第4話 感じるな。考えよ!
2015年9月7日 連載さっきのカズのプレゼン患者だ。周囲を呼吸器グループ、さらに循環器が取り囲む。患者は四肢・体幹の筋肉が萎縮、寝たきりに近い。60代より、20以上老けて見えた。
「アルブミン、いくらだ?」野中部長の手を、盗っ人のようにさけつつ、数はカルテを開きなおした。
「CRPが4あります。閉塞性肺炎ではないでしょうし」
「なぜ言える?」デンゼルが腕組み。
「CTで映ってません」
「CT。ではな。だが他の臓器かも。はたまた胆のう炎とか」
「そんなサインは認めませんでした」
「おそらくかなりの絶食状態だ。そういう可能性もある」
「治療は、侵襲が大きいと思います」
デンゼルは、目を丸くした。廊下へ。
「じゃあ、なんで入院となったんだ」
「えっ?それは」
「主治医。主治医はどこだ?」
「ぼ、僕ですけど」
「そーか主治医か!お前が!この患者にとってお前はなんだ?」
「で、ですから主治医」
「神だ!どうして神かって?ああ教えてやる!彼にとってすがれるのは、お前しかいないんだよ!」
「し、指導医がついてます」
「指導医か?じゃあ指導医が死ねって言ったら、お前は死ぬか?」
「は?」
「いいか主治医。患者はお前が最後の頼みだ。お前の言葉。お前の仕草。1つ1つが特別なもんだ。お前の羽の羽ばたきが、患者の寿命を左右するんだ!」
ジュンが、こわばったまま見ている。カズと、おびえた目がぶつかり合う。
「僕の。何がいけないんですか?」
「治療に侵襲が大きい?あの状態だからか?だから戦わない?患者よ、がんと闘うな、か?」
ドカン、と長方形のゴミ箱を数メートル蹴とばした。
「耐えがたきを耐え、か?」バン、と聴診器を叩きつける。
誰かが逃げたのか、誰かを呼びに行ったのか。1人ずつが走っていく。
「戦いを放棄された患者の気持ちは?」
「決めたのではなく、思っただけなのに!」カズは荒げた。
デンゼルは人差し指を上げつつ、ゆっくり近づいた。
「そう感じた、からか・・・?」
「そ、そう感じました・・・言ったのは間違いです」
デンゼルは、もうキスするんじゃないかというところまで近寄った。
「感じるな・・・考えろ!」
泣きかけになったカズは、正視できなかった。ただただ、複雑模様の廊下のタイルを辿るだけだった。
「うっ、うっ・・・」
「ぼくも昔は」古谷先生だけが残ってくれてた。
「うっ・・」
「僕も昔は、ああやって怒鳴られたものさ」
ハンカチで拭いてくれたが、それがいっそう涙を促す。
「デンゼル先生は、僕が命をあげてもいいと思った医者だ。彼が何を大事にしているか、分かるかい?」
「・・・・」
「医者と患者は他人だ。親子ではない。しかし、それ以上の結びつきがなくてはならない。なぜなら患者という<子>にとって、僕らは<親>ではない。<神>だから」
「か、神って。よく分かりません。全能ではないし」
「でも。彼らにとって僕らは全能なんだ。僕らはその期待に応えなくてはならない」
「そ、そんなカッコいい医者。僕にはなれません」
ゆっくり歩いた2人は、待合の近くの大きなガラス、日光を浴びた。古谷はつぶやく。
「ヒーローという白衣を着た、ピエロさ。僕らは・・・」
それとは裏腹に、カズはデンゼルの言葉が反復していた。
「感じるな・・・考えろ!」
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