各詰所でさんざん愚痴を叩かれ、ピザ屋の差し入れが間に合ったが・・・もちろんそれで埋め合わせになるわけがない。今日は20人ほどが入院したことになる。
重症対応の詰所は早々に断りが来て、次の詰所へと振り分けられる。重傷を抱える病棟ほど発言力があるので、経営する側は常にここの動向に影響される。
僕は重症病棟の廊下で、ベッドの上に起き上がった状態で腕を伸ばした。点滴バッグをもむ。ラインは長く伸びており、自分の手背の静脈へ。
「朝、起こしましょうかー?」詰所の奥からナースの声。
「いや。点滴終わったらアラーム鳴るんで。別にいい」頭上にPHSをかざす。「メシはこの点滴にするんで」
時間的には夜食だった。ところでPHSがつながる。
「事務当直?今日はもう、これ以上は無理だからな」
「救急車は、もう来ないと思いますが・・・」
「強制ゲート、閉めろ」
事務当直の若造は夜間マニュアルを手にし、手前のマイク近くのボタンをまさぐった。
「了解。ゲート、ゲート・・・・これか」
ポチッ、と赤いGボタンが押された。確かな実感。
ウィーン・・・と病院前の大駐車場の両端、巨大な高さ5メートルのゲートが闇を作っていく。これを占めることはよほどの非常時に限られる。今回は<搬入はこれ以上、物理的に無理>とのアピールだった。
駐車場内、動揺して急ブレーキしたベンツがあった。
「うわ!」
白衣を脱いだばっかりのやっさんの太った図体が思いっきり前のめった。
「なんだ!こんなこといきなりする奴は・・・」
ガシイン!とゲートは完全に閉まった。ライトだけぼんやり照らされる。
「ユウ!」
おもわず詰所の明かりを睨む。
これらの光景は、放置車両の隠しカメラから真珠会の院長室に転送されていた。深夜の1時だというのに、その院長室はアカアカと電気がついている。モニターを興味深く見ている院長の手は止まらなかった。かっぱえびせん、のせいで。
「ま、そうくるのはしごく当然の反応、とみた」
イヤホンからは警察無線。
「だが・・・」
<新世界方面、黒い救急車が病院の許可なく脱走。患者を搬送している模様。テロリストも視野に>
「ショーは、これしきでは終わらぬ」
ファンファンファン・・・とパトカーが全速で高速を突っ走る。ジグザグで、その興奮ぶりが分かる。標的までは、まだ時間がかかりそうだ。その標的を操る黒い救急車が、標的の先頭にいる。運転するゲスという下品なヤセ男が、ただひたすら真田病院へと向かう。
「山形先生!山形先生!キャバから電話でゲス!」
「あぁ?着いたか?」昼寝、いや夜寝を起こされた。
「キャバが、もう閉店しますがってゲス!」
「なにい?いかんいかん!女将と代われ!」
高速道路を下りた眼前、宝石のような夜景が散らばる。
「おい女将!誰のおかげでそこの経営が成り立ってる?そこのナンバーワンとのアフターもあるんだ!閉店はいかん!」
「先生!アフターはヘル・・ぎゃっ!」殴られ、やや車道が逸れた。
「俺は葉月が優先だ!あの女とだけ、やってない!」
『あいにく、葉月ちゃんは突然退職されて・・・』
「なんのために、こんなやな仕事やってんだぁ俺は!」
ゲスは知っていた。この男には、パチンコや株、それとこんなことにしか興味がなかった。ただゲス本人は、家族を養うための仕事だった。運転や接待などを、ただひたすらこなす毎日。悪に手を染めたつもりはない。でないと3人の幼い子供に申し訳ない。
「山形先生・・・もう病院、近いでゲス」
「クッソー!ついてねえついてねえ!どれも、これも~!」
直線の向こう、真田病院の看板が屋上に。ゲート部は暗く、よく分からない。
「山形先生。なんかこう・・・門が、ちょっと違うようなでゲス」
「肛門がどうしたぁ!」
ズアアッ!とパトカーの赤い煌きがビームのように飛んできた。
「ぎゃあでゲス!」
「ポリスメンだと?」
バックミラー、黒い救急車・パトカーいずれも入り乱れている。減速の兆しはない。すべて山形次第だ。彼は携帯をかけた。
「院長!ちょっと塩沢院長!」
『真夜中に、何の騒ぎでござるかな』
ファンファンファン、と何やら警告文もあり。だが外の風などで聞き取れない。それほどスピードが速い。
「く、口裏を合わせてくれ。な、頼む。パトカーが!」
『ほう』
「患者の搬送。ん、患者の搬送なんだ。な!」
塩沢は、かっぱえびせんの袋の中をまさぐった。もうない。仕方なく、掌を舐めた。
「GPSでは、貴官はもう病院の直前におられる。したがって」
「し、したがって・・・?」運転のゲスの額に、新しい汗。
「やめられぬ。止まらぬ」ポリポリ、と塩を噛む。
「と、止まらぬ?へいでゲス!」
アクセルを踏んだ。正気に戻った山形の太い腕がハンドルを奪いにかかる。
「やめんか!」
「ギャアア!」
後ろの車両も走行に夢中で、ヤバいと思ったときはすでに・・・ブレーキは間に合わなかった。
「(大勢)うわあああああ!」警察無線。塩沢はその音響でイヤホンを放り投げた。
「バカめが。我らは医師。患者を傷つけるつもりなど」立ち上がる。モニター消す。
「(大勢)ぎゃああああ!」
「毛頭ござらん」タイムカード、消灯。
真田病院前、T字交差点。運良くか車両のない道路にパトカー、黒救急車が1台ずつ投 げ出されてきた。ただ先頭の1台だけが、これも運良しか電柱の手前でターンし横突した。
ほかの車両は5転、6転・・・原型を崩しながら次々と横転。4、5台がゲートへと追突していく。放置自転車も巻き込まれ、無数のタイヤがぶちまけられた。一瞬のうち、T字交差点が地獄絵図と化した。
山形は口の近くのぬるま湯に気づき目を覚ました。
「血・・・!ひっ!」
横のゲスは保身放心状態で横を見ている。山形をでなく、散乱した車両たち。いや、どうやら患者は乗せてなかったようだ・・・。それを見届けていた。パトカーのあれだけのサイレンが、もうどこにもない。
「ふ、ふく院長・・・わしら。わしら捕まるんでゲスか?」
「しょ、正面は閉鎖か・・・!」
「か、患者はいないでゲス!」
「なに?」
「患者さんは、最初から乗せてなかったんでゲス!だからうう・・・よかった~」
山形の顔が青ざめた。
「よ!よくねえ!あの・・塩沢!」
「先生!もう自首するでゲス!」
「待て!待て待て!どうしても!」
「な、なにを・・・?」
血まみれのデブ顔の目には、まだ残光があった。
「車を・・・裏へ回せ」
職員駐車場だ。
なあ、間宮・・・。
今度の敵は、俺たちには強大過ぎた。経営者は神にまでなろうとし、その一個人の信念のためなら何でもやる。だから、俺は嫌いだ。
その<信念>、という言葉が。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
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