品川は耳を疑ったが・・いやそれ以前に、山崎の声のトーンから内容は読めただろう。
「一時的にでも!」
「だから。どうしてなんですか?」山崎は冷淡だった。
「オーナーの件は事情があったとして。うちの病院が現に困ってるんです!」
「ダン先生が、何とかするでしょうが」
「いや、彼は・・・」
5時に帰って、いつものように音信不通。
「みんなボロボロで、連携が取れてないし、だらしないんです」
「言い過ぎよバカッ!」
間宮が泣きそうな顔で飛び込んできた。
「それひょっとして!山崎くん?山崎くんに助けを?」カンは当たってた。
「す、すんまへん」品川は受話器を渡した。
「ねぇ山崎くん。山崎くん。どうして?どうして電話に出ないの?」泣き崩れるように、体が折りたたまれる。
田中がなだめようとしたが、遠くから走ってくる音。
「あのブランド靴の足音・・・ジュリアさんですよ!」
間宮はものともせず、受話器を持ったまま隅に隠れる。
「オーナー変更って何?どうして?あたしが、そんなに憎いから?」
「・・・・・・」
「あたしらを捨てて、そのまま滅びを待つわけ?性格、悪夫(ワルオ)!」
山崎は、真っ白なキツイ塗料に囲まれた部屋で。院長室でくつろいでいた。
「僕の顔がある。僕はこれから、数百人というスタッフの面倒を見なくてはいけない」
「利用されるだけよ!そんなの!」
「そうか君もか!君もユウみたいに!僕の出世を阻もうっていうんだな?」
「出世・・・それが出世なの?」
ジュリアはその間近で、カタパルトに飛び乗った。
「な、なんなの?」
長い髪が四方八方に流れ、警戒感で前傾ぎみになっていく。
「何台呼んでんの?出前じゃないのよ?」
「ジュリアだ!」僕が指差し、シュウウウ!と飛行機雲が細長くなびいた。
どうやら遠くへ着地した。
「まだまだだな。さては寝起きか。だろうな」
駐車場ではなく、救急入口。小川が画像など持って、放射線から戻ってきた。
「小川。戻ったか。技師!もういいか?」
技師らへの注文で、中央に採血などの機器類。そこからX字型に患者ベッドが配置。
「よし!重症は中央寄り。出たデータはこの上に貼り付けろ!」
「出た出ーた?」と中央の技師。
「は?出たデータ!」
「データ出た?」
「遊ぶヒマ、ねえ!」
島が落ち込んで戻ってきた。
「脳幹梗塞、急性期でご名答」
「これがCTか。脳幹が浮腫ってる・・・厳しいな」
「MRI撮る余裕はなくてね」
「島。誰に言ってんだお前。お前か俺か?」
小川は写真を見ている。
「・・・・」
「失恋みたいに、1人で籠るな!オープンに出せ!」
シャーカステンを、あちこち点灯する。画像が全てさらけ出す。
消化管穿孔とかなく、アミラーゼも正常で貧血もない。今いきなり胃カメラするのもな・・・。しかし小川は背中に背負っていた。
「よいしょ!よいしょ!」
「小川!今は人手が足りんのだ!」
「自分がやりますから!」
「1人で、やろうとするな!」
ジュリアがまるで牛を引っ張るように、ベッドを引っ張ってきた。
「アル中・・・」
「なに?」みな、退いた。
「点滴して、帰すから」ズルズル、ズルズルとベッドを奥へ。アル中はぐったり夢見ている。
「ジュリア。ホントにアル中なんだろな?」と僕。
「あんたのせいで、レジ中になったかと」
「フン」
小川は胃カメラを組み立てて、顔をしかめた。
「レジ中・・・?」
間宮は喘息発作の患者を診察中。
「ちょっと誰か!誰か!」
「喘息か間宮?」
「暴れていて、点滴がとれない!」
彼女はピキン、と注射の針を光らせた。
「ナース、おさえて!ボスミン皮下中!」
「ブヒ!」
僕は止めに入った。
「よほどじゃないとそれは!そこまでの発作じゃない!」中発作といったとこ。
「危ない!」
「うわっ!」
自分の上腕を、かすめた。
「もしかして、刺した?」
「てえな!」確かに一瞬、刺された。触ったら、血が。
「血よ!止めないと!」
「とと!・・・ステロイド、点滴しよう!」
「だから!暴れてて!」
僕は斜めのベッドを直立に。
「ちょっと楽ですかね。今のうちに!島!超音波持ってこい!」
プローブ、心臓に当てる。間宮がのぞく。
「あたしが信用できないの?イヤミな奴」
「俺は高橋英樹だ!」
「はぁ?」
心臓喘息でなく、やはり気管支喘息か。点滴ルートからステロイド。
「今さらだが、ついでの採血からデキスターで血糖見てくれ」
「ブヒ!」ナースが測定。
流ちょうな会話が続き、みんなのぎこちなさが取れていくように思える。そこに能力がついていくとは限らないので、冷めた視線も不可欠だ。
小川は胃カメラ中。
「Aステージの潰瘍です!ユウ先生!ステージAです!」ガッツポーズ。
「まったくお前は。即刻解答を出さないと納得しないタチなんだろな」
島は忙しくなくなったとたん、腕組み。
「よーし小川。いいぞ小川。だが、もうちょっとだな」
中央、技師が次々とコックのように明細を吊りあげていく。
「アル中の方、CRP 24もありまっせー!」
「肝炎かな?もともと?」とジュリアが僕へ。
「肺のCT撮っとけ。ジュリア」
「ああもう!言おうと思ったらアンタが!」
間宮がまたベッドを運んできた。
「薬物中毒。とうとう来たって感じ」
「自殺企図か?」と僕。
「洗浄する!」
「頼もしくなったな。ジュリア!じゃないマン!マミーヤ!」
島が偉そうに腕組みしている。
「ま、落ち着きましたかね・・・!」
「何が根拠だよ。病棟のフォローもしないといけないんだぞ!」
「ま、CPAがあと若干名ってとこかな?」
こうやって言う医者、いるいる・・・!
胃洗浄中の間宮が、僕に語りかける。僕は、微温湯の入ったデカい注射器を次々に渡す。
「山崎くん。ヘルプダメだって・・・」
「間宮が。頼んだのか?」
「品川さんがね。あたしもカンが働いて、事務でね」
「ダメだったか。だろな。あいつは」
洗面器、次々に叩き落される白い液体。
「きっと・・・きっと彼は何か悩んでて」
「あいつは、1人立ちしたかったんだよ。前からな」
「ダン先生が言うように。もし、物事に原因があって、さらにそれに<背景>というものがあるとしたら・・・」
「次でいったんラストな。はい・・・奴の原因は、独り立ち願望。それに背景も何も、ないだろう・・・」
チュポポ・・・白い液体が落ち終わった。
「彼は、逃げることで独立した・・・」
「逃げるって?」
「あたしや、ユウ先生らを捨てることで」
「捨てる?あいつはそんな奴じゃないだろ」
「ううん。愛情だって、一瞬で憎しみに変わること、あるもの」
な、なんだこいつ・・・。胃洗浄する奴の言うことか?
「あー、ま。あるかな?」
「注いだ愛情を取り消したいと気づいたら、それを裏切るにはもうそれしかないの」
「・・・・」
「捨てるしか」
間宮の持ち上げた点滴、ポトポトが彼女の瞳に映える。
「あたしも捨てられたことがある。だから分かるの。捨てたいからじゃない。捨てるしかできないの」
「お、オレはそういう経験、な。ないな・・・」
次々と患者ベッドが上げられていく。僕と間宮のみになる。
「うそつき」
「へ?」
「僻地を見捨てたじゃない。あなただって・・可哀そう。残された人たち・・・」
確かに、僻地は撤退した。それには現場に関わらなかったこの間宮の知らない理由が山ほどある。
歴史が、色褪せていく。しかし事実は語られる。それがやがて、全くの第三者によって編集されていき、理解しやすい形に収まる。理解しにくいのは不明扱い。複雑な事情は、誰にも興味を持たれない。
山崎のような単純無法な奴らが名を刻み、俺たちのような悩む人間が忘れ去られていく。
僕は。僕はこの今の歴史が、のちに単なる履歴書の一行としてしか残らないのを・・・何よりも恐れている・・・!
http://www.youtube.com/watch?v=1NRFsQxmwHk
遠い夏の日の
君が微笑う写真
ずっと大事にしている訳を
誰も知らない
氷の息を吐いて 雪空の下で
弱い心を君は支える 変わらぬ笑顔で・・・
あの夏服の頃を
悲しい日は想い出して
優しいことは間違ってないと
何度でも気がつくよ
たったひとつの愛を
生きるために生まれたんだ
愛は傷んだ心にだけ
架かる夢だよ
いつかひとりのひとが
きっと君を見つけ出すよ
その切なさは
愛に出逢うための道程
「一時的にでも!」
「だから。どうしてなんですか?」山崎は冷淡だった。
「オーナーの件は事情があったとして。うちの病院が現に困ってるんです!」
「ダン先生が、何とかするでしょうが」
「いや、彼は・・・」
5時に帰って、いつものように音信不通。
「みんなボロボロで、連携が取れてないし、だらしないんです」
「言い過ぎよバカッ!」
間宮が泣きそうな顔で飛び込んできた。
「それひょっとして!山崎くん?山崎くんに助けを?」カンは当たってた。
「す、すんまへん」品川は受話器を渡した。
「ねぇ山崎くん。山崎くん。どうして?どうして電話に出ないの?」泣き崩れるように、体が折りたたまれる。
田中がなだめようとしたが、遠くから走ってくる音。
「あのブランド靴の足音・・・ジュリアさんですよ!」
間宮はものともせず、受話器を持ったまま隅に隠れる。
「オーナー変更って何?どうして?あたしが、そんなに憎いから?」
「・・・・・・」
「あたしらを捨てて、そのまま滅びを待つわけ?性格、悪夫(ワルオ)!」
山崎は、真っ白なキツイ塗料に囲まれた部屋で。院長室でくつろいでいた。
「僕の顔がある。僕はこれから、数百人というスタッフの面倒を見なくてはいけない」
「利用されるだけよ!そんなの!」
「そうか君もか!君もユウみたいに!僕の出世を阻もうっていうんだな?」
「出世・・・それが出世なの?」
ジュリアはその間近で、カタパルトに飛び乗った。
「な、なんなの?」
長い髪が四方八方に流れ、警戒感で前傾ぎみになっていく。
「何台呼んでんの?出前じゃないのよ?」
「ジュリアだ!」僕が指差し、シュウウウ!と飛行機雲が細長くなびいた。
どうやら遠くへ着地した。
「まだまだだな。さては寝起きか。だろうな」
駐車場ではなく、救急入口。小川が画像など持って、放射線から戻ってきた。
「小川。戻ったか。技師!もういいか?」
技師らへの注文で、中央に採血などの機器類。そこからX字型に患者ベッドが配置。
「よし!重症は中央寄り。出たデータはこの上に貼り付けろ!」
「出た出ーた?」と中央の技師。
「は?出たデータ!」
「データ出た?」
「遊ぶヒマ、ねえ!」
島が落ち込んで戻ってきた。
「脳幹梗塞、急性期でご名答」
「これがCTか。脳幹が浮腫ってる・・・厳しいな」
「MRI撮る余裕はなくてね」
「島。誰に言ってんだお前。お前か俺か?」
小川は写真を見ている。
「・・・・」
「失恋みたいに、1人で籠るな!オープンに出せ!」
シャーカステンを、あちこち点灯する。画像が全てさらけ出す。
消化管穿孔とかなく、アミラーゼも正常で貧血もない。今いきなり胃カメラするのもな・・・。しかし小川は背中に背負っていた。
「よいしょ!よいしょ!」
「小川!今は人手が足りんのだ!」
「自分がやりますから!」
「1人で、やろうとするな!」
ジュリアがまるで牛を引っ張るように、ベッドを引っ張ってきた。
「アル中・・・」
「なに?」みな、退いた。
「点滴して、帰すから」ズルズル、ズルズルとベッドを奥へ。アル中はぐったり夢見ている。
「ジュリア。ホントにアル中なんだろな?」と僕。
「あんたのせいで、レジ中になったかと」
「フン」
小川は胃カメラを組み立てて、顔をしかめた。
「レジ中・・・?」
間宮は喘息発作の患者を診察中。
「ちょっと誰か!誰か!」
「喘息か間宮?」
「暴れていて、点滴がとれない!」
彼女はピキン、と注射の針を光らせた。
「ナース、おさえて!ボスミン皮下中!」
「ブヒ!」
僕は止めに入った。
「よほどじゃないとそれは!そこまでの発作じゃない!」中発作といったとこ。
「危ない!」
「うわっ!」
自分の上腕を、かすめた。
「もしかして、刺した?」
「てえな!」確かに一瞬、刺された。触ったら、血が。
「血よ!止めないと!」
「とと!・・・ステロイド、点滴しよう!」
「だから!暴れてて!」
僕は斜めのベッドを直立に。
「ちょっと楽ですかね。今のうちに!島!超音波持ってこい!」
プローブ、心臓に当てる。間宮がのぞく。
「あたしが信用できないの?イヤミな奴」
「俺は高橋英樹だ!」
「はぁ?」
心臓喘息でなく、やはり気管支喘息か。点滴ルートからステロイド。
「今さらだが、ついでの採血からデキスターで血糖見てくれ」
「ブヒ!」ナースが測定。
流ちょうな会話が続き、みんなのぎこちなさが取れていくように思える。そこに能力がついていくとは限らないので、冷めた視線も不可欠だ。
小川は胃カメラ中。
「Aステージの潰瘍です!ユウ先生!ステージAです!」ガッツポーズ。
「まったくお前は。即刻解答を出さないと納得しないタチなんだろな」
島は忙しくなくなったとたん、腕組み。
「よーし小川。いいぞ小川。だが、もうちょっとだな」
中央、技師が次々とコックのように明細を吊りあげていく。
「アル中の方、CRP 24もありまっせー!」
「肝炎かな?もともと?」とジュリアが僕へ。
「肺のCT撮っとけ。ジュリア」
「ああもう!言おうと思ったらアンタが!」
間宮がまたベッドを運んできた。
「薬物中毒。とうとう来たって感じ」
「自殺企図か?」と僕。
「洗浄する!」
「頼もしくなったな。ジュリア!じゃないマン!マミーヤ!」
島が偉そうに腕組みしている。
「ま、落ち着きましたかね・・・!」
「何が根拠だよ。病棟のフォローもしないといけないんだぞ!」
「ま、CPAがあと若干名ってとこかな?」
こうやって言う医者、いるいる・・・!
胃洗浄中の間宮が、僕に語りかける。僕は、微温湯の入ったデカい注射器を次々に渡す。
「山崎くん。ヘルプダメだって・・・」
「間宮が。頼んだのか?」
「品川さんがね。あたしもカンが働いて、事務でね」
「ダメだったか。だろな。あいつは」
洗面器、次々に叩き落される白い液体。
「きっと・・・きっと彼は何か悩んでて」
「あいつは、1人立ちしたかったんだよ。前からな」
「ダン先生が言うように。もし、物事に原因があって、さらにそれに<背景>というものがあるとしたら・・・」
「次でいったんラストな。はい・・・奴の原因は、独り立ち願望。それに背景も何も、ないだろう・・・」
チュポポ・・・白い液体が落ち終わった。
「彼は、逃げることで独立した・・・」
「逃げるって?」
「あたしや、ユウ先生らを捨てることで」
「捨てる?あいつはそんな奴じゃないだろ」
「ううん。愛情だって、一瞬で憎しみに変わること、あるもの」
な、なんだこいつ・・・。胃洗浄する奴の言うことか?
「あー、ま。あるかな?」
「注いだ愛情を取り消したいと気づいたら、それを裏切るにはもうそれしかないの」
「・・・・」
「捨てるしか」
間宮の持ち上げた点滴、ポトポトが彼女の瞳に映える。
「あたしも捨てられたことがある。だから分かるの。捨てたいからじゃない。捨てるしかできないの」
「お、オレはそういう経験、な。ないな・・・」
次々と患者ベッドが上げられていく。僕と間宮のみになる。
「うそつき」
「へ?」
「僻地を見捨てたじゃない。あなただって・・可哀そう。残された人たち・・・」
確かに、僻地は撤退した。それには現場に関わらなかったこの間宮の知らない理由が山ほどある。
歴史が、色褪せていく。しかし事実は語られる。それがやがて、全くの第三者によって編集されていき、理解しやすい形に収まる。理解しにくいのは不明扱い。複雑な事情は、誰にも興味を持たれない。
山崎のような単純無法な奴らが名を刻み、俺たちのような悩む人間が忘れ去られていく。
僕は。僕はこの今の歴史が、のちに単なる履歴書の一行としてしか残らないのを・・・何よりも恐れている・・・!
http://www.youtube.com/watch?v=1NRFsQxmwHk
遠い夏の日の
君が微笑う写真
ずっと大事にしている訳を
誰も知らない
氷の息を吐いて 雪空の下で
弱い心を君は支える 変わらぬ笑顔で・・・
あの夏服の頃を
悲しい日は想い出して
優しいことは間違ってないと
何度でも気がつくよ
たったひとつの愛を
生きるために生まれたんだ
愛は傷んだ心にだけ
架かる夢だよ
いつかひとりのひとが
きっと君を見つけ出すよ
その切なさは
愛に出逢うための道程
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