医局に戻ると、僕の右腕がコーヒーを入れていた。
「ちわっす先生!」山崎という部下。
「わざとらしい。逃げただろさっき」
「ばれましたか。巻き込まれたくないんで。教育係頑張ってはい!一丁あがり!」
「すまんな」
僕らはソファで並んで液晶画面を見ている。
「どうっすか?彼の暴れん坊ぶりは」山崎は爪を切り出す。パチン、パチンと。
「研究室から出てきた奴だからな。頭が固いわ」
「やさしいから先生。俺ならもっとキツくしばきまわしますよ」
「うちの病院にとって、やっと新米が入ったんだ。また新入り探すのは大変だ」
山崎は神妙な顔をした。
「アイツの給料俺、知りませんけど・・まあ俺らとそう変わんないでしょ。だったら、患者も多く持ってもらうべきっすよ」
「1つ1つ教えないといかんから。大変なんだよ」
「早いとこ、しごいてくださいよ軍曹先生」
「医局長なんて、やりたくないよ。雑用係だこんなん」
ガラッと戸が開くと、僕らは条件反射で口をつぐんだ。医局秘書だ。若い女性が雇われるのが常だ。
「ラーメン買ってきました~」彼女はそのまま台所の下の扉を開けて、どん兵衛などをしまう。当直用の非常食だ。
「1当直1個でお願いしますう~」
ぶりっ子しても許されるほどのメイクだ。当時はやりの<あゆ>メイク。しかしそれでも3か国語話せるのだから侮れない。
「まもなく17時ですね。タイムカード、お忘れなっく~やった今日はナイターだ!」テレビCMを見ている。
民間病院の医局。このぬるい雰囲気。手慣れた環境。しかしこんな病院でも、かなり多忙な日がある。その日はもう、目前に迫っていた。
山崎はタイムカードを押し・・
「じゃ、おっさきー!」
「僕は、慎吾のことがあるから」
「頑張ってくださーい!」
「さて」立ち上がった。
「今日も残業?」秘書が微笑む余裕。
「あんまり僕も、怒りたくはないんだがな・・・」
「ユウ先生の研修医時代を振り返れば」
「?」
「ちょっと優しくできるんじゃない?」
「ああ。そうだな。そうなんだが」
多分、このあと怒りそうな気がする。
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