僕が寝ていた廊下の真横、重症病棟詰所では何やら騒ぎが。大きな雷が落ちたという噂だ。そんなレム睡眠に惑わされつつ、無理やりな睡眠に集中する。モニターの音に乗せ、意識を逆集中。

「ううう・・・グー・・・ううう・・・グー」

 そう厚くもない毛布に、ふと重力を感じたが・・・それはまた消えた。地震か?と思う感覚も。いや待て。閉じた目の上、明るさや暗さが反復するような。わざあざこの目を、開けないといかんのだろうか。

 この、体が起きても寝ているような感覚。あれはそう。確か・・・あいつが亡くなる前。

 暗い当直室の中で、僕はもうこれ以上呼び出しがないことを祈っていた。祈りは通じるときと通じないときがあるので、有効な気がした。しかし。

 ピリリリリ!当直室の電話。3日徹夜はつらい。それもこれも、自分が引き受けてしまったからだ。2人医師が退職し、とたん人手が不足していた。そうだ。今日はせめて、意地をはるべきではなかったんだ。

「先生。手伝ってください」との電話。
「救急室か。ああ」割り切り、飛び起き。思うように動かない。この頃は患者家族からの心無い言葉などのショックもあった。心身ともに・・というやつだった。

 救急室を開けると、患者ベッド2台。点滴もつながっている。

「これは誰が・・ああ!」
目の前で、トシ坊が一生懸命CVラインを入れている。どうやら、どうしても入らない。

「先輩すみません!どういてもラインが!要るんです!ラインが要るんです!」
泣きながら、手は血だらけ。モニターは徐脈。これはもう・・・いやいや。

そうか。俺は気づかない振りもしてたが・・・この男の居残りのおかげでなんとか今日まで眠れていたんだ。

「やってみる」手袋をし、そけい部の違う部位から穿刺。確かに血管を探す術自体なかったが・・・

「これだな!つなぐ!」点滴が急速に落ち始めた。トシ坊は感激した。
「やった!さすが先輩だ!ありがとうございます!」
「いや、俺は別に」
「ありがとうございます!」

 そのトシ坊の横、スッと薄い影が現れた。事実と違うはずだが、こっちに話しかける。

「ほう。それがお前の親友か」
「親友かどうか。今はそう思う。先輩後輩でもな」
「友情に国境なしか・・・」

 悪い気はせず、その残像に依存した。しかしやはり、意識の何かが変だ。

「お前の過労を彼が引き継いで、そのまま死んだというわけか?」
「いや・・・」
 トシ坊は何度も頭を下げている。どうやら別々の事象が目の前で起こっている。

「いや・・・厳密にはそうでは。でもそうなのか」
「お前のせいで、とお前は思ってるわけだな」
「チクショウ!」

 過去の記憶ながら、点滴の入ってるような気がする。いやそうだ。入ってるんだった。だが目が覚めてない。これはどういうことだ?

 僕は目を閉じたまま、眼球をあちこち動かしていた。上から、山形が覗き込んでいる。
彼らの車両の中にいる。寝かされている。

 山形は、シリンジをラインの横に・・さらに追加していく。
「もうちょっと足しとく」
「ふ、副院長。犯罪ゲス、これは犯罪ゲス・・・」
「お前も胃カメラのときとか、注入しただろが。鎮静剤くらい」
「これじゃまるで、自白剤・・・」

 山形は感傷をやめ、本題に入った。

「ゲス。運転しろ。サツに見つからんようにな」
「へ、へい・・・」
「さて」エンジンがかかった病院裏。

「ユウ。お前の友人からのきってのお願いだ」
「友人・・トシ?お前は・・トシ坊なのか?」僕はあちこち探すように混濁していた。
「うん。教えて欲しいことがあるんだ」

 山形はトシのキャラに合わせてか、子供っぽく話し始めた。

「真田病院の個人情報コマンドキー」
「い、いきなりだな・・・知ってるだろお前」
「かかりつけの患者さんが来るんだ。いま、開けたいんだ」
「個人情報なら、カルテを出せば。全員の情報は、いらんだろ」
「ユウさん。僕が、してあげてるんだよ?」
「うっ・・・」

 山形は注入をいったん中止。

「ねえユウ・・ユウ!」
「はっ?ああ、ごめん」夢の中で、また寝るとこだった。
「僕がこれだけしてあげて、そんな番号すら教えてくれないなんて」
「わわ、わかった・・・」

 山形は、ノートパソコンを展開。タイヤががたついており、テーブルが揺れる。

「コマンドキーは・・・エス・・・エー・・・・エヌ・・・」
「よしょし。エス、エー、エヌ・・・なんだ。はは、病院名そのままじゃねえか」
 パチパチ、とパスワードが入力される。

「エー・・・ディー・・」
「そうだな」
「エー」
「やっぱり」
「違ったそこだけ。シー」
「なぬっ!」青ざめた。もうエンター押した。

 画面は赤い警告と化した。
<アクセスエラーのため、24時間の入力を禁じます>

「ぬわあああ!」山形はパソコンを振り投げ、僕の左足を叩きついて地面に落ち分解された。

「うっ・・・」僕の前のトシ坊が消えた。横の残像も・・いや、これは今・・・今まさしくそこにある光景の一部らしい。足元にパンクしたタイヤの予感。ここは・・・どこなんだ。どの車。西暦何年だ?

 顔だけ上げると、どうやら残像は車の助手席。運転席からはすすり泣く声。助手席の男がぼやいてる。さっきの声はこいつか。

「もしもし。もしもし!」額の血を拭いながら、山形は狂気した。
『あら・・・』女性の声。
「葉月!葉月ィ・・・」いきなり砕けたように、子供のように泣き出した。

『どうしたの・・・?山形先生』ついさっきまで、近くにいたはずの女性だ。ネコの目の。
「辞めるなんてよ。辞めるなんてよ」
『転職することになってね』

「ど、どこのキャバに?」
『おしえなーい!』
「なあ、今、会ってくれよ!」
『えっ?今・・・?』

 山形には、もうすがるものがなかった。

「なあ、あんだけ店に入る前、付き合ってやったじゃねえかよ~ぉぉぉ」
『うーん・・でも同伴はね。仕事だし』
「お前に、何でもバラしてきたじゃねえか!」
『・・・・・・・・』

 僕のほうは、やがて上半身に感覚が戻ってきた。しかしまだ、体が他人のようだ。横にあるアンプルは・・ドルミカムか。

「ドルミカムで、ドリームカムかよ。ちくしょう・・・」ダメだ。やっぱり起きれない。

 

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