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2009年6月22日 連載

教授は話題を現実に変えた。

「で。教授会からの催促なんだが。今後は当直医の人数を充実させ、パニック時には待機の人間が順番に出勤することにする」

「(一同)順番・・・」

「経験年数、専門も考慮するが、まずは近隣に住んでいるものからだ」

「(一同)えええ~!」
「ちょっと待ってください。一度コールを受けた人間はそのまま?」とヒラ医師。

「・・・いや、上司の許可があればいったん退散でいいと思う」
「1人患者を診て落ち着いたら、もう帰っていいってことですね?」と島。
「あーいや。そこは医局ごとの方針らしい。諸君らが決めるべきことで」

 連絡票などが張られた。頂点に教授だが、その直下はノナキーの名前。

「うちの医局は、なにもここだけが人員ではない。関連病院のOB関係すべてがスタッフだ。これまで面倒を見てきた義理を、果してもらわねばならん!」

ノナキーはやっと顔をあげた。
「今、周囲の各関連病院に打診しています。ピンチ時の代打としての非常時出勤を当番制にして・・」
「ほう!さすがだな!」

 パチパチパチ、と拍手が渦巻いた。しかしほとんどが断られている実情があることを、まさかここでは・・・。

 島は大きく頷いた。
「そんだけ医者がいればですよ?24時間病院は回せますよ!向こうもそんなにネタはないでしょう?」

 教授は窓を開けて空を見上げた。

「それだけの患者を搬送してくる、相手の懐というのがどうも分からんな」
「どうやら・・・」

ノナキーは腕組みした。

「某クリニックが、たえずその病院に患者を<供給>しているようなのです」
「重症患者がそんなコンスタントに生まれるものかな?重症化する予定の患者を、多数抱えているというのか?」

 ノナキーは思わずバラした。

「ですが、あの松田クリニックなら。しまった言ったか」

「(一同)えええっ!」

「もう言おう。いいか。松田クリニックが温床だ。恥ずかしながら、そこの院長は僕らの先輩だ。軽症ですむ患者を引っ張って引っ張って・・・送る先は信じたくはないが、真珠会」

 教授は頭を抱えた。

「松田というのは・・・わしは会ったことはないが。うちの医局出身だって?」
「俺たちはよく知ってるよな!島!」
「はい!バックボーンが宗教団体っしょ?そのうち世界が地震で滅びるっていう!あはは!ホントに滅ぼしたりしてな!おおっと」

 みな騒然となった。

 教授は眼を丸くした。
「宗教・・・テロリストなのか?」

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2009年6月22日 連載
 
大学病院の医局は騒然としていた。早朝のニュースで大半が知った。カンファレンスは中止。総回診も中止。みな誰もが動揺を隠せない。

ノナキーが隅でお茶を入れ、お皿で運ぶが・・チャラチャラと、どこか揺れている。

「ふぅ。まだ詳細は分からんが。またもや病院が1日で買収されて」
「病棟患者まで消えたってのは・・・」生意気な助手の、島が腕組みしている。

「もぬけの殻だ。院長らは未だ口を閉ざしたままだ」
「どうせ赤字の病院でしょ?そこを奴らが買い叩いた・・・ですかね?」

 ノナキーは心を落ち着かせるように話す。

「ま、これも一連のものだろう。関連病院がこれで、また1つ消えたわけだ!」

 医局の天井近くの白板の40ほどある病院、8つ目がX印された。

 みな、ノナキーの顔を見る。でもそこには何も書いていない。

「おいおいどうした?君らの仕事はこれから始まる。今日も患者は来るんだ。君らを必要として来るんだ」

 みな、一斉に横を向いた。プイっと無視したのではない。

「野中くん!もうちょっと腰を据えて考えようよ!」
「教授!」

 みな、立ち上がって整列した。例の新任教授が1人でやってきた。

「野中くんも、正直に話したらどうだね。うちの医局は隠れず隠さずがモットーだ」
「(一同)教授!」

「君の言うように、警察に行ってきたよ。あの身売りした院長は警察でまだ調べを受けている。少なくとも加害者ではないようだが、話そうとせんのだ」

 株主としての買収など、誰にも分からない。

「よほどプライドを傷つけたのか、強い弁護士をつけられたのか。真珠会と共謀の疑いもあるが、とにかく黙秘してて全体像が分からん。ま、かけてくれ。外来診療・検査開始は1時間の延長だ」

 みな席に座り始める。ガラガラ・・と、椅子取りゲームのように席が埋まった。

 助手がカギをし、戸口を遮る。

「ミタライ君は私もみてきたが・・・」

 教授は絶句。それ以上の言葉は凍結した。

「苦しい戦いだな・・・」

 みな静まった。

「教授会も開かれた。憶測にすぎないが、やがて大量の患者が当院にどっと押し寄せてくる可能性がある。彼らの仕業でね」
「まさか・・・」島はうろたえた。

「名誉教授の息子さんの病院も例外でなかったと私は見た。大学病院といえど、このままでは夜間は半麻痺状態だ」

くすくす、と笑い声が聞こえる。
「笑いごとか!」ノナキーが鎮める。

「真珠会とやらがどこまでからんでいるかどうか、わたしは知らん。もっと大きな黒幕の存在も感じる。とにかくどこかが、我々を潰そうとしているのは確かだ。患者を送り込んで過労に至らしめ現場を放棄させるなど、言語道断な話だ」

 教授会でよほど吹き込まれたのか、教授は感情的だった。

「うちの医局は重体が1名に重症者6名。退局者が7名。失った関連病院が8つ。職を失ったスタッフが総勢数百名。大学の学生らはマイナー志向に加速し、うちにはフレッシュマンが入らない。もう限界だよ。なぜ私の任期中に・・・」

 ノナキーはうつむいた。

「こんな動きがいきなりあったってことは・・・声明でも出たんですね?」
「うっ・・・うんまあ。そんなところだ」
「やっぱり」
「見せしめとして、まずは胸部・消化器内科がターゲットにされるようだ。婦人科や小児は送ってこない意向だ。どうやら世間の目も配慮に入れてるらしい」

 いろいろと、教授らあてに<声明>が届いているようだ。


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2009年6月22日 連載

はるか向こうから隊員たちが、ベッドを4つ搬送してくる。まぶしいいくつものライトは、どうやら救急車のもののようだ。

 院長は、茫然と立っている。会長には、結果は予測できていた。こんな臆病な医者に、患者をまともに診れる器などない。会長は慈悲のつもりで大声をはりあげた。

「ただし!あなたがもう限界というのであれば!<待機の医者>に任せてよいのですよー!」
「な、なんだ。そんなのがいるのか。でで!ではお願いします!」

 会長はやはりな、とニヤリと微笑んだ。

「ただし!の2回目!」
「?」
「その前に。これに印鑑を!いんかん!」

 ババババ・・とヘリの音が一瞬遠ざかったのか、意識がそれに飛んだのか。聴覚が鈍った。

「これは?」

<病院譲渡について>

「さあ早く!もう時間がない!患者さんを苦しめてでも病院を守るか!自分の限界を受け入れるか!」
「そんな・・・」
「あるいはその未熟な手で、一生を訴訟に捧げるか」
「そ、そしょう・・・」

 患者が運ばれてきた。うち1人はモニターつきで、不整脈が頻発している。

「わわ!わしは循環器系は苦手だ!だいいち呼吸器グループだし!」
「何を見苦しい。まさか臨床を本気でされてなかったとか?」
「どっかへ送れ!こら!」

 ベッドは10数台、もう近くまで来ている。ガラガラという車輪の音が聞こえだした。

「さあ!今決断しないと!亡くなった名誉教授が!お父様が悲しみますよ!」
「あああ!あああ!譲渡したら!私はスッカラカンか?」

 本音が出た。

「単なる経営の譲渡です!だが安心して!足津理事の計らいで、あなたは株主になれる!」
「経営を見守る側になれます!」
「そ、それが見返りか?あるのか見返りが!」
「これからは!黙ってるだけで金が入る!」
「そ!そうか。リスクより、安泰だ安泰。うへへ・・・!」

 実は、会長も以前同じ警告を受けて株主になった。

 半狂乱で、院長は用紙をもみながら・・・ハンコを押し、サインした。

 会長の首の一振りで、黒い救急車のいったん閉じた扉が、再びスライドした。走ってくる白衣の雇われ医師たち。金で買われた臨時雇いたち。無駄のない動作のもと、現場が仕切られた。

 吹雪のような風の中、藤堂ナースが患者にゆっくり近づいた。

 近くのモニターは不整脈が頻発、ついに心室細動へ。
 ヘルプの医師らは気づき、道を開けた。

 ナースの右手、アイロンのようなパッドが1メートル以上先から向けられ・・・左パッドから赤外線の赤い点がベッドの上に落ちた。

「!」

 ズビビッ!と右パッドから青白いイナズマがほとばしり、患者が飛び上がった。脈は正常化。

 ナースは未届け・・・シュッ、とパッドを口に近づけフッと吐息。そのまま2つ腰部にしまった。

 藤堂ナースは医師らを見まわした。

「・・・・・・・・・・」

 ヘリの助手席、足津は見届けた。
「・・・ヘリは戻してください。これであの機械のPRになりましたね?」

「あれがDCベルトか。すげぇ。数メートルからでも放電可能とある」後ろのマーブルが、英語のマニュアルを見る。

「今は世界にあれ1台です。手に入れるのに苦労しました。あれをサンプルに、今後は量産、兵器化します」

ヘリは急旋回し、警察のヘリの追及を逃れた。



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2009年6月22日 連載
その頃。

近くの高速道路、インターチェンジの巨大な安全地帯。大きな6両トレーラーが止まったところだ。周囲に△ポールが多数配置される。配置しているのは、僻地病院で<活躍>した末端たち。

 彼らは実に仕事として効率よくやる。命令に忠実。訓練が行き届いており、無駄がない。が、そこには感情がない。すべてが順序で成り立っている。限られた時間内で最も効果を生む訓練でもしてきたというのか・・・。

 一方、病院。借金院長は言葉が止まらない。極度の緊張下の表れだ。

「過労とかなんとか言うとりますけども。今の若造はちょっと手に負えなくなったら言い訳する。わしらの頃なんか!」
「・・・・・・・・わしには何とも」
「弱気な。会長。ところでちょっと痩せられたんでは?」
「・・・・・・・・・」

 会話が、だんだん成り立たなくなる。

 インターチェンジでは、着々と準備が進む。

 まず黒い救急車が4台、2台ずつトレーラー2両目の脇を固める。この4台がまた、図形のようにキッチリ並ぶ。その上をヘリが羽ばたいていく。

 病院。

「奴らが人手不足言うてもやね?わし1人だって若造の3人分はやれますわ!」
「・・・・・・・・だから。わしには何とも」

 コンテナの両側、カタパルトが4つ開く。待機する黒い救急車、同時にサイドの窓が開いた。受け渡しの図式が完成した。何を受け渡す・・・?

 病院。

 会長は、閉じていた目をやっと開けた。

「本心で言ってるんでしょうね?」
「へ?」

 インターチェンジ。

 黒い救急車、何かを受け取った模様。サイドの扉が閉まり前方ライトが4台分ともキイイイン、といっそう光る。

 病院。会長が問う。

「本心なわけで?」
「・・・ま、まあ」
「では・・・」
「?」
「では、見せてもらおうかな!」
「なにを・・」
「日本男児の、底力というものをだ!」

 グオオン!と黒救急車が1台、また1台と高速道本線へと合流した。合計4台は列をなしていく。

 病院。妙な予感が院長の頭をよぎった。

「あわわわ?なんですの?何が始まるんですの?おどかさんといてえな!」

 院長は、小便をもらしそうにヘタった。ついでに落とした携帯電話に飛びつき、どこかへの直通ナンバーを押す。

「野中!野中君!」
<はい?だれ・・・あっ?>
「医局長なんだろ!な!医局長なんだろ!」
<そうです!どうされたんですか先生?>

 院長の口角からヨダレが真下に流れた。

「たた、大したことはないんだがな。患者が多数、押し寄せてくるような!」
<本日は医局員の大半が、研修日でして>
「研修だと?」

 そういえば、と思った。

<週1回のバイト日です>
「おのれ・・・!」

 その場合、医局は機能不全となると相場が決まっている。

「いいいい!医者を!誰でもいい!よこせ!」
<慢性的な人手不足でして・・・>

「今、ほしいんだよ!おいお前!ここに今すぐ来い!」
<先生。落ち付いてください。今、どちらに?>
「どちらにって!こら!なめとんか!」

 院長はそのまま外に出ていた。

 ヘリの風圧で、携帯が飛んだ。
「うわあ!」
 ついでにカツラも飛んだ。
「ひぃ!」

 そのヘリから、誰かが見ている。

 地上では会長が、黒服数人にガードされながら、後ろに近づいた。

「さあ先生!3人分頑張ってくださいな!かつてのあなたのように!」
「どこかの病院みたいな、仕打ちをうけさせるのか?わたしに?」
「仕打ち?とんでもない。助けるんですよ!先生の仕事ですよ?」
「ぬぅ・・・」

 やがて声もかき消されていく。

「うちのオーナーが見てますよ?」
「オーナー・・・あれが!」

 眩しい光で、へりの実態すら確認できない。このヘリから見ているのは何も足津だけではない。カメラがネットワークを通して・・・世界中の<株主>らが行く末を見守っている。


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2009年6月18日 連載

名誉教授の息子の病院。個人病院で、すでに不渡りが1回。高齢者患者は多いものの、人件費で食いつぶされていた。家族経営によるツケだ。病院経営者の家族・親戚となると、甘やかされてきたせいかニート同然の者も少なくなく、彼らは<安定した職>を求めて家族にすり寄る。外への野望を抱かなくてよいのだ。

 以前はそれでいけた。しかし銀行の監視などが厳しくなり、ようやく会計的なものを見直さざるを得なくなった。だが実際は、もうどうしようもなく旧態依然としたその世界を守ろうと、必死にしがみつくのが大半だった。

院長室。息子は机から、ソファの医者を見下ろしていた。

「肉と魚、どっち?」
「はぁ。自分、料理はいいので」
「まぁまぁ。最近の若い医師は、ポイント重視だねぇ。ホントの会話というのを、僕はしたいんだけどなぁ~」
「他になにか?」
「・・・・・」

今どきの若手医師だった。眼鏡の彼はさっさと切り上げて、もう大学へ帰りたい。

「じゃ、もう失礼させて頂きますので」
「待って・・・おい待て!食事はもう用意させとるんだから!」簡単にプチ切れた。

「カンファの準備が!」

「ほらまた大学人間の言い訳だ。カンファカンファ!かんふぁばかり!新教授になってから、ますますこれだ!」
「ですが。さきほど言いましたように、自分は、ここの跡取りには!」
「わかっとるわかっとる!でもな!聞けい!」

「?」

「いいか!この病院は貴様が赤ん坊のときから貢献してきた病院だ!そんな病院に悲惨な末路を辿らせるつもりか?」
「僕には関係ないことです!」

若手医師は立ち上がった。

「ここの噂は、インターネット掲示板でも見たんです!」
「いんたーねっと?そんなとこの情報など!」
「<非=火>のあるところだから、煙が立つのです!そう書いてありました!」
「あ!」

若手医師は裏口へと走って行った。

「ぬぅ・・・!あいつ。新教授に吹きこんでやる!」
院長室に戻ると、いきなりずっこけた。

年老いた会長が、杖にアゴ当てて座っている。寝てる・・ふりだろうが。

「これは!これは!ご存じですよ!真珠・・・」
「シッ!」空を切るように、会長は人差し指を横に振った。
「ひょっとして見つかりましたか!」
「・・・」
「いやあ。今ちょうど、院生を説得しとったんですが。しかしあれですなあ。今どきの院生はアルバイトばっかりで。非常勤しまくってあちこちフンを落して困りますわ。女にもツバつけまくっとるし。女医に子供でもできたら産休取られてこっちはカタなしですわ!」

 何の反応もない。

 一見高慢な会長だが、今では足津の駒の1つにしか過ぎなかった。かつて真珠会でカリスマ的な理事もつとめたが、膨大な借金を抱えすぎ・・・銀行もとうとう渋り始めた。いや、その都度銀行の言うがまま病院拡張も進めてきた。

 なのに、銀行が手をひっくり返してくる。奴らは悪魔だ。悪魔の手先だ。ならばこちらは手先とならず、その上流に身を任せよう・・・。実質的な経営権をファンドに譲り、彼は大株主におさまった。彼にとって理想の老後だ。自分の足元で回路を作って、間からこぼれる利益を頂き続ける。

 彼はこう記す。「破れたこの国をそれでもと信じてきた、その代償」と。

 <信じさせられた>、じゃないのか・・・?

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2009年6月18日 連載
千里中央の大屋敷。

足津が寝そべり、上から背中をマッサージしてもらっている。ひたすら読書中。

「・・・?」

バットが映ったかと思うと、画面が粗くなり瞬く間に消えた。足津は仕方なく、別カメラのプレイバック画面に切り替える。

テレビには、チワワを通した場面。途切れ途切れの静止画。松田院長の横顔がアップ。

「・・・」

<ご報告です>と藤堂ナースの声。
「今のような感じですね?」

<どうでしょうか?>

「ま、簡単に試してはみましたが。ドクターシローは戦力として利用できます。株主の多数決もあって合格です。もう1人の人材にも要望がありましたが」

<あれは、真田病院の>

「知ってます。あそこを落とすのは時間の問題ですので。その際に安く買い叩きます」

<はっ>

「今後はドクター松田は一般診療どまり。ドクターシローは救急および2診といったポジションで。このあとの<作戦>のあと、こちらに正式抜擢の予定です。役立たずになれば、そのときに潰せばいいというのが株主らの一致した意見です」

<この流れの続行ということで?>

「ええ。焦ればミスも出やすいのは医療と同じです。大学病院への攻勢の手始めとして、次のターゲットを設定しました」

<それよりも大学病院を。私は一気にたたみかけたいと・・・>

「私情を挟まず、最初のストラテジーに従ってください。株主の意向が優先です。あくまでも契約書類上、計画を進行させます」
<ですが・・・>
「書類に、もう一度目を通してください」

末端スタッフが近づいた。
「ではそろそろ・・・先生」
「はい。早速駒を進めてください」

足津は3ケタを押した。

「真珠会の会長様ですか?」
<は?ああ!足津さん!>

今や人形同然の会長が電話で飛び起きた。

「出動要請です。名誉教授の息子さんの病院、ご存じですね?」
<はい!あそこはもう経営がガタガタでして。ですが売るつもりはないと>

「出動の準備をお願いします。私も見学します」

電話を切り、足津は立ち上がった。

大きな窓が左右に開き、勢いのある風が入ってきた。
ブオオオオオオ!と、それは部屋の中の書類を散乱、いやダンスのように舞わせた。

真っ白なヘリが、広大な庭に足元おぼつかず着陸していく。



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2009年6月18日 連載

シナジーは次の話に進みたく、ボールペンをイライラさせた。

「今後、救急の拒否は一切禁じます。病棟が満床でも私に連絡を。すべての患者に検査を。それでもヒマなら何とかしますので!以上!」

解散。

知らぬ間に、トシ坊が後ろに立っていた。
「うわ!びっくりしただろ!」
「先輩。勝手な行動は謹んでください」

ユウは、トシ坊の尻を丸めた新聞紙でたたいた。
「おら」
「いたあぁ!」
「男になったか!トシ坊!」

みな、それぞれの持ち場へと走って行った。

シナジーは田中と2人になった。

シナジーは上を向いた。
「ユウには内緒だが。あの女医以外は断った」
「これ以上雇うのは、うちの予算では限界ですよね」
「うちはボランティアじゃない。勘違いされても困る」
「それもまた、オーナーの?」
「いや・・・ま、そうだ。でもまだ若い医師だし、金に執着してないので助かるよ」

手洗いしている。

「行き場のない彼らはどうなるんでしょうね・・・」と田中。
「真吾先生を含め、行方不明者も多い。もうとっくに関西を離れてかもしれない」
「医者なら、働くところはいくらでもあるでしょう」
「だが関西を離れても、今の時代どこにいても所在はつかめる」
「噂もすぐ伝わるというわけですか・・」
「ああ。社会がグローバル化してきたせいだ」
「はぁ」田中はだるく答えた。

「数字化と、勝ち負けしか残らなくなったな・・・」
「まるで微分積分ですよ。とことん減らすか、限りなく増えるか」

それはのちに、<格差社会>と呼ばれる。

シナジーはチョイと近くの机上に目をやった。
「グローバル化するとだ。情報が金以上の価値を持つ」
「はぁ・・・」
「なぜなら、その情報1つでもって金を思うがままにできるからだ。ならば人を操れる」
「金は、情報の犬ってことですか?」
「ああ。飼い主の手を噛むという点でもな」

シナジーは、机の上の貯金箱をにらんだ。チワワの形。
彼はバットを持ってかまえた。

「今度の敵は、その飼い主だ!」

振り下ろし、バコーン!と粉砕。中から黒い精巧なビデオカメラが現れた。

「買い殺される前に、食い殺す!」

さらにカメラがボカーン!と潰された。




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2009年6月18日 連載

「ふぅ・・・」
「先生。こっちへ」

シナジーが廊下へといざなった。

「ユウ先生・・・どうしたんです?」
「変か?」
「今は当院の生き残りが優先です。ヘタしたら潰れるんですよ?」
「お前の金の力で何とかしたらいいだろ?」

シナジーは呆れ、コンコンと応接室を叩いた。
「入りますよ」

開けると、若い白衣・・・おそらく女医・・が座っていた。推定20台後半。

「あっ・・・こ、こんにちは」
やや膝を曲げたかと思うと彼女はそのまま座った。

ユウは1歩たじろぎ、正面に座りに行った。
「?この人は?シナジー」
「正式採用が決まったところです」

シナジーはユウに耳打ち。
「(さきほどのエピソードは知らせてませんので)」

シナジーは引き続き、彼女の履歴書をサッと両手でシワ伸ばしした。
「では本日から」
「はい」彼女の目線はユウにある。
「検査はまずセカンドから。サポートで十分ですので」
「はい。何でも・・・できることは何でも」

珍しく、腰の低い女医だな・・・。

だがユウにいろんな疑念が浮かんだ。
「(このタイミングで入ってくるということは、ああつまり経営の悪化している病院に志願してくるってことだ。ということは、よほど金に困ってるのかどこかを追い出されたのか・・・はたまた送られてきた新たな刺客か・・・)」

女ほど、信用できん・・・。

「聞いてますか先生?」シナジーの声で我にかえった。

「ああ聞いてる」
「彼女はあの、例の僻地病院で真吾先生と勤務してました」
「なに?そうなのか!」

ユウは身を乗り出した。

「真吾はどうなった?おい。どこへ行った?生きてるのか?」
「それは私にも・・・」
「どうして1人で悩んでた?何か言ってたんだろ?」
「す、すみません・・・」

彼女はいたく困っていた。

「すみません。私たちにも突然のことで。何が何だか分からないうちに」
「なんで君ら。逃げたんだ?」

シナジーが足を足でけった。

「て!」
「逃げたんでなく。追いだされたんです。怖い人たちが・・・怖い人たちが!ああぁ!」

彼女は目を覆った。
「くやしい・・あたし、くやしい!」
「だが、ここで余計つらい思いするんじゃないのか?」ユウは指摘した。
「いえ・・それは絶対に」
「・・・あっ」

ユウは何か思い出した。

「その連中の中に・・・スタンガンみたいなの持ってる女がいたか?」
「あ。ああいました!あれはもっと・・・」
「?」
「もっと特殊なものだと思います。ベルトの両側にこうかけていて・・・」
「すると、さっきのもそうか・・・」

患者の上に落ちた雷もそうだ。心停止が治まったとはいえ、攻撃的な行為だ。


52

2009年6月18日 連載

クリニックからひと仕事して戻ってきたユウを待っていたものは、みなの冷たい視線だった。

 2階の事務には、いつもの賛美や拍手がない。

「久しぶりに、5人まとめてだ!あれ・・・」
「・・・・・・・」田中君は、無視してパソコンを操作している。

「どうした。田中くん」
「ハー。先生。なんてことをしてくれたんです」
「なんてって・・・やっぱり俺のカンは当たってたよ。シローがパニクってたんだ。救急を全部1人で診るように仕向けられてて」
「・・・・・・」

 次々と、事務員らに囲まれる。

「でも死亡例は出なかった。あそこに任せるわけにはいかん。なのでうちにそのまま引っ張るようピートに指示して、バイクで迎えにきてもらったよ」

 シナジーは輪の中に入り、ユウの頭上に影を落とした。

「あのね・・・」
「Q太郎はね」
「じゃなくて。先生」
「わかってるって。でも患者への今後の対応を考えたら」
「法律的にも、これは認められません」
「それはむしろ奴らのほうだろが!」

みな、引いた。

「真珠会グループ側の紹介搬送はギリギリ法には当たりませんが・・・」
「紹介状もつけない奴らだぞ?」
「ただ、よそに搬送されたのを無断でうちで診るのは」
「だがもう連れてきたぞ!」

田中君は残念そうに、窓の外に指を向けた。

「なに?」

 ユウはダダッ、と窓を開けてベランダに出た。先ほどのベッドが事務員らによって1つずつ運ばれていく。

「あれは・・あれはどういうことだ!」
「元通りにしてるだけです」
「なにぃ?」
「クリニックから苦情の電話があったんですよ。こんなこと、マスコミにでも知れたら・・」
「いいじゃないか?そのほうが!」

シナジーは頭を掻いた。

「先生。うちとしても、1ヵ月以内に何らかの有意差をつけなくてはなりません。ここで当院のマイナスイメージが固定すれば、患者側や救急側からの足も遠のきます」
「うぅ・・・」
「ましてや、ただでさえ手薄な当院の体制です。さきほどの救急ラッシュの対応も、はっきり言って微妙でした」

ユウは振り返った。

「でもトシ坊が。トシ坊がなんとかしただろ?」
「あのケツで、何ができます?」
「まだ治ってないのか・・・」

ピートが入ってきた。

「ユウ。組織としてもっと考えるんだな」
「何?なんておい!」

ユウは飛び出したが、事務員らに両腕をつかまれた。

「ピート!あの患者らが心配だろが?彼らの行く末が!」
「俺たちはヒーローじゃない。世界を背負えない」
「視野の範囲は背負えよ!はは、はなせ!」

やっと放された。

51

2009年6月15日 連載

 まだ頭がボーッとする。だが何とか撮影を終え、気胸のチューブも入れ終わった。

「入院?」若い男がベッドで見上げる。
「ああ」
「ここで?」不安そうに周囲を見る。
「ここも、一応は入院できるらしい」

 若い男は納得してない様子。
「・・・なんかなぁ」
「そっか。おい松田!先生!」

 近くで茫然と見ている院長。
「・・・・・うちの患者だぞ」
「ですが。本人は転院を希望してますんで」
「売上げ、盗む気か?」

ユウは、いつもならここで怖気づくのだが・・・何か吹っ切れていた今は違う。

「アンタだって、俺からいろいろ盗んだろう」
「なにぃ?」

ユウは携帯を取り出し、何か命じた。

「真田から迎えが来る」
「なあユウ。もう降伏したらどうだ?お前んとこの運転資金もヤバいそうじゃないか?」
「シナジーが、そこは何とかする」
「てめえの病院が破産する前に、うちと合併・吸収されたほうがいいって。外来患者数は圧倒的にうちが上だ」
「患者だって、そのうち見抜く」

そういいつつ、呼吸器など微妙に調整する。

「入院だってな。これから物凄い数で入ることが決まってんだ!」院長は吠える。
「あ、そう」
「その時が来たら、あの人から援助を一手に受けるんだ」
「あの人?」

 ブウン、ブウンと唸るバイクの音。真田のスタッフらがノーヘル・50ccでやってきた。いや、先頭のピートだけがゴーグルをしてそれを上げた。

「じゃ、もらっていきますぜ」

 みなバイクから降り、横からよいしょと金属の長い棒を取り出した。ベッドの下にくくりつけている。

「ばば、バイクで土足のまま上がるな!」院長はわめいた。
「バイクに土足もドカタもあるかよ!」ピートはベッドとバイクを棒で接続。
「どこでも働かせないようにしてやる!」
「お前にそれができっかよ!」

 ドルン、ドルンとエンジンが唸り声。

 ユウは首を縦に振った。
「呼吸器の患者はアンビューで連れてく。ここには任せれん」
「し・・シロー!」院長は唾を吐いた。
「・・・・・」シローはうつむいた。


「シロー!やめさせろ!こいつらをやめさせろ!」
「・・・・」
「減給!減給されてもいいのか!」
「・・・・」
「ほう!いいんだな!」
「・・・・」

 シローは、ただただうつむいていた。

 ユウはその前で呟いた。
「勘違いするな。裏切り野郎」
「・・・・・」
「タダゴトでないと思ったから来た。お前を助けるためじゃない」
「・・・・・」

「縁を切る」

 ピートは指をクルクル回し、ゆっくりとベッド付バイクを走らせた。1列体制で、待合室を素通りする。大勢の患者が、引いている様子。たぶん、患者も減っていくだろう。

 ユウはアンビューを押しながら、その後ろに続いた。国道を横切り、呼吸器が運ばれてくる。

 そのユウの背中に、赤外線の点。

 藤堂ナースは、右手パッドで狙いを定めていた。左手のパッドがゆっくり宙に浮く。

 右のイヤホン、ピー!というロックオン音。

 しかし、ユウの運んだ患者の手前にシナジーら事務員が現れた。<標的>の存在は曖昧に。

「なにっ・・・」
 ナースは照準を消去した。

 シナジーらはユウらと呼吸器を接続、そのまま青信号を渡って行った。

 シローは、奥の方から見つめる。
「仲間が。仲間だ。そうだ・・・」

 力なく、その場に崩れていく。
「僕には仲間がいたんだ・・・いたんだ」

 院長は横に立ちはだかった。
「だが今のお前にはそれがない。お前が選んだ道だ」
「うう・・・」
「人生は厳しい。勝つことこそが命の使命だ。診療を再開するぞ!」

 院長は振り向いた。

 
 









50

2009年6月15日 連載

 5台の救急車は停車しているが、まだピーポーが聞こえる。そうか、向こうの真田に来た救急だ。

「・・・・」ユウは持ってきた物品をカートの台の上に1つずつ載せていった。

 アンプル、チューブ類、ドレーン・・・・。点滴セットを作り、内視鏡の電源・・・。DCも用意。ミニ超音波ともいうべき機械。

 動物使いのように、隊長は次々とベッドを飛ばしてきた。
「それいけ!やれいけ!」
「待てよ!ったら!」足で、次々と止めにかかる。

目の前の腹痛の患者にとりかかる。
「痛い?これは?」
点滴を確保。
「レントゲン、行こう!」

ベッドをそのまま流し、寝ているシローのもとへ。

「シロー!早く起きろ!」
「・・・・」

呼吸困難。超音波のスイッチ入れる。
「つかん。つかんぞ!あ、電源・・・」
酸素マスクを用意。認知・判断・操作とはいうものの、この3つは別の脳で処理していった。

救急車内にコンセントが入り、ユウはプローブで観察。
「・・・・・心不全だ。原因は不明」
マジックで、毛布に略字で所見。

次は・・・朦朧としている。呼吸はやや弱い。口の横に白い・・なんだこれは。
口の中の匂いが・・

「うわっ?この独特さは・・」
胃チューブ、洗浄にかかる。手首にリストカット跡。
「何か持ってないのか?」

 セカンドバッグ有り、中に服薬。
「・・・・なるほど!」

 自殺企図か。内服して時間が浅ければいいが・・・。

 もう1人、朦朧としている。顔が真っ赤。
「酒臭だ。一酸化炭素というわけではないな・・・」

 洗浄しながら、もう1人の点滴確保。

 心不全の患者、思わず起座呼吸となる。点滴がひっこ抜かれる。
「利尿剤、いこうとしたのに!」
 擁していた注射器、いったんベッド横に。

 やむを得ず、そけい部(股)で点滴確保。抜かれないよう周囲を巻く。
「すまん!」

 アルコール中毒、顔色が悪化。
「しまった!」
 吸引チューブを取り出し、持っていくが機械の調子か、吸えず。
「タンをおい!吸えよ!」
 仕方なく、注射器で接続。手動で何度も勢いで引っ張る。
「ちきしょう!ちきしょう!」
 横向け、背中を叩く。

 患者はむせ、勢いよく吐き出した。
「ぷあ!」
「ぬわっ!」
 ゲロと痰が隊長の顔に飛んだ。

 ユウは処置を終えたベッドを、スローでシロー方向に飛ばした。
「シロー!写真、続々と撮れよ!」

 最後の1人は察しがついた。
「レントゲンにCT撮ったら、チューブ入れると思うので」
 若年の気胸と思われた。

 あとは重症度など見ながら、悪化の兆候に要注意だ。メモを視線を行き来し、メモが埋まる。要点が右ページにサマライズされ、次のページにその後の検査内容。近くに起こりうる合併症。

 ベッドの間をぬって、調整。シローがやっと起き上がる。
「すみません。撮影行きます!」
「ああ!」

 しかし心不全患者、モニターが心停止。
「DC!」
 胸を叩きつつ、準備にかかった。腕を振り上げた瞬間・・・

「ぎゃあっ!」
 ユウは横に吹っ飛び、尻もちをついた。
「なんだ?今の衝撃は?」

 一瞬、記憶を失った。雷が落ちたような・・・。モニターをはっと振り返ると、脈は正常化。

「ゆ、夢でも見ていたのか?一瞬・・・」

 近く、柱の後ろで笑う女の声。

「・・・・?幻聴まで?」

 女は細丸いパッドのようなものを、両側の腰にスチャ、と静かにかけた。











49

2009年6月15日 連載

 クリニックの敷地内に入るなり、自転車はそのままズササと横に滑走していった。藤堂は振り向いた。

「おまえ・・・」
「お前はやめ!わーっ!」ユウは恐怖でサドルを片手放せず。

 思わず、その片手ブレーキに力が入った。

<キイイイイイイイイイイ!>

「うわーっ!」隊長や数人のスタッフは両耳を押さえた。ガッシャア!と救急車3台のガラスも何枚かヒビ入る。

 近くにいた娘も、何度も首を振り続けた。
「ぬぅうう!何!」

 ユウは割れかけの玄関に入った。血の跡を本能的に辿る。

「シロー!シロー!」
「(待合室)うわああああ!」
「おいじいさん!なんでそこの病院にいる?浮気者!シロー!シロー!」

 ピーピーとアラームが聞こえる部屋へ。予想どおり、シローの困り果てた表情が見えた。

「何やってんだ!お前!」
「ぐぐ。ぐるじ・・・」

 点滴つるしの紐が、なぜかシローの首に絡まっている。

「あああ!抑制だ抑制!」
ポーチの中から細いヒモ。これで何とか固定する。

「物凄い力だ!」
「でしょう!」シローは呼吸器の設定をし直した。
「次、2人目!することは?」
「れ、レントゲンでの確認・・・」

 ユウは縛り終わり、近くのレントゲンへ。シローはベッドを引っ張ってきて1台ずつ切り離し。

 藤堂隊長が走ってきた。
「あと5台来るぞー!5台!」

 ユウは撮影室のボタンを押した。マイクに向かう。
「CTは?」
「5人来るようです!」
「誰が?」
「救急が!」
「そんなに受けたのか?」
「僕ではないです!」

 ユウは撮影を終わり、患者の残りの処置にかかった。
「なんて奴らだ・・・!」

 シローは近くの部屋、院長室のドアを叩く。
「松田先生!先生!お願いします!」

 近く、外人2人が腕組みして威嚇している。この部屋の中で院長がいつも誰とアレをナニしているのかは公認のものだった。

「手伝ってください!先生!」
「手伝いに来いやあおい!」ユウは携帯に吠えた。

シナジーは携帯から耳を離した。
「先生。こっちも救急が来ます。先生のほうこそ手伝いに来てください」
「こっちは5人来るぞ!」
「こっちも5人!」
「俺ら2人!そっちは大勢いるだろ!」
「だってオーナーが!」
「逃げるな!あっ」

切られた。

 シローはドンドン!とドアが凹む勢いで叩いた。腕を横から取られた。
「えっ?」
「インチョウ、センセイハ、オヤスミチュウデス」
「話してくれよジョンソン!」
「ヨウジガスムマデ、ココニハイッテハイケマセン」

玄関方向から、ユウが両手を口にあてた。
「シロー!来るぞ!」
「あっ、はい!」

シローがドアに背を向けたとたん、ドアがその背中まで吹っ飛んだ。
「うわあっ!」

松田院長が不機嫌そうに私服で出てきた。
「なんじゃあ。ワレ・・・」

シローは倒れ、うぐぐと苦しそうなままだった。
ユウは両手を下ろした。

「シロー・・・あれは松田?きさま!」

しかし余裕がない。5台をバックオーライする隊長が目の前に。
「オーライオーライ!」
「隊長」
「オーライ!」

今度は、ユウがピキン!と背のチューブをつかんだ。左手はやはりポーチ。

「あとで、殴らせてもらう!」

ポーズが決まった。またまた後ろの柱の横、藤堂ナースが垣間見た。

「トイレ行きたくて、漏れそうなんだけど・・・!」 



48

2009年6月15日 連載

救急室に入り、呼吸器をセット。これも万一のため、こっそり設定はしていた。
「SIMVモード!おーい!レントゲン!レントゲンはー!」

 その頃、向かいの真田病院のベランダでは、トシ坊が携帯を取り出していた。
「?」
「どうした?」
 ユウは見るからにだるそうな顔をあげた。

「着信がありました。シローからの携帯です」
「あいつの・・・?俺は消してるから知らん。で?」
「・・・音だけが聞こえてますが」
「音だと?」

 ユウが耳を当てると、ガタン!バタン!という音のみ。

「これは何なんだ?救援信号か?」
「シローは今、向かいのクリニックでしょう?人はたくさんいますよ」
「そうだな・・・」

 シローは携帯をとっくに落とし、チューブを抜こうとする患者と格闘していた。

「抜くな!抜かないで!」
「があああああ!」物凄い力だ。

 シローの浮いた足が別のベッドに当たり、呼吸困難の患者も暴れ出した。
「ぐああああ!」
 チューブに手をやろうとする。シローの手がはじく。

 ベランダから病棟へ戻ろうとしたユウは、足を止めた。

「だが・・・もし、その仲間らが・・・」
「はい?」トシ坊は不思議がった。
「知らん振りだったとしたら?」
「何にです?」
「・・・知りたいか?」
「ええ」

 ユウは考え、駆け出した。

「あっ!先輩!」トシ坊は手を伸ばした。とっさに走れずケツが痛い。
「ならば知るまでよ!」
「いたた!走れない!」
「ヒャッホー!」

 階段横の手すりに肘をかけ、延々と降りていく。2階へ。滑り台前の椅子がある。近く、シナジーが小走りに。

「こら先生!廊下を走ったらいかんでしょうが!」
「だあ!」
「ひっ?」

 バッ、と椅子を飛び越え・・・滑り台に着地するもバランスが崩れた。
「わああああ!」

 シナジーは、その転がりざまを見下ろした。
「皆さん見なさい。自業自得とはあの事です」

 ユウは身を縮める姿勢で、そのまま砂地へ転がり込んだ。しかし煙が消えたとき・・・その姿はもうなかった。

 玄関の前、昼食の出前の自転車が置いてある。

「あとで返すから!」

 ビュー!と出たいところだが、チリンチリン、と気楽に走りだす。

 シローは動悸がし出した。
「うっ・・・なにがっ!」
 2人の患者を両手をはじき返すのが精いっぱいだ。チューブが抜けたら処置はやり直し。当然、病状にも影響する。

 1人の患者の爪が、シローの上腕をえぐった。

「ぎゃああああ!」

 その頃、クリニック正面の横断歩道から、妙な自転車がバウンドしてきた。
救急車を引き揚げ寸前の藤堂隊長が、道路近くまで出てきた。

「なんだ。ありゃあ・・・?医者?」
「どけ!どけ!どけ!」

 ユウは、そのブレーキの特性を思い出した。ラーメン屋のこの自転車は・・・


47

2009年6月15日 連載

 藤堂おやじが、サッとベッドを横流し。シローはいっしょに走りつつ受け取った。

「状態は?隊長さん!」
「<診ての通り>や」
「くそっ!」

 シローは声かけ、痛み刺激を確認。痛み刺激はあり。脈、酸素飽和度。

「口の中、服に吐血の跡!ナース!救急物品のカートを!」

 誰も、出てきてない。

「もう1人は!」
右ポケットからチューブ。鼻から入れ、もう1つ受け止めるベッド。

「この人も中年。うわっ?」
ベッドに大きな振動。けいれん発作。脈は触れる。今度は左のポケットに手をやる。

「隊長さん!教えてください!」
「・・・・・」隊長はそっぽを向いた。
「そうかい!」

 右手で入ったチューブから血液。やや黒いか・・赤いか。定かでない。
「このチューブじゃあ、その場のみだ!」
 左手に右手を加え、注射器に少量の液。

2人目の患者の静脈にダイレクト、注入。へパリン入り注射器と交換。

「待て!」
通り過ぎようとするベッドを右足で止める。
「ぐぅ!」

 高齢者、呼吸困難。一方、白衣についてるテープで胃チューブを固定、チューブはプラプラと回り、床やシローの白衣を染めていく。

「いくぞ!」

 持ってきていたアンビューで、片腕で収縮、拡張。片腕はポケットに突っこんだまま、食塩水入り注射器。チューブの中を通す。

「痙攣患者は・・・おさまったか!呼吸は!救急物品はどうした!くっ・・!」

 近くの藤堂はすぐに凝視した。シローが近くに置いてあるバッグを足で奪った。

「カートを取りにいけ!」
「俺の商売道具を盗むのか?」
「取りにいかなければ、つぶす!」
「わわ、わかったよ・・・」

 藤堂は両手を挙げ、人質のように歩いて行った。

 痙攣の患者は安定化、呼吸も落ち着いている。呼吸困難の人はこれでは効果なし。胃洗浄はほぼ片手で何とかできている。

「早くしろー!隊長!酸素もだぞ!」

 隊長はカートを足で蹴り、シローは足で受け止めた。酸素ボンベも転がった。隊長は私物を床から拾い上げた。

 シローは背中から挿管チューブを取り上げ、カートからの喉頭鏡でノドの奥を観察。視野の右手前から斜め前に押し入れるチューブ。
「入った!」
 くっつけたアンビューをシュパシュパし、酸素飽和度の上昇を待つ。胃洗浄1回。またシュパシュパ。洗浄。

「出血は続いてるな!」
 シローは何を思ったかチューブを抜去、カートから取り出すバルーン付きチューブ。

 チューブが同様に鼻から入り、腹部に聴診器当てる。
「よし空気!」
 50の注射器で空気が4回ほど、チューブ引っ張り感覚で止める。

 呼吸困難患者の酸素飽和度は96%まで上昇。簡易モニターをベッドの上に置く。パチンとメスを取り出し・・・自分の足元、いや靴の紐を切る。

「てい!」
 ベッドの横、点滴台を上に向ける。ヒモがチューブから伸び、点滴台を通して大きな点滴が1本つりさげられた。
「いいバランスだ!」

 シュパシュパ、今度はマノメーターの加圧。
「止血してくれよ!」
 人工呼吸器に辿り着くべく、シローは挿管患者のベッドを引っ張った。あとの2台は残りの紐で結ばれている。

「道を開けろおおお!」

 騒然とする待合室を、シローは血だらけの白衣でベッドを引っ張り続けた。








46

2009年6月14日 連載
 
松田クリニック、営業1週間目。例によって院長は9時過ぎても来ない。だが一方のシローの机上のカルテは乏しい。シローは院長の山積みカルテを恨めしそうに見た。

「しかし、これとこれ・・・は救急っぽい。早めに診てあげたほうが」
「・・・・・」藤堂ナースは腕組み。
「僕が、代わりに診ます!」
「規定外の行動です!」マスクの上、冷淡な微笑に見える。

「問診のこの表現は呼吸困難っぽい。字も震えてる」
「方針を決めるのは院長です!」シローの腕をがしっと掴む。
「あたた・・・!」
「組織のルールを守ってください」
「ぐああ!なんて力だ!」

 やっと放すと、白衣にめりこんだ痕。

 シローはうずくまった。ほどなく、院長が登場した。

「は?シロー。何座ってやってんだ?覗きはいけませんな。のぞきは。早く仕事をやれ仕事を!」
「たた・・・こ、このナースが」
「お前のタイプか?」
「・・・・・」

カーテンをあけ、問診票を覗き込む。

「ん?これは・・・呼吸困難とかおい、そういう患者が来たならシロー!さっさと診に行くんだよおい!」

ブウン、と聴診器を振りまわし、松田はカーテンをくぐった。

事務方が入ってきた。

「シロー先生!救急をお願いしますと!院長が!」
「結局か・・・は。はい。え?さらに搬送で来る?」

起きぬけ、藤堂ナースをにらんだ。表情は動じてない。

藤堂は何か察した。
「さて。<シロー>のお手並み拝見といくか・・・!」

 シローは話しかけてくる患者らの波にもまれた。
「と、通ります!すみません!」

やっと出た玄関。正面、ライバルの真田病院がそびえる。

「うっ・・・」

 内部はのほほんとした雰囲気に思えた。自分がいた病院を遠目に眺めるのは初めてのような気がする。はっと彼は自分の立場に戻った。

「どうして僕は、こんな夜逃げみたいなことを・・・」

 さきほどの来院患者は軽症で、すぐに片がついた。

 感傷の間はなかった。すかさず救急車が3台、飛び込んでくる。
「うあっ?」
 間一髪、バンパー体当たりをかわし、シローは構えた。

「なんだ。事前の情報はないのか?でもいつものことさと思えばいい!」
後部ハッチが3台、同時に開いた。
「5秒を1秒のつもりで乗り切れば、救えるはずだ!」

 片膝を曲げ、スチャ、と背中のチューブに右手をやった。左手は腰のポーチ。

 ピキイイン!とポーズが決まった。

 藤堂は後ろで口笛吹いた。

「ヒュー。暑くて惚れんじゃないのよ・・・」


45

2009年6月14日 連載

向かいの真田病院。

ユウが呼ばれてかけつけると、ノナキーが2階事務室で待っている。白衣がなくスーツだ。

「あれ?ノナキー?大学の医局長が、またなんでここに?」
「はは。またとは何だ。またとは」

<よそ者>がはるばるやってきた。深い事情があるとみた。多忙な人間が勤務時間を割いてやってくるには、必ず何かの打算がある。

 ただ、ノナキーの表情はどこか安堵している。まるでユウが何か知らないのを見て安心しきったように。

 誰にも聞かれないカンファレンスルームへ向かう。ガラスごし、1階の大広間を見下ろす。

「3人分滑り台に、下は大広間か・・・もうかってんだな。真田は!」ノナキーは何度もうなずく。
「大広間といっても、緊急時は救急室に早変わりなんだよ」
「うちも、この構造で正面を固める考案がある」
「・・・で?」

廊下を歩く。

「大学が忙しいのはわかってる。こっちはこっちで、精一杯なんだ」
「大学のスタッフ以外にも、こうして協力を要請してるんだ。非常救急体制に備えて」
「震災の備えか?」

ピタッ、とノナキーは止まった。

「そうではない。救急車ラッシュの1件は知ってるよな」
「ニュースで見た。当直医が重症だって?ICUだとか・・・?まさかお前の、いや俺たちの医局の人間なのか?」
「ま、まあな・・・・」
「死人でも出たら、一大事だよな・・・」

軽率な一言だった。

 ユウはまさかその医師がかつてのコベンとはまだ知らなかった。ニュースでも名前は出ていない。ネットにもその情報はない。

 ノナキーは、非常に心苦しかった。辿ると、もとはといえば・・・だが今回は交渉の第一歩だ。

 ノナキーは咳払いし、話題を避けた。ちょうどよい具合にカンファレンスルームが開いた。真っ白で、4机・1テーブルのみの部屋。

「ユウに相談したいのはな・・・」
「誰も犬もいないから。さ。さっさと!」
「じゃ、単刀直入に」
「ほいほい」

ノナキーは鞄から冊子を出した。数十ページある。

「万一の危機に備えて、このマニュアルを」
「こんな分厚いの読めるか!要点だけ言え!」
「わかったわかった。医者を借りたい!」
「なに?」
「人手がないんだ!人が・・・」

ノナキーにしては弱気な発言だった。

「あの事件から、同様のケースが数件。それも営業破たん寸前の病院に、俺たちの同志が非常勤として当直してる、そのときにだ」

「救急を受け過ぎたのが、そもそもの間違いだろ?」
「同じケースが起きたんだ。あれからも。何の連絡もなく、何台も救急車が来るって事態。考えられるか?」
「だから言っただろ。俺たちはしょっちゅうだって」
「そうだったか?」
「空耳だったのかよ・・・」

ユウは動じない。

「お前らも教訓にすべきだったんだよ」
「それは分かってる。ただし今後このケースが増えれば、厄介だ」

「でもおい。大学は人が多いんだから、困った病院があればそこへ一手に送ればいいじゃないか?」
「その医局員が減ったんだよ!みな恐れをなして・・・」
「お前のカリスマで、何とかしろよ」
「新入医局員だって、入る見込みがない!」
「うちも人手は心配の種だ」
「そっちにだって、今後人材を提供はできなくなる!」
「脅しか?」

ノナキーは溜息をつき、マニュアルの中間部を開いた。

「真田病院の常勤をいきなりこちらへよこせ、とは言わない。ただ、1ヵ月以内に派遣医師を3名要請する」
「3名もいっぺんにか?無理無理」
「交代でだよ。お前とトシ坊、シローの3人をローテーションで」
「それは断る。メールで伝えたように、シローは寝返ったし、これでうちが一時的にも1人失えば、うちが病院として機能しない」

ノナキーはメモを見た。

「1人、さらに新規採用と聞いてるが」
「医師会が探す分か。どんな奴かも俺は知らん!」

ノナキーは時計を見て立ち上がった。

「言っとくが・・・・・・医師の派遣の権利が、こちらにあることを忘れるな」
「なにをっ・・・・!くそ」

ユウは小窓の外、松田クリニックを指さした。

「・・・シローはあそこだよ。あいつ、まさか。信じられんよ・・・」
「すこやかクリニック。OBの松田先生がわざわざ移転とはな。なんでまた、お前らの病院のドマン前に?」
「潰したいんだろ。俺たちを。で、ここを乗っ取る気だ」
「一連の勢力とは、関係ないのかな?」

 以前、夢描いた国道の上の橋渡し。それが別の意味で現実になるかもしれない。


44

2009年6月14日 連載

松田は50インチテレビ電話に向かった。

「出足は上々ですわ。足津はん!」
「そのようですね」クールな声。
「真田はもう真珠会にわたさず、うちで乗っ取ろうかなという話ですわ!わしの独断で!」
「意味がよく理解できないのですが?」

松田はぎょっとした。

「い。いえ・・・」
「渡し先は、我がファンドです。お間違えなきよう」
「え、ええ。すみませんでした。真珠会には内緒ですよな。でも足津さん。うちで救急診れる自信がないねん。雇った外人も話が違う。日本語全然パァでんねん。ヘルプがまともにできんと、こっちも足元すくわれまっせ」

「当初の約束通り、お試し期間内に結果を出してください」
「ひっ?」
「3か月以内」
「ちょ、ちょっとそれ遅めに」
「でなければ、これまでお貸しした借金の穴埋め、移転時の建設費用。新聞への広告費用、ウエブ用広告、ホームページ製作・・」
「わかったわかった!冗談ですよ!」

松田は現実に戻ったような表情。

「3か月以内の実績が、ノルマに満たんかったら・・・?」
「今後の運営資金は凍結。即時、利子を含めての全額返却を要請します」
「そっちに投資した株はどうなります・・・?」
「続けたければどうぞ。ただし場合によっては莫大な追証金が発生しますので、存続が可能ならの話ですが」

ビデオ電話が切れた。


43

2009年6月14日 連載

「奥さんが宗教本部へ逃げて!多忙な隙に子供まで連れ出されてやで?慰謝料やら養育費やら家のローンやら宗教へのお見舞金やら!・・・全部、お前にかかってんのやろ?信心が足りないからと違うんか!」
「・・・・・入信はしてませんので」
「仏を信ずる心が足りんから、悪いことばっかり起きるんや!なぁみんな!」

また、みなが適当にウンウンと頷く。

「だからなシロー。ここのスタッフらと同じ釜のメシ食うならな。お前も正式に入信せえよ。宗教に入るだけや。俺と同じく男子幹部になろう。意地はるな。それですべてが戻ってくるんやと思ったら安い買い物や!おれな、その宗教やって正解やったで?嫌なヨメとも別れた!女子幹部にも大モテ。お前ならもっとモテるって。俺は若いエキスを吸いまくり、20は若返ったで?」

 シローは抵抗があったが、どうやら入信するのは時間の問題のようだ。さすれば患者の支持も得られるだろう。権力を得て、脱退するという手は甘いか・・・。

 かといって、ユウらに今さら助けを求めるわけにもいかず・・・。怒ってぶって、許すようなヒーローなどいるわけがない。

「(変わったな。松田先生・・・まったくの別人だ。同じ医局の出とは思えない)」

 人間は、ここまで変われるのか・・・。

「ま。アカンやつには何度言うてもアカンわな」

 プッ!とオナラが出たが、誰も笑う雰囲気ではない。以前、笑った外国人がクビになった。

「真田、ちょこっとだけのぞいたけどマバラなもんや。。これで救急患者まで減ればこっちのもんや。うちが全部の救急診たる。入院ベッドも用意したしな」
「入院も・・」
「ああそうや。病棟も診ないかんのやで?シローさん。帰る暇ないで?それくらいの覇気がないといかん。覇気が!そう俺と!お前で!」
「松田先生。2人では・・・」

「診れるって。売上げ上げたら、そのうち死ぬほど医者、増やしてくれるって。新オーナーがな。オーナー名はお前には言わんけど。そういう約束や。なー藤堂ちゃん!あの名前、ぼくら2人のナイショな!」

 ドアの向こう、ゴソゴソ音がする。中国人男性がドアを開け・・・チワワを連れてきた。
 藤堂ナースの足元で甘える。彼女はかがんで、お手を命じた。

松田は彼女のこぼれそうな胸元を、何度も横から覗き込んだ。

「ほんま、ええナースが来よったもんやな・・・へへへ!」





42

2009年6月14日 連載

時間が過ぎ・・・12時。音楽がなり、受付が強制終了。待合室の近くの食堂、大広間がオープンした。いくつものリクライニング。広大なリハビリ室。みな歓声をあげ、散らばっていく。数十人の患者たちが午後診療に回され、さらに待機となる。

 スタッフも1人ずつ、休憩室へ。しかしそこに直立不動。みな院長を待っている。院長の診療が終わらなければ、席につくことも許されない。

 やがて院長はシローの診察室をのぞいた。
「ハロー!閑古鳥くん。これからそう呼ぼうっと!」
「あ。すみません。うつろうつろと」
「患者数少ない場合は、冷暖房禁止やで」
「あっ・・はい」
「げんじつげんじつ!」
「・・・・」

シローは馬鹿にされても、耐え続けていた。

さて、休憩室ではすでに20人ほどのスタッフが立っている。

<(一同)松田院長!お疲れ様でした!>

「すわれ」

ドドド、とみな上目遣いで座る。

「あー。ピザは?」
「スミマセン・・・」中国人らしき男性が謝る。
「ロンさん。また忘れたのか?注文」
「スミマセン、スミマセン・・・」
「ったく。スミマセン言えば許してくれるとでも思ってんのかボケ?」
「スミマセン、ソノスミマセン・・・」
「最近のジャップはな。ファーストファッキンフーズづくめで短気なんだぜ。新聞見てみい。殺人事件ばっかりや」

シローは気まずそうに腰掛けた。院長は食べ始め、みなそれに続いた。

「あ~あのな。この先生はみなご存知の。非常勤でうちに来ていたシロー先生。あの悪名高き真田病院の、もと常勤医!今回、俺の推薦でここの常勤に昇格した!ここで永久に重労働に励んでもらう!」
「え、ええ・・・?」

バン!とシローは肩を叩かれた。

「嘘やがな。ま、ここのほうが高給だしな。辞める理由もないだろ?シロー。でも俺にずっとおんぶにダッコじゃいかんよな。さっきの外来みたいに。へっぴり腰な医者がおってみ。患者さんは逃げる!そうだよなみんな!」
「(一同)・・・・・」
「モジモジした男に、女の子は近寄ってこんだろう?はは」

みな、無条件でうなずく。

「へっぴり・・・」
「そうだよ。お前のこと」老人の忘れた杖で、松田が頭頂部を叩く。
「いた」
「お前のこと!」
「たたっ!」
「はは!お前のこと!」
「いたた・・・・」
「結果を出さな!結果を!」

 何回も叩く。

 みな、ウンウンと過剰にうなずく。大半が外国人。みな顔色のみをうかがっている。

「診察室でこんな頭下げて、寝るようじゃあ・・・未来はないわな。で!ローンはあとどれくらい!」
「松田先生。そんな話はここでは・・・」
「だからどれくらい残ってるって!言うてんねや!」

沈黙が流れた。


41

2009年6月14日 連載

院長横の診療室。シローはうつむいていた。ナースらの嫌がらせで患者数が激減。奥で立ってる師長;老ナースは大あくび。

「ふあ~。も、この診察室。閉めようかな」
「あなたが、あれこれ騒ぎ立てるからですよ・・・!」
「はぁ?何のことですか?先生の努力が足りないからじゃないんですか?」
「よくそんな言い方・・」
「それをあたしたちにぶつけられても困るんですけど!ちょっとお!」
「いいですか?病院全体の利益を考えるなら・・」
「アーアー!」

 また両耳栓。

 それにしても・・・この老師長のいちいちハキハキした言葉使いが、余計彼を参らせる。

「もう、黙っときますよ・・・・・」
「あなたが。家族のために自分の売り上げ伸ばしたい気持ちはわかりますけど。そのために私が犠牲になるのはゴメンだし。なんで私までが!」

 シローは歯をくいしばった。きつい一言だった。

「家族を宗教法人から取り戻したければ、自分で乗り込めばいいんじゃないですか?」
「誰からそれを?」院長からなのは明らかだ。核心を突かれすぎた。

「あれは素晴らしい宗教なんですよ?やめさせたら、もっと不幸になるんですよ?」
「信者か・・・」
「はい。そうですよ。あなたが入ったら、家族ともども平和に暮らせるのに」
「(キチガイか・・)」
「なんで、わからんのかねぇ~・・・」

シローは立ち上がった。

「か、勘違いするな。し、しないでください。僕はこのクリニックの一員でも医師であって、信者として診療するのではありません!」

 院長との密約上、ここである程度の売り上げを達成できれば、家族を宗教法人から除名するとされている。そうすれば最初から家族と人生をやり直せると、彼は思いこんでいた。そんなことは現実には、こういう世界ではまず不可能といっていい。

 シローは自分はここで、ここで働くしかない。そう決めた。仲間を裏切ってでも、しかしわけはあとで説明できる。いや、今だって何も裏切ったわけじゃない。

 相談はしようとしたんだ。でもユウやトシキはひたすらバイトするな、するなそれだけしか言わない。とても心を開けるような相手はいない。

 真田のコストダウンも、ユウらが反対しなかった。病院存続を優先するのは当然だろうが、細かい配慮がないように思えた。未だ家族も持たず一匹狼的な人間たちにも嫌気がさしていた。

 シローの生活自体、困窮を極めていた。宗教で暴走した妻の借金を返していかなければ、将来まともな生活を子供に提供できない。

 だからまずここでキャリアをコストを重ねて実権を持つことしかないと、彼は考えた。

 だが、あまりにも障害が多すぎる・・・。


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