目的地まであと5分以下、というところで女性事務員は運転席へ声かけた。
「あの地域は外国人が多くて怖いの。知ってます?」
「ああ。慣れてるけど」僕は平然と答えた。外人が怖くて医師は務まらない。たとえ日本語しか喋れなくても。
「若い女性とか、危ないんですって」わが身を心配してか、青ざめている。
「葉月くん。品川が、本当にここへ行けって・・・?」
「はい。なんでも、当院にとって借りがあると」
「外人地帯に借り?貸しの間違いじゃねえのか?」
葉月は何か狂わされまいと、真顔になった。
「さあ。どうでしょうか?」
運転する田中は正面を見つめて、呟いた。
「ユウ先生。彼女、顔色悪いし。あのコンビニでタクシー捕まえてもらいますか?」
「若い女性か・・・確かにな!」
ブウン・・・と葉月が降りた後、救急車はサイレンを鳴らし始めた。僕は彼女から封書を受け取っていた。
「これが住所か。なんでこんな封書、渡すんだ?」
「紹介状か何かですか?」
「事務的なもん、なんだろうな?」
電柱が両端に立っている。道はときどき狭くなる。ジグザグになっていき、直角にも曲がるようになる。分かってる。こういう道が不快な走行をしているっていうことは・・・都市計画が介入できなかったことを意味する。
つまりその計画を阻めるほどの利権(ヤクザの土地とか)や圧力団体が存在していた、またはしていることを意味する。
今度は長屋が目立ってきた。放し飼いペット。家の周辺を囲むペットボトル。行き止まり地帯。集団で見つめる視線。メモの住所では、ちょうどここだ。と、老朽化した一軒家がある。茶色いすすけた家。人がいそうにない無飾りの家。
田中は車の置き場所に困っていた。
「困りましたね。駐車場とおぼしき場所が、まるでない」
「ナビにはここの地図自体がない。驚きだ」画面が空白。
「どうします?遠ざかりますよ?あの家から」一方通行だしかも。
「そうだ。なら・・・ちょっとだけだ。十字路のど真ん中に止めろ!」
交差点とは呼べないような、狭い四角形の上で停車した。もちろん前後・左右に道がある。
「せ、先生。どう考えても邪魔ですよ?」
「そう同時に車は来まい。来たらずらして、また中央に戻せ」
「は、はあ」
僕はバッグを掲げ、スタッと地面に着地した。木造のその家まで数歩歩き・・・ピンポンを押す。待つこと8秒。また押す。
「うっ?」周囲、どこか視線を感じる。また向きなおす。
「すみませーん!」大声が響き渡る。その声が周囲に拡散した。
ある納屋では、バラバラ歩行で横になっている若者らが・・・いくつもの重なった筋骨隆々の脚が・・・ピクッと反応した。1本ずつ、それらは立ち上がっていく。見るみる、それらは活気を帯び始め、1人ずつ納屋の壁トタンに手を伸ばした。
木刀、牛刀など・・・。早い者勝ちに1本ずつ取りぬかれる。
「アイヤ!ハンマー!ホンマー!」
ダダダッ!と裸足でかける東洋ジーンズたち。
カチャ・・と戸が開いた。
「フヘ?」東洋系のオッサンの狼狽した顔。
「ここに来てくれと、頼まれたのですが?真田病院です!」
しかし、日本語が通じない。
「ハンタラアーイヤ!」
「は?」
「ハンタアラ!アーイイイイヤアア!」
「だから分からんって!あそうだ!」白衣からメモ。「これ、渡してくれって」
スパン!と隙間から取られた。ドアは内側から引っ張られている。
「ワイヤイヤ?」ビリ、と開封。
「あの。中へ」
バン!カチャ!とまた閉じられた。
「な。何なんだ!」
呆然と立ちつくしていると・・・またドアが、今度は全開で開けられた。
「ハイヘア!」入れという手振り。
「え。はい」
「ヒーハア!ヒーハア!」どうやら早く行け、と背中を押す。
「わかったわかった!」
ズンズン押されて、奥の部屋。線香の匂い。長老のようなばあさんが座っている。図体はデカく、ジャバザハットのようだ。さっきのメモを握りしめ、怒りで震えている。
「サナアダア!」
「は!はい真田です!ダン院長の部下の!」
「マネー!」手のひらを突き出してきた。
「マネー?金?」
「マネー!」ズシイン!と、1歩打ち込む脚が床にめり込む。
「わあっ?」
「マネー!カエセ!マネー!」また一歩、ズシーン!
どうやら、あの女事務員の言ったことは・・・。振り返り、さっきの男の体をすり抜けた。
「アイヤイ?」
「どけっ!」ズーン!と真後ろに巨体。するとそれは立ち止まり・・・
「ピーーーーーーーッ!」
尺八のようなもので、思いっきり吹き付けた。唾が拡散し、僕ら2人に降らせる雨。
「(2人)わあああああイヤー!」
「先生!このばあさんは!」田中が入ってきた。
「おいこら!救急車、降りるな!」
「借入れ先ですよ?真田の!知らなかったんですか?」
ピーーーーーーーーーッ!
そんなジャバに、田中は何度も頭を下げた。
「シェイシェイ!シェイシェイ!」
「ちょっと違うんとちゃうか?」
「先生もほら!謝って!」
「な。なんで借入れって。俺たちの資金は銀行からだろ?」
「先生、まさか知らないなんて。スポンサーは銀行だけじゃないんです!」
僕らは四散し、その間をジャバがズーン、と脚で踏み入った。
遠くから、ワーーーッ!と声が聞こえてくる。カラコロカラン!という金属音も。
田中は下に凸となってひしゃげた天井を見上げた。
「先生。僕ら、ハメられたんですよ!」
「え?」自分の股間を見た。
「何の手紙か知りませんが、私らは大事なスポンサーを怒らしたんです!」
「スポンサーって・・・このジャバばあさんか?逃げろ!」
僕ら2人はフスマを全開、互いに両側から閉めにかかった。向こうから飛んでくる包丁類。死の予感までした。
「いかんここは田中!奥のフスマへ!」
10畳ほどの部屋を突っ走る。空に等しい部屋だ。金持ちだからか。そしてまた両側からフスマを閉める。
するとまたワー!と背後のフスマが開き、何か飛ばしてくる。奥でボトボト地面に落ちる。いくつかはホントに刺さったようだ。キリのようなものが飛び出したのには度肝を抜かれた。
「田中!階段!階段探せ!」
「ヒイッ!ヒイッ!」よろめき、側面のフスマにダーン!と寄りかけ崩れる。新撰組のドラマのようだ。
なあ、間宮・・・。
医大の先輩方はかつて、こう言ってたよな。普通にやっていれば、技術は身につく。あとからついてくる。
しかし人生、ついてくるのは・・・奴らの影だけ。
「アイーヤア!」イウォーク集団が、もうすぐそこに!
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