玄関内にある救急室では、ベッドが1台ずつ上げられていく。山崎が内視鏡室へ2人。女医のジュリアが肝硬変の患者1人。僕が2人。あと1人は・・・
「間宮。お前が診た患者だけど・・・」
「うん」メガネの女医がきょとんと頷く。
「薬物中毒だよな・・・30代と比較的、若いが。夜間は精神科は取ってくれんから。主治医いいか?」
「うん」
女性は眠っており、呼吸は問題ない。胃洗浄が遅かったかどうか気がかりだったが。
「採血も出たが・・問題なしだ」伝票を渡す。
「しょうもない症例、もっちゃったな・・・」
「確かにな・・・」
自殺企図か。真珠会にいったん入院して、そのまますぐこっちへ運んだのか。
間宮が病棟へ。自分は内視鏡室へ。シューシュー・・・という音が。
「出血してるか?」
「えー。ストレス性かな。クリップで止めました」
仕上げの段階。内視鏡ナースが残業覚悟で残ってくれている。こういうナースもいる。
「ユウ先生。患者様の邪魔になりますので」
「ああ。はいよ」
「それから。白衣に着いた血は不潔の元ですので」
「えっ?ああ・・・」
山崎は撮影にかかる。チュイン、チュイーン!と連続撮影。
「ユウ先輩・・・」
「なんだ?」
「ねーさん、ヤク中だけでしょ。診たの」
「ああ」
「俺たちとそう変わらない給料で、あれはないっすよ」
本音が出たか・・・。ナースはちょこっと一瞥する。
チュインチュイーン!チュイーン!と撮影も終わる。内視鏡を引っこ抜き、ナースが受け取り手洗い。所見の記入。
薄暗い部屋に、僕ら2人の顔が浮かぶ。
「それとやっさん。今回もどっか逃げてるじゃないですか」
「あいつは、いつもだろ」
「あんな医者。ダンが来てからじゃないですか」
おいおい・・と僕は身をすくめた。ナースらに言いふらされたらどう広がるか・・・。ナース、いや女性はその本能からトップには忠実だ。自分の生存に関わる存在だ。
僕らにはこうした一部の医師らへの不満があり、しかし多くがするように・・・こうしてガス抜きして自分の軌道を維持するしかなかった。いや、まだこれくらいの忙しさならいい。
事務長が慌てて内視鏡室へ。黒い影。
「ももも!ももも!」
「もも?桃がどうしたんだよ?」僕は2人目の内視鏡を手伝う。「イレウス管、そのまま留置するか」
「もう9台ほど来ます・・・」
「バカ!もう無理だ!門閉めるなり、病院として対応しろ!」
「あっ?9台ではない?」PHSだ。
「だろが。そんなに来るわけねえだろ」
品川は電話切ってこう言い放った。
「じゅ、12台」
「うそお!」
病棟詰所の前で、ベッドがまた1台また1台と。さすがに切れた看護部長が・・私服で下から戻ってきた。
「とれません!もう、とれません!」ジュリアを遮る。
「あ、でももう入れるから。だって病院側が受けたんだし」とちょっと嘘。
「だめですから!」
廊下の奥から、やっさんが見ている。
「こいつら・・・」
やっさんはこっちを通らないと帰れない。なので立ち止っている。
間宮が続いてやってきた。
「ヤク中だから、詰所の近くにね」
「ありえません!」涎を流す勢いで、看護部長はののしった。
「ありえるんだけど」間宮は無視してスー・・とベッドごと通り抜けた。
引き続き、事務員らがベッド2台。
「ユウキ先生の、患者さんでーす!」
「やめんか!こら!やめんか!何する?」別の事務員がいきなり腕に何やら巻いている。
「事務長が血圧を心配してて」
「ぬかすな!」
詰所の申し送りは淡々とされているが・・・夜勤はかなり苦戦を強いられると思われる。いや、日勤もしばらく帰れないかもしれない。
続いて僕がやっと階段から駆け上がった。
「はぁ!はぁ!しんどい!はぁ!はぁ!」
「どういうことですか!」高齢の部長はこういうときだけ若返った。
「どうって・・・こういうことだよはぁ。それとな。あと12人来るんだって」
部長は固まった。そのまま・・・・ユラッとよろめき横にこけた。
「いや・・・13人か」
僕は逃げようとしたやっさんの白衣を引っ張った。
「やっさん!これからさらに来る!」
「おい離せ!」
「俺らはもう患者が一通り当たった!やっさんの番ですよ!」
「白衣がちぎれる!」
僕らはブウン、ブウンと2つの円を描いた。スローなら絵になるだろう。
「ユウ!お前何をした!」
「僕じゃない。真珠会です。きっとあのベンチャー社長が」
「健診に来たやつか。お前、何か言ったのか!」
「そうだ。あの社長・・・CTで異常が」
「ほう。じゃあ、そいつにも再び来てもらえ!」
しかし、僕はまだ離さない。ちょうどエレベーターが開いた。放り込む。
「ぐああ!しゅ、就業はもうとっくに終りの時間だ!」
「修業がまだだ!」
パタン。と扉は閉まった。このあと、皆が次々に下に駆けつけてくれるものと思った。が・・・
間宮は汚れた白衣で、医局に1人戻ってきた。遠くから、無数ほどのサイレンが響いてくる。いったん思い直したように見えたが・・・引き出しのカギをかけた。すっくと立ち上がったときは私服だった。
「ごめん。今日はもう・・・これくらいにして」
机の上にクマの人形がある。そのクマに言ったようだ。
なあ間宮・・・。
今のお前には、かつての若さはない。体力も。しかし・・・1つだけ、取戻し可能なものがあるのではないか・・・それは全ての源泉であり、原点。以前の敵はそれを<信念>と表現した。いや違う・・・。
それは<自信>だと思われる。
彼女は裏口へ出た。そして、やっと息のしにくい空間から解放された。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
「間宮。お前が診た患者だけど・・・」
「うん」メガネの女医がきょとんと頷く。
「薬物中毒だよな・・・30代と比較的、若いが。夜間は精神科は取ってくれんから。主治医いいか?」
「うん」
女性は眠っており、呼吸は問題ない。胃洗浄が遅かったかどうか気がかりだったが。
「採血も出たが・・問題なしだ」伝票を渡す。
「しょうもない症例、もっちゃったな・・・」
「確かにな・・・」
自殺企図か。真珠会にいったん入院して、そのまますぐこっちへ運んだのか。
間宮が病棟へ。自分は内視鏡室へ。シューシュー・・・という音が。
「出血してるか?」
「えー。ストレス性かな。クリップで止めました」
仕上げの段階。内視鏡ナースが残業覚悟で残ってくれている。こういうナースもいる。
「ユウ先生。患者様の邪魔になりますので」
「ああ。はいよ」
「それから。白衣に着いた血は不潔の元ですので」
「えっ?ああ・・・」
山崎は撮影にかかる。チュイン、チュイーン!と連続撮影。
「ユウ先輩・・・」
「なんだ?」
「ねーさん、ヤク中だけでしょ。診たの」
「ああ」
「俺たちとそう変わらない給料で、あれはないっすよ」
本音が出たか・・・。ナースはちょこっと一瞥する。
チュインチュイーン!チュイーン!と撮影も終わる。内視鏡を引っこ抜き、ナースが受け取り手洗い。所見の記入。
薄暗い部屋に、僕ら2人の顔が浮かぶ。
「それとやっさん。今回もどっか逃げてるじゃないですか」
「あいつは、いつもだろ」
「あんな医者。ダンが来てからじゃないですか」
おいおい・・と僕は身をすくめた。ナースらに言いふらされたらどう広がるか・・・。ナース、いや女性はその本能からトップには忠実だ。自分の生存に関わる存在だ。
僕らにはこうした一部の医師らへの不満があり、しかし多くがするように・・・こうしてガス抜きして自分の軌道を維持するしかなかった。いや、まだこれくらいの忙しさならいい。
事務長が慌てて内視鏡室へ。黒い影。
「ももも!ももも!」
「もも?桃がどうしたんだよ?」僕は2人目の内視鏡を手伝う。「イレウス管、そのまま留置するか」
「もう9台ほど来ます・・・」
「バカ!もう無理だ!門閉めるなり、病院として対応しろ!」
「あっ?9台ではない?」PHSだ。
「だろが。そんなに来るわけねえだろ」
品川は電話切ってこう言い放った。
「じゅ、12台」
「うそお!」
病棟詰所の前で、ベッドがまた1台また1台と。さすがに切れた看護部長が・・私服で下から戻ってきた。
「とれません!もう、とれません!」ジュリアを遮る。
「あ、でももう入れるから。だって病院側が受けたんだし」とちょっと嘘。
「だめですから!」
廊下の奥から、やっさんが見ている。
「こいつら・・・」
やっさんはこっちを通らないと帰れない。なので立ち止っている。
間宮が続いてやってきた。
「ヤク中だから、詰所の近くにね」
「ありえません!」涎を流す勢いで、看護部長はののしった。
「ありえるんだけど」間宮は無視してスー・・とベッドごと通り抜けた。
引き続き、事務員らがベッド2台。
「ユウキ先生の、患者さんでーす!」
「やめんか!こら!やめんか!何する?」別の事務員がいきなり腕に何やら巻いている。
「事務長が血圧を心配してて」
「ぬかすな!」
詰所の申し送りは淡々とされているが・・・夜勤はかなり苦戦を強いられると思われる。いや、日勤もしばらく帰れないかもしれない。
続いて僕がやっと階段から駆け上がった。
「はぁ!はぁ!しんどい!はぁ!はぁ!」
「どういうことですか!」高齢の部長はこういうときだけ若返った。
「どうって・・・こういうことだよはぁ。それとな。あと12人来るんだって」
部長は固まった。そのまま・・・・ユラッとよろめき横にこけた。
「いや・・・13人か」
僕は逃げようとしたやっさんの白衣を引っ張った。
「やっさん!これからさらに来る!」
「おい離せ!」
「俺らはもう患者が一通り当たった!やっさんの番ですよ!」
「白衣がちぎれる!」
僕らはブウン、ブウンと2つの円を描いた。スローなら絵になるだろう。
「ユウ!お前何をした!」
「僕じゃない。真珠会です。きっとあのベンチャー社長が」
「健診に来たやつか。お前、何か言ったのか!」
「そうだ。あの社長・・・CTで異常が」
「ほう。じゃあ、そいつにも再び来てもらえ!」
しかし、僕はまだ離さない。ちょうどエレベーターが開いた。放り込む。
「ぐああ!しゅ、就業はもうとっくに終りの時間だ!」
「修業がまだだ!」
パタン。と扉は閉まった。このあと、皆が次々に下に駆けつけてくれるものと思った。が・・・
間宮は汚れた白衣で、医局に1人戻ってきた。遠くから、無数ほどのサイレンが響いてくる。いったん思い直したように見えたが・・・引き出しのカギをかけた。すっくと立ち上がったときは私服だった。
「ごめん。今日はもう・・・これくらいにして」
机の上にクマの人形がある。そのクマに言ったようだ。
なあ間宮・・・。
今のお前には、かつての若さはない。体力も。しかし・・・1つだけ、取戻し可能なものがあるのではないか・・・それは全ての源泉であり、原点。以前の敵はそれを<信念>と表現した。いや違う・・・。
それは<自信>だと思われる。
彼女は裏口へ出た。そして、やっと息のしにくい空間から解放された。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
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