(続き)

2013年1月14日 連載
玄関内にある救急室では、ベッドが1台ずつ上げられていく。山崎が内視鏡室へ2人。女医のジュリアが肝硬変の患者1人。僕が2人。あと1人は・・・

「間宮。お前が診た患者だけど・・・」
「うん」メガネの女医がきょとんと頷く。
「薬物中毒だよな・・・30代と比較的、若いが。夜間は精神科は取ってくれんから。主治医いいか?」
「うん」

 女性は眠っており、呼吸は問題ない。胃洗浄が遅かったかどうか気がかりだったが。

「採血も出たが・・問題なしだ」伝票を渡す。
「しょうもない症例、もっちゃったな・・・」
「確かにな・・・」

 自殺企図か。真珠会にいったん入院して、そのまますぐこっちへ運んだのか。

 間宮が病棟へ。自分は内視鏡室へ。シューシュー・・・という音が。
「出血してるか?」
「えー。ストレス性かな。クリップで止めました」

 仕上げの段階。内視鏡ナースが残業覚悟で残ってくれている。こういうナースもいる。

「ユウ先生。患者様の邪魔になりますので」
「ああ。はいよ」
「それから。白衣に着いた血は不潔の元ですので」
「えっ?ああ・・・」

 山崎は撮影にかかる。チュイン、チュイーン!と連続撮影。
「ユウ先輩・・・」
「なんだ?」
「ねーさん、ヤク中だけでしょ。診たの」
「ああ」
「俺たちとそう変わらない給料で、あれはないっすよ」

 本音が出たか・・・。ナースはちょこっと一瞥する。
チュインチュイーン!チュイーン!と撮影も終わる。内視鏡を引っこ抜き、ナースが受け取り手洗い。所見の記入。

 薄暗い部屋に、僕ら2人の顔が浮かぶ。

「それとやっさん。今回もどっか逃げてるじゃないですか」
「あいつは、いつもだろ」
「あんな医者。ダンが来てからじゃないですか」

 おいおい・・と僕は身をすくめた。ナースらに言いふらされたらどう広がるか・・・。ナース、いや女性はその本能からトップには忠実だ。自分の生存に関わる存在だ。

 僕らにはこうした一部の医師らへの不満があり、しかし多くがするように・・・こうしてガス抜きして自分の軌道を維持するしかなかった。いや、まだこれくらいの忙しさならいい。

 事務長が慌てて内視鏡室へ。黒い影。
「ももも!ももも!」
「もも?桃がどうしたんだよ?」僕は2人目の内視鏡を手伝う。「イレウス管、そのまま留置するか」

「もう9台ほど来ます・・・」
「バカ!もう無理だ!門閉めるなり、病院として対応しろ!」
「あっ?9台ではない?」PHSだ。
「だろが。そんなに来るわけねえだろ」

 品川は電話切ってこう言い放った。

「じゅ、12台」
「うそお!」


 病棟詰所の前で、ベッドがまた1台また1台と。さすがに切れた看護部長が・・私服で下から戻ってきた。
「とれません!もう、とれません!」ジュリアを遮る。
「あ、でももう入れるから。だって病院側が受けたんだし」とちょっと嘘。
「だめですから!」

 廊下の奥から、やっさんが見ている。
「こいつら・・・」
 やっさんはこっちを通らないと帰れない。なので立ち止っている。

 間宮が続いてやってきた。
「ヤク中だから、詰所の近くにね」
「ありえません!」涎を流す勢いで、看護部長はののしった。
「ありえるんだけど」間宮は無視してスー・・とベッドごと通り抜けた。

 引き続き、事務員らがベッド2台。
「ユウキ先生の、患者さんでーす!」
「やめんか!こら!やめんか!何する?」別の事務員がいきなり腕に何やら巻いている。
「事務長が血圧を心配してて」
「ぬかすな!」

 詰所の申し送りは淡々とされているが・・・夜勤はかなり苦戦を強いられると思われる。いや、日勤もしばらく帰れないかもしれない。

 続いて僕がやっと階段から駆け上がった。
「はぁ!はぁ!しんどい!はぁ!はぁ!」
「どういうことですか!」高齢の部長はこういうときだけ若返った。
「どうって・・・こういうことだよはぁ。それとな。あと12人来るんだって」

 部長は固まった。そのまま・・・・ユラッとよろめき横にこけた。

「いや・・・13人か」
 僕は逃げようとしたやっさんの白衣を引っ張った。

「やっさん!これからさらに来る!」
「おい離せ!」
「俺らはもう患者が一通り当たった!やっさんの番ですよ!」
「白衣がちぎれる!」

 僕らはブウン、ブウンと2つの円を描いた。スローなら絵になるだろう。

「ユウ!お前何をした!」
「僕じゃない。真珠会です。きっとあのベンチャー社長が」
「健診に来たやつか。お前、何か言ったのか!」
「そうだ。あの社長・・・CTで異常が」
「ほう。じゃあ、そいつにも再び来てもらえ!」

 しかし、僕はまだ離さない。ちょうどエレベーターが開いた。放り込む。

「ぐああ!しゅ、就業はもうとっくに終りの時間だ!」
「修業がまだだ!」

 パタン。と扉は閉まった。このあと、皆が次々に下に駆けつけてくれるものと思った。が・・・

 間宮は汚れた白衣で、医局に1人戻ってきた。遠くから、無数ほどのサイレンが響いてくる。いったん思い直したように見えたが・・・引き出しのカギをかけた。すっくと立ち上がったときは私服だった。

「ごめん。今日はもう・・・これくらいにして」

 机の上にクマの人形がある。そのクマに言ったようだ。

 なあ間宮・・・。

 今のお前には、かつての若さはない。体力も。しかし・・・1つだけ、取戻し可能なものがあるのではないか・・・それは全ての源泉であり、原点。以前の敵はそれを<信念>と表現した。いや違う・・・。

 それは<自信>だと思われる。

彼女は裏口へ出た。そして、やっと息のしにくい空間から解放された。


(♪)


遅い電車の ドアにもたれて

逃げる街の灯り見つめてた

がんばりすぎよ 仕事仲間の

心配顔 平気と笑って

毎日降りる駅を出て

ヒールの音がついてくる

ただなんでもないあの曲り角で

急に涙がこぼれた

Single Girl わたし 淋しかったんだ

自分でも気づかなかった

Single Girl わたし 泣きたかったんだ

正直にあなたの胸で

逢わないでいたら終わるって

信じてもないくせに




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