(続き)

2013年1月4日 連載


ピーポー音が、わずかに天空にゆらぎ出す。

医局の真下、エレベーター2階部分が開く。
<ポン!ガー>

「っしゃ!」
「わあ!」数人、よろめき除けた。

ダッシュが加速に変わり、左右の壁が流れていく。救急を閉ざされたのは屈辱だった。でもやはり、こういう仕事をしているのなら、こういう使命はなくてはならない。さもないと人間が傲慢になる。走るのをやめたら、人間はそこから歩=負のみ。

正面に、坂の平らなてっぺんが見え出した。

「ワン、ツー、スリー・・・フォー!」
4つのステップで、坂に飛び乗った。そのまま、45度を惰性で降りていく。誰かの頭がぶつかった跡も見受けられた。

ちょうど正面に、黒い救急車が到着していた。ハッチもすでに開いている。
車いすに乗せられた患者はどうやら・・・若者のようだ。髪がいやに整っている。そして余裕だ。病気の表情ではない。

スタッ!と数メートル下に着地し、即座に挨拶。若者の両端を、ジャージのガラ悪そうな若造がニヤニヤしている。

「あの・・・どういった内容で?」
「ああん?」ジャージの1人が眉を吊り上げた。

「アン・・って?」
「医者やろあんた?はよ診んかい」

「まぁまぁ」車いすの若者がなだめた。「今は落ち着いているから」
「入りましょう。中に」僕は車いすをゆっくり押した。けしからんことに、他のスタッフが来ない。台の上から、山崎がキョトンと見ている。

「先生!軽症っぽいっすね!オレ行かなくていいっすかー?」
「ああ!」

受付の中はまだざわざわしている。待ちくたびれた雰囲気の中、ベンチ中のように患者らがギリッと睨む。すぐにオヤッとした表情に変わる。

「ほうほう・・・繁盛してるね」若者はガウンを着ている。調子が悪いのか?
「あの。紹介状は・・・」
「ゲス。紹介状だって!」とジャージに指示。ゲスがあだ名とは・・・。

「へい。開けます」
「ちょっと!」手を伸ばしたが、かわされた。
「担当医。ユウキ先生へ。真珠会、理事のムラサキです。1泊ドック目的でお願いします。不整脈の疑いです。以上。ユウキっていう医者は?」

「・・・オレですけど」
「あっ。すんません」いきなり態度が変わった。

「救急車でいきなりっていうのは、ちょっと・・・」
「ハッハッ!まぁそう言わず!」若者は、すっくと車いすから降りた。

いきなり握手を求めてきた。190センチはある長身だ。ホストのような気品がある。

「理事であり、医師のムラサキ。よろしく!」あとの2人もおじぎした。
「ゆ、ユウキ・・・ですけど」
「患者の受診以来は、断れないはずだよ。くっく」

なあ、間宮・・・。おれはこのとき、こう言いたかった。

『救急車はタクシーじゃねぇ』。でもそれが、ドラマのマンネリ台詞のようで、嫌だったんだ・・・。

彼らはまず、様子を見に来た。平和に差し込んだ、あまりにも深いナイフの傷跡だった。


医局で、いったん落ち着いたダン。何やら、見つめている。
「・・・・・・」
そして、つぶやいた。

「3・・・2・・・・1」

ピリリ!とPHSが5時を告げた。

「帰ろう!」

立ち上がった、が・・・なぜかそのあとの足取りが、何気に重い。その理由は、その時は知る由もない。


(♪)


遅い電車の ドアにもたれて

逃げる街の灯り見つめてた

がんばりすぎよ 仕事仲間の

心配顔 平気と笑って

毎日降りる駅を出て

ヒールの音がついてくる

ただなんでもないあの曲り角で

急に涙がこぼれた

Single Girl わたし 淋しかったんだ

自分でも気づかなかった

Single Girl わたし 泣きたかったんだ

正直にあなたの胸で

逢わないでいたら終わるって

信じてもないくせに

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