(続き)

2013年4月3日 連載
 廊下の壁伝いに、歩く女医。白衣でなく病衣であり、誰の気にも留められず。
「はぁはぁ・・・!」
 レジオネラが関係ないとしても、熱がありそうだ。確かに手足の動き1つ1つ、自分の脳に許可がいる。

 やっとエレベーターにたどり着き、ボタンを押した。
「あたしだけ。あたしだけ休みって。どうよ・・・!」
 充血した目が、頭上の数字を追いかける。

 同僚の間宮は病棟の処置をこなしていた。自信がついてきたのか、指示の出し方にも遠慮がなく聞き取りやすい。

「挿管チューブの位置!」レントゲンを上方にかざす。「あと4センチ抜く!」
ベッドサイド、呼吸器チューブをゆっくり引き抜き。横のモニターが遅い。

「急変?」
「ブヒ!」ナースが遅れて飛びつき、バイタルの確認。入院中の患者だ。
「どこまでやる人?」
「それが、まだ・・・」決まってない患者の様子。
「病名とかは?」いや、こんな時は・・・間宮は僕を見習った。

「アンビューする!」取り出し。点滴確認。カルテ持ってこさす。病名、経過の確認。ダンの患者、的確な経過が書いてある。

ドン!と入ってくる事務員。
「ユウ先生が、カテーテルされます!ヘルプが!もう先生しか!」
「この通り、両手がふさがってんのよ!もう1本ってもね!」
「は、はぁ・・」

僕はカテ室でパチン、と手袋が・・破れた。
「慌ててる・・・いやいや」
自分の両隣、患者が1人ずつ。1人はDCMというただでさえハイリスクな患者。信じたくないが、右の冠動脈が閉塞。

もう1人は高齢でどの検査もハッキリしないが、胸痛はひょっとしたら心筋梗塞か・・・。どっちも、早く確認したい。

「ワイヤー入る!透視出せ!」
「えっもう?ちょ、ちょっと待ってください!」ガラス越しの技師。
「バカ!逆映してどうすんだ!」
「先生!どうか怒らずに!」別の技師より。
「あ?ああ・・・す、すまん。左から、見ておく!」

 左の冠動脈は、そこまでの狭窄はなし。血行路が発生。それが向かう右は・・・
「造影!・・・やはりだ。近位で詰まってる」
「開きますか?」
「ワイヤーで通るかもしれん」

 ワイヤーが、もじもじと閉塞部位をほじる。
「技師!モニターも見とけよ!」
「分かる範囲なら・・・1人、呼ばれたんで抜けます!」
「よしこっちも抜けた!」

 閉塞は解除され、狭窄が残る。
「ステント!」
 ステントで拡張後、角度をいろいろ変更。
「心電図は確かに改善しつつあるが・・・」

 手前のモニター、病変部が拡大。いきなり計測画面。

「技師?お前が、即興での計測か?」
拡大画面では、拡張したと思われる部位の色調がどうも一様でない。

「はぁ、はぁ」ジュリアが病衣の上に白衣。柱をつかんで登場。
「お前どしたんだ!寝てなきゃ!」
「た、たぶん。血栓だと思う」
「執念だな。ジュリア・・・!」

僕は病変部をさらに拡張、と決めた。
「というより、貞子だな。ありゃ」
バルーン、拡張。すっきりした波形の心電図になった。

ジュリアに頼み、ライン関係をお願い。

「もう1人は・・・!」
左冠動脈、入口の主幹部がいきなり狭い。ただし50%以下。一応有意ではない。
「閉塞があるのは・・・そこか!」

またしても、彼女が画像を解析。
「おいジュリア。もういいんだ!」
「前下行枝のほぼ中間よ。どうする?」<99%>の計測。
「俺には、90%くらいに見えるんだけど・・・気持ち、入ってんだろ?」

彼女は消化器内科寄りの人間だが、血管造影はやっていた。心臓のも手伝いはしてたらしい。やはり若造の時の経験だ。若造の経験の1ミリは、中堅の1センチよりも勝る。楽器の修業の身に着けのように、吸収の度合いが異なる。

「ステント!」
長めのステントが、広範囲に拡張された。
「造影!ダイセクないな・・・!いいだろ!」

ずっと見ていた事務員が遠慮なしに入ってくる。

「島先生も、小川先生ももう限界でして!」
「まだ処置があんだよこっちは!」
「20台・・・」
「なに?」
「こっちへ20台向かってます。大阪の各地から」
「誰かが。誰かが意図的にやってんだよ!」
「しし、知りませんよそんなことー!」

 外は、でも明るい。

「どこの病院も、もう通常外来だろ!いま何時・・・」
自分の時計。

まだAM6時。

「降りるわ!」
「よろしくお願い申し上げます!」

 吐き続けるジュリアをドクターストップとし、自分は1階へと向かう。テンションが上がる。しかしどこか雑だ。わけもなく動悸がする。足跡がガサツに響く。

 はぁ、はぁ・・・なあ。間宮。もうひょっとしたら、患者を救うのは無理かもしれない。無理かもしれないと言いつつ、それでもやってきた。ならもっと乗り越えて、大げさな伝説でも作るとしよう。

 未来のために、信じて。


 

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