コベンジャーズ 第1話 「明け」
2012年12月24日 連載僕らは、レストランで取り留めもない話をしていた。後輩の山崎が、ここぞとばかりに根掘り葉掘り、聞く。
「そろそろねーさんに、いろいろしてもらわんと・・・」
「うん」
「こっちが参ってしまいますよ?いや、僕らが」と言い直す。
このねーさん、というのはネイサンという名前ではなく・・・単にある女医を指して言っている。この女医は僕が研修医の時に一緒だった者で・・・
「まぁ、山崎。分かるんだけど。彼女はまだ来て半年だし」
「まだ?いやいや、もう半年ですよ。ここはもう以前の老健じゃない。多忙な民間病院です」速い鼻息。
後輩の彼は、最近ため口を混ぜるようになってきた。嫌な部下の傾向だ。
「山崎。そりゃ彼女は以前は救急で慣らしてたから、実力はあるはずなんだ」
「外来は1コマ。病棟患者は10人以下」
「8時過ぎるな。おい、出るぞ!」
僕はロイヤルホストの伝票を引っこ抜いた。急いでついてこないところを見ると・・・また僕の驕りなんだろう。
「あぁ。すみません。偶然とはいえ」この男の、ちょっと嫌なところだ。態度の豹変が、現金すぎる。
「ごちそうさまです~」
カランカラン、と寒い駐車場へ出た。僕は自分のせっかちを警戒していて、ちょっとゆとりを持とうとした。
「医者でもな、男女平等とか女医の奴らとか言うけどもやなぁ・・・」
「やらしたらいいんですよ!」
「なーんか。できんのよね~」
こういったところが、僕が院長を降ろされた理由だった。院長といえば・・・
「山崎。ダンが来るまで、急ぐぞ!」ささっ、と自分の車に。
「よしきた!」山崎も車へ。彼はモテ期だそうだが、仕事には関係ない。とも言えない。
(♪)
Realize 感じてる
移りゆく悲しみさえ
变わらない時の中で
記憶の海へといつか流れる
二度と戻らないと
あきらめていた人と
思いもよらぬことで
また会えることがある
きっと同じ場所に
いられることだけを
信じていたから
Realize わかってる
さだめなどありはしない
变わらない真実なら
未来はいつでも变えられるもの
(終)
僕の車が先に着いた。降りると、速コマで職員らが入口へ吸い込まれていく。
「おう!お!う!」
極力、体力を浪費しない挨拶をしつつ・・・7回の医局へ。
真田病院は数か月前に増築され、背が3階分も伸びた。病床が増えたはいいが、スタッフが頭打ち。看護基準の問題もあるが、医師の確保が深刻だった。
自動ドアになった医局へ入る。
「ちはす」
正面に大型テレビ。そっぽ向けのソファーに黒い髪。が、ちょこっと振り向いた。
「ああ。おはよう」これがさっきの<ねーさん>だ。僕と同じく30半ばだ(当時)。
「明けか?」知ってて聞く。
「うん。申し送っとこーかー」
ダルそうに、のそっと立ち上がる。痩せ型だった尻が肥大化しているのは男らが認めるところだ。顔はもともと地味でも化粧が濃かったが、今は半メイクの状態だ。正直、女として見られていないと自覚しているそうだ。
「第6詰所で急変があってー。でも何もしないってことだからー」
「亡くなったのか?」
「とりあえず、酸素しといた」
「何もせんのじゃ・・」
「あ。そうか」
どうしたんだ・・・?と、ときどき思う。
「でねー。第2詰所がバタバタしてて。不整脈がけっこう出た患者さんがいて」
「なんの?」
「なんの?」
「いやいや。俺が聞いてる」
「あぁ。何の不整脈かって、こと?」
どこか、鈍い。彼女は研修医のとき含め数年、そうではなかった。
「うーん。不整で・・・」
「そりゃそうだろ。不整脈なんだから!うっ」携帯が鳴りだした。
「あ。どうぞ」
「んもう・・・」後ろ、山崎が遅れてきた。視線を感じる。
「はいはい。もう来た?約束のおい3時間前。あの家族。何考えて・・・ま。いいや。またしといて」ピッ、と切る。「で?」
「2段脈のVPCが出てて」
「ジギタリスは飲んでないか」
「たぶん・・いやどっちかな」
「も、ええわ」
時計を見て、そのペースでいけなくなった。いやその。ダンがもう来るからだ。院長のダンが。
カチャ・・と盗っ人のように現れた。長身の紳士だ。実際は50後半だが、僕と同じ年くらいに見える。
「やあ。ジギタリスがなんだって?」という、地獄耳だ。
「これから病棟で確認します」
「ああ、それは私が確認してきたところだ。飲んでないよ。電解質など採血を頼んだところさ」
紳士気取りだが・・・それが気に食わないわけじゃない。不満は、まったく別のところにあった。
「あとはヤッサンだけか。彼は、マイペースだからね。間宮くんは、当直お疲れさん」
「はい。ありがとうございまーす!」彼女はどこか水を得たようだ。眠りから覚めたように。さっきのは何なんだ。どんな女の機嫌でも、手玉に取る奴がいる。
「しゃ!」
僕は検査部へと向かった。山積みの予約が待っているはずだ。
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