さっきの重症患者のとこに行ったが、奴はいない。
「おい何やってんだ・・・トイレか?」
近くでナースがもうパニックっている。これから夜勤だ。
「ああ、これもせなあかん。あれもせなあかん。休むんやったら、もっとはよ言えよ!」
「あの」
「うわあっ!」ナースはどうやら僕の気配に気づいてなかったようで。
「ごめん、慎吾はどこに・・」
「あたしが出勤して着替え終わったら、廊下ですれ違いましたけど。はいバルーン!」
無意識に尿道バルーンを受け取り、そのまま処置。
「私服だったか?」
「はい・・・」
「帰りやがったか」
カルテを見るが、やはりよくわからん。でも、あれ以後の記載もない。
「このあと、ちょっと僕。指示出すわ」
「ええーっ?明日にしてください!」
「そうもいかんのよ。状態が一定するまでは」
カルテに検査伝票。画像も近くで表示。
「急性心不全。基礎に弁膜症があり・・・何が契機だ。何かあるはず・・・感染か。CRPが高い。レントゲンは肺炎像はハッキリしないが・・・尿沈渣は。これか・・いや肺と両方かも。培養は」
こんな感じで、触手をめぐらす。あと、抜けがないか手帳で確認。この手帳は・・世界に一冊しかない、自分の集大成が入ったものだ。中には、尊敬する先生のサインも入ってる。
「尿量の目標を設定・・・利尿剤の指示。あすの検査指示」
チラッと横目をやるが、慎吾はやはり戻ってきてない。
いや、そこに誰か立ってる。
「なんだよ事務長か」
「なんだよ、で悪かったですね」今でいうイケメンの事務長は、じっとこっちを見ている。
「こっち見るなよ。うっとうしい」
「医局長、ならびに教育係お疲れでございます。どうですか?彼の働きぶりは」
「お試し期間は3か月だったな。今日でもう半分かな」
「ええ」
「覇気がないんだよ。覇気が」
僕らはそのまま廊下を出た。
「もし救急とかドッと来てみろ」
「まあ彼はもと研究肌ですから。徐々に慣れてきますよ」
「民間病院はな。泥臭いんだよ。試練の過去が要るんだよ」
「ま、先生。優しくお願いします」
「甘やかすのかよ?」
「先生、今の時代。厳しくしたら人は去ってしまいます」
またコイツの孔明節か。
「世の中に合わせろと言うんだろ」
「優しさで、彼が目覚めるかも」
「お前が言うと、ホモ話にしか聞こえんよ。じゃ!」
僕はこの事務長への態度はでかかった。でも医師らにとって経営側は、油断ならない存在なのだ。下手したら慎吾よりも厄介だ。
それは、この後でもわかるようになる。
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