ピーポー音が、わずかに天空にゆらぎ出す。
医局の真下、エレベーター2階部分が開く。
<ポン!ガー>
「っしゃ!」
「わあ!」数人、よろめき除けた。
ダッシュが加速に変わり、左右の壁が流れていく。救急を閉ざされたのは屈辱だった。でもやはり、こういう仕事をしているのなら、こういう使命はなくてはならない。さもないと人間が傲慢になる。走るのをやめたら、人間はそこから歩=負のみ。
正面に、坂の平らなてっぺんが見え出した。
「ワン、ツー、スリー・・・フォー!」
4つのステップで、坂に飛び乗った。そのまま、45度を惰性で降りていく。誰かの頭がぶつかった跡も見受けられた。
ちょうど正面に、黒い救急車が到着していた。ハッチもすでに開いている。
車いすに乗せられた患者はどうやら・・・若者のようだ。髪がいやに整っている。そして余裕だ。病気の表情ではない。
スタッ!と数メートル下に着地し、即座に挨拶。若者の両端を、ジャージのガラ悪そうな若造がニヤニヤしている。
「あの・・・どういった内容で?」
「ああん?」ジャージの1人が眉を吊り上げた。
「アン・・って?」
「医者やろあんた?はよ診んかい」
「まぁまぁ」車いすの若者がなだめた。「今は落ち着いているから」
「入りましょう。中に」僕は車いすをゆっくり押した。けしからんことに、他のスタッフが来ない。台の上から、山崎がキョトンと見ている。
「先生!軽症っぽいっすね!オレ行かなくていいっすかー?」
「ああ!」
受付の中はまだざわざわしている。待ちくたびれた雰囲気の中、ベンチ中のように患者らがギリッと睨む。すぐにオヤッとした表情に変わる。
「ほうほう・・・繁盛してるね」若者はガウンを着ている。調子が悪いのか?
「あの。紹介状は・・・」
「ゲス。紹介状だって!」とジャージに指示。ゲスがあだ名とは・・・。
「へい。開けます」
「ちょっと!」手を伸ばしたが、かわされた。
「担当医。ユウキ先生へ。真珠会、理事のムラサキです。1泊ドック目的でお願いします。不整脈の疑いです。以上。ユウキっていう医者は?」
「・・・オレですけど」
「あっ。すんません」いきなり態度が変わった。
「救急車でいきなりっていうのは、ちょっと・・・」
「ハッハッ!まぁそう言わず!」若者は、すっくと車いすから降りた。
いきなり握手を求めてきた。190センチはある長身だ。ホストのような気品がある。
「理事であり、医師のムラサキ。よろしく!」あとの2人もおじぎした。
「ゆ、ユウキ・・・ですけど」
「患者の受診以来は、断れないはずだよ。くっく」
なあ、間宮・・・。おれはこのとき、こう言いたかった。
『救急車はタクシーじゃねぇ』。でもそれが、ドラマのマンネリ台詞のようで、嫌だったんだ・・・。
彼らはまず、様子を見に来た。平和に差し込んだ、あまりにも深いナイフの傷跡だった。
医局で、いったん落ち着いたダン。何やら、見つめている。
「・・・・・・」
そして、つぶやいた。
「3・・・2・・・・1」
ピリリ!とPHSが5時を告げた。
「帰ろう!」
立ち上がった、が・・・なぜかそのあとの足取りが、何気に重い。その理由は、その時は知る由もない。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
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