翌朝。

CTの筒の中を、ようやく出てきた。ムラサキは僕と同じ年代の(当時)30代前半で、理事・医師というより、ベンチャーという形態に近かった。当時の流行だ。カテゴリの隔壁にこだわらず、新風を吹き込む。

「次は、エコーだな!エッコーエッコー!」上半身をズバッと脱ぎ捨てた。ゲスらが拾う。僕は忠実だ。まだ若いのに・・・どこか気の毒だった。彼らは、ムラサキの一挙一動に振り回されている。彼の機嫌次第で、どうにでもなる。

事務長がひざまずいた。
「事務長の品川です。いつも誠にありがとうございます。お互い中核病院としての・・・」
「あ、あんたね。事務長。かっこいいね。確かに。やりまくってんやろ?」
「は?」
「はっはっ!」ベッドにゴロン。赤面したナースが暗闇に。

(♪)
Realize 感じてる
移りゆく悲しみさえ
变わらない時の中で
記憶の海へといつか流れる

二度と戻らないと
あきらめていた人と
思いもよらぬことで
また会えることがある
きっと同じ場所に
いられることだけを
信じていたから 1・2・3・4
Realize わかってるかってる
さだめなどありはしないはしない
变わらないわらない真実なら
未来はいつでも变えられるもの

(終)






間宮が入ってきた。メガネ女医だ。

「あの・・・あたしが?」
「あれ?」ムラサキは顔を上げた。「ロリー?ねねー。なんでロリー?」

ジャージ2人は互いに見合わせ困惑した。ゲスが呟く。
「ご指名は女医さんと聞いたので、これでよかったかと」
「ゲス。外人さんと、ぼく言ったろー!」
「申し訳ありません!ただちに、違うのを!」

人をモノのようにした会話だ。みな凍りついた。間宮も傷ついているに違いないが・・・ポーカーフェイスだ。

「じゃ、ちょっとべチャッとします」
「ホウ!」思わず飛び上がった。

僕は隅から見ていた。
「・・・・・?」PHSが振動。詰所だ。廊下で出る。

「あー。あー。血圧190?再検でも?じゃ、CTとって。CT」
「こんにちは」話の長い婆さんにつかまる。
「こんちは。で?高熱の人の尿量が?はいはい」
「先生な。きのうもろうた薬な」
「0時から200とは少ないな」

「いっちょも、きかへんっ!」周囲の数十人が立ち止った。リハビリの車いすさえ。

「ちょっと待って!いやこっちの話」
「そうや!こっちの話やっ!」
「いやここでばあさんが、あゴメン」

「ゴメンゴメン言うて!済むと思ってんのが間違いやっ!さあ、治せ!」
「家族への説明はそうだな・・(手帳)あさっての昼2時」
「はぁ?あさってやって?バカ言うなっ!さぁ治せ!」

<ER>では警備員が出てくるタイミングなのだが・・・。

いっぽう、間宮は超音波を終えて廊下に出てきた。
「あの人、何?」
「病院の理事らしい。失礼だったな。あいつ」
「<ロリ>って何?」
「しっとるくせに・・・で?結果は?」
「なーんも、なし!」

スタスタと、間宮は医局へ向かうエレベーターへ。

超音波の部屋では、ムラサキの着替えが終わっていた。
「おっ!ヌードが見られず残ねーん、て顔!」
「ちゃいますよ」
「結果はじゃ、まとめて聞こう。帰ろか」

ジャージの2人に起こされ、直立。
「救急。なぜ取り下げたの?」
「退職者が、大勢出て・・・」

本当だった。救急の受け入れが一方的との意見が多かった。自分には、忙しさや無能なことへの言いわけだと思っていた。またそんな考えが世にまかり通るとも思っていなかった。

しかし・・・世間はゆとりに向かっていた。リスクの報道が過激になるにつれ、スタッフらは我が身を案じた。それが日本の望んだ平和だった。では、割を食うのは誰か・・・?圧倒的に不利な人々だ。<勝つ側>は、それを知っててやっている。

玄関へ見送り。また黒い救急車が来ている。

「じゃ、ふつーに乗るよ」とムラサキ。
「お願いがあるんですが」僕は言葉で割り込んだ。

「なに?あんた、こっちに来たらいいのに」
「いや。救急が再開されたら、くれぐれも急に多量に送らないでほしくて」

「え?ああ、患者さんのことだろ?僕が理事になってからはない。でも先生」
「は、はい」
「救急を再開しないでどうする。上のいうことばかり聞いてて、あとでそのせいにする人生なんて」

いきなり、極論か。

「な。そうだろ?何のために、一生懸命勉強してきた?」
「・・・・・自分には、権限がないので」
「いいや。あったじゃないかサンダル先生。なくしたら、取り戻せ」

そう言い残し、パタンとドアが閉まった。


数時間後。医局でフィルムレスの画像を見ている。のはジュリアだった。彼女は超音波をご指名されたわけだが、見向きもしなかった。ダンの指図なら、受けただろうが。

「うーん・・・」マウスを上品にクリックし続ける。長髪がキーをなぞれる。彼女はどこか異国の香りがした。いやはや、異国の匂いがどんなものかと聞かれれば表現に困る。私の言う医局は、違った異国は、別次元という意味だ。えっ、なんでこんな可愛い子が・・というような。

「やっぱりこれ・・・ねー?造影しなかったのー?MRは?MRCP!」
「やってないよ。すぐ帰ったし」山崎が横のもう一画面で確認中。
「超音波は・・・」
「ねーさんがしてた」
「なんでアタシ指名すんの。何様だと思ってんの」

理事なんだが。

やはり、ジュリアにとって気になるスライスがあった。
「膵臓の中さー。膵管。開いてない?スジに見えない?」
「んー・・・」

パタン、と医局のドアが閉じたら・・・ダンだった。
「山崎くん、ドレナージありがとう。管にかけてはミナミ一だね」
「管って・・・あーあ先生。どうですこれ?」

ダンは実はもう見ていた。

「それなぁ。私もさっきまで悩んでたんだが。採血の結果は待つとして、造影CTを依頼できないかなぁ」
「それが先生アイツ。帰ってしまって。連絡はあっちからするって」
「住所は?」
「実費で払っちゃいまして。個人情報なし」

ダンはソファに沈んで指で遊んだ。
「金持ちは違うねぇ・・・」

間宮が現れた。
「あの。何かあったんですか」

反射的に、2人の画像が閉じられた。ただ、なんとなくの気まずさで。クレバーになるほど、反射神経が発達する。

「間宮くん。理事の私から取り入るのもなんだが。そろそろ当院の売り上げを伸ばさなきゃね」
何やら何枚かの資料らしきものを握ってる。数字だらけだ。

「銀行があれこれね。うるさいんだよ最近は」
ダンにしては珍しく、コロンボ調の湿った雰囲気だ。

「真田病院は、ここ1年で驚異の進化を遂げた。あちこちの病院だって拡張工事を進めている。ただそれが儲かっていることを意味するかどうかは議論を要する」
ジュリアは頷いてる。いつも話していることなんだろう。

「我々はいったん救急をストップして、甘んじた環境にある。しかし、貯めてある蓄積は大きい。それこそ大きな飛躍のためだ」

退屈し切った山崎が聞く。
「あの。で。要は大きな利益でしょ?その利益を生み出すために、何をやろうとおっしゃるんですか?」
「おい・・・」心配になったやっさんの低い声。

「新しい病院を、2つ立ち上げる」
「(おお!)」
「当院は現在の規模を維持しつつ、救急受け入れ・休眠した病床の復活でもって安定した経営を守り続ける」

そうか。僕は隅で聞いてた。安定を保つってことは・・・やはり今の経営は厳しいんだな。

大阪の病院の9割以上が赤字という。それでも経営は引っ張れる。理事がその負債を背負い続けるという条件で。金を貸すところは様々だが、銀行はただの融資ボランティアではない。都合よく、仕事を調達してもらわないといけない。銀行に仲の良い業者たちだ。

これが善なのか。悪なのか。いやいや、必要とされた時点でそれは割り切れない。それらは巨大な力で動き出す。ではその行く果てに犠牲とされるものとは・・・・?

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