僕と田中は、ついに3階の屋上に出てきた。灰色のコンクリート、隅には時代遅れの洗濯機。干した毛布やふとんが、大風でなびいている。
「ドア閉め!ドアはないんか!」
「ああ終わった!絶対、俺たち終わった!」田中も上下関係忘れる。
「どうすっかなーどうすっかな」
「ね?あやまりましょうよ!」
「あいつらにか?」
屋上の縁から見下ろすと、下の路地には・・・
「ウオオオオオ!」数十人がひしめく。
「言葉が通じんだろ。第一」
「先生、医者でしょ。中国語の会話くらいは」
「知らん。習ってない」
「ええっ?医者なのに、情けないなあ」
「悪かったな」
「受験勉強って、いったい何をやっとんですか?」
僕はいろいろ考えた。たなびく毛布、布団たち・・・。
「おい田中!何をやってんだ!」
彼は、そのたなびく布団の間に入って立っている。
「み、見つからないかもしれないし」
「だるう・・・こいつ」
夕陽がかすんでいる。
いよいよ、階段から音が聞こえてきた。
「田中。たぶん死ぬな。俺ら」
「ちょお、やめろよ!」
「これはいかんかな」毛布を自分の周囲に巻いた。「うわっ!」そのまま転倒。
「えーっえーっ!自分だけ卑怯だ!僕も入る!」そこらの毛布、布団を引っ張る。
「もっと巻け!もっともっと!」
とうとう、僕らは布団の塊と化した。外人にはすでに取り囲まれている。どうやら・・・1回蹴られたようだ。めまいがする。フーハー、と自分の息しか意識がない。転がされるにつれ、その息は次第に荒くなっていった。
「アーイヤワハハハハハ!」こいつらは、どうやら転がして遊んでいるらしい。
「くそ!くそ!」体のひねりで抵抗し転がろうとした。が、どう動いてるかさっぱり分からない。
路地では、バットを振り回す外人らが待ちくたびれていた。
「マネー!カエセ!マネー!カエセ!マ・・・」
屋上でドン、という音が聞こえたと思ったら、あの古い洗濯機が落ちてきた。
「アイヤアアアア!」みな散ったその空間に、ドカーン!と叩きつけられた。そしてみな「アイヤ!」と集まろうとしたそこへ・・・
大きな塊が落ちてきた。
「ウワアアアア!」
反射的に何人かが受け止めようとしたが、衝撃で吹っ飛んだ。数人が下敷きに。
パラッ、と1枚めくれ田中が目を丸くした。
「生きてる。わあ、生きてる!」
「つつつ・・・」僕はヘビのように這い出した。外人らは唖然と後ずさった。
僕は視力が回復し・・・
「おいあれ!救急車!」
そう遠くはない。ダッシュで乗れるかもしれない。田中も頷き、一斉にダッシュした。間一髪、あちこちからのナタ、木刀が布団に突き刺さった。
「田中!鍵は開いてるか?」
「ええ!」近づくと、真向かい・左右に対向車がクラクションしまくっている。
「あやまってやれ!」
「はい!シャイシェイ!」
「だから違うって!」
僕らは乗り込み、仕方なくバックの体制。ピーッピーッと徐行バックする。前の車は押すようにつめてくる。
「大丈夫ですかね?大丈夫ですかね?」田中がハンドルを左右。
「うるせえ!だまれ!でっ!」ドカン!と電柱が当たる。「へたくそ!」
「なんでこんなに道が狭いんだよ!」
「知るか!」
「ホントも~この医者にかかわるとロクな!」
「せえ!」
気がつくと、前方の車に群衆が群がり・・・バットでボコボコに叩かれ始めた。だんだん遠くなる。一部、追いかけてくる。
「来た来たきたあ!」
「先生!うしろ道が2つ!どっち?」
「さあ!」
「ホンマ役に立たん医者が!」とっさに右を選んだ。だが、どんどん登っていく。
「おいおいおい!来た道とちがうんちゃうか!」
「知らんよそんなの!」
「止まる止まるおいおい!」
坂の勾配が強すぎ、減速していく。とうとう、止まった。僕らは今、猛烈に前傾している。
「おい。どうすんだよ」
「降りましょう!」彼は真っ先に出た。後部を少し登るとまた下り坂になる。
「田中。車はいったん置いて、こっから逆へ下ろ・・・」
目を疑った。そっちからも・・・
「アイヤアアアア!」
バット集団が迫ってきた。思わず、横の家のベランダの少年と目が合う。どちらにも愛想はない。
「電話あるか?」
「ナイア!」
やっぱり駄目だ。
救急車の前方も・・・
「キーッ!キーッ!」と数人ずつ集まってきた。だがバットは持ってない。代わりに・・・落ち着き払ったその集団は1人ずつ観念したように・・・
手持ちのビンにライターをかざした。次々とライターが渡されていく。キャンドルサービスか?やがて1列、7名が下方を遮って並んだ。「アイヤ!」
「先生あれ!火炎瓶ですよ!」
「やばいやばい!」僕は後部のハッチを開けた。
「先生!何を探して!」
「ホースとか!水とかないのか!」
もう、何を考えているのか分からない。
「先生!点滴がある!」ピンク針を刺す田中。
「わっ!かけるな!」
「ダメか・・・」
僕は、隅にあるものに目をつけた。
「おいこれ!」
「は?それで何を」田中は呆然とした。
「運び出すぞ!手伝え!」
黒く長いものを縦に置き、僕はまた少年と目があった。
「これ!なんて読む?これ!」
ポケットのマジックで、壁に大きく<魚雷>。
「アイヤ・・・ユーレイ!」
「幽霊?おい!真面目に見ろ!」
「ユーレイ!」
「ユーレイ?ほんとにユウレイなんだな!」
ワーッ!と火炎瓶を持ち上げて走ってくる勇士たち。もうあと数歩の勢いだ。僕は手首でキュルキュル回し、その酸素ボンベを正面に持ってきた。
「ユーレイ!」
「アイッ?」(大勢)
「ユーレイ!あっ」手が滑り。ゴロンゴロン、と横倒しになった。
立ち止った彼らに向かって、ごろごろと坂を下りだした。
「アイイイッ?ギャアッ!オジャマユーレイ!」
反転し、逃げ出した。両端へ散らばり、なおも駆けていく。
「わははは!おいいいぞ!」助手席へ。「後ろも来る!出せ田中!」
「先生は天才だ!」
「だる・・・」
バキャン!バキャン!と後ろのガラスが粉々に。ベランダで少年の拍手と笑顔。
ドーン!と救急車はのめり込み発進。ビビったアイヤーらは火炎瓶を次々と落としていった。
追いかけるにつれ、酸素ボンベはその炎で包まれ大きな楕円体となっていった。アイヤーらが次々と散っていく。僕らはストップし、さきほどの分岐に出た。
「田中。これでもときた道だ。バックして帰ろう!」
「アイヤー!」
「やめや!」
ボンベはどうやらグルグル回転し、ボコボコにされた車まで向かっていったようだ。たぶんあそこで止まるだろう。
人影も消え、車も体制を立て直した。田中はいたく感動している。
「いやあ~。やっぱ医学部は違うなあ。でも、僕だって知ってますよ。あの酸素ボンベってあれでしょ。ジョーズを吹っ飛ばしたやつ」
「あれは、ちょっと違うんじゃないのか?それに酸素ってせいぜい助燃性しか。あうっ」
遠くで、ズドーーーーーン、という爆発音が聞こえた。
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