(続き)

2013年3月10日 連載

 僕は患者の個室から、救急の運ばれる駐車場を眺めていた。ときどき、つま先立ちしないと見れない。

「もう5時過ぎたか。たぶんダンは・・・」とベッドの高齢男性。
「ダンって・・なんで院長を?」
「ダンはもう帰ったはずだ」
「何者ですか?」
「何者って・・・患者だよ。私は」

 ズーン・・・ドォーン・・・と無関係な音が遠くから聞こえ、暗い部屋に閃光のように忍んで来ることもある。

「ダン先生が本当に何者かも、オレにもさっぱり分かりません」
「ダンはな。まあ分かりやすく言うと、わしらと同類だ」

 ズズーーーーン・・・

「医者・・あなたは医者ですか?じゃ、真珠会から送られた人らはみな・・」
「ああ。送られたというか、使い捨てられた。もう価値が無くなったんだよ」

 ドドー・・・・ン

「わしらはな。君らがバブルで青春を謳歌しているとき。いや、わしらこそがその恩恵を受けていた。開業融資は当たり前、さらにビル1つセット経営のオーナー業。パーティクルーズ、重役出勤、海外旅行。疲れを癒す、きらめく愛人たち・・・」

 最後の一行は、いただけん。

「しかし、栄光は長くは続かん。経営を継がせるつもりだった息子からは嫌われ、負債は膨張、土地の価格は降下。建造物は老朽化し、地盤沈下」
「借金地獄?」
「言うな!」

 ズズズーーーーーン・・・

「言うな!言うな・・・今のは。今のはなかった・・・」
シワもぶれだが、眼光は鋭いまま。これが、日本の高齢者のポテンシャルなのか。しかし、借金がポテンシャルではな・・・。

「わ、わしらが借金を作ったわけではない。国は我々に約束してた。患者も我々を尊敬した。夢を見させたなら、わしらにもその夢を伝える老後が欲しい」
「真珠会には、どうやって拾われたんです?」
「そ、それはまぁ・・・雑誌の募集で」

ドドーン・・・

「あの病院に勤めたのは、負債を多く背負った者たちだ。そ、そうそうダンも。ダンも身内にいろいろあってな。わしらは馬車馬のように僻地へと送られ働かされ、このように病気になったとたん・・・医療される側へと回された」

 どうやら、返済は今でも続いているらしい。

「あの・・・ダン先生はそこから逃げたわけですか?」
「ダンは、入職後の条件を1つ。どうしても呑み込めなかった」
「条件?」
「それは・・・オーナーの執り行う宗派に入らなかったことだ。あ、いや彼は君と同様。無理やりに入信させられたが・・・逃げたのだ。彼は」

 あの几帳面そうなダンが、借金・・・。この仕事をしてきて思うが、いや医者に限らないと思うけど。

 人は<偉く>なるにつれ、借金の特等席に自ら座れるようにできている。逆イス取りゲームだ。その椅子には確かに<負債>と書いてあるけど、座ったらその字は見えなくなる。周囲はみな<自分じゃなくてラッキー>なので、椅子の前面では褒めたたえる。ところが背後では、その者を利用した上での金品略奪が行われる。

「なあ、ユウ君。そこで話なんだが。わしはもう、よくなった。いつでも帰ってやろう。頼むが・・・」
「は?」

とたん、ガバッ!と布団が吹っ飛び、病衣の医師は土下座した。
「お願いします!お金を貸してくれさい!」
「はっ?」
「何故かは知らんのだが!ですが!オンラインの口座が空っぽになっていて!」
「犯罪じゃないですか?警察に」
「警察?いかんいかん!それだけはイカン!」

 口座から金が取られていたというのは、パスワードとかが流出したってことか。ま、PCかどっかから盗まれたんだろな。

 え?ダンが・・・?まさかな。そんな悪ではないだろう。

「お願いします!お願いします!」
「いや。美人とかなら貸すけど。冗談冗談」
「美人ってそんなぁ!」
「無理だよ」
「あ、あんたら!けっこう、もらってるそうじゃないか!」
「アンタだって、もらってたんだろ?」

ドドーン・・・

「わ、わしら?ろ、老後にはいろいろ。いるんだ・・・」
「そうですか。なら、それがオレの返事です!」

 何度もなるPHSに、ようやく出た。
「間宮か!なに!ダンが消えた?いやでも俺・・・病棟勤務のみの命令だし」

 老医師は諦めたのか、人が変わったようにまくしたてた。
「お前らなんかな!本ばっか読んでエビデンスエビデンス!口だけで病気のみ診て!患者を診ない集団だ!」

「わかった。じゃあ、俺の好きなようにさせてもらうからな!ああ、それと・・・退院。あるから」
ピッ!と消す。

 ドドーン・・・

「いちおう先生。退院してもらいます」
「バカ言うな!今のわしの言葉にサカッたか!」

「あのなあ・・・あんたら。どんないい時代だったか知らんけど。何かあったらステロイド乱用するわ、耐性菌は作るわ、妙な検査で自己満足するわ、医療費は乱発するわ・・・俺らは、その尻拭いに追われてるんだよ」

 やっと、黙らせた。

 その爺さんの声を聞くことは、もうなかった。




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