⑫ 我を、忘れてますか?
2010年4月26日 連載倒れて仰向けのじいさんの横、イケメン医師が脈をとっている。
「なんだ。君たちか」
「はぁ、はぁ」バカ井が息切れしている。
「教養学部の枠から、さっそく抜け出したのかな?」
「はぁ、これははぁ。どういうごどなんですが?」
医師、聴診器をはずす。
「どういうこと?とは?」
「だってそこ!倒れてる!」
「倒れてる・・・そうだよ。でも倒れるとは一瞬の動作だ。今は正確には<横たわっている>ととるべきだ」
「はぁはぁ。大丈夫なんでしょうねはぁ」
「大丈夫?医師の辞書に大丈夫なんて単語はない」
じいさんはゆっくり起こされていく。が、車椅子でも体が傾く。
「キャッ!」
サトミが思わず叫んだ。
「大丈夫だ。血圧は問題ない」イケメン医師はイラっぽくうつむいた。
「血圧がよければ、問題ないんですか」とバカ井。
「私の判断だ私のこの施設でこの私が言ってる。それを覆そうとする君は何なんだ?」
「だって・・・来た時とちがう」
「人間年をとるし、変化はあるさ!起こることは起こる!君は止められるのかそれが?」
適当先輩が傾いたじいさんをまっすぐに。
「検査とかしないんですか。こんなとき」
「うちはご覧のとおり、施設だ。検査はない」
「そういう意味じゃない!あ、失礼しました。そういう意味ではないんです。どこか紹介するとか」
「紹介!紹介が聞いてあきれる!」
さすがの適当もたじろいだ。
「リハビリ中の転倒だ!いいかリハビリに来てる老人はごまんといる。危険を聞覚悟での練習だ。転倒したりしても不思議じゃない。それを家族の同意のもとでやってるんだ」
「でも!もし何か体で起こったらそれこそ家族、悲しみます!」
「そうかな。そうかね」
「だから先生!病院連れていきましょう!」
シンゴも怒っている。
「そっか。先生は、自分の名誉が傷つくのがイヤなんだな。診断どうこうより、そういうことがあったっていう事実を知られるのが」
「君らは学生だ黙ってろ!」
「黙らないのが学生なんだよへっ!口だけ達者なんだよへっ!」
サトミは適当先輩に近寄った。
「近くに病院、ある?」
「うちの大学病院へ運べばいいだろうが!じいさん、しっかり!」
「病院に着いたら、試験に行って!」
「ああ!」
バカ井はシンゴと一緒に車椅子をウイリーさせた。
「おっとシンゴ!持ち上げすぎだよ!」
「お前こそ!こんなとこ、人間のいるところじゃねえ!」
イケメン医師が飛びついた。
「うちの患者を!ぎゃあ!」
どうやら手を車輪に巻き込まれた。手が真っ赤に腫れる。
林檎たちと医師はそのままワゴンに乗っかった。バカ井はどっか行った。
適当先輩は時計を見る。
「10分で着くかな!」
助手席にシンゴが乗った。
「オレがサイレンやってあげますよ!ウォンウォンウォン!」
「バカ!どうせなら救急車っぽくやれ!」
「はいよ!パープーパープー!」
医師は固まっていた。
「これが連邦の・・いや、こんな世代が明日の医療を背負うのか・・・!」
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