病院の個室では、じいさんが寝ている。若い女が横でリンゴをむく。

「はい、あんして」



 向かいで口を開けたのは適当先輩だった。さきほどまで同級のサトミが無神経に差し出す。



「バカ井くんの言ったとおりなのかな・・・」

「何が?」

「きのう病院に運ばれたときほら、バカ井くんがドクターにチラシ見せて、指摘してたじゃない」

「ステキ?あいつが素敵なのか。もういいよ!」

「バカ!」

「冗談だよ。冗談」



 サトミは適当先輩に、ナイフを突きつける振りをした。



 バカ井が指摘していたのは・・・転倒のしばらく後に発生しうる、重度の合併症だった。頭を打撲して帰宅、翌日に意識不明というケースがありうる。今でもどこかでこういう事態が起こっている。



 到着したのは・・・シンゴだった。



「はあ!はあ!なんだよじいさん!生きてるじゃんかよ!オレのほうが先に死んじゃうんじゃないかって!適当先輩!ああもう先輩じゃないんだった!留年したからな」

「ふざけんな。おいふざけんな」



 血の気の多い適当は立ち上がった。

「俺たちがじいさんの急変を知って、それからお前が来るまでどんだけ待ったと・・・」

「はは!はは!そうっすよね!あれバカ井が来てねぇじゃねえかよ!あいつ未だにバイトばっか行きやがって!くそまだケータイがねぇ時代だからよぉ!早くケータイの時代来てくれねぇかよぉ!」



 バカ井が大汗で現れた。

「うわ!入院してる!」シンゴが後ろからたたいた。

「だから病棟へ来たんだろうがこのオタンコナスビ!」



「ほら!やっぱり僕の言った通りじゃないか!適当先輩。どこから連絡が?」

「いや、それがさ。オレとサトミ・・あ、いや実はつい最近できちゃったんだけど」

「ええっ?子供が?」

「バカヤロ。ヤボなこと言うんじゃねえよ!」

「びっくりしたぁ」

「2人で見舞いに行ってベル鳴らしたら不在でさ。ドア突き破ったら、じいさん真っ青なんだよ」

「そりゃ驚くでしょう」

「違うんだよ!体がピクピクしてたんだよ!それで救急車呼んで・・・」



病室は賑やかになってきた。途中で入るナースも睨みを利かす。

「もうすぐ回診ですので。ご退室を」



「(林檎ら)はーい!」



 ドクターらが6人ほど。年寄り院長が若い主治医へつぶやく。若い主治医は、きのうテンパッテた医師。入院をあえて勧めなかった。



「えー。昨日転倒していたところを発見され、当院へ搬送。そのときのCTは異常なし。付添い人の希望により自宅へ戻りました。意識障害で搬送入院・・・これがさきほどのCT」

「みごとに血腫がたまってますなぁ」



 シンゴは廊下から顔を出していた。まもなく廊下側へ。

「野郎!何が<転倒していた>だ!何が<付添い人の希望>だ!都合のいいことばっかり言いやがって!」



バカ井は、適当先輩へ感謝した。

「気になって、行ってあげたんですね・・・」

「いやさ。お前のあのチラシの話が妙に印象に残っててさ(嘘)。ひょっとしてひょっとすると、ひょっとするかもってさ」



 実は、置き忘れた傘を取りに戻るのが目的だった。



 主治医はさらに説明。

「えーただ今連絡のあった長男の希望により。処置は一切なしで」

「ええっ?」



 みな振り向いた。叫んだのはバカ井だ。



「君・・・」院長が不思議がった。

「だって。だって。血がたまってるんでしょ。ふつう・・・抜かないですか?ドレナージってほら。頭にこうして」



 みな呆然とした。サトミがさきほど持っていたナイフをつい(?)、バカ井は自分の頭に浅くとも刺したのだ。反射的に手を持っていく。



「あっ?危ない危ない。タッチ!♪手をのば~して。ん?」



 バカ井の周囲、みな呆然と立ち尽くす。廊下から入ったシンゴがやっと、口を開いた。



「エーーーーーーーッ?」



(フォローなし)




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