バカ井は、自営業の家に戻ってきた。兄が彼を客と間違えそうになった。

「へいいらっしゃ・・なんだお前か」
「なんだお前かはないだろうが兄さん!」
「世の中は好景気だってのに、うちだけ不景気だ」
「ジャッキー映画の字幕みたいに喋らなくていいだろ!」

 バカ井、食卓へ。嫉妬深そうな母親。
「お医者になると思ったら、ノコノコ帰ってくるし」
「学生なんだから仕方ないだろう?」
「教養学部って。教養も何もあったもんじゃない」
「そりゃそうだけど」
「兄さんを見なよ。うちのビジネスが成功すりゃね、お医者なんかメじゃないんだよ!そのうち土地転がして・・・」
 赤井はドンとテーブルを叩いた。

「僕はね母さん。金が欲しくて医者になるんじゃないんだ!」
「だけどねあんた。こうして医学校に入るまでどんだけ金つぎこんだと思ってんだい!」
「だから金じゃないって!」

兄も参加。

「母さんの言うことももっともだ。電子工学科に入れば将来花形っていうのに。医者なんておい。人の死ばかり見て」
「生かせることだってあるさ」
「お前が?はっはは」
「笑うなよ!」
「いいか。純粋に人助けしていいのは、真の金持ちだけなんだよ。道楽だ。金持ちに限ってボランティアばっかしてるだろ?」
「ああ。あれは偉いと思うよ」
「ちがうさ。金持ちの奴らは・・・金で満たされない部分があってな。それをそうすることで埋め合わせてるんだ。そうやって世界のバランスが保たれてる」

 バカ井は、むっつりと黙る。

「だからな。身内が第一潤ってないのに、やれ人助けがどうとか正義がどうとか言うな」
「介護のアルバイトをやろうと思って」
「やめとけ。オレが許可しない」
「だって人助けがしたいんだ!」
「医者の人助けは技術でもってしろ。オムツや介助は、その担当にやらせりゃいいんだ」
「もういいよ!」


その頃、適当は開業医の親父に頭を下げていた。
「どうか!許可を!」
「駄目だ。留年がほぼ決まってるというのに」
「だからそれは!追試験には通ってみせる!」
「そんな男が人を助けたいか?やれやれ・・・その前に自分を助けろって言うんだ!」

 適当は床を睨んだ。

「こんな親に、誰が相談するか・・・!」

 シンゴだけが独断で夢を見ていた。

「意外とよお。介護する家のばあさんが金持ちでよぉ。学生さん少ないけどこれ!え?こんなに!いやいや、よければうちの孫。美人のお嬢さんだけどもらってくれないかって。分かりました。おばあちゃんのために、僕この家で一生暮らします!なんちゃってなえへへ。いて!」

 道路。後ろから頭をどつかれる。バカ井と適当。

「(2人)おい。行くぞ」
「へへへ・・・いい夢見てたよ」

 エーーーーーッ!リイイィーーーーーー!








 バカ井が勤める塾。塾長室に呼ばれる。

「参りました!」
「そこ、すわんなさい」

 水槽や無駄な家具が並ぶ。脂の乗り切った経営者はパンフを出した。

「介護施設のパンフだ。我々は塾だけでなく、他の事業にも手を出している。不動産のビジネスの一環として、介護施設も立ち上げるつもりだ」
「ええ、そこでのサポートをして欲しいっていう話ですよね。それで来たわけですが・・・」

適当はのめりこんだ。
「それがこの塾より、バイトの条件がいいわけですか」

 塾長はタバコにむせつつ頷いた。
「うん・・・そうだ。だが君らに頼みたいのは。我々のフレンド会社が経営する介護施設の・・・職員としてでない。顧客の送り迎えだ」

 適当は胸をなでおろした。
「なぁんだ。そんなことでしたら、僕らいつでもオッケーですよ」

 バカ井は気にかけた。
「適当先輩。留年に待ったかけて追試験の要望出してきたとこじゃないっすか」
「追試験?」塾長は眉をしかめた。
「あ。この先輩。いったん留年は決まったんすけど。どうしてもそれがイヤってことで。近々試験があるんです。その勉強で」

適当は遮った。
「いや・・やります。僕ら教養学部で、医師の卵として扱われてないんです。医師の素質としての教養をみがきたいんです」

話が終わり、3人は出た。バカ井は背伸びした。
「ようやく、僕らもこれで医師に近づけるな~!さっそく明日から、授業も代返にして頑張るぞ!」

廊下、コナン坊が立っている。
「さっきの話。全部聞いたよ先生」
「あっ。皆、行っといて。もうすぐ授業だろ。教室に戻りなさい!」
「やだね。さっき先生のカバンが開いてて覗いたら、介護に関係する本があった。それと分厚い冊子」
「それが何だ?本を読んで悪いか?」

コナン坊は窓の外を見た。
「つまりこういうことさ。先生は介護に関するビジネスに関わるため勉強を始めようとしている。貧乏な医学生が割高なハードカバー本を買うくらいだ。アルバイトのためだろう」
「うっ・・・」
「図星だね。君はその本を読むためにこの授業時間を利用したい。生徒も減ってるしここへの未練はない。ならば抜き打ちテスト。その冊子がそうだ。ポッケのチャリチャリ音はコンビニのコピーで余ったコピー代」
「そんなお前に・・関係ないだろ」
「おかしいと思わないかい?」

バカ井は赤くなった。
「おいしい話にとびついて、何が悪い!介護の仕事をもらえたんだ!医者になる上で重要なんだ!」

「へーそうかな。ま、その意味はこれから分かると思うぜ」

 コナン坊を押し付けるように、バカ井は教室に入った。

「えーみなさん!これから抜き打ちテストをします!」
「(一同)ええええ~っ?」
「先生は読書してるから!」

コナン坊は手を挙げた。
「ねぇ先生。試験監督が下向いてたら、それはカンニング認めたことになるようなもんだよ。ねえカイバラさん」

 近くの冷淡な女生徒が、また釘を刺す。

「あたし今日でやめるから。どうでもいいけど」

 エエーーーーーーッ!リイイイーーーッ!

※ 女生徒がやめるのは男子生徒の倍つらい。あっさり笑顔でやってのけるだけに。







 大学の授業。キャンパスで、しゃべりのシンゴに会う。

「よお!勉強してるか!ゲーセン行こうよ!」
「バイトがあって。その」
「お前がなぜバイトばっかりしてんのか、オレ知ってるよ。再受験するつもりだろ。よくいるんだよ。とりあえずこの4流大学に入学して、1流狙うやつがな」
「人聞きの悪いこと、言うなよ!」

 そこへ、憧れのサトミ(2年)が通りかかる。

「あっ!あっ!こんにちは先輩!」
「誰が1流だって?」
「あっそれはもう!サトミ先輩のこ・・あたっ!」

シンゴが銃弾のように喋る。
「こーいつさ。再受験ですよ再受験!バイトしながら受験勉強するってタチの悪さ!こんな4流大学のやつらとは口きかないって。お前さバカ井!どの口開けて言えるんだ!」

サトミ先輩はシンゴを見据える。
「入りたい、いい医局があるから、いい大学を選ぶの?」
「そーですよ。えへへ!」
「だったら。4流大学出てから1流の医局を選んではいけないの?」
「えーそんなのアリ?」
「そーよ。アリなのよ」

感心するバカ井。
「そうだよ。そしたらもう4流なんて関係ないんだからさあ。アッタマ悪いんだから!」

開き直るシンゴ。
「そっかー!じゃあ俺たちは、このままこのエレベータに乗っかって医者になるのを待てばいいんだな!やったろうじゃねえか!」

向こうで立っている、2年の適当先輩。
バカ井は何かを感じる。

「どうしたんですか神妙な顔して」
「・・・」
「やだなあ。まだ失恋引きずってんですか。大したことじゃないですよこの大宇宙に比べたら。僕らね。話してたんですよ。もう医学生になったんだから、もう大学はどうこう言わずそのまま前に進むだけだって!」

シンゴも近寄る。
「そーだよなー。こーして受験戦争をくぐりぬけて。払った代償は大きいんだからさ。楽しくやろうぜ大学生!」

サトミも近寄る。
「そうよ!あたしたちを遮るものなんて、何もない!」

適当、やっと口を開く。

「・・・・たった今。学務で・・・留年言われた」

エーーーーーッ!リイイイィーーーーー!
オオオゥベイベエエッ!




「(見つかった・・・!)」

 しかし、3段目の引き出しには書類が上積みしているだけ。

「あれ?おいおい。目当てはないぜ?」
 適当先輩はガッカリ。

 そうか。どうやら、本は今の乱暴な引き出す動作で奥に落ちてしまったらしい。学習机、万歳!

「ふーん。つまんねぇの」
 適当先輩は、再びベッドに寝そべった。
「なぁ・・・電話しようや」
「電話?どこへです?」
「オ・ン・ナ。大学言うたら、スリーエスでしょうが」

 バカ井はろくに読めない医学書を手にした。
「聞いたことがあります。洞不全症候ぐ・・あたっ!いたぁ」
「ボアカ。スリーエスといったらあんた。スポーツ、スタディ・セッ●スでしょうが!」
「それ筑●大学でしょう?」

 適当先輩は手帳を取り出した。サークルの名簿だ。

「ほらおい。オレの同級。お前も知ってるだろ。憧れのサトミに電話しろ」
「ぼっ?僕が?なんで?」
「オレのことどう思うか、彼女に聞け」
「そんな・・・」

 言われるままに、電話する。

「こんな夜中に。知りませんよ。あっ・・・」
「!」受話器に近づく、適当先輩。

『はい?』
「あ!あ!あのですね!」
『バカ井くん?どうしたの?』
「あの!この夜中になんていうか!その悩みを聞いていただきたくて!」

 適当先輩、落ち着かずスーパーマリオを始める。

『いいわよ』
「あの!先輩は!適当さんのことをどう思われますか!その!とってもいい人だと思うし!」
『そうね・・・あたしもそう思う』

 マリオ、クッパを踏み潰しつつ進む。
「(おっしゃ!)」適当先輩、ボタンが弾む。

「でですね!そのいい人って言われてもですね!その色々あるじゃないですか!」
『?』
「男だとその、複雑なんですよね!今ファジーの時代というかそういうの、もううっとうしくて!」
『あたしが曖昧ってこと?ねぇそうなの?』

 適当、次々とクリアしていく。

「そうですよ!思ってる人のこと、よく考えてあげないと!」
『あたしを思ってる人が?』
「そうですよ!近くにいるんですよ!なぜ気付かないんですか!」
『うん・・・その通りね。さすがバカ井くん』
「えっ。そんな困るなあ!はは・・・」

 適当、敵なしで突き進む。
「もう一押し、頑張れ!」

『そう。近くにいたの。じ・つ・は!』
「はい?」
『声、聞かせるね』
「はい?」

(間)

 適当、コントローラー持ちつつ受話器に耳。
「何やってんだよ?」

「オウ。オレのオンナに何さらしとんねんお前」男の声。

 マリオは空いてる穴に、ヒュルルルと堕ちていった。

エーーーーーッ!リイイィーーーーーー!

(2回目)
エーーーーーッ!リイイィーーーーーー!





 肩を落として寮に戻ると、いつもの適当先輩が待っている。

「おっ。遅くまでご苦労さん」
「こんばんはー」
「塾か」
「はい」

 階段をついてくる。この人につかまったらどこまでも・・・。

「先輩。もう夜の10時ですよ」
「うん。今、起きたから」
「部屋、あまり広くないですけど」

 カチャ、と開ける。適当先輩はベッドに転がる。
「あー。あー。なぁ。なんかないか」
「なんか・・ですか?」
「なんかだよー。なんか。エニィシング。あ、それはなんでもか」

 適当先輩、そこらの引き出しという引き出しを開けていく。

「先輩。ちょっとせ・・」
「何だよ。やましいものでもあるのか?」
「じゃないですけど・・」

 先輩の手が止まる。カセットテープを見つけた。
「あなたが私にくれたもの~フフフフフフフフフフフンフ~」
「それ、借り物なんで」
「大好きだったけど~フフフが~いた~なんて~」
「・・・・・」

 先輩はカセットを放り、講義ノートをペラペラめくる。
「なんだよおい。授業聞いてないじゃねえかよ!」
「そのときは疲れてて・・」

 適当先輩の目がギョロつく。
「何?またバイトでか?」
「え?ええ。よく分か・・」
「分かるよ。分かるんだよ。だってお前いつもバイトだろ?」
「は、はい」

 拳を無意味にテーブルに叩きつける。

「はいじゃないよ!お前将来医者なんだろ・オレだってそうだ。専門課程(3年~)に入ったら、自由はないらしんだ。オレには最後のあがきだ。青春グッバイ、いやグッバイ青春なんだよ」
「はい」
「♪ジグゾーパズルのようさ・・・ようさ・・ようさ」

 先輩、早く帰ってくれ・・・

 すると今度は、先輩の手が机の引き出しに伸びた。

「あっ!」思い出した。そこには・・・
「ああっ?おっ!」ニヤついた適当の手首を思わずつかむ。

 そこには確か、●本が・・・。いや、誰だって、誰だって買うだろう。だからといって宣言して買うものか!

「先輩!そこはちょっ!」
「エロ本。めしとったり~」
「ああっ!」

 適当先輩の力は強かった。
「ふん1段目!・・・・おいおい。電気代払えよ~!」
 請求書の山だった。

「先輩。そこは何もないんです。ないんです」
「はだしのゲンかよお前。中岡家には何もないって言い草だな」
「?」

 2段目を開けられた。
「高校のアルバムやないか~!おお~!この娘かわいいメッチャ!どこ行った?」
「こ、神戸女子・・・」
「彼氏おったんか?え?」
「た、たぶん・・・」
「やっとったんやろなぁ~ブイブイ!」
「そんなはずは!」

 一瞬止まる、適当先輩。

「いやいや~。やっとるってぇ~えへへ!」
「(帰ってシゴいてろ・・・!)」
「パンパカパーン!残るは運命の3段目!」

 大声で、横の薄いドアがドカン!と蹴られる。さすがの適当先輩もひっそり声。しかし表情は懲りてない。

「(小声)今週の、メインイベント!」
「(小声)お願いです!お願いです!」
「おいおい。本気で怒んなよ~」
「どうか・・・」

 適当先輩は、力をゆるめた。
「ま、これくらいにしといたろか・・・」

 天の声を感じた。
「先輩。ホントにすみません」
「このままやったら俺ら、24時間、♪たたか・・えまっすか!」
「あっ!」

 禁断の3段目がバッと手前に開けられた。適当先輩の瞳孔が見開いた。

「♪ビジネスマ-ン!ビジネスマ-ン!」

エーーーーーッ!リィイイイイーーーーオオウベイベェ!

(つづく) 






   



♪ なぁかぁしぃたこぉともあある・・・(以下略)

 ビルの一角。有名予備校ではない小規模な塾。しかし入塾者が溢れている。高校3年生の定員は6人と聞いてたが・・・30人もいる。

 だがどの生徒も落ち着きが無い。いや、わずかは大人しい。

「あーでは、始めます。みんな3年の勉強に入る前に、おさらいしよーなー。2年生までのー。チャート式出してー」

 生徒のコナンっぽい1人が落ち着き払って見ている。どうやらリーダー格だ。
「わかった」
「んー?なんだー?」
「先生。ここアルバイトで来てんだろう?」
「あ、うう」
「アルバイトはいいよね。正職員じゃないんだよね」

 こ、こいつ・・・。

「ねぇねぇ。医学生の人がなんで学校の先生の真似するの?」
「そ、それは・・・」
「となりのクラスはね。選抜クラスで教えてる先生は隣町の先生やってた人なんだ」
「で、では1ページ」
「だから無理して教えなくていいよ。僕たちバカだからさ。ホッとしたでしょ」

 無視して授業するが、緊張が走る。英語を朗読。またコナンがせき止める。

「ねぇねぇ。さっき先生、theのところザって発音したでしょ。elementだからズィでしょ?」
「うっあっ」
「あはは。あはは。僕が正しかったあはは」

 次は物理だ。物理はまだ記憶が新しい!コナンが挑戦状。
「ねぇこれZ会の問題なんだ。解ける?」
「そ、そりゃな!」
 
 Z会は入ってたんだ!こんな問題!

「えーと。mgに、遠心力・・・」
「あっそうか。医学生だもんね解けるよね」
「プレッシャーか・・・いやいや計算には入れん!よし!言うぞ!ここに書くぞ!」

 5つ答えを書く。
「5ghだろ!ルートgの2乗にkr3乗にpの2乗にqrs!」

 コナンはすかさず答えた。
「間違いだね。答えはゼロ」
「なに?そんなはずは!」
「だってどの答えも重量忘れてる」
「ああそうだった!エム足さなエム!」書き足す。

「もう遅いよ。これが本番なら零点だよ」

うぐぐ・・・。

 近くの暗そうな女子が答える。

「医学生も、たいしたことないのね」

 コナンが後ろに傾く。
「先生。教養学部で脳細胞ふっとんじゃったね。解答は!つねにひとつ!」(そこでなぜお前が決める?)

 エーーーーーッ!リイイイィーーーーーー!



















 ♪ なぁかぁしぃたこぉともあある・・・(以下略)

 バカ井(主役)は、夜中自転車をこぎ続けた。パチンコの帰りだが、やはり今日も負けていた。
「あああ、バイト遅れるよ!バイト!」

 段差をウィリーで飛び乗ったが後輪がぶち当たり、たぶんパンクした。そのまま2階建ての寮に入る。1月1万円。トイレは共同。

 後ろ、スープラが停まっている。緑の光るナンバー。CD10連奏。先輩の2年生のだ。
「プップー!おい。今からディスコ行こうと思うんやけど」
「先輩すみません。今から僕、バイトなんです」
「チッ・・・私立の女子大の子ら来てんのによ!まあ俺は間に合ってんだけどよ!」
「ごめんなさい!」

 スープラは<ゴッドファーザー>を鳴らし、急発進で行ってしまう。

 バカ井は部屋に入り、せっせと支度。参考書の詰め込み。留守電を聞く。

『こちら大阪ガスです。明日までに振り込まなければ、ガスは止まりまピーガチャ!』

 隣の薄い壁の向こうは米米クラブが聞こえ、数人が合唱。夏だが冷房も、扇風機すらない。テレビは14インチだが台が移動しすぎて車が1個なく傾いている。

『あーオレ。先輩だけど。大至急、電話するように。いったいどこ行ってんねやこいつピー!』

 再び自転車に飛び乗る。今も共同トイレは使用中。急な坂を駆け上り、塾へと向かう。時給2千円。大学を通じてやっと見つけたアルバイトだった。

 たち漕ぎにつかれ、横の自動販売機にもたれかかった。

「はーもうだめ!タイム!」
 次々と滴り落ちる汗。授業の始業は近い。

 すると、横にメタリックのRX7がブロロン!と停まる。きっとヤンキーだ。窓が開いており、何か野次を飛ばされそうだ。

「お、お金は持ってませんから!」

しかし、向こうの冷やかしはある意味軽いものだった。

「エロ本買うなよー!あっはははは!」
ブゥー!と走り去り、ストップランプが滲む。

「エロ本って何だよ!エロ本て!」

 ふと、販売機を見ると・・・確かにエロ本が10冊ほど売っている。

「エーーーーーーーッ?リィイーーーーーーーー!」


(つづく)

 








 
 山田太一の脚本には唸らされる。ふぞろいの・・はスケールの小さい話ではあるものの、今見ても普遍的なテーマが取り上げられている。だが背景に好景気があり、そこにはチャンスがあるかもしれないという雰囲気が漂う。みないい人ばかりだし携帯もなく、今見ると別次元のストーリー。

 バブル世代の、貴重な思い出アルバムだ。国立の医学生にも以前は教養学部という平和な時代があり、若さを持て余す2年間があった。

 どういうものだったか、知らない人のために説明しよう。
 『リーダーシップそれ自体はよいものでも望ましいものでもない。それは手段である。いっぽうカリスマ性はリーダーたらんとする者を破滅させる』

 病院で言うなら、カリスマは経営者で、リーダーシップは院長・・であるべき。2つ兼ねることは現実にはほぼ不可能だが、そう望む者もいる。

 しかしこれはやはり・・・別々のほうがいい。組織には絶対的な存在と、嫌われ役が必要だ。嫌われ者が出るくらいの仕事ぶりなら、よほどたるんだ証拠。さてこの絶対的、というのはスタッフの心の中の安定という意味だ。正しいかどうかということでなく、スタッフの心の健康のために重要だ。

 なので病院の場合カリスマは陰にあるものでなくてはならず、あくまでリーダーに権限があるべきだ。カリスマがリーダーみたいに口を出すと、スタッフの士気は一気に下がる。病院の会議でもそこを間違えると、スタッフはみな不安になり病院そのものを信じなくなる。そして病院のために頑張らない。そのツケはリーダーに来て、結局経営者に来る。



 
 『イノベーションとは理論的な分析であるとともに知覚的な認識である。イノベーションを行うにあたっては、外に出、見、問い、聞かなければならない。イノベーションに成功する者は、数字を見るとともに人を見る。』

 患者との対話・診察を極力避けて、カルテ・データとばかり対峙する先生もよくみかける。データだけで治療の方針が決まる場合もあろうが、データで表しようが無いものも潜んでいる。

 特に視覚的なもの(褥創、発赤、骨折)が見落とされればデータに反映されるのはかなり後もしくは反映すらされない。データばかり見ていて『まだ良くならない。なんでだろう』と次の検査指示を出す前に、視覚的なSOS信号が出てないか見に行くことも必要。患者の顔、手、足などふだんから見ていれば、その変化に気付きやすくなる。

『データはいい。なのに見た目がしっくりこない』
 →違った角度から検査。
『データが悪い。なのに状態は良くなってそうだ』
 →再検査、見直し。


『選択肢を前にした若者が答えるべき問題は、正確には、何をしたらよいかではなく、自分を使って何をしたいかである』

 大学病院の上層部から(教授になれず、または目指さず)民間病院へ下っていくドクターも多い。たいていは院長職で納得する。

 もし一般診療の経験が少なく専門性が高いまま異動すると、その専門にしがみつき診療・経営に癖が出てしまうことが多い。『自分は内視鏡ならやる』『この類のオペなら受ける』『自分は呼吸器だから心臓は診ない』など。患者を選ぶようになると、患者は自然と遠のいていく。

 専門性の高い病院では何をしたいか堂々と言えるが、そうでない病院ではよく考えてから→こだわる必要がある。選択肢を複数挙げ、その中で組織に一番有益なものを選ぶべき。その中で、なるべく組織に有益なものを身に着けていく。


 いったん中断し、これまでの内容に関連して。

 医療スタッフを退職した高齢の方々と話す機会が多い。昔の写真なども見せて頂いた。あの頃は・・という話は非常に目を輝かせるものだが、悪く言えば好き勝手できたところもある。

 ただ沈む話としてよく出てくるのは、『実は仕事のほうに没頭できることで、煩わしい家事から逃げていた』といった内容。家事というのは子育てや雑用を全て彼らの親世代に任せていたこと。ただしそれで何か失ったわけではないが、それで子供ひいては日常に対して不器用になってしまったという。その後子供(成長した後も)に悪い要素が見つかるたび反省しているという。ついさきほどのテーマに通じる話だ。

 あと沈んだ話ではもう1つ『花の時に(恋愛・結婚)してればよかったものを』というもの。いかにも古い世代の表現だが、これはナースに多かった。タイタニックの老婆の話のように、こちらも今日のタイトル同様夢中になる。

「あれはそう・・この老朽化した病院が」
脳内、CGで立派に蘇る活気ある病院。

 トイレで泣く(若い頃の)ナース。当然いじめによる。病棟に引き返すが、またもいじめられる。手を振り上げようとした上司の手を・・・医師がつかむ。

「お前は何を考えている?弱者を虐めるのが君の趣味なのか?とっとと出ろ!」
 と、窮地を救われる。その後若ナースは終始ドキドキ。食堂、飲み会、テニスなど・・・。特に病院にテニスコートなどあるのは当時(いつや?)珍しくなく、若ナース・ドクターら交流の場だったという。

 さっきのイケ面(だそうだ)医師が1人スマッシュ。「誰がいいと思う?」
相手の医師が跳ね返す。「若手はどうだ?」
「そうだな・・・」球から気をそらし、若ナースをじっと見る。

 そこからの進展はなし。ところが若ナース、もう1人の医師も気になる。イケ面30代は落ち着きがありセクシー、もう1人は若く新進気鋭。2人が彼女の間を揺れ動いたらしい。

 そして、ああいいな、ああいいなという間に2人とも転勤してしまい、時間が経ってしまったのだという。

(現在)

(僕)「おばあさん。そのあと来た医師は?」
「それはもう話にならなかった。レディに対しての気配りはなし。そんな男など価値はないわ」
「・・・・・」

 どんどんプライドが高くなっていったのでは。


『未来を知る方法は、ふたつある。一つは、(新たな概念を)自分で創ることである。もう一つは、すでに起こったことの帰結を見ることである。そして行動に結びつけることである』

 前者は医療スタッフには無理な話。大学にこもって論文作成を続けるなら別。

 後者は今あるデータの延長上(結果が明らかなもの)に備えて準備しておけというもの。東海地震に備えるのもある意味そうか。

 病院で常に気にしておくべき<未来>は①患者の病状、②病院経営の状態、③自分のポジション。

 ① ・・ 病態が安定化しても、いつ急に悪化するか分らない。鎮静化・退院で感謝されても自分を過大評価することなく、むしろ悪化したときの対応などを考えておく。

 ② ・・ 何年も勤めていれば、1年ごとに患者数・売上など感覚的な比較ができるはず。優秀な人間が辞めたりやたら新機種が入ったり・・・情報は入手できる。

 ③ ・・ 自分の真のポストは<何職>というのでなく、ズバリ自分なしでは他が追随できない領域。マニアックでなく、収益に通じる数こなしの領域(特殊技術)。だが自分の年齢が老いたとき、医師の数が減ってきたときの負担など敏感であるべき。

 こうして未来を予測する。いずれにしても、平和な状況に油断せず、水面下で疑い深くなることを勧める。



 『えてして会社は、自らの経営幹部に対し、会社を生活の中心に据えることを期待する。しかし仕事オンリーの人たちは視野が狭くなる。会社だけが人生であるために会社にしがみつく』

 ところが今は一般の企業では残業ができないようになってたり、残業代が出ないで会社にしがみつくメリットが少ないような気がする。

 それはいいとして、病院では未だに<しがみつける>環境にある。時代が変わっても、そこは変わるところがない。医師はマニアックになればなるほど専門としては一目置かれ、ナースも基幹病院で優秀だと勉強を勧められ、勉強そのものに追われて気がつけば晩婚化している。

 勉強・研究にはまりすぎると特定の場所(研究室・現場)では重宝されるが、そこでの居心地がいいので普段の生活に魅力を、やりがいを感じにくくなる。

 そういう人たちに共通するのは、真の友人・趣味(賭け事は別)がないことだ。仕事は本来厳しいもので、日常家庭も同様。そんな中、逃げ場として職場を求めれば宗教となんら変わらない(絶対的な存在)ものとなる。

 じゃあ病院にとっては危険なのか・・・?マニアックなスタッフは無償な姿勢があるため都合のいい存在だろう。それだけだ。







 『ちょうど強みを発揮できる仕事で成果をあげるように、人は得意な仕方で仕事の成果をあげる』


 仕事のやり方の個性。あなたは困難な症例でもガツガツやる方か。それとも石橋を叩きつつリスクを避けるほうか。

 たとえば1つの大掛かりな検査手技を行うときストラテジーという手順が施設によって決められてる。施設によっても様々で、それをそのまま他院にうまく応用できる場合もあれば逆もある。職場が変わると、それまでのスタンスが通用するとは限らない。職場が変わらずとも環境は変わる。スタッフの辞職・新入、経営の流れにも左右される。

 もし優秀なスタッフなど入ってレベルが上がったのなら強みとして目標を高めに置いて、近いうち必ずフィードバック、つまり再評価する。期待と評価が違わなければ、次へのステージだ。と言いたいところだが、それでは経営者の思うツボ。目標は腹八分。そこで精一杯とアピールすれば、スポンサーと折り合うことができる。

 でもなぜか、活気ある現場はたいてい背負いすぎて失敗していく。そこには・・・自らの限界感を充実感と捉えてしまい、自分の体力・限りある時間を無視してしまう軽率さが背景にある。

 わしはどっちの味方だ?


 
 
 『専門知識を一般知識へと統合できない教養課程や一般教養は、教養ではない』

 これはつまり、専門知識を単なる知識として伝授するのでなく、常識に通じるようカンフー的に教えろと?ベストキッドのミヤギのように『カラテ、ここ(胸)』と指導せよということか。

 医師でも医学知識しか知らない人間はけっこういて、教え方も淡々としているのも多い。『これをこうするとこうなるわけです。やってください。ああ、できませんね。おかしいな。いいですか、はいこう。やって。あれ、できないねー。うんおかしいねー』

 例えば内視鏡を教えるとき、僕は途中で肩の力を抜かせる。『コクピットの操縦だよ。ではこれは運転だ。道を走ってる。みな運転できれば同じだろ。最初が不安なだけだ。俺もそうだった(ちょっとスタローン入)。慣れたらワープスピード!』

 解剖をなかなか覚えられない者にも『大阪府に例えてみろ。頭脳が北摂、胃袋はミナミ。心臓は梅田だろ?』であとは学習してくれた。脳動脈に関しても応用。

 つまり相手にとって難しそうな専門内容を、優位なこちらが敢えて別次元のユーモアで教え込む。脳に流れるドーパミン。相手は君の信者となる。










 『尊敬される人は、高い目標を掲げ、その実現を求める。誰がどう思うかなど気にしない。何が正しいかを考える。頭のよさより、真摯さ(熱心・まじめであること)を重視する。真摯さに欠ける者だと、組織は死への道をたどる』

 というような内容。

 医師で尊敬されるのは、器的には動じることなく冷静に対処でき何でも診てくれて夜間でもそれを厭わず疲れしらずの・・・おいおい。とにかく求められればキリが無い。なので尊敬される必要は無い。ただスタッフらを育成・つなぎとめるには有効だ。

 本来、相手は病気・患者だ。通常の仕事のように知り尽くして仕事するのでなく、海の奥深くへなるべく潜っていき探求する仕事だ。深ければ深いほど難解になり、リスクは増す。自分の耐震性を把握している者は、そこで末永く勤めることができる。

 尊敬を求めるのはまずそこを確立してからだ。医師なら『何が得意か』必ず1つは必要。伝聞は具体的な言葉で流れるのでキーワードが必要だからだ。

『胃カメラが上手』『オペをバンバンしなさる』『患者数が多い』などなど。とりあえず1目は置かれる。

 さてその上で、病院の身近な目標を掲げる。いつもの得意の業務で皆を感心させたあと、すかさず言うのは効果がある。

(エレベーター開)
『俺は・・まだまだいけるよ。どんどん黒字にしたるわ』
(エレベーター閉)

 さあ、そこからは何でも言いなさい。不思議と皆さん、ついてきます。



 ・・・しながら、これを病院経営の現実に照らし合わせてみよう。なんとまあ現時点で190回を数え、今も定期に更新しているマメな企画だ。この連載はむろんHP閲覧だろうが、無料で手軽に鑑賞できるのはありがたい。本を買うとついその価値まで元取ろうとしてガツガツしてしまいがちだ。

<3分間ドラッカー>はこちら。

http://diamond.jp/category/s-drucker_3m?page=10

ドラッカー?

2010年4月16日 読書
 非常に興味深い。これがもし秘伝のノウハウなら、なぜ今頃になって安価な形で登場するのか。火付け役はこれとして、(このブームの雰囲気は)大衆に何を目指せさせるのか。株やアメリカの国債購入か?

 病院のマネジメントを医師がやったら、たいていロクな結果に終わらない。経営者は現場を離れるのが宿命。離れれば数字しか見なくなる。現場の不満が爆発し、一族経営の方向に。だが一族に有能な者がおらず、組織としては無能化していく。

 だが病院経営に企業の理念が反映されてきていることは確かだ、結果は別として。

 読んでみて、また報告したい。

 
 気がついたらコントロールされてる、そんなスタッフらは多い。ある意味不可抗力だから仕方ない。自ら自分の動きを単調化させ割り切れば楽だが、不測の事態に何も対応できない。能力とはまた別の話。

 そういうスタッフらと話をすると、共通するのが<自分のなさ>。僕の言う意味はつまり自分との対話が無いこと。むしろ対話する必要の無い環境。その当たり前の環境に疑問を感じなくなった姿だ。

 役人の場合は籠の中であり疑問を生じても何もできないが、医療スタッフは1人の力で周囲を変えれるほどのポテンシャルがある。ただし変えるということは非常に疲れることなので、ほとんどの人はそうしない。変えようとするものが大きすぎるからかもしれない。

 恐らく人にとって一番苦手な相手は、自分ではないだろうか。それ以外をすることで充実してしまうが、肝心なものから逃げているのではと思う。医療スタッフは仕事が多すぎ深すぎて、逃げ場がいくらでもある。だがそのツケは、それらが行き詰ったところでやってくる。気がつけば子供のままの老人だ。

 ああなるほど、本を読め、武道をしろとはそういうことか・・・。

 自分にとってこのブログが自分と向き合うもの。人生の訂正ノート(寒)。

 




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