< レジデント・SICKS 2 asthma attack >
2004年5月29日 連載 また鈴木さんが走ってきた。
「喘息の患者さんが!しんどそうです!」
本田さんが遮った。
「しんどそうって何よその表現。どいて!」
僕も続いた。
患者の呼吸はかなり努力様だ。
「ソルメドは終わったのか?」
本田さんがバイタルを確認している。
「終わってるわね」
「どうしようかな、ボスミン・・・」
「脈は120/minで速いけどね。モニターでは不整はないわ。でもSpO2 91%」
「誘導するのか?」
「そんなわけじゃ・・」
「喘鳴もひどい。基礎に心疾患がないことを祈って・・・ボスミン用意を」
「いくらで?」
「いくらだったかな。1アンプル、うすめて静注・・」
「やめてよそれ!」
「皮下注かな」
「きちんと確認して!」
「皮下だよね」
「あたしから指示聞かないで!」
「ちょっと本、見てくる」
本田さんがプライマリケアの本を差し出した。
「あたしのでよかったら」
「ああ、どうも」
「12ページ目」
「?そこまで知ってるの?」
「たしか下のほう」
「・・・そうだ!あった!すごいな・・・ボスミン1/3アンプルの皮下注!」
「救急カートは、そこ」
「は、はい。します・・・ひかちゅうひかちゅう」
本田さんの冷ややかな視線が注がれた。
「AMIが外来から上がってくるそうです!」
角さんが間に入ってきた。
「なんだと?もうそろそろ・・」
「これで満床です」
「そうだな。もうこれ以上は無理だよ」
本田さんがバイタルを確認中。
患者の努力様呼吸が少しおさまったようだ。
「ふう。ボスミン皮下注は初めてだけど、こんなに効くとは」
「喘鳴は・・・さっきよりはマシ」
「よかった・・」
しかしSpO2は上昇がみられない。
「どうです?少し楽になりましたかー?」
患者に声をかけるが応答がない。
「・・・むしろ悪化してるのか?」
「呼吸は努力様というより浅いわね」
「浅くて速い」
浅促性の呼吸はだんだん著しくなってきた。
「やっぱ効いてなかったんだ。ベッドを90度にして!」
角さんがベッドをクルクル挙上しはじめた。
「先生、ステロイドは?」
「ソルメドいったんだけど。あと125mg追加しよう」
「わかりました」
本田さんが腕組みしている。
「先生。挿管の準備をしときますね」
「そ、挿管?しかし・・・」
「角ちゃん、リザーバーマスクを。先生、首がかなり太くて短い人だけど・・」
「声門、見えないかもな」
「誰かにしてもらう?」
「いや、僕が。気管支鏡で」
「気管支鏡は外来にあるわ。鈴木さん、持ってきて!」
いきなり患者が暴れ始めた。
「うわ、ちょっ・・・!」
僕は抑えようとしたが、全くかなわない。患者はリザーバーマスクを放り投げた。
本田さんが後ろから押さえにかかった。
「先生、セルシンはそこに!」
「セルシンは呼吸抑制が・・」
「挿管するんでしょ!」
「気管支鏡がまだだろ・・」
「そんなこと!くっ・・・言ってる場合じゃない!」
「よし。セルシン、吸ったぞ。10mg、静注」
角さんがアンビューを手渡す。経口の挿管チューブはもうセットされていた。
本田さんは汗だくで患者を抑えていた。
「角ちゃんボサッとしないで!痰、タン!」
「あ・・」
角さんがクルッと1回転したかと思うと吸引チューブで患者の口腔内を吸い始めた。
喘鳴は外にまで粗大に聞こえてきた。僕は喉頭鏡で覗いた。
「声門は・・・やっぱり見えない!」
しかし今は入れてみるほかない。
「正中にあるはずだから・・・」
患者の歯・舌を頼りに、正中線めがけてゆっくり管を進めた。
しかし管はどこかに突き当たっている。無理に押すと皮下・縦隔気腫を起こす恐れがある。
「やっぱダメだ。気管支鏡を!」
本田さんの額に血管が浮き出ている。
「スズキ・・・どこほっつき歩いてんのよ!」
とたん、チューブがスポッと入った。
「お?入った?カフにエアを」
角さんがエアを注入。
「角さん、アンビュー押して。自分が聞く」
角さんが数回アンビューを押し続けた。僕は聴診に回った。
「・・・・入ってる!」
本田さんが人工呼吸器をセッティングしている。
「じゃ、設定しよう・・・!」
やっと鈴木さんが気管支鏡と台を抱えてやってきた。
本田さんは腰に両手を当てて立ちふさがった。
「もう要らないって。返すついでに、レントゲンに声かけて!」
「は、はい」
先輩に嫌われたら、後輩の予後は悪い・・・。有意差あり。
「喘息の患者さんが!しんどそうです!」
本田さんが遮った。
「しんどそうって何よその表現。どいて!」
僕も続いた。
患者の呼吸はかなり努力様だ。
「ソルメドは終わったのか?」
本田さんがバイタルを確認している。
「終わってるわね」
「どうしようかな、ボスミン・・・」
「脈は120/minで速いけどね。モニターでは不整はないわ。でもSpO2 91%」
「誘導するのか?」
「そんなわけじゃ・・」
「喘鳴もひどい。基礎に心疾患がないことを祈って・・・ボスミン用意を」
「いくらで?」
「いくらだったかな。1アンプル、うすめて静注・・」
「やめてよそれ!」
「皮下注かな」
「きちんと確認して!」
「皮下だよね」
「あたしから指示聞かないで!」
「ちょっと本、見てくる」
本田さんがプライマリケアの本を差し出した。
「あたしのでよかったら」
「ああ、どうも」
「12ページ目」
「?そこまで知ってるの?」
「たしか下のほう」
「・・・そうだ!あった!すごいな・・・ボスミン1/3アンプルの皮下注!」
「救急カートは、そこ」
「は、はい。します・・・ひかちゅうひかちゅう」
本田さんの冷ややかな視線が注がれた。
「AMIが外来から上がってくるそうです!」
角さんが間に入ってきた。
「なんだと?もうそろそろ・・」
「これで満床です」
「そうだな。もうこれ以上は無理だよ」
本田さんがバイタルを確認中。
患者の努力様呼吸が少しおさまったようだ。
「ふう。ボスミン皮下注は初めてだけど、こんなに効くとは」
「喘鳴は・・・さっきよりはマシ」
「よかった・・」
しかしSpO2は上昇がみられない。
「どうです?少し楽になりましたかー?」
患者に声をかけるが応答がない。
「・・・むしろ悪化してるのか?」
「呼吸は努力様というより浅いわね」
「浅くて速い」
浅促性の呼吸はだんだん著しくなってきた。
「やっぱ効いてなかったんだ。ベッドを90度にして!」
角さんがベッドをクルクル挙上しはじめた。
「先生、ステロイドは?」
「ソルメドいったんだけど。あと125mg追加しよう」
「わかりました」
本田さんが腕組みしている。
「先生。挿管の準備をしときますね」
「そ、挿管?しかし・・・」
「角ちゃん、リザーバーマスクを。先生、首がかなり太くて短い人だけど・・」
「声門、見えないかもな」
「誰かにしてもらう?」
「いや、僕が。気管支鏡で」
「気管支鏡は外来にあるわ。鈴木さん、持ってきて!」
いきなり患者が暴れ始めた。
「うわ、ちょっ・・・!」
僕は抑えようとしたが、全くかなわない。患者はリザーバーマスクを放り投げた。
本田さんが後ろから押さえにかかった。
「先生、セルシンはそこに!」
「セルシンは呼吸抑制が・・」
「挿管するんでしょ!」
「気管支鏡がまだだろ・・」
「そんなこと!くっ・・・言ってる場合じゃない!」
「よし。セルシン、吸ったぞ。10mg、静注」
角さんがアンビューを手渡す。経口の挿管チューブはもうセットされていた。
本田さんは汗だくで患者を抑えていた。
「角ちゃんボサッとしないで!痰、タン!」
「あ・・」
角さんがクルッと1回転したかと思うと吸引チューブで患者の口腔内を吸い始めた。
喘鳴は外にまで粗大に聞こえてきた。僕は喉頭鏡で覗いた。
「声門は・・・やっぱり見えない!」
しかし今は入れてみるほかない。
「正中にあるはずだから・・・」
患者の歯・舌を頼りに、正中線めがけてゆっくり管を進めた。
しかし管はどこかに突き当たっている。無理に押すと皮下・縦隔気腫を起こす恐れがある。
「やっぱダメだ。気管支鏡を!」
本田さんの額に血管が浮き出ている。
「スズキ・・・どこほっつき歩いてんのよ!」
とたん、チューブがスポッと入った。
「お?入った?カフにエアを」
角さんがエアを注入。
「角さん、アンビュー押して。自分が聞く」
角さんが数回アンビューを押し続けた。僕は聴診に回った。
「・・・・入ってる!」
本田さんが人工呼吸器をセッティングしている。
「じゃ、設定しよう・・・!」
やっと鈴木さんが気管支鏡と台を抱えてやってきた。
本田さんは腰に両手を当てて立ちふさがった。
「もう要らないって。返すついでに、レントゲンに声かけて!」
「は、はい」
先輩に嫌われたら、後輩の予後は悪い・・・。有意差あり。
コメントをみる |

< レジデント・SICKS 1 アドバイザー >
2004年5月28日 連載「51歳女性の気管支喘息、入ります!」
「かなり大柄だな。緊急外来での治療は?」
「まだ何も」
「ウソだろ?」
平然としているナースの角さんに半ば呆れていた。
「おい!ルートまで入ってないじゃないか」
「太ってて血管がないんですよ。先生お願いします」
「そこへ移すぞ。あと2人来て!」
本田さんとあと1人がかけつけた。日勤帯の真っ只中だ。
「はい1,2の・・・3!ととと・・・」
すばやくモニター装着、12誘導心電図、酸素の付け替え。
僕だけベッドサイドに仁王立ちしている。
「聴診ではラ音がすごいな」
本田さんが血管を探す。鋭い眼光が妙に色っぽい、って言ってる場合じゃない。
「・・・手首。ここね」
「分かるのか?」
「角ちゃん、サーフロー貸して」
「はい」
ベテランの佐伯さんが後ろから話しかける。
「本体はポタコールで?」
「いや、心不全が除外できてないし・・・5%TZで頼む」
「酸素は今3L再開して、SpO2 99%。動脈血ガスを?」
「用意して」
「内服はこれです」
「外来のドクターは誰だ?最後に診たのは?」
「・・・ユウキ先生です」
「え?あああ、確かに、僕だよ、それ!」
外来で内服のコンプライアンスが悪かった患者だ。自己中止、発作増悪、
それの繰り返しだった。今回はまた内服自己中止して2週間後の大発作だ。
「ルート入ったよ、先生」
本田さんは全く焦ってない。さすがだ。
「採血結果やレントゲンはまだか。ソルメド行こう!250mgを生食100mlといっしょで!あ、125mgに
しようかな・・・」
一瞬、空気が凍った。
「あ、まあ250mgでいいや」
角さんが血ガスキットを手渡す。
「先生、ちゃんと指示簿に書いてください。さっき指示したことも全て」
「はいよはいよ。はい、ガスこれ、持っていって!心疾患を除外するので、エコーをこっちへ」
ポータブルエコーが運ばれてくる。本田さんがスイッチを見えない速さで押していく。
「どうぞ」
「はい」
僕と本田さんだけになった。
「先生、いよいよ忙しくなってきたわね」
「10月は平和だったな。こんなんだったら半年なんて軽いやって思ってたのに」
「春と秋には落ち着く時期はあるわね」
「極端に暑くもない寒くもない状況なら、循環動態は比較的安定するのさ」
「じゃあこれからは・・・」
「おそらく2月までは戦場だ・・・・ダメだ。エコーのビームが通らない」
「obesityのせい?」
「こういう状況だから、側臥位にもできないし」
「ゲインは問題ない?」
「上げても下げてもね。止めよう!ベッドは45度のままでね!」
ウウー・・・・・ンとスイッチが切られた。
病室から詰所に入ると怒涛のごとく報告が入った。20代半ばリーダーの三島さん。
「COPDの患者さん、挿管してからSpO2上昇してます。しかし気道内圧が」
「高い?」
「40mmHgまで上がってます」
「ファイティングしてるの?」
ベッドサイドへ。ファイティングしている様子ではない。呼吸回数は設定の20回を数回上回っているだけ。
「そうか。1回換気量が500ml。これ多すぎだ。このちっこい体格では」
「いくらにしましょうか」
「400mlへ。10分後にAラインから血ガスを」
「それと、今度はこっち!」
「はい?」
「外科のオペ後の患者さん」
「それは外科に相談しろよ」
「外科は今オペ中なんです」
「全員?3人とも?」
「はい。手が放せませんのでお願いします」
「・・・この患者はなんのオペ後?」
「胃癌で胃全的後。50代男性」
「で?多分聞かれても分からないよ」
「浮腫で体がパンパンです」
「・・・たしかに。顔も・・・両足も」
「SpO2も下がり気味で。ネーザル5LでSpO2 94%」
「ネーザルで5リットル?めちゃくちゃだ」
「マスクにしましょうか」
「そりゃそうだ。なんだこのカルテ、なんも書いてない!主治医は澤田か。最悪だ」
「指示内容は別表にありますが」
「じゃなくて・・・病状経過、ムンテラ内容とかなんも書いてない!」
「さあ、それは私た・・・」
「はいはい!で、胸部レントゲンは?」
「術後5日目ですが、撮ってません」
「自慢かよ!」
「は?」
「血液データはこれか。アルブミンは2.1g/dl。なにこれ?BUN 42mg/dl、Cr 3.3mg/dl、おいおい。これって・・・」
「低栄養と急性腎不全?」
「・・・っていうか、その・・・血管内脱水」
「なるほど」
彼女はサッとメモ書きしはじめた。
「メモらんといてくれ!さっさとオーダーを!」
「はい。レントゲンですね。胸部?」
「そうだって言っただろ」
「はい、あ、先生!」
「なに?」
「レントゲンですね。CTじゃなくて?」
「あのなあ・・・、あそうか。じゃ、両方頼みますね」
「・・・・・」
鈴木さんが小走りに血ガスデータを持ってきたが、本田さんが斜め後ろからかすめ取った。
「ユウキ先生。これ」
「ああ・・・・pH 7.522にpO2 160mmHg、pCO2 30mmHg」
「CO2が飛びすぎ?」
「・・・カリウムが2.8か。低いな。KClを点滴内へ」
本田さんが待ったをかける。
「アルカローシスよね。それでカリが下がったと考えるのはおかしい?」
「え?」
「いえ、あたしのアホな知識でごめんだけど」
「ああ、そうだな」
この子はうまい。相手のプライドを傷つけずにアドバイスしてくる。
女はみんなサゲマンだと思っていたが・・・。
「じゃ、1回換気量をも少し下げて・・」
「もう少し待つ?条件いじってまだあまり時間たってないし」
「え?ああ・・そうだな」
「でも先生、おかげさまで気道内圧が若干下がってるよ、じゃっかん!」
「僕の口癖を・・・」
「フフ・・・」
<つづく>
「かなり大柄だな。緊急外来での治療は?」
「まだ何も」
「ウソだろ?」
平然としているナースの角さんに半ば呆れていた。
「おい!ルートまで入ってないじゃないか」
「太ってて血管がないんですよ。先生お願いします」
「そこへ移すぞ。あと2人来て!」
本田さんとあと1人がかけつけた。日勤帯の真っ只中だ。
「はい1,2の・・・3!ととと・・・」
すばやくモニター装着、12誘導心電図、酸素の付け替え。
僕だけベッドサイドに仁王立ちしている。
「聴診ではラ音がすごいな」
本田さんが血管を探す。鋭い眼光が妙に色っぽい、って言ってる場合じゃない。
「・・・手首。ここね」
「分かるのか?」
「角ちゃん、サーフロー貸して」
「はい」
ベテランの佐伯さんが後ろから話しかける。
「本体はポタコールで?」
「いや、心不全が除外できてないし・・・5%TZで頼む」
「酸素は今3L再開して、SpO2 99%。動脈血ガスを?」
「用意して」
「内服はこれです」
「外来のドクターは誰だ?最後に診たのは?」
「・・・ユウキ先生です」
「え?あああ、確かに、僕だよ、それ!」
外来で内服のコンプライアンスが悪かった患者だ。自己中止、発作増悪、
それの繰り返しだった。今回はまた内服自己中止して2週間後の大発作だ。
「ルート入ったよ、先生」
本田さんは全く焦ってない。さすがだ。
「採血結果やレントゲンはまだか。ソルメド行こう!250mgを生食100mlといっしょで!あ、125mgに
しようかな・・・」
一瞬、空気が凍った。
「あ、まあ250mgでいいや」
角さんが血ガスキットを手渡す。
「先生、ちゃんと指示簿に書いてください。さっき指示したことも全て」
「はいよはいよ。はい、ガスこれ、持っていって!心疾患を除外するので、エコーをこっちへ」
ポータブルエコーが運ばれてくる。本田さんがスイッチを見えない速さで押していく。
「どうぞ」
「はい」
僕と本田さんだけになった。
「先生、いよいよ忙しくなってきたわね」
「10月は平和だったな。こんなんだったら半年なんて軽いやって思ってたのに」
「春と秋には落ち着く時期はあるわね」
「極端に暑くもない寒くもない状況なら、循環動態は比較的安定するのさ」
「じゃあこれからは・・・」
「おそらく2月までは戦場だ・・・・ダメだ。エコーのビームが通らない」
「obesityのせい?」
「こういう状況だから、側臥位にもできないし」
「ゲインは問題ない?」
「上げても下げてもね。止めよう!ベッドは45度のままでね!」
ウウー・・・・・ンとスイッチが切られた。
病室から詰所に入ると怒涛のごとく報告が入った。20代半ばリーダーの三島さん。
「COPDの患者さん、挿管してからSpO2上昇してます。しかし気道内圧が」
「高い?」
「40mmHgまで上がってます」
「ファイティングしてるの?」
ベッドサイドへ。ファイティングしている様子ではない。呼吸回数は設定の20回を数回上回っているだけ。
「そうか。1回換気量が500ml。これ多すぎだ。このちっこい体格では」
「いくらにしましょうか」
「400mlへ。10分後にAラインから血ガスを」
「それと、今度はこっち!」
「はい?」
「外科のオペ後の患者さん」
「それは外科に相談しろよ」
「外科は今オペ中なんです」
「全員?3人とも?」
「はい。手が放せませんのでお願いします」
「・・・この患者はなんのオペ後?」
「胃癌で胃全的後。50代男性」
「で?多分聞かれても分からないよ」
「浮腫で体がパンパンです」
「・・・たしかに。顔も・・・両足も」
「SpO2も下がり気味で。ネーザル5LでSpO2 94%」
「ネーザルで5リットル?めちゃくちゃだ」
「マスクにしましょうか」
「そりゃそうだ。なんだこのカルテ、なんも書いてない!主治医は澤田か。最悪だ」
「指示内容は別表にありますが」
「じゃなくて・・・病状経過、ムンテラ内容とかなんも書いてない!」
「さあ、それは私た・・・」
「はいはい!で、胸部レントゲンは?」
「術後5日目ですが、撮ってません」
「自慢かよ!」
「は?」
「血液データはこれか。アルブミンは2.1g/dl。なにこれ?BUN 42mg/dl、Cr 3.3mg/dl、おいおい。これって・・・」
「低栄養と急性腎不全?」
「・・・っていうか、その・・・血管内脱水」
「なるほど」
彼女はサッとメモ書きしはじめた。
「メモらんといてくれ!さっさとオーダーを!」
「はい。レントゲンですね。胸部?」
「そうだって言っただろ」
「はい、あ、先生!」
「なに?」
「レントゲンですね。CTじゃなくて?」
「あのなあ・・・、あそうか。じゃ、両方頼みますね」
「・・・・・」
鈴木さんが小走りに血ガスデータを持ってきたが、本田さんが斜め後ろからかすめ取った。
「ユウキ先生。これ」
「ああ・・・・pH 7.522にpO2 160mmHg、pCO2 30mmHg」
「CO2が飛びすぎ?」
「・・・カリウムが2.8か。低いな。KClを点滴内へ」
本田さんが待ったをかける。
「アルカローシスよね。それでカリが下がったと考えるのはおかしい?」
「え?」
「いえ、あたしのアホな知識でごめんだけど」
「ああ、そうだな」
この子はうまい。相手のプライドを傷つけずにアドバイスしてくる。
女はみんなサゲマンだと思っていたが・・・。
「じゃ、1回換気量をも少し下げて・・」
「もう少し待つ?条件いじってまだあまり時間たってないし」
「え?ああ・・そうだな」
「でも先生、おかげさまで気道内圧が若干下がってるよ、じゃっかん!」
「僕の口癖を・・・」
「フフ・・・」
<つづく>
< フィフス・レジデント 最終回 審判の日 >
2004年5月27日 連載 ICU、畑先生と誤嚥性肺炎の患者を囲む。
先生は人工呼吸器を挿管チューブから外した。
「じゃ、角さん。口腔内の次は・・・気管チューブより吸引を」
「はいよ」
ナースの角さんが吸引を始める。
「ゆっくりゆっくり・・・はい!」
チューブはゆっくり抜かれた。すかさず酸素マスクがつけられた。
「これでよし。10分後までみて、いけるようだったらあとで血ガスだ」
「じゃあ、僕が」
「?ああ、いい」
「いいというのは・・・」
「しなくていい」
「いえ、僕が」
「知らなかったのか?」
「何を?」
「・・・・・ハッハーン、こりゃ大変だ」
そういい残し、彼は戻っていった。
僕は控え室での休憩なしに、循環器病棟へ入った。
入ると何か申し送られるはずなのだが。平和なのか、何も話はないようだ。
各人、それぞれの仕事を黙々とやっている。
いつものようにカルテを取り出した。
「この、住友さん。熱が39度出てるじゃないか」
カナさんは無視している。この前の怒りを思い出した。
「おい!聞いてんのかよ!」
「はあ、聞いてますけど」
「ほっといたのか、これ!」
「え?指示はもうもらいました」
「一応僕の患者だろ!」
「え?違いますよ」
「なに?」
「困ったなー、まだ聞いてなかったのかー・・・これ!」
彼女はカルテ表紙の患者氏名のところを指差した。
「これは・・・」
「主治医は、芝先生」
「な・・・」
他のカルテも、主治医名が書き換えられている。
芝、横田、芝、芝・・・。
「だれが、いったい・・・」
「さあ」
しかし、納得できないこともなかった。聞くだけヤボのような気もする。
僕の処分は、どうやら決まったようだ。
一般病棟、呼吸器病棟でもそれは同じだった。
ICU/CCUのカルテは見てないが、おそらく同様なのだろう。
外来業務で病棟フリーか・・。そうならそうで、もう帰らせてほしいな・・・。
「ユウキです、入ります」
「どうぞ」
院長の直々の呼び出しだ。覚悟は決めてきた。
「ああ、そこのソファーへ」
「はい。失礼します」
「いろいろ、大変だねえ」
「は?」
「わしが若いころもひどかったな。ゴミみたいな扱われ方やった。典型的な封建社会でね」
「・・・・・」
今もそれは何ら変わってないぞ。
「でも必ず楽になると思ってやってきたんや。そのための苦労なら惜しまんかった・・・・あ、そやそや。本題な」
「はい」
「この前、代表者会議っちゅうのがあってな。県の職員も集まって、みんなで君のことを話しあったんや」
「はい」
「君が一番分かってると思うが、どこの部署も残らず君の継続業務に反対・・・・かと思ってたんや」
「?」
「そしたら1ヶ所だけ、勤務継続を求める声があがった」
「それは・・」
「ICU/CCUの代表がね」
本田さんか・・。
「彼女の君への評価が高かった。県の職員にとっては彼女の部署はかなり重要でね」
「え、ええ」
「わし自身困った。先輩に逆らうような問題児をずっと置いておくわけにもいかんしな」
「・・・・」
「だからこういう事になった。いいか。あと半年、君はここに勤務する」
「?」
「だが病棟のカルテ見てわかったように、病棟の仕事は一切任されない。外来も外す」
「・・・はい」
外来まで外されるのか。
「だが例外的にICU/CCUでの勤務は認める。ただし、上司との共診という条件だ。勝手な行動は起こすな」
「上司?」
「待て。待て!わしが話をしてるんや。途中でさえぎるな!」
「・・・・・」
「給与はそれに合わせてかなり減額にはなる。が、それは仕方あるまい。で、1つ困ったことがあった」
「?」
「山城くんの要請で君の大学から、1ヶ所勤務先候補があがってたんだが。君がまだ残る今となっては
、そこへ誰かを送らねばならない」
「・・・・・」
「で、みんなで話し合った。畑くんに行ってもらう。彼も問題児だしな」
「え・・・」
「大学院でブロンコしか学んできてない奴など、この病院には要らん」
「先生、彼はどこへ・・」
「岐阜県の山奥にある病院だ。それ以上は言えん」
「先生、彼には子供もいてるし」
「それが何だ?他人のコストが心配か?能力のない奴にはそれ相応の報酬だ。わしらはボランティアではないからな」
「・・・・・」
やっぱり自分に行かせてくれと、言えなかった自分が・・・くやしい。
誤嚥性肺炎患者の動脈血ガスを採取。
「畑先生、CO2 38mmHg!再挿管しないでいけそうですね!」
「そうだなあ、よかった!」
彼は人事のことはまだ知らされていない。数日後に大学の医局長から知らされ、1ヶ月後には引っ越さないといけない。
「ユウキよ。お前、ここに残るのか?」
「いえ、それはまだ・・」
「俺が来て間もないだろ。だから俺が飛ばされたりとか、ないかな」
「・・・・・」
「うちのワイフがしつこいんだよ。子供を塾に通わせるとかなんとか言い出して。名門のどこそこの近くに引っ越すとか。
女ってのは、金ができるとこれだ」
「え、ええ・・・」
「まあ生活に余裕があるから、忙しくても文句は言えんな」
「はい・・」
「落ち込んでるな。さてはフラれたんじゃないか?本田ちゃんに!」
「な、何を・・・!」
周りに誰もいなくて良かった。
「でもなあ、ユウキ・・・本田ちゃんにだけは手を出すなよ・・・ヒヒヒ」
「それはどういう・・・」
「ヒヒヒ・・・」
奇妙な笑いを残して、彼はそそくさと消えた。
近くではまた鈴木さんが立っている。
「しつこいな・・・何だ?」
「わ、怒ってる」
「どいてくれ」
「あの、これだけお願い・・・!本田先輩にだけは・・・(ナイショで)」
「知るか、そんなの」
僕はちっとも何とも思わなくなった。
出ようとしたところ、本田さんに会った。
「あ、こんちは」
「・・・どうしたの?なんかヘン」
「え?僕のどこ・・顔?」
「顔はもともとじゃないの。でもなんかヘンね」
「そ、そうかい?」
「飲み会はどうだった?」
「あまり、その・・干渉しないでほしいな」
「え、そうなの!」
「まあ1つだけ言うなら、鈴木、あいつはもう最悪だ」
「・・・・・先生が言うならよっぽどね。わかった。なんかこれから、集中治療室は先生が常勤になるようね」
「ああ」
「そうなると夜中とか大変ね」
「おい、いくらなんでも1日中は・・・」
「救急から患者が入って、いきなり先生が主治医ってこともあるのよ。容赦なく呼ばれるわ」
「そんな、無理だよ」
「いえ。頑張って。あたしが手伝ってあげる」
僕はかなり赤面してしまった。
「どうなるのかな・・・ま、それは来月からだから。あと7日ある。それから宜しく、ってことで!」
「うん。バーイ」
彼女も味方なのか、敵なのか。もう僕には分からない。
とりあえず島流しは免れたが、半年後の僕の処分はどうなのか。
最終章「レジデント・SICKS」へ・・・。
先生は人工呼吸器を挿管チューブから外した。
「じゃ、角さん。口腔内の次は・・・気管チューブより吸引を」
「はいよ」
ナースの角さんが吸引を始める。
「ゆっくりゆっくり・・・はい!」
チューブはゆっくり抜かれた。すかさず酸素マスクがつけられた。
「これでよし。10分後までみて、いけるようだったらあとで血ガスだ」
「じゃあ、僕が」
「?ああ、いい」
「いいというのは・・・」
「しなくていい」
「いえ、僕が」
「知らなかったのか?」
「何を?」
「・・・・・ハッハーン、こりゃ大変だ」
そういい残し、彼は戻っていった。
僕は控え室での休憩なしに、循環器病棟へ入った。
入ると何か申し送られるはずなのだが。平和なのか、何も話はないようだ。
各人、それぞれの仕事を黙々とやっている。
いつものようにカルテを取り出した。
「この、住友さん。熱が39度出てるじゃないか」
カナさんは無視している。この前の怒りを思い出した。
「おい!聞いてんのかよ!」
「はあ、聞いてますけど」
「ほっといたのか、これ!」
「え?指示はもうもらいました」
「一応僕の患者だろ!」
「え?違いますよ」
「なに?」
「困ったなー、まだ聞いてなかったのかー・・・これ!」
彼女はカルテ表紙の患者氏名のところを指差した。
「これは・・・」
「主治医は、芝先生」
「な・・・」
他のカルテも、主治医名が書き換えられている。
芝、横田、芝、芝・・・。
「だれが、いったい・・・」
「さあ」
しかし、納得できないこともなかった。聞くだけヤボのような気もする。
僕の処分は、どうやら決まったようだ。
一般病棟、呼吸器病棟でもそれは同じだった。
ICU/CCUのカルテは見てないが、おそらく同様なのだろう。
外来業務で病棟フリーか・・。そうならそうで、もう帰らせてほしいな・・・。
「ユウキです、入ります」
「どうぞ」
院長の直々の呼び出しだ。覚悟は決めてきた。
「ああ、そこのソファーへ」
「はい。失礼します」
「いろいろ、大変だねえ」
「は?」
「わしが若いころもひどかったな。ゴミみたいな扱われ方やった。典型的な封建社会でね」
「・・・・・」
今もそれは何ら変わってないぞ。
「でも必ず楽になると思ってやってきたんや。そのための苦労なら惜しまんかった・・・・あ、そやそや。本題な」
「はい」
「この前、代表者会議っちゅうのがあってな。県の職員も集まって、みんなで君のことを話しあったんや」
「はい」
「君が一番分かってると思うが、どこの部署も残らず君の継続業務に反対・・・・かと思ってたんや」
「?」
「そしたら1ヶ所だけ、勤務継続を求める声があがった」
「それは・・」
「ICU/CCUの代表がね」
本田さんか・・。
「彼女の君への評価が高かった。県の職員にとっては彼女の部署はかなり重要でね」
「え、ええ」
「わし自身困った。先輩に逆らうような問題児をずっと置いておくわけにもいかんしな」
「・・・・」
「だからこういう事になった。いいか。あと半年、君はここに勤務する」
「?」
「だが病棟のカルテ見てわかったように、病棟の仕事は一切任されない。外来も外す」
「・・・はい」
外来まで外されるのか。
「だが例外的にICU/CCUでの勤務は認める。ただし、上司との共診という条件だ。勝手な行動は起こすな」
「上司?」
「待て。待て!わしが話をしてるんや。途中でさえぎるな!」
「・・・・・」
「給与はそれに合わせてかなり減額にはなる。が、それは仕方あるまい。で、1つ困ったことがあった」
「?」
「山城くんの要請で君の大学から、1ヶ所勤務先候補があがってたんだが。君がまだ残る今となっては
、そこへ誰かを送らねばならない」
「・・・・・」
「で、みんなで話し合った。畑くんに行ってもらう。彼も問題児だしな」
「え・・・」
「大学院でブロンコしか学んできてない奴など、この病院には要らん」
「先生、彼はどこへ・・」
「岐阜県の山奥にある病院だ。それ以上は言えん」
「先生、彼には子供もいてるし」
「それが何だ?他人のコストが心配か?能力のない奴にはそれ相応の報酬だ。わしらはボランティアではないからな」
「・・・・・」
やっぱり自分に行かせてくれと、言えなかった自分が・・・くやしい。
誤嚥性肺炎患者の動脈血ガスを採取。
「畑先生、CO2 38mmHg!再挿管しないでいけそうですね!」
「そうだなあ、よかった!」
彼は人事のことはまだ知らされていない。数日後に大学の医局長から知らされ、1ヶ月後には引っ越さないといけない。
「ユウキよ。お前、ここに残るのか?」
「いえ、それはまだ・・」
「俺が来て間もないだろ。だから俺が飛ばされたりとか、ないかな」
「・・・・・」
「うちのワイフがしつこいんだよ。子供を塾に通わせるとかなんとか言い出して。名門のどこそこの近くに引っ越すとか。
女ってのは、金ができるとこれだ」
「え、ええ・・・」
「まあ生活に余裕があるから、忙しくても文句は言えんな」
「はい・・」
「落ち込んでるな。さてはフラれたんじゃないか?本田ちゃんに!」
「な、何を・・・!」
周りに誰もいなくて良かった。
「でもなあ、ユウキ・・・本田ちゃんにだけは手を出すなよ・・・ヒヒヒ」
「それはどういう・・・」
「ヒヒヒ・・・」
奇妙な笑いを残して、彼はそそくさと消えた。
近くではまた鈴木さんが立っている。
「しつこいな・・・何だ?」
「わ、怒ってる」
「どいてくれ」
「あの、これだけお願い・・・!本田先輩にだけは・・・(ナイショで)」
「知るか、そんなの」
僕はちっとも何とも思わなくなった。
出ようとしたところ、本田さんに会った。
「あ、こんちは」
「・・・どうしたの?なんかヘン」
「え?僕のどこ・・顔?」
「顔はもともとじゃないの。でもなんかヘンね」
「そ、そうかい?」
「飲み会はどうだった?」
「あまり、その・・干渉しないでほしいな」
「え、そうなの!」
「まあ1つだけ言うなら、鈴木、あいつはもう最悪だ」
「・・・・・先生が言うならよっぽどね。わかった。なんかこれから、集中治療室は先生が常勤になるようね」
「ああ」
「そうなると夜中とか大変ね」
「おい、いくらなんでも1日中は・・・」
「救急から患者が入って、いきなり先生が主治医ってこともあるのよ。容赦なく呼ばれるわ」
「そんな、無理だよ」
「いえ。頑張って。あたしが手伝ってあげる」
僕はかなり赤面してしまった。
「どうなるのかな・・・ま、それは来月からだから。あと7日ある。それから宜しく、ってことで!」
「うん。バーイ」
彼女も味方なのか、敵なのか。もう僕には分からない。
とりあえず島流しは免れたが、半年後の僕の処分はどうなのか。
最終章「レジデント・SICKS」へ・・・。
< フィフス・レジデント 21 決闘 >
2004年5月26日 連載 辺りが静まり返った。
「辞めさせたいんなら、やってみろ!それでも人間なのかよ!・・・CCUでは容赦しないぞ!」
鈴木さんは号泣しだした。横田先生がまあまあと抱きしめた。
「わしも容赦せんからな」
山城先生はブツッとつぶやいた。
「こうやって非難を浴びるってことはな、何か問題があるんや。これまでのレジデントもそうやが、
全会一致が得らんのは・・・少なくともこの仕事場には向いてないっちゅうことや」
「・・・・・」
「自分の気に入ったとこだけ出入りして、どうすんねや。ったく、毎年毎年、いや半年半年、こんな奴らや」
口を閉ざしていた芝先生も話し始めた。
「お前は今はうちのグループなんだろ?循環器グループにいる以上、他の疾患には関わるな!
でないと、俺たちまで巻き添えをくらう」
「ですが、実際の病態は単独ではないし・・」
「腸間膜動脈閉塞のときもそうだが、ああいう専門外には一切タッチしてはいかんのだ!外科にふる、
一般内科へふる!お前は押しの力がないから共診とかになってしまうんだ!」
「・・・そうかな」
「何だと?おい!今・・・」
チリンチリンと、次の客が現れた。MRさんが驚きと歓喜で迎えた。
「ああ、三田先生!どうぞ!」
この中心性肥満の先生が、三田先生。ところでどういう関係の先生なんだ?
三田先生は僕の右側へ案内された。
「三田です、よろしく」
「ゆ、ユウキです」
「ああ、君がユウキ先生ね」
どこかで聞いたような声だ。
山城先生が左から深く頭を下げ始めた。
「三田先生!申し訳ありませんでした!」
な、何だ?
三田先生は少し驚いたようだ。
「おいおい、もう済んだことじゃないか」
「いえ!とんでもありません!この男が失礼なことを・・・オイ!頭を下げろ!」
山城先生は僕の頭頂部を垂直に押し始めた。
「今後、気をつけるよう私のほうから指導しておきますので!」
「いいっていいって・・・」
そうか。この前僕が電話で救急を断った・・。あの駅前クリニックの先生か。
世界は狭いな。
「まあ何かあったら山城の病院へ紹介してくれって、芝くんらに頼まれてたんでね」
芝先生がやってきた。
「三田先生、どうかお許しください!」
「やあ先生。いいんだって。彼も反省しているようだし」
反省だと?
「ま、ベッドが満床だって彼が言うんだから。仕方ないだろ」
芝先生の顔がギョッとなった。
「満床?」
鈴木さんはストローでカクテルをクルクル回しながらつぶやいた。
「あいてましたよーだ。ICUもCCUも!」
開業医の顔つきが変わった。
「何?話が違う!」
開業医は僕に軽くエルボーしてきた。
「どういうことなんだ!」
「・・・・・」
「もういい!もう紹介などするか!」
開業医は立ち上がった。山城先生も立ち上がった。
「ま、待ってください!もう彼には・・」
「山城!毎年毎年、こんな生意気なレジデントばかり連れてきやがって!
こいつもどうやら、CCUの例のナースに入れ知恵されたんじゃないのか?」
僕は何も言えなかった。
でも例のナースって・・・。
「まったく!ナースに仕切られるとは、お前はそれでも男か!」
いちもくさんに開業医は帰っていった。MRさんが後に続いた。
芝先生が僕へ駆け寄った。
「おい!お前も追いかけるんだよ!」
僕は動かなかった。
「来いってんだよ!」
両腕で抱きかかえられるように、僕は引きずられた。鈴木さんや
カナさんからの冷たい視線が浴びせられ続けた。
芝先生と僕は非常階段の踊り場に出た。外に解放されていて、
雨が降っている。車が1台走っていく音が聞こえた。
「間に合わなかったじゃねえか!この!」
右足を蹴られ、僕は少しうずくまった。
「うちのカテーテル紹介患者の、大事なパイプなんだぞ!
俺らの大学病院の、もと循環器講師だ!」
「ててて・・・」
「本田の犬め!おおっと、今のは失言」
「・・・犬とは・・」
「?」
「・・・イヌとは何だ・・・」
「何?オレに向って何だそれ、その口のきき方はあ!」
「あんたらよりは、マシだ」
「てめえ!」
芝先生は僕の首を横から片手でしめにかかった。反射的に僕の手も伸びた。
僕の手は下から持ち上げるように掴み上げた。
彼の力も止まなかった。しかし息がしにくい様子だ。僕は痛いが、呼吸はできる。
「このや・・・先輩に向っでで・・・」
「先輩なんかじゃ、ない・・・!」
後ろからママさんが現れた。
「きゃあ!なに・・・何をやってるの!ちょっとユウキ先生!どうせあんたが悪いのに、
年上の先生に向って何を・・・・!」
ママが方々から止めようとするが、全くかなわない。みんなずぶ濡れになってきた。
ママは階段を駆け上がり応援を呼びに行こうとしたが、階段でこけた。
上から、のっしのっしと大御所が現れた。
「・・・・・おやおや。こいつら・・」
ハッと芝先生が気づき、手を離した。僕も同時に離した。
「まるで子供のケンカだな」
僕はもう冷静だった。もうこれでこの職場は終わりだ。他のレジデント同様の運命だ。
僕ら2人は階段の下から見上げていた。
「お前がとうとう怒るとはな・・・だいたい内容の想像はつく。芝!」
「はい!」
「明日は仕事に来なくていい」
「そんな!だってこいつが・・」
「暴力ふるうやつの手先に、カテーテルは持たせたくない」
「うう・・・」
「ユウキ!」
「・・・・」
僕は改めて向きなおす振りだけした。
「この件も含めて・・院長と今後の処分を話し合う。大学医局ともな」
「・・・ええ」
「かなり厳しい処分となると思うがな。処分は近いうち行う」
2次会には参加せず、僕だけ外へ出た。ずぶ濡れでタクシーに乗った直後、携帯が鳴る。
「もしもし?」
「あ、あたしあたし。今トイレ」
何をいまさら、鈴木さんだ。
「何だ?」
「さっきはゴメンね」
「なに?」
「ちょっと酔っちゃって。すごく心配したんだけど、大丈夫?あたしって酔いが回るとこうなの。ね、どっか個人的に・・・」
僕はそのまま、セルラーの電源を・・・消した。
「辞めさせたいんなら、やってみろ!それでも人間なのかよ!・・・CCUでは容赦しないぞ!」
鈴木さんは号泣しだした。横田先生がまあまあと抱きしめた。
「わしも容赦せんからな」
山城先生はブツッとつぶやいた。
「こうやって非難を浴びるってことはな、何か問題があるんや。これまでのレジデントもそうやが、
全会一致が得らんのは・・・少なくともこの仕事場には向いてないっちゅうことや」
「・・・・・」
「自分の気に入ったとこだけ出入りして、どうすんねや。ったく、毎年毎年、いや半年半年、こんな奴らや」
口を閉ざしていた芝先生も話し始めた。
「お前は今はうちのグループなんだろ?循環器グループにいる以上、他の疾患には関わるな!
でないと、俺たちまで巻き添えをくらう」
「ですが、実際の病態は単独ではないし・・」
「腸間膜動脈閉塞のときもそうだが、ああいう専門外には一切タッチしてはいかんのだ!外科にふる、
一般内科へふる!お前は押しの力がないから共診とかになってしまうんだ!」
「・・・そうかな」
「何だと?おい!今・・・」
チリンチリンと、次の客が現れた。MRさんが驚きと歓喜で迎えた。
「ああ、三田先生!どうぞ!」
この中心性肥満の先生が、三田先生。ところでどういう関係の先生なんだ?
三田先生は僕の右側へ案内された。
「三田です、よろしく」
「ゆ、ユウキです」
「ああ、君がユウキ先生ね」
どこかで聞いたような声だ。
山城先生が左から深く頭を下げ始めた。
「三田先生!申し訳ありませんでした!」
な、何だ?
三田先生は少し驚いたようだ。
「おいおい、もう済んだことじゃないか」
「いえ!とんでもありません!この男が失礼なことを・・・オイ!頭を下げろ!」
山城先生は僕の頭頂部を垂直に押し始めた。
「今後、気をつけるよう私のほうから指導しておきますので!」
「いいっていいって・・・」
そうか。この前僕が電話で救急を断った・・。あの駅前クリニックの先生か。
世界は狭いな。
「まあ何かあったら山城の病院へ紹介してくれって、芝くんらに頼まれてたんでね」
芝先生がやってきた。
「三田先生、どうかお許しください!」
「やあ先生。いいんだって。彼も反省しているようだし」
反省だと?
「ま、ベッドが満床だって彼が言うんだから。仕方ないだろ」
芝先生の顔がギョッとなった。
「満床?」
鈴木さんはストローでカクテルをクルクル回しながらつぶやいた。
「あいてましたよーだ。ICUもCCUも!」
開業医の顔つきが変わった。
「何?話が違う!」
開業医は僕に軽くエルボーしてきた。
「どういうことなんだ!」
「・・・・・」
「もういい!もう紹介などするか!」
開業医は立ち上がった。山城先生も立ち上がった。
「ま、待ってください!もう彼には・・」
「山城!毎年毎年、こんな生意気なレジデントばかり連れてきやがって!
こいつもどうやら、CCUの例のナースに入れ知恵されたんじゃないのか?」
僕は何も言えなかった。
でも例のナースって・・・。
「まったく!ナースに仕切られるとは、お前はそれでも男か!」
いちもくさんに開業医は帰っていった。MRさんが後に続いた。
芝先生が僕へ駆け寄った。
「おい!お前も追いかけるんだよ!」
僕は動かなかった。
「来いってんだよ!」
両腕で抱きかかえられるように、僕は引きずられた。鈴木さんや
カナさんからの冷たい視線が浴びせられ続けた。
芝先生と僕は非常階段の踊り場に出た。外に解放されていて、
雨が降っている。車が1台走っていく音が聞こえた。
「間に合わなかったじゃねえか!この!」
右足を蹴られ、僕は少しうずくまった。
「うちのカテーテル紹介患者の、大事なパイプなんだぞ!
俺らの大学病院の、もと循環器講師だ!」
「ててて・・・」
「本田の犬め!おおっと、今のは失言」
「・・・犬とは・・」
「?」
「・・・イヌとは何だ・・・」
「何?オレに向って何だそれ、その口のきき方はあ!」
「あんたらよりは、マシだ」
「てめえ!」
芝先生は僕の首を横から片手でしめにかかった。反射的に僕の手も伸びた。
僕の手は下から持ち上げるように掴み上げた。
彼の力も止まなかった。しかし息がしにくい様子だ。僕は痛いが、呼吸はできる。
「このや・・・先輩に向っでで・・・」
「先輩なんかじゃ、ない・・・!」
後ろからママさんが現れた。
「きゃあ!なに・・・何をやってるの!ちょっとユウキ先生!どうせあんたが悪いのに、
年上の先生に向って何を・・・・!」
ママが方々から止めようとするが、全くかなわない。みんなずぶ濡れになってきた。
ママは階段を駆け上がり応援を呼びに行こうとしたが、階段でこけた。
上から、のっしのっしと大御所が現れた。
「・・・・・おやおや。こいつら・・」
ハッと芝先生が気づき、手を離した。僕も同時に離した。
「まるで子供のケンカだな」
僕はもう冷静だった。もうこれでこの職場は終わりだ。他のレジデント同様の運命だ。
僕ら2人は階段の下から見上げていた。
「お前がとうとう怒るとはな・・・だいたい内容の想像はつく。芝!」
「はい!」
「明日は仕事に来なくていい」
「そんな!だってこいつが・・」
「暴力ふるうやつの手先に、カテーテルは持たせたくない」
「うう・・・」
「ユウキ!」
「・・・・」
僕は改めて向きなおす振りだけした。
「この件も含めて・・院長と今後の処分を話し合う。大学医局ともな」
「・・・ええ」
「かなり厳しい処分となると思うがな。処分は近いうち行う」
2次会には参加せず、僕だけ外へ出た。ずぶ濡れでタクシーに乗った直後、携帯が鳴る。
「もしもし?」
「あ、あたしあたし。今トイレ」
何をいまさら、鈴木さんだ。
「何だ?」
「さっきはゴメンね」
「なに?」
「ちょっと酔っちゃって。すごく心配したんだけど、大丈夫?あたしって酔いが回るとこうなの。ね、どっか個人的に・・・」
僕はそのまま、セルラーの電源を・・・消した。
< フィフス・レジデント 20 裏切り >
2004年5月25日 連載 「ユウキ、これはおい、どういうことだ?」
多忙な外来が山城先生の鶴の一声で中断された。
「え?これは・・・」
山城先生が持っているのは昨日の当直帯の一部始終だ。
入ってきた患者、対応内容。こと細かく書いてある。こういうノートが存在するのか。
「開業医から連絡があって・・」
「で?断ったのか?」
「AMIという話だったので・・うわっ?」
彼は僕のエリを片手で引っ張った。
「貴様、なぜそうした?まず自分で見ようとなぜ・・」
「か・・・く・・・・か、患者を思って、です」
「患者を思う?お前の口から出るセリフか?」
「他院でダイレクトにカテに持っていったほうがと伝えまして」
「ダイレクトにするとか、なぜお前が判断した?まずわしらに報告しろ!」
「・・・・・」
「クソ、1例逃がしたか・・・AMIが来たなら来たで、わしらも早く切り上げるわい!」
こいつ、ゴルフに行ってて・・・よく言えるな。
ICU、誤嚥性肺炎の患者。人工呼吸管理5日目。
呼吸器科の畑先生とともにBFでトイレッティング。痰の吸引だ。
山城先生の命令で、呼吸器ドクターとの共診となっていた。
「かなり出ますね」
「ああ・・・代わるか?」
「はい」
「・・・右の主気管支だけでなく、左にもあるな」
「ありますね」
「どうだ、引きにくいだろ?」
「粘いですね、かなり」
画面の向こうでは痰がとめどなくこちらへあふれてくる。かなり粘調なので、太い糸を引いた
ようになることもある。
「おい、水分は十分入ってるか?」
「1日トータル1900mlです。抗生剤入れて」
「少ないな。高熱出て、だろ。もっと増やせ」
「高齢なもので」
「ヘンな理屈だな。マアそう言わず、もっとインを足せよ。心不全にならん程度に」
「はい」
「吸入は入ってるな。だが点滴にビソルボンがないな。あとで指示しろ」
「ええ」
「よし、終わろう。今日のレントゲンはどれ?」
「これです」
「おい!心臓大きくなってるぞ!」
先生は慌てて過去のフィルムを並べだした。
「おいおい・・・人工呼吸器つけてから、心臓大きくなってる。心不全だ!」
「いえ、これは」
「やっぱりイン足すな!全部TZへ切り替えろ!」
「先生、おそらく」
「じゅ、循環管理がお前の仕事だ!なんならアレ、スワンガンツ入れてモニタリングしろ!
オ、オレはあくまでも呼吸管理のために協力してるんだからな」
「おそらく・・人工呼吸管理になってレントゲン撮影が立位から仰臥位になったからだと思います」
「・・・あ・・・そ、それもあるだろな!」
「腰の曲がってるお年寄りでもあるし、仰臥位だと斜位ぎみの写真になってしまいますね」
「それぐらい分かってるわい」
協力のおかげで、陰影は徐々に軽快しつつある。
「先生、なんか今日飲み会があるって?」
本田さんが書き物中こちらへ話しかけた。
「ああ。よく知ってるな?」
「ちょっと小耳にはさんでね」
「緊急的な飲み会らしい。誰か来るのかな」
「2次会はどこ?」
「RETROだよ。なぜか君らの溜まり場の」
「ふーん・・・」
『あさひ』の前ではMRの方々が2人立って待っていた。
僕ら循環器5人はタクシーを降りた。
「行くぞ」
山城先生を先頭に、ヅカヅカと階段を登る。
「あら、いらっしゃーい!」
ママが作ったような笑顔で迎えてくれた。
「今日は貸切りにしてるから」
この前のようなことがあったからか、と思ったが・・。
芝先生が僕の腕を引っ張った。
「お前はここ!」
カウンターのど真ん中に座らされた。左に山城先生。右は空いている。
その向こうも空いている。
「山城先生、1つ右に寄っても・・」
「ダメだ、そこは先約がある」
「そうですか」
MRさんが入ってきた。以前と同じような組み合わせ。同じ業者だが顔は違う。
「三田先生、もうこちらへ向われているとのことです!」
三田先生?ゲストの先生か。聞いた様な名前だな・・。
山城先生はタバコを吸い始めた。
「わしは間違いなくコロナリーで死ぬな」
「分かるんですか?」
「というか血管系やな。こんだけリスクファクターがあるんや。高脂血症、喫煙・・・。医者たるもの、自分の専門の病気で死ぬのが本望や」
「・・・・・(何言ってんだよ)」
「呼吸器科でタバコ吸う奴らもそうやって言い訳しとる。な、ネズミ!」
畑先生は向こうの席で吸っている。
「おおきに!」
「でもな、言い訳やったらまだマシや。陰でコソコソ動くのはイカン」
「・・・?」
「お前や、お前」
今度はどの話を引き合いに出すつもりだ?
カランカランと戸の開く音。ゲストの三田先生とやらか?
「いやっほー!」
現れたのは・・・循環器病棟のカナさんと、新人の片山さんと・・・。?なぜ、鈴木さんがいるんだ・・・?
無理矢理つれてこられた・・・にしては、みなはしゃぎまくったような笑顔だ。
この勤務帯のリーダーは・・やはりカナさんだった。
「今日もスッゲーむかついたー!片山ちゃん、はいはいそこに座って。彼氏のとなり!」
彼氏?
まだ入って半年のはずの片山さんはテーブル席、星野先生の横に堂々と腰掛けた。
「エーン、寂しかったよー!」
すでに酒が入っているせいなのか、彼女は星野先生の腕にしがみついた。
星野先生はタバコをもみ消し始めた。
「たった2日やないかい!ンな大げさな!」
カナさんが正面に腰掛ける。
「大丈夫よ。あたしがちゃんと監視してたから!」
「イヤよ!カナ先輩に取られる!」
なんて奴らだ・・・。それに星野先生は家族持ちだぞ。
星野先生は僕をうかがった。
「ユウキ君!言っちゃだめだよ、僕らの関係」
「な?」
「ま、ユウキ君なら口は堅そうだがね」
「いーや、そうでもないわよ」
鈴木さんが信じられない言葉を口にし始めた。
まずはフーッと白煙を天井に吹き上げていた。
「この先生、本田とツーツーよ」
「なんだと?」
「あんた、いっつも情報流してるじゃん」
「情報?」
「今日だってこの飲み会のこと、バラしてたじゃない」
一同から一斉にヤジが飛び始めた。
「調子に乗んなって、前からあたし言おうと思ってたんだけどさ・・今日はもう、スイッチ切れちゃった」
僕は怒りで一杯だった。しかし冷めた怒りだ。
鈴木さんはなおも続けた。
「コイツもなんとかしようよ、先生!」
彼女は横田先生の膝の上に腰掛けてきた。
僕は怒りと不安でたまらなくなった。
「コイツもって何だよ!」
辺りが静まり返った。
< つづく >
多忙な外来が山城先生の鶴の一声で中断された。
「え?これは・・・」
山城先生が持っているのは昨日の当直帯の一部始終だ。
入ってきた患者、対応内容。こと細かく書いてある。こういうノートが存在するのか。
「開業医から連絡があって・・」
「で?断ったのか?」
「AMIという話だったので・・うわっ?」
彼は僕のエリを片手で引っ張った。
「貴様、なぜそうした?まず自分で見ようとなぜ・・」
「か・・・く・・・・か、患者を思って、です」
「患者を思う?お前の口から出るセリフか?」
「他院でダイレクトにカテに持っていったほうがと伝えまして」
「ダイレクトにするとか、なぜお前が判断した?まずわしらに報告しろ!」
「・・・・・」
「クソ、1例逃がしたか・・・AMIが来たなら来たで、わしらも早く切り上げるわい!」
こいつ、ゴルフに行ってて・・・よく言えるな。
ICU、誤嚥性肺炎の患者。人工呼吸管理5日目。
呼吸器科の畑先生とともにBFでトイレッティング。痰の吸引だ。
山城先生の命令で、呼吸器ドクターとの共診となっていた。
「かなり出ますね」
「ああ・・・代わるか?」
「はい」
「・・・右の主気管支だけでなく、左にもあるな」
「ありますね」
「どうだ、引きにくいだろ?」
「粘いですね、かなり」
画面の向こうでは痰がとめどなくこちらへあふれてくる。かなり粘調なので、太い糸を引いた
ようになることもある。
「おい、水分は十分入ってるか?」
「1日トータル1900mlです。抗生剤入れて」
「少ないな。高熱出て、だろ。もっと増やせ」
「高齢なもので」
「ヘンな理屈だな。マアそう言わず、もっとインを足せよ。心不全にならん程度に」
「はい」
「吸入は入ってるな。だが点滴にビソルボンがないな。あとで指示しろ」
「ええ」
「よし、終わろう。今日のレントゲンはどれ?」
「これです」
「おい!心臓大きくなってるぞ!」
先生は慌てて過去のフィルムを並べだした。
「おいおい・・・人工呼吸器つけてから、心臓大きくなってる。心不全だ!」
「いえ、これは」
「やっぱりイン足すな!全部TZへ切り替えろ!」
「先生、おそらく」
「じゅ、循環管理がお前の仕事だ!なんならアレ、スワンガンツ入れてモニタリングしろ!
オ、オレはあくまでも呼吸管理のために協力してるんだからな」
「おそらく・・人工呼吸管理になってレントゲン撮影が立位から仰臥位になったからだと思います」
「・・・あ・・・そ、それもあるだろな!」
「腰の曲がってるお年寄りでもあるし、仰臥位だと斜位ぎみの写真になってしまいますね」
「それぐらい分かってるわい」
協力のおかげで、陰影は徐々に軽快しつつある。
「先生、なんか今日飲み会があるって?」
本田さんが書き物中こちらへ話しかけた。
「ああ。よく知ってるな?」
「ちょっと小耳にはさんでね」
「緊急的な飲み会らしい。誰か来るのかな」
「2次会はどこ?」
「RETROだよ。なぜか君らの溜まり場の」
「ふーん・・・」
『あさひ』の前ではMRの方々が2人立って待っていた。
僕ら循環器5人はタクシーを降りた。
「行くぞ」
山城先生を先頭に、ヅカヅカと階段を登る。
「あら、いらっしゃーい!」
ママが作ったような笑顔で迎えてくれた。
「今日は貸切りにしてるから」
この前のようなことがあったからか、と思ったが・・。
芝先生が僕の腕を引っ張った。
「お前はここ!」
カウンターのど真ん中に座らされた。左に山城先生。右は空いている。
その向こうも空いている。
「山城先生、1つ右に寄っても・・」
「ダメだ、そこは先約がある」
「そうですか」
MRさんが入ってきた。以前と同じような組み合わせ。同じ業者だが顔は違う。
「三田先生、もうこちらへ向われているとのことです!」
三田先生?ゲストの先生か。聞いた様な名前だな・・。
山城先生はタバコを吸い始めた。
「わしは間違いなくコロナリーで死ぬな」
「分かるんですか?」
「というか血管系やな。こんだけリスクファクターがあるんや。高脂血症、喫煙・・・。医者たるもの、自分の専門の病気で死ぬのが本望や」
「・・・・・(何言ってんだよ)」
「呼吸器科でタバコ吸う奴らもそうやって言い訳しとる。な、ネズミ!」
畑先生は向こうの席で吸っている。
「おおきに!」
「でもな、言い訳やったらまだマシや。陰でコソコソ動くのはイカン」
「・・・?」
「お前や、お前」
今度はどの話を引き合いに出すつもりだ?
カランカランと戸の開く音。ゲストの三田先生とやらか?
「いやっほー!」
現れたのは・・・循環器病棟のカナさんと、新人の片山さんと・・・。?なぜ、鈴木さんがいるんだ・・・?
無理矢理つれてこられた・・・にしては、みなはしゃぎまくったような笑顔だ。
この勤務帯のリーダーは・・やはりカナさんだった。
「今日もスッゲーむかついたー!片山ちゃん、はいはいそこに座って。彼氏のとなり!」
彼氏?
まだ入って半年のはずの片山さんはテーブル席、星野先生の横に堂々と腰掛けた。
「エーン、寂しかったよー!」
すでに酒が入っているせいなのか、彼女は星野先生の腕にしがみついた。
星野先生はタバコをもみ消し始めた。
「たった2日やないかい!ンな大げさな!」
カナさんが正面に腰掛ける。
「大丈夫よ。あたしがちゃんと監視してたから!」
「イヤよ!カナ先輩に取られる!」
なんて奴らだ・・・。それに星野先生は家族持ちだぞ。
星野先生は僕をうかがった。
「ユウキ君!言っちゃだめだよ、僕らの関係」
「な?」
「ま、ユウキ君なら口は堅そうだがね」
「いーや、そうでもないわよ」
鈴木さんが信じられない言葉を口にし始めた。
まずはフーッと白煙を天井に吹き上げていた。
「この先生、本田とツーツーよ」
「なんだと?」
「あんた、いっつも情報流してるじゃん」
「情報?」
「今日だってこの飲み会のこと、バラしてたじゃない」
一同から一斉にヤジが飛び始めた。
「調子に乗んなって、前からあたし言おうと思ってたんだけどさ・・今日はもう、スイッチ切れちゃった」
僕は怒りで一杯だった。しかし冷めた怒りだ。
鈴木さんはなおも続けた。
「コイツもなんとかしようよ、先生!」
彼女は横田先生の膝の上に腰掛けてきた。
僕は怒りと不安でたまらなくなった。
「コイツもって何だよ!」
辺りが静まり返った。
< つづく >
< フィフス・レジデント 19 女は・・・ >
2004年5月24日 連載ICUでは例の誤嚥性肺炎の患者が人工呼吸管理中。
リーダーの本田さんが重症板に書き込み中。
「遅くなってすまない」
「やっと来たなー」
「ありがとう。挿管は何時に?」
「朝の4時。チューブの位置確認も済み」
「痰はかなりひけてる?」
「ひっきりなしよ。畑先生が言うにはアテレク起こしてるんじゃないかって」
「痰そのものによる閉塞か・・?」
「BFします?」
「いや、休日はあまり侵襲的なことは・・・」
「昨日は1人ステッたし。これでまた先生の患者が全部占めてしまったわね」
「ICU3名にCCU4名。しかしホントの重症はこの1人だ」
「これ以上は入れないでよ」
「そうしたいよ。でも今日の循環器コールは僕だ。救急が来たら直通で呼ばれる」
「ダメよ」
一瞬、彼女の表情がきつかった。
「送るよ、よそへ」
「まったく他の先生は・・・ゴルフ?ふざけんなっての」
「ゴルフだけなのかなあ」
「それだけじゃないの?」
「一泊するらしいよ。これも言ったらいけないんだけど」
「一泊って・・・明日は月曜日よ」
「早朝に帰ってくるつもりなんだ」
「一泊・・どこに?」
「どこって?ホテルの名前までは分からないよ」
彼女、今日は思ったよりしつこい・・。会話はここで打ち切った。
午後、オートバックスで車のオイル交換。真っ只中、携帯が鳴った。
「もしもし」
「当直ナースの者です。当直医と代わります」
「・・・もしもし、ユウキ先生ですか。ウロの西です」
「はい」
「今日は循環器の先生方は学会なんですよね」
「ええ、ぼ、僕もそう聞いてます」
「先生1人か・・キビシいな。実は開業医からの紹介が」
「開業医・・・胸部痛ですか?」
「ええ、その通りです。どうやらAMIらしいと」
「じゃあ電話をこちらへ」
「まわします」
「・・・もしもし。駅前クリニックの三田です」
「循環器のオンコールです」
「48歳男性。今日の早朝から胸部痛。EKGでST上昇あり、II・III・aVF誘導で」
「ニトロペンは・・」
「AMIだと思いますので、そちらでカテをお願いします」
こいつ、無視したな。
「先生、申し訳ないのですが・・本日は循環器の医師が自分1人でして」
「そうなんですか」
「ですのでカテーテルとなると当院では・・」
「ですが、貴院への受診は本人の希望でしてね。そちらでt-PAをまずするとか」
「そうですけど、ダイレクトにカテーテルにもっていったほうが・・」
という考えが実際、主流になり始めていた。
「まずは先生、お願いしますよ」
馴れ馴れしくないか、こいつ?
「患者さんのこと考えましても、当院ではフォローしかねます」
「・・・ベッドは空いてるでしょう」
「ち、ちょうど集中治療室も満床でもありますし」
ウソも方便として切り抜けることにした。
「満床か・・・うーん・・・」
「・・・・・」
「・・・わかりまし、た」
電話はいきなり切られた。感じ悪い奴。
夕方ICUへ戻った。
「もうすぐ申し送り?」
本田さんは機嫌よさそうだ。
「そう。先生がこっち主に診るようになって大助かりね」
「去年は・・・やっぱレジデントが主体で?」
「そうね」
「こういう仕事場だったら・・自分から辞めることもなかったろうに」
「そうね、不思議ね。ところで、夜は鈴木ちゃんが来るわよ」
「そうか・・」
「今アタックしたら、彼女、堕ちるかもね」
「え、そう?今は彼氏は・・」
「いないよ」
「そ、そうか・・・で、さっき開業医から連絡があってね」
「で?ちゃんと断ってくれた?」
「ああ。でも内緒にね」
「オッケー」
ひきつづき、循環器病棟へ。
「変わりないですか、ね・・・」
詰所内ではナースが2人、書き物している。申し送りは終わったようだ。モニターは鳴ってるが電極はずれだ。
どうやら無視されてるみたいだな・・。
「じゃ、これで失礼・・・」
「待ってください!」
片山さんが叫んだ。
「なにか・・」
「カテした患者さんの消毒は?」
「え?ああ、そうだったな」
「患者さんはずっと朝から待ってたんですよ!」
「星野先生の患者さんか」
「星野先生から聞いてなかったんですか?」
「聞いてないよ。しかし消毒ぐらい、連絡するか当直・・・」
「あたしらは連絡係なんですか?」
この新人、変わったな・・・。みんなと同じになったというか。
「わかったよ、するする」
「先生が1人でしてくださいね」
「はいはい」
女は怖いな。本田さんにしても片山さんにしても・・あの表情。たまに非情なほど険しい表情を見せることがある。
50代男性の部屋へ。
「失礼します」
「ああ。来たなあ」
「すみません、遅くなりまして」
「もう日も暮れちゃうよお」
「どうも・・・じゃ、病衣を」
「はい・・・脱いだよ」
「じゃ、消毒・・・・腫れてませんね」
「じゃ、動かしても」
「いいですよ」
「ありがとう。でもまあ先生も大変だなあ」
「いえ、それは日によりけり・・」
「先生まあ、こちらへ」
久しぶりに座れた患者は丸イスを差し出してくれた。
「え?ここに・・・いいですか?」
「どうぞどうぞ、座って」
「はい・・どうも」
「なんか今日は看護婦さんら、怖いですなあ」
「そ、そう思います?そうでしょ!」
「先生も怖いんでっか?」
「いつもと違いますよね」
「そうなんや、みなそう言っとった。どうやら彼氏と離れ離れになったみたいやなあ」
「だ、誰がです?」
「あの2人。なんやら彼氏が浮気してないかとか心配で、仕事にならんとな」
「遠距離恋愛ですか・・・」
僕自身、かつての関係をまだハッキリ清算できていなかった。今はほとんど電話だけで、
忙しさの波に飲まれてか、その回数も途絶えつつあった。
その日は以後緊急の呼び出しもなく、平和な朝を迎えた。朝、奴らは帰ってくる。
<つづく>
リーダーの本田さんが重症板に書き込み中。
「遅くなってすまない」
「やっと来たなー」
「ありがとう。挿管は何時に?」
「朝の4時。チューブの位置確認も済み」
「痰はかなりひけてる?」
「ひっきりなしよ。畑先生が言うにはアテレク起こしてるんじゃないかって」
「痰そのものによる閉塞か・・?」
「BFします?」
「いや、休日はあまり侵襲的なことは・・・」
「昨日は1人ステッたし。これでまた先生の患者が全部占めてしまったわね」
「ICU3名にCCU4名。しかしホントの重症はこの1人だ」
「これ以上は入れないでよ」
「そうしたいよ。でも今日の循環器コールは僕だ。救急が来たら直通で呼ばれる」
「ダメよ」
一瞬、彼女の表情がきつかった。
「送るよ、よそへ」
「まったく他の先生は・・・ゴルフ?ふざけんなっての」
「ゴルフだけなのかなあ」
「それだけじゃないの?」
「一泊するらしいよ。これも言ったらいけないんだけど」
「一泊って・・・明日は月曜日よ」
「早朝に帰ってくるつもりなんだ」
「一泊・・どこに?」
「どこって?ホテルの名前までは分からないよ」
彼女、今日は思ったよりしつこい・・。会話はここで打ち切った。
午後、オートバックスで車のオイル交換。真っ只中、携帯が鳴った。
「もしもし」
「当直ナースの者です。当直医と代わります」
「・・・もしもし、ユウキ先生ですか。ウロの西です」
「はい」
「今日は循環器の先生方は学会なんですよね」
「ええ、ぼ、僕もそう聞いてます」
「先生1人か・・キビシいな。実は開業医からの紹介が」
「開業医・・・胸部痛ですか?」
「ええ、その通りです。どうやらAMIらしいと」
「じゃあ電話をこちらへ」
「まわします」
「・・・もしもし。駅前クリニックの三田です」
「循環器のオンコールです」
「48歳男性。今日の早朝から胸部痛。EKGでST上昇あり、II・III・aVF誘導で」
「ニトロペンは・・」
「AMIだと思いますので、そちらでカテをお願いします」
こいつ、無視したな。
「先生、申し訳ないのですが・・本日は循環器の医師が自分1人でして」
「そうなんですか」
「ですのでカテーテルとなると当院では・・」
「ですが、貴院への受診は本人の希望でしてね。そちらでt-PAをまずするとか」
「そうですけど、ダイレクトにカテーテルにもっていったほうが・・」
という考えが実際、主流になり始めていた。
「まずは先生、お願いしますよ」
馴れ馴れしくないか、こいつ?
「患者さんのこと考えましても、当院ではフォローしかねます」
「・・・ベッドは空いてるでしょう」
「ち、ちょうど集中治療室も満床でもありますし」
ウソも方便として切り抜けることにした。
「満床か・・・うーん・・・」
「・・・・・」
「・・・わかりまし、た」
電話はいきなり切られた。感じ悪い奴。
夕方ICUへ戻った。
「もうすぐ申し送り?」
本田さんは機嫌よさそうだ。
「そう。先生がこっち主に診るようになって大助かりね」
「去年は・・・やっぱレジデントが主体で?」
「そうね」
「こういう仕事場だったら・・自分から辞めることもなかったろうに」
「そうね、不思議ね。ところで、夜は鈴木ちゃんが来るわよ」
「そうか・・」
「今アタックしたら、彼女、堕ちるかもね」
「え、そう?今は彼氏は・・」
「いないよ」
「そ、そうか・・・で、さっき開業医から連絡があってね」
「で?ちゃんと断ってくれた?」
「ああ。でも内緒にね」
「オッケー」
ひきつづき、循環器病棟へ。
「変わりないですか、ね・・・」
詰所内ではナースが2人、書き物している。申し送りは終わったようだ。モニターは鳴ってるが電極はずれだ。
どうやら無視されてるみたいだな・・。
「じゃ、これで失礼・・・」
「待ってください!」
片山さんが叫んだ。
「なにか・・」
「カテした患者さんの消毒は?」
「え?ああ、そうだったな」
「患者さんはずっと朝から待ってたんですよ!」
「星野先生の患者さんか」
「星野先生から聞いてなかったんですか?」
「聞いてないよ。しかし消毒ぐらい、連絡するか当直・・・」
「あたしらは連絡係なんですか?」
この新人、変わったな・・・。みんなと同じになったというか。
「わかったよ、するする」
「先生が1人でしてくださいね」
「はいはい」
女は怖いな。本田さんにしても片山さんにしても・・あの表情。たまに非情なほど険しい表情を見せることがある。
50代男性の部屋へ。
「失礼します」
「ああ。来たなあ」
「すみません、遅くなりまして」
「もう日も暮れちゃうよお」
「どうも・・・じゃ、病衣を」
「はい・・・脱いだよ」
「じゃ、消毒・・・・腫れてませんね」
「じゃ、動かしても」
「いいですよ」
「ありがとう。でもまあ先生も大変だなあ」
「いえ、それは日によりけり・・」
「先生まあ、こちらへ」
久しぶりに座れた患者は丸イスを差し出してくれた。
「え?ここに・・・いいですか?」
「どうぞどうぞ、座って」
「はい・・どうも」
「なんか今日は看護婦さんら、怖いですなあ」
「そ、そう思います?そうでしょ!」
「先生も怖いんでっか?」
「いつもと違いますよね」
「そうなんや、みなそう言っとった。どうやら彼氏と離れ離れになったみたいやなあ」
「だ、誰がです?」
「あの2人。なんやら彼氏が浮気してないかとか心配で、仕事にならんとな」
「遠距離恋愛ですか・・・」
僕自身、かつての関係をまだハッキリ清算できていなかった。今はほとんど電話だけで、
忙しさの波に飲まれてか、その回数も途絶えつつあった。
その日は以後緊急の呼び出しもなく、平和な朝を迎えた。朝、奴らは帰ってくる。
<つづく>
< フィフス・レジデント 18 あの日の僕よ・・・ >
2004年5月22日 連載 昼過ぎ。一般内科の先生がカテ室へ入ってきた。
「ユウキ先生、いますか」
「はい」
山城先生から説教喰らってたところ、いい意味で中断が入った。
しかし、内容はその上だった。
「先生!例の誤嚥性肺炎の患者!呼吸器病棟の!」
「はい」
「抗生剤変更してもう5日目だろ!全然良くなってないぞ!」
みんなの前でそんな大声を・・・。やめてほしいな。
「し、CRPは14から8に下がってたので様子見をと」
「様子だと?この写真は何だ!」
彼はレントゲンを持ってきてた。見せしめのように、カテ室の
シャーカステンに画像がかけられた。
5日前は右肺炎だったが・・。全体的に透過性が低下している。
右肺炎の影も相変わらずだ。
「僕が思うに、ARDSになりかけてると思うんだが。呼吸音は聞いたのか?」
「いえ、今日はまだ・・」
「ラ音がバリバリだ。今日の午前中は回診したのか?」
「午前中は外来があって」
「バカ、その前に回診しておけ!検査は俺が出したんだぞ!」
「ど、どうも・・」
「他のドクターと同じようなスタンスでどうすんだ!」
「・・・・・」
山城先生は終始、冷ややかな視線を投げつけていた。
「とにかくICUへ移す!お前の患者は多いな、ICU行きが」
「・・・・・」
「山城くん、指導を頼むよ!」
「わしは今日もこうして『指導』してるんだがなあ。日曜問わず来いって」
「ネズミも使い物にならないな。あいつの患者もチェックした」
「使えなかったら、大学へ戻そうか?」
「大学は要らないと言ってきたんだろ?」
「だがここでは預かれない。そろそろ飛ばすか」
「子供いるんだろ?大変だぞ、これから、ハッハ」
子供?畑先生・・結婚してるのか。意外だな。
大学は家庭持ち優先で人事を考えてくれるそうだが・・・。大丈夫かな。
独身には容赦ないのは確かだな。
呼吸器病棟へ。患者は頻呼吸だった。家族が見守っている。
いっせいに僕へ視線が向けられた。
「呼吸状態が悪くなってまして・・」
「さあ、それはどういうことですの?」
40代くらいの女性が神経質な面持ちで呟いた。
昨日、CRP下がってきてると楽観的なムンテラをしてしまっていた。
「それが、今日の朝から呼吸が思わしくなくて」
「それはね、先生。朝私が来て気づいたんですよ。それで詰所を通じて、他の先生に」
「え、ええ。どうやら肺炎が悪化を・・」
「昨日はよくなってる、来週には退院できるだろうと聞いてたのに、ですか?そういうことは・・・」
「あります」
「ああいう説明だったから、わたしら安心してたのに・・・」
『謝るな。謝ったら自分を不利にする』
いや、しかし・・・。
『説明は問題もあったろうが、老人の肺炎だ。治療はしてるんだし』
だが最近僕が監視を怠っていたことは確かだ。
『そんなことは自分の心にしまっておくことだ。とにかく強気でいけ』
一言、謝ったほうが・・・。
『オーベンにも言われただろ!それはするな!』
「・・・このまま悪化すれば、人工呼吸器を要することもあります」
「呼吸器?それをつけて・・・ようなるんですか?」
「・・・何とも言えません」
「だったら分かりませんがな」
「もし悪化したとき、それをつけるかどうかですが」
「よう分かりませんな。そこは先生の判断で」
「いえ、これは家族の方の判断で」
「そんな難しい判断、ようしません!とにかく良くしてやってくださいな!」
家族は帰っていった。ナースが入ってくる。
「で、結局どうなったんですか」
「・・・ICUへ移そう!」
ICUではベッドの準備などすべて整っていた。
「これでよし・・」
本田さんがいつものように駆け寄ってきた。
「病棟のナースから申し送り聞いてるんだけどね」
「ああ」
「なんかさっぱしなのよ。何も分かってないみたい」
「やっぱりな。僕が申し送るからいいよ」
「よかった!」
「さっきは一般内科の先生が乱入してさ・・」
「きっと先生に嫉妬してるんじゃないの?」
「嫉妬?」
「ここの女の子らと仲いいから」
「あの先生はどうなの?」
「いろいろ誘ってくるけどね。誰も相手にしてないわよ」
「オッサンだから?」
「それと性格ね。融通が利かないし、無理矢理入院させてくるし、突然退院させるし」
「なるほど・・・」
夕方、順夜の鈴木さんが到着。まだ私服だ。
「イヤー、また重症?」
同勤務のベテランが堂々と着替えている。
「そりゃそうよ、ここはICUなんだから」
「でもいいや、ユウキ先生がいるから」
僕に聞こえてるから言ってるのか・・・。
「ユウキ先生!レスピつけるかもしれないんですよね?」
「ああ、人工呼吸器・・・ひょっとしたらね」
「深夜帯になるまで居てくれる?」
「今日もか・・・」
「すっごい不安」
彼女はまた思いつめた表情になった。
「・・・・わかった。うん。残る」
完全に彼女たちのペースにはまってしまっている。
いつもの僕は、どうした?
日曜日。昨日はいちおう帰れた。循環器のほかの連中は「学会出張」ということになっている。
出張でもらってくる出席の証明は、MRがうまくやってる。
朝9時。日差しのキツさに目覚めた。汗がタラタラ気持ち悪い。冷房も度重なる引越しで
傷みかけていた。全然涼しくならない。
まだコールはなかったが、そろそろ電話での申し送りがICU/CCUよりあるはずだ。
「その前に、行かなきゃ・・・」
ピーピーピー・・・予測は的中した。
「もしもし」
「おはよう、先生」
本田さんだ。
「ああ、もう起きてたよ」
「何時に来る?」
「もう行くよ」
「先生の患者ね。肺炎の。昨日の夜中に挿管したのよ」
「え!」
「当直が畑先生でね」
「よくもまあ、してくれたな・・・」
「あたしが頼んだのよ。感謝してね」
「あ、ああ。ありがとう」
彼女のおかげで眠れた、ってことか。
<つづく>
「ユウキ先生、いますか」
「はい」
山城先生から説教喰らってたところ、いい意味で中断が入った。
しかし、内容はその上だった。
「先生!例の誤嚥性肺炎の患者!呼吸器病棟の!」
「はい」
「抗生剤変更してもう5日目だろ!全然良くなってないぞ!」
みんなの前でそんな大声を・・・。やめてほしいな。
「し、CRPは14から8に下がってたので様子見をと」
「様子だと?この写真は何だ!」
彼はレントゲンを持ってきてた。見せしめのように、カテ室の
シャーカステンに画像がかけられた。
5日前は右肺炎だったが・・。全体的に透過性が低下している。
右肺炎の影も相変わらずだ。
「僕が思うに、ARDSになりかけてると思うんだが。呼吸音は聞いたのか?」
「いえ、今日はまだ・・」
「ラ音がバリバリだ。今日の午前中は回診したのか?」
「午前中は外来があって」
「バカ、その前に回診しておけ!検査は俺が出したんだぞ!」
「ど、どうも・・」
「他のドクターと同じようなスタンスでどうすんだ!」
「・・・・・」
山城先生は終始、冷ややかな視線を投げつけていた。
「とにかくICUへ移す!お前の患者は多いな、ICU行きが」
「・・・・・」
「山城くん、指導を頼むよ!」
「わしは今日もこうして『指導』してるんだがなあ。日曜問わず来いって」
「ネズミも使い物にならないな。あいつの患者もチェックした」
「使えなかったら、大学へ戻そうか?」
「大学は要らないと言ってきたんだろ?」
「だがここでは預かれない。そろそろ飛ばすか」
「子供いるんだろ?大変だぞ、これから、ハッハ」
子供?畑先生・・結婚してるのか。意外だな。
大学は家庭持ち優先で人事を考えてくれるそうだが・・・。大丈夫かな。
独身には容赦ないのは確かだな。
呼吸器病棟へ。患者は頻呼吸だった。家族が見守っている。
いっせいに僕へ視線が向けられた。
「呼吸状態が悪くなってまして・・」
「さあ、それはどういうことですの?」
40代くらいの女性が神経質な面持ちで呟いた。
昨日、CRP下がってきてると楽観的なムンテラをしてしまっていた。
「それが、今日の朝から呼吸が思わしくなくて」
「それはね、先生。朝私が来て気づいたんですよ。それで詰所を通じて、他の先生に」
「え、ええ。どうやら肺炎が悪化を・・」
「昨日はよくなってる、来週には退院できるだろうと聞いてたのに、ですか?そういうことは・・・」
「あります」
「ああいう説明だったから、わたしら安心してたのに・・・」
『謝るな。謝ったら自分を不利にする』
いや、しかし・・・。
『説明は問題もあったろうが、老人の肺炎だ。治療はしてるんだし』
だが最近僕が監視を怠っていたことは確かだ。
『そんなことは自分の心にしまっておくことだ。とにかく強気でいけ』
一言、謝ったほうが・・・。
『オーベンにも言われただろ!それはするな!』
「・・・このまま悪化すれば、人工呼吸器を要することもあります」
「呼吸器?それをつけて・・・ようなるんですか?」
「・・・何とも言えません」
「だったら分かりませんがな」
「もし悪化したとき、それをつけるかどうかですが」
「よう分かりませんな。そこは先生の判断で」
「いえ、これは家族の方の判断で」
「そんな難しい判断、ようしません!とにかく良くしてやってくださいな!」
家族は帰っていった。ナースが入ってくる。
「で、結局どうなったんですか」
「・・・ICUへ移そう!」
ICUではベッドの準備などすべて整っていた。
「これでよし・・」
本田さんがいつものように駆け寄ってきた。
「病棟のナースから申し送り聞いてるんだけどね」
「ああ」
「なんかさっぱしなのよ。何も分かってないみたい」
「やっぱりな。僕が申し送るからいいよ」
「よかった!」
「さっきは一般内科の先生が乱入してさ・・」
「きっと先生に嫉妬してるんじゃないの?」
「嫉妬?」
「ここの女の子らと仲いいから」
「あの先生はどうなの?」
「いろいろ誘ってくるけどね。誰も相手にしてないわよ」
「オッサンだから?」
「それと性格ね。融通が利かないし、無理矢理入院させてくるし、突然退院させるし」
「なるほど・・・」
夕方、順夜の鈴木さんが到着。まだ私服だ。
「イヤー、また重症?」
同勤務のベテランが堂々と着替えている。
「そりゃそうよ、ここはICUなんだから」
「でもいいや、ユウキ先生がいるから」
僕に聞こえてるから言ってるのか・・・。
「ユウキ先生!レスピつけるかもしれないんですよね?」
「ああ、人工呼吸器・・・ひょっとしたらね」
「深夜帯になるまで居てくれる?」
「今日もか・・・」
「すっごい不安」
彼女はまた思いつめた表情になった。
「・・・・わかった。うん。残る」
完全に彼女たちのペースにはまってしまっている。
いつもの僕は、どうした?
日曜日。昨日はいちおう帰れた。循環器のほかの連中は「学会出張」ということになっている。
出張でもらってくる出席の証明は、MRがうまくやってる。
朝9時。日差しのキツさに目覚めた。汗がタラタラ気持ち悪い。冷房も度重なる引越しで
傷みかけていた。全然涼しくならない。
まだコールはなかったが、そろそろ電話での申し送りがICU/CCUよりあるはずだ。
「その前に、行かなきゃ・・・」
ピーピーピー・・・予測は的中した。
「もしもし」
「おはよう、先生」
本田さんだ。
「ああ、もう起きてたよ」
「何時に来る?」
「もう行くよ」
「先生の患者ね。肺炎の。昨日の夜中に挿管したのよ」
「え!」
「当直が畑先生でね」
「よくもまあ、してくれたな・・・」
「あたしが頼んだのよ。感謝してね」
「あ、ああ。ありがとう」
彼女のおかげで眠れた、ってことか。
<つづく>
< フィフス・レジデント 17 居心地 >
2004年5月22日 連載病棟のベッドでは患者が座っていた。大汗をかいている。
ナースが立ち尽くしている。
「あ、先生。早いね」
「うん。で、血圧は?」
「220/120mmHgです。アダラート舌下して5分です」
「何?アダラートを?」
「はあ。そういう指示があったので」
「誰の指示だよ?」
「眼科の先生です」
「さっき僕と電話で話して・・・そのあとコールしたのか?」
「は、はい」
「なんでまた・・・原因もハッキリしてないのに」
「先生、ちゃんと調べたんですか?」
「1ぺんに全部は無理だろ!」
「家族への説明はしたんですか?」
「所見がそろってないのに何を話すんだよ!」
「で、どうするんですか?」
「ちょっとそこ、どいて。山地さーん。今も痛いですか?」
「うんうん」
「目を閉じたままだ。おかしいな、レベルが・・・」
まず採血、結果待ちの間に頭部CTをもう1回。
「CTは小杉に直接僕が連絡した。写真が撮れたら呼んで」
ナースは後ろで立ち止まった。
「先生、どこへ?」
「へっ?」
「患者さんが・・・」
「これから検査だし」
「じゃなくて!こっちも夜勤、2人しかいないんです。県の方針で人員が減らされて」
「役人め!」
「ですから先生、帰られずにここで・・」
「ちょっと重症を見にいくんだよ」
「CCUですか?」
「僕の勤務は1ヶ所じゃないんだよ!」
階段を歩みながら思った。・・・何を怒って威張ってるんだ?偉くなったつもりか?
気持ちに解釈のないまま、ICU/CCUへ戻った。準夜から深夜への申し送りが始まっていた。
重症患者はほとんど安定しているため、あまり緊迫感がなかった。
放射線科まで歩いた。
小杉がナースたちと患者を台に移している。
「よいしょっと!ああ、重いな。あ!ドクターユウキ!」
「すまないな。頭痛があって、レベルも少し落ちてる」
「アポったのかもねー」
「めまいで入ったんだよ。脳外科は今日は休診だろ。頭部のCTは撮ったけど」
「昼間のね。僕も見たけどー。どってことなかったよね」
「今は目まいでなく頭痛のようだ。血圧がすごく高い」
「レベルも落ちてるんだったら、脳外科呼んでもいんじゃないの?」
「うーん・・・ま、このCT見てから!」
「じゃ、撮るよ」
僕らはガラス越しに操作室から患者を覗いていた。
「せんせーも大変だねー!週末留守番でしょ?」
「留守番は、慣れてるよ」
「学会なの?」
「あ、ああ、そうだよ」
実は口止めされているのだ。
「でも先生、最近ちょっと怖いよねー」
「怖い?僕が?」
「怖いっていうのはね。威厳が出てきたってこと。病棟のナース1人泣かしたでしょ」
「僕が泣かした?」
「覚えてないー?この間僕、ポータブル撮りに病棟上がってたのねー。そしたらナースが電話出てて。あれ、
心電図の報告だったんだよね」
「ああ、あれか。心電図がおかしい、とコールがあったんだ」
「で、先生怒鳴っちゃったんだよね」
「ああ、言ったよ。おかしいってナンなんだよ!って」
「それでかぁ。あのあとその子がワンワン泣き出して」
「ウソだろ」
「ちょっとキツかったみたいだね」
「所見を読む努力もしてないんだぜ」
「まーね。基本的に病棟のナースは無理でしょ。勉強会とかやってても」
「勉強会なあ、何度かやったんだけど」
「ま、CCUに求めることをそのまま病棟に求めないほうがいいってことじゃない?」
「そりゃそうだけど・・・」
「分かる、先生。レベル低かったら、ヘンなコールかかってきてばっかで休養どころじゃないもんね」
「・・・そうだよ。今の睡眠時間が平均3時間」
「循環器は寝れないっていうね」
「あっ?今の!」
「あ!出ましたね・・・ペンタゴン」
「SAHだ・・・!脳外科に連絡を」
ICUへ患者を搬送、脳外科をコール。転科の運びとなる。
鈴木さんはすでに帰っており、本田さんが深夜で勤務中。
「本田さん、すまないが僕の患者だ」
「めまいで入ったんだってね」
「うかつだった。昨日の入院だったんだが」
「さすがに即MRIっていうのも無理あったしね。仕方ないわよ」
「血圧は外来で160/85mmHgだったんだが。これもすぐ下げるような血圧じゃないだろ?」
「そうね・・病棟はそのあとチェックしてなかったんでしょ?」
「してないな」
「反省するのは彼女達のほうよ」
「そうかな・・」
「大丈夫!あたしらは先生の味方だから!それにこれからずっと働いてもらわないとね!」
「ずっと・・?」
「先生が辞めるって言わない限りね」
「僕は言わないけど・・・クビになる可能性はあるよ。これまでのレジデントはみなそうだったらしいし」
「彼らは自分から言い出したのよ」
「そうなのか・・・理由はやはり」
「過酷な勤務。それと・・・」
「なんだい?」
「・・・・・」
50代脳外科のドクターによる診察・カルテチェックが終わったようだ。
「うーん・・・なるほど。しかしユウキ先生」
「はい」
「患者は頭痛を夕方の4時から訴えていたらしいですね」
「夕方?いえ・・知りませんでした」
「夕方っていったら先生、まだ病棟にいたわけでは?」
「あちこち受け持っているもので」
「病棟ではドクターに報告、とありますよ」
「いや、この記録は・・・自分ではないと」
「よく分かりませんね。先生はきちんとナースと連携を?」
「え、ええ」
「それとさっき、診断前のアダラートの舌下。これもあまりされないほうが」
「は、はい。これは・・」
「AMI急性期にも禁忌になりましたよね?急な降圧は循環動態を・・」
「ええ、それは知ってます」
「相談するなら、もっと早めにしておいてくれないと」
「はい」
「しっかし、こんな夜中に・・・山城に言っておこう」
病院を出ると、かなり蒸し暑い。ぬるま湯の中につかっているようだ。
僕はそのまま家に帰りたくなかった。車で涼むことにした。
シビックは買ってもう10年になる。かなりガタが来ている。この間は
タイミングベルトが切れた。ダイナモも交換した。
駐車場に並んでるほかの車は・・・BMW、セドリック、ベンツ、新型マーク?。
アルトワークスはネズミの車。しかし彼は近々シーマに買い換える。医者の車への
執着は権力への執着に似たところがある。
山城に言っておく、か・・。もうどうでもよかった。
しかし今の時点ではここを去りたいとは思ってなかった。
居心地の良さを感じる場所ができたからだ。
ナースが立ち尽くしている。
「あ、先生。早いね」
「うん。で、血圧は?」
「220/120mmHgです。アダラート舌下して5分です」
「何?アダラートを?」
「はあ。そういう指示があったので」
「誰の指示だよ?」
「眼科の先生です」
「さっき僕と電話で話して・・・そのあとコールしたのか?」
「は、はい」
「なんでまた・・・原因もハッキリしてないのに」
「先生、ちゃんと調べたんですか?」
「1ぺんに全部は無理だろ!」
「家族への説明はしたんですか?」
「所見がそろってないのに何を話すんだよ!」
「で、どうするんですか?」
「ちょっとそこ、どいて。山地さーん。今も痛いですか?」
「うんうん」
「目を閉じたままだ。おかしいな、レベルが・・・」
まず採血、結果待ちの間に頭部CTをもう1回。
「CTは小杉に直接僕が連絡した。写真が撮れたら呼んで」
ナースは後ろで立ち止まった。
「先生、どこへ?」
「へっ?」
「患者さんが・・・」
「これから検査だし」
「じゃなくて!こっちも夜勤、2人しかいないんです。県の方針で人員が減らされて」
「役人め!」
「ですから先生、帰られずにここで・・」
「ちょっと重症を見にいくんだよ」
「CCUですか?」
「僕の勤務は1ヶ所じゃないんだよ!」
階段を歩みながら思った。・・・何を怒って威張ってるんだ?偉くなったつもりか?
気持ちに解釈のないまま、ICU/CCUへ戻った。準夜から深夜への申し送りが始まっていた。
重症患者はほとんど安定しているため、あまり緊迫感がなかった。
放射線科まで歩いた。
小杉がナースたちと患者を台に移している。
「よいしょっと!ああ、重いな。あ!ドクターユウキ!」
「すまないな。頭痛があって、レベルも少し落ちてる」
「アポったのかもねー」
「めまいで入ったんだよ。脳外科は今日は休診だろ。頭部のCTは撮ったけど」
「昼間のね。僕も見たけどー。どってことなかったよね」
「今は目まいでなく頭痛のようだ。血圧がすごく高い」
「レベルも落ちてるんだったら、脳外科呼んでもいんじゃないの?」
「うーん・・・ま、このCT見てから!」
「じゃ、撮るよ」
僕らはガラス越しに操作室から患者を覗いていた。
「せんせーも大変だねー!週末留守番でしょ?」
「留守番は、慣れてるよ」
「学会なの?」
「あ、ああ、そうだよ」
実は口止めされているのだ。
「でも先生、最近ちょっと怖いよねー」
「怖い?僕が?」
「怖いっていうのはね。威厳が出てきたってこと。病棟のナース1人泣かしたでしょ」
「僕が泣かした?」
「覚えてないー?この間僕、ポータブル撮りに病棟上がってたのねー。そしたらナースが電話出てて。あれ、
心電図の報告だったんだよね」
「ああ、あれか。心電図がおかしい、とコールがあったんだ」
「で、先生怒鳴っちゃったんだよね」
「ああ、言ったよ。おかしいってナンなんだよ!って」
「それでかぁ。あのあとその子がワンワン泣き出して」
「ウソだろ」
「ちょっとキツかったみたいだね」
「所見を読む努力もしてないんだぜ」
「まーね。基本的に病棟のナースは無理でしょ。勉強会とかやってても」
「勉強会なあ、何度かやったんだけど」
「ま、CCUに求めることをそのまま病棟に求めないほうがいいってことじゃない?」
「そりゃそうだけど・・・」
「分かる、先生。レベル低かったら、ヘンなコールかかってきてばっかで休養どころじゃないもんね」
「・・・そうだよ。今の睡眠時間が平均3時間」
「循環器は寝れないっていうね」
「あっ?今の!」
「あ!出ましたね・・・ペンタゴン」
「SAHだ・・・!脳外科に連絡を」
ICUへ患者を搬送、脳外科をコール。転科の運びとなる。
鈴木さんはすでに帰っており、本田さんが深夜で勤務中。
「本田さん、すまないが僕の患者だ」
「めまいで入ったんだってね」
「うかつだった。昨日の入院だったんだが」
「さすがに即MRIっていうのも無理あったしね。仕方ないわよ」
「血圧は外来で160/85mmHgだったんだが。これもすぐ下げるような血圧じゃないだろ?」
「そうね・・病棟はそのあとチェックしてなかったんでしょ?」
「してないな」
「反省するのは彼女達のほうよ」
「そうかな・・」
「大丈夫!あたしらは先生の味方だから!それにこれからずっと働いてもらわないとね!」
「ずっと・・?」
「先生が辞めるって言わない限りね」
「僕は言わないけど・・・クビになる可能性はあるよ。これまでのレジデントはみなそうだったらしいし」
「彼らは自分から言い出したのよ」
「そうなのか・・・理由はやはり」
「過酷な勤務。それと・・・」
「なんだい?」
「・・・・・」
50代脳外科のドクターによる診察・カルテチェックが終わったようだ。
「うーん・・・なるほど。しかしユウキ先生」
「はい」
「患者は頭痛を夕方の4時から訴えていたらしいですね」
「夕方?いえ・・知りませんでした」
「夕方っていったら先生、まだ病棟にいたわけでは?」
「あちこち受け持っているもので」
「病棟ではドクターに報告、とありますよ」
「いや、この記録は・・・自分ではないと」
「よく分かりませんね。先生はきちんとナースと連携を?」
「え、ええ」
「それとさっき、診断前のアダラートの舌下。これもあまりされないほうが」
「は、はい。これは・・」
「AMI急性期にも禁忌になりましたよね?急な降圧は循環動態を・・」
「ええ、それは知ってます」
「相談するなら、もっと早めにしておいてくれないと」
「はい」
「しっかし、こんな夜中に・・・山城に言っておこう」
病院を出ると、かなり蒸し暑い。ぬるま湯の中につかっているようだ。
僕はそのまま家に帰りたくなかった。車で涼むことにした。
シビックは買ってもう10年になる。かなりガタが来ている。この間は
タイミングベルトが切れた。ダイナモも交換した。
駐車場に並んでるほかの車は・・・BMW、セドリック、ベンツ、新型マーク?。
アルトワークスはネズミの車。しかし彼は近々シーマに買い換える。医者の車への
執着は権力への執着に似たところがある。
山城に言っておく、か・・。もうどうでもよかった。
しかし今の時点ではここを去りたいとは思ってなかった。
居心地の良さを感じる場所ができたからだ。
< フィフス・レジデント 16 脈あり病? >
2004年5月21日 連載 呼吸器科病棟で、右下肺炎の患者を回診。70歳女性、老健からの紹介で、基礎に気管支拡張症がある。
入院時セフェム3世代のモダシンを開始していたが、高熱・画像所見は変わらない。どうやら起炎菌の推定を
誤ったようだ。喀痰培養はまだ返ってきてない。入院してまだ3日目なので当然だ。
患者を聴診していたところ、ガラガラ・・・と廊下から台車の音が聞こえてきた。
「よう!」
畑先生が大量のカルテを抱えて回診している。急にストップしたため何冊かが滑り落ちた。
「おっとと・・・まだ高熱続いてるな!」
「ええ」
「酸素はいけてるのか?」
「マスク4Lで100%あります」
「おいおい。動脈血のCO2、チェックしてないな?」
「・・・エクタジアでもCO2、貯留するんですか?」
「それは決まってないだろ。確認はしておけ。これ見てみろ」
うかつだった。外来カルテの巻末にある過去のデータでは、CO2 57mmHgと高めとなっている。
外来カルテの場所・見方が困難でも、かなりの情報が詰まってるのでチェックをルーズにしてはならない。
「CO2 68mmHgか・・・以前、オーベンが出してた指示でいくか」
『O2 3Lネーザルへ減量。SpO2 92-95%の範囲となるようO2を0.5Lずつ調節』
「これでよし・・と」
抗生剤は・・・
『過去の情報は?』
そうだ、もう一度カルテを・・・
過去のサマリーに、「MRSA陽性」とある。
「これか・・・バンコマイシンを!」
『バンコマイシン 0.5gと生食100ml・・・・8時間毎』、と。
モダシンは中止して、と。
出て行こうとしたが、少しわだかまりがあった。
『ところでどうして肺炎になったんだ・・・?』
紹介状には「呼吸苦あり、肺炎疑いで治療お願いします」としかない。
しかし入院時の看護サマリーには・・・
「食後より呼吸状態が悪化」とある。
「誤嚥性肺炎か・・・?なら、ダラシンS追加」
嫌気性菌・MRSAをターゲットに補正し直し。
こういう指示は他の循環器グループ面々にっとっては、まるで苦手な領域だった。
ICU/CCUへ入ったのは、夕方4時だった。
「あ、来た!」
リーダーの本田さんが近づいてきた。
「みんな、待ちわびてたのよ。鈴木ちゃんが寂しそうだったよ!」
「な、何を・・・」
「誘ったら?今だったらいけるわよ」
「な、何の話・・・」
といいながら、内心はウキウキしていた。確かに2時間ほど親しく話しただけだが。
本田さんと僕は誰もいない控え室へ入った。
「彼女がね、少し明るいのよ、最近」
「あ、そう?」
「よく笑うようになったのね。あ、そうそう」
「・・・重症の報告は?」
「みんな順調のようね。心不全はハンプ使ってハルン出てるし、APも変わりなし。昼のEKGはちょうどいた星野先生に見てもらいました」
「そうか・・・しかしそのドイツ語・・・なんかイヤだな」
「EKG?エーカーゲーっていう言い方?」
「うん。なんか品が悪いというか」
「ゲーって吐きそう?」
「そうそう。ドイツ語は嫌いなんだよ」
「アレルギーってこと?あたしは?」
「え?」
「あたしたちに拒絶反応ない?」
「ど、どうして?」
「最近ここに来ないでしょ。だから少し嫌われてるのかって・・」
「と、とんでもない!・・・外来が長引いたしね」
「そう。じゃあこれからしばらく居てくれるのね?」
「そ、そりゃあ」
「週末は何かあるの?」
「?」
「なんか山城先生たち、学会があるって」
「学会・・・?」
「あるんでしょ、新幹線で横浜へ」
「・・・ああ、あれか。あれは・・・」
「別にあたし、言いふらさないから」
「そう?実は・・・県内のコンペだよ」
「ゴルフ?」
「お気に入りの病棟のナース達とね。手取り足取りだってさ」
「そう。ま、県外には出ないのね」
「そうだけど・・・」
「いやあのね、循環器グループがごっそり居なくなったら大変でしょ。何かあったときに」
「そうだな。でも僕は留守番だよ。留守番はレジデントの定番だ」
「病棟ナース、ね。アイツらは嫌い」
「仲が悪いな」
「ふだんちゃんと患者見てろってのに!監視を怠るから急変して、うちに迷惑がかかるのよ」
「しかし、病棟にとっては君らはどうなのかな?」
病棟ではこう言ってたな。「アイツらは機械的に対処するだけで、患者をケアしてない!」
早くも申し送りが終わったようで。2人が居残った。1人はベテランの大山さんで、もう1人が・・鈴木さんだ。
どこかドギマギしながら、相変わらずうつむいて書き物をしている彼女の方へ近づいた。
「今日は平和だね」
「・・・えっ?」
彼女はビックリして大きな目を見開いた。
「ごめんごめん」
「いえ。先生、この間は・・・(楽しかったですよ)」
「(大山さんが見てる、シッ!)」
「(あの人、キライ!)」
「安定してるようだから・・・」
「(帰ったら、イヤ!)」
「え?」
「(深夜の交代まで・・・・居て)」
「(ここに?)」
「(そう・・・お願い!)」
その日僕はICU/CCUに居残ることにした。仕方なく・・というのでもない。
だが患者は安定しており、むしろ患者数急増の病棟患者が気になった。
ちょくちょく鈴木さんの横に来ては話していた。こういったダラダラ医師はけっこういる・・・。
病棟に電話してみた。しばらくして、やっと繋がった。
「循環器病棟です!ハアハア」
「あ、ごめん・・・大変そうだね」
「先生?ああ、ちょうどよかった」
「何?」
「よかったよかった」
「だから何?」
「えーと・・えーと・・・」
「何だよ?」
「また思い出したら電話します」
「何だよ?忘れるくらいの内容か?」
「あ、思い出した。今日の朝に入院した先生の新患患者」
「66歳女性?めまい精査で入った人だ」
「ええ。頭痛がすると」
「処方の希望?」
「見ていただけたらと」
「当直の先生は?」
「今日は眼科の先生なんです」
「が、がん、か・・・」
「バイタルは?」
「SpO2 99%です」
「まず血圧だろ!」
フーッとため息。
「行かなくちゃなあ!」
「病棟ですか?急変?」
「じゃないと思うよ。めまいで入院したけど頭部CTも所見なかったし」
「よかった。あたしのいるときは入院はくれぐれも・・・」
「イヤだろね、そりゃ」
「うん」
「じゃ、ちょっと行って来る」
「戻ってきてね」
「ああ」
これはひょっとして・・・脈あり、か・・・?どうもこの仕事を始めてからこう勘違いしてしまう、
いわゆる『脈あり』病になってしまったような気がする・・・。
入院時セフェム3世代のモダシンを開始していたが、高熱・画像所見は変わらない。どうやら起炎菌の推定を
誤ったようだ。喀痰培養はまだ返ってきてない。入院してまだ3日目なので当然だ。
患者を聴診していたところ、ガラガラ・・・と廊下から台車の音が聞こえてきた。
「よう!」
畑先生が大量のカルテを抱えて回診している。急にストップしたため何冊かが滑り落ちた。
「おっとと・・・まだ高熱続いてるな!」
「ええ」
「酸素はいけてるのか?」
「マスク4Lで100%あります」
「おいおい。動脈血のCO2、チェックしてないな?」
「・・・エクタジアでもCO2、貯留するんですか?」
「それは決まってないだろ。確認はしておけ。これ見てみろ」
うかつだった。外来カルテの巻末にある過去のデータでは、CO2 57mmHgと高めとなっている。
外来カルテの場所・見方が困難でも、かなりの情報が詰まってるのでチェックをルーズにしてはならない。
「CO2 68mmHgか・・・以前、オーベンが出してた指示でいくか」
『O2 3Lネーザルへ減量。SpO2 92-95%の範囲となるようO2を0.5Lずつ調節』
「これでよし・・と」
抗生剤は・・・
『過去の情報は?』
そうだ、もう一度カルテを・・・
過去のサマリーに、「MRSA陽性」とある。
「これか・・・バンコマイシンを!」
『バンコマイシン 0.5gと生食100ml・・・・8時間毎』、と。
モダシンは中止して、と。
出て行こうとしたが、少しわだかまりがあった。
『ところでどうして肺炎になったんだ・・・?』
紹介状には「呼吸苦あり、肺炎疑いで治療お願いします」としかない。
しかし入院時の看護サマリーには・・・
「食後より呼吸状態が悪化」とある。
「誤嚥性肺炎か・・・?なら、ダラシンS追加」
嫌気性菌・MRSAをターゲットに補正し直し。
こういう指示は他の循環器グループ面々にっとっては、まるで苦手な領域だった。
ICU/CCUへ入ったのは、夕方4時だった。
「あ、来た!」
リーダーの本田さんが近づいてきた。
「みんな、待ちわびてたのよ。鈴木ちゃんが寂しそうだったよ!」
「な、何を・・・」
「誘ったら?今だったらいけるわよ」
「な、何の話・・・」
といいながら、内心はウキウキしていた。確かに2時間ほど親しく話しただけだが。
本田さんと僕は誰もいない控え室へ入った。
「彼女がね、少し明るいのよ、最近」
「あ、そう?」
「よく笑うようになったのね。あ、そうそう」
「・・・重症の報告は?」
「みんな順調のようね。心不全はハンプ使ってハルン出てるし、APも変わりなし。昼のEKGはちょうどいた星野先生に見てもらいました」
「そうか・・・しかしそのドイツ語・・・なんかイヤだな」
「EKG?エーカーゲーっていう言い方?」
「うん。なんか品が悪いというか」
「ゲーって吐きそう?」
「そうそう。ドイツ語は嫌いなんだよ」
「アレルギーってこと?あたしは?」
「え?」
「あたしたちに拒絶反応ない?」
「ど、どうして?」
「最近ここに来ないでしょ。だから少し嫌われてるのかって・・」
「と、とんでもない!・・・外来が長引いたしね」
「そう。じゃあこれからしばらく居てくれるのね?」
「そ、そりゃあ」
「週末は何かあるの?」
「?」
「なんか山城先生たち、学会があるって」
「学会・・・?」
「あるんでしょ、新幹線で横浜へ」
「・・・ああ、あれか。あれは・・・」
「別にあたし、言いふらさないから」
「そう?実は・・・県内のコンペだよ」
「ゴルフ?」
「お気に入りの病棟のナース達とね。手取り足取りだってさ」
「そう。ま、県外には出ないのね」
「そうだけど・・・」
「いやあのね、循環器グループがごっそり居なくなったら大変でしょ。何かあったときに」
「そうだな。でも僕は留守番だよ。留守番はレジデントの定番だ」
「病棟ナース、ね。アイツらは嫌い」
「仲が悪いな」
「ふだんちゃんと患者見てろってのに!監視を怠るから急変して、うちに迷惑がかかるのよ」
「しかし、病棟にとっては君らはどうなのかな?」
病棟ではこう言ってたな。「アイツらは機械的に対処するだけで、患者をケアしてない!」
早くも申し送りが終わったようで。2人が居残った。1人はベテランの大山さんで、もう1人が・・鈴木さんだ。
どこかドギマギしながら、相変わらずうつむいて書き物をしている彼女の方へ近づいた。
「今日は平和だね」
「・・・えっ?」
彼女はビックリして大きな目を見開いた。
「ごめんごめん」
「いえ。先生、この間は・・・(楽しかったですよ)」
「(大山さんが見てる、シッ!)」
「(あの人、キライ!)」
「安定してるようだから・・・」
「(帰ったら、イヤ!)」
「え?」
「(深夜の交代まで・・・・居て)」
「(ここに?)」
「(そう・・・お願い!)」
その日僕はICU/CCUに居残ることにした。仕方なく・・というのでもない。
だが患者は安定しており、むしろ患者数急増の病棟患者が気になった。
ちょくちょく鈴木さんの横に来ては話していた。こういったダラダラ医師はけっこういる・・・。
病棟に電話してみた。しばらくして、やっと繋がった。
「循環器病棟です!ハアハア」
「あ、ごめん・・・大変そうだね」
「先生?ああ、ちょうどよかった」
「何?」
「よかったよかった」
「だから何?」
「えーと・・えーと・・・」
「何だよ?」
「また思い出したら電話します」
「何だよ?忘れるくらいの内容か?」
「あ、思い出した。今日の朝に入院した先生の新患患者」
「66歳女性?めまい精査で入った人だ」
「ええ。頭痛がすると」
「処方の希望?」
「見ていただけたらと」
「当直の先生は?」
「今日は眼科の先生なんです」
「が、がん、か・・・」
「バイタルは?」
「SpO2 99%です」
「まず血圧だろ!」
フーッとため息。
「行かなくちゃなあ!」
「病棟ですか?急変?」
「じゃないと思うよ。めまいで入院したけど頭部CTも所見なかったし」
「よかった。あたしのいるときは入院はくれぐれも・・・」
「イヤだろね、そりゃ」
「うん」
「じゃ、ちょっと行って来る」
「戻ってきてね」
「ああ」
これはひょっとして・・・脈あり、か・・・?どうもこの仕事を始めてからこう勘違いしてしまう、
いわゆる『脈あり』病になってしまったような気がする・・・。
< フィフス・レジデント 15 天才!カタボン >
2004年5月20日 連載 救急車は勢いよくサイレンを発しはじめた。ビデオのコマ送りのごとく、風景が変化していく。
車の中は畳1畳くらいのサイズしかない。救急隊員が報告している。
「71歳男性!生年月日・・・・いつですか?」
「ここに書いてあります」
「あ、どうも・・・症状は・・・どういうふうな?」
「僕がいいますよ」
「それダメ!」
「なぜに?」
「そういうシステムだから!」
どうやら渋滞に巻き込まれたようだ。市街地をジグザグ運転している。点滴がブンブン揺れている。
長男が不安がった。
「その点滴には・・何が?」
「カタボンという強心剤です」
「はあ・・・」
「脈はこのモニターで見てます」
「今日、手術してもらえないのですかね」
「今日は無理のようです。明日以降ということらしいです」
「明日・・・しかし本人はつらそうですよ」
「今、薬剤を増量したところです」
モニターはあまり変わりがみられない。不整脈もなし。待機でいけそうな雰囲気だ。
アウトローはモニターをじっくり見ている。みんなたびたび揺れているが、彼女はあまり動じてない。
長男が何かまた話しかけたそうだ。
「先生。先生の口からあっちの先生にお願いしてくれないかな」
「?」
「今日にでも手術してくれないか、と」
「しかし・・・」
「ついこの前、親戚のじいちゃんが心臓で亡くなったばっかりなんだ」
「同じ病気で?」
「手術はまだしなくていいと病院から説明受けてたんだけど・・急に悪化してね。悪化したらその医者、
『今、手術するのはリスクが大きすぎる』ってね・・・」
「それ、分かりますよ」
「そうですか」
「自分も似たような経験を最近・・・」
「ありがとう、ありがとう」
長男は泣き出した。
「分かりました、頼んでみます」
妙なヒロイズムにかられた。
「もしもし、心外の島田です」
「すみません。搬送中の患者さんですが」
「僕はレジデントなんです。あまり詳細な対応は・・・」
「?」
「待機的にオペをするって聞いてますけど」
「他の先生方は?」
「どうしよっかな・・・・じゃ、これ、内緒なんですが。公式の飲み会がありまして」
世間知らずのそのレジデントは簡単に誘導できた。
「・・・MRのでしょ?」
「ええそうです」
「すると今日はもう帰られないんですね。先生も大変ですね」
「そう!そうなんですよ!」
「いろいろ大変ですね。明日のオペの手伝いを?」
「いいえ、僕は見てるだけです。ペースメーカーの電池交換です。比較的楽なほうですが」
「そうですか。こちらは不安定狭心症なもので」
「発作・・あるんですか?」
「多少は。先生、今日は泊まりですか?」
「はい」
「そうか・・・大変だな」
「え?え?」
「いやいや。まあST変化は有意でないですがね。そちらの先生が待機的にということだから」
「ウソ、マジ、ウソ・・・」
「もし先生、患者診られて不安でしたら早めに相談されても」
「いえ。ちょっと報告しときます」
救急車は山道を走り出した。この峠を越えて、下りたら病院だ。
救急隊員がベッドにつかまる。
「揺れますよ!」
カーブにつぐカーブが僕らを翻弄した。
救急隊が電話を差し出した。
「先生、さっきの病院!」
「ええ。あ、もしもし?」
「先生すみません、やっぱダメでした。明らかなST変化がない限り、オペは明日以降にすると」
「そうですか・・・」
モニターも変化はない。
「長男さん、やっぱ明日以降のようです」
「夜中、大丈夫なんでしょうか・・・。怖いです」
「・・・・・」
車は峠を下りだした。
鈴木さんが肩を叩いてきた。
「先生、脈!脈!」
「はっ?」
モニターを見ると、かなりの頻脈だ。VPCも単発で出ている。
患者も動悸を訴えているようだ。
「あたたた・・・ドキドキする」
汗をかき出した。モニターのSTは低下傾向だ。
「鈴木さん!持ってきた薬は?」
「キシロは、この1本だけです」
「半分ずついくぞ!」
50mgを投与。しかし変わらない!
病院の玄関に到着した。
入り口からレジデントらしき医者が走ってきた。
「さきほどの・・・ユウキ先生?」
「そうです!」
「さっき救急隊から連絡ありました。大きな発作が出てきたと」
連絡してくれてたんだ。
「で、上の先生方にも連絡しました」
「そ、そうなんですか」
「オペ場で待機、ということになりまして」
「じゃ、今からオペを?」
「ええ。させて頂くと」
「ありがとう!」
と、長男が飛び出してきた。
「な、何ですか先生?この人は?」
「長男さんです」
「あ、これはどうも・・・」
ストレッチャーは救急外来を通り越し、廊下に運ばれていった。
救急車へ僕と鈴木さんは歩き出した。彼女は少し含み笑いしている。
「プッ!」
「ど、どうしたの?」
「よかったですね、先生」
「でも頻脈発作が起こった。どうなるかと思ったよ」
「頻脈は治りますよ」
「え?」
「ウフフフ・・・先生、気づかなかった?アハハ!」
見たことのない笑顔で、彼女は高らかに笑い出した。
「あーおかしい。先生が一生懸命処置したあとに気づいたんだけど、点滴がね・・・外れてたの」
「外れてた?台から?」
「そしたら全開で落ち続けていて・・」
「カタボンのことか、それ?」
「そ。もちろん直しましたよ!」
「そりゃ、脈、速くなるよな!」
「そうでしょ!あはは!」
「なんと言おうか、その・・・峠を越したってことか?」
「先生、うまあい!」
「いちおう、報告を・・・」
「いいじゃない・・」
「え?」
「このままオペしてもらおうよ・・」
「う、うん」
「行こ」
「あ、ああ」
帰りの救急車はサイレンなしの長距離ドライブとなった。彼女は何度も思い出し笑い。
いろんな話をしながら、僕らは小さく笑い続けた。救急隊の人たちにも笑顔がみられた。
緊急オペは無事終了、その患者は1ヵ月後に退院した・・・・。
車の中は畳1畳くらいのサイズしかない。救急隊員が報告している。
「71歳男性!生年月日・・・・いつですか?」
「ここに書いてあります」
「あ、どうも・・・症状は・・・どういうふうな?」
「僕がいいますよ」
「それダメ!」
「なぜに?」
「そういうシステムだから!」
どうやら渋滞に巻き込まれたようだ。市街地をジグザグ運転している。点滴がブンブン揺れている。
長男が不安がった。
「その点滴には・・何が?」
「カタボンという強心剤です」
「はあ・・・」
「脈はこのモニターで見てます」
「今日、手術してもらえないのですかね」
「今日は無理のようです。明日以降ということらしいです」
「明日・・・しかし本人はつらそうですよ」
「今、薬剤を増量したところです」
モニターはあまり変わりがみられない。不整脈もなし。待機でいけそうな雰囲気だ。
アウトローはモニターをじっくり見ている。みんなたびたび揺れているが、彼女はあまり動じてない。
長男が何かまた話しかけたそうだ。
「先生。先生の口からあっちの先生にお願いしてくれないかな」
「?」
「今日にでも手術してくれないか、と」
「しかし・・・」
「ついこの前、親戚のじいちゃんが心臓で亡くなったばっかりなんだ」
「同じ病気で?」
「手術はまだしなくていいと病院から説明受けてたんだけど・・急に悪化してね。悪化したらその医者、
『今、手術するのはリスクが大きすぎる』ってね・・・」
「それ、分かりますよ」
「そうですか」
「自分も似たような経験を最近・・・」
「ありがとう、ありがとう」
長男は泣き出した。
「分かりました、頼んでみます」
妙なヒロイズムにかられた。
「もしもし、心外の島田です」
「すみません。搬送中の患者さんですが」
「僕はレジデントなんです。あまり詳細な対応は・・・」
「?」
「待機的にオペをするって聞いてますけど」
「他の先生方は?」
「どうしよっかな・・・・じゃ、これ、内緒なんですが。公式の飲み会がありまして」
世間知らずのそのレジデントは簡単に誘導できた。
「・・・MRのでしょ?」
「ええそうです」
「すると今日はもう帰られないんですね。先生も大変ですね」
「そう!そうなんですよ!」
「いろいろ大変ですね。明日のオペの手伝いを?」
「いいえ、僕は見てるだけです。ペースメーカーの電池交換です。比較的楽なほうですが」
「そうですか。こちらは不安定狭心症なもので」
「発作・・あるんですか?」
「多少は。先生、今日は泊まりですか?」
「はい」
「そうか・・・大変だな」
「え?え?」
「いやいや。まあST変化は有意でないですがね。そちらの先生が待機的にということだから」
「ウソ、マジ、ウソ・・・」
「もし先生、患者診られて不安でしたら早めに相談されても」
「いえ。ちょっと報告しときます」
救急車は山道を走り出した。この峠を越えて、下りたら病院だ。
救急隊員がベッドにつかまる。
「揺れますよ!」
カーブにつぐカーブが僕らを翻弄した。
救急隊が電話を差し出した。
「先生、さっきの病院!」
「ええ。あ、もしもし?」
「先生すみません、やっぱダメでした。明らかなST変化がない限り、オペは明日以降にすると」
「そうですか・・・」
モニターも変化はない。
「長男さん、やっぱ明日以降のようです」
「夜中、大丈夫なんでしょうか・・・。怖いです」
「・・・・・」
車は峠を下りだした。
鈴木さんが肩を叩いてきた。
「先生、脈!脈!」
「はっ?」
モニターを見ると、かなりの頻脈だ。VPCも単発で出ている。
患者も動悸を訴えているようだ。
「あたたた・・・ドキドキする」
汗をかき出した。モニターのSTは低下傾向だ。
「鈴木さん!持ってきた薬は?」
「キシロは、この1本だけです」
「半分ずついくぞ!」
50mgを投与。しかし変わらない!
病院の玄関に到着した。
入り口からレジデントらしき医者が走ってきた。
「さきほどの・・・ユウキ先生?」
「そうです!」
「さっき救急隊から連絡ありました。大きな発作が出てきたと」
連絡してくれてたんだ。
「で、上の先生方にも連絡しました」
「そ、そうなんですか」
「オペ場で待機、ということになりまして」
「じゃ、今からオペを?」
「ええ。させて頂くと」
「ありがとう!」
と、長男が飛び出してきた。
「な、何ですか先生?この人は?」
「長男さんです」
「あ、これはどうも・・・」
ストレッチャーは救急外来を通り越し、廊下に運ばれていった。
救急車へ僕と鈴木さんは歩き出した。彼女は少し含み笑いしている。
「プッ!」
「ど、どうしたの?」
「よかったですね、先生」
「でも頻脈発作が起こった。どうなるかと思ったよ」
「頻脈は治りますよ」
「え?」
「ウフフフ・・・先生、気づかなかった?アハハ!」
見たことのない笑顔で、彼女は高らかに笑い出した。
「あーおかしい。先生が一生懸命処置したあとに気づいたんだけど、点滴がね・・・外れてたの」
「外れてた?台から?」
「そしたら全開で落ち続けていて・・」
「カタボンのことか、それ?」
「そ。もちろん直しましたよ!」
「そりゃ、脈、速くなるよな!」
「そうでしょ!あはは!」
「なんと言おうか、その・・・峠を越したってことか?」
「先生、うまあい!」
「いちおう、報告を・・・」
「いいじゃない・・」
「え?」
「このままオペしてもらおうよ・・」
「う、うん」
「行こ」
「あ、ああ」
帰りの救急車はサイレンなしの長距離ドライブとなった。彼女は何度も思い出し笑い。
いろんな話をしながら、僕らは小さく笑い続けた。救急隊の人たちにも笑顔がみられた。
緊急オペは無事終了、その患者は1ヵ月後に退院した・・・・。
< フィフス・レジデント 14 発進せよ! >
2004年5月20日 連載「胸部CTでも、胸水はないです」
循環器科のこぢんまりとしたカンファレンスだ。先日入院した患者の心不全は改善したようだ。
山城先生がふんぞりかえって聞いている。
「エコーでは基礎疾患らしきものは?」
「収縮能はかなり低下しています。LVEFは40%前後」
「前後とは何だ。計測値をハッキリと言え!」
「41%です」
「左室の拡大は?」
「今の段階でLVDd 60mmです」
「けっこう水ひいて、それか。ICMかな」
「そう思います」
「安静度は?」
「ポータブルトイレだけでST変化が若干」
「若干とか・・・そういう表現はやめろ!」
「は、はい。0.5mmの下降です」
「エコーでLVEF 41%か。それは2次元的な計測だな?」
「は、はい。Simpson計測はしてなくて・・・」
「左室造影とあまりにも違ってたら許さんからな」
カテ室で芝先生と手洗い。
「ユウキ、お前・・病棟のカナちゃん達が怒りまくってるぞ!」
「またですか・・・」
「病棟に1日1回しか行ってないんだって?」
「昼に行ってますが、申し送り事項聞いて、患者廻って・・・」
「そのあとに大事な報告が出たりもするんだ!朝・昼・夕・夜中、と顔を出せ!」
「・・・できれば」
「入院患者からの不満もあるぞ。お前、CCUの入院患者は?」
「5人。全部、僕です」
「ふん」
「ICUに4人」
「ふん」
「一般内科に7人。呼吸器内科に6人」
ナンバー2・3は数人しか担当していない。
「ふん・・・とにかく、まんべんなくやれ!」
グイーン、と自動ドアをくぐった。
「ユウキ、術者は俺だ。俺が穿刺する」
「え?主治医は僕で・・」
「でもだ。これは山城先生からの命令だ」
「そうですか・・・」
「何か、お前が気に入らないことでも言ったか、あるいはお前を病棟勤務に専念させたいのか・・」
「何も言ってません」
「じゃ、もう一方のほうだ。病棟勤務に徹しろ、ということだ」
「ならそう言ってくれたらいいのに・・・」
「山ちゃんの怖いところはそこだ。黙ったまま人を斬る!」
右冠動脈造影。♯2、♯4に75%の狭窄。
「思ったとおりやな。左もあるな。おい!造影剤は?」
「は、はい」
「身が入っとらんな」
「すみません」
「あまりうつつを抜かすなよ」
「何に?」
「もうそこらじゅう話題になってるぞ」
「冷やかさないでください・・・」
「あと3ヶ月で半年か。頑張れよ!」
左冠動脈。主幹部に75%の狭窄が見つかった。LAD♯7、LCx♯12にも75%狭窄。
「ユウキ、この患者の背景にはDMが?」
「あります。HbA1c 10.3%。4年前から指摘されてて無治療」
「無症候性か。自業自得やな・・・さて」
芝先生はガラス越しの星野先生に向って口パクした。
「(バイパスですね?)」
「(そうだな。終わろう)」
「終わります!」
CCUへ戻ったが、患者の表情がおかしい。
「どうされました?」
「ちょっと重たいような・・・」
「胸が?」
「心電図を」
本田さんが現れた。
「検査は終了で、あとはリハビリね」
「いやそれが。主幹部に狭窄があって・・」
「バイパス?じゃあ、心臓外科ね」
「心臓外科はうちの大学関連の総合病院だ」
「またあの道を救急車で運ぶの?」
「行きは1時間、帰りは2時間かな」
「今から?」
「心電図、これ今の?ありがとう・・・ST下がってる。さらに1mm。ニトロ舌下させて」
星野先生が入ってきた。
「一応、心臓外科へは俺が連絡しておいた。オペそのものは明日以降らしいな」
「明日・・ですか。しかし」
「ST下がってきたのか」
「ええ。薬剤は追加しようとは思いますが」
「家族へちゃんと説明しとけ。わたしのせいですってな。ハハハ!」
「な・・・」
「それはマイケル、ジョーダン!ジョーダン!」
「うへへへへ」
関係のないネズミまでが笑っている。
アウトローの鈴木さんがイスを並べ始めた。
「先生、ムンテラを家族に」
「そうだな・・入ってもらって」
ヅカヅカと7,8人の男女が入ってきた。みな若い。30代くらいか。そのうちのリーダー格が先頭に座った。
「俺が長男です。さっき、東京から到着しまして」
「今、検査が終了したところで」
「うちのおふくろへ説明してたみたいだけど・・・。あんな老人捕まえて説明しても、理解しろっていうのが無理でしょ、先生」
「え、ええ。しかし身近におられる方へ説明するしかなかったので」
「おふくろから連絡あったときは、検査するだけなので心配ない、そう聞いてたんだけどね」
「・・・重症の心不全だと説明したんですがねえ」
「だから先生!お年寄りには無理だって、医学的なことは!」
「ええ」
「で、昨日そっちへ電話したら、この看護婦さんかな?心不全で入院してると聞いてね」
「ええ」
「ビックリしたよ。そんな重い病気なら、ふつうはあなた、子のほうまで連絡しようとか、思いませんか?先生!」
「ええ、そうですね」
「だから、そいつ、いったいどんな主治医なんだ?ってことで、友達いっぱい連れて来ました」
なんで友達、連れて来るんだよ。いい年して。
「このうち2人は医者です。横浜でクリニック経営してます。もと同級生です」
2人が立ち上がり、それぞれポケットから名刺を取り出した。
「深沢です」
「水野です」
「複雑な説明だったら困るので、こうして友人にお願いしてきた、ってことです。で、今はオヤジも鼻から酸素吸ってるくらいみたいですね、
先生!退院まであと1週間ってところですか?」
「あの・・いいですか?」
「ええ、どうぞ。おい、ケータイ、切っておけよ!」
「心不全は改善。原因究明のために冠動脈造影を行いました」
クリニックの2人はこちらを直視しわずかに頷いていた。
「すると、このフィルムのように・・・何箇所も狭窄がありました」
みんなフィルムを見入った。
「狭窄が限定されていればカテーテル下で拡張したりもしますが・・このような複数病変となると。しかも主幹部というこの箇所に高度な
狭窄があります。ここ自体カテーテルでの拡張は無理があります。危険が大きすぎる」
クリニックの2人はペンを鼻に当ててチックタックし始めた。
「しかも今でも発作を起こしかけてます。虚血による症状です十分な血流がいきわたってないんです」
「すると・・・?」
「バイパス術です。それも早めに。待機的にやるにしても、心臓外科のある病院に移っておくべきです」
「はあ、じゃあそこへ・・・」
「連絡しましたら準備オッケーだそうなので」
「じゃ、その・・・今から?」
「救急車で。私も乗ります」
「あ、そ・・・・よ、よろしく」
一方的なムンテラではあるが、余計な時間をかけたくなかった。
入り口に救急車が待機。中に患者のほか救急隊、僕と長男。
「じゃ、行きますか」
と僕が声をかけたが、救急隊はまだ出発しない。ふと思い出した。
「そうだ。紹介状、写真・・置いてきてしまった!」
病院へ戻ろうとしたところ、ナースが1人それらを持ってやってきた。
マスクを外しているが・・アウトローのあの子だ。
「私が行くことになりましたので」
「・・・あ、ああ」
なぜか少し照れてしまった。
「行きましょう!」
<つづく>
循環器科のこぢんまりとしたカンファレンスだ。先日入院した患者の心不全は改善したようだ。
山城先生がふんぞりかえって聞いている。
「エコーでは基礎疾患らしきものは?」
「収縮能はかなり低下しています。LVEFは40%前後」
「前後とは何だ。計測値をハッキリと言え!」
「41%です」
「左室の拡大は?」
「今の段階でLVDd 60mmです」
「けっこう水ひいて、それか。ICMかな」
「そう思います」
「安静度は?」
「ポータブルトイレだけでST変化が若干」
「若干とか・・・そういう表現はやめろ!」
「は、はい。0.5mmの下降です」
「エコーでLVEF 41%か。それは2次元的な計測だな?」
「は、はい。Simpson計測はしてなくて・・・」
「左室造影とあまりにも違ってたら許さんからな」
カテ室で芝先生と手洗い。
「ユウキ、お前・・病棟のカナちゃん達が怒りまくってるぞ!」
「またですか・・・」
「病棟に1日1回しか行ってないんだって?」
「昼に行ってますが、申し送り事項聞いて、患者廻って・・・」
「そのあとに大事な報告が出たりもするんだ!朝・昼・夕・夜中、と顔を出せ!」
「・・・できれば」
「入院患者からの不満もあるぞ。お前、CCUの入院患者は?」
「5人。全部、僕です」
「ふん」
「ICUに4人」
「ふん」
「一般内科に7人。呼吸器内科に6人」
ナンバー2・3は数人しか担当していない。
「ふん・・・とにかく、まんべんなくやれ!」
グイーン、と自動ドアをくぐった。
「ユウキ、術者は俺だ。俺が穿刺する」
「え?主治医は僕で・・」
「でもだ。これは山城先生からの命令だ」
「そうですか・・・」
「何か、お前が気に入らないことでも言ったか、あるいはお前を病棟勤務に専念させたいのか・・」
「何も言ってません」
「じゃ、もう一方のほうだ。病棟勤務に徹しろ、ということだ」
「ならそう言ってくれたらいいのに・・・」
「山ちゃんの怖いところはそこだ。黙ったまま人を斬る!」
右冠動脈造影。♯2、♯4に75%の狭窄。
「思ったとおりやな。左もあるな。おい!造影剤は?」
「は、はい」
「身が入っとらんな」
「すみません」
「あまりうつつを抜かすなよ」
「何に?」
「もうそこらじゅう話題になってるぞ」
「冷やかさないでください・・・」
「あと3ヶ月で半年か。頑張れよ!」
左冠動脈。主幹部に75%の狭窄が見つかった。LAD♯7、LCx♯12にも75%狭窄。
「ユウキ、この患者の背景にはDMが?」
「あります。HbA1c 10.3%。4年前から指摘されてて無治療」
「無症候性か。自業自得やな・・・さて」
芝先生はガラス越しの星野先生に向って口パクした。
「(バイパスですね?)」
「(そうだな。終わろう)」
「終わります!」
CCUへ戻ったが、患者の表情がおかしい。
「どうされました?」
「ちょっと重たいような・・・」
「胸が?」
「心電図を」
本田さんが現れた。
「検査は終了で、あとはリハビリね」
「いやそれが。主幹部に狭窄があって・・」
「バイパス?じゃあ、心臓外科ね」
「心臓外科はうちの大学関連の総合病院だ」
「またあの道を救急車で運ぶの?」
「行きは1時間、帰りは2時間かな」
「今から?」
「心電図、これ今の?ありがとう・・・ST下がってる。さらに1mm。ニトロ舌下させて」
星野先生が入ってきた。
「一応、心臓外科へは俺が連絡しておいた。オペそのものは明日以降らしいな」
「明日・・ですか。しかし」
「ST下がってきたのか」
「ええ。薬剤は追加しようとは思いますが」
「家族へちゃんと説明しとけ。わたしのせいですってな。ハハハ!」
「な・・・」
「それはマイケル、ジョーダン!ジョーダン!」
「うへへへへ」
関係のないネズミまでが笑っている。
アウトローの鈴木さんがイスを並べ始めた。
「先生、ムンテラを家族に」
「そうだな・・入ってもらって」
ヅカヅカと7,8人の男女が入ってきた。みな若い。30代くらいか。そのうちのリーダー格が先頭に座った。
「俺が長男です。さっき、東京から到着しまして」
「今、検査が終了したところで」
「うちのおふくろへ説明してたみたいだけど・・・。あんな老人捕まえて説明しても、理解しろっていうのが無理でしょ、先生」
「え、ええ。しかし身近におられる方へ説明するしかなかったので」
「おふくろから連絡あったときは、検査するだけなので心配ない、そう聞いてたんだけどね」
「・・・重症の心不全だと説明したんですがねえ」
「だから先生!お年寄りには無理だって、医学的なことは!」
「ええ」
「で、昨日そっちへ電話したら、この看護婦さんかな?心不全で入院してると聞いてね」
「ええ」
「ビックリしたよ。そんな重い病気なら、ふつうはあなた、子のほうまで連絡しようとか、思いませんか?先生!」
「ええ、そうですね」
「だから、そいつ、いったいどんな主治医なんだ?ってことで、友達いっぱい連れて来ました」
なんで友達、連れて来るんだよ。いい年して。
「このうち2人は医者です。横浜でクリニック経営してます。もと同級生です」
2人が立ち上がり、それぞれポケットから名刺を取り出した。
「深沢です」
「水野です」
「複雑な説明だったら困るので、こうして友人にお願いしてきた、ってことです。で、今はオヤジも鼻から酸素吸ってるくらいみたいですね、
先生!退院まであと1週間ってところですか?」
「あの・・いいですか?」
「ええ、どうぞ。おい、ケータイ、切っておけよ!」
「心不全は改善。原因究明のために冠動脈造影を行いました」
クリニックの2人はこちらを直視しわずかに頷いていた。
「すると、このフィルムのように・・・何箇所も狭窄がありました」
みんなフィルムを見入った。
「狭窄が限定されていればカテーテル下で拡張したりもしますが・・このような複数病変となると。しかも主幹部というこの箇所に高度な
狭窄があります。ここ自体カテーテルでの拡張は無理があります。危険が大きすぎる」
クリニックの2人はペンを鼻に当ててチックタックし始めた。
「しかも今でも発作を起こしかけてます。虚血による症状です十分な血流がいきわたってないんです」
「すると・・・?」
「バイパス術です。それも早めに。待機的にやるにしても、心臓外科のある病院に移っておくべきです」
「はあ、じゃあそこへ・・・」
「連絡しましたら準備オッケーだそうなので」
「じゃ、その・・・今から?」
「救急車で。私も乗ります」
「あ、そ・・・・よ、よろしく」
一方的なムンテラではあるが、余計な時間をかけたくなかった。
入り口に救急車が待機。中に患者のほか救急隊、僕と長男。
「じゃ、行きますか」
と僕が声をかけたが、救急隊はまだ出発しない。ふと思い出した。
「そうだ。紹介状、写真・・置いてきてしまった!」
病院へ戻ろうとしたところ、ナースが1人それらを持ってやってきた。
マスクを外しているが・・アウトローのあの子だ。
「私が行くことになりましたので」
「・・・あ、ああ」
なぜか少し照れてしまった。
「行きましょう!」
<つづく>
< フィフス・レジデント 13 チーム >
2004年5月19日 連載 月1回の医局会だ。医師総勢30余名が座っている。なかなか姿を見せない院長が正面に腰掛けた。
「・・・皆さん、お疲れのところを、どうも」
みんなが一斉に立ち上がった。
「いや、いい。座んなさい」
みなゆっくりと各人、席についた。
「では、山城君」
「はい。先月の売り上げから。総合して3億8千万。科別に見ますと・・・循環器内科がこのように、かなりの割合を占めてます。3割程度」
院長も投影画面をじっくり見入っている。かなり険しい表情だ。
「先月は心カテが90件。うち緊急が12件」
院長が少し手を上げた。
「うん、そこでいったん止めてくれ。循環器は先々月に引き続き、先月も活躍は目覚しい。これもひとえに山城君の存在があってのことだ」
山城先生も表情ひとつ変えない。
「だが外来患者の推移をみると、少し頭打ちのようにも見える。待ち時間がかなり長いという患者からの不満も、背景にあると思う」
午前中に50人枠なんて、とうてい無理な話だ。さらにその中に新患が入るってのに。
「それと病診連携も少し手薄のようにも思う。紹介された患者はより丁寧に扱い、返事も抜かりなく対応して頂きたい・・・それと、一般内科。
どうしたんだ、この数字は?」
みな自動的に一般内科の先生に目線が行った。
「長井くん。君には今年からもう1人つけてやってる。わしが県に直接お願いしたのだ。なのに病棟の回転は落ちている。これは・・・」
長井先生は困惑していた。
「じゅ、重症の患者が多かったのと・・・」
「重症にしてもこの回転率はあんまりだ。県職員も不思議がってる。重症ならICUへ廻すか山城くんに相談しろ。軽症はとっとと退院か転院だ」
「は、はい・・・」
「脳梗塞後遺症とやらも、もう1ヶ月になるぞ。早く離床させるように」
「ええ、この患者は・・」
「君の後輩がトラブル起こしたからといって、病院にずっと居れます、って約束したわけじゃないぞ」
「かしこまりました」
「大学には報告しておいた」
これだ。関連病院の院長の子殺し文句だ。やれやれ。
院長がこちらを向いた。気持ち悪いが、笑顔だ。
「どうだい?慣れた?」
「え?いいえ・・・」
「ハッハ。山城くんのマネをすればいいよ。彼を見習えば間違いない」
「はい、そうさせていただき・・」
「もう3ヶ月経つのかな?」
「そうです」
「皆と仲良くな。特に循環器はチームや」
重い言葉だった。会は終わり、みな席を立った。院長は何か思い出したようだ。
「ああ、ネズちゃん!こっちへ!君だけ残ってて!」
「は、はい」
畑先生が呼び止められた。最後尾の僕は横目で見ながら外へ出て、ゆっくりと・・・ドアを閉めた。
閉まる一瞬だが、確かに聞こえた。さっきと全く違う院長の声。
「おまえな・・・!」
戦慄を感じながら、循環器病棟へ歩いた。詰所へ入ろうとしたが、カナさんが腕組みして遮った。
「ちょっと先生!」
「あ?」
「先生がCCUから無理矢理上げてきた人!もう落ち着いたんでしょ!」
「この人・・・そうだよ。歩けてる?」
「指示がないから、ベッド上のままです!」
「ああ、もういいよ、少しずつ動いても・・」
「ルート抜いて内服オンリーでしょ。それなのに5日も寝たきりで・・・」
「昨日は病室にいなかったけど」
「検査で出てたんです!そのあと先生、顔出しましたか?」
「いや・・・」
ICU/CCUに入りびたりだった。
「患者さんは主治医の先生どこやって、怒り出すし・・・こちらの対応も大変なんです!」
「す、すまな・・」
「謝るんだったら患者さんに謝って!」
ツバ飛ばす勢いで怒り狂った彼女は、顔面紅潮のまま廊下へと出て行った。
婦長がジーッと見送っていた。
「あの子があんなに怒るなんてねえ。先生ねえ、CCUの都合ばかりで患者をこっちに廻さないでちょうだいな」
「・・・」
「こっちは軽症が多いけど、こっちの意向も聞いてもらわないと」
「じゅ、重症が入院になってしまったらCCUに入院になる。そしたら誰かをここに上げないといけないし」
「そんなときは救急患者を断るとか」
「無理だ。県の要望で、救急は必ず受けろと」
「さあそこは、私は詳しくないから・・・」
婦長はまた彼方を見やった。
「あの子がねえ・・・」
確かに最近、軽症に手薄になりがちだ。気がつくとICU/CCUにいる。重症患者のみ見たいのか。
それとも・・・・。
「・・・皆さん、お疲れのところを、どうも」
みんなが一斉に立ち上がった。
「いや、いい。座んなさい」
みなゆっくりと各人、席についた。
「では、山城君」
「はい。先月の売り上げから。総合して3億8千万。科別に見ますと・・・循環器内科がこのように、かなりの割合を占めてます。3割程度」
院長も投影画面をじっくり見入っている。かなり険しい表情だ。
「先月は心カテが90件。うち緊急が12件」
院長が少し手を上げた。
「うん、そこでいったん止めてくれ。循環器は先々月に引き続き、先月も活躍は目覚しい。これもひとえに山城君の存在があってのことだ」
山城先生も表情ひとつ変えない。
「だが外来患者の推移をみると、少し頭打ちのようにも見える。待ち時間がかなり長いという患者からの不満も、背景にあると思う」
午前中に50人枠なんて、とうてい無理な話だ。さらにその中に新患が入るってのに。
「それと病診連携も少し手薄のようにも思う。紹介された患者はより丁寧に扱い、返事も抜かりなく対応して頂きたい・・・それと、一般内科。
どうしたんだ、この数字は?」
みな自動的に一般内科の先生に目線が行った。
「長井くん。君には今年からもう1人つけてやってる。わしが県に直接お願いしたのだ。なのに病棟の回転は落ちている。これは・・・」
長井先生は困惑していた。
「じゅ、重症の患者が多かったのと・・・」
「重症にしてもこの回転率はあんまりだ。県職員も不思議がってる。重症ならICUへ廻すか山城くんに相談しろ。軽症はとっとと退院か転院だ」
「は、はい・・・」
「脳梗塞後遺症とやらも、もう1ヶ月になるぞ。早く離床させるように」
「ええ、この患者は・・」
「君の後輩がトラブル起こしたからといって、病院にずっと居れます、って約束したわけじゃないぞ」
「かしこまりました」
「大学には報告しておいた」
これだ。関連病院の院長の子殺し文句だ。やれやれ。
院長がこちらを向いた。気持ち悪いが、笑顔だ。
「どうだい?慣れた?」
「え?いいえ・・・」
「ハッハ。山城くんのマネをすればいいよ。彼を見習えば間違いない」
「はい、そうさせていただき・・」
「もう3ヶ月経つのかな?」
「そうです」
「皆と仲良くな。特に循環器はチームや」
重い言葉だった。会は終わり、みな席を立った。院長は何か思い出したようだ。
「ああ、ネズちゃん!こっちへ!君だけ残ってて!」
「は、はい」
畑先生が呼び止められた。最後尾の僕は横目で見ながら外へ出て、ゆっくりと・・・ドアを閉めた。
閉まる一瞬だが、確かに聞こえた。さっきと全く違う院長の声。
「おまえな・・・!」
戦慄を感じながら、循環器病棟へ歩いた。詰所へ入ろうとしたが、カナさんが腕組みして遮った。
「ちょっと先生!」
「あ?」
「先生がCCUから無理矢理上げてきた人!もう落ち着いたんでしょ!」
「この人・・・そうだよ。歩けてる?」
「指示がないから、ベッド上のままです!」
「ああ、もういいよ、少しずつ動いても・・」
「ルート抜いて内服オンリーでしょ。それなのに5日も寝たきりで・・・」
「昨日は病室にいなかったけど」
「検査で出てたんです!そのあと先生、顔出しましたか?」
「いや・・・」
ICU/CCUに入りびたりだった。
「患者さんは主治医の先生どこやって、怒り出すし・・・こちらの対応も大変なんです!」
「す、すまな・・」
「謝るんだったら患者さんに謝って!」
ツバ飛ばす勢いで怒り狂った彼女は、顔面紅潮のまま廊下へと出て行った。
婦長がジーッと見送っていた。
「あの子があんなに怒るなんてねえ。先生ねえ、CCUの都合ばかりで患者をこっちに廻さないでちょうだいな」
「・・・」
「こっちは軽症が多いけど、こっちの意向も聞いてもらわないと」
「じゅ、重症が入院になってしまったらCCUに入院になる。そしたら誰かをここに上げないといけないし」
「そんなときは救急患者を断るとか」
「無理だ。県の要望で、救急は必ず受けろと」
「さあそこは、私は詳しくないから・・・」
婦長はまた彼方を見やった。
「あの子がねえ・・・」
確かに最近、軽症に手薄になりがちだ。気がつくとICU/CCUにいる。重症患者のみ見たいのか。
それとも・・・・。
< フィフス・レジデント 12 ディバイダー >
2004年5月19日 連載 起座呼吸の高齢男性。水面からかろうじて息をしているといった様子だ。胸部レントゲンで心拡大と両側胸水貯留。
急性心不全だ。心電図はST低下広範で一部は陰性T。心筋逸脱酵素の上昇はない。AMIでなければひとまず安心、
というわけではない。冠動脈疾患の疑いは濃厚で、心不全を早めに落ち着かせて冠動脈造影にもっていかないといけない。
このような心不全の状態ではカテーテル検査はできないのだ。
「CCUには連絡したのか!」
「ちゃんとしました!」
キンキンが即座に答えた。やがて新人らしきナースが車椅子をゆっくり押してきた。
「遅いな。酸素はどうした?」
「いえ、聞いてなくて・・」
「ちゃんと伝えたぞ!点滴台もついてない?」
「はい・・・」
「じゃ、連れて行って!」
外来の外まで見送ると、長いすに腰掛けた大勢の患者がこちらを睨んでいる。
天井近くに備えたテレビでは・・日本人の平均寿命について放送している。
「寿命が延びるだと・・・?毎日カップラーメン、外食は肉食、野菜不足で?それとこのストレス・・・」
「先生、早く!」
キンキンが診察室へ引っ張った。
「先生、次の方!54歳女性の高血圧!」
「ああ、どうぞ」
「あはようございます。もうこんなに待たされて!こんなに待たされるんだったら・・・」
「どうもすみません」
「はい、血圧測るんでしょ?」
「ええ、そっちの腕でいいです」
「多分高いわ」
その通りだ。それだけ待たせたわけだから。人気があったり忙しい高度の病院ほど、血圧の評価はけっこういいかげんなのかも。
この頃は家庭血圧計もほとんど普及していなかった。
「184/98mmHg!」
「うわ?そんなに高い?ちょっと・・・もう1回測ってよ!」
「時間を少しおきましょう」
「そんな高いはずない。なあ看護婦さん」
キンキンは一瞬だけしかめっ面を解除した。
「え?ちょっと休んでいかれたらどうですか?」
「どこで?」
「さっきの待合で」
「あそこでまた座るの?どっかで寝かしてえな」
「あいにくねえ、もう寝るベッドも埋まってまして」
「そうやけど、今やってるテレビであんた、血圧高かったらクモ膜下なんちゃらになってることがあるって・・・」
キンキンはとうとう切れた。
「まちあいで!しばらく!おまちください!」
「はいはいはいはいはい」
何人かたてつづけに外来をこなし、CCUへ電話。
「どう?さっきの人?」
「おはようございます」
「え?ああ・・。本田さんか」
「入院の方ですね。指示通りラシックス1アンプルivして、30分後の尿量が400ml」
利尿剤投与30分後をきっちりマークしている。さすが彼女だ。
「SpO2 100%へ上昇、酸素は5リットルマスクからネーザル2リットルへ減量で99%。呼吸苦なし。血圧は140/78mmHgで変動なし」
「うん、うん」
「といったところね。脈も落ち着いてきたようなのでもう1度取りますか、心電図?」
「そ、そうだな。頼む」
「それを見てまた指示を?」
「そうする」
彼女が相手だと、仕事がやりやすい。導いてくれるような対応だ。
キンキンがカルテを用意しながら盗み聞きしようとしていた・・ような気がした。
「キンキン、あと3人診たらいったん空くから、その間にCCUへ行ってくる」
「なんか先生、病棟での働きと全然違うね。誰かお気に入りがいるんでしょ?」
「な、何をとぼけたことを!」
CCUに入院した患者はぐっすり安眠している様子。
鈴木さんというアウトロー的なナースと向かい合った状態でカルテに指示。
最年少に近いと思うがかなりしっかりしており、黙々としたところにも威厳がある。
ドクターたちはかなり近寄りがたい印象を持っている。
「・・で、よしと」
「独り言?」
「まあね。気になる?」
「多少」
「あ、そう・・・」
しばらく沈黙が続いた。
「カテはとりあえず、今日はなしだな」
「もう、何?」
彼女は顔を上げた。目線は合わせてない。この子、マツ毛が・・バチバチだ。
「ああ、ゴメン・・・」
また沈黙。しばらくして彼女が横を向いた。
「なんか・・・揺れてる」
ハッと気づいた。最近目立ち始めた、僕の貧乏ゆすりだ。
「すまない・・・震度、3くらいだった?」
一瞬だったが、彼女は吹き出した。声にはなってなかったが。その表情がすごく可愛らしかった。
本田さんが心電図をザッ・・と切り離し破いた。
「うーん。ちょっと下がってるのかしらね、ST」
「どれどれ」
「でもジギいってたもんね」
「待てよ・・・とはいっても1mmには満たないな」
ディバイダーで測定。
「あたしそれ、なくしたのよね」
「もう1本あるよ」
「え?いいの?」
「これ。防犯用にもどうぞ」
「これ、誰かの?」
「ああ、前にいた病院のドクターの」
「ええ?返さないといけないじゃない!」
「いいんだよ。そいつはもう・・」
「え?聞いちゃいけなかった?」
「じゃなくて。今はもう循環器を退いている」
「転向したの?」
「そう・・・消化器のほうへ」
「もったいな。時間の無駄だったのね」
「いや、それは違うんじゃないか」
本田さんは1歩退いた。
「あ、ご、ごめ・・・」
「しかし、自分だっていつそうなるか・・・」
「この名前、消すね。ITO・・・伊藤?」
「・・・・・」
<つづく>
急性心不全だ。心電図はST低下広範で一部は陰性T。心筋逸脱酵素の上昇はない。AMIでなければひとまず安心、
というわけではない。冠動脈疾患の疑いは濃厚で、心不全を早めに落ち着かせて冠動脈造影にもっていかないといけない。
このような心不全の状態ではカテーテル検査はできないのだ。
「CCUには連絡したのか!」
「ちゃんとしました!」
キンキンが即座に答えた。やがて新人らしきナースが車椅子をゆっくり押してきた。
「遅いな。酸素はどうした?」
「いえ、聞いてなくて・・」
「ちゃんと伝えたぞ!点滴台もついてない?」
「はい・・・」
「じゃ、連れて行って!」
外来の外まで見送ると、長いすに腰掛けた大勢の患者がこちらを睨んでいる。
天井近くに備えたテレビでは・・日本人の平均寿命について放送している。
「寿命が延びるだと・・・?毎日カップラーメン、外食は肉食、野菜不足で?それとこのストレス・・・」
「先生、早く!」
キンキンが診察室へ引っ張った。
「先生、次の方!54歳女性の高血圧!」
「ああ、どうぞ」
「あはようございます。もうこんなに待たされて!こんなに待たされるんだったら・・・」
「どうもすみません」
「はい、血圧測るんでしょ?」
「ええ、そっちの腕でいいです」
「多分高いわ」
その通りだ。それだけ待たせたわけだから。人気があったり忙しい高度の病院ほど、血圧の評価はけっこういいかげんなのかも。
この頃は家庭血圧計もほとんど普及していなかった。
「184/98mmHg!」
「うわ?そんなに高い?ちょっと・・・もう1回測ってよ!」
「時間を少しおきましょう」
「そんな高いはずない。なあ看護婦さん」
キンキンは一瞬だけしかめっ面を解除した。
「え?ちょっと休んでいかれたらどうですか?」
「どこで?」
「さっきの待合で」
「あそこでまた座るの?どっかで寝かしてえな」
「あいにくねえ、もう寝るベッドも埋まってまして」
「そうやけど、今やってるテレビであんた、血圧高かったらクモ膜下なんちゃらになってることがあるって・・・」
キンキンはとうとう切れた。
「まちあいで!しばらく!おまちください!」
「はいはいはいはいはい」
何人かたてつづけに外来をこなし、CCUへ電話。
「どう?さっきの人?」
「おはようございます」
「え?ああ・・。本田さんか」
「入院の方ですね。指示通りラシックス1アンプルivして、30分後の尿量が400ml」
利尿剤投与30分後をきっちりマークしている。さすが彼女だ。
「SpO2 100%へ上昇、酸素は5リットルマスクからネーザル2リットルへ減量で99%。呼吸苦なし。血圧は140/78mmHgで変動なし」
「うん、うん」
「といったところね。脈も落ち着いてきたようなのでもう1度取りますか、心電図?」
「そ、そうだな。頼む」
「それを見てまた指示を?」
「そうする」
彼女が相手だと、仕事がやりやすい。導いてくれるような対応だ。
キンキンがカルテを用意しながら盗み聞きしようとしていた・・ような気がした。
「キンキン、あと3人診たらいったん空くから、その間にCCUへ行ってくる」
「なんか先生、病棟での働きと全然違うね。誰かお気に入りがいるんでしょ?」
「な、何をとぼけたことを!」
CCUに入院した患者はぐっすり安眠している様子。
鈴木さんというアウトロー的なナースと向かい合った状態でカルテに指示。
最年少に近いと思うがかなりしっかりしており、黙々としたところにも威厳がある。
ドクターたちはかなり近寄りがたい印象を持っている。
「・・で、よしと」
「独り言?」
「まあね。気になる?」
「多少」
「あ、そう・・・」
しばらく沈黙が続いた。
「カテはとりあえず、今日はなしだな」
「もう、何?」
彼女は顔を上げた。目線は合わせてない。この子、マツ毛が・・バチバチだ。
「ああ、ゴメン・・・」
また沈黙。しばらくして彼女が横を向いた。
「なんか・・・揺れてる」
ハッと気づいた。最近目立ち始めた、僕の貧乏ゆすりだ。
「すまない・・・震度、3くらいだった?」
一瞬だったが、彼女は吹き出した。声にはなってなかったが。その表情がすごく可愛らしかった。
本田さんが心電図をザッ・・と切り離し破いた。
「うーん。ちょっと下がってるのかしらね、ST」
「どれどれ」
「でもジギいってたもんね」
「待てよ・・・とはいっても1mmには満たないな」
ディバイダーで測定。
「あたしそれ、なくしたのよね」
「もう1本あるよ」
「え?いいの?」
「これ。防犯用にもどうぞ」
「これ、誰かの?」
「ああ、前にいた病院のドクターの」
「ええ?返さないといけないじゃない!」
「いいんだよ。そいつはもう・・」
「え?聞いちゃいけなかった?」
「じゃなくて。今はもう循環器を退いている」
「転向したの?」
「そう・・・消化器のほうへ」
「もったいな。時間の無駄だったのね」
「いや、それは違うんじゃないか」
本田さんは1歩退いた。
「あ、ご、ごめ・・・」
「しかし、自分だっていつそうなるか・・・」
「この名前、消すね。ITO・・・伊藤?」
「・・・・・」
<つづく>
< フィフス・レジデント 11 カウンター・ショック! >
2004年5月18日 連載号令通り、『あさひ』へ到着。循環器グループ5人はタクシーから1人ずつ降りていった。芝先生と僕が
花束を抱えている。山城先生のみスーツ姿だ。この体型で、よく合うのがあったな。
「ごめんくださーい」
ただの飲み屋だ。カウンターに7人くらいは座れるか。ママさんは30後半くらいだろうが、けっこう美人だ。
「ああ、いらっしゃい!待ってたわよー!」
みなカウンターに腰掛けた。
「ユウキは山城先生の左横に座れ」
芝先生の命令で、空席と僕が山城先生を囲んだ。嫌な上司がいるときなど、よくこういう目にあう。
山城先生は酒・スナックの注文を始めた。
「それとな、ケーキ・・・MRが持ってくるはずだがな。約束の時間、近いんだが」
ナンバー3と4のサブセットが何やら囁きあっている。星野先生はママに話しかけている。
僕はただボーッとしらけてるしかなかった。
山城先生はしびれを切らした。約束の時間を過ぎた。
「彼女、来るよな?」
僕に言ったみたいだが、主任さんがどんな女性かもよく知らないのに、分かるはずもない。
「山城先生。連絡しましょうか」
「いや、いい。昨日もちゃんと伝えてあるしな。すっぽかしなどあり得ん」
しばらくして、男性が2名現れた。年配と若年のMRのようだ。
「申しありません・・・」
山城先生の鬱積は彼らに飛び火した。
「バカモン!こんなに遅れおって!」
年配がひたすら謝る。
「先生。誠に申し訳ありません!ケーキのほうがですね、店のミスで出来上がりに時間がかかりまして」
「言い訳は聞いとらん」
「確かにお持ち致しております・・・」
「お前んとこの降圧薬・・・何のために使ってるのか分かってんのか!」
「はああ!それはもう!おかげさまで!」
後ろの新人MRもただただ赤面、会釈するしかなかった。
「先月1万錠!今月はそれを越えてやったのに・・・それがこれか!」
「お、お許しください!」
だが、肝心の彼女が来ていない。老年MRもそれに気づいたようだ。
「・・・?主任さまは、いずこに?」
それがまた油を注いだ。
「貴様に干渉される覚えはない!帰れ!」
「はっ?」
「帰れ!もう来るな!医局へも立ち入り禁止!」
「先生、先生!」
「上司にも言っておくからな!もうその薬も使わん!」
「ひいい!そ、それだけは・・・」
星野先生が少し見かねたようだ。
「山ちゃん、落ち着け。もうそのくら・・」
「貴様!貴様までオレを侮辱するつもりか?」
「な、何言って・・」
他の客がそろそろと席を外し始めた。
ものすごく重たい空気が辺りを支配している。
「何が山ちゃんだ!オレより年下のお前が!いつからなあなあ言葉にしていいと言った!」
「・・・・・」
「お前のために論文書いて、大学院出してやったのはこの俺だ!そうだろ横田!」
ナンバー3はグラスを飲みかけたままうつむいていた。
「・・・ええ、そうです」
「それで、わしがこの病院に拾ってやったんだぞ。いつまでもわしの足を引きずってるくせに・・・!」
こいつは子供だ。
「オイ星野!こいつら皆の前で、謝れ!私が悪うございました、ってな!さあ!」
「・・・・・」
「オレの一存で人事はどうとでもなるんだぞ」
「・・・・・」
「それとも僻地の民間病院へ行くか?家族もろともだ」
「・・・わ、私が・・・」
「・・・・私が?それで?」
「私が・・わるうございま・・した」
「分かればそれでいい」
深刻な気持ちを押し殺しながら、ママは水割りの氷を足し続けた。約束の時間から30分が過ぎた。
しばらく沈黙が続いていた。
「クソあの女!人をなめやがって!」
山城先生は花束をブンブン廻し始めた。花は僕の顔に何度も当たった。少し掠り傷が出来た。
「半年前もせっかくわしらが企画した温泉旅行も、途中でキャンセルしやがって・・・!」
それはもう単に、避けられてるんじゃないのか・・?
「フン!こんなもん!ママ!やるよ、これ!」
僕らが金を集めて買ったプレゼントの箱が・・・!ママに投げられた。
「わ!これ・・・いいの?」
「ああ!ママは俺のあこがれの人だからな」
「う、うれしいわ、山ちゃ・・・先生」
「ンー、君はいんだよ、山ちゃん呼ばわりでも。いくぞ!」
僕らは店を退散した。山城先生は1人、タクシーで帰っていった。
僕は医局へ戻った。飲み会が長引かず、スライド作りの時間はなんとか確保できた。
あとで知ったのだが、ユキちゃんと呼ばれている主任には既に婚約者がいて、この仕事もあと1年内に辞める、という
ものだった。数年前から山城先生に付きまとわれており、今回のパーティーも一方的な誘いだったという。
彼にも思い通りにならないものは、あったのだ・・・。
かわいそうな老年MRさんは、あのあと県外へ飛ばされた。
<つづく>
花束を抱えている。山城先生のみスーツ姿だ。この体型で、よく合うのがあったな。
「ごめんくださーい」
ただの飲み屋だ。カウンターに7人くらいは座れるか。ママさんは30後半くらいだろうが、けっこう美人だ。
「ああ、いらっしゃい!待ってたわよー!」
みなカウンターに腰掛けた。
「ユウキは山城先生の左横に座れ」
芝先生の命令で、空席と僕が山城先生を囲んだ。嫌な上司がいるときなど、よくこういう目にあう。
山城先生は酒・スナックの注文を始めた。
「それとな、ケーキ・・・MRが持ってくるはずだがな。約束の時間、近いんだが」
ナンバー3と4のサブセットが何やら囁きあっている。星野先生はママに話しかけている。
僕はただボーッとしらけてるしかなかった。
山城先生はしびれを切らした。約束の時間を過ぎた。
「彼女、来るよな?」
僕に言ったみたいだが、主任さんがどんな女性かもよく知らないのに、分かるはずもない。
「山城先生。連絡しましょうか」
「いや、いい。昨日もちゃんと伝えてあるしな。すっぽかしなどあり得ん」
しばらくして、男性が2名現れた。年配と若年のMRのようだ。
「申しありません・・・」
山城先生の鬱積は彼らに飛び火した。
「バカモン!こんなに遅れおって!」
年配がひたすら謝る。
「先生。誠に申し訳ありません!ケーキのほうがですね、店のミスで出来上がりに時間がかかりまして」
「言い訳は聞いとらん」
「確かにお持ち致しております・・・」
「お前んとこの降圧薬・・・何のために使ってるのか分かってんのか!」
「はああ!それはもう!おかげさまで!」
後ろの新人MRもただただ赤面、会釈するしかなかった。
「先月1万錠!今月はそれを越えてやったのに・・・それがこれか!」
「お、お許しください!」
だが、肝心の彼女が来ていない。老年MRもそれに気づいたようだ。
「・・・?主任さまは、いずこに?」
それがまた油を注いだ。
「貴様に干渉される覚えはない!帰れ!」
「はっ?」
「帰れ!もう来るな!医局へも立ち入り禁止!」
「先生、先生!」
「上司にも言っておくからな!もうその薬も使わん!」
「ひいい!そ、それだけは・・・」
星野先生が少し見かねたようだ。
「山ちゃん、落ち着け。もうそのくら・・」
「貴様!貴様までオレを侮辱するつもりか?」
「な、何言って・・」
他の客がそろそろと席を外し始めた。
ものすごく重たい空気が辺りを支配している。
「何が山ちゃんだ!オレより年下のお前が!いつからなあなあ言葉にしていいと言った!」
「・・・・・」
「お前のために論文書いて、大学院出してやったのはこの俺だ!そうだろ横田!」
ナンバー3はグラスを飲みかけたままうつむいていた。
「・・・ええ、そうです」
「それで、わしがこの病院に拾ってやったんだぞ。いつまでもわしの足を引きずってるくせに・・・!」
こいつは子供だ。
「オイ星野!こいつら皆の前で、謝れ!私が悪うございました、ってな!さあ!」
「・・・・・」
「オレの一存で人事はどうとでもなるんだぞ」
「・・・・・」
「それとも僻地の民間病院へ行くか?家族もろともだ」
「・・・わ、私が・・・」
「・・・・私が?それで?」
「私が・・わるうございま・・した」
「分かればそれでいい」
深刻な気持ちを押し殺しながら、ママは水割りの氷を足し続けた。約束の時間から30分が過ぎた。
しばらく沈黙が続いていた。
「クソあの女!人をなめやがって!」
山城先生は花束をブンブン廻し始めた。花は僕の顔に何度も当たった。少し掠り傷が出来た。
「半年前もせっかくわしらが企画した温泉旅行も、途中でキャンセルしやがって・・・!」
それはもう単に、避けられてるんじゃないのか・・?
「フン!こんなもん!ママ!やるよ、これ!」
僕らが金を集めて買ったプレゼントの箱が・・・!ママに投げられた。
「わ!これ・・・いいの?」
「ああ!ママは俺のあこがれの人だからな」
「う、うれしいわ、山ちゃ・・・先生」
「ンー、君はいんだよ、山ちゃん呼ばわりでも。いくぞ!」
僕らは店を退散した。山城先生は1人、タクシーで帰っていった。
僕は医局へ戻った。飲み会が長引かず、スライド作りの時間はなんとか確保できた。
あとで知ったのだが、ユキちゃんと呼ばれている主任には既に婚約者がいて、この仕事もあと1年内に辞める、という
ものだった。数年前から山城先生に付きまとわれており、今回のパーティーも一方的な誘いだったという。
彼にも思い通りにならないものは、あったのだ・・・。
かわいそうな老年MRさんは、あのあと県外へ飛ばされた。
<つづく>
コメントをみる |

< フィフス・レジデント 10 SPASM >
2004年5月18日 連載このような感じで、とうとう朝を迎えてしまった。
ナースは黙々と働いている。
「よかった。あと2時間くらいで解放ね」
「何言ってんだ!こっちは・・・」
「先生は、朝・晩関係ないでしょ」
「何?」
「そんだけ給料もらってるんだから、当然よね」
「僕だけは日雇いなんだよ!」
「ヒビコってこと?プッ」
とは言っても、この時点で手取り・月40万は入っていた。時間外を足すと60万近かった。
循環器病棟では朝の申し送りが始まっていた。
僕はゴソゴソとカルテを1冊ずつ取り出しては見ていた。
夜勤を始めて間もない片山さんが報告している。リーダーのカナさんは新入り・記入メモをじっくりと交互に睨んで離さない。
「432号室の村山さんですが、昨日狭心症発作があって、ニトロペンを1錠舌下。するところだったんですが、合計3錠使用したと
報告がありまして」
「本人から?」
「はい」
「以前の古いヤツを持ってたの?」
「はい・・・いえ・・・それは」
「じゃあどこから沸いて出たの?手持ちにはしてなかったはずよ」
「はい・・・」
「引き出しにもっと隠してたりしてなかった?」
「はい・・それはないと思い」
「確認したの?」
僕は凝固した。気まずい時間が流れた。
「何とか言ったら?」
「いえ・・・してません」
「で?3錠も舌下して、バイタルは?」
「大丈夫そうでした」
「大丈夫そうって何よ!バイタルはって聞いてんの!」
カナさんと僕の目が一瞬合って・・・怖かった。
「・・・それからは、測定していません」
「測定・・何を見るべきだった?」
「脈・・・」
「ニトロペンってあなた、何か知ってて?」
耐え切れず、僕は詰所を出た。後ろからNo.4の芝先生が追っかけてきた。
「ニトロペンってあんた、何か知ってるの?パシ!」
自分で自分の顔を叩いた。
「おいレジデント!今日は心カテが6例。そのうち2例のセカンドで入れ!グズグズするなよ!」
「は、はい」
「ホルター心電図の所見が50くらい貯まってるのと・・・あさっての講演会のスライド!山城先生発表用の!」
「あ、忘れてました」
「締め切りは今日!明日の朝7時にカンファだからな」
「そうでしたね・・・でも先生、医局のパソコン、調子悪いようで」
「だったら大学の、使わせてもらえ」
「大学へ?1時間は余裕でかかるし・・」
「甘えるな!早くから準備しないからだ!ああそれに!」
「?」
「今日はユキちゃんの誕生日だからな!絶対に出席だ!」
「それは・・?あ、山城先生の・・・」
「シッ!」
・・・そうだ。愛人って噂の・・・。
「一般内科病棟の主任さんですね」
「そうだ。プレゼント代、よこせ。お前は・・・5万でいい」
「5万?」
「出せ、早く。よし。晩の8時に。遅れるな」
カテ室の更衣室。
術衣に着替え、トイレに入った。同時に山城先生が入ってきた。
「おう。今日はしっかりな」
「はい」
「スライドは出来たか?」
「いえ・・それがまだ」
「・・・・・わしのオーダー通りにな」
「はい」
「それを芝にチェックしてもらって、奴がいいと言ったらな」
「・・・明日の早朝までですよね」
「ああ」
「・・・先生、今日の飲み会は・・」
「誕生パーティーか?お前の席ももう予約してるぞ」
「え?」
「金はMRが払う。表向きは勉強会としてやるんだからな」
「先生、自分は・・・」
「スライド作りは飲み会が終わってからやれ」
体育会系だな・・・。
芝先生によるアセチルコリン負荷。
「右冠動脈、アセチルコリンいきます」
僕はセカンドの役目として、正面のモニターを睨んでいた。
ST-T変化は・・・・ないか。最近、少し視力が悪くなってきたな。モニター見てるとその衰えが分かりやすい。
「造影!」
造影剤が射ちこまれた。全体的に冠動脈が狭小化している。
実際spasmかどうかは微妙なところだ。
「も1回・・・・造影!」
今度の造影ではさらに狭小化がみられる。♯2以降はほとんど見えない。
心電図は・・・ST上昇している。芝先生は落ち着いている。
「どうもないですか」
「ちょっと重たいなあ、胸が」
患者は答えた。
「あ!」
芝先生が慌てた。
「カテが・・・」
透視画面。カテーテルが抜けてしまっている。
「入れ直さないと」
芝先生は身を乗り出し、焦って入り口を探している。しかし・・・
「どこや、どこや・・・クソッ」
心電図はST上昇したままだ。僕はニトロールを用意している。
「芝先生、静脈からでは・・・」
「待て、うるさい!」
カテは入らない。入り口まで狭小化したのか?
モニター上、血圧が70mmHg台に。ガラス越しの小杉が立ち上がって腕組みしだした。
「ゆ、ユウキ、血圧見ろ。ニトロールは今は使うなよ」
「え、ええ」
「1回造影して、入り口探すか!」
とは言って造影したものの、入り口もよく分からない状況だ。
「痛くなってきた・・だんだん」
患者の訴えがひどくなってきた。
芝先生は冷静さを保とうとはしていた。
「大丈夫ですからねー」
声は震えていた。額、頬に大量の汗。
向こうから巨漢が現れた。芝先生がパッと顔を上げた。
「や、山城先生!抜けてしまいましてね!なかなかエンゲージ・・」
山城先生は無言で駆けつけ、片手で芝先生の腕をつかみ、体を数メートル後ろまで弾き飛ばした。
芝先生はバランスを崩し、後ろの処置台とともに床にガシャ−ンと叩きつけられた。
「ユウキ!DC近くに持ってきとけ!」
「は、はい!」
山城先生は細いサイズのカテーテルを挿入した。
「・・・・・入った」
とたん、モニターの波形が赤く点灯し始めた。
「VT、VT!おい!DCは?」
僕はDCを持ってきた。
「貸せ!」
山城先生が直接操作した。
「いくぞ!」
ズドンと電圧が放出された。患者が一瞬浮き上がる。
「戻ったな。ニトロール、冠注!」
しばらく沈黙が流れた。
「造影!」
冠動脈は・・・正常に造影された。
カテが終了し、再び更衣室。
「芝!あれは何だ!」
「誠に申し訳ありません!」
芝先生は正座し、うつむいていた。今度はこっちがスパズムっている。
「貴様はちょっと調子に乗るとこうだな」
「申し訳ございません」
「それとおい、お前!」
ギロっと僕の方に矛先が向いた。
「はい!」
「お前がカテーテル引っ張った可能性もあるんだぞ!」
「そ、操作中に・・ですか?」
「そうだ。その可能性もあっただろ?放射線部の奴もそう指摘してる」
「小杉・・・」
「芝!お前もそう思うだろ?」
芝先生はこちらを上目遣いで見た。が一瞬で目を逸らした。
「は、はい。確かにこれまでにも何回か。今回もそうかもしれません」
今回は、そんな覚えはないぞ。
「そらな。ま、共同責任だ。循環器はチームだからな」
山城先生は去っていった。芝先生はゆっくりと立ち上がった。スパズムは解除されたようだ。
「ゆ、ユウキ。スライド早く仕上げろよ。明日の朝5時、医局でオレに見せろ」
「は、はい・・・」
足早に芝先生は退散した。
「大変だったねー」
モップを抱えた小杉が横から声をかけた。
「山さんに、何て言われてたの?先生まで怒られてたようだけど?」
「・・さあな」
「お疲れー!」
彼の薄ら笑いの表情が気に入らず、僕も足早にカテ室を出た。
<つづく>
ナースは黙々と働いている。
「よかった。あと2時間くらいで解放ね」
「何言ってんだ!こっちは・・・」
「先生は、朝・晩関係ないでしょ」
「何?」
「そんだけ給料もらってるんだから、当然よね」
「僕だけは日雇いなんだよ!」
「ヒビコってこと?プッ」
とは言っても、この時点で手取り・月40万は入っていた。時間外を足すと60万近かった。
循環器病棟では朝の申し送りが始まっていた。
僕はゴソゴソとカルテを1冊ずつ取り出しては見ていた。
夜勤を始めて間もない片山さんが報告している。リーダーのカナさんは新入り・記入メモをじっくりと交互に睨んで離さない。
「432号室の村山さんですが、昨日狭心症発作があって、ニトロペンを1錠舌下。するところだったんですが、合計3錠使用したと
報告がありまして」
「本人から?」
「はい」
「以前の古いヤツを持ってたの?」
「はい・・・いえ・・・それは」
「じゃあどこから沸いて出たの?手持ちにはしてなかったはずよ」
「はい・・・」
「引き出しにもっと隠してたりしてなかった?」
「はい・・それはないと思い」
「確認したの?」
僕は凝固した。気まずい時間が流れた。
「何とか言ったら?」
「いえ・・・してません」
「で?3錠も舌下して、バイタルは?」
「大丈夫そうでした」
「大丈夫そうって何よ!バイタルはって聞いてんの!」
カナさんと僕の目が一瞬合って・・・怖かった。
「・・・それからは、測定していません」
「測定・・何を見るべきだった?」
「脈・・・」
「ニトロペンってあなた、何か知ってて?」
耐え切れず、僕は詰所を出た。後ろからNo.4の芝先生が追っかけてきた。
「ニトロペンってあんた、何か知ってるの?パシ!」
自分で自分の顔を叩いた。
「おいレジデント!今日は心カテが6例。そのうち2例のセカンドで入れ!グズグズするなよ!」
「は、はい」
「ホルター心電図の所見が50くらい貯まってるのと・・・あさっての講演会のスライド!山城先生発表用の!」
「あ、忘れてました」
「締め切りは今日!明日の朝7時にカンファだからな」
「そうでしたね・・・でも先生、医局のパソコン、調子悪いようで」
「だったら大学の、使わせてもらえ」
「大学へ?1時間は余裕でかかるし・・」
「甘えるな!早くから準備しないからだ!ああそれに!」
「?」
「今日はユキちゃんの誕生日だからな!絶対に出席だ!」
「それは・・?あ、山城先生の・・・」
「シッ!」
・・・そうだ。愛人って噂の・・・。
「一般内科病棟の主任さんですね」
「そうだ。プレゼント代、よこせ。お前は・・・5万でいい」
「5万?」
「出せ、早く。よし。晩の8時に。遅れるな」
カテ室の更衣室。
術衣に着替え、トイレに入った。同時に山城先生が入ってきた。
「おう。今日はしっかりな」
「はい」
「スライドは出来たか?」
「いえ・・それがまだ」
「・・・・・わしのオーダー通りにな」
「はい」
「それを芝にチェックしてもらって、奴がいいと言ったらな」
「・・・明日の早朝までですよね」
「ああ」
「・・・先生、今日の飲み会は・・」
「誕生パーティーか?お前の席ももう予約してるぞ」
「え?」
「金はMRが払う。表向きは勉強会としてやるんだからな」
「先生、自分は・・・」
「スライド作りは飲み会が終わってからやれ」
体育会系だな・・・。
芝先生によるアセチルコリン負荷。
「右冠動脈、アセチルコリンいきます」
僕はセカンドの役目として、正面のモニターを睨んでいた。
ST-T変化は・・・・ないか。最近、少し視力が悪くなってきたな。モニター見てるとその衰えが分かりやすい。
「造影!」
造影剤が射ちこまれた。全体的に冠動脈が狭小化している。
実際spasmかどうかは微妙なところだ。
「も1回・・・・造影!」
今度の造影ではさらに狭小化がみられる。♯2以降はほとんど見えない。
心電図は・・・ST上昇している。芝先生は落ち着いている。
「どうもないですか」
「ちょっと重たいなあ、胸が」
患者は答えた。
「あ!」
芝先生が慌てた。
「カテが・・・」
透視画面。カテーテルが抜けてしまっている。
「入れ直さないと」
芝先生は身を乗り出し、焦って入り口を探している。しかし・・・
「どこや、どこや・・・クソッ」
心電図はST上昇したままだ。僕はニトロールを用意している。
「芝先生、静脈からでは・・・」
「待て、うるさい!」
カテは入らない。入り口まで狭小化したのか?
モニター上、血圧が70mmHg台に。ガラス越しの小杉が立ち上がって腕組みしだした。
「ゆ、ユウキ、血圧見ろ。ニトロールは今は使うなよ」
「え、ええ」
「1回造影して、入り口探すか!」
とは言って造影したものの、入り口もよく分からない状況だ。
「痛くなってきた・・だんだん」
患者の訴えがひどくなってきた。
芝先生は冷静さを保とうとはしていた。
「大丈夫ですからねー」
声は震えていた。額、頬に大量の汗。
向こうから巨漢が現れた。芝先生がパッと顔を上げた。
「や、山城先生!抜けてしまいましてね!なかなかエンゲージ・・」
山城先生は無言で駆けつけ、片手で芝先生の腕をつかみ、体を数メートル後ろまで弾き飛ばした。
芝先生はバランスを崩し、後ろの処置台とともに床にガシャ−ンと叩きつけられた。
「ユウキ!DC近くに持ってきとけ!」
「は、はい!」
山城先生は細いサイズのカテーテルを挿入した。
「・・・・・入った」
とたん、モニターの波形が赤く点灯し始めた。
「VT、VT!おい!DCは?」
僕はDCを持ってきた。
「貸せ!」
山城先生が直接操作した。
「いくぞ!」
ズドンと電圧が放出された。患者が一瞬浮き上がる。
「戻ったな。ニトロール、冠注!」
しばらく沈黙が流れた。
「造影!」
冠動脈は・・・正常に造影された。
カテが終了し、再び更衣室。
「芝!あれは何だ!」
「誠に申し訳ありません!」
芝先生は正座し、うつむいていた。今度はこっちがスパズムっている。
「貴様はちょっと調子に乗るとこうだな」
「申し訳ございません」
「それとおい、お前!」
ギロっと僕の方に矛先が向いた。
「はい!」
「お前がカテーテル引っ張った可能性もあるんだぞ!」
「そ、操作中に・・ですか?」
「そうだ。その可能性もあっただろ?放射線部の奴もそう指摘してる」
「小杉・・・」
「芝!お前もそう思うだろ?」
芝先生はこちらを上目遣いで見た。が一瞬で目を逸らした。
「は、はい。確かにこれまでにも何回か。今回もそうかもしれません」
今回は、そんな覚えはないぞ。
「そらな。ま、共同責任だ。循環器はチームだからな」
山城先生は去っていった。芝先生はゆっくりと立ち上がった。スパズムは解除されたようだ。
「ゆ、ユウキ。スライド早く仕上げろよ。明日の朝5時、医局でオレに見せろ」
「は、はい・・・」
足早に芝先生は退散した。
「大変だったねー」
モップを抱えた小杉が横から声をかけた。
「山さんに、何て言われてたの?先生まで怒られてたようだけど?」
「・・さあな」
「お疲れー!」
彼の薄ら笑いの表情が気に入らず、僕も足早にカテ室を出た。
<つづく>
< フィフス・レジデント 9 同盟 >
2004年5月17日 連載バーのカウンターには6人ほど並んでいた。みんなキャーキャー言ってて、よく聞き取れない。
本田さんがどうやら彼女のリーダー格のようだ。
「あたしはどこに座れば?」
チビの子がサッと席を譲った。
「先輩、どうぞ!」
「うん」
「先生はその左・・こちらです!」
笑顔で元気な子だな。しかし、この子らが・・県でも屈指の病院の、しかも集中治療の第1線で働いている・・・。
チビちゃんは僕に何か話しかけそうだった。
「ど、どしたの?」
「この前は、夜中たたき起こして、ごめんなさい!」
「え?ああ、あのとき!」
あのときの子だったんだ。
「実はあたしも、眠かったんだー」
本田さんはタバコを取り出した。[下級生]がすかさず火をつけた。
「そうそう。あんたらせっかく優しい先生が来たんだから、粗末にしないように!」
「本田さん、いいんだよ」
「ダメダメ!新人らは特にね、こうやって厳しくしておかないとね!いざという時になったら困るでしょ!」
「そうだな・・」
「アンタ、どっちよ!」
どうやら少し酔ってきたようだ。
「あたしらはね、もうウンザリしてるの」
「何に?」
「態度の横柄な医者!あんたんとこの循環器!ゴマスリのイエスマン、ねずみ男!なかなかオペしない、外科!」
「イエスマン、なるほど」
「あんなの見てると、あたらしらもうやってけないよ」
「辞めようと思ったとか?」
「でね、もう辞めようって言ってたのよ、あたしら。みんなで一斉にね。そしたら先生が来たでしょ。あいつ等とは違うよね
。だからもう少しやってみようかなあって」
「へ、へええ」
「この病院の場合、先生がレジデントなのね。もう3年目なのにね。でもレジデントが実際のところ、この病院の番人なのよ」
「番人?僕が?」
「・・っていうくらい、よく呼ばれるってこと!」
「イヤだなあ」
「だから、あなたが中心になるの!」
「・・・・今までのレジデントは?」
本田さんだけでなく、一同がみな凍りついた。
「今までのレジデントは?みな半年で辞めたようだが」
「皆、それぞれ個性はあったんだけど。あのグループの中では耐えられなかったようね」
「・・・・・確かにしごきはキツい。人間的にもどうかと思う。しかしくやしいけど、診断・治療は見習うべきとこはある」
「そうよね。それは先生が吸収していけばいいのよ」
「?」
「で、先生があたしたちに教えてくれたらいいの。そうすれば高度な集中治療もしやすくなる」
「なるほど・・・ま、とりあえず皆と仲良くすればいいんだろ?」
「何よその言い方?まあ許すわ、今回のところは」
僕らは互いに握手を交わした。
夜中、無意識に手が伸びている。届いた。目覚まし時計。しかし、押しても押しても・・・不快なままだ。
なぜ不快なのか。うるさいからだ。さっきから聞こえているピーピー音が。
電気をつけて、番号を確認。
「・・・呼吸器病棟だ」
呼吸器病棟へ電話。周囲は暗い。真夜中のはずだ。しかし時刻は知りたくない。
「もしもし?」
「呼吸器病棟です。畑先生の患者さんで、72歳のおばあちゃんです。不穏が強くて」
「暴れてる?」
「抑制しようとしてもダメです。大きな声で叫んだりして」
「ちょっと待ってよ。僕の患者じゃない」
「えっ?でも・・・『主治医、出張中の呼び出しに関してはユウキ先生』、とカルテにはありますが」
「何だって?」
「とにかく来て下さい。ルートも入らないので」
「そんなの、聞いてないぞ・・・」
「畑先生は呼吸器の学会で4日ほど不在なもので」
「知らん知らん」
電話で粘ってもダメのようだ。
「分かった・・行きます」
「お願いします」
ふーっ、とため息を1回ついて・・・。
「行くか、しゃあないな!」
時計は、夜中の2時。
「わああああ!」
老女は頭をガンガンベッドの頭にぶつけながら暴れまくっていた。抑制はできているが上半身は自由
なので、何度も身を乗り出してくる。周囲の患者5名はみな怪訝悪そうに上半身を起こしている。
「看護婦さん、セレネースを」
「セルシンじゃないんですか?」
「慢性呼吸不全なんだろ、基礎疾患は?」
「さあ、それは私たちでは・・」
「もういい!さあ!」
「さあって・・?」
「筋注だよ!さあ早く!」
「せ、先生がしてくれないんですか?」
「君らがいっつもやってるだろ?」
「先生、こんなに暴れてるのに」
「僕がやるより・・!」
「男の方がされたほうが」
うまいこといいやがって・・。
「しょうがないなあ・・・」
ゆっくりと僕は近寄った。両手・注射器は背中に隠したままだ。
患者は一瞬、おとなしくなった。
みんなが注目している。それはどうだっていい。
ゆっくりと左肩に照準を合わせる。このまま服をサッとめくり、射ち込むだけだ。
左手で、袖をつまんで・・・。よし、射した!
「ぎゃああ!」
「な?」
患者は両腕をブルンブルン振り回した。注射器は刺さったままだ。
「あ、危ない!」
僕は回転翼の下にもぐりこんだ。刺さっていた注射器は天井に叩きつけられた。
「も、もう1本、こっちへ!」
ナースはもう1本のセレネース入り注射器を低空飛行で投げた。
「よし、つかんだ!」
しかし患者は上半身、暴れまくっている。エクソシストも真っ青だ。
「ならば・・・こうする!」
僕は床に寝転んだ状態から、斜め上の患者の尻めがけ、注射器を突っ込んだ。
「うわあ!」
「よし、退散退散!」
ナースのところへ戻った。
「先生、ちゃんと揉みましたか」
「そんなヒマあるか!」
「では先生、詰所へ」
「ああ」
「まだ山ほど指示いただきたいものがありますので」
「何だって?当直医は?」
「今日は放射線科の先生でして」
「ほ、ほうしゃせんかあ・・・」
「50半ばの先生です。何でしたら、その先生に」
「ま、待ってよ!」
「ではこれ。SpO2 88%の人」
「基礎疾患は?」
「・・・・・カルテの表紙にありませんでしたか?」
「そこの病名は必ずしも診断名ではないよ!」
「急性呼吸不全・・・」
「それは診断名じゃないだろ!」
「先生、そこまでは私達、分かりません!」
「・・・・・カルテはほとんど記入ないな。治療内容は?」
「点滴が1日3本」
「抗生剤は?」
「いってません」
「酸素が入っててSpO2 88%?」
「はい」
「何リットル?」
「経鼻で2です」
「これが胸部CTか。肺炎じゃないか」
「あ、内服があります。セフゾンだけです」
「さすが大学から来たばかりの先生だな」
「マスクに変えましょうか?」
「頼みます。抗生剤は点滴に変更・・・ロセフィンで。今のうちに喀痰培養を。細胞診も」
「それは日勤への指示でお願いします」
「なっ・・?」
「それと先生。38歳、気管支喘息」
「で?」
「息苦しくて眠れないと」
「内服は?」
「他院の分でして」
「だから内容は?」
「・・・持ってきます」
「入院したときに確かめないか?ふつう?」
「とにかく持ってきます」
「・・・・何なんだ、こいつら・・」
「先生。袋だけです。中身はもう数日前になくなったと」
「・・・今は何やってんの?」
「は?安静と・・精査と聞いてますが」
「あー・・頭イタイ。じゃ、音聞いてくるから。そのあと点滴の指示を出す」
「お願いしまーす」
瞬く間に夜が明けた・・・。
<つづく>
本田さんがどうやら彼女のリーダー格のようだ。
「あたしはどこに座れば?」
チビの子がサッと席を譲った。
「先輩、どうぞ!」
「うん」
「先生はその左・・こちらです!」
笑顔で元気な子だな。しかし、この子らが・・県でも屈指の病院の、しかも集中治療の第1線で働いている・・・。
チビちゃんは僕に何か話しかけそうだった。
「ど、どしたの?」
「この前は、夜中たたき起こして、ごめんなさい!」
「え?ああ、あのとき!」
あのときの子だったんだ。
「実はあたしも、眠かったんだー」
本田さんはタバコを取り出した。[下級生]がすかさず火をつけた。
「そうそう。あんたらせっかく優しい先生が来たんだから、粗末にしないように!」
「本田さん、いいんだよ」
「ダメダメ!新人らは特にね、こうやって厳しくしておかないとね!いざという時になったら困るでしょ!」
「そうだな・・」
「アンタ、どっちよ!」
どうやら少し酔ってきたようだ。
「あたしらはね、もうウンザリしてるの」
「何に?」
「態度の横柄な医者!あんたんとこの循環器!ゴマスリのイエスマン、ねずみ男!なかなかオペしない、外科!」
「イエスマン、なるほど」
「あんなの見てると、あたらしらもうやってけないよ」
「辞めようと思ったとか?」
「でね、もう辞めようって言ってたのよ、あたしら。みんなで一斉にね。そしたら先生が来たでしょ。あいつ等とは違うよね
。だからもう少しやってみようかなあって」
「へ、へええ」
「この病院の場合、先生がレジデントなのね。もう3年目なのにね。でもレジデントが実際のところ、この病院の番人なのよ」
「番人?僕が?」
「・・っていうくらい、よく呼ばれるってこと!」
「イヤだなあ」
「だから、あなたが中心になるの!」
「・・・・今までのレジデントは?」
本田さんだけでなく、一同がみな凍りついた。
「今までのレジデントは?みな半年で辞めたようだが」
「皆、それぞれ個性はあったんだけど。あのグループの中では耐えられなかったようね」
「・・・・・確かにしごきはキツい。人間的にもどうかと思う。しかしくやしいけど、診断・治療は見習うべきとこはある」
「そうよね。それは先生が吸収していけばいいのよ」
「?」
「で、先生があたしたちに教えてくれたらいいの。そうすれば高度な集中治療もしやすくなる」
「なるほど・・・ま、とりあえず皆と仲良くすればいいんだろ?」
「何よその言い方?まあ許すわ、今回のところは」
僕らは互いに握手を交わした。
夜中、無意識に手が伸びている。届いた。目覚まし時計。しかし、押しても押しても・・・不快なままだ。
なぜ不快なのか。うるさいからだ。さっきから聞こえているピーピー音が。
電気をつけて、番号を確認。
「・・・呼吸器病棟だ」
呼吸器病棟へ電話。周囲は暗い。真夜中のはずだ。しかし時刻は知りたくない。
「もしもし?」
「呼吸器病棟です。畑先生の患者さんで、72歳のおばあちゃんです。不穏が強くて」
「暴れてる?」
「抑制しようとしてもダメです。大きな声で叫んだりして」
「ちょっと待ってよ。僕の患者じゃない」
「えっ?でも・・・『主治医、出張中の呼び出しに関してはユウキ先生』、とカルテにはありますが」
「何だって?」
「とにかく来て下さい。ルートも入らないので」
「そんなの、聞いてないぞ・・・」
「畑先生は呼吸器の学会で4日ほど不在なもので」
「知らん知らん」
電話で粘ってもダメのようだ。
「分かった・・行きます」
「お願いします」
ふーっ、とため息を1回ついて・・・。
「行くか、しゃあないな!」
時計は、夜中の2時。
「わああああ!」
老女は頭をガンガンベッドの頭にぶつけながら暴れまくっていた。抑制はできているが上半身は自由
なので、何度も身を乗り出してくる。周囲の患者5名はみな怪訝悪そうに上半身を起こしている。
「看護婦さん、セレネースを」
「セルシンじゃないんですか?」
「慢性呼吸不全なんだろ、基礎疾患は?」
「さあ、それは私たちでは・・」
「もういい!さあ!」
「さあって・・?」
「筋注だよ!さあ早く!」
「せ、先生がしてくれないんですか?」
「君らがいっつもやってるだろ?」
「先生、こんなに暴れてるのに」
「僕がやるより・・!」
「男の方がされたほうが」
うまいこといいやがって・・。
「しょうがないなあ・・・」
ゆっくりと僕は近寄った。両手・注射器は背中に隠したままだ。
患者は一瞬、おとなしくなった。
みんなが注目している。それはどうだっていい。
ゆっくりと左肩に照準を合わせる。このまま服をサッとめくり、射ち込むだけだ。
左手で、袖をつまんで・・・。よし、射した!
「ぎゃああ!」
「な?」
患者は両腕をブルンブルン振り回した。注射器は刺さったままだ。
「あ、危ない!」
僕は回転翼の下にもぐりこんだ。刺さっていた注射器は天井に叩きつけられた。
「も、もう1本、こっちへ!」
ナースはもう1本のセレネース入り注射器を低空飛行で投げた。
「よし、つかんだ!」
しかし患者は上半身、暴れまくっている。エクソシストも真っ青だ。
「ならば・・・こうする!」
僕は床に寝転んだ状態から、斜め上の患者の尻めがけ、注射器を突っ込んだ。
「うわあ!」
「よし、退散退散!」
ナースのところへ戻った。
「先生、ちゃんと揉みましたか」
「そんなヒマあるか!」
「では先生、詰所へ」
「ああ」
「まだ山ほど指示いただきたいものがありますので」
「何だって?当直医は?」
「今日は放射線科の先生でして」
「ほ、ほうしゃせんかあ・・・」
「50半ばの先生です。何でしたら、その先生に」
「ま、待ってよ!」
「ではこれ。SpO2 88%の人」
「基礎疾患は?」
「・・・・・カルテの表紙にありませんでしたか?」
「そこの病名は必ずしも診断名ではないよ!」
「急性呼吸不全・・・」
「それは診断名じゃないだろ!」
「先生、そこまでは私達、分かりません!」
「・・・・・カルテはほとんど記入ないな。治療内容は?」
「点滴が1日3本」
「抗生剤は?」
「いってません」
「酸素が入っててSpO2 88%?」
「はい」
「何リットル?」
「経鼻で2です」
「これが胸部CTか。肺炎じゃないか」
「あ、内服があります。セフゾンだけです」
「さすが大学から来たばかりの先生だな」
「マスクに変えましょうか?」
「頼みます。抗生剤は点滴に変更・・・ロセフィンで。今のうちに喀痰培養を。細胞診も」
「それは日勤への指示でお願いします」
「なっ・・?」
「それと先生。38歳、気管支喘息」
「で?」
「息苦しくて眠れないと」
「内服は?」
「他院の分でして」
「だから内容は?」
「・・・持ってきます」
「入院したときに確かめないか?ふつう?」
「とにかく持ってきます」
「・・・・何なんだ、こいつら・・」
「先生。袋だけです。中身はもう数日前になくなったと」
「・・・今は何やってんの?」
「は?安静と・・精査と聞いてますが」
「あー・・頭イタイ。じゃ、音聞いてくるから。そのあと点滴の指示を出す」
「お願いしまーす」
瞬く間に夜が明けた・・・。
<つづく>
< フィフス・レジデント 8 脱出 >
2004年5月16日 連載 豪勢な懐石料理の店に、大きな長いテーブルが4つ。1つあたり20人くらい。それぞれ一般内科病棟、呼吸器科病棟、循環器病棟、ICU/CCUが占めている。外科系は隣の部屋で行われている。「歓迎会を兼ねた」新年度会だ。みんなおとなしく席について・・いるはずがない。一部の看護婦は会の前から既に酔いつぶれていた。何やらキャアキャア突付きあっている。
幹事の畑先生がスーツで現れた。
「えーみなさん、お静かに!それではこれより、県立病院の新歓コンパ!なんちゃって!歓迎会!兼!新年度会!を行います。エー、院長
先生はねー、今回もいろいろとご多忙中でしてぇー、山城先生も少々遅れるそうです。ではお酒のほう、廻りましたか?」
みんなビールをお互い注ぎあっている。僕はICU/CCUの中にうもれていた。働いて数ヶ月経つが、集中治療室の面々はほとんど素顔を見る
ことがなく、誰が誰かわからない。
「県病院の今後の発展を願って、乾杯!」
「乾杯!」
しばらくの間のあと、みなゆっくり席に腰を下ろした。
「その爪、伸びすぎ!」
右側のロングの結構かわいい子が声をかけてきた。アイドル顔の20前半といったところだろうか。
しかしこの声、以前に・・・。
「あたしよ!本田といいます!」
「・・・?ああ!CCUの患者のときの?」
ほとんど人違いといっていいほど、ガラッと印象が違ってた。その派手な服装や話し方からは、とてもあの働きぶりには結びつかない。
「どう?少しは慣れた?どうぞ」
「え?ああ、ありがとう・・。もういい、もういい」
「弱いの?」
「あまり強くは。というより、看護婦さんらは皆強いもので・・」
「甘えてるわね。この世界じゃ、弱い人間はバカにされるわよ」
「酒に・・かい?」
「酒だけじゃなくって。何でも。意見でも何でもよ。正しくなくても、自分の意見を通せる人が生き残れるの」
「それって、一番良くないと思うよ」
「知ってるよ、先生。この前のあの患者!」
僕の左側のショートの子が後ろに回り、肩を揉み始めた。この子もなかなか・・・。
「そおよ、先生!角といいます、よろしくね」
本田さんはムッと少しムキになった。
「ちょっと何?今はあたしの男よ!」
男?
「いいんです!先輩は休んでて!先生すごく凝ってる・・・!これはどう?」
後ろの子の胸がポカポカ背中に当たっている。こ、こんなこと、いいんだろうか・・・。
この2人はどうやら同じICU/CCUの先輩後輩だ。
「角ちゃん。あなたレポートは仕上げたの?」
「ちゃんと直したじゃないですかあ」
「いんや、この前とあまり変わってなあい!」
「先輩こわあい!先生に守ってもらおうっと」
その子はいきなり両腕を後ろから回してきた。
「ひ!」
「大事な話なんだから!どきなさい!彼氏に言いふらすわよ!」
本田さんはさらに後ろからズルズルと後輩の体を彼方まで引きずっていった。
そうか、彼氏、いるのか・・・。なんか残念だったりして。
本田さんはすぐに戻ってきた。
「ふう。あ、そうそう。さっきのハナシ!」
「腸間膜動脈閉塞・・・の?」
「そうよ。外科がなかなかオペしてくれなかったんでしょ」
「そうなんだ。あれは参った」
「でも先生の押しもちょっと弱かったんじゃなくて?」
「押しが?」
「外科の先生のせいだけじゃなかったってこと。それに、一番迷惑こうむったのは患者さんよ」
「それは分かってる!反省はしてる!」
「次にそれを生かしてくれたらいいわ」
彼女は5杯目を一気に飲み干した。
何だい、えらそうに・・・。
「みなさん、静粛に!せいしゅくに!」
ネズミがまた出てきた。しかし今度の表情はどこか深刻だ。
「ただいま山城先生がいらっしゃいましたあ!」
急に周囲が静まり返った。
トン、トン、とゆっくり足音が聞こえる。コップの水面は・・揺れてなかった。
いつもの巨体がズンズンと重い足取りでやってきた。マフィアのボスさながらだ。
サングラスに角刈り。体重は100kgくらいあると聞く。しかし手先の器用さ、
頭脳は関西で指折りと聞いている。
「やあみなさん!僕ももう飲んでます!」
洪水のごとく笑いが巻き起こった。
「・・というのはさておき。新しいお荷物も迎えて、再出発ってところやな」
お荷物だと・・。僕以外にも数人の新入りがいるのに。
「荷物が重いなら、それなりの足跡が残せるはずや。だが今の現状で歩いていてはいかん。みんなにもいえることや」
あたりはシーンと静まったままだ。
「絶えず前進する気持ちを持ち続けることや。そのために勉強するし、遅くまで残るし、夜中でも出てくる。そうすれば
おのずと、患者さまは増えてくる、早く退院できる、また来てくれる」
ネズミは感動して少しすすり泣きしているようだ。
「今年の上半期の売り上げは昨年を上回った。これもみんなのおかげや。みんながおるからわしもおる。こうして飲ませてもらって
家に帰ることもできる」
この人のカリスマ性が・・なんとなく分かるような気がする。
山城先生が座り再びにぎやかになったが、人が少しずつ散らばり始めた。メインのイベントは終わったっていうことか。
「さ、先生、これからよ」
「なに?」
本田さんがこう誘うのは、嫌な気はしなかった。
「カラオケよ!夜通し歌うのよ!」
「ボックスかい?」
「カウンターよ。1時間で1人1曲ってとこかなあ」
「この大勢で?」
「あたしたちICU/CCU軍団に決まってるじゃない!それに・・2次会からがホントの飲み会よ!」
向こうから星野先生が呼んでいる。これまた病棟の女性陣にからまれている。
「ユウキ!循環器病棟のナース軍団と、『あさひ』へ集合だ!9時!遅れるな!」
本田さんはおかまいなしだった。
「無視無視、あんなの!」
「し、しかし」
「どうせ朝になったら忘れてるわよ」
本田さんに引っ張られるまま、僕らは階下へと向かっていった。彼女は携帯を取り出した。
「準備できたわ。タクシーで行く」
ピーと彼女は電話を切った。
「乗るわよ。あなたは前」
「?」
飲み屋の目の前にタクシーが1台、ちょうど止まった。雪崩のように乗り込んだ。
「『RETRO』まで急いで!」
タクシーはゆっくりと加速しだした。あまりの速い展開に僕は言葉もなかった。
「本田さん・・・他の人は?」
「みんなとっくに向こうに着いてるわよ」
「え?でもあと何人も残って・・」
「甘いわね」
「?」
「私たちの中にでも、派閥はあるのよ」
「派閥が?」
「女ってね、3人以上集まると、もう仲間はずれができちゃうのよ」
「・・・男は、僕だけ?」
「そ。あなたラッキーよ。みんなの同意で、あなただけ連れてくることになったの」
「そりゃ、光栄だなぁ」
「そのかわり!ちょっとでも手、出すようなマネしたら・・・!」
彼女のその表情自体、十分いやらしかった。
<つづく>
秘密日記あり
幹事の畑先生がスーツで現れた。
「えーみなさん、お静かに!それではこれより、県立病院の新歓コンパ!なんちゃって!歓迎会!兼!新年度会!を行います。エー、院長
先生はねー、今回もいろいろとご多忙中でしてぇー、山城先生も少々遅れるそうです。ではお酒のほう、廻りましたか?」
みんなビールをお互い注ぎあっている。僕はICU/CCUの中にうもれていた。働いて数ヶ月経つが、集中治療室の面々はほとんど素顔を見る
ことがなく、誰が誰かわからない。
「県病院の今後の発展を願って、乾杯!」
「乾杯!」
しばらくの間のあと、みなゆっくり席に腰を下ろした。
「その爪、伸びすぎ!」
右側のロングの結構かわいい子が声をかけてきた。アイドル顔の20前半といったところだろうか。
しかしこの声、以前に・・・。
「あたしよ!本田といいます!」
「・・・?ああ!CCUの患者のときの?」
ほとんど人違いといっていいほど、ガラッと印象が違ってた。その派手な服装や話し方からは、とてもあの働きぶりには結びつかない。
「どう?少しは慣れた?どうぞ」
「え?ああ、ありがとう・・。もういい、もういい」
「弱いの?」
「あまり強くは。というより、看護婦さんらは皆強いもので・・」
「甘えてるわね。この世界じゃ、弱い人間はバカにされるわよ」
「酒に・・かい?」
「酒だけじゃなくって。何でも。意見でも何でもよ。正しくなくても、自分の意見を通せる人が生き残れるの」
「それって、一番良くないと思うよ」
「知ってるよ、先生。この前のあの患者!」
僕の左側のショートの子が後ろに回り、肩を揉み始めた。この子もなかなか・・・。
「そおよ、先生!角といいます、よろしくね」
本田さんはムッと少しムキになった。
「ちょっと何?今はあたしの男よ!」
男?
「いいんです!先輩は休んでて!先生すごく凝ってる・・・!これはどう?」
後ろの子の胸がポカポカ背中に当たっている。こ、こんなこと、いいんだろうか・・・。
この2人はどうやら同じICU/CCUの先輩後輩だ。
「角ちゃん。あなたレポートは仕上げたの?」
「ちゃんと直したじゃないですかあ」
「いんや、この前とあまり変わってなあい!」
「先輩こわあい!先生に守ってもらおうっと」
その子はいきなり両腕を後ろから回してきた。
「ひ!」
「大事な話なんだから!どきなさい!彼氏に言いふらすわよ!」
本田さんはさらに後ろからズルズルと後輩の体を彼方まで引きずっていった。
そうか、彼氏、いるのか・・・。なんか残念だったりして。
本田さんはすぐに戻ってきた。
「ふう。あ、そうそう。さっきのハナシ!」
「腸間膜動脈閉塞・・・の?」
「そうよ。外科がなかなかオペしてくれなかったんでしょ」
「そうなんだ。あれは参った」
「でも先生の押しもちょっと弱かったんじゃなくて?」
「押しが?」
「外科の先生のせいだけじゃなかったってこと。それに、一番迷惑こうむったのは患者さんよ」
「それは分かってる!反省はしてる!」
「次にそれを生かしてくれたらいいわ」
彼女は5杯目を一気に飲み干した。
何だい、えらそうに・・・。
「みなさん、静粛に!せいしゅくに!」
ネズミがまた出てきた。しかし今度の表情はどこか深刻だ。
「ただいま山城先生がいらっしゃいましたあ!」
急に周囲が静まり返った。
トン、トン、とゆっくり足音が聞こえる。コップの水面は・・揺れてなかった。
いつもの巨体がズンズンと重い足取りでやってきた。マフィアのボスさながらだ。
サングラスに角刈り。体重は100kgくらいあると聞く。しかし手先の器用さ、
頭脳は関西で指折りと聞いている。
「やあみなさん!僕ももう飲んでます!」
洪水のごとく笑いが巻き起こった。
「・・というのはさておき。新しいお荷物も迎えて、再出発ってところやな」
お荷物だと・・。僕以外にも数人の新入りがいるのに。
「荷物が重いなら、それなりの足跡が残せるはずや。だが今の現状で歩いていてはいかん。みんなにもいえることや」
あたりはシーンと静まったままだ。
「絶えず前進する気持ちを持ち続けることや。そのために勉強するし、遅くまで残るし、夜中でも出てくる。そうすれば
おのずと、患者さまは増えてくる、早く退院できる、また来てくれる」
ネズミは感動して少しすすり泣きしているようだ。
「今年の上半期の売り上げは昨年を上回った。これもみんなのおかげや。みんながおるからわしもおる。こうして飲ませてもらって
家に帰ることもできる」
この人のカリスマ性が・・なんとなく分かるような気がする。
山城先生が座り再びにぎやかになったが、人が少しずつ散らばり始めた。メインのイベントは終わったっていうことか。
「さ、先生、これからよ」
「なに?」
本田さんがこう誘うのは、嫌な気はしなかった。
「カラオケよ!夜通し歌うのよ!」
「ボックスかい?」
「カウンターよ。1時間で1人1曲ってとこかなあ」
「この大勢で?」
「あたしたちICU/CCU軍団に決まってるじゃない!それに・・2次会からがホントの飲み会よ!」
向こうから星野先生が呼んでいる。これまた病棟の女性陣にからまれている。
「ユウキ!循環器病棟のナース軍団と、『あさひ』へ集合だ!9時!遅れるな!」
本田さんはおかまいなしだった。
「無視無視、あんなの!」
「し、しかし」
「どうせ朝になったら忘れてるわよ」
本田さんに引っ張られるまま、僕らは階下へと向かっていった。彼女は携帯を取り出した。
「準備できたわ。タクシーで行く」
ピーと彼女は電話を切った。
「乗るわよ。あなたは前」
「?」
飲み屋の目の前にタクシーが1台、ちょうど止まった。雪崩のように乗り込んだ。
「『RETRO』まで急いで!」
タクシーはゆっくりと加速しだした。あまりの速い展開に僕は言葉もなかった。
「本田さん・・・他の人は?」
「みんなとっくに向こうに着いてるわよ」
「え?でもあと何人も残って・・」
「甘いわね」
「?」
「私たちの中にでも、派閥はあるのよ」
「派閥が?」
「女ってね、3人以上集まると、もう仲間はずれができちゃうのよ」
「・・・男は、僕だけ?」
「そ。あなたラッキーよ。みんなの同意で、あなただけ連れてくることになったの」
「そりゃ、光栄だなぁ」
「そのかわり!ちょっとでも手、出すようなマネしたら・・・!」
彼女のその表情自体、十分いやらしかった。
<つづく>
秘密日記あり
< フィフス・レジデント 7 感情 >
2004年5月14日 連載0時すぎのCCU。ナースが声をかけた。
「先生、オペ室から連絡です。至急来てくれと」
「わかった」
僕は着替えてオペ室へ。
オペ台の患者右側に澤田先生、左に3年目の村中先生。麻酔科の先生も。
「あ、ありがとうございます・・・」
「ご覧の通りだ」
澤田先生は勝ち誇ったように腕組みをした。術野を覗き込むと・・・
「わかったのかね、ユウキ先生」
「・・・いいえ」
「ハン・・・!あのね、これ、腸よ。全部。分かる?」
「ええ、それは」
「これ見てみ。真っ黒や」
「ええ・・・そんなに・・・」
「腸の3分の1が壊死。動脈の閉塞だ。壊死組織ごと切除したいところだが」
「・・・・・」
「侵襲が大きすぎる。こんなに進行しているし、閉じるほかない」
何の反省もみられてない様子だ。それが悲しい。
「君の電話の話じゃあ、まさかこんな病態だとは思わなかったよ。あれじゃ分からん」
下っ端のドクター・麻酔科も小刻みに頷いている。
「じゃ、閉じるぞ!今後は内科で保存的に!」
腹壁は閉じられた。
家族の前で、それら状況を説明した。
「・・・・じゃ、もう手立てはないっちゅうことか。そうなんやな?」
「ええ・・・」
「そうなんやな!」
「はい」
「そうか、わかった」
ご主人はゆっくり立ち上がり、外の廊下へ出て行こうとした。
「どちらへ?」
「子供が待ってるんや。まだメシも食わしてない」
「今は帰られないほうが」
「今、死ぬんか?」
「な・・・?」
「1時間くれや。ハラ空かしてるガキが3人おるんや」
「はい・・・」
「逃げはせんがな。戻ってくるさかい」
「す、すみません・・・」
この人はホントは・・・多分、かなり悲しいんじゃないだろうか・・・・。
ご主人は妻の顔をリザーバマスクごしに数秒見つめ、すぐ出て行った。
夜中の3時。2連続の徹夜はキツい。
「先生、SpO2が83%です・・・・先生・・・・・せんせい!」
「はっ?」
「寝てどうするんです?SpO2が83%!」
「あ、ああ。スマン。酸素は・・・」
「もう一杯一杯です」
「そうか・・・」
「先生、レスピは」
「人工呼吸器か・・・」
「挿管の準備は出来てますが・・・するんですか?」
「か、家族の・・・ご主人は?」
「まだ戻ってないんです」
「で、電話は・・・」
「電話はないそうです」
「電話がない・・・?」
「SpO2 77%・・・先生!」
「わかった。しよう。喉頭鏡を」
「そこにあります」
「あ、ああ・・・」
幸い、声門は確認しやすかった。
「チューブちょうだい・・・よし、入ったと思う。アンビューを!」
レントゲンで挿管チューブ位置を確認。
「ちょっと浅いな。3センチ押して」
ナースは素早くカフを緩めて若干押し込んだ。
「呼吸器はサーボがあったね。そのまま強制換気で」
指示出ししている最中、ご主人が戻ってきた。
「逝ってもうたんか?」
「勝手に入らないでください!」
ナースが怒った。しかし主人は動じてない。
「おい先生よ。そこまでしてアンタ、どうすんの?」
「・・・・呼吸が危うかったので」
「呼吸、してるやないか」
「これは機械の呼吸で」
「・・いや、合間に自分の呼吸、出てるぞ。むしろ息苦しいんとちゃうんか」
「自分の呼吸もあるのですが。しかしそれでは十分でないのです」
「・・・・・子供は寝かしてきた。親戚のばあさんにも頼んできた」
「・・・・・」
「オイ!なんとか言えや!」
「な、何を?」
「こいつはしぶとい!絶対死なへんのや!オーイ!」
ナースがまた走ってきた。
「やめてください!患者さんたちが起きます!」
「しっかりせんか、コラァ!」
「け、警察を・・!」
「・・・・・わかったわかった。出とく」
朝の6時。モニターは徐脈傾向だ。カリウムは上昇していた。カルチコール・メイロン・陽イオン交換樹脂、G-I、すべて効果はない。
「腎不全で無尿にもなってる・・・。これじゃカリウムを細胞にただ押し込んでるだけだ」
SpO2も下がり始めた。モニターの脈も30台に。
「・・・ご主人を、こちらに」
「・・・・」
ナースは無言で立ち去り、主人を連れてきた。
「心臓・・・止まったのか」
ご主人はみるみる、おそるおそるモニター・本人を交互に見ていた。
「いえ・・・しかし、もう」
「26・・・・22・・・脈か、あれが」
「そうです」
「14・・・薬入って・・・これか」
「はい。もう手段が」
「・・・・・」
モニターはフラットに移行した。
しばらく沈黙が流れた。
僕は宣告しなきゃいけなかったが・・・。
「・・・・・」
「止まった・・・?先生、止まったのか?」
「はい・・・・・・と、止まりました・・・今」
固い表情だったご主人の表情が一瞬のうちに崩れた。
「か、カンニンや!カンニンや!ゴメンな、ゴメンな!まさか、わし・・・わし!」
僕は怒りで悔しかった。その怒りは、他へだけではなかった。
外はかなり明るい。子供たちはやがて眠りから覚めてしまい、このことを知らされるのか・・。
伝える人間はどうする?僕だったら耐えられない。
死後の処置を終え、カルテに記憶していた範囲の処置を記入した。
「・・・・・永眠」
死亡診断書を記入。死亡原因・・・腸間膜動脈閉塞症・・・その原因・・・・
僕は手が一瞬止まった。理性が抑えた。
「原因は・・・・・ふ、不明・・・!」
地下で見送りを終えると、もう朝の9時になっていた。
「そうだ。今日は・・・日曜日だ」
妙な開放感に包まれた。
『君には感情はあるのか?』
気持ちを無視しながら、受付の横を通り過ぎる。
玄関先に出ると、また雨が降っている。
「雨か・・・イヤだな」
手をかざして後ろを振り向くと、老婆が1人と、小さな子供がカッパを羽織って立っていた。
脱ぎながらしずくをパタパタと振り下ろしている。
僕は手をかざしたまま雨に濡れていた。そして・・・ただひたすら・・・歩いた・・・。
<つづく>
「先生、オペ室から連絡です。至急来てくれと」
「わかった」
僕は着替えてオペ室へ。
オペ台の患者右側に澤田先生、左に3年目の村中先生。麻酔科の先生も。
「あ、ありがとうございます・・・」
「ご覧の通りだ」
澤田先生は勝ち誇ったように腕組みをした。術野を覗き込むと・・・
「わかったのかね、ユウキ先生」
「・・・いいえ」
「ハン・・・!あのね、これ、腸よ。全部。分かる?」
「ええ、それは」
「これ見てみ。真っ黒や」
「ええ・・・そんなに・・・」
「腸の3分の1が壊死。動脈の閉塞だ。壊死組織ごと切除したいところだが」
「・・・・・」
「侵襲が大きすぎる。こんなに進行しているし、閉じるほかない」
何の反省もみられてない様子だ。それが悲しい。
「君の電話の話じゃあ、まさかこんな病態だとは思わなかったよ。あれじゃ分からん」
下っ端のドクター・麻酔科も小刻みに頷いている。
「じゃ、閉じるぞ!今後は内科で保存的に!」
腹壁は閉じられた。
家族の前で、それら状況を説明した。
「・・・・じゃ、もう手立てはないっちゅうことか。そうなんやな?」
「ええ・・・」
「そうなんやな!」
「はい」
「そうか、わかった」
ご主人はゆっくり立ち上がり、外の廊下へ出て行こうとした。
「どちらへ?」
「子供が待ってるんや。まだメシも食わしてない」
「今は帰られないほうが」
「今、死ぬんか?」
「な・・・?」
「1時間くれや。ハラ空かしてるガキが3人おるんや」
「はい・・・」
「逃げはせんがな。戻ってくるさかい」
「す、すみません・・・」
この人はホントは・・・多分、かなり悲しいんじゃないだろうか・・・・。
ご主人は妻の顔をリザーバマスクごしに数秒見つめ、すぐ出て行った。
夜中の3時。2連続の徹夜はキツい。
「先生、SpO2が83%です・・・・先生・・・・・せんせい!」
「はっ?」
「寝てどうするんです?SpO2が83%!」
「あ、ああ。スマン。酸素は・・・」
「もう一杯一杯です」
「そうか・・・」
「先生、レスピは」
「人工呼吸器か・・・」
「挿管の準備は出来てますが・・・するんですか?」
「か、家族の・・・ご主人は?」
「まだ戻ってないんです」
「で、電話は・・・」
「電話はないそうです」
「電話がない・・・?」
「SpO2 77%・・・先生!」
「わかった。しよう。喉頭鏡を」
「そこにあります」
「あ、ああ・・・」
幸い、声門は確認しやすかった。
「チューブちょうだい・・・よし、入ったと思う。アンビューを!」
レントゲンで挿管チューブ位置を確認。
「ちょっと浅いな。3センチ押して」
ナースは素早くカフを緩めて若干押し込んだ。
「呼吸器はサーボがあったね。そのまま強制換気で」
指示出ししている最中、ご主人が戻ってきた。
「逝ってもうたんか?」
「勝手に入らないでください!」
ナースが怒った。しかし主人は動じてない。
「おい先生よ。そこまでしてアンタ、どうすんの?」
「・・・・呼吸が危うかったので」
「呼吸、してるやないか」
「これは機械の呼吸で」
「・・いや、合間に自分の呼吸、出てるぞ。むしろ息苦しいんとちゃうんか」
「自分の呼吸もあるのですが。しかしそれでは十分でないのです」
「・・・・・子供は寝かしてきた。親戚のばあさんにも頼んできた」
「・・・・・」
「オイ!なんとか言えや!」
「な、何を?」
「こいつはしぶとい!絶対死なへんのや!オーイ!」
ナースがまた走ってきた。
「やめてください!患者さんたちが起きます!」
「しっかりせんか、コラァ!」
「け、警察を・・!」
「・・・・・わかったわかった。出とく」
朝の6時。モニターは徐脈傾向だ。カリウムは上昇していた。カルチコール・メイロン・陽イオン交換樹脂、G-I、すべて効果はない。
「腎不全で無尿にもなってる・・・。これじゃカリウムを細胞にただ押し込んでるだけだ」
SpO2も下がり始めた。モニターの脈も30台に。
「・・・ご主人を、こちらに」
「・・・・」
ナースは無言で立ち去り、主人を連れてきた。
「心臓・・・止まったのか」
ご主人はみるみる、おそるおそるモニター・本人を交互に見ていた。
「いえ・・・しかし、もう」
「26・・・・22・・・脈か、あれが」
「そうです」
「14・・・薬入って・・・これか」
「はい。もう手段が」
「・・・・・」
モニターはフラットに移行した。
しばらく沈黙が流れた。
僕は宣告しなきゃいけなかったが・・・。
「・・・・・」
「止まった・・・?先生、止まったのか?」
「はい・・・・・・と、止まりました・・・今」
固い表情だったご主人の表情が一瞬のうちに崩れた。
「か、カンニンや!カンニンや!ゴメンな、ゴメンな!まさか、わし・・・わし!」
僕は怒りで悔しかった。その怒りは、他へだけではなかった。
外はかなり明るい。子供たちはやがて眠りから覚めてしまい、このことを知らされるのか・・。
伝える人間はどうする?僕だったら耐えられない。
死後の処置を終え、カルテに記憶していた範囲の処置を記入した。
「・・・・・永眠」
死亡診断書を記入。死亡原因・・・腸間膜動脈閉塞症・・・その原因・・・・
僕は手が一瞬止まった。理性が抑えた。
「原因は・・・・・ふ、不明・・・!」
地下で見送りを終えると、もう朝の9時になっていた。
「そうだ。今日は・・・日曜日だ」
妙な開放感に包まれた。
『君には感情はあるのか?』
気持ちを無視しながら、受付の横を通り過ぎる。
玄関先に出ると、また雨が降っている。
「雨か・・・イヤだな」
手をかざして後ろを振り向くと、老婆が1人と、小さな子供がカッパを羽織って立っていた。
脱ぎながらしずくをパタパタと振り下ろしている。
僕は手をかざしたまま雨に濡れていた。そして・・・ただひたすら・・・歩いた・・・。
<つづく>
< フィフス・レジデント 6 いいや、わしが診る! >
2004年5月13日 連載 交換に電話。
「もしもし。一般内科の先生の携帯番号を・・・はい」
ダイヤル押すが・・・
「出ろ、出ろ・・・・ダメだ!」
病棟へ戻ろうとしたところ、CCUのナースに出くわした。手にメモしてた子だ。
「先生、ちょうどよかった」
「な、なに?今は・・」
「PTCA終わりました。その後の指示を・・・」
「今は無理だよ。他の先生に」
「他の先生方は飲み会に出かけました」
「そうか。今日は院長らと・・」
「まさか先生は行きませんよね」
「行けるわけないだろ?」
「さあ、CCUで指示を」
「ダメダメ!わっ?」
彼女は細い腕ながら僕の腕を引っ張っていった。
「私はいいのですが、患者様にご迷惑がかかりますので」
「もっと優先すべきことが・・」
「ICU・CCUが最優先です」
「あ、あまり時間ないんだよ」
「さ、これに書いてください」
「尿量指示・・・不整脈指示・・・」
「裏面もあります」
「はいはい・・・」
僕のポケベルが鳴った。
「あたしが出ます。病棟のようですね」
「おい、君が出て・・」
「ユウキ先生は処置中です。ご用件は・・・?・・・・・・・・・」
彼女の眼球が微妙に動いている。情報を解析しているようだ。
「・・・・・なるほど。でね、カナさん。聞いてよ。確かにICUはいっぱいだけど・・いつまであんたんとこの患者、うちで寝かせるつもりなの?」
しばらく沈黙があった。
「・・・その患者一般病棟へ戻します。その患者をここに移して。見殺しはイヤだしね。あたしが納得できない。管理?あなたのとこで?無理でしょ」
なんか、かなりヤばそうな雰囲気。
彼女は電話を切った。話の途中だったようだが。
「腹痛の患者さんをこっちへ移します」
「ほ、ほんとに?あ、ありがとう・・・」
「患者さんのためです」
「あ、ああ」
「澤田先生は診察を?」
「いや、それが・・」
「やっぱりな・・あいつ!」
彼女は暗記した番号を連打した。
「あたしだけど!先生!きちんと診て診断して!飲み会に行きたいのは分かるけど!外科部長に報告してもいいんですか!」
物凄い迫力だ。若干20代のこの華奢な子が・・・。
「ダメ!今すぐ!患者さんは急変してますよ!」
「・・・」
「これでよし。帰ってくる。じゃ先生、あとはお願いします。私は引継ぎがありますので」
か、かっこええ・・・。
やがて患者はICUへ転送された。夜勤は2人。2人で16人を診ている・・・。そのうち人工呼吸器は7台。一部は電気が消えた
部屋で、まるで都会のジャングルのように無数の光が点等し続けている。
澤田先生が走ってやってきた。
「・・・循環不全っぽいな。試験開腹しようにも、オペの適応自体、難しいな」
こいつ・・・!
そのとき、外から家族が入ってきた。患者のご主人だ。
「オイ!あんた外科の先生やってな!」
澤田先生はサッと身をかわした。
「ちょっと、勝手に入らないで下さい!」
「内科の先生も困っとるやないか!いったい腹んなかで何が起きてんねん!」
「そ、それはまだ分かってないんだから・・精神科の病気かもしれないし」
「精神科?腹はどうすんねや、ハラは!あんた外科なんやったら、腹開けて、病気見つけて取ってえな!それが仕事ちゃうんか?」
「手術自体、そう簡単にできる状態では・・・」
「家族の希望や。家族がそう言うてるやないか!」
「あなたね、そう言うけど・・・」
しかし澤田先生の言葉は詰まった。
「じゃあ、試験開腹・・いいでしょう。ただし、危険はかなり大きいですよ」
「わかっとるわ。アイツが危ないのは前からやねん。死んでもおかしないねん」
「い、いいんですかそんなこと」
「あいつの残した借金とか、オレが背負ったりとか、その後のことが問題やねん。さ、ハッキリさせてえや!」
オペ室の「手術中」が点灯した。
僕はCCUのAMIの患者のベッドサイドにいた。どうやら完全な右室梗塞にはいたってなかったようだ。処置が早くてよかった。
あとはカルテの記入。
「バルーンで右冠動脈の起始部を拡張・・・3回目で、狭窄率・・25%。今後は再狭窄予防で、ACEIも追加、と」
時計をみると、もう晩の11時だ。0時には指示済みの心電図を確認しないといけない。6時間ごとの指示が多いから、寝れるのはその間の時間
ということになる。だから循環器の医者は、いつでもどこでも寝れる医者でないと勤まらない。
「しまった。一般内科の病棟の回診も・・・」
立ち上がり、エレベーターへ向った。
一般内科の詰所はモニター音だけ。ナースは部屋回りだ。
患者はもう寝ている。とりあえず、今日オーダーの検査結果をチェックする。
「血糖が433mg/dl・・?しまった。指示を・・・」
高血圧精査で入院した患者が、高血糖。予測してなかった。ここまで高いとインスリンか、せめて内服の指示がいる。しかし患者は寝ている。
どうしたら・・・。カルテを覗くと、今日の日付が記入してある。
「山城先生の字・・・」
彼のチェックはすでに入っていた。
〔 BS 433mg/dl ← こんな高血糖をほおっておくな!スケール指示出しておく。 by YAMASHIRO 〕
やられた。
『しかし、患者には有益でした・・・。先生はもう限界なのでは?』
「いいや、わしが診る!」
<つづく>
「もしもし。一般内科の先生の携帯番号を・・・はい」
ダイヤル押すが・・・
「出ろ、出ろ・・・・ダメだ!」
病棟へ戻ろうとしたところ、CCUのナースに出くわした。手にメモしてた子だ。
「先生、ちょうどよかった」
「な、なに?今は・・」
「PTCA終わりました。その後の指示を・・・」
「今は無理だよ。他の先生に」
「他の先生方は飲み会に出かけました」
「そうか。今日は院長らと・・」
「まさか先生は行きませんよね」
「行けるわけないだろ?」
「さあ、CCUで指示を」
「ダメダメ!わっ?」
彼女は細い腕ながら僕の腕を引っ張っていった。
「私はいいのですが、患者様にご迷惑がかかりますので」
「もっと優先すべきことが・・」
「ICU・CCUが最優先です」
「あ、あまり時間ないんだよ」
「さ、これに書いてください」
「尿量指示・・・不整脈指示・・・」
「裏面もあります」
「はいはい・・・」
僕のポケベルが鳴った。
「あたしが出ます。病棟のようですね」
「おい、君が出て・・」
「ユウキ先生は処置中です。ご用件は・・・?・・・・・・・・・」
彼女の眼球が微妙に動いている。情報を解析しているようだ。
「・・・・・なるほど。でね、カナさん。聞いてよ。確かにICUはいっぱいだけど・・いつまであんたんとこの患者、うちで寝かせるつもりなの?」
しばらく沈黙があった。
「・・・その患者一般病棟へ戻します。その患者をここに移して。見殺しはイヤだしね。あたしが納得できない。管理?あなたのとこで?無理でしょ」
なんか、かなりヤばそうな雰囲気。
彼女は電話を切った。話の途中だったようだが。
「腹痛の患者さんをこっちへ移します」
「ほ、ほんとに?あ、ありがとう・・・」
「患者さんのためです」
「あ、ああ」
「澤田先生は診察を?」
「いや、それが・・」
「やっぱりな・・あいつ!」
彼女は暗記した番号を連打した。
「あたしだけど!先生!きちんと診て診断して!飲み会に行きたいのは分かるけど!外科部長に報告してもいいんですか!」
物凄い迫力だ。若干20代のこの華奢な子が・・・。
「ダメ!今すぐ!患者さんは急変してますよ!」
「・・・」
「これでよし。帰ってくる。じゃ先生、あとはお願いします。私は引継ぎがありますので」
か、かっこええ・・・。
やがて患者はICUへ転送された。夜勤は2人。2人で16人を診ている・・・。そのうち人工呼吸器は7台。一部は電気が消えた
部屋で、まるで都会のジャングルのように無数の光が点等し続けている。
澤田先生が走ってやってきた。
「・・・循環不全っぽいな。試験開腹しようにも、オペの適応自体、難しいな」
こいつ・・・!
そのとき、外から家族が入ってきた。患者のご主人だ。
「オイ!あんた外科の先生やってな!」
澤田先生はサッと身をかわした。
「ちょっと、勝手に入らないで下さい!」
「内科の先生も困っとるやないか!いったい腹んなかで何が起きてんねん!」
「そ、それはまだ分かってないんだから・・精神科の病気かもしれないし」
「精神科?腹はどうすんねや、ハラは!あんた外科なんやったら、腹開けて、病気見つけて取ってえな!それが仕事ちゃうんか?」
「手術自体、そう簡単にできる状態では・・・」
「家族の希望や。家族がそう言うてるやないか!」
「あなたね、そう言うけど・・・」
しかし澤田先生の言葉は詰まった。
「じゃあ、試験開腹・・いいでしょう。ただし、危険はかなり大きいですよ」
「わかっとるわ。アイツが危ないのは前からやねん。死んでもおかしないねん」
「い、いいんですかそんなこと」
「あいつの残した借金とか、オレが背負ったりとか、その後のことが問題やねん。さ、ハッキリさせてえや!」
オペ室の「手術中」が点灯した。
僕はCCUのAMIの患者のベッドサイドにいた。どうやら完全な右室梗塞にはいたってなかったようだ。処置が早くてよかった。
あとはカルテの記入。
「バルーンで右冠動脈の起始部を拡張・・・3回目で、狭窄率・・25%。今後は再狭窄予防で、ACEIも追加、と」
時計をみると、もう晩の11時だ。0時には指示済みの心電図を確認しないといけない。6時間ごとの指示が多いから、寝れるのはその間の時間
ということになる。だから循環器の医者は、いつでもどこでも寝れる医者でないと勤まらない。
「しまった。一般内科の病棟の回診も・・・」
立ち上がり、エレベーターへ向った。
一般内科の詰所はモニター音だけ。ナースは部屋回りだ。
患者はもう寝ている。とりあえず、今日オーダーの検査結果をチェックする。
「血糖が433mg/dl・・?しまった。指示を・・・」
高血圧精査で入院した患者が、高血糖。予測してなかった。ここまで高いとインスリンか、せめて内服の指示がいる。しかし患者は寝ている。
どうしたら・・・。カルテを覗くと、今日の日付が記入してある。
「山城先生の字・・・」
彼のチェックはすでに入っていた。
〔 BS 433mg/dl ← こんな高血糖をほおっておくな!スケール指示出しておく。 by YAMASHIRO 〕
やられた。
『しかし、患者には有益でした・・・。先生はもう限界なのでは?』
「いいや、わしが診る!」
<つづく>
< フィフス・レジデント 5 OCCLUSION >
2004年5月13日 連載 僕は早歩きでカテ室へ。
カテ室ではみんなが貧乏ゆすり状態で待っていた。
技師長は画面の前でふんぞりかえっている。
「やっと来た来た!」
「すみません。準備します」
知らない間に小杉がガウン着て物品を準備している。
「君こそ何人いるの?」
「・・・・・」
小杉は無視し、冷淡な表情で注射器、カテーテルをこちらに次々と手渡していった。
「一とおり、揃えました。フラッシュも。ではお願いします。横田先生、芝先生!」
2人は自動ドアから術衣・防護服で現れた。
「遅い!」
「タコ!」
この2人はいつもセットだ。
「じゃ、病棟へ戻っても・・・」
「ならん!」
横田先生はキッとにらみ付けた。
「お前が主治医だろ!」
「ええ。そうなんですが、急変がありまして」
「急変?お前が対応できるのか?」
「ハハハ」
芝先生が余裕の笑い。
「イレウスの人ですが、pHが低くて」
「静脈取ったんだろ?」
「ハハハ」
「いえ。あれは動脈です」
「ホントかー?」
「ハハハ」
「過換気で代償しているようで・・」
「アシドーシス・・・血糖は高くなかったよな」
「はい」
「腎不全もな?」
「はい」
「あとは・・・CPKも?」
「え?CPK・・・若干高かったと思いますが」
「若干?いいわけみたいな表現だな」
「400台だったと思いますが・・とにかく全検査、再検に出します」
「じゃ、そのことを山城先生に伝えて、許可をもらって来い」
やっとこさ病棟へ戻った。
片山さんがしかめっ面で待っていた。
「あ、来た」
「なんだよ?」
「しんどそうなんです。患者さんが」
「しんどいって、どんな?」
「さあ。とにかくしんどそうなんです」
「・・・?バイタルに変化が?」
重症部屋からカナさんが出てきた。
「努力様の呼吸ね。SpO2は99あるけど」
「採血の再検はいつ出る?」
「ICUに移したほうがいいんじゃないの?」
「そ、そうだな」
「うちは循環器病棟だしね。消化器自体、見るのは向いてないのよ!見るのなら先生が1人で診て」
「わあったよ。ICUにお願いする・・・もしもし・・・・カナさん、満床だ。ダメだ」
カナさんは腕組みし始めた。
片山さんが入ってきた。
「一般内科の先生、来られました」
「神よ、感謝します。ああ、先生!お忙しいところ!」
「データは見ました」
患者、はよ診てくれよ。
「・・・ふーん・・・」
気まずい沈黙が続く。
「・・・ふーん・・・採血の2回目分見ましたら、CPK増えてますね。2066」
「に、2066?」
「溶血ですかね?」
「いえ・・その割にGOTやLDHは上がってないし・・・」
「組織の壊死という可能性が高いですね」
「壊死?たしかに四肢の循環は悪そうですが・・」
「腸管の、ですよ」
「腸管の壊死・・・腸間膜動脈の・・」
「閉塞ですね」
「・・・大変だ。僕はてっきり精神疾患の関連かと・・薬剤の内服状況もいいかげんだったみたいだし」
「澤田先生に電話してください。これは外科でしょう」
「もしもし。澤田先生ですか」
「またお前か。患者は?」
「例の方ですが、どうやら腸間膜の動脈の閉塞が疑わしいと」
「なぜに?」
「アシドーシスがあるのと、CPKが上がってきてるのと。イレウスは2次的なものと」
「・・・オレな、夕方から講演会があるんや。もう時間がないからな」
「先生、一度診察を」
「診察はしただろが。それにオイ、精神疾患あるって話だろ?そっちの薬で上がってるんじゃないのか?」
「上がってるとは・・?」
「CPKだ。syndrome malineじゃないのか?」
「え?シンドローム・・・」
「アホ!悪性症候群だろが!」
「ああ、確かに・・・ありえますかね」
「もうちょっと教科書見てから人に相談しろ!」
電話は切られた。
「ユウキ先生!どうなったんですか!」
カナさんがかなり苛立って聞いてきた。
「もう申し送りもしないといけないし・・・!転院しかないでしょ!」
「転院だと?」
「ここでは見れませんよ!こんな重症!」
「シッ!聞こえるじゃないか・・・」
患者はペンタジンが効いているのか、うつろうつろしている。
「じゃあICUを空けてもらうよう、先生が直接頼んでください!」
「あれ?一般内科の先生は?」
「帰られました!」
「ちょっと待てよ・・・」
片山さんが叫んだ。
「SpO2・・・測定できません!血圧も・・触診で70mmHg!かなりの頻脈です!」
「そこの点滴・・・ポタを全開!プラズマネートカッターも!あれ?」
カナさんはガラス越しの向こうの廊下でかなり慌てふためいている。どうやら誰かに熱弁をふるっているようだ。
やがてドアが開いた。
「バカ野郎!」
山城先生だ。声が一瞬両耳に突き刺さった。
「カテの患者も見に来ずに、こんなとこで休憩か!」
「休憩?ち、違います」
「さっさと診断してもらったら、病棟移してもらえ!」
「それが・・意見が分かれてまして」
「何ィ?」
「一般内科の先生は腸間膜動脈閉塞、外科側は悪性症候群・・・」
「・・・で?お前の考えは?」
「・・・僕の?」
「お前が主治医だろ。他人に押し付けるな!」
「自分は・・・やはり試験開腹をお願いしたいと」
「で?外科はする必要がないって?」
「いえ、その・・・そこまでは聞いてなくて」
「どういうことなんや?クソ、この・・・」
山城先生はズンズンと歩み寄り、カルテ・写真を確認していった。
「これはまあ、少なくとも循環器は関係ない!」
「・・・・・」
「うちで診る必要はない!」
「では・・・一般内科で」
「しかないだろ。その先生にはお願いしたんだろうな?」
「いえ、それが・・・」
「もう夕方の5時だぞ!ドクターはどんどん着替えして帰ってるぞ!」
「ええ」
「早く追っかんかい!ボケ!」
急な階段を駆け下りて・・・医局は誰もいない。さっきの先生の白衣もすでにぶら下がっている。
「なんて速さだ・・・?」
<つづく>
カテ室ではみんなが貧乏ゆすり状態で待っていた。
技師長は画面の前でふんぞりかえっている。
「やっと来た来た!」
「すみません。準備します」
知らない間に小杉がガウン着て物品を準備している。
「君こそ何人いるの?」
「・・・・・」
小杉は無視し、冷淡な表情で注射器、カテーテルをこちらに次々と手渡していった。
「一とおり、揃えました。フラッシュも。ではお願いします。横田先生、芝先生!」
2人は自動ドアから術衣・防護服で現れた。
「遅い!」
「タコ!」
この2人はいつもセットだ。
「じゃ、病棟へ戻っても・・・」
「ならん!」
横田先生はキッとにらみ付けた。
「お前が主治医だろ!」
「ええ。そうなんですが、急変がありまして」
「急変?お前が対応できるのか?」
「ハハハ」
芝先生が余裕の笑い。
「イレウスの人ですが、pHが低くて」
「静脈取ったんだろ?」
「ハハハ」
「いえ。あれは動脈です」
「ホントかー?」
「ハハハ」
「過換気で代償しているようで・・」
「アシドーシス・・・血糖は高くなかったよな」
「はい」
「腎不全もな?」
「はい」
「あとは・・・CPKも?」
「え?CPK・・・若干高かったと思いますが」
「若干?いいわけみたいな表現だな」
「400台だったと思いますが・・とにかく全検査、再検に出します」
「じゃ、そのことを山城先生に伝えて、許可をもらって来い」
やっとこさ病棟へ戻った。
片山さんがしかめっ面で待っていた。
「あ、来た」
「なんだよ?」
「しんどそうなんです。患者さんが」
「しんどいって、どんな?」
「さあ。とにかくしんどそうなんです」
「・・・?バイタルに変化が?」
重症部屋からカナさんが出てきた。
「努力様の呼吸ね。SpO2は99あるけど」
「採血の再検はいつ出る?」
「ICUに移したほうがいいんじゃないの?」
「そ、そうだな」
「うちは循環器病棟だしね。消化器自体、見るのは向いてないのよ!見るのなら先生が1人で診て」
「わあったよ。ICUにお願いする・・・もしもし・・・・カナさん、満床だ。ダメだ」
カナさんは腕組みし始めた。
片山さんが入ってきた。
「一般内科の先生、来られました」
「神よ、感謝します。ああ、先生!お忙しいところ!」
「データは見ました」
患者、はよ診てくれよ。
「・・・ふーん・・・」
気まずい沈黙が続く。
「・・・ふーん・・・採血の2回目分見ましたら、CPK増えてますね。2066」
「に、2066?」
「溶血ですかね?」
「いえ・・その割にGOTやLDHは上がってないし・・・」
「組織の壊死という可能性が高いですね」
「壊死?たしかに四肢の循環は悪そうですが・・」
「腸管の、ですよ」
「腸管の壊死・・・腸間膜動脈の・・」
「閉塞ですね」
「・・・大変だ。僕はてっきり精神疾患の関連かと・・薬剤の内服状況もいいかげんだったみたいだし」
「澤田先生に電話してください。これは外科でしょう」
「もしもし。澤田先生ですか」
「またお前か。患者は?」
「例の方ですが、どうやら腸間膜の動脈の閉塞が疑わしいと」
「なぜに?」
「アシドーシスがあるのと、CPKが上がってきてるのと。イレウスは2次的なものと」
「・・・オレな、夕方から講演会があるんや。もう時間がないからな」
「先生、一度診察を」
「診察はしただろが。それにオイ、精神疾患あるって話だろ?そっちの薬で上がってるんじゃないのか?」
「上がってるとは・・?」
「CPKだ。syndrome malineじゃないのか?」
「え?シンドローム・・・」
「アホ!悪性症候群だろが!」
「ああ、確かに・・・ありえますかね」
「もうちょっと教科書見てから人に相談しろ!」
電話は切られた。
「ユウキ先生!どうなったんですか!」
カナさんがかなり苛立って聞いてきた。
「もう申し送りもしないといけないし・・・!転院しかないでしょ!」
「転院だと?」
「ここでは見れませんよ!こんな重症!」
「シッ!聞こえるじゃないか・・・」
患者はペンタジンが効いているのか、うつろうつろしている。
「じゃあICUを空けてもらうよう、先生が直接頼んでください!」
「あれ?一般内科の先生は?」
「帰られました!」
「ちょっと待てよ・・・」
片山さんが叫んだ。
「SpO2・・・測定できません!血圧も・・触診で70mmHg!かなりの頻脈です!」
「そこの点滴・・・ポタを全開!プラズマネートカッターも!あれ?」
カナさんはガラス越しの向こうの廊下でかなり慌てふためいている。どうやら誰かに熱弁をふるっているようだ。
やがてドアが開いた。
「バカ野郎!」
山城先生だ。声が一瞬両耳に突き刺さった。
「カテの患者も見に来ずに、こんなとこで休憩か!」
「休憩?ち、違います」
「さっさと診断してもらったら、病棟移してもらえ!」
「それが・・意見が分かれてまして」
「何ィ?」
「一般内科の先生は腸間膜動脈閉塞、外科側は悪性症候群・・・」
「・・・で?お前の考えは?」
「・・・僕の?」
「お前が主治医だろ。他人に押し付けるな!」
「自分は・・・やはり試験開腹をお願いしたいと」
「で?外科はする必要がないって?」
「いえ、その・・・そこまでは聞いてなくて」
「どういうことなんや?クソ、この・・・」
山城先生はズンズンと歩み寄り、カルテ・写真を確認していった。
「これはまあ、少なくとも循環器は関係ない!」
「・・・・・」
「うちで診る必要はない!」
「では・・・一般内科で」
「しかないだろ。その先生にはお願いしたんだろうな?」
「いえ、それが・・・」
「もう夕方の5時だぞ!ドクターはどんどん着替えして帰ってるぞ!」
「ええ」
「早く追っかんかい!ボケ!」
急な階段を駆け下りて・・・医局は誰もいない。さっきの先生の白衣もすでにぶら下がっている。
「なんて速さだ・・・?」
<つづく>