田舎地方の実態(偏見あり)
2009年8月12日 連載 自分は田舎の出(ある県)だが、ここ10数年でかなり変わった。ただ、どこでも似たような変化のようだ。
特に県自体が田舎(失礼!)のところでは医局支配が強い・・ものの、新手の病院が進出してこない分、やっぱりその県内の医局員でジッツを共食いすることになる。このジッツも減少傾向。
ところが、医者がみな長生きしている(これも失礼!)。爺ちゃん医者だった医者は未だ引退せず、<非常勤>ながら元の肩書きで生かされ、ひい爺ちゃんレベルまで頑張っている!皆、かなり元気。内容は楽で人間ドックなどやる。
当然、若い医者の行く先がかなり制限されていた。行き先がかなり制限され、空くにしても1つずつで「順番は分かっとるやろな」状態だという。
僻地は当然のように科が縮小され、救急を簡単に降ろすなどかなり無責任な状態だ(県の端から中央まで救急車が走ったり)。
しかも、変に仁義ある(医師会支配が強い)世界だけに給与体系は都会より数百万安い。
これではまるで、腐敗した地球連邦軍のようだ。
「まだ終わらん・・か」
特に県自体が田舎(失礼!)のところでは医局支配が強い・・ものの、新手の病院が進出してこない分、やっぱりその県内の医局員でジッツを共食いすることになる。このジッツも減少傾向。
ところが、医者がみな長生きしている(これも失礼!)。爺ちゃん医者だった医者は未だ引退せず、<非常勤>ながら元の肩書きで生かされ、ひい爺ちゃんレベルまで頑張っている!皆、かなり元気。内容は楽で人間ドックなどやる。
当然、若い医者の行く先がかなり制限されていた。行き先がかなり制限され、空くにしても1つずつで「順番は分かっとるやろな」状態だという。
僻地は当然のように科が縮小され、救急を簡単に降ろすなどかなり無責任な状態だ(県の端から中央まで救急車が走ったり)。
しかも、変に仁義ある(医師会支配が強い)世界だけに給与体系は都会より数百万安い。
これではまるで、腐敗した地球連邦軍のようだ。
「まだ終わらん・・か」
知り合いの中にも選挙に出るのは毎年のようにいるが、かねての想像通り、その活動にかける情熱は当たり前だがすさまじい。政治の世界的なことは分からないが、とにかく取り巻きの連中らが凄い。
とにかくもう、夢見ている利権の恩恵に預かるための人間ばかり(当然、かなり下の距離にある)。それが宗教団体ともなると、もはや救いようがないくらいの狂気、狂気、これまた狂気(迷惑な行動をする分、責められると宗教弾圧と称し反撃する)。←ちょっと淀川さんでした!
僻地の病院を経験したことのある者なら、嫌ほど見てきた光景でもある。農家の自民党崇拝(今はどうか知らんが)、トヨタ崇拝も凄かった。
農家の村落には農協という大きな利権がある。これから農業をしようとしている人たちは、その実態をよく把握して臨む必要がある。
なぜ、農家が自ら土地を譲るのか。善意なのか。それとも・・・。
わかりやすい、世の中。
2009年8月12日 連載この社会を、単純に解剖すると・・・
一部の絶対的な利権者。地主、資金潤う大企業、官僚など。社会全体の利益を、まず優先して使う利権がある。
残った少ない利益を、その他大勢が共有、悪く言えば奪い合うことになる。奪い合いは法に触れるので、それを順番に取っていく階層ができていく。上層の階級になるためには、借金・リスク・危機感などそれ相応の代償がいる。
上層以外の大多数が、限られた利益を分けるべくお互いしのぎを削ることになる。争わなくても、他人よりよりよく生きようとする姿勢は明らかだ。自分もこの世界にいる。
上層以外でもその中に階級があり、その境界に発生するものがある。それがやはり<利権>だ。だがその利権は、油断すると奪われかねない。不景気な現代は、その危険が最も大きい。譲ったり任せたりしたら裏切られやすい。
※ ここでいう<利権>は、委ねられた責任ある決定権の意味。
言いたいのは・・・間違っても本来自分が持つべきでない上の<利権>に群がらないこと。これは自分の価値を落とす。自分に与えられた利権が何か見極め、責任もって遂行せよ。
群がる奴らとは・・・選挙で<バンザイ、バンザイ>してる奴らとかが、そうだよ。
真珠会スタッフがはびこる、一室。事務員が数人いる中、そこへ車椅子の男性が押されて入ってくる。
「もう状態もヒー!良くなったのでヒー!退院したいでヒー!」
「いや、まだです」
足津が後ろに立っていた。みな、同じ方向を向いている。カキン、というバットの音が響いた。
「費用を全額カバーしていただくまで、まだ何年もあります。医療制度にも左右されます」
「えーっ?」
「あなたの帰る家も、抵当に入ってて処分済です。家族も同意してます」
「ヒー・・・」
近くで、会長とおぼしき老人。
「いやあ。さすが足津理事。前もって予測を察知し、売りに転じるとは!」
「そんな気がしたのです。このカンがないと、株はやっていけません」
「第六感という奴ですか!」
足津は、リモコンを押した。すると、幅数メートルのシェードがゆっくり天井にまで上がっていき・・・日差しがモロ部屋に入ってきた。
彼らの前の前に拡がった光景は、広大な野球場だった。ホームベースを見下ろす特等席。おそらくこの階の下あたりで実況中継でもしているのだろう。
会長は、グラスをちょっと傾けた。
「まさか、ここが病院だとは誰も思わんでしょうなあ・・・しかし理事」
「はい?」
カキン!とまたヒットが飛ぶ。
「こちらも医者を、自己退職含めて2人失いました。1人は何とかなりましたがあと1人・・・」
足津はいったん座っていたが、立ち上がった。
「心配ありません!」
バサアアッ、とマントのような白衣が彼を包んだ。
野球場では、あらゆる利権のもとで行われている見世物に、みな酔いしれていた。日本の経済的な大打撃まで、あとわずか。間もなく、2002年も終わろうとしていた。
(完)
1ヶ月後・・・真田病院が通常業務に戻った頃。
地下鉄の出口を出て、まだうだる暑さの9月。母親は幼い子供の手を引っ張って、やや急な坂道を登っていった。キョロキョロ見回すが、誰の姿もない。
新築張りの建造部物の一室では、スーツを着たシローが2人の夫婦?とおぼしき姿と激しく会話していた。
「あなた方に相談しても、同じことだ!」
「ほらまた。熱くなる」夫とおぼしき爺さんが、見下げたようになだめる。
「・・・・」
「あなたの性格として、すぐカッとなることが挙げられる。現場でもそれを指摘する声があった」
横の婦人とおぼしき婆さんは情け深い表情で見ている。
「僕は説教をお願いしてるんじゃない。どうにか話をまとめて欲しかった!」
「だが、父親がそういった犯罪に関わった時点で、養育の許可を出すのは不可能なんです」
「犯罪に加担などしていない!」
「証拠はなくとも、奥さまの証言で・・」
「あいつが何を言おうとな!」
シローは怒り狂って、調停の部屋をあとにした。中断した格好だ。
爺さんが出てきた。
「あとで、間もなく奥さまの証言をとります。たとえ彼女の背後に宗教団体があろうと、離婚に伴う子供の養育は安心できる環境が第一です」
「安心だと・・・?」
シローは、下のロビーへと降りた。
「職も失い、仲間も失った。家族への気持ちは変わらない。でも再出発の自信はある・・・なら子供とまた生活できるという、かすかな光の権利をくれ・・・」
眼前に、4つの足が見えた。2本は細く、まだ小学校の子供だ。
「海斗!」
「パパ!パパ!」
ドラマのような感動ではなく、ごくあたりまえの懐かしい再会だった。母親も容認した。一瞬だが、彼らの良かったころの雰囲気だった。
「海斗!このあと、どっか行こう!な!」
「パパが、悪い人をやっつけたって」
「ママが言ったか?いやいや、噂だ。噂。お前は決して、人を傷つけたらいかん。ダメ!」
彼は警察に呼ばれはしたが、これといった容疑までいかなかった。
シローはワイフを見上げた。
「真珠会は、宗教団体と合併したんだってな。正式に」
「ええ・・・」
「松田先生が亡くなって、医療界にも影響がなくなるかと思ったが・・・悪は次から次へと来るね」
彼女は返事しなかった。シローは子供を抱き締めた。
「い・・いやだ!いやだ!もう孤独なんて。孤独っておい分かるかある日・・・思うんだふと電気を消してこのまま僕が自分が知らない間に死んだとして。その死んだことすらほっとかれる。その間、誰が悲しむんだ?そう、こうやって悲しんでほしいと思ってるのが孤独なんだ」
ワイフは困惑した。
「人が見てる・・行かなきゃ」
「恐ろしいことがあったんだ。聞いてくれ。これだけ聞いてくれ。大学病院の医者らが苦しめられたあの1連の事件・・・藤堂という娘のそう、母親のための復讐だ。彼女は父親からウソ教えられてた。大学が殺したと。でも実際は、夫婦仲の悪かった父親が蘇生を拒否した。かわいそうに、そのときの主治医がその誤解で・・・」
「知ってるからそれは・・」
「でな!でな!これが・・・」ポケットから取り出した薄いカルテ。
「外来カルテだよ。この母親が入院する前の主治医・・・」
パラパラ、とめくる。
「ほら見ろ!この主治医は見落としてる。数日前の初診の段階で。風邪だと診断。本人は入院を希望。なのに詳しい検査もせず入院を拒否!この主治医がだよ?ユウ先生なんだよユウ!信じられるか?よりによって犠牲になった女医の、オーベンだ!」
「・・・・・」
「僕はいたく後悔している!なんでこんな人間を助けたんだと!彼は、彼らはまるで今ヒーローじゃないか!その陰でいったい何人が死んだんだ!」
シローは起き上った。
「もう。もうやめよう。僕らが争うなんて。なんなら僕が、今までの自分を否定してもいい。今までは、耐えれば周りが変わると思ってた。でもそうじゃない。まず同じ道を目指さなければ、お互いは変わらないんだ!」
「シロー・・・」ワイフの目が輝いた。
「僕も、一緒に連れてってくれ・・・」
「シロー!」ママと子供は一緒に抱きついた。
シローは力がみなぎった。
「君らを手放してしまって、何のための人生がある・・・!教団だろうとなんだろうと、一緒に行くよ・・・!」
彼らがそのエレベーターに乗ることは、もうなかった。
ドクターカーが1台、外で待機している。田中が、外で中腰。みなの姿を見て立ち上がった。
「あ!みなさん!」
綺麗に片付いた新玄関を出て、ユウとシナジーは先頭を歩いた。ユウの両側にはチューブが巻きついたまま。後ろでザッキーが車いすを漕ぐ。彼には元気が戻りつつある。
「3人・・・」
田中は不思議がったが、そういえば内訳は聞いていた。
「品川さん」田中は思い出した。
「なんだ」
「さっき、シロー先生が歩いてましたよ?」
「シロー先生が?」
「あとで知ったんですが。警察が捜してるようですね・・・」
ユウは、ドクターカーに乗り込んだ。
「あいつのことは、もう知らん」
ザッキーは車いすごと後部ハッチから。
「結局、奴らの目的も分からずじまいだねー!」
シナジーはハッチを閉めた。
「いや。大阪の警察が明らかにするでしょう」
「重要参考人が、何人か死んだんだぜ?」
「・・・・」
田中は運転席でシートベルトし、姿勢を直した。
「出ますよ・・・あれは・・・?」
「(一同)・・・?」
気がつくと、ドクターカーの周囲。数百人が黙祷を捧げている。みなこっちに捧げているのか、でもよそを向いている者も。誰かの指示なのか。
車は誰も起さないような気遣いで、ゆっくりとタイヤを滑らせた。
みな1人1人、眠りに落ちて行った。
大平らしき人間を乗せたパトカーが、あとを追うように赤いランプをともす。
(♪)
もう少し傍にいて・・・
幾つもの夜を・・・
ひとりきり過ごしてきた・・・
ぬくもり・・・
ほほえみ・・・
頬にかかる甘い吐息・・・
愛はいつも 悲しみだけを・・・
君のもとに残してきたけど・・・・
もう泣かないで
僕は君だけのもの・・・
別れたあの時と
同じように今夜
窓の外 静かな雨
いつでもポケットに
君の写真 抱いて寝たよ
人はいつも失くしたものの
重さだけを背負ってゆくけど
もう離さない
君は僕だけのもの
戦い疲れた兵士が今
帰って来たよ 帰って来たよ
愛はいつも 悲しみだけを
君のもとに残してきたけど・・・
人はいつも失くしたものの
重さだけを背負ってゆくけど・・・
遅れて到着した警察隊の2人は、駐車場で玄関から湧き出す煙を見上げていた。
「なんだ、ありゃあ・・・」
2人の間、水浸しで抱えられている大平には、かつての生き生きとした活気はなかった。
「俺。俺・・これからどうなるんですか」
「いったん、病院で確認してもらってからな」警官の1人がしゃべった。
「確認・・・」
うつむいたまま、玄関へと歩く。もう1人の控えめな警官がさっきからみている。
「なんで・・・こんなことしたの?あんたら。な」
「・・・・なんでって・・・」
「はーん?」
「あんたら、教えてくれよ・・・」
新玄関に近付くと、粉砕された噴水と2両ほど転倒したコンテナがある。近く、白衣を着ているゴリラ医者が、事情聴取を受けている。頭の怪我も、誰も気にしてない。このマーブルもまた・・・焦燥っしきった表情だ。
大平は、どこか心のとっかかりが外れたような気がしていた。むしろこうして捕まって、いわゆる歯止めをかけられたことが。やっと自分の感情にブレーキがかかったような。一区切りついたような。
周囲に医療を裏切られ、金しか信用できなくなりそれに振り回されていた、しかもそれを知ってるのに自らを解放できなかった。そういう人間は、他人の力で制裁を加えられるしかない。
無残に焼け焦がれた車両の残骸を横目で見ながら、彼らは階段を1段1段ずつ登って行った。彼の両手の上はタオルのようなもので見えないが・・・両側の警官から、逮捕者であることは周囲にはバレバレだ。
みな、親族への怒りのように彼を見る。だが白衣を着てもいるので複雑な反応でもある。
奇異な視線にさらされつつ、彼は歩き続けた。
ICUは超満床の状態で、医局員らが大勢詰め寄っていた。ほとんどが、今回の実戦に<参加できなかった>助手クラスらだ。奥のカンファレンス部屋では、今更ながら入院となった患者らの検討会。
ひっそりと個室のベッドには、病衣の若い女性がうっすらと天井を見ている。その両側、6人ほどが取り囲んでいた。
汚れたカッターシャツの品川は何か呟いた。彼女は数秒遅れで首を縦に振ったり、横に振ったり。桜田の表情には色がなかった。
車椅子でぐったり眠っているのは、先ほど退院となったザッキーだった。頭に包帯、あちこちに火傷用のガーゼ。
ユウはひたすら、目を強く閉じていた。何を話していいのか、わからず。一番言いたいのは、<こんなとこに助けに来るんじゃなかった>。でもそれを口にすれば、彼女の命がけの行動が無になる・・・。
個室のドアが開き、ざわめく声とともに警官が2人入ってきた。ズボンがそれなので分かった。清潔服などとっくに足りてなかった。
「真田病院のスタッフの方々は・・・?」
「え、はい」シナジーが、とっさに飛び起きるように反応した。
「確認して、いただけますかー?」
すると、大平がいつもと同じような表情で・・見え隠れする手錠を除いては。みな、溜息をついた。もちろん事情はユウから聞いている。ただ、桜田だけは。彼女にだけは・・・。
みな彼女を見た。彼女は横にわずかに一瞥し、相変わらず無表情のまま。石でも見たような表情だった。
「みんな、すみません・・・」大平は精一杯の言葉を出した。
「(一同)・・・・・・」
「ユウ」
「・・・?」ユウは戦闘のこともそっちのけし、いつも通りの表情で見た。
「どうかしてた、と言ったら変か?」
「さあな。どうなんだ?」
「・・・・」
「彼女に言えよ。何か」
シナジーは、みなを従えて外に出た。自然な成り行きだった。警官はしかし外すわけにはいかない。
個室の外、ユウはシナジーに向かった。
「もう何がどうなったって。事実は分かっても、ピンとこない。また明日から、普通の生活に戻るような気がして」
「・・・・・」
「大平だって、殺したいくらいの気持ちなのにな。それが、なんだ。いざ会ったらこっちはほんの無力で。一体何なんだ。大衆みたいに戦争存在のみを否定して、それで終わりか」
警官2人が大平を伴って、個室を出てきた。桜田は片腕で表情を隠し・・・
どんな会話だったのか、以後も誰も知らない。
それと、ユウも分からなかった。一体だれが自分を助けて、そうつまり自分は誰のおかげで、この世に存続しえたのか・・・。
「なんだ、ありゃあ・・・」
2人の間、水浸しで抱えられている大平には、かつての生き生きとした活気はなかった。
「俺。俺・・これからどうなるんですか」
「いったん、病院で確認してもらってからな」警官の1人がしゃべった。
「確認・・・」
うつむいたまま、玄関へと歩く。もう1人の控えめな警官がさっきからみている。
「なんで・・・こんなことしたの?あんたら。な」
「・・・・なんでって・・・」
「はーん?」
「あんたら、教えてくれよ・・・」
新玄関に近付くと、粉砕された噴水と2両ほど転倒したコンテナがある。近く、白衣を着ているゴリラ医者が、事情聴取を受けている。頭の怪我も、誰も気にしてない。このマーブルもまた・・・焦燥っしきった表情だ。
大平は、どこか心のとっかかりが外れたような気がしていた。むしろこうして捕まって、いわゆる歯止めをかけられたことが。やっと自分の感情にブレーキがかかったような。一区切りついたような。
周囲に医療を裏切られ、金しか信用できなくなりそれに振り回されていた、しかもそれを知ってるのに自らを解放できなかった。そういう人間は、他人の力で制裁を加えられるしかない。
無残に焼け焦がれた車両の残骸を横目で見ながら、彼らは階段を1段1段ずつ登って行った。彼の両手の上はタオルのようなもので見えないが・・・両側の警官から、逮捕者であることは周囲にはバレバレだ。
みな、親族への怒りのように彼を見る。だが白衣を着てもいるので複雑な反応でもある。
奇異な視線にさらされつつ、彼は歩き続けた。
ICUは超満床の状態で、医局員らが大勢詰め寄っていた。ほとんどが、今回の実戦に<参加できなかった>助手クラスらだ。奥のカンファレンス部屋では、今更ながら入院となった患者らの検討会。
ひっそりと個室のベッドには、病衣の若い女性がうっすらと天井を見ている。その両側、6人ほどが取り囲んでいた。
汚れたカッターシャツの品川は何か呟いた。彼女は数秒遅れで首を縦に振ったり、横に振ったり。桜田の表情には色がなかった。
車椅子でぐったり眠っているのは、先ほど退院となったザッキーだった。頭に包帯、あちこちに火傷用のガーゼ。
ユウはひたすら、目を強く閉じていた。何を話していいのか、わからず。一番言いたいのは、<こんなとこに助けに来るんじゃなかった>。でもそれを口にすれば、彼女の命がけの行動が無になる・・・。
個室のドアが開き、ざわめく声とともに警官が2人入ってきた。ズボンがそれなので分かった。清潔服などとっくに足りてなかった。
「真田病院のスタッフの方々は・・・?」
「え、はい」シナジーが、とっさに飛び起きるように反応した。
「確認して、いただけますかー?」
すると、大平がいつもと同じような表情で・・見え隠れする手錠を除いては。みな、溜息をついた。もちろん事情はユウから聞いている。ただ、桜田だけは。彼女にだけは・・・。
みな彼女を見た。彼女は横にわずかに一瞥し、相変わらず無表情のまま。石でも見たような表情だった。
「みんな、すみません・・・」大平は精一杯の言葉を出した。
「(一同)・・・・・・」
「ユウ」
「・・・?」ユウは戦闘のこともそっちのけし、いつも通りの表情で見た。
「どうかしてた、と言ったら変か?」
「さあな。どうなんだ?」
「・・・・」
「彼女に言えよ。何か」
シナジーは、みなを従えて外に出た。自然な成り行きだった。警官はしかし外すわけにはいかない。
個室の外、ユウはシナジーに向かった。
「もう何がどうなったって。事実は分かっても、ピンとこない。また明日から、普通の生活に戻るような気がして」
「・・・・・」
「大平だって、殺したいくらいの気持ちなのにな。それが、なんだ。いざ会ったらこっちはほんの無力で。一体何なんだ。大衆みたいに戦争存在のみを否定して、それで終わりか」
警官2人が大平を伴って、個室を出てきた。桜田は片腕で表情を隠し・・・
どんな会話だったのか、以後も誰も知らない。
それと、ユウも分からなかった。一体だれが自分を助けて、そうつまり自分は誰のおかげで、この世に存続しえたのか・・・。
新玄関の前、小さな噴水。その直前にトレーラーはさしかかっていた。
隊長は、その1行を見て観念した。
<夫の希望により、蘇生処置を行わず>
時間が止まった。
「わしは。後悔しなかった日などない・・あの女医が死んだことも」
「うわあああああ!」
娘は興奮したのか、ハンドル操作を誤ったのか・・・正気になったとき、すでに噴水を乗り上げていた。車体は竜のように、あちこち折れ曲がった。
ユウは動く歩道を渡り終え、滑走台の手前に来た。
「俺もどうしていいか分からん!けどこのままじゃ、気が済まない!」
「先生!やめろおおおお!」シナジーが後ろから。
ダン!と滑走台の1歩前でジャンプしたと同時に・・・
バアアアン!と新玄関のガラス張りが激しい高音ととともに粉砕された。全てのガラスがいろんな形を伴って・・・重力を無視したように降り注いできた。
「な?」
ユウはすでに、滑走台に着地したちょうどその時。数コンマ秒遅れで、何かクジラのようなものが台の下半分、数メートル分にタックルしてきた。
「ち・・!」
体が浮き、滑走台の下半分にのめりこんだのがトラックの先頭車両ということに気付いたのは・・・さらにその数コンマ秒後。
「わああ!」
慌てて尻もちをつき、両手をついた。ブレーキをかけた格好だが、足がバタバタして固定しない。ツルツルと下へ落ちていく。衝撃は続き、外れかけたフロントガラスとハンドルが直下に見えた。
「ここまで来る?」
ひしゃげた先頭車両は、ねじれた笑顔のように斜め情報へと昇ってくるように思えた。ユウは振り向き、手を斜面に打ち立てた。滑走台の最上縁には・・・
「届かない!」
「さあ!」シナジーが、寝そべって手を差し出した。
「品川!」
ユウの後ろ、大きな爆発音と爆風が轟いた。何が何に引火してそうなったのか考える暇もない。とにかくユウの両足が、もう無くなった覚悟までするしかなかった。
「ひいい!」
「先生!離すな!手を!離すな!」シナジーは目を閉じふんばった。
ドコオオオ!と炎の熱さが現実感として伝わった。ユウは足が・・いや、感覚はある。確認のため振り向いた。足はある。その下方・・・
「あれは!」
運転席ハンドルから上半身をこちらにのめり込む人間・・なのだろう、炎に包まれた黒い影。だが表情は見えた。
「つかまるか?俺の足に!」ユウは小さく呟いた。
「・・・・・・」
その表情は、むしろほほ笑んだような。いや笑ったのか。次第に先頭車両は力なくしたように、その場に沈んでいった。
ズドドド・・・と爆弾の煙のように余韻を残していった。
真珠会、事務室。みな、険悪なムードに包まれている。
ハッカーは口から汚い分泌物。モニターも横にそっぽを向いている。
「ヒゲエ、フゲエ・・・なんで。なんでここまで売られるんだ・・・?」
足津は力が抜けたように、ドカッとソファに腰かけた。
「・・・・・・・・・もう手立ては、なしですか・・・」
ハッカーや事務員は、あちこち電話をかけまくった。誰も出ない。あるいは出ない振りをしているのか。故障しているのか。
ハッカーは立ち上がった。
「もーダメ!嘘!俺、もう認めない!もうこれ以上追証払えない!足津さん!」
「・・・・・」
「足津さん!いったいこれ、どうしてくれんっすか!なあ!」
他の事務員らも立ち上がり、オーナーを睨みつけた。
「家も買って、外車も買って会社も立ちあげて俺名義の・・・ですよ?あんたのおかげで、そのアンタにさ?名義まで預けてすなわちこの・・いわゆる魂すら売ったってわけじゃん?」
「・・・・・・抗議なら、弁護士を通じてもらえませんか?」足津は冷たくあしらった。
グラフがどんどん、下がっていく。
ハッカーが地面にひれ伏し、ただただ祈るように何度も頭を下げる。
「売らんといてくれ~・・・みんな。売らんといてくれぇ~・・・くくく」
みな興味のなくしたモニター画面の1つに映る、大学病院駐車場のトレーラーが行き場なく停まっている。
合流した藤堂親子は、運転席と助手席に乗るべく車両前方で2手に別れた。
運転席に、ボロボロになったレザーの藤堂ナースがやっと腰かけた。座ったとたん走る激痛。背中も腰もやられたらしい。肋骨もおそらく骨折している。
「つ・・・!」
「いけるか?」助手席に、無傷の父親。
「どこへ行ってた・・・?」
「わしか?これでも医療のはしくれだ。患者の処置を見届けにな」
「見届け・・・?」
トレーラーの周囲、野次馬が次々と集まってきた。
「ああいう組織に手を染めても、わしは患者を犠牲にするのは真っ平だ。もしものときは、医療スタッフのヘルプをするつもりだった」
駐車場の奥、長い通路のさらに奥に新玄関が見える。そこから蟻のように出てくるスタッフら。
「警察も、もうそこに来とるらしい。わしらはまあ、大丈夫だ。お前はわしが弁護してやる。優秀な弁護士も知っとる」
娘の唇が、わなわなと震えているのに気づいた。
「どうした?寒いのか?」
「ふん!」いきなりエンジンが始動、ハンドルがいっぱいに切られた。
「うぐっ!」
野次馬を数人蹴散らし、トレーラーはゆっくりうねりを始めた。
「ば!バカが!」父親は体勢を立て直そうとした。
「これを読んでみな」バサッ、と父親の膝に雑誌のようなものが置かれた。
「なにい?」
手に取ると、それが入院カルテであることは分かった。
「これは・・・!」
「お母さんが亡くなったときの」
「お前、こんなものを・・・!なぜ?」
だが、言いかけたのをやめた。
「やっぱりそうか。気になっていたのか」
「・・・・・・」
ドカン!と潰れたテントや学祭用のハリボテを、タイヤが踏みつぶす。
「お前の母親は病気で亡くなった。人は病気で亡くなる。なぜそれを掘り返す?」
「大学に殺されたと、貴様は言ってたな!」
「貴様とか、そういう口のきき方はいかん!うわっ!」
ドオン!と軽乗用車が数メートル飛ばされた。助手席側ドアがへこんだ。
「ぬぬ!カルテに、一体何が書かれているというんだ!」
震える手で、パラパラめくる。前方の視界も気になる。
「その、ページ折ったところ」
「なに?」
所定のページを、開く。新玄関が、いよいよと迫る。
ユウはちょうど、2階のICUを出た。怒りに顔が引きつっていた。
「あいつら!あいつら!」
「どこに行くんです!」品川が追いかける。
「許さん!絶対に許さん!」
「先生!何をして、彼女が戻ってくるというんですか!亡くなった人間はもう!」
「うるせえ!」
滑走台の手前、動く歩道に飛び乗った。
男は暑苦しいスーツを脱ぎ、そこらに放った。
「あーあ。まあ聞け。俺は医療を、常に監視する立場にあったんだけどな?信じられないだろうが、最初は農家やってたんだ。農家」
ジージー・・と蝉の鳴く声。
「都会から来た俺の家族を迎えてくれた農家の人たちは・・優しかったよそれで一生ものだと思った。大地に根を張る生き方だよ男には分かるだろエーッ?」
ゴロンゴロン、と1缶転がった。
「そしたらなんだ?農協に全て吸い上げられるんだよ。みるみるうちにさ。高額なローン組まれて農機や外車買わされてさ・・・働いても、働いても奴らは搾取するばかり。何の罪のない人間が吸い取られる。おいこれってどういうことだ?」
頭をドテッと打ちつつ、彼は寝そべった。
「てめえのかつていた、真田のやつらは勇敢だった。ちょっと前まではな。実験台にされそうな自治体の新興病院を追い出し、てめえらで村民のための分院を打ち出した。あれはすげえ、俺は思ったよ。ちょうどこの職についたころだ」
恐ろしいほど、周囲は静かになった。
「だけどよ。てめえらの仲間は仲間で引き揚げて、知らんふり・・・あの事務長は、品川は知ってたはずなんだよ。どういう運命が待ってたかなんてな」
ピクッと何かに気づいた。しかし彼はつづけた。
「結局、搾取する人間の手助けをしただけなんだ・・・過保護の振りしてる親みたいにな!」
「そうじゃない!」シローが叫びながら、廊下を突進した。
「そうだとも!」振りかぶってたナイフを一直線、投げる。
「ぎゃ!」
刺さってはないが、当たってはじかれた。シローの体も。
「いつつつ!」シローはそのまま横向きで廊下をスライディングした。
男はユラッと立ち上がった。
「刺さった?大丈夫か?」
シローの膝下から流れる血。手でおさえる。
「足津さんの周囲は、オリンピック候補しか雇わないんだよ・・・」
彼は余裕で近づいた。
「ま。おまえはクマリン、飲んでないからいけるだろ?」膝の上に足で押す。
「いたたた!」
「監視する仕事で、俺はとりあえず満足してた・・?いやいや、ノーノーノー。現物がないと、何も手にした人生にはならない。現物こそが、俺の永遠のテーマだ」
「か、金か・・・!」
シローは大汗で睨んだ。
「そうだよ。お前だって、それで仲間を裏切ったんだろー?」
「違う!」
「家族だろ?しょうがねえだろ、捨てられたんじゃーな。だいいちおい、嫁がそんな宗教団体に入るようじゃあ、てめえのお勤めが上手くいってなかったからじゃあ、ねーの?ま、知らんけど・・・」
ピピッ!と携帯で画像を撮影。さまざまな角度から。足津や株主への報告用。
ところがバシッ!とその携帯が吹き飛んだ。
「てえっ?なに・・・」
見下ろすと、シローが左手にパッドを持っている。
「ほ~。未来の軍事用品か。赤外線なしで、よく当たったな!」
シローは少しあわてた。ターゲットポイント用のパッドが・・・どうやら、廊下を走ったときに落としていたようなのだ。
「じゃ。俺を当ててみなよ」両手を上げる。
「ひっ・・・」
「俺を当ててみろってんだよこの!ボウズ!」
「ひゃああっ!」
シローは両手を後ろにまわし、ズルズルと後ろに這い戻った。
「これはね。当てないほうがね難しいんだ」スカッ、と当たり前のようにシローの腕と腰の間にナイフが落下し、床に刺さった。
「わあっ!」バシュ!とパッドから火花が出たが、天井に向かう。
「ヘタクソが!もっと狙わんかい!」
抜き出したナイフを、またわざとシローの股間の近傍へ。
「わっ!」
「まだだって。まだまだ!」
彼はいったん立ち止まり、<タイム>のポーズをとった。
「はーい。足津?チョロイちょろいの、なんの。ナイフは証拠がつくしな。彼、ちょうどパッド持ってるから。あんたら、ホントはこれを取り戻したかったんだろ?」
「ちいっ!」シローは何度かボタンを押すが、すべて窓や天井にぶち当たった。
「3000?ノーノー。少ない少ない。まだまだ・・・ま、その額でいいわ。なら、持っていったる!」
彼は心を決め、携帯をパタンと閉じた。
「シロー。お遊びは終わりだ。刺されたくなかったら、そのパッドをこっちに放って・・・」
彼の瞳孔が固まった。
「て?」
彼の眼球に映ったのは、チラチラする赤外線だった。
「ちょ、ま・・・」
シローはよそを向き、ピイーンという音とともにボタンをプッシュした。バリバリバリ!と一直線の閃光が男の体を貫いた。
「がが・・・・が!」
シローは何度も何度も押し続けた。そこらの壁、床に次々と穴が開いていく。やがて閃光の威力は途絶え、豆電球ほどの光がともる程度に。
「う!う!」
カシャン、カシャンとボタンを押すその指にも、もう力は残ってなかった。
ドサッ、と男の体が倒れた。
ごった返していた駐車場も静かになり、空っぽとなったトレーラーだけが端にたたずんでいる。
その最後尾のドアから、背をかがめて入り込んでいくスーツ姿の男。今しがた、医療対策課を<自己退職>したばかり。
「オイオイ・・・もう終ってんじぇねえかよ・・・」
トレーラーの車両はすべて、もぬけの殻。3両目に入ると、白衣のゴリラ医者が1人眠っている。
「ああ?あんた・・・」
「う・・・?」マーブルはうっすら目を開けた。
「真珠会の?」
「あ、ああ。お、終わったか?」
「医者がおい、寝てたんじゃあどうするよ?」
マーブルは、絶望した体をまともに動かせていなかった。携帯も壊れており、命令も来ない。運転もできない。
もと対策課は、ずんずんと前に進んだ。先頭車両の運転席、助手席も・・・誰もいない。ナビの端末、その前のキーボードを確認。
「どのテレビカメラも・・・真田の奴らはいないってことかぁ・・・」
携帯を鳴らす。
「足津さんよぉ?」
<はい>
「どうやら、真田の医師らは全員倒したようだぜ?あとのまあ、事務長をやっても・・・しょうがないしな」
ドカッと運転席に腰掛ける。そこらのビールを適当にあける。
「何?裏切り者だと?ターゲットがそれに変わったのか?やれやれ・・・」
<身体的なダメージで結構です>
男は、さきほどホームセンターで購入した刃物を、そっとズボンのポッケからのぞかせた。
「脅して、殴るだけだぞ。捕まるわけにはいかんからな」
<カメラで確認次第、振り込みます>
「おい。待て」
ふてぶてしく、男は端末を操作。ナイフでキーボードを押す。
「俺のパスワードで、自社株を倍増・・よし!した!俺が株主様らの、ヒーローになるわけだもんな!」
と、近くのモニター画面の1つの周囲が赤く光った。
「と、噂をすれば・・・」
送られてきた画像の人間、とおぼしき男。ヨレヨレで歩くシローがコマ送り状態で、旧館の近くに現れた。
「なあんだ。弱そうなやつだ」
足でドカン、とドアを蹴って降り立った。西日が強くなっており、株の取引もタイムリミットに近付く。
「いいんだよ。売れよ。お前ら・・でも俺は買い続ける・・・」
ズボンからまたナイフを出した。1歩ずつ1歩ずつ、駐車場を斜めに横切る。
「でな。いいとこでまた売るんだよ。足津らの情報流せば一発だぁへへへ・・・」
老朽化した6階ほどの建物。旧館と呼ばれるその建物のドアは斜めに開いている。内部の廊下が見通せる。
「ここだな・・・シローってっかな・・・ヘイ!シロー!」
ヘイシロー!ヘイシロー!・・・と空虚ないくつもの講堂にエコーしていく。
「お前、裏切ったろシロー!」シローシロー・・と響く。
ふん!と部屋の中に押し入りがちに入り込む。
「ここもカラか・・・」
凶器のようなものがない分、彼には楽だった。
「そこで聞いてんだろ?まあ聞いとけや・・・お前のことはさっき、メールで見たけどよ・・・」
ナイフを、カカー・・・と壁を切り裂くように沿わせる。
「悲しい思いをしてんのは、何もお前だけじゃないぜ・・・?ええ?」
ビール缶をポッケから取り出し、開けた。
「俺だってなあ!これまでどんだけ、つらかったか・・・!ちょっと飲んでいい?なあ飲んでいいんだろシロー!」
かなり酔っているようだった。
真っ白な2人部屋。カーテンで、2人の医者のベッドが分け隔てられている。
ぼんやりとしていた天井が、やっとハッキリしてきた。ポコッ、ポコッという音とモニター音。
ユウは目が覚めた。
「・・・・あ?ああ、そっか。それで俺は・・・」
最後に気を失ったのは・・・・
「オンギャー!って倒れて、なんか焦げくさくて・・・」
誰かが助けてくれてた。誰なのか覚えてない。だがそのおかげで、ここに運ばれたんだろう・・まあ、そういうことだろう。
カーテンの向こう、手で泳ぐような、探るようなしぐさ。もう1人のベッドだ。
「ユウ・・・」
間違いない。この声は・・・
「のな・・・ノナキーか・・・その声は」
「ああ・・・」
「(2人同時)いてててて!」
お互い、顔は見えない。
「はぁはぁ。野中。大丈夫か?」
「生きてる。生きてるんだよクッソー!」
「な・・なに?」
どうやら、野中は泣いている。
「チキショウ、チキショウ。結局、何にもやり遂げれなかったじゃねえかよ・・・何にもだよ!」
「どうしよう。ノナキー・・おれどうしよう。人、殺したかもしれん。それが悪人でも、実際はやばいよな」
「だいたい無理な話だよ!無理だってんだよ!上の奴らが全部押し付けたんだ!」
お互い、聞いてない。ユウは聞きに徹した。
「お前にだって、いつ話していいか分からなかった。医局一同、全力は尽くしたつもりなんだ!しかし・・・これは話して許されることでもない!」
何を話しているんだ・・・?
「彼女をああ!殺したのはああ!俺でいい俺で!なんなら殺せ!だから死んでたらよかった俺!」
ユウは、不穏の症状と思いナースコールを何度も押した。
<・・はい>
「暴れてるぞ!来てくれ!」
<・・・(プッ)>
「うあああ!うおおおお!」
これが、エリート街道を突き進んでいたもと同僚の姿か・・・。見たくはなかったが、これを転落と位置付けたくもない。
ユウには、いろいろ分かってきた。
この10年ほどこの仕事をしてきて、最初はまあ学生の延長だった。患者にはりつき、真理を探究するなどすべてが自由。しかしそれはあくまで強固な地盤があってこそのものだった。
それがいつからか・・・責任問題への重圧がのしかかった。一生懸命すればするほど、抱えきれないほどの重圧が押し付けられ、気がつけば全く違う次元の<何か>に利用されている。
誰かのために一生懸命になるほど、仇で返されていくのは何故だ・・・?
「うひいいい!ひいいい!」
「医局長!おさえて!」医局員が数人、おさえにかかる。
ひょっとして、僻地にしろ何にしても・・・一掃されていく運命にあったのではないか?その運命を知らんふり背負ってたのではないか?
「なら、逃げた者が勝ちってことか・・・!」
ユウは、両側のチューブをクランプし、中途で外した。ガーゼで覆い、胸に当てテープ。気胸自体はかなりおさまっているのは確かだ。
ユウはだいたいの予測をし、暴れるノナキーに叫んだ。
「おい!野中!しっかりしろ!ほんとは聞こえてんだろ!」
「ううううう!」
「芝居だろ野中!そろそろ白状しろ!」
カーテンが引っ張られ、見知らぬ助手が叫んだ。
「この真田の医者が!お前らがしっかりしなかったから!」
「るせえよ」
「ミタライは、もうICUを出たんだ!済んだことをもう言うな!」
「出た・・・?ICUを?」
どういう意味かもわからず、ユウはスリッパを履いて病室を飛び出した。
藤堂ナースすらギョッとさせるような、シローの叫び声。よけた勢いで、DCベルトが腰からドサッ落ち、どこかへバウンドした。
・・だがもういい。彼女にはもう、目標とするものはない。
ヒュウ!と大量の風により、室内から外へ一掃されていくハウスダスト。1つずつ開けられた窓から、大きな西日と大量の風が入って、また出ていった。
藤堂ナースが、碁盤目の通路のど真ん中に現れた。片手はカルテの束を握っている。
「・・・・・・」
その真後ろ、無息でシローは睨んでいた。パッドが2つ転がっている。使い方は説明を聞いて知っている。
「(くそ・・・届かない・・・!)」
目の前、黒いレザーを着た女は棒立ちしたまま、まるで魂を抜かれたかのように突っ立っていた。
「・・・・・・・」
パラ、パラと行き来するページ。どうやら、何かの核心部分を繰り返しては閲覧しているようだ。
シローは手を伸ばした。が、パッドには届かない。ゴトッと女の足が浮いたとたん・・いや、それは1歩ずつ歩き始めた。
携帯を取り出し・・
「おやじ?今どこ?」
彼女が振り向き、シローは観念した。
「(やられる!)」
だが彼女は目もくれず・・・そのまま歩いて行った。
「帰ろうよ。うん。みんな倒した。そっちは?」
シローの喘息発作は、何とかほぼ治まった。頻拍だが仕方ない。
「・・・・・あの女。帰るのか?だいいち、帰れるのか?」
自分も含めて、の話だが。
「・・・心筋炎で入院。それは知ってる。これも・・・」
看護記録に移る。処置後にまとめた走り書きだろうが、じっくり読む。
「おい!シロー!シロー!」
返事がない。
「シロー!こっち来て読むんだよ!おいシロー!」
無言。
「チッ・・」
続きを読む。
<酸素飽和度低下、85%。心室性不整脈出現、リドカイン投与・・・・>
目を閉じ、状況を飲み込んでいく。
<酸素投与量マックス(限界)、主治医によるムンテラ>
不思議と、ミタライが慌てているような記載はない。
<ムンテラ内容:非常に危険な状態。蘇生に移る可能性高い。家族に同意と付き添いを希望・・・>
「シロー!」
「あ、現れませんよ僕は!」
「どこ?」
「医療側の記録を読めってことでしょう?」
「裏切る気?」
ズバアア!と閃光が放たれると同時、書庫からおびただしい量の書類が一斉に空中へと散らばった。
バサバサバサ・・・と紙の間に紙が滑り込むように。
シローは、いきなり喉の違和感を悟った。
「うっ・・・?」
「シロー!手伝わないと!アレルゲン、浴びせるわよ!」
散っているのはカルテの切れ端だけじゃない・・・長年ここに蓄積されたのは、シローにとっては大敵の・・・
「ハウスダストか!」
叫んだとき、シローは気道の狭窄感を感じ始めていた。サッとマスクを装着。しかしすでに暴露はかなりされている。
「く、苦しい・・・!」
目を開けられないほどの粉吹雪。シローは窒息感を覚え、あちこち棚の脚をかきむしった。
「ゼェ!ゼェ!」
ユウら、かつての仲間の優しそうな表情が浮かんだ。
<シロー。恥は一時の掻き捨て。また俺たちの仲間になれる>
<家族のことは任せろ。俺たちが何とかする>
「ゼエ・・そうだよね。そうだよね・・・仲間なら、頼っていいんだよね!ゼエ!」
ウエストポーチから、やっと取り出した注射器。
「ゲポオ!」床に吐く。
ボスミンのアンプルを切る。指をかすり、飛び散る鮮血。ものともせず、突っ込む注射針。
「こんな所で、こんな所で・・・」
注射器、反対側の上腕へ。
「死んでたまるかーー!」
ブスッと刺すが、深すぎた。
「ぐあああああ!」
こんな時だけだが、今こそ神よ・・・!
看護記録に移る。処置後にまとめた走り書きだろうが、じっくり読む。
「おい!シロー!シロー!」
返事がない。
「シロー!こっち来て読むんだよ!おいシロー!」
無言。
「チッ・・」
続きを読む。
<酸素飽和度低下、85%。心室性不整脈出現、リドカイン投与・・・・>
目を閉じ、状況を飲み込んでいく。
<酸素投与量マックス(限界)、主治医によるムンテラ>
不思議と、ミタライが慌てているような記載はない。
<ムンテラ内容:非常に危険な状態。蘇生に移る可能性高い。家族に同意と付き添いを希望・・・>
「シロー!」
「あ、現れませんよ僕は!」
「どこ?」
「医療側の記録を読めってことでしょう?」
「裏切る気?」
ズバアア!と閃光が放たれると同時、書庫からおびただしい量の書類が一斉に空中へと散らばった。
バサバサバサ・・・と紙の間に紙が滑り込むように。
シローは、いきなり喉の違和感を悟った。
「うっ・・・?」
「シロー!手伝わないと!アレルゲン、浴びせるわよ!」
散っているのはカルテの切れ端だけじゃない・・・長年ここに蓄積されたのは、シローにとっては大敵の・・・
「ハウスダストか!」
叫んだとき、シローは気道の狭窄感を感じ始めていた。サッとマスクを装着。しかしすでに暴露はかなりされている。
「く、苦しい・・・!」
目を開けられないほどの粉吹雪。シローは窒息感を覚え、あちこち棚の脚をかきむしった。
「ゼェ!ゼェ!」
ユウら、かつての仲間の優しそうな表情が浮かんだ。
<シロー。恥は一時の掻き捨て。また俺たちの仲間になれる>
<家族のことは任せろ。俺たちが何とかする>
「ゼエ・・そうだよね。そうだよね・・・仲間なら、頼っていいんだよね!ゼエ!」
ウエストポーチから、やっと取り出した注射器。
「ゲポオ!」床に吐く。
ボスミンのアンプルを切る。指をかすり、飛び散る鮮血。ものともせず、突っ込む注射針。
「こんな所で、こんな所で・・・」
注射器、反対側の上腕へ。
「死んでたまるかーー!」
ブスッと刺すが、深すぎた。
「ぐあああああ!」
こんな時だけだが、今こそ神よ・・・!
朝飯前のカギ外しののち、ギイ・・・と開いた南京錠。薄暗い部屋の中、レーザーのように差し込む無数の光。光の1本1本が塵によって象られている。
今さら木造の床を、ミシ、ミシと数ミリ沈下させつつ、4本の足が交互に動く。
シローは、いきなりくしゃみした。
「くしゅ!」
「シロー?あんた確か・・・アレルギー体質で」
しばらく考え、藤堂ナースはニヤリと微笑んだ。
「(そうか・・・!)」
シローは動くとも分からない、旧型パソコンの前に座らされた。
「ゴホッ・・・パフォーマ630?動くのかこれ?」
予想に反し、普通に起動する。
「・・・・・・」
出てくるアイコンを、1つずつ目で追う。
「だがIDが僕には」
藤堂ナースは、ほれっと奪っておいた名札を差し出した。
「うっ・・・なんて用意周到な」
藤堂ナースが歪んだ画面に反射している。
「探してほしいのは、あたしの母親だ」
「・・・・・」名簿ソフトを立ち上げ、検索。
「体験発表では、そう話してないけどな」
おびただしい数の中から探し当てるのは簡単だったが・・・彼はゆっくり時間をかせいだ。
「母親がこの病院のせいで死んだんだって。父の話があたしにはどうしてもね」
「隊長が・・・?」
「担当の主治医が、あたふたしてるうちに重症化して。でもね父も父だよ。あいつも医療のはしくれだ。何か援助が出来てたはずだ」
「・・・・・・担当医っていうのはもしや・・」
「ミタライっていう女医だよ。あたしは復讐するつもりだったけど」
キーが止まった。
「復讐ってそんな!」
「だからしてない!直前で踏みとどまった!でもさ!でも父は・・お前がやらんのなら、わしがするって・・・!」
「隊長だったのか・・・送り込んだのは」
しかし、シローに口にする資格はなかった。そのあと、そんな彼らに加担している。
「あたしは、どちらかというと・・・復讐心から解き放たれたかった。病院への乗っ取りという名目で、それが置き換えられると思っていた・・・」
「藤堂・・・」
「あった?あったか?」
ガバッ、と顔をモニターにくぎ付けた。
「・・・・J-43857439。どこだ?待て!」
「?」
「探してくる!ここで待て!」
シローはまた腰かけた。
「(これなら。わざわざ、僕に頼まなくたって・・・・)」
真珠会より割り当ての携帯が鳴る。シローはさっきから取ってないが・・・今度はメールだ。
< 真田のスタッフ医師ほぼ全滅、了解した。至急シローの行方を探し連行すること >
「連行・・・」
バッ、と周囲を見回すと・・・暗いが光の筋の反射で何となく、藤堂ナースの居場所が分かる。
彼女はすでに、カルテを見つけていた。分厚くもない、外来分と入院分。厚みにケチをつけるつもりはないが、こんなにもアッサリとしたものとは・・・。
入院カルテのほう、1ページずつめくる。
主治医、御手洗洋子。患者名・・・彼女はそこで泣きそうになった。再会したような気分からか。
「・・・・・・・」
現病歴から。ミタライの、まだあどけない研修医らしい字体。何度か修正したようなペン跡。詳細すぎる家族歴。
<上気道炎症状あり、軽快しないため再受診。聴診上、右背部のラ音認め心不全が疑われ・・・>
ボオオオ・・・と燃え上がる、よく出来ていた人型のハリボテ・・ガタン、ガタンと1枚ずつ落ちてくる板。
ときに、ガシャン!と飛び散っていくガラス。風の向きにより、煙の向きもいろいろ変わる。
その前方で、シローは背中をこづかれていた。
「さ、早く終わらせろ」
「ま、待ってください。まだ・・まだ!」
シローは胸腔チューブをユウの両胸に入れ終えて・・・・そのチューブの両端を一手につかんだ。
後ろの藤堂ナースは、さきほど地面の油に叩き込んだDCベルトパッドを、シローの背中数センチに近づけていた。
「だが、あんたがここを通りかかって良かったよ」
「・・・・・」
「かつての先輩が心配で、探しに来てたんだろ?」
「・・・・・」Y字管に2本をつなぐ。両肺からの空気を一本にまとめ・・・圧を用いて外へ持続的に漏れる空気を引っ張る。
「甘いねえ男は。だから、こんな世になる。さ、まだか!」
シローはヒイヒイ言いながら、気を失いかけのユウの横でセッティングを続けた。
「吸引、開始・・・!」
ボタンを押し、ボコッ!ボコボコ・・・と液体の下から上に湧き上がる空気。
ユウは眼をやや見開いた。
「し・・・・しろ・・・シロー・・・?え?」
「先生。動かないでください!動かないで!」
線路の向こう、白衣が満杯に乗ったトロッコがゆっくり近づく。
シローは背中をつかまれ、立ちあがった。
「どこへ案内しろと?」
「場所は知ってる。中に入ってからが問題だ」
白衣らがこちらへ走ってくる。やっと駆けつけにきた助手クラスだ。
シローは引っ張られながら、思いっきり叫んだ。
「りょ・・・両側気胸です!うわ!」
膝の後ろを何度も突かれながら、彼は前のめりに小走った。
後ろの大きな模型は蜃気楼を立てながらズズズ、と崩れていき・・・
そのまま地へと還るように地鳴りを轟かせた。
シローは何度も転倒しながら、<目的>の場所まで向かった。
「僕は、もう目が覚めたんです!協力はしませんよ!」
「家族を捨ててもか・・・」
「法的にやります!」
「その<法>によってこれから捕まろうとしている、お前の言うセリフか・・・?」
頭をよぎった。確かに、警察の介入することにはなろう・・・。おびえていたとはいえ、何かに加担したことに間違いはない。
「ここか・・・!」
シローは見上げて分かった。
「ここは。ここはカルテ庫じゃないか・・・」
ときに、ガシャン!と飛び散っていくガラス。風の向きにより、煙の向きもいろいろ変わる。
その前方で、シローは背中をこづかれていた。
「さ、早く終わらせろ」
「ま、待ってください。まだ・・まだ!」
シローは胸腔チューブをユウの両胸に入れ終えて・・・・そのチューブの両端を一手につかんだ。
後ろの藤堂ナースは、さきほど地面の油に叩き込んだDCベルトパッドを、シローの背中数センチに近づけていた。
「だが、あんたがここを通りかかって良かったよ」
「・・・・・」
「かつての先輩が心配で、探しに来てたんだろ?」
「・・・・・」Y字管に2本をつなぐ。両肺からの空気を一本にまとめ・・・圧を用いて外へ持続的に漏れる空気を引っ張る。
「甘いねえ男は。だから、こんな世になる。さ、まだか!」
シローはヒイヒイ言いながら、気を失いかけのユウの横でセッティングを続けた。
「吸引、開始・・・!」
ボタンを押し、ボコッ!ボコボコ・・・と液体の下から上に湧き上がる空気。
ユウは眼をやや見開いた。
「し・・・・しろ・・・シロー・・・?え?」
「先生。動かないでください!動かないで!」
線路の向こう、白衣が満杯に乗ったトロッコがゆっくり近づく。
シローは背中をつかまれ、立ちあがった。
「どこへ案内しろと?」
「場所は知ってる。中に入ってからが問題だ」
白衣らがこちらへ走ってくる。やっと駆けつけにきた助手クラスだ。
シローは引っ張られながら、思いっきり叫んだ。
「りょ・・・両側気胸です!うわ!」
膝の後ろを何度も突かれながら、彼は前のめりに小走った。
後ろの大きな模型は蜃気楼を立てながらズズズ、と崩れていき・・・
そのまま地へと還るように地鳴りを轟かせた。
シローは何度も転倒しながら、<目的>の場所まで向かった。
「僕は、もう目が覚めたんです!協力はしませんよ!」
「家族を捨ててもか・・・」
「法的にやります!」
「その<法>によってこれから捕まろうとしている、お前の言うセリフか・・・?」
頭をよぎった。確かに、警察の介入することにはなろう・・・。おびえていたとはいえ、何かに加担したことに間違いはない。
「ここか・・・!」
シローは見上げて分かった。
「ここは。ここはカルテ庫じゃないか・・・」
見上げると、人体の模型。さきほどいたところだ。後ろ向きなのを見ると、どうやら肛門のほうから出たようだ。
「う・・や、やっぱりオンギャー!オンギャー!」
液体は臭くない。そこまで徹底したリアルではない。
「サラダ油か何かか・・・」
起き上がろうとしたが、激痛で立てない。それどころか、呼吸がかなり浅促性なのに今更気づいた。
「酸素飽和度は・・・」
指で測定、76。
「指が冷たいからかな・・・いやいや。ま、そういうことに」
しかし、息苦しさが加速する。言葉を発すること自体が苦痛になり、独り言をいいつつ倒れた。
「・・・・・」
手探りすると、どうもおかしいと思った通りだ。左の背中にも、針が刺さっている。右に刺さってるのと同じタイプだ。
だが注射器で引こうにも・・届かない。右の針も、引きが悪くなっている。血液で詰まりかけているものと思われる。
「(こ、このまま死ぬのか・・・・空はこんなに青いのに・・・)」
死というものが、こんなに苦しい末に到来するのなら・・・自分らが診てきた人たちはそこで何を考えたろう。そんなことが頭を平気でよぎる。
大学病院、救急室の外に<立ち入り禁止>の大きな張り紙。
「入れない入れない!」
中年の助手ら数名が、通行人を威嚇する。
担架で運ばれていくノナキーを、教授が見下ろした。
「野中くん!ちょっと野中くん!」
「・・・・・」薄眼を開ける。
「これで終わりなんだな?もう来ないんだな?搬送は?」
「・・・・・」なんとか、こっくりと頷いた。
「よし分かった!あとはやっとく!」
新教授は人波をかきわけ、無条件に救急室のドアを開けた。助手らは道を開けていた。
「こりゃあ・・・!」
顔だけ壁にもたれ、両脚を伸ばしきった白衣の・・死体だった。目が半開きになっている。
蘇生に使用した機器の残骸も散らばる。
「なんでそこまで・・・」
名札を確認する。
「わずか3年目の医者が・・・」
敬意からか安心感なのか、新教授は涙を抑えきれなった。はたまた、自分のふがいなさを嘆いてか。
「・・・・・・・」
「真田病院から、援軍の到着予定です!」と助手。
「お、遅すぎると言っておけ!」
タンタンタン!と新教授はれまでにない勢いで、出口へと出て行った。
玄関の外、駐車場ではケガ人の救護、機器の回収が続けられている。真昼間のせいか、あまり悲壮感がない。
「真田の奴ら。真田の奴ら・・・!」
左の遠方、空がややオレンジ色に見える。だがそれは、夕日ではなかった。
「う・・や、やっぱりオンギャー!オンギャー!」
液体は臭くない。そこまで徹底したリアルではない。
「サラダ油か何かか・・・」
起き上がろうとしたが、激痛で立てない。それどころか、呼吸がかなり浅促性なのに今更気づいた。
「酸素飽和度は・・・」
指で測定、76。
「指が冷たいからかな・・・いやいや。ま、そういうことに」
しかし、息苦しさが加速する。言葉を発すること自体が苦痛になり、独り言をいいつつ倒れた。
「・・・・・」
手探りすると、どうもおかしいと思った通りだ。左の背中にも、針が刺さっている。右に刺さってるのと同じタイプだ。
だが注射器で引こうにも・・届かない。右の針も、引きが悪くなっている。血液で詰まりかけているものと思われる。
「(こ、このまま死ぬのか・・・・空はこんなに青いのに・・・)」
死というものが、こんなに苦しい末に到来するのなら・・・自分らが診てきた人たちはそこで何を考えたろう。そんなことが頭を平気でよぎる。
大学病院、救急室の外に<立ち入り禁止>の大きな張り紙。
「入れない入れない!」
中年の助手ら数名が、通行人を威嚇する。
担架で運ばれていくノナキーを、教授が見下ろした。
「野中くん!ちょっと野中くん!」
「・・・・・」薄眼を開ける。
「これで終わりなんだな?もう来ないんだな?搬送は?」
「・・・・・」なんとか、こっくりと頷いた。
「よし分かった!あとはやっとく!」
新教授は人波をかきわけ、無条件に救急室のドアを開けた。助手らは道を開けていた。
「こりゃあ・・・!」
顔だけ壁にもたれ、両脚を伸ばしきった白衣の・・死体だった。目が半開きになっている。
蘇生に使用した機器の残骸も散らばる。
「なんでそこまで・・・」
名札を確認する。
「わずか3年目の医者が・・・」
敬意からか安心感なのか、新教授は涙を抑えきれなった。はたまた、自分のふがいなさを嘆いてか。
「・・・・・・・」
「真田病院から、援軍の到着予定です!」と助手。
「お、遅すぎると言っておけ!」
タンタンタン!と新教授はれまでにない勢いで、出口へと出て行った。
玄関の外、駐車場ではケガ人の救護、機器の回収が続けられている。真昼間のせいか、あまり悲壮感がない。
「真田の奴ら。真田の奴ら・・・!」
左の遠方、空がややオレンジ色に見える。だがそれは、夕日ではなかった。
拳でキーボードのキーがあちこちに散乱し、それでもハッカーは興奮・絶望がおさまらなかった。
「なんでだよ・・?なんで誰からも連絡がない?ええ?」
「・・・・・」足津は溜息をつくこともなく、携帯を耳にあてた。
医療対策課の彼に、また連絡がかかってきた。デスクで荷物の取りまとめをしている。
「おっ・・・もしもし!」
<足津です。お願いがあります>
「あー。あー・・・もうこれ以上は・・・」
打って変って冷淡な口調の彼は、隠れ場所をトイレに見つけた。ここなら大丈夫だ。
「これ以上はちょっと。それより、振り込みのほうがまだみたいですが」
<本日は多忙につき、明日以降とさせていただきます>
「困ったな。そりゃ困る。返済は早いほうがいいんだよ。いや、いいんですよ」
<今度の依頼を聞いてくだされば、本日中にでもそちらに>
「キャッシュで・・・持ってきてくれる?くれます?マジで?」
職員はじっと耳を澄ました。
「はいはい・・・・うーん。でもどうやって・・・はあ、それだけですか。はい・・・報酬は上乗せあるんでしょうね?」
<・・・・・>
「は?ははっ?やや、やります!やりますとも!」
どうやら、天文学的な数字が出たようだ。
電話を切り、彼は心が大きくなった。机の荷物もどうでもいい。一目散に、対策課を出ようとする。
「全部やるから、とっときな!」
「待て!理由を話せ!」上司の声。
「知るかボケ!」
そのまま大通りに躍り出て、タクシーを拾う。
「ホームセンター。どこでもいい」
「・・・・」疲れ切った運転手は、つまらなさそうにハンドルを切った。
走り去るタクシーの画面をパソコン上で見届け、ハッカーはメールを打ちつけた。
「よっし!これで最後の刺客の登場だ!頭いいっすよ足津さん!」
「・・・・・」
「でも彼、正気じゃないっすよ?知りませんよ?」
パチパチ・・とキーを打ち終わり、Enterをパシッ!と押した。
「これで株主様らの期待も高まった!これで売りも阻止できる!」
「目的は2つ。彼らの今後の士気を失わせること。我々の力を世に広めること」
患者はすべて、何とかなった。医療スタッフは多大な打撃、信頼を大きく失った。しかし、彼らとしては大きな<安打>が欲しかった。
彼らの利益を震撼させた、<しぶとい医師>の存在だ。
足津は掌の蚊をパシッとはたき、手を洗いに洗面所へと向かった。
「・・・・・・」
蛇口をひねり、まとまった水がドバッと落ちてくる。
「ぎゃあああ!」
そのままドバッと管から、ユウが空中へ舞い落ちてきた。無重力空間と思うほどだったが・・・地面に転げ落ちるまで時間はかからなかった。
ドテン、と耳から落ち続いて液体が降り注いだ。
「う・・・うう!オンギャー!」
ガイーン、とノナキーが両手を天井に向けて入ってきた。
「PCIするぞ!PCI!」
2人の研修医は技師になんとか頼み、準備をこぎつけた。
「先生。僕ら2人はどうしても・・?」1人が呟く。
「お前らはここにいろ!あっちはなんとかなるだろ!」
「2人、要るって消化器の先生が・・」
ノナキーは透視画面に見入った。
「あっ?あ、そうか」
「聞いてないし・・・!」
1人は無断で救急室へ戻った。もう統制も取れてない。
ガラガラ、ガラガラとベッドが運ばれていく。
救急室となった部屋では、急変した患者の処置を行っている。
「おい!早く帰ってこないか!」中堅の消化器医。
「は、はぁ・・」
「はー。おい変われ!マッサージ!」
「・・・・」
うつろな目で、交代する心臓マッサージ。
「あの・・・消化器の部長先生は」
「なに?痔の出血が止まらんまま・・なんだろ!」
「応援、どうしても来ないんですか・・・」
患者はあと6人残る。ここの医者は彼ら含め3人。残り1人がデータ・画像をパソコンで照会中。
「おれIVH入れるから!」
マッサージ続けながら、研修医は見届けた。もちろんモニターも見る。
「(もう、こんなところは、出よう・・・もうよく分かった)」
「上のやつらは怖いんだよ。自分に責任が降りかかるのがな!」中堅がDC用意。
「(いざというときに、守ってもらえないってことが・・・)」
「おいどけ!」
DCで患者が浮く。またマッサージ再開。
「(よくわかったよ・・・・)」
循環器の研修医のもう1人がドアを乱暴に開けた。
「おい!野中先生が戻ってこいって!」
「マッサージしてるから!」
「僕は機械を操作してるから!ヘルプをって!」
「だから!この通りだから!」
中堅はしかし、この患者をあきらめた。
「・・・・俺、なんとかやるわ。行け」
「で、でも先生。体が・・・」
壁にもたれていた中堅は、つぶっていた目をギン!と開け放った。
「いいから。行け。しゃあない」
「もちますか・・・?」
「患者のことか?それとも・・俺か?」
ズン!と中堅は上半身を傾け、マッサージを再開した。顔色が悪い。
研修医は礼をして、立ち去った。IVH入れている医師は・・・目が死んでいるようだった。
カテーテル室では、ノナキーが患者の横で立っていた。
「血管3本のうち、2本に狭窄。そのうち1本に閉塞。これは解除した」
「では、そのまま病室へ」操作の研修医。
「お前が判断するな!で、どうなった病棟は!救急室の患者の行先は!」
彼は、まるで人が変ったようになっていた。
「し・・・知りません詳しくは」と後で入った研修医。
「何人残ってんだ!」
「ろ・・6人ほど」
「じゃあ楽勝だな」
「病名不明がまだ3名、CPAが1名」
「ステント挿入!拡張!」
また間ができる。ノナキーは頭をうなだれた。
「・・・・・・ミタライ・・・」
研修医は後ろでモニターを見ていた。
「野中先生!心室性不整脈!頻発です!DCが!」
「うっ・・・?」
「自分がしますから!」
インターベンション中断、除細動。脈は戻った。
研修医は汗をぬぐった。
「医局長!しっかりしてくださいよ!」
「あ、ああ・・・」
彼は、さっき聞いたのだ。ついさっき・・・報告を受けたのだ。こっそりひっそりと・・・一番<あってはならない>ことだった。
造影。ステントで1枝を拡張。心電図も改善傾向。
「角度変更。撮影する・・・」
手元の注射器、グイッと押し出される。画面上、シューと流れるように太→細血管が造影。
「よし・・・これで、終わる」
力が抜けたとたん、ツルっと足が滑った。横の研修医が守備交代した。
「野中せ・・・」
「・・・・・・」
ダダーン、と医局長は準備物ごと転倒した。薄めた血液もろとも。
「野中先生!野中先生!」
天井のまぶしい光の中、彼はゆっくり目を・・・伏せるように閉じた。
新玄関近くの、大部屋。講演などを行う会議室を、そのまま救急部屋として使用。
「病棟へ、どんどん上げればいいだろ!」消化器の中堅ドクター。
「看護部長から許可が出てない!」責任者のノナキーが叫び返す。
その周囲、ベッドが21台。残ったスタッフは彼ら入れて8人。真田のスタッフは品川事務長のみ。
「私も掛け合いましたが、ダメでした」とシナジー。
「でしょう?」ノナキーは同調した。
「助手の先生方も、病棟にこもって。なぜ・・」
「彼らの言い分は、まず1つ。入院させた患者のしりぬぐい」
「なっ・・・そんな」
「言い方はともかく。もう1つ。先ほど救援に滑走台に向かった方々への電撃攻撃」
消化器の中堅は内視鏡を覗いていた。
「ふん!腰抜け!俺だってちょっと浴びたぞ!」
「・・・・・」ノナキーは次々と診療にあたった。
男性の研修医。倒れかけている。
「あっあの。心筋梗塞で」
「なぜ、そうわかるんだ!安易に言うな!」ノナキーがイライラしている。
「これ・・・」
患者のベッドの上。心電図やデータ。
「・・・ま、そうなんだろうな!」
自分の胸をつかんだと思うと、板が・・いや、モニター画面が傾いた。
「超音波で見る!」
隅にいるシナジーに、今度は別の医者から声がかかる。ノナキーの手下、島助手だ。車いすで診療。
「品川さん。刺すから、持ってて」
「さす?」
「この角度で。ずれて、下手したら死ぬから」
管の先、患者のみぞおち部。
「・・・・し!」
同時に、数センチ奥へ。やがて黄色い液体。
シナジーはこわばったように管を支え続けた。
「あの、もう」
「まだだ!はなすな!」
「・・・・」1分。
島はマスクを外した。
「よし。もういい。フー・・・」
うつむき、声もない。
「フー、フー・・・よし!」
次の処置にとりかかる。
ノナキーは心筋梗塞と確認。
「研修医。カテーテル室の準備を!」
「ぼ、僕は違いますから」近くの消化器研修医が答えた。
「うちの同門はいるか?」
「(2人)はい・・・」覇気がない。
「カテーテル室、近くにあるので準備してこい。技師も捕まえて」
中堅の消化器医が、心臓マッサージにかかる。
「おい循環器!人手を勝手に向かわすな!」
「逃げるみたいなこと言うな!心筋梗塞の急性期だぞ!」
「こっちだって出血性ショックの処置で人手がいるんだ!」
だが、どうやらその患者は絶望的のようだ・・・。
シナジーは周囲を見回した。
「半数は病棟に上げれますね!こうなったらかまいません!連れて行きましょう!」
「看護部長が!」ノナキーがまた止めに入った。
「ええいもう!あなたは看護部長が死ねと言ったら死にますか!」
ノナキーは妙に戸惑った。
「う・・・いや」
「じゃ、行きますよ!行きましょう!」シナジーは1台ずつ、研修医らと搬送を開始した。