なるほど、確かに人工呼吸器のアラームは鳴りっぱなし。痰吸引をする際に、いちいちアラーム停止を押すナース。
「あ、止まった」と慎吾。
「あのなあ・・・」
「で。大先生はどうなさるのですか?」
「そのまえに。どういう病態なのか教えてくれよ」
「カルテがないと。説明できないだろ」
「おいおい・・・カルテある?」
慎吾の字は、筆記体すぎて読めたものではない。
「心不全、これは循環器の医者が診断してくれて」慎吾が指さすが、もちろんなんて書いてあるかが読めない。
「これ、あってる?」失礼な・・・
「そいつはおれの右腕だから。問題ないと思う」
「胸水、どんどん抜いたんだよ」
「抜きすぎたら、よけい貯まることになるから気を付けなよ」
「胸水抜いて、早く呼吸器外したいんだが」
「それはお前の願望だろ」
僕は丁寧にカルテの欄外に記載。
「外科医やICUの奴に多いが・・・すぐ管入れて早いとこケリをつけようとする考えのもいる。悪いとは言わんが、感染のリスクを考えるとまず利尿剤の注射からだろう」
「地味やなあ」
「いいじゃないあ、地味で」
「で、何時間ごとに投与するの?」
「状況を見ながら」
「は~、またそれ・・・」
この男みたいな態度は初めてではない。叩き直すべきところは多そうだ。
「慎吾先生。患者の状況をずっと見続けることは、先生のおっしゃる<耳学問>に勝ると思う」
「見続ける・・・」
「じっと見るだけじゃアカンよ?この呼吸器に、モニターに、尿量に、呼吸状態。繰り返し繰り返し・・・」
慎吾は持ってたメモを閉じた。期待外れの表情だ。
「で?アラームはなぜに?」彼は懲りてない。
「え?ああ、そうだったな・・・あ、気道内圧が高い」
どうやら1回に送り込む空気の容量が多すぎるようだ。ダイヤルで減らす。
「いやでも、これで正しいと限らない。慎吾先生は、しばらくここで観察してて。で、今僕が書いたこの通りに従って」
「・・・アイアイサー」
彼は元気をなくしたが、まだまだこれから洗礼が必要だ。
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