童顔のカズは、こうも多くの大人の前に晒されるのは久しぶりだった。

 いつだったか、キタのどこかにある医師会に連れられて行った。医師になった以上、OBらに今のうち覚えておいてもらえ、という名目だ。大半が老人だった。正直、老人ホームの医者版とさえ思ったほどだ。目の前でカズを凝視しているあのデンゼルが、そう大塚が、ヨハネ黙示録なんちゃらどうたらで、1人ずつ挨拶させられた。

 帰りの電車にぶらさがったまま聞いた、デンゼル医局長の一言が忘れられない。

「お前らは、こうして戦場に送られる。戦って犠牲になるのは、きまって若者だ」

 患者さんを救うために一貫して勉強してきた。それが最善の道だと教えられた。そのために自分が犠牲になれるなら、極めてやろうじゃないか。あんたとは、犠牲の意味が違う。

 イラチ循環器グループの咳ばらいが聞こえてきた。進行係の古谷先生が呟いた。
「さ。やろうか」呼吸器グループらしいジェントルな先生だ。
「はい。60歳男性。5年前に当院で肺癌の外科治療。その後受診せず。今回は血痰が原因で外来で気管支鏡を」

 両手で<T>を上下させるデンゼル。
「まーったまーった。受験戦争のようなテンションだな。治療の前に葬式か?その戦争はもう終わったぞ二等兵」
「二等兵?」爆笑する循環器組にムッとなる。
「そーだ二等兵だ。代名詞で呼ばれるとは名誉なことだぞ?もっと抑揚をつけて。変化を!みなを引き付けるように!」

「なにぶん。時間が迫ってるので」と古谷。
「あ、おう」とデンゼル。

「・・・右の上肺に再発」
 ズカズカと、おかまいなしに出てくる呼吸器科医たち。まとまりはないが、それぞれに個性がある。それぞれの哲学を持つ。で、1人ずつ戻ってくる。いっぽうの循環器医らは、興味もないそぶりで貧乏ゆすりしている。

「当院に来たきっかけは血痰ということだけど、紹介はどこから?」と古谷。
「医師会の病院です」と紹介状を。
「たった2行か。写真もデータもない。血痰だけでこちらにふってきたとは。妙だな」

 OBの偉い先生だと、とかく問い合わせもしにくい。さて大塚医局長は、椅子から片足を投げ出していた。
「既往は他には?」
「2年前に、心筋梗塞を起こしてます。けっこう広い範囲で」

 と言ったとたん、循環器組がくわっと姿勢を正した。
「どこだ病変は?」
「冠動脈の?ですか?」
「に決まってんだろ!」
 もっとも攻撃的な野中部長だった。

「なんだ、これしかないのか・・・」
他の循環器医師が、とぼしい資料をあちこち見せる。
「心筋梗塞をどこで診たかも分からんのか?」

「本人は虚血の後遺症があって、コミュニケーションが」
「植物状態か?」とデンゼル。
「そうではないです」
「そうである。そうでない。お前は2択クイズか?」
「いや」
「ピンポーン!カズ大先生が出したのはハンか?チョーか?」

 やっと静まり、カズは口を開いた。
「失語、それにウツもあります」
「どれだけ聞き出せるか、それも重要だ」とデンゼル。
「自分はきちんと聞きました」
「なぜそう言える?その昔。地球の石油が絶対あと30年だと俺たちは教えられたことがあった。それで今その時期も過ぎた。ガソリン車は相も変わらず走ってる。もう一度聞く。絶対と言えるか?」
「はあ・・・」

古谷は、諦めたようにしなだれていた。
「医局長・・・」
「いいか。この世に!絶対などない!」
「どこへ?」
「トイレだ」

 どよめく中、研修医らはプレゼンを1つずつ今のうちにと終わらせていった。


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