胸痛の患者のことを気にしつつ、間宮のばあさんの肘から動脈血を採取。意識は混濁している。
「このばあさんも、CT撮りたいところだな。娘、いや孫呼んで来い」とナースに指示。
「ブヒ!」
「ああ待て。そこの事務員!葉月・・さんだっけ?」
小柄な初々しい女性だったが、最近ロボットのようだ。会釈もせず、機械的に仕事する。だがそのこじんまりとしたルックス・パーツはいろんな男の気になるところだった。
やがて葉月が間宮を連れてきた。予想通り、パニクった。
「えっ?ええっ?どうして?」
「基礎疾患、分かるか?この人は分からんらしいが」僕は施設の末端を指差した。今でいう<ゆとり>っぽい。ひょろっとして、いかにも頼りない。
「エクタジアにOAにRAにpafに・・・」
「内服は?」
「NSAIDに漢方15番と25番、ムコダインにCAM」
「ワーファリンは、ないな。pafは最近は?」
「ないと思う」
こんな会話をしつつ、CTへ。行き違いでさっきの男性のベッドが運ばれてきた。僕はモニターを付け直した。
「そうか。食道エコーは時間がかかりそうか」
「たた・・・わしゃ、なんでも受けますよ?」
「どうしても否定できない病気があるんです。解離性の大動脈瘤といって」
「あれ、胸が痛くなるんでしょ?今は胸は大丈夫。というか、胸というのかな。この・・・右の肩に近い胸」
反対から、遅れて降りてきた島が叫ぶ。
「胸?肩?えーっ?どっちなわけ?」
「何というのかな・・・左じゃないな」本人も表現に困った。
僕の後輩の島があてずっぽに叫ぶ。
「肺塞栓とか!」
「黙れ島。患者様に聞こえますので!」
「な?何も黙れって言わんでも・・・」
僕は事務長へ指示。
「品川。外科系の病院に連絡してくれ。解離性大動脈瘤の疑いが濃厚」
「かいりせい・・はいはい!根拠は?」
「素人が!とにかく伝えろ!そうでも言わんと、とってくれん」
「はいな!」
あの生汗が、事態が只事でないと示しているような気がする。残りの部位の撮影後CTも見る。
「腹部はいけるな・・・瘤ではない。ナース!血圧左右差は?」
「ブヒ!ないです。いや、あり?」
「どっちや?かせ!」自分で測定。右が若干高いような・・・。
「右が150で左が134か。これまた、微妙だなあ。おい今見たか?」モニター指差し。
「ただのVPCよ?」とジュリアが巨大目。
「ただほど怖いものも、ないだろう!」
「?」
事務長が2階の窓から○サイン。
「よし!オレ、ちょっと行ってくるわ!あのね。外科系の準備をしてある病院のほうがいいから!」
「ええっ?そんなに悪いんですか?てて」
「備えに越したことはない、ということです」
「なるほど」
家族は遠く、外科系の病院へ直接となりそうだ。カテコラミンなどをシリンジで吸い準備させる。
「酸素はいっとく。写真はこれとこれ、持っていこう!」
「あたしも行きます!」と、さっきの事務員。
「ナースのほうが」
「ナースらは知ってますか先生。ボイコット寸前です」
「う・・・」
僕らの行動が、目に余るか。この前の患者入れすぎ事件が。
やがて地下からの白い救急車が、グワンと救急入り口前に停車。バックしてストップ。
外は風が叩きつけてくる。
「じゃあ、もう1人の患者!ばーさんだ!間宮の」聞き取りにくく、みな耳をダンボする。
「ええーっ?バーミヤン?」と島がわざとらしい。
「さっさと行って、手伝え!」
彼は一瞬ムッ、とし向こうへ消えた。合わない医者は、一生合わない。
品川はパソコンをクリック。
「ゲート、オープン!」
昼に閉めたばかりのゲートが左右にチュインチュインチュイン、と開く。外側はまだ穴ぼこだらけだ。
車内のモニター自体は安定しているが・・・痛みはマシという。いや、増悪と寛解を繰り返しているのだろうか。循環器の不安定狭心症のような症状が、こっちを不安にさせる。良くなったり悪くなったり・・・これはたいてい悪いサインを示す。
「10分くらいで着くな」
「ハイ」患者の真横に僕と、葉月という事務員。この女性の既往などは当時、まったく知らない。
「そういや、病棟の大部屋騒動のときは世話になったな」
「いえ。あたしは見ていただけで」
「あ、そうだっけ。彼、このあとマグロ漁船ってホントなのか?」
「さあ。知りませんけど」
やはりだ。あのときも、どこかこの女性は不機嫌だった。何か繋がりが・・・?人間関係も、疾患のように見てしまう。ところがこのカンがよく当たるのだ。なぜならダンが言うように、ものには原因があり、そこには背景が存在するからだ。暴れる男、稼ぐ女。原因はDVや借金。背景にギャンブルなどというふうに。
サイレン音には慣れた。道順も慣れ、どこで揺れるかもわかってる。
「ここで揺れる。つかまれ」
「先生。さっきは間宮先生、動揺されてましたが」
「ああ。なんせ、自分のばあさんが入院してきたからな」
「へえ。どこからですか?」
「高齢者の賃貸マンションだ。スタッフは駐在しているが、基本的には干渉がない。訪問看護があってもたまにしかない」
「そこで病気が発症したら、不利じゃないですか?」
「不動産が喜ぶための、国策だ。不動産の奴らは、国とつるんで蝕む、国策・キー・ウイルスだ。金をもらったら、患者のケアなんて考えてないよアイツらは」
「そうでしょうか」
「知らんけど」
もう到着した。ガー!と救急入り口に入り、申し送り。その間、葉月はトイレに行くふりして携帯を当てた。派手な奴で、病院勤務用のでない。
「塩沢院長?」
『会話は聞こえていた』
「どうします?今は真田、脆弱ですよ。どうやら派遣の医師は頼りなく、ベテランが2人抜けて、ユウもここに留まってますが」
『時間稼ぎをせよ』
「ああ。例の場所へ?」
『こちらは、真田へ猛攻をかける。貴官はとにかくユウを誘導し、帰宅難民化せよ』
葉月は先に、救急車に乗り込んだ。運転手は事務員の中年男性、田中という品川の右腕だ。
「搬送中。何もなくて良かったです!」
「あーもしもし?」
「え?葉月さん。どこから?」
「はいわかりました。大変!」
「どうしたの?」
「訪問看護先の患者さんから、救急車の要請があって」
「その電話がかかってきたの?」
「はい直接。帰りに拾ってくれと」
田中は自分の携帯を取り出そうとした。が、見当たらない。僕と同様、置いてきた。
「じゃ、別の救急車を要請するよ」出ようとする。
「ダメ!今のは、しし品川さんからの命令です!」
「えっ?事務長からの電話だったの?俺を差し置いて?ショックだなあ」
「あの人、女好きですから」
「ま、こんな魅力的なお嬢さんから言われちゃなあ・・へへ」
ガラッと、戸が開いて僕が入った。
「女好き?俺が?ああ、どうせそうだよ!出よ!」
「先生。今から患者さんを1人拾います」と田中。
「ああ。要請か。住所は?」
葉月は助手席に上半身を伸ばし、ナビを確定した。
「たぶん、10分もかからないんじゃないかな?」
窓越しに、無意味なラインを目で追う。
なぁ。間宮・・・たしかお前は、ばあさんの手で育てられてきた。ばあさんだけが、お前の真の肉親だ。主治医が自分の家族を直接診ることが、ときとして如何に残酷な試練なのか・・・。お前は、もうすぐ学ぶことになる。
「このばあさんも、CT撮りたいところだな。娘、いや孫呼んで来い」とナースに指示。
「ブヒ!」
「ああ待て。そこの事務員!葉月・・さんだっけ?」
小柄な初々しい女性だったが、最近ロボットのようだ。会釈もせず、機械的に仕事する。だがそのこじんまりとしたルックス・パーツはいろんな男の気になるところだった。
やがて葉月が間宮を連れてきた。予想通り、パニクった。
「えっ?ええっ?どうして?」
「基礎疾患、分かるか?この人は分からんらしいが」僕は施設の末端を指差した。今でいう<ゆとり>っぽい。ひょろっとして、いかにも頼りない。
「エクタジアにOAにRAにpafに・・・」
「内服は?」
「NSAIDに漢方15番と25番、ムコダインにCAM」
「ワーファリンは、ないな。pafは最近は?」
「ないと思う」
こんな会話をしつつ、CTへ。行き違いでさっきの男性のベッドが運ばれてきた。僕はモニターを付け直した。
「そうか。食道エコーは時間がかかりそうか」
「たた・・・わしゃ、なんでも受けますよ?」
「どうしても否定できない病気があるんです。解離性の大動脈瘤といって」
「あれ、胸が痛くなるんでしょ?今は胸は大丈夫。というか、胸というのかな。この・・・右の肩に近い胸」
反対から、遅れて降りてきた島が叫ぶ。
「胸?肩?えーっ?どっちなわけ?」
「何というのかな・・・左じゃないな」本人も表現に困った。
僕の後輩の島があてずっぽに叫ぶ。
「肺塞栓とか!」
「黙れ島。患者様に聞こえますので!」
「な?何も黙れって言わんでも・・・」
僕は事務長へ指示。
「品川。外科系の病院に連絡してくれ。解離性大動脈瘤の疑いが濃厚」
「かいりせい・・はいはい!根拠は?」
「素人が!とにかく伝えろ!そうでも言わんと、とってくれん」
「はいな!」
あの生汗が、事態が只事でないと示しているような気がする。残りの部位の撮影後CTも見る。
「腹部はいけるな・・・瘤ではない。ナース!血圧左右差は?」
「ブヒ!ないです。いや、あり?」
「どっちや?かせ!」自分で測定。右が若干高いような・・・。
「右が150で左が134か。これまた、微妙だなあ。おい今見たか?」モニター指差し。
「ただのVPCよ?」とジュリアが巨大目。
「ただほど怖いものも、ないだろう!」
「?」
事務長が2階の窓から○サイン。
「よし!オレ、ちょっと行ってくるわ!あのね。外科系の準備をしてある病院のほうがいいから!」
「ええっ?そんなに悪いんですか?てて」
「備えに越したことはない、ということです」
「なるほど」
家族は遠く、外科系の病院へ直接となりそうだ。カテコラミンなどをシリンジで吸い準備させる。
「酸素はいっとく。写真はこれとこれ、持っていこう!」
「あたしも行きます!」と、さっきの事務員。
「ナースのほうが」
「ナースらは知ってますか先生。ボイコット寸前です」
「う・・・」
僕らの行動が、目に余るか。この前の患者入れすぎ事件が。
やがて地下からの白い救急車が、グワンと救急入り口前に停車。バックしてストップ。
外は風が叩きつけてくる。
「じゃあ、もう1人の患者!ばーさんだ!間宮の」聞き取りにくく、みな耳をダンボする。
「ええーっ?バーミヤン?」と島がわざとらしい。
「さっさと行って、手伝え!」
彼は一瞬ムッ、とし向こうへ消えた。合わない医者は、一生合わない。
品川はパソコンをクリック。
「ゲート、オープン!」
昼に閉めたばかりのゲートが左右にチュインチュインチュイン、と開く。外側はまだ穴ぼこだらけだ。
車内のモニター自体は安定しているが・・・痛みはマシという。いや、増悪と寛解を繰り返しているのだろうか。循環器の不安定狭心症のような症状が、こっちを不安にさせる。良くなったり悪くなったり・・・これはたいてい悪いサインを示す。
「10分くらいで着くな」
「ハイ」患者の真横に僕と、葉月という事務員。この女性の既往などは当時、まったく知らない。
「そういや、病棟の大部屋騒動のときは世話になったな」
「いえ。あたしは見ていただけで」
「あ、そうだっけ。彼、このあとマグロ漁船ってホントなのか?」
「さあ。知りませんけど」
やはりだ。あのときも、どこかこの女性は不機嫌だった。何か繋がりが・・・?人間関係も、疾患のように見てしまう。ところがこのカンがよく当たるのだ。なぜならダンが言うように、ものには原因があり、そこには背景が存在するからだ。暴れる男、稼ぐ女。原因はDVや借金。背景にギャンブルなどというふうに。
サイレン音には慣れた。道順も慣れ、どこで揺れるかもわかってる。
「ここで揺れる。つかまれ」
「先生。さっきは間宮先生、動揺されてましたが」
「ああ。なんせ、自分のばあさんが入院してきたからな」
「へえ。どこからですか?」
「高齢者の賃貸マンションだ。スタッフは駐在しているが、基本的には干渉がない。訪問看護があってもたまにしかない」
「そこで病気が発症したら、不利じゃないですか?」
「不動産が喜ぶための、国策だ。不動産の奴らは、国とつるんで蝕む、国策・キー・ウイルスだ。金をもらったら、患者のケアなんて考えてないよアイツらは」
「そうでしょうか」
「知らんけど」
もう到着した。ガー!と救急入り口に入り、申し送り。その間、葉月はトイレに行くふりして携帯を当てた。派手な奴で、病院勤務用のでない。
「塩沢院長?」
『会話は聞こえていた』
「どうします?今は真田、脆弱ですよ。どうやら派遣の医師は頼りなく、ベテランが2人抜けて、ユウもここに留まってますが」
『時間稼ぎをせよ』
「ああ。例の場所へ?」
『こちらは、真田へ猛攻をかける。貴官はとにかくユウを誘導し、帰宅難民化せよ』
葉月は先に、救急車に乗り込んだ。運転手は事務員の中年男性、田中という品川の右腕だ。
「搬送中。何もなくて良かったです!」
「あーもしもし?」
「え?葉月さん。どこから?」
「はいわかりました。大変!」
「どうしたの?」
「訪問看護先の患者さんから、救急車の要請があって」
「その電話がかかってきたの?」
「はい直接。帰りに拾ってくれと」
田中は自分の携帯を取り出そうとした。が、見当たらない。僕と同様、置いてきた。
「じゃ、別の救急車を要請するよ」出ようとする。
「ダメ!今のは、しし品川さんからの命令です!」
「えっ?事務長からの電話だったの?俺を差し置いて?ショックだなあ」
「あの人、女好きですから」
「ま、こんな魅力的なお嬢さんから言われちゃなあ・・へへ」
ガラッと、戸が開いて僕が入った。
「女好き?俺が?ああ、どうせそうだよ!出よ!」
「先生。今から患者さんを1人拾います」と田中。
「ああ。要請か。住所は?」
葉月は助手席に上半身を伸ばし、ナビを確定した。
「たぶん、10分もかからないんじゃないかな?」
窓越しに、無意味なラインを目で追う。
なぁ。間宮・・・たしかお前は、ばあさんの手で育てられてきた。ばあさんだけが、お前の真の肉親だ。主治医が自分の家族を直接診ることが、ときとして如何に残酷な試練なのか・・・。お前は、もうすぐ学ぶことになる。
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