千里中央の大きな球場。誰か、大金持ちの持ち物とは聞いている。肌寒い晴天の中、芝生の中央に机がポツンと2つ。
1つはヤッサン医師のために用意されたもの。療養型病院A専用。もう1つが山崎のB救急病院。彼ら2人は座ったまま何やら時を待っているようだ。それぞれの机の上に、4隅を固定された書類。風にもビクともしない。
ヤッサンは貧乏ゆすりしつつ、スーツのポケットをまさぐり・・・持参の実印の所在を何度も確かめていた。
「待たせるな。くっそ~」
ヤッサンが目をやると、周囲の観客席にゾロゾロ・・・と集まってくる人だかり。ちょっとこれはいくらなんでも、大げさではないか・・・?いろんな服装。高齢女性。子供まで。学生・・・学校はどうした?
ヤッサンの横、時々目を合わせる山崎は、ときどき靴を脱いで芝生の感触を確かめた。もちろん、現実の光景だ。
ただ、奇妙なのは・・・<観客たち>がいっこうに私語を伴わず、しかも整然と空席を埋めていっているとこだ。ライブ放送は真田病院の意向だが、記録はそこ向けだけ。PCからは臨場感は伝わらないし、2つの机が中心だ。
PCに向かう島が、あれこれ指差した。
「なんだこの字。いま、見えた」
「これですね。検索します!」
「いやいいって。ホント細かいな。だから助手どまりなんだよ」自分もだ。
僕の乗るタクシーは新御堂筋という大動脈道路をぐんぐん飛ばし、1台ずつゲームのように抜いていった。
「球場まであとどんくらい?」
「数分ですかね」
グオーン!と急な勾配を下り、また昇る。
小川のPC、漢字の羅列。長い。漢文か。
「この文字を、検索にかけます」
「そ~んな長い文字が、検索で出んのかよ?」と笑う島。
ダン、まだ近くで立っている。何やら考えている。
ちょうど僕は、地面に降り立った。球場の入り口は静寂だ。勝手に入っても・・・
「待ちなさい!」
「あっ。やっぱり」
すぐ、屈強な5人ほどに囲まれた。売り場の中年女性がガラス越しマイクで。
「認定症をお願いします」
「へっ?あああ、あ。わ、忘れました」とっさの嘘。
「では身分証明書ができるものを」
「うっそ~マジか。はいはい」何されるか、分からんのでここは正直に。
売り場人は、何かを入力し、何かと照合中。
「あ。あのですね。自分は病院関係者で。どうしても友人に」
「黙れい!」コワモテの1人が後ろから。
「ふひっ!」
医局では、大学組に間宮、ジュリアがPCを驚愕して覗き込んでいた。
「こ、これは・・ちょっと、どいてよ!」ジュリアが間宮を肘でつつく。
「うるさい。でもこれ・・・ちょっと冗談じゃないの?」
行きついたそのHpには・・・<世界週末教>とある。
「しゅ、宗教団体じゃねえかぁ!」と島が叫んだ。
「静かに。島」とダン。
「宗教団体の持つドームだってよ!この球場」
小川がのけぞった。
「で、でも持ち物ってだけでしょう!」
「じゃあ、端々にある垂れ幕は何なんだよ!」確かにわずかに見える観客席に掲げられている。
間宮は苦悶の表情。
「やま・・いや、彼ら2人。知ってのことなの?」
「んなはず、ねーだろ!」とジュリア。
「この宗教団体って、亡くなった松田先生た。ほら、シロー先生とかあたしらの先輩・後輩が入信してたって」
ジュリアも、別大学ながらそのことは知っていた。
「それってさあ。ユウも入ったって噂だったよね?」
「あの人は、そんなとこ入らない!」
「おおっと!熱いねー!暖房効きすぎっしょ!」
2人はにらみ合った。間宮は物怖じしない。
「ユウから聞いたけど、無理やり閉じ込められたって」
「どうせ、女めあてとかで入室したんじゃねえの~?」とジュリア。なるほど、確かにアバズレみたいだ。ダンがいつの間にかおらず、それで態度が豹変したと思われる。
しかし、女目当て・・・。半分は事実みたいなものだった。もう、あれは思い出したくない。
間宮はPCを眺めた。
「ユウは、誰にも魂を売らないって言ってた。信者にはなってないだろうから、あそこには入れないかもね」
球場入口。
「どうぞ」の一言で、僕は通された。
「え?あ、そう」
勝手に信者に登録されていた僕は、狭い廊下を通してくれ・・・観客席の一塁側ベンチのほうへと案内してくれた。それにしても、こいつらの変わりようはなんだ。コワモテが、童顔ばりの気のある表情。ケツは譲らんぞ。
何か、歓声のような声が地響きで伝わってくる。校歌の低い音程版?いや試合などやってないはずだ。遠くの光、近づいてきた。
「わ!まぶし!」
そこには・・・
<ワレワレ、コノチキュウ、ロウレイカニナルコト、カタハライタシ!>
「うわっ!びっくら!」
<ワレワレ、コノダイチ、ワカキセダイニテ、サイセイスルコトヲ、ノゾムモノナリ!>
渡されたチケットの席へと歩くが・・総立ちはスンとも崩れない。汚い口臭、唾が飛んでくるのが気になる。芝生に目をやると・・・あの2人まで起立している。
「ヤッサン!山崎!お前ら何やってんだ!」
しかしそれも、<ワレワレ!>にかき消された。
なぁ、間宮・・・。
俺たちは今、強大な組織を敵に回した。いや回していたのかな・・・。正義とは何か。信じたものが正義なのか。僻地で俺らは存分に味わった。変わらないものたち。それはまさに・・・
変えようのない、世界だった。猿の惑星の続編、地底人だ。むかし、俺にこう言った北野の言葉を思い出す。
「これぞ信念だよ。先生・・・!」
<ワレワレハッワッワッワッワッ・・・・・・!>
1つはヤッサン医師のために用意されたもの。療養型病院A専用。もう1つが山崎のB救急病院。彼ら2人は座ったまま何やら時を待っているようだ。それぞれの机の上に、4隅を固定された書類。風にもビクともしない。
ヤッサンは貧乏ゆすりしつつ、スーツのポケットをまさぐり・・・持参の実印の所在を何度も確かめていた。
「待たせるな。くっそ~」
ヤッサンが目をやると、周囲の観客席にゾロゾロ・・・と集まってくる人だかり。ちょっとこれはいくらなんでも、大げさではないか・・・?いろんな服装。高齢女性。子供まで。学生・・・学校はどうした?
ヤッサンの横、時々目を合わせる山崎は、ときどき靴を脱いで芝生の感触を確かめた。もちろん、現実の光景だ。
ただ、奇妙なのは・・・<観客たち>がいっこうに私語を伴わず、しかも整然と空席を埋めていっているとこだ。ライブ放送は真田病院の意向だが、記録はそこ向けだけ。PCからは臨場感は伝わらないし、2つの机が中心だ。
PCに向かう島が、あれこれ指差した。
「なんだこの字。いま、見えた」
「これですね。検索します!」
「いやいいって。ホント細かいな。だから助手どまりなんだよ」自分もだ。
僕の乗るタクシーは新御堂筋という大動脈道路をぐんぐん飛ばし、1台ずつゲームのように抜いていった。
「球場まであとどんくらい?」
「数分ですかね」
グオーン!と急な勾配を下り、また昇る。
小川のPC、漢字の羅列。長い。漢文か。
「この文字を、検索にかけます」
「そ~んな長い文字が、検索で出んのかよ?」と笑う島。
ダン、まだ近くで立っている。何やら考えている。
ちょうど僕は、地面に降り立った。球場の入り口は静寂だ。勝手に入っても・・・
「待ちなさい!」
「あっ。やっぱり」
すぐ、屈強な5人ほどに囲まれた。売り場の中年女性がガラス越しマイクで。
「認定症をお願いします」
「へっ?あああ、あ。わ、忘れました」とっさの嘘。
「では身分証明書ができるものを」
「うっそ~マジか。はいはい」何されるか、分からんのでここは正直に。
売り場人は、何かを入力し、何かと照合中。
「あ。あのですね。自分は病院関係者で。どうしても友人に」
「黙れい!」コワモテの1人が後ろから。
「ふひっ!」
医局では、大学組に間宮、ジュリアがPCを驚愕して覗き込んでいた。
「こ、これは・・ちょっと、どいてよ!」ジュリアが間宮を肘でつつく。
「うるさい。でもこれ・・・ちょっと冗談じゃないの?」
行きついたそのHpには・・・<世界週末教>とある。
「しゅ、宗教団体じゃねえかぁ!」と島が叫んだ。
「静かに。島」とダン。
「宗教団体の持つドームだってよ!この球場」
小川がのけぞった。
「で、でも持ち物ってだけでしょう!」
「じゃあ、端々にある垂れ幕は何なんだよ!」確かにわずかに見える観客席に掲げられている。
間宮は苦悶の表情。
「やま・・いや、彼ら2人。知ってのことなの?」
「んなはず、ねーだろ!」とジュリア。
「この宗教団体って、亡くなった松田先生た。ほら、シロー先生とかあたしらの先輩・後輩が入信してたって」
ジュリアも、別大学ながらそのことは知っていた。
「それってさあ。ユウも入ったって噂だったよね?」
「あの人は、そんなとこ入らない!」
「おおっと!熱いねー!暖房効きすぎっしょ!」
2人はにらみ合った。間宮は物怖じしない。
「ユウから聞いたけど、無理やり閉じ込められたって」
「どうせ、女めあてとかで入室したんじゃねえの~?」とジュリア。なるほど、確かにアバズレみたいだ。ダンがいつの間にかおらず、それで態度が豹変したと思われる。
しかし、女目当て・・・。半分は事実みたいなものだった。もう、あれは思い出したくない。
間宮はPCを眺めた。
「ユウは、誰にも魂を売らないって言ってた。信者にはなってないだろうから、あそこには入れないかもね」
球場入口。
「どうぞ」の一言で、僕は通された。
「え?あ、そう」
勝手に信者に登録されていた僕は、狭い廊下を通してくれ・・・観客席の一塁側ベンチのほうへと案内してくれた。それにしても、こいつらの変わりようはなんだ。コワモテが、童顔ばりの気のある表情。ケツは譲らんぞ。
何か、歓声のような声が地響きで伝わってくる。校歌の低い音程版?いや試合などやってないはずだ。遠くの光、近づいてきた。
「わ!まぶし!」
そこには・・・
<ワレワレ、コノチキュウ、ロウレイカニナルコト、カタハライタシ!>
「うわっ!びっくら!」
<ワレワレ、コノダイチ、ワカキセダイニテ、サイセイスルコトヲ、ノゾムモノナリ!>
渡されたチケットの席へと歩くが・・総立ちはスンとも崩れない。汚い口臭、唾が飛んでくるのが気になる。芝生に目をやると・・・あの2人まで起立している。
「ヤッサン!山崎!お前ら何やってんだ!」
しかしそれも、<ワレワレ!>にかき消された。
なぁ、間宮・・・。
俺たちは今、強大な組織を敵に回した。いや回していたのかな・・・。正義とは何か。信じたものが正義なのか。僻地で俺らは存分に味わった。変わらないものたち。それはまさに・・・
変えようのない、世界だった。猿の惑星の続編、地底人だ。むかし、俺にこう言った北野の言葉を思い出す。
「これぞ信念だよ。先生・・・!」
<ワレワレハッワッワッワッワッ・・・・・・!>
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