医局での臨時会議や一連の騒動があった頃、僕は・・・
「じゃ、次の人」診察室でふつうに座っていた。ただ、白衣の下はボロボロだった。顔も少しすすけており、焦げた匂いがどうしても取れない。
「おはようございます」30代男性。山本太郎風。「先生。顔、黒いな。黒人かと思いましてん」
「いや、これは・・・」
「海へでも行きましたか。さすがお医者さんはお金持ちですなぁ。でも俺も、一山いつか当てたんねん。ささ、診察、行きまひょか!」
尿路結石に胆石、膵臓は著しい石灰化。かなりの酒飲みだった。
「先生。オレ石でしょ?聴診でわかんの?」
「医師?医師は俺だけど」
「まあまあそう言わんと。冗談やないがな冗談ちゃうちゃう。も、石消えた?」
「ああ、その石か」
「ほんともー、しっかりしてよ」
俺は昨日寝ていて、そのあと・・・・。いやいや・・・思い出せない。
「じゃ、次の時検査ね・・・」
「そっかー。消えとったらええなー先生はどう思う?」
「酒は?」
「んー飲んどる!」
「だる・・・」
60代男性。娘が一緒。男性はみるみるうち痩せていってる。どんな患者でも、どんな症状でも・・癌は必ず念頭に置かねばならない。癌でなくとも、その後も癌なしとは限らないし。
そうだ。あの男・・・。真珠会のベンチャーオーナー。膵管が拡張してた。
「ナース。あのオーナーの。ムラサキさんのカルテ出してくれ」
「はあ・・・ほい」
「間宮の奴、こんな写真撮ってて見逃しとは・・・」
患者本人は、異常がないつもりでいる。いや異常があれば、説明までそんな間を開けないほうがいい。
60代男性は、検査へ。先週の採血で腫瘍マーカーが一部上昇している。CTに行ってもらう。品川事務長を呼びつけ。
「品川。この手紙を真珠会へ送ってくれ」
「転職なさるんですか?」
「いやいや。先日の検査で・・・ん?」
つい、この男を見上げた。何か、昨日こいつのことで何か・・・これも思い出せない。
「ん。んん。郵送しといてな」
「病気が。そうですか」
「確定はしていないがな」
「先生。1つだけ」
「あ?」
「顔は、きちんと洗うように」
「はい」ネコのように顔を拭うふり。
60代男性の検査の間、次の患者。
「し、しまった!」
「なあにがしまったじゃっ!このボケカスゴミ!」この前引き留められた婆さんだ。
「どうしました今日は?」
「何をいまさらあんた!かしこまりもうてんねん!」
ドサッ、とライフの袋が2つ置かれた。
「あ~あ!しんど!」
「買い物した帰りか」
「これは買い物やない!袋で判断せられん!クリーニングへ持っていく靴下やっ!」
診察。
「痛み止めの効果は・・・」
「だから!いっちょも効かへん!」
「腎臓が悪いので、どうしても」
「そこを何とかするのが、お医者さんの役目やろ!」
「だけど」
「だけども何もない!この前まであった松田先生のときはよく効く薬くれたで!」
実は、そのせいで腎不全になったんだが・・・。
「漢方にするよ」
「かんぽう?あ~あ、松田先生。なんで車ではねられたんかの~こんなババアが長生きして。もう長生きしたない」
この婆さんはなかなか帰ろうとしない。そこがまた大変だった。
「ナース。小声で。横の診察室にふってくれんか?次から」
「じゃ、明日にでも・・・」
「うまいこと、やれよ」
僕にはズルいところもある。外来患者をたとえば午前の分だけで60人。これを3時間でさばく。経過の複雑そうな人はまず検査から行ってもらう。
さっきの60代男性の胸部CTは・・・
「異常ないな。とか言いきれないが・・・シフラが高いんです」と家族へ。
「肺でないとすると・・・」
「胃の内視鏡を。喉頭もついでに」
PHSへ電話。
「山崎。出番。今日、食べてきてない人がいて。山崎!」
『あ、先生。生きてたか』
「は?悪かったな。依頼できるか?」
山崎は何やら考えているようだった。
「き、今日は無理です・・・別の日に」
「そっか・・・」
延期。
ダンが横に立っていたとは知らなかった。
「やあ。昨日は活躍してたね」
「あ。おはようございます。主治医は自分が昨日振り分けて・・・」
「いや。私が振り分けなおした」
なっ・・・。そういう権限、あったのに。
「君の患者は激減するが、いいかな?」
「え、ええ・・・」
「あとで、私の部屋へ」
そこらのナースらの耳がピピンと反応した。
近くの洗面器で手を洗うジュリア。が、こっちを見て驚いた。
「ゲーッ。あんた、いつの間に来てんの?」
「別に。ふつう」
「ていうか、顔、黒いし!」
「黒医師とでも呼んでくれ」
「しょうもな!次呼んで!」くるっと、横の2診へ消えた。
外来診療というのは、新患の数・質に左右される。この時期はまだ秋で安定気味だった。
「ちょっとおれトイレ!うわっ」待合室、みな睨んで見ている。はよせい、と言わんばかりに。近く、間宮が通りかかる。
「ユウ先生。あのニュース知ってる?」
「え?あ?」
待合の患者が見ていたのは、僕の頭上のテレビだった。うちの病院前が映ったかと思うと、どこか工場の線路。貨物列車が脱線している。グシャグシャの車。
「あれ。車だよな」
「うちの病院から出た車だって言う患者さんがいるの」
「へえ。よく分かるな」
何も思い当たらず、僕はトイレへと向かった。が。
「ねえ先生」
「は?」間宮がまだ用か。
「新病院の話、聞いた?あ、でもいなかったね」
「2つの病院だろ・品川からもう聞いてた」
「そこのねえ先生。院長候補の話」
「誰に決まった?確かダンが・・・」
間宮が少し恥ずかしそうに・・・口に何度も手を当てて隠しそうに。
「先生。一生のお願いがあるの」
「まさか。俺に行けってか?」
彼女の目が固定した。
「そう」
「ひ?」
なあ、間宮・・・。お前が俺を嫌がっているのは分かってる。でも忘れたか恩を。俺がこの病院にお前を引っ張った。それが今、出て行けだと・・・?
それとも、ほかにも理由が・・・?それにどうしたんだ。そのエロっぽい顔は・・・!
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どうしてあなたは年下なのと
窓にもたれて静かに訊いた
半分裸のあなたは笑って
水夫のように私を抱いた
遠い国から波が来る
部屋が果てない海になる
今夜二人が乗る舟は
夜明けに沈む砂の舟
一夜で千夜を生きるから
命惜しむと愛せない
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