(続き)

2013年1月28日 連載
大阪の夜明け・・まであと数分。大阪城の側面がやや明るくなりつつある。周囲のアスファルトはどこも川のような筋でもって伸びている。車の動きもわずかのみ。遠くに手の届かない宝石群。

 しかしそんな中、数十キロ先。北へと進撃する黒い救急車が走っている。ボロボロに凹んでいながらも、ジグザグに立て直しつつ千里方面へと向かう。

「・・・・・・」
放心状態の山形医師は、これまでの自分の人生を振り返っていた。しかしいまさらやり直せない人生のそれまでを辿っても、今が余計惨めになるだけだ。いや、それでも辿る。ひょっとしたら、今に意味を持たせるかもしれない。

「ゲスよ。思い出すなぁ」
「・・・・・・・」相棒はもう返す言葉もない。
「会計士が。会計士さえ逃げなけりゃ、俺たちの立てた有床病院は今頃・・・」

 山形は有名な大病院から患者を丸ごと引っ張っていったことで話題になった人物だ。当時は人当たりもよく、診療内容も定評があった。病院は活気を帯び3診制となり、新病棟も建てられた。

 5年もたった頃だろうか。銀行の融資がいきなり途絶えることになった。黒字会計だったはずの口座はすでに会計士に流用・転用され、その投資が失敗したのだ。会計士を追い詰めようにも回収すべき見込みがなく、訴訟の費用も弁護士に吸われていった。

 つまりそこで銀行に見切りをつけられた。事務長であったゲスもショックを受け、しかし彼は患者への対応、他病院への紹介などすべて対処した。

「そ、それでアンタは・・・拾われたのか。今のオーナーに」
僕はか細い声で天井に呟いた。

「あ?ああ。起きてんのかお前」
「魂まで売ったのか・・・」
「それはお前だって、同じだろう」
「俺は大学は離れたが・・・あとは自分で選んだ道だ」

 山形は皮肉っぽく笑った。

「フン。何も知らんのだなお前は。それは最初から・・おい、そこ曲がれ」
「・・・・・」ゲスはハンドルを機械的にきった。

「ユウ、お前のことはどうでもいい。これからな、わが母体病院へと戻る。そこで入院を継続してもらう」
「なに?やだよ」

 山形は助手席の上の取っ手をつかんだ。

「お前は現に動けない。医師としての、俺の判断だ」
「・・・・・け、警察に」

 ポケットに携帯がない。

「これか?」彼の右の耳に携帯があてがわれた。
「か。返せ!」
「なぁ。仲間になれよ。俺たちの。なぁ!頼む。頼むよ」

 急に女形になった。

「頼む。お前にはどこか、分からんが能力がある。シナジーも、そのマネージメントを評価してた」
「シナジー・・・うちの品川事務長を知ってんのか?」
「なぁ。頼むよ。このゲスも、それで家族が報われるんだ。なぁ!お前ひとりの」

 紹介料でか。

 何を隠そう、体が立てる自信が湧いてきた。横のベッド柵を乗り越え、そのまま横のスライドドアを開ければ済む。道路へ飛び込むくらい、映画で死んでないようだからできるだろう。

 でないと、こいつらに拉致されかねない・・・。

「それとなぁ。ユウ」
「はっ?」
「お前んとこに無断紹介した患者。あいつらなぁ」
「なんだ?」
「あいつらの共通点、当ててみろ。当たったら解放してやる」
「・・・・・患者ってこと?」
「ぷっ!ぷははっは!」

 ちょっとの間ののち、山形は振り向いた。

「全員、医者なんだよ。元、な」

 突如、両端と後方にパトカー・装甲車が現れた。
<停まりなさい!そこの黒い救急車!>

「ひっ」ゲスは顔を隠そうとハンドルの下にかがんだ。
「もしもし!おい院長!」塩沢にTELしたもよう。

『当院は、何も知らぬ』
「け、警察にバラすからな!すべて!」
『ほう。やってみるがよい』
「なんだと?」
『わたしも病院もすべて終わる。だがお前の家族、開業先から世話してやった職員80人もすべて路頭に迷うぞ。よいのだな』

 山形の瞳孔が、固まったようだった。
「だ、だが・・・・だがどのみち。捕まる!」僕もそう思う。

 一方、院長はベッドで横になったままノートパソコンを持ち上げた。GPSで地図を追っている。
「いや。対処法はある。1つだけ」
『な、なんだっ!ぐわあ!』パトカーに当てられた。『くそぉ!いてえ!いてえよお!』

 ベッドで裸の塩崎の横から、オンフックごしに語りかける女性がいた。

『山ちゃん。さっきはゴメンね』
「葉月?おお葉月か!でも何で!」

 若干20過ぎの若すぎる肌は、塩沢の浅黒い腕に包まれていた。

『じゃあね、その方法教える前にウン。教えて』
「教える?そんなものオレ、持ってたか!」
『もう聞き出したんでしょ?個人情報解除キー』

「あ、ああ。それはさっき・・・しかし24時間はアクセスが」
『あれね。どうしても手に入らなかったの。ねぇ~』

 山形はとにかく、言いなりになるしかなかった。

「エス、エー・・・・・・・」
 すべて話した。
「でな葉月!やり直せるのか!俺たち!」
『今度こそ、させたげる』

 葉月はふて寝するように、外側を向いた。院長がタバコを枕元の後ろへ。葉月の最後の言葉があった。
『妄想で、やりな』

院長は天井を向き、目を閉じた。

「では、対処法を教える」
『お。おう!』
「そのまま右折」

 ギギャ!と右折。装甲車は曲がりきれず、壁にドシンと激突した。

『どこだ!どこに逃げ場があるんだ!』
「そのまま進み・・・」天井に煙を吐く。「そこで左折」
『せ、千里には向かわんぞ?それでいいのか?』

 運転手のゲスは、何か・・分かったようだ。僕はすでに、スライドドアを開けるべく力を入れた。損傷があるようだが、開けやすそうだ。

「くううう!」プッ!とおならが出た。

 運転手の肩が震えている。
「こ、こんな人生に。生まれてくるんじゃなかったゲス・・・」
 何度も涙をぬぐう。でもどこか覚悟した様子。僕はドアを開け・・・ドバアッと風が入った。思わず顔をそむけた。

「こ、こんなアスファルト。飛んだら死ぬよ!」時速100キロはあるはずだ。教習所の停止距離の話を思い出した。

その向こう。やや明るい空。工場地帯。明かりがまばら。いや、揃った明かりがある。それは一列になってこちらに近づき・・近づき?

山形の手から携帯がこぼれた。
「うわああ!やめろお!うわああ!」

落ちた携帯から聞こえる、院長の声。
『証拠も、何も残らぬ・・・』

僕の後ろ、何かが引っ張った。点滴台だ。腕のラインを外そうとするが、がっしり固定されている。ナイス仕事だ。仕方なく、ラインそのものを掴んだ。

始発の貨物列車は、すぐそこだ。

「ワーン!ツー!スリー!やっぱこわい!あっ」

 列車の窓の中が見える。

  なぁ、間宮・・・。死を覚悟するなんて。それを飲みこんでもらうしかないって・・・。そんな意味、医師に理解なんてできるのか。

 車内に、神の救いのようなまぶしい光。山形の前、女神が両手を開いた。

 もう委ねてもいい。そんな気分にさせた。全身の力が抜ける。

 

 大阪城のはるか向こう・・・一条の火柱が昇った。


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どうしてあなたは年下なのと

窓にもたれて静かに訊いた

半分裸のあなたは笑って

水夫のように私を抱いた



遠い国から波が来る


部屋が果てない海になる



今夜二人が乗る舟は

夜明けに沈む砂の舟

一夜で千夜を生きるから

命惜しむと愛せない


 

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