だるいやつら ? 鉄砲玉
2007年5月2日「息子さんは!お母さん!息子さんは!」
僕はオバサンに食ってかかり、引き戸を開けようとした。
「ちょっと待ちいや!待ちいや!あ」
オバサンは僕の足元に注目した。
「今、しきい踏んだんとちゃうか?」
うずくまっていた男性がユラ〜と立ち上がった。
「そっちやない!片割れが駐車場におんねや!」
「片割れ?」
「杯、交わした兄弟や。どうしようもない近所のオッサンやけどな。ま。血はつながってないがな」
駐車場・・・家の手前の駐車場のようだ。
数歩進むと、そこはコイン駐車場。1時間400円。
車はちらほら停まっている程度。
暗がりに目が慣れて分かったが、料金計算のとこに黒スーツ着たオッサンがいる。無精ヒゲでチャイニーズっぽい。
「あの人が・・?」
「ボケ。あれが<兄さん>の方や!」
「じゃ、<弟>は?」
「お!夕飯の匂いしてきた。すき焼きや!じゃ!」
「あ!」
男は走って帰って行った。確かに、いい匂いがする。またしても腹が減ってきた。
とにかくこの任務を終わらせたい。僕は黒スーツに近づいた。
「あの・・・」
「・・・・・」男は、料金のボタンを何度もカチャカチャ押している。もちろん何も出てこない。
「すみません。弟さんは」
「?」
確かにオッサンと呼ぶにふさわしい、不精ヒゲのおっさんだ。眼鏡をかけており、マフィアっぽい。
「おうおう〜」酒臭い。
「弟さん。弟さんは」
「あんな。おまえ、ええとこ来たな」
「は?」
「わしのマイカーな。マイカー。駐車場ないから時々、ここに停めてんねん」
「はあ・・」
「完全に乗り上げたらシャッター、上がって出られんやろ?だからそこは乗り上げせんようにすんねん」
「乗り上げない?」
「せや。ちょっと車、前に突き出るけどな。でもなでもな。あやまって乗り越えてもたねん」
「・・・・・」
「金、払わんと出られんやろ?で、ここで金探してんねん」
「ここは、むしろ金を払うところで・・わっぷ!」
オッサンは強い力で僕を引きよせ、思いっきり臭い息を吹きかけた。
「ちょ、ちょっと!」
「相棒やん。今日からの相棒や!ここでわしら、金持ちや!」
「ちち、ちが!」
「だってここ、おい。<料金所>って書いとるやないか!」
「くく・・・そうですね」
離そうとするが、力が強すぎて離れない。
「ヒック。でな。弟にお願いしたらな。金、用意してくるから待っとれって」
「金を用意・・?」
「あいつの得意技や。ちょっと近所のモンおどしてくんねん」
「なな・・・!」
すると、近くスレスレを1台のトラックがゆっくり通りかかった。思わず飛びのいた。緑色の、旧式そうな大型トラックだ。
そのまま近くの空きスペースに停めるため、トラックはゆっくり車体を斜めに向けていた。
その正面、その「顔」。
「うっわ・・・これっておい?」
まさかと思いつつ、しかし患者のことが第一だった。
「わ。わし轢かれた。な!今。轢かれたよな!」オッサンがしつこい。
「い、いや。轢かれてはないでしょう?」
「おまえ、証人な。生き証人。裁判のとき頼むで!」
黒い煙を最後に上げて停車した、そのトラックから出てきたのは・・・まだ20歳くらいであろう、あどけない青年たち4人だった。作業服と派手な私服が混じったような格好だ。頭にはそれぞれバンダナをしている。どこやら一昔の革命家のようだった。
しかし目つきがどことなく鋭い。そのうちの背の低めの童顔が、オッサンを見ていた。リーダー格と思われる彼は、何やらうすら笑いをしている。
「オッサン。なにしとんねや?」
「ヒック。お前、わしの脚、轢いたひいた!」
「西成(警察)に突き出したろか?」
「(他の3人)へへへ・・・!」
オッサンは説明し始めた。
「あのな。わしのな。車がなあ、ほれ。出られんようになってもうたんや!」
酒の臭気がどんどんきつくなる。
チビの青年は、ゆっくり至近距離まで近づいた。
「病院の救急車な。お前。見てないか?」
「救急車やない!わいのあの車!」
「お前は?」僕は指さされた。白衣を着てないので、目立ってない。
「いえいえ」プルプル何度も首を振った。
「おっかしいな・・・ホンマやろな?おいオッサン。弟分は大丈夫やろな?まさか病院に連れていかれてないわな?」
「弟はホレ。金、調達に行った!」
はずみで、僕はやっと解放された。
「アニキ!アニキ!金!カネ!」
一見、健康優良児っぽい中年男性が走ってきた。でも頭はパンチだ。
黒いスーツと組み合わせると、まるでホストか散髪屋<男は、あ・た・ま>の写真だ。
周囲が緊迫し始めた。
「アニキ。こいつらがなんか、したんか?」
鋭い目つきで、弟は周囲を見渡した。好戦的な構えだ。
僕は違うと言いたかったが・・・。
「アニキ。こいつか?こいつが何か、したんか?」
<弟>は、僕の方に近寄ってきた。僕はプルプル首を横に振った。
「その手に掲げとるリュック、見せいや」
バッ、とリュックを取られた。DCが入っている。
「あ、それ!」としか言えず。
「とらんがな。とらんがな。借りるだけや。おっ?これは」
打腱器を取り上げ、もの珍しそうに見る。
「これで。なにすんや?」
「いや、これは・・」
「人殺しか?」
「ま、まさか!」
「じゃあ、なんなんや!」
放置してある椅子に、とりあえず座ってもらった。
「これはですね・・・こうやって」
<弟>の右脚を中に浮かせ、それで膝の下を叩いた。
「あっ。今、ピョンとなったで!も1回せえ!」
「はい!うりゃ!」
「たた!」強すぎて、下腿が前方にピクピク投げ出された。
「す、すんません!」
「おもろい兄ちゃんやな。あんた。ええ武器や。俺は丸腰でええで!」
<兄>がフラフラしつつ、口をはさむ。
「そいつは証人や。犯人ちゃうで。わいの足ひいたんは、この4人や」
「なんやて?」
幸い僕は暴力を受けなかったが・・・彼の視線は困った4人に向けられた。
僕はオバサンに食ってかかり、引き戸を開けようとした。
「ちょっと待ちいや!待ちいや!あ」
オバサンは僕の足元に注目した。
「今、しきい踏んだんとちゃうか?」
うずくまっていた男性がユラ〜と立ち上がった。
「そっちやない!片割れが駐車場におんねや!」
「片割れ?」
「杯、交わした兄弟や。どうしようもない近所のオッサンやけどな。ま。血はつながってないがな」
駐車場・・・家の手前の駐車場のようだ。
数歩進むと、そこはコイン駐車場。1時間400円。
車はちらほら停まっている程度。
暗がりに目が慣れて分かったが、料金計算のとこに黒スーツ着たオッサンがいる。無精ヒゲでチャイニーズっぽい。
「あの人が・・?」
「ボケ。あれが<兄さん>の方や!」
「じゃ、<弟>は?」
「お!夕飯の匂いしてきた。すき焼きや!じゃ!」
「あ!」
男は走って帰って行った。確かに、いい匂いがする。またしても腹が減ってきた。
とにかくこの任務を終わらせたい。僕は黒スーツに近づいた。
「あの・・・」
「・・・・・」男は、料金のボタンを何度もカチャカチャ押している。もちろん何も出てこない。
「すみません。弟さんは」
「?」
確かにオッサンと呼ぶにふさわしい、不精ヒゲのおっさんだ。眼鏡をかけており、マフィアっぽい。
「おうおう〜」酒臭い。
「弟さん。弟さんは」
「あんな。おまえ、ええとこ来たな」
「は?」
「わしのマイカーな。マイカー。駐車場ないから時々、ここに停めてんねん」
「はあ・・」
「完全に乗り上げたらシャッター、上がって出られんやろ?だからそこは乗り上げせんようにすんねん」
「乗り上げない?」
「せや。ちょっと車、前に突き出るけどな。でもなでもな。あやまって乗り越えてもたねん」
「・・・・・」
「金、払わんと出られんやろ?で、ここで金探してんねん」
「ここは、むしろ金を払うところで・・わっぷ!」
オッサンは強い力で僕を引きよせ、思いっきり臭い息を吹きかけた。
「ちょ、ちょっと!」
「相棒やん。今日からの相棒や!ここでわしら、金持ちや!」
「ちち、ちが!」
「だってここ、おい。<料金所>って書いとるやないか!」
「くく・・・そうですね」
離そうとするが、力が強すぎて離れない。
「ヒック。でな。弟にお願いしたらな。金、用意してくるから待っとれって」
「金を用意・・?」
「あいつの得意技や。ちょっと近所のモンおどしてくんねん」
「なな・・・!」
すると、近くスレスレを1台のトラックがゆっくり通りかかった。思わず飛びのいた。緑色の、旧式そうな大型トラックだ。
そのまま近くの空きスペースに停めるため、トラックはゆっくり車体を斜めに向けていた。
その正面、その「顔」。
「うっわ・・・これっておい?」
まさかと思いつつ、しかし患者のことが第一だった。
「わ。わし轢かれた。な!今。轢かれたよな!」オッサンがしつこい。
「い、いや。轢かれてはないでしょう?」
「おまえ、証人な。生き証人。裁判のとき頼むで!」
黒い煙を最後に上げて停車した、そのトラックから出てきたのは・・・まだ20歳くらいであろう、あどけない青年たち4人だった。作業服と派手な私服が混じったような格好だ。頭にはそれぞれバンダナをしている。どこやら一昔の革命家のようだった。
しかし目つきがどことなく鋭い。そのうちの背の低めの童顔が、オッサンを見ていた。リーダー格と思われる彼は、何やらうすら笑いをしている。
「オッサン。なにしとんねや?」
「ヒック。お前、わしの脚、轢いたひいた!」
「西成(警察)に突き出したろか?」
「(他の3人)へへへ・・・!」
オッサンは説明し始めた。
「あのな。わしのな。車がなあ、ほれ。出られんようになってもうたんや!」
酒の臭気がどんどんきつくなる。
チビの青年は、ゆっくり至近距離まで近づいた。
「病院の救急車な。お前。見てないか?」
「救急車やない!わいのあの車!」
「お前は?」僕は指さされた。白衣を着てないので、目立ってない。
「いえいえ」プルプル何度も首を振った。
「おっかしいな・・・ホンマやろな?おいオッサン。弟分は大丈夫やろな?まさか病院に連れていかれてないわな?」
「弟はホレ。金、調達に行った!」
はずみで、僕はやっと解放された。
「アニキ!アニキ!金!カネ!」
一見、健康優良児っぽい中年男性が走ってきた。でも頭はパンチだ。
黒いスーツと組み合わせると、まるでホストか散髪屋<男は、あ・た・ま>の写真だ。
周囲が緊迫し始めた。
「アニキ。こいつらがなんか、したんか?」
鋭い目つきで、弟は周囲を見渡した。好戦的な構えだ。
僕は違うと言いたかったが・・・。
「アニキ。こいつか?こいつが何か、したんか?」
<弟>は、僕の方に近寄ってきた。僕はプルプル首を横に振った。
「その手に掲げとるリュック、見せいや」
バッ、とリュックを取られた。DCが入っている。
「あ、それ!」としか言えず。
「とらんがな。とらんがな。借りるだけや。おっ?これは」
打腱器を取り上げ、もの珍しそうに見る。
「これで。なにすんや?」
「いや、これは・・」
「人殺しか?」
「ま、まさか!」
「じゃあ、なんなんや!」
放置してある椅子に、とりあえず座ってもらった。
「これはですね・・・こうやって」
<弟>の右脚を中に浮かせ、それで膝の下を叩いた。
「あっ。今、ピョンとなったで!も1回せえ!」
「はい!うりゃ!」
「たた!」強すぎて、下腿が前方にピクピク投げ出された。
「す、すんません!」
「おもろい兄ちゃんやな。あんた。ええ武器や。俺は丸腰でええで!」
<兄>がフラフラしつつ、口をはさむ。
「そいつは証人や。犯人ちゃうで。わいの足ひいたんは、この4人や」
「なんやて?」
幸い僕は暴力を受けなかったが・・・彼の視線は困った4人に向けられた。
だるいやつら ? JCS=100
2007年5月2日<弟>は4人の青年を指差した。
「お前らか。お前らホントに医者、(トラックで)跳ねたんやな。わっはは!」
暫くの沈黙のあと、4人のうちのチビが<弟>に近寄った。
「だいたい。お前のオカンが、医者呼んだんが始まりや!」
「おら医者、行かんってのに!」
「医者がな!ここまで<往診>に来るっちゅう話にされとったんや。あんだけ来んかった病院がやで?しかも今日になってな!」
「倒れたっていうてもな。一瞬やで一瞬!いけまんがな!」
会話の途中、まるで眠気のように傾きつつある。僕と時々眼が合う。表情は初期のジュード・ロウのように狂気を帯びていた。
「お前が病院行ったらな。わしら困んねん!」
「言わんがな!」
「病院で手術とか何かあったら、麻酔とかでつい喋ってまうんやろ?」
実にありえなかったが、こちらは口を挟む余裕などなかった。
どうやら、わけありのファミリーか何かのようだな・・・!
「救急車なんか、どれ。来んやないか。もう帰れ。お前ら!」<弟分>はアゴで促した。
「いや。来るで。最後の一件がここやって聞いた」
どうやって聞いたかは知らないが、まずい状況だ。
「サトル(←チビ)。おまえ最近、えらそうなんちゃうんか?」
「そんなことないやろ」
「さっきから黙っといたらええ気に」
「やってみいや!そしたらやってみいや!」青二才は大口を開けた。
<弟>は両拳を合わせ、パキパキ指を鳴らした。
「なあ。ホントのパンチ見せたろか」
頭のこと(髪)のはずがない。ここにはジョークなどなかった。この殺伐とした町は、ダウンタウンのメインストリートに違いない、など勝手にあれこれ想像した。
<弟>がチビのエリをつかみ、ゆっくり引き寄せた瞬間、パンと鈍い音が聞こえた。チビはまともに殴られ、そのまま後方に吹っ飛んだ。人形のようだ。
すぐさま弟は、長い脚で真横にブン、ブンと蹴りを入れていった。慣れている。残り3人のうちの1人の腹に、まともに命中していく。後ずさっても後ずさっても、蹴りは激しさを増していった。あと2人は反射的にか数歩退がった。
<兄>はボケっとたたずんでいる。そして<弟>は僕を指差し・・・
「お前も、やったろか!」
指さされ僕は凝固したが、とたん彼の電源が切れた。
「うっ」
「あっ」
彼はそのまま、力なく地面に肩から倒れた。まさしく電源が切れたようだ。
軽くピクつき、なんとか腕を曲げてついた。
「あたっ。くそ」なんで?という表情で彼は起き上がろうとした。
「あの。心電図によるとあなたの病名は」
名乗り出ようとしたが、彼はさっそくと4人に手足をつかまれた。
「わっははは!おい!」それでも余裕?の彼は、手足を持たれたまま、4人にタタタ、と連れて行かれた。
「はっはー!おいおい?」
「あ!ちょっと!」
僕は追いつけず、さきほどの家へ。実はオバサンはそこから見ていたようだ。
「おばさん!いやお母さん!警察と、うちの病院電話してください!ここ、携帯がつながらなくて!」
「あんた医者なんやろ!なんとか出来んのか!たよりない!」
「暴力までは、できません!」
暗がりの中、足音に耳を傾け走った。走るまでもなく、<弟>は地べたで仰向けに寝かされていた。すでにボコボコにされている。
胸をつねると、手がそこへ飛んできた。幸い当たらず。レベル100といったところ。
さらに診察したが、打撲程度と思われる。神経学的所見も問題ないが、後遺症が出ることはありますよ、とムンテラする暇などない。
かかっている液体はたぶん小便だ。DCも取られたのか、どこにあるのか・・絶望的と思われる。
ガッ・・・ガガガガ・・・とエンジンの音だ。さっきの三輪トラックか。
「起きて!起きて!あ、そうか」
バイタルはせめてと確認。脈は・・・今のとこ、強い。それしか分らない。最近は超音波やカテーテルなど一見>百聞の検査ばかりしてて、盲目的な所見取りに慣れてなかった。
でも、時々触知できないときがあるな・・・!
ルート(点滴)をとりたいが、今度はルート(道路)にトラックが躍り出そうだ。救急車までそう遠くないが、仕方なく朦朧の彼の片腕を背負った。
「起きてくれ!起きてください!」
「・・・」とりあえず目が開いた。レベル10だ。
「とりあえず、家に入りましょう!」 二人三脚のようなぎこちなさで、僕らは彼らの1軒屋に入り込んだ。
「はあ。はあ。ここがどこか、わかりますか?」
と呼びかけたところ、彼はくわっと眼を見開いた。
「アホが!自分の家くらい分かるわボケナス!」
レベルは0(クリア=意識清明)・・としたいところだが、ここは減点して1(見当識は保たれるが清明とまではいえず)とした。
鍵をかけてもらい、ここで待機することにした。
「お前らか。お前らホントに医者、(トラックで)跳ねたんやな。わっはは!」
暫くの沈黙のあと、4人のうちのチビが<弟>に近寄った。
「だいたい。お前のオカンが、医者呼んだんが始まりや!」
「おら医者、行かんってのに!」
「医者がな!ここまで<往診>に来るっちゅう話にされとったんや。あんだけ来んかった病院がやで?しかも今日になってな!」
「倒れたっていうてもな。一瞬やで一瞬!いけまんがな!」
会話の途中、まるで眠気のように傾きつつある。僕と時々眼が合う。表情は初期のジュード・ロウのように狂気を帯びていた。
「お前が病院行ったらな。わしら困んねん!」
「言わんがな!」
「病院で手術とか何かあったら、麻酔とかでつい喋ってまうんやろ?」
実にありえなかったが、こちらは口を挟む余裕などなかった。
どうやら、わけありのファミリーか何かのようだな・・・!
「救急車なんか、どれ。来んやないか。もう帰れ。お前ら!」<弟分>はアゴで促した。
「いや。来るで。最後の一件がここやって聞いた」
どうやって聞いたかは知らないが、まずい状況だ。
「サトル(←チビ)。おまえ最近、えらそうなんちゃうんか?」
「そんなことないやろ」
「さっきから黙っといたらええ気に」
「やってみいや!そしたらやってみいや!」青二才は大口を開けた。
<弟>は両拳を合わせ、パキパキ指を鳴らした。
「なあ。ホントのパンチ見せたろか」
頭のこと(髪)のはずがない。ここにはジョークなどなかった。この殺伐とした町は、ダウンタウンのメインストリートに違いない、など勝手にあれこれ想像した。
<弟>がチビのエリをつかみ、ゆっくり引き寄せた瞬間、パンと鈍い音が聞こえた。チビはまともに殴られ、そのまま後方に吹っ飛んだ。人形のようだ。
すぐさま弟は、長い脚で真横にブン、ブンと蹴りを入れていった。慣れている。残り3人のうちの1人の腹に、まともに命中していく。後ずさっても後ずさっても、蹴りは激しさを増していった。あと2人は反射的にか数歩退がった。
<兄>はボケっとたたずんでいる。そして<弟>は僕を指差し・・・
「お前も、やったろか!」
指さされ僕は凝固したが、とたん彼の電源が切れた。
「うっ」
「あっ」
彼はそのまま、力なく地面に肩から倒れた。まさしく電源が切れたようだ。
軽くピクつき、なんとか腕を曲げてついた。
「あたっ。くそ」なんで?という表情で彼は起き上がろうとした。
「あの。心電図によるとあなたの病名は」
名乗り出ようとしたが、彼はさっそくと4人に手足をつかまれた。
「わっははは!おい!」それでも余裕?の彼は、手足を持たれたまま、4人にタタタ、と連れて行かれた。
「はっはー!おいおい?」
「あ!ちょっと!」
僕は追いつけず、さきほどの家へ。実はオバサンはそこから見ていたようだ。
「おばさん!いやお母さん!警察と、うちの病院電話してください!ここ、携帯がつながらなくて!」
「あんた医者なんやろ!なんとか出来んのか!たよりない!」
「暴力までは、できません!」
暗がりの中、足音に耳を傾け走った。走るまでもなく、<弟>は地べたで仰向けに寝かされていた。すでにボコボコにされている。
胸をつねると、手がそこへ飛んできた。幸い当たらず。レベル100といったところ。
さらに診察したが、打撲程度と思われる。神経学的所見も問題ないが、後遺症が出ることはありますよ、とムンテラする暇などない。
かかっている液体はたぶん小便だ。DCも取られたのか、どこにあるのか・・絶望的と思われる。
ガッ・・・ガガガガ・・・とエンジンの音だ。さっきの三輪トラックか。
「起きて!起きて!あ、そうか」
バイタルはせめてと確認。脈は・・・今のとこ、強い。それしか分らない。最近は超音波やカテーテルなど一見>百聞の検査ばかりしてて、盲目的な所見取りに慣れてなかった。
でも、時々触知できないときがあるな・・・!
ルート(点滴)をとりたいが、今度はルート(道路)にトラックが躍り出そうだ。救急車までそう遠くないが、仕方なく朦朧の彼の片腕を背負った。
「起きてくれ!起きてください!」
「・・・」とりあえず目が開いた。レベル10だ。
「とりあえず、家に入りましょう!」 二人三脚のようなぎこちなさで、僕らは彼らの1軒屋に入り込んだ。
「はあ。はあ。ここがどこか、わかりますか?」
と呼びかけたところ、彼はくわっと眼を見開いた。
「アホが!自分の家くらい分かるわボケナス!」
レベルは0(クリア=意識清明)・・としたいところだが、ここは減点して1(見当識は保たれるが清明とまではいえず)とした。
鍵をかけてもらい、ここで待機することにした。
だるいやつら ? 調べ
2007年5月2日 患者である<弟>は近くのソファで横でウトウト。ポータブル超音波付属の電極で、モニター画面はなんとか出ていた。
つまり不整脈の監視はできていた。
きたないエプロンをした母親が、家に入ってきた。
「ちょっと外を見たけどな。アカン。取られとったで」
「そうですか。あれ、電気ショックの機械なんですが・・」
「いくらするん?」
「さあ・・・僕のじゃないですから」
とは言ったものの、かなり焦っていた。
しかも妙な間があった。
「この子はな。昔はよくできる子やったんや」
「・・・・・トラックの人たちは、仲間ですか?」
「この子のパシリや。パシリ。朝鮮の方からいろいろ輸入しとる。こっちは自転車とかやけどな。これ以上は言われへん」
何の商売なんだ?だがそれ以上、立ち寄らないことにした。母親はを思い出したか、深刻な表情に。
「5年前な。やっぱりあれがあったからイカン。あのあとな、どの職場にお願いしても、雇ってはくれんかった」
「病気のせいでってことですか」
「あんたらや。あんたの病院受診したら、あんたらが冷たくあしらって、まともに検査せんかったからやないか」
しかしその5年前、僕はそこでまだ勤務していない。
「ホントに原因が不明だったんだと思います、当時では・・・。このブルガダ症候群っていうのは、最近になって報告されたものなんです」
「ブル?ブタ?」
「以前<ぽっくり病>と言われてたものです。突然、心臓が止まる。家族性があって」
「かぞく?この子は、正確にはわしらの家族やない」
「そうなんですか・・・」
「でもな。住み込みで働いてくれたんねん。最初はもうヒドイもんやったが・・・今は一人前の運び屋やおっとと」
母親は、つい職業名を口にした。いろんな生き方はあるが。
ピンポーン、と呼び鈴が鳴った。母親は外を確認し、ゆっくり開けた。
頼もしく赤いサイレンが無音で反射、回っている。
連絡でやっと駆け付けた警察官が、ゆっくり玄関に入ってきた。
「隣の4人がなになに?まってくださいよ〜」
相手をなめきったような警察が、几帳面にメモを取り出す。僕が説明する必要があった。
「と。な。り。の・・・はいはい。で?」
「暴力を振るって、彼を路面に残してトラックで去ったんです」
「あの顔の傷な。はいはい。おーい!寝てるんか?あとで、病院行けよ!わしらは関われんからな〜」
警察官は中腰で問診していた。
「あ。ところであんた医者やってな?わはは。ここにはは!おるがな!ツイてるな。なら大丈夫や!」
「CTもこのあと・・」
「ん!ん!真田病院さん御一行が、もう来るんやろ?ここに」
「ええ」
「でもな。先生。先生は、彼が路面に横たわっているのを見ただけで。直接そこでボコボコにしたのを見たのではないんやな?」
「え?それは、はい」
「朝の新聞のな。ひき逃げのトラックと同じかとアンタに言われても、それもなあ。信憑性がない」
「いや。いっしょですって!」
「ははは。3輪トラックなんか。どこにでもおるよ」
「・・・・・」
「難しいことが分かるお医者さんも、割と単純なことが分らんもんやな。勉強のしすぎで」
「くっ・・」
実に、迷惑と言わんばかりの取り調べだった。
「じゃ、取られたもんは、電気ショック・・いくらくらいする?」
「また値段?」
「いやいや。盗難届を出すときな。時価相当の値段がどうか、記入せないかんのや!とりあえず言うてえな!こっちも書類の仕事があるきに!」
「じゃ・・・3千万かな。知らんけど」
「ははぁ!わし1年かかっても無理やわ!」
頼りない警察は周囲だけ散策して、そのまま帰ってしまった。ドクターカーも、近くに止まってなかったという。
田中君、どこ行ったんだ・・・?
僕は2階で、フロアで寝ている<弟>の超音波のモニターをずっと見ていた。
「横の部屋。準備できたで」母親がゆっくり歩いてきた。
「ふとんを?すみません・・」
のぞくと・・・
ベッドの上、ふとんの上に2つの枕が並べてある。
「これは、なぜ?」
「いやいや。いかんか?」
「じ、自分はいいですって!」
男との添い寝はもう、たくさんだ。
つまり不整脈の監視はできていた。
きたないエプロンをした母親が、家に入ってきた。
「ちょっと外を見たけどな。アカン。取られとったで」
「そうですか。あれ、電気ショックの機械なんですが・・」
「いくらするん?」
「さあ・・・僕のじゃないですから」
とは言ったものの、かなり焦っていた。
しかも妙な間があった。
「この子はな。昔はよくできる子やったんや」
「・・・・・トラックの人たちは、仲間ですか?」
「この子のパシリや。パシリ。朝鮮の方からいろいろ輸入しとる。こっちは自転車とかやけどな。これ以上は言われへん」
何の商売なんだ?だがそれ以上、立ち寄らないことにした。母親はを思い出したか、深刻な表情に。
「5年前な。やっぱりあれがあったからイカン。あのあとな、どの職場にお願いしても、雇ってはくれんかった」
「病気のせいでってことですか」
「あんたらや。あんたの病院受診したら、あんたらが冷たくあしらって、まともに検査せんかったからやないか」
しかしその5年前、僕はそこでまだ勤務していない。
「ホントに原因が不明だったんだと思います、当時では・・・。このブルガダ症候群っていうのは、最近になって報告されたものなんです」
「ブル?ブタ?」
「以前<ぽっくり病>と言われてたものです。突然、心臓が止まる。家族性があって」
「かぞく?この子は、正確にはわしらの家族やない」
「そうなんですか・・・」
「でもな。住み込みで働いてくれたんねん。最初はもうヒドイもんやったが・・・今は一人前の運び屋やおっとと」
母親は、つい職業名を口にした。いろんな生き方はあるが。
ピンポーン、と呼び鈴が鳴った。母親は外を確認し、ゆっくり開けた。
頼もしく赤いサイレンが無音で反射、回っている。
連絡でやっと駆け付けた警察官が、ゆっくり玄関に入ってきた。
「隣の4人がなになに?まってくださいよ〜」
相手をなめきったような警察が、几帳面にメモを取り出す。僕が説明する必要があった。
「と。な。り。の・・・はいはい。で?」
「暴力を振るって、彼を路面に残してトラックで去ったんです」
「あの顔の傷な。はいはい。おーい!寝てるんか?あとで、病院行けよ!わしらは関われんからな〜」
警察官は中腰で問診していた。
「あ。ところであんた医者やってな?わはは。ここにはは!おるがな!ツイてるな。なら大丈夫や!」
「CTもこのあと・・」
「ん!ん!真田病院さん御一行が、もう来るんやろ?ここに」
「ええ」
「でもな。先生。先生は、彼が路面に横たわっているのを見ただけで。直接そこでボコボコにしたのを見たのではないんやな?」
「え?それは、はい」
「朝の新聞のな。ひき逃げのトラックと同じかとアンタに言われても、それもなあ。信憑性がない」
「いや。いっしょですって!」
「ははは。3輪トラックなんか。どこにでもおるよ」
「・・・・・」
「難しいことが分かるお医者さんも、割と単純なことが分らんもんやな。勉強のしすぎで」
「くっ・・」
実に、迷惑と言わんばかりの取り調べだった。
「じゃ、取られたもんは、電気ショック・・いくらくらいする?」
「また値段?」
「いやいや。盗難届を出すときな。時価相当の値段がどうか、記入せないかんのや!とりあえず言うてえな!こっちも書類の仕事があるきに!」
「じゃ・・・3千万かな。知らんけど」
「ははぁ!わし1年かかっても無理やわ!」
頼りない警察は周囲だけ散策して、そのまま帰ってしまった。ドクターカーも、近くに止まってなかったという。
田中君、どこ行ったんだ・・・?
僕は2階で、フロアで寝ている<弟>の超音波のモニターをずっと見ていた。
「横の部屋。準備できたで」母親がゆっくり歩いてきた。
「ふとんを?すみません・・」
のぞくと・・・
ベッドの上、ふとんの上に2つの枕が並べてある。
「これは、なぜ?」
「いやいや。いかんか?」
「じ、自分はいいですって!」
男との添い寝はもう、たくさんだ。
だるいやつら ? RUN
2007年5月2日 <弟>を寝かせ、モニター越しに僕は外の夜景を見た。といっても明るさは全くない。
うちの病院は、一体何をしているのか。家の電話を拝借したが、病院は当直じいさんだけで、事務長や他の医師にもつながらない。
「うっ?」
モニターで時々、連発の不整脈が出る。点滴ルートだけは確保し、もしもに備えた。
「あれは・・・」
真っ暗な市街地、回りながら反射している赤い光。巡回のパトカーの可能性もあるが。
「来たか!」
モニターをキョロキョロ振り向きながら、窓をいっぱいに開けて下の道路を覗き込んだ。
「こっち来いよこっち来いよ・・よし!」
やはりドクターカーだった。天井が無残にへこんでおり、両サイドのランプだけが張り切って光っている。
「田中!お〜い田中!」
「あ!はい!」開けっぱなしの窓から、彼が叫んだ。家の前で停車。
「るさいぞボケ!」などと近所からいくつか聞こえたが、どうでもよかった。
「どこ行ってた!まいいや。急いで運ぼう!」
「みんな来てますよ先生!あっちに!」
「?ここまで来てくれないのか?」
「い、いや。僕が先生と患者さんを乗せてからと思って」
「今さら手柄なんか・・・!上がってくれ!」
僕と事務員はタンカをかかえ、眠ってる息子をゆっくりと乗せた。
母親は部屋の中の道を開けるため、部屋の荷物を片寄せた。
「あんた。ネクタイしとるな。事務員か!そうやな!」
「え?あはい。そうですが」
「覚えとるか5年前!冷たくわしらをゴミのようにあしらって!」
「5年前・・・?いや、そのときは私はまだ」
「いいや!確か、あんたや!ネクタイしとった!」
「ネクタイ事務員は、他にも何人かいますし・・・!」
おそろおそる、ゆっくり階段を降りる。足で頼りなく段をさぐる。
冷やかな空気の中、やっとこさストレッチャーに乗せれた。
僕は真横につき、事務員は運転席に座った。
母親は、まだ乗ろうとしない。
「ふむ。じゃ、毛布とか用意せんとな!」
「そんなヒマ、ないです!」僕はモニターなどセットしながら叫んだ。
背後にまぶしい光を感じ、振り向いた。
「あ?」
ドルルルル・・・と獰猛なエンジン音が、気合い一杯かかった。
「しまった!まだいた!田中!出せ!」
言うまでもなく、彼はギギギ!とギアを切り替えて急発進した。
背後から殺気がよぎった。
田中君は手当たりしだいで、角という角を曲がり始めた。
「揺れますよ!患者さんの脈は!」
「速めだが・・・これ以上速くならなけり・・!」
揺れたとたん、大きな道具木箱が患者の胸の上に直撃した。
「たあっ!」
「うわっおい!ごめん!」思わず謝った。
彼は手で払いのけたが、かなりの激痛だったはずだ。
モニターの脈が増えだす。期外収縮が増えてきた。
「いかん。いったん止めてくれ田中くん!注射を追加せんと!」
「やられますよ!朝のスタッフらみたいに!」
「殺しはせんだろう?」
狭い四つ角を右折、案の定右の放置自転車が車と電柱の間でドカンと大破した。近くの棒立ち住人が散らばった。
思わず腹で、ベッドを壁に押し付ける。
「マジで止まれ!」
「もうすぐ、まっすぐになりますから!」
何度かハンドルを切りかえると、左折後に直線の一車線道路に出た。
うちの病院は、一体何をしているのか。家の電話を拝借したが、病院は当直じいさんだけで、事務長や他の医師にもつながらない。
「うっ?」
モニターで時々、連発の不整脈が出る。点滴ルートだけは確保し、もしもに備えた。
「あれは・・・」
真っ暗な市街地、回りながら反射している赤い光。巡回のパトカーの可能性もあるが。
「来たか!」
モニターをキョロキョロ振り向きながら、窓をいっぱいに開けて下の道路を覗き込んだ。
「こっち来いよこっち来いよ・・よし!」
やはりドクターカーだった。天井が無残にへこんでおり、両サイドのランプだけが張り切って光っている。
「田中!お〜い田中!」
「あ!はい!」開けっぱなしの窓から、彼が叫んだ。家の前で停車。
「るさいぞボケ!」などと近所からいくつか聞こえたが、どうでもよかった。
「どこ行ってた!まいいや。急いで運ぼう!」
「みんな来てますよ先生!あっちに!」
「?ここまで来てくれないのか?」
「い、いや。僕が先生と患者さんを乗せてからと思って」
「今さら手柄なんか・・・!上がってくれ!」
僕と事務員はタンカをかかえ、眠ってる息子をゆっくりと乗せた。
母親は部屋の中の道を開けるため、部屋の荷物を片寄せた。
「あんた。ネクタイしとるな。事務員か!そうやな!」
「え?あはい。そうですが」
「覚えとるか5年前!冷たくわしらをゴミのようにあしらって!」
「5年前・・・?いや、そのときは私はまだ」
「いいや!確か、あんたや!ネクタイしとった!」
「ネクタイ事務員は、他にも何人かいますし・・・!」
おそろおそる、ゆっくり階段を降りる。足で頼りなく段をさぐる。
冷やかな空気の中、やっとこさストレッチャーに乗せれた。
僕は真横につき、事務員は運転席に座った。
母親は、まだ乗ろうとしない。
「ふむ。じゃ、毛布とか用意せんとな!」
「そんなヒマ、ないです!」僕はモニターなどセットしながら叫んだ。
背後にまぶしい光を感じ、振り向いた。
「あ?」
ドルルルル・・・と獰猛なエンジン音が、気合い一杯かかった。
「しまった!まだいた!田中!出せ!」
言うまでもなく、彼はギギギ!とギアを切り替えて急発進した。
背後から殺気がよぎった。
田中君は手当たりしだいで、角という角を曲がり始めた。
「揺れますよ!患者さんの脈は!」
「速めだが・・・これ以上速くならなけり・・!」
揺れたとたん、大きな道具木箱が患者の胸の上に直撃した。
「たあっ!」
「うわっおい!ごめん!」思わず謝った。
彼は手で払いのけたが、かなりの激痛だったはずだ。
モニターの脈が増えだす。期外収縮が増えてきた。
「いかん。いったん止めてくれ田中くん!注射を追加せんと!」
「やられますよ!朝のスタッフらみたいに!」
「殺しはせんだろう?」
狭い四つ角を右折、案の定右の放置自転車が車と電柱の間でドカンと大破した。近くの棒立ち住人が散らばった。
思わず腹で、ベッドを壁に押し付ける。
「マジで止まれ!」
「もうすぐ、まっすぐになりますから!」
何度かハンドルを切りかえると、左折後に直線の一車線道路に出た。