(続き)

2013年2月3日 連載
 
 ホスト男は5人を引き連れ、軽症部屋を出た。


「みんなあ、我慢せんでーいいんやど~!」
各部屋を覗いている。ベッドで起きている患者はもちろん、家族らも顔を出した。

「ここの病院はな、メチャヤバいの知っとおん?なおばさん」
「は、はあ」看病のおばさんが、隅で縮こまった。
「ほんまに家族、大事にしたかったらなぁ。出た方がええでこの病院!経営マジ危ないし!」

中傷にしては、いやに具体性がある。

間宮が腕をつかんだ。
「やめて!」

「おっおっ?いま見た?見たなおばちゃん!この女医さん、暴力ふるたで今!いたた!」
「そんな!」
「警察警察!警察に通報や!」

携帯を取り出したところ・・・

「やあ」長身のダンが、彼の前に影を作っていた。
「え?」

「大きな声がしたもんで」その落ち着きぶりが、逆にホストを混乱させた。
「ああ。ああ!ああ!院長やないですかー!俺、この女医に!暴力ふるわれましてーん!」

間宮はすでに小泣きしている。山崎が連れ去りダンが残った。ダンは腕時計を見つめた。

「山崎くん。出向したまえ・・・・うーん。私は現場を見てないので、何が何だか」
「へー!患者の言うこと、信じんのかあんたはー!」周囲の5人が黙る。
「信じるのが僕らの商売でね。それでは、商談といこうか」
「え?へ、へ・・・」

6人がついてくる。思わず、葉月も最後尾に。
「この院長・・・何か考えてるよ?」
『偵察の上、報告せよ』とイヤホンの塩沢。

「なんか、こわいよ」
『盗聴せよ』


 葉月は腕時計から、小さな豆のような送信機をチャッ、と取り出し・・・部屋の壁にくっつけるべく・・・どの部屋か考えていた。

医局の前で、ダンは立ち止った。ホストがなぜ<商談>という言葉に反応したかというと・・・ただ1つの個人的な目的に目が眩んだ。そういうことだ。

「さ。ここだ。ん?」葉月に気づく。
「あ、あたしも。事務員として」
「ダメだ。医局は事務的な用事以外、事務員は入れない」
「・・・・・」

悔しい表情の中、ドアは閉められた。6人、ソファのあちこちに腰かける。

「へ~!いい生活、したもんだ!」プラズマテレビなど、見回す。
「では、本題といこう」ダンは立ったまま。
「はいよ!で?そちらの提示額は?この暴力にたいす・・・」

立っていた僕が呟こうとする前、ダンは手で制した。

「うん。その話し合いの前にだね。ここは内密に話を進めたい」
「内密だとよ?俺はべつに・・へへ!」
「分かってる。だが、最近の保険屋は支払いがルーズでね。未払いとかザラだ」


別の男が何か気づいたように話す。
「あー未払いね。あるある。おれ新聞で見たそれ!」
「だろう?なので、双方の食い違いがないことからきちんとしておきたい」

「情報の整理かよーへっ!めんどくせー!」
「金が要らないなら・・」
「ちょーまて!いるいる!金いるし!返済せな、マグロ漁船やでおれ?」

 はっはっはっ、と5人は大笑い。

「ちょーマジなんだよ!ちゃっちい額じゃ無理無理!まあ先生。暴力事件やからな。そっちからも戴くで!」
「では、私が保険会社とうまく交渉する。病院長なら、絶大な信頼がある」

「ほー、あんた。信用できそーだねー」
保険会社名とその連絡先。彼は名刺を持っている。他の5人は拍手。

ダンは、担当者に電話した。
「ええ。そうです。ご存知とは思いますが、顧客の依頼で・・いえ。入院に関する」
「おいおい。暴力事件はどうなった?」
「病名は、詐病です」
「さびょう?妙に簡単な名前やな」
「代わってくれと」ダンは子機をホストへ。


「はいなー!え?ええ?ちょ!ちょおお!払えんって?さびょう、っていう病気、なんだろー?金払わないと、塩沢さんに俺!」青ざめていく。
「なるほど・・・・・」ダンは冷酷に見下ろしている。


「それはないがな!だって俺、現に気分わるいしー!それにさ、暴力」
「そのような事実はない」
「あんだろボケがぁ!」子機を投げつけた。
「そのような生き方だから、マグロを釣るしかないんだ」

ホストは怒り狂った。
「マグ・・・んだとぉ!」
 つっかかり、エリをつかんだ。

「うわ!呼吸が!」
「うぎっ?」ホストがビビった。ダンは大げさに崩れた。

「ゆ、ユウ君!」

「あ、はい!?」僕はまさかと思うが駆け寄り、一般状態を確認。
「あ、アンビューと、それから」
「そ、そこまで?ああ。間宮!」
「えーっ?あ、はい!」ドン、と彼女は飛び出した。

ダンは大げさに、何度も首を振った。
「警察を!早く警察に!」

ホストは騙されないぜ、と首を振った。
「暴力だとー?俺は振るってないって言えばそれまでや。なあお前らー!」

5人とも小さく頷いた。そのうち1人が天井を指差した。
「おいあれ!」

 遅かった。事務室では、品川がすでに電話していた。モニターに指をさす若者。
「ええ。ええ・・・殺人未遂です。証拠ですか・・・いちおうビデオが」
「・・・・・・・・」深刻な面持ちの葉月が、食い入るように見ていた。

「どしたの?そんな必死に。彼氏?」品川は次の仕事に。
「えっ?ちちち、ちがいますっ!」
「ああいうノラ犬が金目的で入院して、周りを洗脳して困るよ。おかげで本当の病人が入院できないのが現状だ」
「・・・・・」
「ダン院長が言ってた。ああいう人間は、この世から少しずつ一掃していきたいってね。こわ~い院長かもよ!」

 その意味は、かなり深いところにあった。

医局で立っている警部が、ホストをじっと見下ろす。
「あんた、病人ちゃうやろ」
「ちょうちょう!病人やって!」
「病名あんのか?」
「さびょう、っていう病名やって!」
「・・・アホか。行くぞ。そっちはいけますか?ほな」

引っ張られ、ホストはわめきつつ廊下へ出た。


警察が6人を連行し、ダンはアンビューを払いのけた。

「さ。もういいかな」
「先生。マジかと思いました」僕は敬服した。
「大阪はこの手の連中が大勢いる。間宮君も、いざというときの戦い方を身につけたまえ」

「は、はいっ!」彼女は姿勢を正した。
ピーポー・・と警察が走り去っていく。僕は医局の窓から身を乗り出した。院長もニュッ、と横に。

「カッとなる連中は、損をする」
「俺も・・ですね」
「君はそんな。だが彼らのような連中は関係を築けない。誰かの奴隷でしか生きれない」
「奴隷で短気、っていうのは絵になりませんね」

「そうだ。君がもし短気なら、そういう人生を選ぶ?」

僕はちょっと考えた。が。


「うーん・・・これだけは言えますね。マグロ漁船は、お断り!」

「あーっはっはっは!」

なぁ、間宮・・・。俺は短気に世を生きている。それだけで世間にしばかれる。なのに一般ではギャンブル的なものが好まれる。努力もせずに楽する人間が増えて。それが結局、短気を生むことを知らないのか。

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