(続き)

2013年2月2日 連載
 夜になりスタッフの大半が帰ってしまい・・・特に詰所は手薄になる。それでも重症患者をフォローせねばならない。常勤医師のバックアップは当直医師の務めだが、そう割り切れない場面も多い。長年・複雑な病態の患者の場合、たまたまそに来た非常勤では把握のしようがないからだ。

「ダン先生は、いましがた帰られまして」と報告。左に長男夫婦。右に次男夫婦。長男がキーパーソンだが、実際見舞いに来ているのは次男夫婦。こういうケースはよくトラブることが多い。

 こんな時代でも長男至上主義というのは健在で、特に結婚して兄弟の夫婦同士などの付き合いができると一層意味を持つ。まして親の病気となると・・・いや急病だけでなく長期の療養の場合でも。

 たいてい長男は遠方で出世しており、次男は親の近くでマメに面倒を見ている。長男からすると「次男に任せてるから」となる。説明を受けるのは次男夫婦ながら、長男への伝達はどうしても正確そのまま伝わらず・・・


「いったい、どういうことですか?」(長男)

 という言葉を浴びせられているのが僕だ。

「長男さんは、自然に看取るという形でとのことでしたね」
「ああそうだ」スーツ姿でいかにも重役風。仕事も持ち込んでる雰囲気。
「さきほど、次男さんからの処置の要望がありまして」

次男は顔をやや赤くした。

「そ、そういうことだったんですが。しかしですね。まさかこんな早くに・・・ダン先生の話では、こうも早くなるとは」

つまり、心の準備ができていなかった。唐突すぎて放置できなかった。

「それでね兄さん。私がこのユウ先生に、何とかしてくださいってお願いしたんですね」

だが兄。

「先生。長男のわしが中心で決めたんだから。処置する際に、相談していただきたかったものですなぁ」
「いや、急変時だったので。そんな余裕はとても」

 呼吸不全に対し、すぐに挿管・マッサージを施した。一命は取り留めたが一時的かもしれない。

兄はしつこく。
「いや、だから。その急変とやらの際にだよ。今は携帯とかあるでしょうが」
「手がふさがってまして・・・人手も」
「人手が足りんと言っても、そりゃ5時過ぎたからとか言ってもなぁ、あんた。病院は工場じゃないでしょ?応援を呼ばんから、そんなことになるんでないの?」

呼んだ、っちゅうに。帰ったっちゅうに。阻止されたっちゅうに。

「ったく、信用してオヤジをあずけてたのに・・・」兄は口ごもった。
「ユウ先生。処置して頂いたから今日は、もちますね?」と兄。

「いや、それは今はなんとも。むしろ、困難かもしれません」
「ええっ?」弟は目を丸くした。
「呼吸や循環がサポートされても、治療の効果がなければ病態はそのまま悪化します」

兄は腕組みした。

「今日はまあ、東京からたまたま来てたからまあ、偶然立ち寄ったんだが・・・」
「・・・・・・なんで今日処置してもらって。ええっなんで?」と弟。

兄。
「今日の新幹線で、我々夫婦は帰れますかな?明日の朝一番の切符を取るべきかな?」
「血圧も不安定ですし、近くにおられたほうが」
「じゃ、今日いっぱいが峠ですね!」と眼鏡の弟。一番、よくわかってない。
「そうとも断言しかねます」

「なんだ。分からないのか」と兄。「やっぱ、主治医じゃないもんな。この先生」

これは禁句だ。

患者の部屋は詰所の横のICU。点滴が5ルートほど。昇圧剤に利尿剤。栄養は中心静脈。水分が比較的過剰になるのは致し方ない。

眼鏡の弟は汗を拭いつつ聞いてきた。

「このむくみ、ひどくなってますが」

「血液中のアルブミンの不足が背景にありまして」長男の希望で何も足さないということだったが・・
「ええっ?ひ、低いんなら。足してくださいよっ!」


遅ればせのように、いきなり怒り出した。

「長男さんにも、相談してから」と僕。
「足りないですねって。できるだけのここ、こと。してくださいよっ!」

長男のところに戻るが、彼は・・・

「ふんふん。まあでも、あるぶみん、っていうのですか。それ足しても、変わらんこともあると」
「ええ・・・」
「むしろ。悪くなることも、なきにしもあらず、と」
「え?ええ・・・」

長男はコートを羽織り、夫婦でエレベーターへ歩いて行った。

「いかんいかん。タクシー乗らんと。おい、間に合うか新幹線」
「あ?ああ!ちょっと!」僕は追いかけた。

まだ話は終わってない。

しかし早くもエレベーターは閉まり始めた。


「先生。先生の思うように、やってくださいや!」
「それって、どういう?」<開>でまたガー!と開く。

「わしらは何も言わん。先生に任せる」ガー!
「みんなでもう少し話し合いましょう!」ガー!

「わし、あすの朝。朝礼で5000人の前で話するんですわ」
「は?」

ガー!と扉が閉まった。トコトコ詰所に戻ると、弟夫婦がモニターからキッ。とこちらを睨み・・・。

「先生。どういう方針ですか。先生のお考えは」

こうやって数時間。フラフラになって、医局へ戻った。21時。医局には医大から出向してきた2人組がソファで喋っている。テーブルに、冷蔵庫に入ってたはずのアイスが溶けている。

「おい。そのアイス。俺の」

「え?ああ。ごめ。んなさい」と島。つくづく、気の合わない奴だった。彼は大学院、助手と出世コースを目指していたが・・・叶わぬ夢だった。横は根暗そうなやつ。

「今日はこのあと・・・何かあんのか?」
「いーえ。僕ら、今日はここに放置されてたもんで。なんでかなーって」

 僕はロッカーを開けて、服を着替え始めた。

「なんでかなって。自分で聞けよ。院長に」
「ダン院長は、ユウ先生に聞けって言うから。院長、首になったの?」
「ダン院長は理事長だ。院長も兼任すべきだろ」

 根暗が立ち上がった。

「あの!ユウ先生!島先生と僕の勤務は・・救急は最初は見学ということで!」
どうやら、島に言わされているらしい。

「見学?お前ら・・・生理かアレか?」
ジョークは通じず、2人は黙った。息をしてない。無息は敵意の現れだ。肩の動きで分かる。

「俺、今日はなーんか疲れたから。帰るわ。それとおい。お前な」
背中を向けて、根暗につぶやいた。

「はい!なんでしょうか!」
「名前、言えよな」

 バタン!と出て行った。島は丸めた紙をパアン!と地面にバウンド。臆病者の、精いっぱいの抵抗だった。

「なーにが名前言えよな!だ!なあ小川。ユウな。ここのオバサン女医な。ザッキーに取られてサカッてんだよきっと。これからソープ行って阿波踊りだよきっと!え?」

タタタ・・・と根暗君は横切り、医局の全面ガラスを開けた。下の歩いている人間を見下ろし・・・


「ぼくの名前は、小川でーーーーす!」


しかし真下にいた人間は・・・人違いだった。さきほどの次男夫婦だった。
「はあ?なんですかー?」

小川はヒイッ、とたじろぎ後ろに退いた。はぁ、はぁ・・・と興奮している。島は平手で顔を隠した。

「ユウは裏だよ。裏の駐車場・・・!」

島の手のひら。指の間から、クマの人形が見えた。間宮の机の上で座っている。糸が何本も」ほつれており・・・何かを暗示しているかのように見えた。


 なあ、間宮。この前俺は教えた。勉強の機会が欲しければ、自らそれに巻き込まれよ、と。簡単なことだ。自分の得意を嫌い、不得意を愛すこと。本気でこの仕事やるなら、俺のように損を引き受けてでも毎日何かを乗り越えよ。

 と、今日のダンの押し付け仕事を正当化しようとする自分がいる。

http://boomoney.blog17.fc2.com/blog-entry-68.html

 
どうしてあなたは年下なのと

窓にもたれて静かに訊いた

半分裸のあなたは笑って

水夫のように私を抱いた



遠い国から波が来る


部屋が果てない海になる



今夜二人が乗る舟は

夜明けに沈む砂の舟

一夜で千夜を生きるから

命惜しむと愛せない





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