まるで心房細動などの不整脈のよう。スロークエイクという微小波。これが大地震の前兆として有用だという。実際、3.11の1か月前に見られていた。そして今回、南海トラフの下で微妙に動いている。ただ、プレートのストレスの発散という見方もあり(結局大地震に至らなかった例もあり)、肝心な解釈が結局のところどっちつかずになっている。
しかし、この地震は近いうち起こるものとして考えておくべきなんだろう。起こったとして、国がどう対応するのか・・には頼っていられない。これまでのことでもう分かってるはずだ。今のところとっさの反射神経と、常に考えるという習慣は大事にしておこう。
・・は、あまりおいしくない。職員はじめ病院の給食業者は、経営方針の1つの顔だ。肉食業者は、ある意味その最たるものだ。
孤独のグルメ風に紹介しよう。
今日は、なんかメディカルの紹介。名前はいいや。北風がふう。街角ピープル・・・吹いてくる。ああ、自宅の食事が恋しいよ!
病院の入り口。本日はもう終わりましたとさ。でも、俺の夜はこれからだっちゅうに。頼むよ、総理・・日本の今後を支えてくれるのは、あんただ。と、言いたいところだけど・・
(到着する救急車)
来てくれる患者さんらによって、支えられてるんだよね。この僕たち。当直させてもらってるって、意識を・・持て?持ったか?うん。
当直室へ誘導さる。なんて綺麗な部屋だ。なんてお世辞にも・・おっ。エロ本がたくさん。若かったこの頃の彼女たち。今頃、何してんだろな。
おっ。来ました来ました夕食が。今日も寝れない当直様の、夜のお友。どれ。ご飯は・・・固い。医師を尊敬しすぎての供え物ってか。そう思えば悪くない。神への奉物。パク。
おかずはまずこの、冷えた魚・・・おっと。骨が突き出てるが交わしはOK。さかなくんも、海での針刺し事故、気を付けましょうぞ。みそ汁の中には・・針はないな。汁が緑で胆汁のよう。はは、こんなときにでもオレは・・・。
これまた冷えたおでん。これもさっきのエロ女同様、以前はうまかったのよ、ってか。うん。旬は過ぎてる。でも、熟女も悪くはないかな。
ふ~。寝るとするか。よっ(イスで背伸び)。でも、何か物足りないな。ここは、ひとつ、将軍様に。
(カバンから取り出したカップめんに、お湯)
泊まり木の 水もしたたる カップMEN てか。
孤独のグルメ風に紹介しよう。
今日は、なんかメディカルの紹介。名前はいいや。北風がふう。街角ピープル・・・吹いてくる。ああ、自宅の食事が恋しいよ!
病院の入り口。本日はもう終わりましたとさ。でも、俺の夜はこれからだっちゅうに。頼むよ、総理・・日本の今後を支えてくれるのは、あんただ。と、言いたいところだけど・・
(到着する救急車)
来てくれる患者さんらによって、支えられてるんだよね。この僕たち。当直させてもらってるって、意識を・・持て?持ったか?うん。
当直室へ誘導さる。なんて綺麗な部屋だ。なんてお世辞にも・・おっ。エロ本がたくさん。若かったこの頃の彼女たち。今頃、何してんだろな。
おっ。来ました来ました夕食が。今日も寝れない当直様の、夜のお友。どれ。ご飯は・・・固い。医師を尊敬しすぎての供え物ってか。そう思えば悪くない。神への奉物。パク。
おかずはまずこの、冷えた魚・・・おっと。骨が突き出てるが交わしはOK。さかなくんも、海での針刺し事故、気を付けましょうぞ。みそ汁の中には・・針はないな。汁が緑で胆汁のよう。はは、こんなときにでもオレは・・・。
これまた冷えたおでん。これもさっきのエロ女同様、以前はうまかったのよ、ってか。うん。旬は過ぎてる。でも、熟女も悪くはないかな。
ふ~。寝るとするか。よっ(イスで背伸び)。でも、何か物足りないな。ここは、ひとつ、将軍様に。
(カバンから取り出したカップめんに、お湯)
泊まり木の 水もしたたる カップMEN てか。
非常勤先の病院をいくつも掛け持ちしたりする医師が増えているが、別にそれが悪いことは全然ない。ただ、最近みられる罠として注しておきたいことがある。
病院経営がどこも厳しくなってきて、さらに監査が入る。つぶれる病院には自ずと順番みたいなものがあるんだが、やはり人員不足が一番ごまかしようのないネックとなる。いやしかしそれへの対策もなくはない。
たとえば医局で医師の数が患者あたりでどうも足りないのに、なぜか運営面で問題になってないケースをみることがある。これは架空の医師による埋め合わせだ。よそで働いている医師の名を借りるケース(経営の身内が多い)、もう1つは・・・非常勤を常勤として(書類上)お借りするケースだ。
中でも非常勤医師の一時常勤化というのは稀ではない。1回こっきりのスポット勤務でも非常勤だから、利用できる。要はどうやってそれだけの医師、履歴書を集めれるかどうかだ。集めるためには、「今後お願いできれば」と1回のみ魅力的なコストで釣るときだ。履歴書が届いて勤務したことになれば、2回目からは断るだけで済む。
悪質だと思うが、役人が目を伏せている事実の1つだ。
職場のナースどもがよく話すことだが、たまにはお姫様扱いして欲しいという願望が女にはあるらしい。それは褒め言葉であったりプレゼントだという。思っているだけ、というのは反則のようだ。
いやいや、これは学生のとき思い知ったことだ。サークルで好きな子がいたとする。なんとなく接近しそうな位置にはいても、強引なアクションがなければ誰かに取られてしまう。その女は数年後、ある言い訳をする。「そうなら、そう言ってくれたらよかったのに」。言い換えれば「誘ってくれたらついて行ったのに」。確かな行動を、女は求めていたのか・・・!
まあでも確かに結婚したらそのうちオナラは出るし、遠慮もなくなる。しんどいしんどい、ため息も出る。真剣な相談ほどケンカになりがちに。避けるため第3者の話題。芸能人や他人の噂話になる。そのうち村社会になる。のは避けたい。
だからどうすれば、と考えたが・・・まああれだ。そのうちそのうち、と言ってたことを1つずつ実現していこう。
僕は、患者や家族や、とにかく病院に来てくれる人々に敬意を表する。実際、そんな言葉も出てしまう。「ありがとう!」といったテレビのようなさわやかなものでは決してなく、どことなく伏し目がちで内気なものだ。しかし伝えずにはいられない。
外来患者では(こんな暑いのに来てくれて)ありがとう、(こんなに待ってくれて)ありがとう、(仕事犠牲にして予定組んでくれて)ありがとう。
入院患者では(プラン通りに従ってくれて)ありがとう、(入院延長に協力してくれて)ありがとう、(そんな苦痛を我慢していたなんて)ありがとう。
患者家族では(駅でおみやげまで買ってくれて)ありがとう、(約束通り来てくれて)ありがとう、(ずっと付き添ってくれて)ありがとう。
しかし、それでもあちら側もそれをも超えて感謝してくれたりもする。(ずっと主治医でいてくれて)ありがとう。(病気を早めに見つけてくれて)ありがとう。(家に帰らせてくれて)ありがとう。
だが自分が最も感動して言葉すら失ったのはこれ。
「小学生の息子の参観日に行かせていただいて、ありがとう」。この患者さんは間もなく亡くなってしまった。それなのに、今も自分はつい自分のことから考えている。周囲への怒りに支配されつつ視野が狭くなる。まだまだだと痛感する。
ところで君は、先がないと分かったとき。感謝の言葉まで浮かぶだろうか。なら、いま何に感謝すべきか見直すといい。
外来患者では(こんな暑いのに来てくれて)ありがとう、(こんなに待ってくれて)ありがとう、(仕事犠牲にして予定組んでくれて)ありがとう。
入院患者では(プラン通りに従ってくれて)ありがとう、(入院延長に協力してくれて)ありがとう、(そんな苦痛を我慢していたなんて)ありがとう。
患者家族では(駅でおみやげまで買ってくれて)ありがとう、(約束通り来てくれて)ありがとう、(ずっと付き添ってくれて)ありがとう。
しかし、それでもあちら側もそれをも超えて感謝してくれたりもする。(ずっと主治医でいてくれて)ありがとう。(病気を早めに見つけてくれて)ありがとう。(家に帰らせてくれて)ありがとう。
だが自分が最も感動して言葉すら失ったのはこれ。
「小学生の息子の参観日に行かせていただいて、ありがとう」。この患者さんは間もなく亡くなってしまった。それなのに、今も自分はつい自分のことから考えている。周囲への怒りに支配されつつ視野が狭くなる。まだまだだと痛感する。
ところで君は、先がないと分かったとき。感謝の言葉まで浮かぶだろうか。なら、いま何に感謝すべきか見直すといい。
もちっとNo.1の意について
2013年8月10日 連載医師は20代ではその童貞っぽさが大事。30代では熱意が大事。しかし40代で人任せ・・というコースを選んではいけない。さっきも言ったが、あくまでアンチNo.1だ。No.1は制御できない。覚えておくように。
人任せすればするほど現場はやってくれるようになるが、その分現場はあなたの人当たりなどばかりを気にするようになる。彼らの話題は君の技術などではなく、あなたの機嫌。それだけだ。
「今日、先生どうだった?」「怒ってたよ」「挨拶、無視された」「笑ってた」現場から離れたら、こんなだ。すると周囲はそれを逆にコントロールするようになり・・・
「あ、先生もう帰る時間だな」「よし帰ったぞ!っしゃあ!」「あすは不在だヤッホー!」
いやいや、嫌われるとかそういうのではない。学校の「今日は自習!」あの緊張からの解放感だ。ギャップからもたらされる一種の快楽だ。No.1はどんないい人がなったとしても、行きつく先はある意味ギャップ・メーカーなのだ。なので、経営側にはto be or not to beの立場でしかない、ということだ。
今、楽をしている若者は・・・
2013年7月28日 連載社会の法則だと思うが、いま<楽>をしている人々は高齢者を除き、その後にツケをかぶる者ばかりだ。医療関係で働いていると、よく分かる。高見の見物をできる環境であれば、それがよく理解できる。いい人間は社会で良い貢献をすべきだが、まずはこの高見の環境に登れることが重要だ。そうでないと、社会そのものが分からない。やはり、学生のときは勉強していい点取っとくべきだろう。自分が無理だったとしても、子に伝えていくべきだ。
楽をしているタイプは、いろいろある。
・ 自分の<教祖>のイエスマン
つまり経営者側のイエスマンというわけだが、たしかに教祖に気に入られればかなりおいしい思いはできる。しかし、次の教祖はたいてい確執があった者が多く、それを機会に一気に追い詰められる可能性が高い。周囲に妬まれる立場だと、のちに内部告発される可能性も。
・ 給与以上に働かない
僕ら経営者側からすると、特に医師は年収以上を叩きだしているかどうかを重視する。というか、それさえ達成しない医師は居てもらう意味がない。代わりはいくらでもいますよ、なんてことを言われることになる。
・ 愛人に頼る者
女は金をくれる男性を頼り、男は若くて便利な女性を頼る。いずれにしても女の賞味期限が過ぎたり、男の収入が減ったときが全ての終焉だ。
・ 転々とする者
職場を転々とする者は、それ自体社会を見る目がないことの証拠だ。1回は<事故>であったとしても、2回目は自己責任だ。懲役として、長めに服すくらいの社会勉強が必要だ。
・自営に走る者
開業が悪いというわけではないが、動機はほとんど不純だ。いや、もちろん責められるものではないし僕にそんな資格はない。しかし、儲かると拡張事業や物件の買占めに走るのは例外がない。それらの価値は確実に下がり、その負債を必死で後の世代に残そうとするのが常だ。
・ 親の資産で食う者
そういった者の手元には通常<現金>がない。振る舞いが派手だからだ。いずれ相続のときに、税金と兄弟確執などで追い詰められるだろう。
・ 安易な職場へと変わる者
病院でも、楽なところはいくらでもある。偉そうにふんぞりかえれる。しかしこの社会、査定というものはされていて転職・開業などの際などは低く見積もられる。力がないと情報からも隔離されやすく騙されやすい、という1例だ。なのでこういう職場は最終章に位置したい。
・ フリーランスを謳う者
言葉はいいが、実は<完全非常勤>という内容だ。なのでそこには緩急(変化)もなく生活への考慮はしてくれない。そこでの存在は当たり前のもので、必然ですらない。まして体を害するなどした場合は割り切りで切られる。ミスが発生したときはかなり不利だ(詳しく言えんが)。30-40代が賞味期限だろう。
どうしても、描かなくてはいけない。
2013年7月28日 連載今年中に公開する作品は、きちんと最初から最後まで編集を終えたうえでのものとしたい。都会から田舎に戻ってどうなったか、そんな話だが・・・前述の山口の事件の背景のように、非情であり救いがない。救うのは、自分しかない。神をやたら祀り上げる<田舎>なのに、だ。
これまで描いたイジメや嫌がらせは些細なコメディーに過ぎず、<嫌なら逃げれる>ものばかりだ。現実は違う。追い詰められたところにも地獄があり、そこには戦う武器もない。では何を選択するのか・・・?山口の事件は<暴力>を選んでしまった。この対極が<自己破滅>だろう。
暴力か?破滅か?15年ほど前の自分・他医師の体験を参考に、淡々と描きたい。
こんな開業医は要注意だ
2013年7月12日 連載・ 患者の都合で来れないと怒る
・ 検査係がやたら検査をすすめる
・ 患者の見た目で検査内容を勧めてくる
・ ナースが紹介病院・ドクターを指定する
・ 検査が正常でも1剤投与でつなぐ医師
・ 息子・娘の病院にやたらと紹介
・ 新薬にやたら変更を迫る
・ 2~3か月処方
・ 情報提供書をしぶる・手抜き
・ 病因救命よりも在宅酸素などアイテムをすすめる医師
・ リハビリ機器購入をすすめるスタッフ
・ ものをくれる患者を優先する(順番など)スタッフ
こういったのは危険だ。金やノルマ、見栄がからんでいる。
向き合わずとも、付き合え。
2013年7月12日 連載そもそも高血圧や糖尿病など市場が大きい割に、病気そのものが減ってない背景がある。医学の進歩で病気を早期発見できている、という言い訳もあるだろうがとにかく大きな市場だ。製薬会社が目をつけないわけがない。成人病は開業医レベルで発見がしやすく、医師会も健診で囲いこむことができる。
その一方で、ガン関係の健診はおざなりだ。通常の健診ではガンの早期発見方法はお粗末だ。民間病院の僕からすると、何やってんだと言いたい内容だ。反面、金・時間のある一部の人々はこっそり人間ドックなど精密検査を受ける。多忙なサラリーマンは見過ごされやすくなるし、なにより日常での機会がない。
健康への関心が青天井の高齢者世代、その対極にある若者に負担が全部くる。医者らは決して、そんな国策に便乗することのないように。己の利益のために囲い込まず、責任もって生活ごと支えるつもりで付き合え。
職場が忙しくなると、敬語は邪魔だ。そりゃ目上との仕事は気を遣うが、それでも砕けた会話で進めたい。遠慮があると、そのプライドで言い直しがしにくい。
スタッフとだんだん慣れてきて日常会話するようになれば、会話の速度を速めていく。必要最小限の語彙で、日本的文章は多少無視。いろんなスタッフで練習だ。
「さっき60歳男性が来て。胸痛で心電図レントゲンや採血一通り異常なし。エコーするけど呼んでいい?じゃCTもとっとくわ。そんとき呼ぶわ」
(呼ぶわ、が2回ある。そのとき絶対来いよという強制力がある)
「先生、今日は当直違うよな。こんな人がいてね。DIC寸前ってとこ。こういう点滴いってんやけど。検査結果これよ。また見といてくれる?」
(こうやって、急がせ気味に宿題を出す。1人で考えさせた方が別のいい考えが出る。そのあと2人で閲覧)
「この前はありがと先生。やっぱ消化器がいて助かるわ。実は腹痛が来てね。これは一応やった。ここからが分からんのよー。今回も頼んでいい?」
(感謝→実は→本題→自分の無力さ表示→相手に使命感)
悪気は一切、ない。
自分はちょっと変わっていて、平穏無事な日々で済まさない。家庭はそうではないが、仕事ではそんなところがある。
たとえば、今日予定の検査がほとんどないとする。ほとんどの医師は医局にこもってしまうが、自分は別の仕事を掘り起こして周囲を忙しくさせる。突然のオーダー指示に周囲はヒンシュクだが、客観的にはアリだろう。もちろんその業務が自分を追い詰めることもあるだろうが、あくまで自分のキャパぎりぎりの選択だったかどうかの証明にもなる。
いや、確かにそれが一番難しい。自分のこれからすることがキャパ内なのか。それを越えそうならそこまで可能か。自分は「倒れるまでやった」と自慢する医師は信用してない。自分を知ってれば、研修時代でも患者にミスることはない(軽いのはのぞく)。
なんせ時間は限られている。時間いっぱいやって、その後は余力で片づける。料理とデザートの時間帯とでも言おうか。
前にも書いたが、ゴルフ場は医師のたまり場だ。もちろん弁護士なども来る。しかし、やはり医師の人口密度が高い。言い直すと、医師らとそれに群がるハイエナ共が実に多い。
でも、人との交流は刺激になることは間違いない。自分の知らないことをよく知ってる連中が集まるわけだから。それに頭脳明晰が多いのか、会話が楽しいし鈍くない。力関係はすぐにわかる。だらしないのが上で、気の利くのは下だ。
そこでは、ゴルフの出来自体は全く問題にならない。自分は違った文化に触れるために稀に出かけるが、みな罠にかかってしまう。巧みな言葉などではない。彼らの服、車、資産話・・・羨みよりも、一種悔しさのようなものに囚われる。本当の幸せとは何か。ここで見る、その反対側がそれだ。
さすがに全ての知識を頭には詰め込めない。アイパッドにご丁寧に知識の集大成という技もあるだろうが、そもそもいざというとき手は塞がる。知識の詰め込みは安心感があるからこそで、その引き出しはベツクチからだ。なので、デキない者はいざというときデキなくて、やたら<反省会>だけしっかりしている。
ここはなるべく便利な端末を利用したい。その端末とは、自分の字引となるような人間そのものだ。いやいや、百科事典のような医師ではなく、特定の専門が自分よりも早く引き出せる、しかもマメにアップデートな人材だ。自分の専門外領域の医師、薬局関係、検査関係。ここは、過去のつながりを大いに利用したい。
会う人、会う人を大事にしていれば、こういったネットワークがすぐにも呼び起こせる(相手は迷惑かもしれないが、そこは何かで返すということで)。
ゆとりの医師も含め、本当にインパクトある臨床経験をしたいなら1時間は残るゆとりを持っておきたい。コトは割と終了時間のそのあとに起こっていることが多い。始業開始の1時間前にも同じ意味を持たせたい。
なぜなら、始業と終了は病院はどこも共通しており、その時間帯が最も患者を断っている時間だからだ。病棟でも、引継ぎで盲目的になりやすい時間帯だ。もう帰るスタッフが、その直前に新患を診ようという態度になることは少ない。
患者側にもそんな心理があるのか、いざタイムリミットがあるとなぜかその時間にギリギリ間に合わない。朝だと始業前にすでに体調が悪かったり、終業後に悪化が始まったりする。で、双方とも放置によりいっそう病態が悪化する。
時間に余裕があればなるべく(口実作ってでも)居残り、そういった症例を<捕まえる>機会があるかもしれない、ということだ。
僕が思うに、少年の心は童心とは思ってない。なぜならそんな心は大人になったら日常的でないし、それだけでは危ういからだ。いや、確かに情熱的な人もいる。採算度外視で芸術に身を捧げる者もいるが、大衆に向けるとなるとビジネスが必要になる。そこはもう、業者のシステムができているので負債を背負うことが条件になる。
大人が持つべき少年の心はそんな利用されやすいものではなくて、いや好奇心でもなくて<従わない心>だと思われる。反抗期的な意味で、誰の追随もしないという頑固な心だ。しかし、どんなものかは新鮮に触れはする。魂に自分という引力があるかどうか。
大人になると、大半の者にその引力が失われてしまう。これは、楽になるために自らを任せてしまうのが発端だと思われる。仕方なく、というのもあるだろうが、代償は存在する。診療でも病態の解明などに疲れてきて、実際どこかで手を打ってしまうことも多いだろう。だとしても、流れに従ってしまったらそれは妥協にすぎない。
そうなると自分に自信が持てないと言われるが、自信があるからミスが起こるのだ。現に僕の周囲医師のトラブルは、みな自信に満ちていた結果引き起こされたものだ。なぜか・・・?自信に満ちると、(予想しうるはずの)全くの想定外が、全くの想定外(起こっても気づかない)になってしまうからだ。
あんまり<あれは詐欺だ、嘘だ>とか言ってると人間不信とか言われるが、正直いって不信は多いにこしたことはない。不信は必ずしも否定ではないからだ。それに、言葉で常に出さなければいいだけのことだ。
実は診療でもそうで、診断や治療で悩むときは何もかもを疑うことが重要になる。病態が1つでなくいくつかの集合体かもしれないし、医原性であったり情報ミスである可能性も。薬剤のロット問題、相互作用も。自分のすることに自信を持ちつつ、しかし改善まで疑いを緩めない。いや改善でも、その後の問題があるかもしれぬ。これができるかどうか。言葉にすると心ないが、正しい心があれば許可だろう。
自分は信念というものを持たないが、これがその理由でもある。
実は診療でもそうで、診断や治療で悩むときは何もかもを疑うことが重要になる。病態が1つでなくいくつかの集合体かもしれないし、医原性であったり情報ミスである可能性も。薬剤のロット問題、相互作用も。自分のすることに自信を持ちつつ、しかし改善まで疑いを緩めない。いや改善でも、その後の問題があるかもしれぬ。これができるかどうか。言葉にすると心ないが、正しい心があれば許可だろう。
自分は信念というものを持たないが、これがその理由でもある。
最近は<NISA>みたいなパッケージ商品が暗躍し始めている。素人に投資させて手数料をたくさん取られる、いつものシステムだ。不思議なことに、日本人は損しても割と平気だったりして複雑に揉めたりしない。そこを利用されている。
難しいことは自分も苦手だが、世の中の<頭がいい人間>というのは人を利用する人種らだ。十分練られた専門知識によって、素人を錬金術で騙す。騙されないためには、末端の位置に身を置かないことだろう。複雑さを理解する、そうすれば裏を見抜ける。これは、感覚的なものでもいい。
いや、まずは<他人に任せない>ことだろう。任せるというのは非常に楽だ。しかし、そもそも<任せてください>という名乗りが不自然だ。ボランティアじゃあるまいし。
医師ならなおさら分かるが、初対面の笑顔は必ず詐欺師、とでも覚えておけ。
カモにされないように。
2013年7月4日 連載現状ではあまり聞かない話だが、相続のときに最も困るのは・・・親の土地を引き継ぐにあたり、それにかかる相続税の支払いに関することだ。相続税は現金として振り込まねばならないから、子の実際の貯蓄額に依存することになる。もちろん親からの現金もあろうが、実際それは土地・物件という<一応>資産が主体であることが多いという。つまり、現金が<将来価値を増やすはず>のものとして物件に代えられているわけだ。
では、なぜその<親>たちはそこまで無計画な<資産>を残したのか・・?をたどると、継続すべき業務(開業存続の資金調達など)上で発生する追加融資のためだという。いや、必要でなくとも銀行は融資する。融資を断る実業家などいない。
なんでまた、こういったシステムが・・・?どうやら、大昔の<地租改正>がその始まりらしい。
驚くべきことに、こんな単純なことが知れ渡ってない。確実に価値の落ちる物件を銀行が与え、ワインのように持たせている。その事実はともかく、マスコミなどでは報じない。まあつまり、メディアを見る・読む人々が<カモ>だからなんだが。
地域に根差すとかいう言葉より以前に、その病院の周辺土地に詳しくなるのが有用です。ゆとりの方々がむしろ特異な分野だと思います。上司ら世代の医師らは雲の上みたいな存在が多く、病院・診療以外は知らなくても可みたいな考えが多いですが、君らはそこは柔軟なのではないでしょうか。
ネットに慣れ親しんだのなら自分もネット並みに便利であるべきで、病院周囲の環境を知ることで一般市民の生活観などを学ぶこともできます。単刀直入に言いますが、多くの医師は病気を治したいあまり、患者の都合を無視してよいと考えています。しかし、今はそんな時代ではないと思います。国がこんなですから、富を握る高齢者世代がこんなですから、僕らは人の日常まで考慮する必要があります。
さて病院周囲の土地ですが、基本的に近所の方が来ることになります。その近所を散策してみてください。すると患者さんに会ったりもします。仕事する人がいます。3人乗りの親子もいます。豪勢な家もあれば、ひしめく団地もあります。高層なのに階段がなかったりもする。スーパーが近くにない。などなど、生活の大変さや通院困難な理由なども分かってきます。
そう考えると、なんでこんな時間になって来た?とかガキみたいに思わないんですよ。