場。脳梗塞の後遺症で失語のじいさんを、美しい医学生サトミが押してきた。
「はーい!しゅっぱーつ!」

 外に、介護の事務から借りたワゴン車。バカ井、適当が車の後ろから車椅子を運び込む。バカ井は車輪を床に固定。
「よいしょっと!こっちはOK!」

 運転手は適当が担当。助手席にサトミ。
「では、参りましょうか。お嬢さん」
「でもいつかはお婆さんよ」

 ブルル・・・と走り出す車。バカ井が車椅子の右から喋りかける。
「おじいさん・・って言っちゃいけないんだっけ?」
「そーだよバカ。個人名で」左側のシンゴ。
「別にいいじゃないか。じいさんでも」
「そこらのじいさんみたいで、失礼だろうが」
「心がこもってりゃ、いいと思うんだけどな」

サトミが振り向いた。
「ダメなのよ。心で思うだけじゃ」
「そうかな?」適当がハンドルきる。
「そうよ。言葉が態度を表すの」
「じゃあ僕らの関係も・・・?」
「僕らって何よ?」
「とぼけんなよ。言葉なくして進展なしってか?」
「知らない」
「オレのオーラ、感じてくれよ」
「女はね。確かなものでないと理解できない生き物なの。その最たるものが言葉よ」
「あーそうかい。じゃ口が達者ならいいんだな」
「その前に追試合格して。留年とりやめて」
「きっつー!」

シンゴは呆れた。
「先輩たち。夫婦喧嘩はよそでやってくださいよ!」
「そうですよ。患者さんの前でする会話じゃないでしょ」

 じいさんは、どことなく固まってる。

適当は急にハンドルきった。
「おっと!」
「何をするの?」サトミが怒った。
「仕方ないだろ自転車が飛び出してきたんだからさ!」
「おじいさんにもしものことがあったら・・・!」
「何だよ。オレはどうなってもいいのかよ?」
「なぁにー?免停?」
「オレの身の上の安全だよ!」

 施設に到着。車椅子を降ろす。玄関前に水色白衣スタッフらが迎える。

 送ったあと、シンゴは皆を振り返る。
「3時間。何する?じいさんはレクレーション、昼食介護のあと風呂。いいサービスだよなあ~えっ?」

 バカ井が指差すのを見ると・・白衣のイケメン医師。30代。

「医学生なんだってね。聞いたよ」
「専属のお医者さん・・・」バカ医が頭を下げる。
「いいんだよ。僕はここの専属だ。こういう施設でも、医者がなくてはならない」
「することは?」
「ない。こうしているだけ。白衣が綺麗だろ?介護のスタッフらと対照的だがね」

 適当は前に歩み出た。
「先生まだ若いのに。その・・技術とか磨かなくていいんですか?」
「技術ね。そりゃ学んだよ。役にも立った。独立もした。実は開業してね。5年ほど頑張ったけど。自由がない。そこでこっちを選んだ。訴訟や事故を気にせずに、自由に生きるほうがいいってね」

 バカ井は疑問に思った。
「それが・・・自由なんですか?」
「そ、そりゃそうだろよ!」シンゴが食いかかる。
「そうって?」
「若いうち頑張ったらさ!そそ、その分楽させてもらうのが筋ってもんだろ!」
「楽するために苦労するってのか?」
「そこまで言ってねぇよ!たださ、苦労した人間には楽する権利があるって言ってんだよ!」

 パン、パンとゆっくり拍手するイケメン医師。

「あっははは!面白いね君たち。教養学部なら、自分を見つめなおすといい。他人のために行き続けるだけの人生がいいことなのかどうか。おっと君」

 視線が将来の女医のほうへ。

「君は美しい。女医にするのはもったいない。美しい花は花といえどもいや花だからこそ散るのも早い。女として苦しむ時間ははるかに長い。だから君も・・・」
「あたしは。あたしは一生、この仕事を続けたい」
「花は、そうして枯れたときのことを考えない」
「僕の言葉はいいかい。ここで聞いて捨てるものではない。人の言葉はとっておくものだ」

 みな黙る。

「言葉を感情で流しちゃいけない。今は批判的に見えても、いつか心の友いや拠り所にさえなる可能性がある。あ、僕はじゃあこれで」

 ヒュウウ・・と風が吹く。

 エエーーーーーッ!リイイイーーーーッ!










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