真珠会病院は・・・大きなコロッセウム型の野球場の形をした病院だ。以前は球場で、そのまま改築された。不思議とその構造が、病院としてより良く機能した。何よりムラサキのベンチャー心をくすぐった。
その正面、ゲートが開いて黒い救急車が戻ってきた。暗い格納庫でストップ。一気に照明が点灯すると、同型の車両が20台ほど並んでいる。
ムラサキは、その場に降り立った。
「ま、あの病院の構造はいろいろ分かった」ポケットからメモリー式カード。
「あの日の非常勤当直には、もう数万わたしとけ」いっそう横柄に。
「2万ゲスか?」
「あーいや。1万」
ケチだった。
エレベーターを降り、放送席あたりに座る。PC画面が6つ。そのうち1つがカードを読み込む。
「よーしよーしよーし!」
医局PC内のデータが順次、読み込まれる。
「あとで、見やすいようサマライズしとけ!ゲス!」
「ウィ!」
ムラサキはシャワーを浴びに行った。天井からいきなり冷たい水。
「今日の女医はハズレだったな~くそっ!」
目を閉じ、やみくもに洗う。
「報告は?」
「はい。理事長」カーテンの向こうから若い秘書。
「病床は?」
「300のうち、空きが12床」
「なんでもいいや、拾ってきてー」
「かしこまりました」
「入院係は何やっとんやー!あぁ、腹痛なってきた・・・真田の不味いメシのせいかな」
今度は髭剃り。ほんとに忙しい男だ。
「副業はま、いいや。キャバは?」
「売り上げが前月比2割減」
「ナンバーワンは何やっとんや?葉月は?」
「葉月は、あいにく欠勤が多く」
「やめさせや!なら!雇ってる奴だれや?おれか。ははっ」
周囲のスタッフらはヤキモキさせられる。この男の一存で自分の首がいつ飛ぶか分からない。だがそんな中、冷静な者もいた。
その華奢な彼は、院長室で待ち続けた。院長の塩沢という男だ。
貧血っぽい顔は、中世の官僚のようなものを想像させた。
「勝手にまた外泊か。困ったものだ」
「当院の経営を!ムラサキ理事は許すのか?」血気盛んなデブの山形。副院長。
「理事は病院だけでなく、キャバクラ・レストランなどその活動は多岐にも及ぶ。それがもたらすストレスは並大抵のものではなかろう・・・」
「それだけの力が、あ、あるのならァ!真田病院1つ潰すことも可能ではないのかァ?」
「なぜにそちらは、そこまで取るに足らぬ民間病院を、目の敵に思うのか」
「うちの経営が傾ているのは、あの病院が患者をうちから奪ってるからだ!」
「しかし。救急を閉じた今となってはもはや両翼をもがれた一角馬と同然」
「理事はええい。何をやっとる?」
「心配なのは、その一角・・・まだ余力はある。まして救急を再開したら彼らは」
いきなり、ムラサキが現れた。髪の毛はオールバックで濡れている。
「あーあ。王子様も大変だ。で。どうしたおい。この売り上げは?」
バサッと、乱暴に資料がデスクにたたきつけられた。
「空床は、常に埋めとけ!」顔が真っ赤だ。
「理事。今の時期、秋は比較的気候も安定しており、急病もより少ないもの。機を待てば必ず実は熟すもの。待てねば身を滅ぼすもの」
「俺が?身を滅ぼす?お前らだろうが・・・・・」
「理事。何か収穫は」塩沢は話題を変えた。
「しゅうかく?ああ、あの病院な。女神には会えなかったが・・いくつか検査を受けてはやったがね」
少しずつ、顔色が落ち着いていく。
「半年に1回、PET受けてるから。ま、今回の結果はどうでもいーんだけどさ」
「真田病院が救急を再開する意志は・・・」
「ある。このメモリーカードに。これが最大の収穫だ」
ポテッ・・・と小さいカードが置かれた。
「コピーしたから、これ要らないよ。さっきは怒ってごめん」
「私の策を採用していただければ」
「あそこの医者な。あんま、大したことないな。どこが違うわけ?すごいわけ?」
「私めにも、そこまでは・・・」
ベンチャー理事は興奮してきた。不可解なものを、解きたがる。
「じゃ、どんどん患者、送り込んでさ。前みたいに。疲弊させたら一発じゃん?今だったらいけるだろ?え?」
「おそらく、チームワークで乗り切るのでは」
ムラサキはちょっとの隙にも敏感だった。とたん凶暴化する。
「いや。俺は見てきた!俺のカンは間違いない。今のチームはズタボロだ。奴らヘタレて、すぐに開城するわな」
塩沢はそうはいかない。
「理事。なにゆえ、今思いついたような決断を。衝動は人を・・・」
「衝動は不可欠だ。それが情熱に火をつけて文明が発達する。お前のように、石橋叩いてたら橋はもたんよ。俺の金で食ってる奴が!おい山形!」
図太い図体が持ち上がった。
「へい!」
「善は急げ。患者をピックアップして、リストを見せろ。5分でやれ5分で」
「5分はちょっと・・・」
「そら、5秒過ぎた!急げ急げ!奴らの帰宅前を狙うぞ!」
笑顔でポケットからピストルを取り出し、頭上へ。
<ドーン!>
「(一同)わああああ!」
その頃、真田病院の医局。間宮が病棟の仕事そっちのけで、さっきのCT画像を見ている。
「・・・・・あたしが。あたしが見たときは。写ってなかった。うん」
「それはどうかな」
「ぎゃ?あ・・・ダン先生」
ダンは、間宮の記録した写真をヒラヒラかざした。
「勉強は、読むことや聞くことから始まるんじゃない。ユウキくんは、そこを君に教えなかったのかな」
「・・・・・」
あたしは別に、教わってるとか、そんなつもりじゃない・・・。忘れてたことを、1つずつ取り返しているところ。あいつに、時々助けてもらう。それは認める。
「いいかい。全てを見ること」
「見る?」
「疑いの目で。白の中に黒。黒の中に白。を見つけるつもりで。ほら。この膵臓にはそのアラがかすかに・・・・見えるだろう?」
愕然とした。自分が撮った写真に、やっと今教えられるなんて。いや、本当は疑いながら見てなかったのか・・・。
ダンは帰りのしたくのため、院長室へ帰ろうとした。
「間宮くん。自分を任せるな。自分にさえも」
これはつまり、自分さえも疑ってかかれ、ということ。
だが、間宮のコブシは・・・強く握られたままだった。病棟へ向かう足取りが、いっそう重い。
なあ、間宮・・・。
呼んで、みただけ。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
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