コベンジャーズ 第8話 やむなき特攻
2013年1月27日 連載僕が寝ていた廊下の真横、重症病棟詰所では何やら騒ぎが。大きな雷が落ちたという噂だ。そんなレム睡眠に惑わされつつ、無理やりな睡眠に集中する。モニターの音に乗せ、意識を逆集中。
「ううう・・・グー・・・ううう・・・グー」
そう厚くもない毛布に、ふと重力を感じたが・・・それはまた消えた。地震か?と思う感覚も。いや待て。閉じた目の上、明るさや暗さが反復するような。わざあざこの目を、開けないといかんのだろうか。
この、体が起きても寝ているような感覚。あれはそう。確か・・・あいつが亡くなる前。
暗い当直室の中で、僕はもうこれ以上呼び出しがないことを祈っていた。祈りは通じるときと通じないときがあるので、有効な気がした。しかし。
ピリリリリ!当直室の電話。3日徹夜はつらい。それもこれも、自分が引き受けてしまったからだ。2人医師が退職し、とたん人手が不足していた。そうだ。今日はせめて、意地をはるべきではなかったんだ。
「先生。手伝ってください」との電話。
「救急室か。ああ」割り切り、飛び起き。思うように動かない。この頃は患者家族からの心無い言葉などのショックもあった。心身ともに・・というやつだった。
救急室を開けると、患者ベッド2台。点滴もつながっている。
「これは誰が・・ああ!」
目の前で、トシ坊が一生懸命CVラインを入れている。どうやら、どうしても入らない。
「先輩すみません!どういてもラインが!要るんです!ラインが要るんです!」
泣きながら、手は血だらけ。モニターは徐脈。これはもう・・・いやいや。
そうか。俺は気づかない振りもしてたが・・・この男の居残りのおかげでなんとか今日まで眠れていたんだ。
「やってみる」手袋をし、そけい部の違う部位から穿刺。確かに血管を探す術自体なかったが・・・
「これだな!つなぐ!」点滴が急速に落ち始めた。トシ坊は感激した。
「やった!さすが先輩だ!ありがとうございます!」
「いや、俺は別に」
「ありがとうございます!」
そのトシ坊の横、スッと薄い影が現れた。事実と違うはずだが、こっちに話しかける。
「ほう。それがお前の親友か」
「親友かどうか。今はそう思う。先輩後輩でもな」
「友情に国境なしか・・・」
悪い気はせず、その残像に依存した。しかしやはり、意識の何かが変だ。
「お前の過労を彼が引き継いで、そのまま死んだというわけか?」
「いや・・・」
トシ坊は何度も頭を下げている。どうやら別々の事象が目の前で起こっている。
「いや・・・厳密にはそうでは。でもそうなのか」
「お前のせいで、とお前は思ってるわけだな」
「チクショウ!」
過去の記憶ながら、点滴の入ってるような気がする。いやそうだ。入ってるんだった。だが目が覚めてない。これはどういうことだ?
僕は目を閉じたまま、眼球をあちこち動かしていた。上から、山形が覗き込んでいる。
彼らの車両の中にいる。寝かされている。
山形は、シリンジをラインの横に・・さらに追加していく。
「もうちょっと足しとく」
「ふ、副院長。犯罪ゲス、これは犯罪ゲス・・・」
「お前も胃カメラのときとか、注入しただろが。鎮静剤くらい」
「これじゃまるで、自白剤・・・」
山形は感傷をやめ、本題に入った。
「ゲス。運転しろ。サツに見つからんようにな」
「へ、へい・・・」
「さて」エンジンがかかった病院裏。
「ユウ。お前の友人からのきってのお願いだ」
「友人・・トシ?お前は・・トシ坊なのか?」僕はあちこち探すように混濁していた。
「うん。教えて欲しいことがあるんだ」
山形はトシのキャラに合わせてか、子供っぽく話し始めた。
「真田病院の個人情報コマンドキー」
「い、いきなりだな・・・知ってるだろお前」
「かかりつけの患者さんが来るんだ。いま、開けたいんだ」
「個人情報なら、カルテを出せば。全員の情報は、いらんだろ」
「ユウさん。僕が、してあげてるんだよ?」
「うっ・・・」
山形は注入をいったん中止。
「ねえユウ・・ユウ!」
「はっ?ああ、ごめん」夢の中で、また寝るとこだった。
「僕がこれだけしてあげて、そんな番号すら教えてくれないなんて」
「わわ、わかった・・・」
山形は、ノートパソコンを展開。タイヤががたついており、テーブルが揺れる。
「コマンドキーは・・・エス・・・エー・・・・エヌ・・・」
「よしょし。エス、エー、エヌ・・・なんだ。はは、病院名そのままじゃねえか」
パチパチ、とパスワードが入力される。
「エー・・・ディー・・」
「そうだな」
「エー」
「やっぱり」
「違ったそこだけ。シー」
「なぬっ!」青ざめた。もうエンター押した。
画面は赤い警告と化した。
<アクセスエラーのため、24時間の入力を禁じます>
「ぬわあああ!」山形はパソコンを振り投げ、僕の左足を叩きついて地面に落ち分解された。
「うっ・・・」僕の前のトシ坊が消えた。横の残像も・・いや、これは今・・・今まさしくそこにある光景の一部らしい。足元にパンクしたタイヤの予感。ここは・・・どこなんだ。どの車。西暦何年だ?
顔だけ上げると、どうやら残像は車の助手席。運転席からはすすり泣く声。助手席の男がぼやいてる。さっきの声はこいつか。
「もしもし。もしもし!」額の血を拭いながら、山形は狂気した。
『あら・・・』女性の声。
「葉月!葉月ィ・・・」いきなり砕けたように、子供のように泣き出した。
『どうしたの・・・?山形先生』ついさっきまで、近くにいたはずの女性だ。ネコの目の。
「辞めるなんてよ。辞めるなんてよ」
『転職することになってね』
「ど、どこのキャバに?」
『おしえなーい!』
「なあ、今、会ってくれよ!」
『えっ?今・・・?』
山形には、もうすがるものがなかった。
「なあ、あんだけ店に入る前、付き合ってやったじゃねえかよ~ぉぉぉ」
『うーん・・でも同伴はね。仕事だし』
「お前に、何でもバラしてきたじゃねえか!」
『・・・・・・・・』
僕のほうは、やがて上半身に感覚が戻ってきた。しかしまだ、体が他人のようだ。横にあるアンプルは・・ドルミカムか。
「ドルミカムで、ドリームカムかよ。ちくしょう・・・」ダメだ。やっぱり起きれない。
各詰所でさんざん愚痴を叩かれ、ピザ屋の差し入れが間に合ったが・・・もちろんそれで埋め合わせになるわけがない。今日は20人ほどが入院したことになる。
重症対応の詰所は早々に断りが来て、次の詰所へと振り分けられる。重傷を抱える病棟ほど発言力があるので、経営する側は常にここの動向に影響される。
僕は重症病棟の廊下で、ベッドの上に起き上がった状態で腕を伸ばした。点滴バッグをもむ。ラインは長く伸びており、自分の手背の静脈へ。
「朝、起こしましょうかー?」詰所の奥からナースの声。
「いや。点滴終わったらアラーム鳴るんで。別にいい」頭上にPHSをかざす。「メシはこの点滴にするんで」
時間的には夜食だった。ところでPHSがつながる。
「事務当直?今日はもう、これ以上は無理だからな」
「救急車は、もう来ないと思いますが・・・」
「強制ゲート、閉めろ」
事務当直の若造は夜間マニュアルを手にし、手前のマイク近くのボタンをまさぐった。
「了解。ゲート、ゲート・・・・これか」
ポチッ、と赤いGボタンが押された。確かな実感。
ウィーン・・・と病院前の大駐車場の両端、巨大な高さ5メートルのゲートが闇を作っていく。これを占めることはよほどの非常時に限られる。今回は<搬入はこれ以上、物理的に無理>とのアピールだった。
駐車場内、動揺して急ブレーキしたベンツがあった。
「うわ!」
白衣を脱いだばっかりのやっさんの太った図体が思いっきり前のめった。
「なんだ!こんなこといきなりする奴は・・・」
ガシイン!とゲートは完全に閉まった。ライトだけぼんやり照らされる。
「ユウ!」
おもわず詰所の明かりを睨む。
これらの光景は、放置車両の隠しカメラから真珠会の院長室に転送されていた。深夜の1時だというのに、その院長室はアカアカと電気がついている。モニターを興味深く見ている院長の手は止まらなかった。かっぱえびせん、のせいで。
「ま、そうくるのはしごく当然の反応、とみた」
イヤホンからは警察無線。
「だが・・・」
<新世界方面、黒い救急車が病院の許可なく脱走。患者を搬送している模様。テロリストも視野に>
「ショーは、これしきでは終わらぬ」
ファンファンファン・・・とパトカーが全速で高速を突っ走る。ジグザグで、その興奮ぶりが分かる。標的までは、まだ時間がかかりそうだ。その標的を操る黒い救急車が、標的の先頭にいる。運転するゲスという下品なヤセ男が、ただひたすら真田病院へと向かう。
「山形先生!山形先生!キャバから電話でゲス!」
「あぁ?着いたか?」昼寝、いや夜寝を起こされた。
「キャバが、もう閉店しますがってゲス!」
「なにい?いかんいかん!女将と代われ!」
高速道路を下りた眼前、宝石のような夜景が散らばる。
「おい女将!誰のおかげでそこの経営が成り立ってる?そこのナンバーワンとのアフターもあるんだ!閉店はいかん!」
「先生!アフターはヘル・・ぎゃっ!」殴られ、やや車道が逸れた。
「俺は葉月が優先だ!あの女とだけ、やってない!」
『あいにく、葉月ちゃんは突然退職されて・・・』
「なんのために、こんなやな仕事やってんだぁ俺は!」
ゲスは知っていた。この男には、パチンコや株、それとこんなことにしか興味がなかった。ただゲス本人は、家族を養うための仕事だった。運転や接待などを、ただひたすらこなす毎日。悪に手を染めたつもりはない。でないと3人の幼い子供に申し訳ない。
「山形先生・・・もう病院、近いでゲス」
「クッソー!ついてねえついてねえ!どれも、これも~!」
直線の向こう、真田病院の看板が屋上に。ゲート部は暗く、よく分からない。
「山形先生。なんかこう・・・門が、ちょっと違うようなでゲス」
「肛門がどうしたぁ!」
ズアアッ!とパトカーの赤い煌きがビームのように飛んできた。
「ぎゃあでゲス!」
「ポリスメンだと?」
バックミラー、黒い救急車・パトカーいずれも入り乱れている。減速の兆しはない。すべて山形次第だ。彼は携帯をかけた。
「院長!ちょっと塩沢院長!」
『真夜中に、何の騒ぎでござるかな』
ファンファンファン、と何やら警告文もあり。だが外の風などで聞き取れない。それほどスピードが速い。
「く、口裏を合わせてくれ。な、頼む。パトカーが!」
『ほう』
「患者の搬送。ん、患者の搬送なんだ。な!」
塩沢は、かっぱえびせんの袋の中をまさぐった。もうない。仕方なく、掌を舐めた。
「GPSでは、貴官はもう病院の直前におられる。したがって」
「し、したがって・・・?」運転のゲスの額に、新しい汗。
「やめられぬ。止まらぬ」ポリポリ、と塩を噛む。
「と、止まらぬ?へいでゲス!」
アクセルを踏んだ。正気に戻った山形の太い腕がハンドルを奪いにかかる。
「やめんか!」
「ギャアア!」
後ろの車両も走行に夢中で、ヤバいと思ったときはすでに・・・ブレーキは間に合わなかった。
「(大勢)うわあああああ!」警察無線。塩沢はその音響でイヤホンを放り投げた。
「バカめが。我らは医師。患者を傷つけるつもりなど」立ち上がる。モニター消す。
「(大勢)ぎゃああああ!」
「毛頭ござらん」タイムカード、消灯。
真田病院前、T字交差点。運良くか車両のない道路にパトカー、黒救急車が1台ずつ投 げ出されてきた。ただ先頭の1台だけが、これも運良しか電柱の手前でターンし横突した。
ほかの車両は5転、6転・・・原型を崩しながら次々と横転。4、5台がゲートへと追突していく。放置自転車も巻き込まれ、無数のタイヤがぶちまけられた。一瞬のうち、T字交差点が地獄絵図と化した。
山形は口の近くのぬるま湯に気づき目を覚ました。
「血・・・!ひっ!」
横のゲスは保身放心状態で横を見ている。山形をでなく、散乱した車両たち。いや、どうやら患者は乗せてなかったようだ・・・。それを見届けていた。パトカーのあれだけのサイレンが、もうどこにもない。
「ふ、ふく院長・・・わしら。わしら捕まるんでゲスか?」
「しょ、正面は閉鎖か・・・!」
「か、患者はいないでゲス!」
「なに?」
「患者さんは、最初から乗せてなかったんでゲス!だからうう・・・よかった~」
山形の顔が青ざめた。
「よ!よくねえ!あの・・塩沢!」
「先生!もう自首するでゲス!」
「待て!待て待て!どうしても!」
「な、なにを・・・?」
血まみれのデブ顔の目には、まだ残光があった。
「車を・・・裏へ回せ」
職員駐車場だ。
なあ、間宮・・・。
今度の敵は、俺たちには強大過ぎた。経営者は神にまでなろうとし、その一個人の信念のためなら何でもやる。だから、俺は嫌いだ。
その<信念>、という言葉が。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
コベンジャーズ 第7話 猫の目
2013年1月21日 連載 真珠会の院長室。8畳はある。院長の塩沢は、パソコンで病床の減少を確認しつつ、もう1つの巨大モニターに見入った。どうやら病床のコントロールが不十分なようだ。機嫌が悪い。眉間にシワ。
「・・・・・・・・・」
巨大モニターに向かって話しかける。その塩沢の声はパソコン通して送られている。
「在院日数を過ぎたような患者は、とりあえず21名。そこが精いっぱいだ」
『お、恩に着るぞ!』モニターのデブ顔がアップで汗ばんでいる。
「渋滞が緩和したとはいえ、真田のスタッフの処理能力は歴然だ。今日はもう、これくらいにしたらどうか」全く冷静な声。
『いや~そうはいかん。奴らが疲弊したところで乗り込むのが俺の計画だ!』
「まだまだのようだが・・・」
真田病院の玄関。12名とも、もうカタがついたようだ。1人はカテーテルへと向かったというスパイからの情報もある。
「私なら患者層を練りに練り、対象患者をしぼるのだが・・・季節柄、良くなかったのでは」
といまさら指摘。
『で。でもだな。お前は知ってるだろう。当院の経営状況を』
「それは理事というオーナーの知るところ。経営側でないものは、ただひたすら労を尽くせばよい」
『まあいい。21台はそのまま直接行かせる。その背後より、俺らも向かう』
「家族のため・・・」
『うぬ?』
「家族のためか。貴官のその焦りは・・・」
『ローンの免除という特典を約束した。何が、何でも・・・』
この山形という男は決して仕事のできない医者ではなかった。しかし経営を知らず、開業した病院が負債を抱え倒産。銀行の信用をかろうじて支えたのが、キャバで知り合ったムラサキだった。
『ムラサキ様あっての、オレなんだよ』
「さようか。なら・・・」
プッ、と画面を消した。
「消えるがよい」
(♪)
Realize 感じてる
移りゆく悲しみさえ
变わらない時の中で
記憶の海へといつか流れる
(閉まるエレベーター。階段を下りるユウに、EVで降りる女医2人)
二度と戻らないと
あきらめていた人と
思いもよらぬことで
また会えることがある
(疾走するユウに、両側から追いつく女医2人)
きっと同じ場所に
いられることだけを
信じていたから
(1・2・3・4ステップ)
Realize わかってるかってる(ジャンプ)
さだめなどありはしないはしない(足から飛行機雲)
变わらないわらない真実なら(たなびく白衣の両翼)
未来はいつでも变えられるもの(大勢)
(終)
真田病院。
残り4人の搬入も結局自分が手伝った。幸い、慣れた症例の範囲内だった。指示を出し病棟へ。
自分は清潔ガウンに着替え終わった。横のやっさんも、ぎこちなく帯を後ろから締められる。
「今度はこの帯か。でもユウ。おれはカテーテルとか経験が」と初老医師。
「穿刺!」無視し、右の上腕動脈。肘のところ。プチッと出血。ススッとワイヤー、パパッとカテ。透視で、カテ先は冠動脈入口へ。
「俺は何をしたらいんだ!」右でやっさん。
「るさい」
「なに!」露出した目のみ円い。
「角度調整!RAO・・やらんかおい!」やっさんの左手をはたく。
「角度のレバー・・こうか?」
「バカ!逆だろ!ああそこ!止まれ!」
「教えてもらわんことには!」
「もういい。どけ!」
モニターと手元、画面を交互に確認。
「造影!」左端上から右下へ延びる冠動脈。
「造影!」
「造影!」
事務員がやってきた。
「2人、急変があると」
「拡張する。ノブナガステント(仮名)、用意して!やっさん!行ってきて!」
やっさんは顔を引きつらせながら、服を脱ぎ捨てようとした。
「俺に命令なんか、するな!」
「しっ!患者様に唾がかかりますので。ステント留置!ST見とけよ!」今のは自分への言葉。いつでも胸部殴打できるよう、手の準備。
おやっさんがゆっくり出る。
「やっさん!走れ!しゃ!造影!」
「あー?」
「もう一カ所!径、測定!」
放射線技師が冠動脈の病変部位をズームし、狭窄部を測定。
「50%程度でしょうか?」
「過少より過大だな。拡張する!しゃ!」ステント拡張。
「造影!よし拡がった!別角度!」現れた不整脈にめがけ、静脈注射。
終了し、止血。
「胸は今もどう?」
「あ、ああ・・・」患者はようやく語りかけてきた。「もう帰れる?」
「だ、ダメだよ!数日はいてもらわんと」
「あんた、ユウキって言うんだろ・・・」
礼を言うべきだろう。
「そ、そうですが」
「む、むこうの院長さんが、そこで診てもらえって」
「紹介状がないんだよなぁ・・・」
「僕の後輩だから、手紙要らんって」
なんだと!知らん医者のくせに!
気づいたが、搬入された患者はみな1割負担だった。生活保護は混じっていなかった。大阪ではかなり確率が高いのだが。
「院長さんに、わしら何度か待ってもらったんだが」
「は?何を?」
もう止血できているようだ。ベルトを巻く。
「返済を待っちくれーって。でも、もう待てんのと」
「返済・・・入院費用?」
「いんや。いろんなリース、いうのを組んでくれたら許すってことだったんだが。そのリースとやらが前倒しになって」
いったい、何のローンを組まされたのか。貸しはがし、という被害にあったようだな。
車いすで、一緒に病棟へ。やっさん、ナースらは病棟の対応に追われているはずだ。近づくにつれ、その慌てぶりがわかる。
「・・・・・?」
ふと、暗い外の窓が気になった。
「今、そこ・・・」呟いた。
「は?」
「こっち見ていた。誰か」
「うん。ま、そりゃ見るだろな」
感謝の念も忘れたように、患者は退屈そうだった。
「あの計算高そうな目・・・」
若い女性だったが、猫のようで不気味だった。デジャブと逆のような感覚だ。
その女性は、近くの電柱に隠れて携帯で話している。およそ病院とは無縁の、派手なドレスだった。ネイルの赤も光っていた。
「明日から?マジで?」
『派遣との契約でそうなっている。今日は帰りたまえ』塩沢院長。
「うっそ。働いてる医者、いるじゃん。あいつ、びくともしてないよ?今日、潰す予定じゃないの?いーの?」
電話は切れた。乱れた長髪が携帯画面に少し乗っかった。
「チッ。でも料金はもらうよ」
手帳に細かく記入。
「・・・・・・・・・」
巨大モニターに向かって話しかける。その塩沢の声はパソコン通して送られている。
「在院日数を過ぎたような患者は、とりあえず21名。そこが精いっぱいだ」
『お、恩に着るぞ!』モニターのデブ顔がアップで汗ばんでいる。
「渋滞が緩和したとはいえ、真田のスタッフの処理能力は歴然だ。今日はもう、これくらいにしたらどうか」全く冷静な声。
『いや~そうはいかん。奴らが疲弊したところで乗り込むのが俺の計画だ!』
「まだまだのようだが・・・」
真田病院の玄関。12名とも、もうカタがついたようだ。1人はカテーテルへと向かったというスパイからの情報もある。
「私なら患者層を練りに練り、対象患者をしぼるのだが・・・季節柄、良くなかったのでは」
といまさら指摘。
『で。でもだな。お前は知ってるだろう。当院の経営状況を』
「それは理事というオーナーの知るところ。経営側でないものは、ただひたすら労を尽くせばよい」
『まあいい。21台はそのまま直接行かせる。その背後より、俺らも向かう』
「家族のため・・・」
『うぬ?』
「家族のためか。貴官のその焦りは・・・」
『ローンの免除という特典を約束した。何が、何でも・・・』
この山形という男は決して仕事のできない医者ではなかった。しかし経営を知らず、開業した病院が負債を抱え倒産。銀行の信用をかろうじて支えたのが、キャバで知り合ったムラサキだった。
『ムラサキ様あっての、オレなんだよ』
「さようか。なら・・・」
プッ、と画面を消した。
「消えるがよい」
(♪)
Realize 感じてる
移りゆく悲しみさえ
变わらない時の中で
記憶の海へといつか流れる
(閉まるエレベーター。階段を下りるユウに、EVで降りる女医2人)
二度と戻らないと
あきらめていた人と
思いもよらぬことで
また会えることがある
(疾走するユウに、両側から追いつく女医2人)
きっと同じ場所に
いられることだけを
信じていたから
(1・2・3・4ステップ)
Realize わかってるかってる(ジャンプ)
さだめなどありはしないはしない(足から飛行機雲)
变わらないわらない真実なら(たなびく白衣の両翼)
未来はいつでも变えられるもの(大勢)
(終)
真田病院。
残り4人の搬入も結局自分が手伝った。幸い、慣れた症例の範囲内だった。指示を出し病棟へ。
自分は清潔ガウンに着替え終わった。横のやっさんも、ぎこちなく帯を後ろから締められる。
「今度はこの帯か。でもユウ。おれはカテーテルとか経験が」と初老医師。
「穿刺!」無視し、右の上腕動脈。肘のところ。プチッと出血。ススッとワイヤー、パパッとカテ。透視で、カテ先は冠動脈入口へ。
「俺は何をしたらいんだ!」右でやっさん。
「るさい」
「なに!」露出した目のみ円い。
「角度調整!RAO・・やらんかおい!」やっさんの左手をはたく。
「角度のレバー・・こうか?」
「バカ!逆だろ!ああそこ!止まれ!」
「教えてもらわんことには!」
「もういい。どけ!」
モニターと手元、画面を交互に確認。
「造影!」左端上から右下へ延びる冠動脈。
「造影!」
「造影!」
事務員がやってきた。
「2人、急変があると」
「拡張する。ノブナガステント(仮名)、用意して!やっさん!行ってきて!」
やっさんは顔を引きつらせながら、服を脱ぎ捨てようとした。
「俺に命令なんか、するな!」
「しっ!患者様に唾がかかりますので。ステント留置!ST見とけよ!」今のは自分への言葉。いつでも胸部殴打できるよう、手の準備。
おやっさんがゆっくり出る。
「やっさん!走れ!しゃ!造影!」
「あー?」
「もう一カ所!径、測定!」
放射線技師が冠動脈の病変部位をズームし、狭窄部を測定。
「50%程度でしょうか?」
「過少より過大だな。拡張する!しゃ!」ステント拡張。
「造影!よし拡がった!別角度!」現れた不整脈にめがけ、静脈注射。
終了し、止血。
「胸は今もどう?」
「あ、ああ・・・」患者はようやく語りかけてきた。「もう帰れる?」
「だ、ダメだよ!数日はいてもらわんと」
「あんた、ユウキって言うんだろ・・・」
礼を言うべきだろう。
「そ、そうですが」
「む、むこうの院長さんが、そこで診てもらえって」
「紹介状がないんだよなぁ・・・」
「僕の後輩だから、手紙要らんって」
なんだと!知らん医者のくせに!
気づいたが、搬入された患者はみな1割負担だった。生活保護は混じっていなかった。大阪ではかなり確率が高いのだが。
「院長さんに、わしら何度か待ってもらったんだが」
「は?何を?」
もう止血できているようだ。ベルトを巻く。
「返済を待っちくれーって。でも、もう待てんのと」
「返済・・・入院費用?」
「いんや。いろんなリース、いうのを組んでくれたら許すってことだったんだが。そのリースとやらが前倒しになって」
いったい、何のローンを組まされたのか。貸しはがし、という被害にあったようだな。
車いすで、一緒に病棟へ。やっさん、ナースらは病棟の対応に追われているはずだ。近づくにつれ、その慌てぶりがわかる。
「・・・・・?」
ふと、暗い外の窓が気になった。
「今、そこ・・・」呟いた。
「は?」
「こっち見ていた。誰か」
「うん。ま、そりゃ見るだろな」
感謝の念も忘れたように、患者は退屈そうだった。
「あの計算高そうな目・・・」
若い女性だったが、猫のようで不気味だった。デジャブと逆のような感覚だ。
その女性は、近くの電柱に隠れて携帯で話している。およそ病院とは無縁の、派手なドレスだった。ネイルの赤も光っていた。
「明日から?マジで?」
『派遣との契約でそうなっている。今日は帰りたまえ』塩沢院長。
「うっそ。働いてる医者、いるじゃん。あいつ、びくともしてないよ?今日、潰す予定じゃないの?いーの?」
電話は切れた。乱れた長髪が携帯画面に少し乗っかった。
「チッ。でも料金はもらうよ」
手帳に細かく記入。
その頃の真田病院駐車場。僕と初老のやっさん。無理やり連れてきた。そこで僕の腕から・・・長い帯をやっさんの腰に巻いた。
「おいおい。そんなに俺が信用できんのか?」それでも初老のやっさんはパワーが有り余っているようにも思える。しかし僕はこいつの性格を知っている。臆病極まりない。外来も病棟も、もとはこいつのせいでかなり苦労してきた。
「やっさん。すみませんが、いちはやい救命を目指すため・・・敬語は省略します」
「フン。尊敬してないくせに」
僕ら2人は背中合わせになった。品川からのアナウンス。
<開かずの踏切が渋滞で、1台ずつの搬入となりそうです!>
「来たあれだ!やっさん!」挿管チューブを彼の背中の中に数本。
「いたっ!」
「DCは2台。要るときは掛け声で」
「こんな近くにいてか?」
「行くぞ!」
「うわっ!」
やっさんは引っ張られ、鈍足ながらついてきた。
1人目。脈もないDOAだ。右腰のアンビューを当てる。
「叩いても同じかくそ!DCスイッチ入れろ!」
「これか?」
「どけ!」
「なに?」チュイーン、と充電。
「DCやれ!俺は・・・」CV用の注射器。そけい部に刺し血液逆流。腹のポーチの注射液を注入。やっさんは何度かDCするが・・・
「ダメだ!」
「おい俺がするときに電気当てんな!しびれたぞ!」
「マッサージだな!」
「(無視)」背中よりビューン!と管が伸び・・・挿管。
2台目が到着。マッサージを別スタッフに。点滴は全開。
「気胸かな?」聴診。
「で、どうすんだ?」
「さっきの呼吸器、つながないか!」
「あ、ああ」別スタッフが用意した呼吸器を1人目につなぐ。
「モニター!」
「ブヒ!」と夜ナース。
2人目は画像検査へ。3・4台目が到着。僕ら2人は散りそうになり、そのまま中央へ引っ張られた。
「(2人)うわああ!」ゴツン、と頭打った。
「てて。でも相手がない頭だからマシか」
「なんだと!」
自分のテンションが止まらない。
「3人目は腹痛か。やっさん頼む」背中合わせに自分はもう1人。
「よし行け!」技師を呼びつけ、腹痛が検査へ。
「この4人目はいかんアンステーブルだ」心電図でSTかなり低下。
「テーブル?」
「バカ。不安定狭心症」
「ああ。不安定な狭心症か」と知ったかぶる。技師を呼び、カテ室へ。
「情報が何もない。患者本人は苦悶で話せないし・・・モルヒネ用意!いやまて血圧低い!」
「てめえこそ、何独り言言ってんだ!」
「でも役に立つ!」
5台目が容赦なしにハッチを開けた。
「こりゃ人手が・・・事務長の品川!聞こえるか!今すぐ来い!」
5人目。ものすごい高熱。
「ほかの医者はどうした!山崎は!ジュリアは!」
<残ってるドクターは、先生方だけです>と品川。アナウンスと同時に駆けつけた。
「非常勤の当直は!」
「ぼ、僕が呼んだ患者じゃないから関係ないって」
「ひきずって連れてこい!」
「ひっ!」
高熱は培養取り、検査へ。点滴あり。まだインフルの時期ではなかった。
6、7、8台目と・・次々に到着。
「6人目も挿管だ!」
「わしがやるのか?」やっさんは一歩引き僕の背中とぶつかった。
「俺は7・8人目!」ハサミを取り出し、やっさんの横で光った。
「そんなに憎いか?俺が?」
結んでいた帯をプチン、と切った。
「7人目・8人目は検査。おいナース!バイタル、モニター!」
「ブヒィ!」
気胸の写真。キットを取り出し、ひと声かけ麻酔メス挿入。
「止めとけ!マイナス5でいいわナース!」
「ブヒ!」
「引っ張んなよコラコラ!」
「すんません!」
「俺はカテ室!」
タタタ・・・と走りだし、一言だけそのナースへと振り向いた。
「俺に謝るな!患者に謝れ!」
久々のインパクトだった。
なあ、間宮・・・
俺たちは、確かに無茶をしているのかもしれない。だが以前戦ったライバルがこう言った。
「自分の成長は、確かな無茶の上にこそ成り立つものである」と。何が言いたいかって?
自らその不可能に、投げ出せ。
その頃間宮はすでに電車を降り・・・ばあちゃんの入所する高齢賃貸マンションへと向かっていった。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
「おいおい。そんなに俺が信用できんのか?」それでも初老のやっさんはパワーが有り余っているようにも思える。しかし僕はこいつの性格を知っている。臆病極まりない。外来も病棟も、もとはこいつのせいでかなり苦労してきた。
「やっさん。すみませんが、いちはやい救命を目指すため・・・敬語は省略します」
「フン。尊敬してないくせに」
僕ら2人は背中合わせになった。品川からのアナウンス。
<開かずの踏切が渋滞で、1台ずつの搬入となりそうです!>
「来たあれだ!やっさん!」挿管チューブを彼の背中の中に数本。
「いたっ!」
「DCは2台。要るときは掛け声で」
「こんな近くにいてか?」
「行くぞ!」
「うわっ!」
やっさんは引っ張られ、鈍足ながらついてきた。
1人目。脈もないDOAだ。右腰のアンビューを当てる。
「叩いても同じかくそ!DCスイッチ入れろ!」
「これか?」
「どけ!」
「なに?」チュイーン、と充電。
「DCやれ!俺は・・・」CV用の注射器。そけい部に刺し血液逆流。腹のポーチの注射液を注入。やっさんは何度かDCするが・・・
「ダメだ!」
「おい俺がするときに電気当てんな!しびれたぞ!」
「マッサージだな!」
「(無視)」背中よりビューン!と管が伸び・・・挿管。
2台目が到着。マッサージを別スタッフに。点滴は全開。
「気胸かな?」聴診。
「で、どうすんだ?」
「さっきの呼吸器、つながないか!」
「あ、ああ」別スタッフが用意した呼吸器を1人目につなぐ。
「モニター!」
「ブヒ!」と夜ナース。
2人目は画像検査へ。3・4台目が到着。僕ら2人は散りそうになり、そのまま中央へ引っ張られた。
「(2人)うわああ!」ゴツン、と頭打った。
「てて。でも相手がない頭だからマシか」
「なんだと!」
自分のテンションが止まらない。
「3人目は腹痛か。やっさん頼む」背中合わせに自分はもう1人。
「よし行け!」技師を呼びつけ、腹痛が検査へ。
「この4人目はいかんアンステーブルだ」心電図でSTかなり低下。
「テーブル?」
「バカ。不安定狭心症」
「ああ。不安定な狭心症か」と知ったかぶる。技師を呼び、カテ室へ。
「情報が何もない。患者本人は苦悶で話せないし・・・モルヒネ用意!いやまて血圧低い!」
「てめえこそ、何独り言言ってんだ!」
「でも役に立つ!」
5台目が容赦なしにハッチを開けた。
「こりゃ人手が・・・事務長の品川!聞こえるか!今すぐ来い!」
5人目。ものすごい高熱。
「ほかの医者はどうした!山崎は!ジュリアは!」
<残ってるドクターは、先生方だけです>と品川。アナウンスと同時に駆けつけた。
「非常勤の当直は!」
「ぼ、僕が呼んだ患者じゃないから関係ないって」
「ひきずって連れてこい!」
「ひっ!」
高熱は培養取り、検査へ。点滴あり。まだインフルの時期ではなかった。
6、7、8台目と・・次々に到着。
「6人目も挿管だ!」
「わしがやるのか?」やっさんは一歩引き僕の背中とぶつかった。
「俺は7・8人目!」ハサミを取り出し、やっさんの横で光った。
「そんなに憎いか?俺が?」
結んでいた帯をプチン、と切った。
「7人目・8人目は検査。おいナース!バイタル、モニター!」
「ブヒィ!」
気胸の写真。キットを取り出し、ひと声かけ麻酔メス挿入。
「止めとけ!マイナス5でいいわナース!」
「ブヒ!」
「引っ張んなよコラコラ!」
「すんません!」
「俺はカテ室!」
タタタ・・・と走りだし、一言だけそのナースへと振り向いた。
「俺に謝るな!患者に謝れ!」
久々のインパクトだった。
なあ、間宮・・・
俺たちは、確かに無茶をしているのかもしれない。だが以前戦ったライバルがこう言った。
「自分の成長は、確かな無茶の上にこそ成り立つものである」と。何が言いたいかって?
自らその不可能に、投げ出せ。
その頃間宮はすでに電車を降り・・・ばあちゃんの入所する高齢賃貸マンションへと向かっていった。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
第6話 コベンジャーズ さらなる急襲!
2013年1月16日 連載真珠会病院の医局。夜遅くではあるが、多数の医局員らが会議に参加している。その白衣7人くらいに囲まれた院長:塩沢だけは、黒いスーツだ。
「以上が、諸君の業績だ。秋は病気そのものが減る時期とは言われるが、我々にはそのような言い訳は通じない」と、オーナーサイド的に説明。
ほかの医局員らは憔悴しきっていた。そのうちの1人の長身が、とうとうキレた。
「目標だというが。僕は先月、その目標の上を達成したはずだ。なのに」
「貴官の成績はと・・・・救急受け入れは横ばい。内視鏡、カテーテル件数がやや減少。病棟での重症加算を含めると、とんとんといったところか」
「とんとん・・・?じゃあ悪くない。先月の優秀な成績の横ばいなら、今月だって評価されるべきだろ!それをコストという形でだな!」
塩沢は手を横に振った。
「ならぬ。目標というのは常に流動的だ。オーナーの時価評価により内容が異なる。昨日は良くても今日がいいとは限らぬものだ。すべてはオーナーの意向。それ次第だ」
「給与も、上げる上げると言って、全然上がらんじゃないか!」
「その理由も同じく。しかもそれは私の範疇ではござらぬ。オーナーとの交渉を直接されたし。身をわきまえて臨むことだな」
「くっ・・・!」
(♪)
Realize 感じてる
移りゆく悲しみさえ
变わらない時の中で
記憶の海へといつか流れる
(閉まるエレベーター。階段を下りるユウに、EVで降りる女医2人)
二度と戻らないと
あきらめていた人と
思いもよらぬことで
また会えることがある
(疾走するユウに、両側から追いつく女医2人)
きっと同じ場所に
いられることだけを
信じていたから
(1・2・3・4ステップ)
Realize わかってるかってる(ジャンプ)
さだめなどありはしないはしない(足から飛行機雲)
变わらないわらない真実なら(たなびく白衣の両翼)
未来はいつでも变えられるもの(大勢)
(終)
塩沢はブルった携帯に出た。
「なにか。重要な会議中であるが」
『オーナーからけ、警告を食らったァ!』山形・・・副院長の声。
「患者の無理な搬出は、むしろそなたが自分で決めたこと。自己責任でお願いする」
『やつら、徹夜覚悟でやるのかな・・・?』
「いまさら、自信喪失とはな」
塩沢は別の端末でGPSを確認。
「サービスエリアでご休憩とは、変わった趣味があるものと見える」
『12台を送り出してこっちはもう・・・ネタがないんだ。回してくれ!』
塩沢、今度は医局内の電子掲示板を参照。
「私の計算では、なんとか深夜には十数名の補充が可能だが・・・オーナーのムラサキ氏が毎朝、日報を参照なさるのはご存じであろうな」
『ああ!だが・・・真田のスタッフは・・・何人送ろうといとも簡単に。だから。まだまだ足りん!』
「12人も送れば、疲弊さすには十分ではないのか」
(切)
「みなも心するがよい。つまらぬ自己欺瞞によって自らが崩壊してゆく様をな」
さっきの医局員が、ゴク・・・と唾を飲みこんだ。
「さ、ささ!さっきの態度は!じ、自分に問題が」
「それでよい。わが病院に無軌道な男は要らぬ。オーナーのおっしゃる通り、世界をモノにするほどの度量でなければ。虎視眈々と機会を狙うのだ」
「オーナーは・・ムラサキ理事の心境によっては中途ということも」別の医局員。彼らはベンチャラーに対する不信感があった。熱っぽくて冷めやすい。
「だから我々はいろいろと考えあぐねているのだ。理事、芸能人、役人・・・社会の道具には見せかけの活躍とアメを与えておけばよい。肝心なのは、その化学反応によって生まれる産物を我々がごっそり享受することなのだ」
「存続してもらわなければ・・・」
「そう。この国同様。我々の目的は赤字や黒字ではない。その組織の<存続>なのだ」
みな、頷いた。腕をクロス、会議は終了。
みな去っていく中、塩沢は携帯を3ケタ押した。
「警察・・・ですか。ちょっと面倒なことがありまして」
サービスエリアでは、黒いワゴンが1台ぽつんと停まっている。意味もないコーヒーを、ただ時間つぶしに山形が飲む。
「12台のあと、さらには・・ふひひ!おい!」
「はっ!」運転席のゲス男。
「24台、要請したか?」
「へい!院長が送るっておっしゃってました!」
「頼むぞ。塩沢!」
「ボス・・・24人も患者借りるとは、さすがすねえ・・・」
「そりゃあ、俺の権限だ。言うこときかん奴は葬る」
近く、会社帰りっぽい車が何台も近くを通り過ぎる。
「まあこれで奴らが診療拒否して、社会問題にでもすりゃ潰れるわな。あそこは」
「ま、医者も逃げるっしょ!」
「おいそれで。キャバは予約しとんだろな!キャバは!」
「へい!」
「最後は抜いて帰るからな。そこの予約も抜かりなしにな!」
「へいでゲス!」
彼らは・・いや、キャバ好きな多くは、そんなアフターで自己満足して帰宅する。
玄関内にある救急室では、ベッドが1台ずつ上げられていく。山崎が内視鏡室へ2人。女医のジュリアが肝硬変の患者1人。僕が2人。あと1人は・・・
「間宮。お前が診た患者だけど・・・」
「うん」メガネの女医がきょとんと頷く。
「薬物中毒だよな・・・30代と比較的、若いが。夜間は精神科は取ってくれんから。主治医いいか?」
「うん」
女性は眠っており、呼吸は問題ない。胃洗浄が遅かったかどうか気がかりだったが。
「採血も出たが・・問題なしだ」伝票を渡す。
「しょうもない症例、もっちゃったな・・・」
「確かにな・・・」
自殺企図か。真珠会にいったん入院して、そのまますぐこっちへ運んだのか。
間宮が病棟へ。自分は内視鏡室へ。シューシュー・・・という音が。
「出血してるか?」
「えー。ストレス性かな。クリップで止めました」
仕上げの段階。内視鏡ナースが残業覚悟で残ってくれている。こういうナースもいる。
「ユウ先生。患者様の邪魔になりますので」
「ああ。はいよ」
「それから。白衣に着いた血は不潔の元ですので」
「えっ?ああ・・・」
山崎は撮影にかかる。チュイン、チュイーン!と連続撮影。
「ユウ先輩・・・」
「なんだ?」
「ねーさん、ヤク中だけでしょ。診たの」
「ああ」
「俺たちとそう変わらない給料で、あれはないっすよ」
本音が出たか・・・。ナースはちょこっと一瞥する。
チュインチュイーン!チュイーン!と撮影も終わる。内視鏡を引っこ抜き、ナースが受け取り手洗い。所見の記入。
薄暗い部屋に、僕ら2人の顔が浮かぶ。
「それとやっさん。今回もどっか逃げてるじゃないですか」
「あいつは、いつもだろ」
「あんな医者。ダンが来てからじゃないですか」
おいおい・・と僕は身をすくめた。ナースらに言いふらされたらどう広がるか・・・。ナース、いや女性はその本能からトップには忠実だ。自分の生存に関わる存在だ。
僕らにはこうした一部の医師らへの不満があり、しかし多くがするように・・・こうしてガス抜きして自分の軌道を維持するしかなかった。いや、まだこれくらいの忙しさならいい。
事務長が慌てて内視鏡室へ。黒い影。
「ももも!ももも!」
「もも?桃がどうしたんだよ?」僕は2人目の内視鏡を手伝う。「イレウス管、そのまま留置するか」
「もう9台ほど来ます・・・」
「バカ!もう無理だ!門閉めるなり、病院として対応しろ!」
「あっ?9台ではない?」PHSだ。
「だろが。そんなに来るわけねえだろ」
品川は電話切ってこう言い放った。
「じゅ、12台」
「うそお!」
病棟詰所の前で、ベッドがまた1台また1台と。さすがに切れた看護部長が・・私服で下から戻ってきた。
「とれません!もう、とれません!」ジュリアを遮る。
「あ、でももう入れるから。だって病院側が受けたんだし」とちょっと嘘。
「だめですから!」
廊下の奥から、やっさんが見ている。
「こいつら・・・」
やっさんはこっちを通らないと帰れない。なので立ち止っている。
間宮が続いてやってきた。
「ヤク中だから、詰所の近くにね」
「ありえません!」涎を流す勢いで、看護部長はののしった。
「ありえるんだけど」間宮は無視してスー・・とベッドごと通り抜けた。
引き続き、事務員らがベッド2台。
「ユウキ先生の、患者さんでーす!」
「やめんか!こら!やめんか!何する?」別の事務員がいきなり腕に何やら巻いている。
「事務長が血圧を心配してて」
「ぬかすな!」
詰所の申し送りは淡々とされているが・・・夜勤はかなり苦戦を強いられると思われる。いや、日勤もしばらく帰れないかもしれない。
続いて僕がやっと階段から駆け上がった。
「はぁ!はぁ!しんどい!はぁ!はぁ!」
「どういうことですか!」高齢の部長はこういうときだけ若返った。
「どうって・・・こういうことだよはぁ。それとな。あと12人来るんだって」
部長は固まった。そのまま・・・・ユラッとよろめき横にこけた。
「いや・・・13人か」
僕は逃げようとしたやっさんの白衣を引っ張った。
「やっさん!これからさらに来る!」
「おい離せ!」
「俺らはもう患者が一通り当たった!やっさんの番ですよ!」
「白衣がちぎれる!」
僕らはブウン、ブウンと2つの円を描いた。スローなら絵になるだろう。
「ユウ!お前何をした!」
「僕じゃない。真珠会です。きっとあのベンチャー社長が」
「健診に来たやつか。お前、何か言ったのか!」
「そうだ。あの社長・・・CTで異常が」
「ほう。じゃあ、そいつにも再び来てもらえ!」
しかし、僕はまだ離さない。ちょうどエレベーターが開いた。放り込む。
「ぐああ!しゅ、就業はもうとっくに終りの時間だ!」
「修業がまだだ!」
パタン。と扉は閉まった。このあと、皆が次々に下に駆けつけてくれるものと思った。が・・・
間宮は汚れた白衣で、医局に1人戻ってきた。遠くから、無数ほどのサイレンが響いてくる。いったん思い直したように見えたが・・・引き出しのカギをかけた。すっくと立ち上がったときは私服だった。
「ごめん。今日はもう・・・これくらいにして」
机の上にクマの人形がある。そのクマに言ったようだ。
なあ間宮・・・。
今のお前には、かつての若さはない。体力も。しかし・・・1つだけ、取戻し可能なものがあるのではないか・・・それは全ての源泉であり、原点。以前の敵はそれを<信念>と表現した。いや違う・・・。
それは<自信>だと思われる。
彼女は裏口へ出た。そして、やっと息のしにくい空間から解放された。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
「間宮。お前が診た患者だけど・・・」
「うん」メガネの女医がきょとんと頷く。
「薬物中毒だよな・・・30代と比較的、若いが。夜間は精神科は取ってくれんから。主治医いいか?」
「うん」
女性は眠っており、呼吸は問題ない。胃洗浄が遅かったかどうか気がかりだったが。
「採血も出たが・・問題なしだ」伝票を渡す。
「しょうもない症例、もっちゃったな・・・」
「確かにな・・・」
自殺企図か。真珠会にいったん入院して、そのまますぐこっちへ運んだのか。
間宮が病棟へ。自分は内視鏡室へ。シューシュー・・・という音が。
「出血してるか?」
「えー。ストレス性かな。クリップで止めました」
仕上げの段階。内視鏡ナースが残業覚悟で残ってくれている。こういうナースもいる。
「ユウ先生。患者様の邪魔になりますので」
「ああ。はいよ」
「それから。白衣に着いた血は不潔の元ですので」
「えっ?ああ・・・」
山崎は撮影にかかる。チュイン、チュイーン!と連続撮影。
「ユウ先輩・・・」
「なんだ?」
「ねーさん、ヤク中だけでしょ。診たの」
「ああ」
「俺たちとそう変わらない給料で、あれはないっすよ」
本音が出たか・・・。ナースはちょこっと一瞥する。
チュインチュイーン!チュイーン!と撮影も終わる。内視鏡を引っこ抜き、ナースが受け取り手洗い。所見の記入。
薄暗い部屋に、僕ら2人の顔が浮かぶ。
「それとやっさん。今回もどっか逃げてるじゃないですか」
「あいつは、いつもだろ」
「あんな医者。ダンが来てからじゃないですか」
おいおい・・と僕は身をすくめた。ナースらに言いふらされたらどう広がるか・・・。ナース、いや女性はその本能からトップには忠実だ。自分の生存に関わる存在だ。
僕らにはこうした一部の医師らへの不満があり、しかし多くがするように・・・こうしてガス抜きして自分の軌道を維持するしかなかった。いや、まだこれくらいの忙しさならいい。
事務長が慌てて内視鏡室へ。黒い影。
「ももも!ももも!」
「もも?桃がどうしたんだよ?」僕は2人目の内視鏡を手伝う。「イレウス管、そのまま留置するか」
「もう9台ほど来ます・・・」
「バカ!もう無理だ!門閉めるなり、病院として対応しろ!」
「あっ?9台ではない?」PHSだ。
「だろが。そんなに来るわけねえだろ」
品川は電話切ってこう言い放った。
「じゅ、12台」
「うそお!」
病棟詰所の前で、ベッドがまた1台また1台と。さすがに切れた看護部長が・・私服で下から戻ってきた。
「とれません!もう、とれません!」ジュリアを遮る。
「あ、でももう入れるから。だって病院側が受けたんだし」とちょっと嘘。
「だめですから!」
廊下の奥から、やっさんが見ている。
「こいつら・・・」
やっさんはこっちを通らないと帰れない。なので立ち止っている。
間宮が続いてやってきた。
「ヤク中だから、詰所の近くにね」
「ありえません!」涎を流す勢いで、看護部長はののしった。
「ありえるんだけど」間宮は無視してスー・・とベッドごと通り抜けた。
引き続き、事務員らがベッド2台。
「ユウキ先生の、患者さんでーす!」
「やめんか!こら!やめんか!何する?」別の事務員がいきなり腕に何やら巻いている。
「事務長が血圧を心配してて」
「ぬかすな!」
詰所の申し送りは淡々とされているが・・・夜勤はかなり苦戦を強いられると思われる。いや、日勤もしばらく帰れないかもしれない。
続いて僕がやっと階段から駆け上がった。
「はぁ!はぁ!しんどい!はぁ!はぁ!」
「どういうことですか!」高齢の部長はこういうときだけ若返った。
「どうって・・・こういうことだよはぁ。それとな。あと12人来るんだって」
部長は固まった。そのまま・・・・ユラッとよろめき横にこけた。
「いや・・・13人か」
僕は逃げようとしたやっさんの白衣を引っ張った。
「やっさん!これからさらに来る!」
「おい離せ!」
「俺らはもう患者が一通り当たった!やっさんの番ですよ!」
「白衣がちぎれる!」
僕らはブウン、ブウンと2つの円を描いた。スローなら絵になるだろう。
「ユウ!お前何をした!」
「僕じゃない。真珠会です。きっとあのベンチャー社長が」
「健診に来たやつか。お前、何か言ったのか!」
「そうだ。あの社長・・・CTで異常が」
「ほう。じゃあ、そいつにも再び来てもらえ!」
しかし、僕はまだ離さない。ちょうどエレベーターが開いた。放り込む。
「ぐああ!しゅ、就業はもうとっくに終りの時間だ!」
「修業がまだだ!」
パタン。と扉は閉まった。このあと、皆が次々に下に駆けつけてくれるものと思った。が・・・
間宮は汚れた白衣で、医局に1人戻ってきた。遠くから、無数ほどのサイレンが響いてくる。いったん思い直したように見えたが・・・引き出しのカギをかけた。すっくと立ち上がったときは私服だった。
「ごめん。今日はもう・・・これくらいにして」
机の上にクマの人形がある。そのクマに言ったようだ。
なあ間宮・・・。
今のお前には、かつての若さはない。体力も。しかし・・・1つだけ、取戻し可能なものがあるのではないか・・・それは全ての源泉であり、原点。以前の敵はそれを<信念>と表現した。いや違う・・・。
それは<自信>だと思われる。
彼女は裏口へ出た。そして、やっと息のしにくい空間から解放された。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
コベンジャーズ 第5話 ウォーター・ビジネス
2013年1月9日 連載真田病院の玄関前に医師が5人。遅れてやってきた山崎が天空を仰ぐ。
「遅れてすみません。外来、やっと終わって・・・くるの?で?」
「もう3台来たよ。これから6台だって」
「先生。何したんすか?」
「してねえ!」
(♪)
Realize 感じてる
移りゆく悲しみさえ
变わらない時の中で
記憶の海へといつか流れる
(閉まるエレベーター。階段を下りるユウに、EVで降りる女医2人)
二度と戻らないと
あきらめていた人と
思いもよらぬことで
また会えることがある
(疾走するユウに、両側から追いつく女医2人)
きっと同じ場所に
いられることだけを
信じていたから
(1・2・3・4ステップ)
Realize わかってるかってる(ジャンプ)
さだめなどありはしないはしない(足から飛行機雲)
变わらないわらない真実なら(たなびく白衣の両翼)
未来はいつでも变えられるもの(大勢)
(終)
夕方5時を過ぎ、大阪キタにある高級クラブ・・いやキャバクラ。テナントのその1室は3フロア分ほどあり、毎月数百万の家賃がかかっている。もちろんその元は取らないといけないので・・・こういった商売の単価は高くなる。弁護士や医師がかなりの割合を占める。いや、当時は・・・
「ちわーっでガス!」背の低い下品なヒゲ男が、入口で立ち止っている。あのベンチャー社長が、ピースして先導された。
「ムラサッキーでーす!ママー!」
「はっ!」30代とは思えぬ早業で、ママはカンカンカン!と走ってきた。
「ママぁ~!ドゥユリメンバぁ~!」
「むらっさっきさ~ん!」抱擁。微妙なキス。みな、見守る。沈黙。
「貸切だぞ~今日は!」
「(ギャル一同)イエ~イ!」露出多き若き娘らが、自分の最上期をまんべんなく発揮している。赤、黄、白・・・原色が原色を放つ。
ムラサキは分かっていたが、1人だけ適当に流したギャルがいた。やはりそうだろう。この店で本音を出していいのは・・・
「おう葉月!」ドカッと、そのナンバー1の娘の横に座る。
「はーい」
こうして、ゲスら取り巻き5~6人の着席が許される。ママがちょっと離れたところで采配。近くではニートらしき若者らがテレビ画面様のパネルを店中央に設置する。上に3枚並列に、下に3枚並列に。ムラサキが取り出すタバコと同時に、ママのライターが。
「ふーっ・・・葉月はすごいね・・・売り上げ。見てるだけで、もう。たまんないよ」
「うん」シャンデアリアのような頭に、逆三角形の貴族風の顔。それだけで客は自分との差を見せつけられるのだろう。
「問題ない?」
「新入りの子。うっとうしい」
「どこが?」
「とにかく。うっとうしいの。消して。ここから」
「わかった。ママ。頼むよ」
「えっああ・・」ママは一瞬曇ったが「相談します」
「いいか。葉月と俺の指示は、絶対だママ。これこれしてみます、とかやめてくれ。何の権限もないくせに。ほんとは」
「・・・・・」
ママは暗くなったが、ゲスの大声でごまかされた。
「おーっ!映った映った!」
前方の6画面。マルチアングルに、真田病院の入口が映し出されている。さすがの葉月も、つかんだ氷を落とした。
「げっ・・なに?」
「へへへ!」ゲスは汚い口をパクパクさせた。「実況中継でーす!6台の救急車が到着でござい!」
「ほーっ・・・これ。院長の塩沢と副院長が?」ムラサキは足を組んだ。
「以前のパクリではありますが・・へへ」
「同じ手は、食わないんじゃないの?」
「いやいや。真田は今やチームはバラバラ。サンダル男もかなりひねくれてまして」
「ああ、あの医者が死んでからな」
ムラサキはワインをどんどん開けさせた。ギャルらはほとんど画面は見ていない。客への接待、それと・・・
「飲んでもいいですか?」人差し指。事務員らが許可でマージンをゲット。これが彼ら個人のコストに上乗せ。
「ええでゲスよ!ええですよ!ゲヘヘ!」
「ゲスさん。予算いけるか?」近くの事務員が聞く。
「なあに。経費はすべて理事のハンコだろ。へへ」小声。
理事のムラサキは画面から何やら分析中。
「おおっ!ジュリアちゃんが出てきた!ジュリアちゃーん!」みな画面を一斉。
ジュリアがストレッチャーを1台、また1台と玄関へ引っ張っていく。他の医師も1台、もしくは2台。ゲスはリモコンをターゲットした。
「赤外線!」ボタンで、玄関の奥がうっすらと。人の動きの影。みな、驚きの声。
「あーあの女医!なにもしてねえ!」
「(一同)わっはっはは!」
「間宮でしょ理事?あの女医!オレの賭け、当たりましたね!」
ゲスが注視した理事のポッケから数万。ムラサキはひょいと出した。
「やはりな。ジュリアちゃんは動きがスタンダードチックで、いいんだよなぁ・・・」
葉月は、冷静に上目づかいで見ている。白い顔に、医師らのシルエットがせわしく映る。
「・・・・・すごい」
「すごいったって。ねえ理事!」ゲスが嫉妬したような小言。
「ゆくゆくは、我々の臣下となる者たちだからね」
「買い取るの?」葉月は冷淡にのぞいた。
「うん。医者なんて簡単だよ。何なら葉月のために、病院ごと奪おうか?」
「奪うって・・・今、そうしようと。しているんでしょ?」
「いやいや。試しだよ。オーディションってやつ?」
「・・・・汚い手」
みな黙った。何人かは、自分の両掌を見つめた。ムラサキはちょっと眼振した。
「やはり、あのユウが一番手際がいいな。そら、もう1人片付いた」
「ホンマっすね!」ゲスが唾を飛ばす。
「で、もう1人。わがジュリア様の患者まで・・・」
「なんか。あまり焦ってないすね?」
つい、褒め言葉。アチャーと数秒後に思った。
葉月は肩を少し震わせた。
「医者って、店で自慢ばかりしてるのばかりで印象悪かったけど・・・こんなのも、いるんだ・・・」
「葉月が、人を称賛するなんてなぁ・・・」
「ええっ?だって、お金にものいわせず、自分の力だけでやってんだよっ?」
みな、顔をそむけた。理事に言うには酷だ。だが若干21歳では、しようがない。
「だろうね。彼らが選んだ仕事なんだから」ムラサキは早くこの話題を自分中心にしたかった。
「葉月だって、プロとして尊敬に値するよ」
「あたし。そう言われるの一番イヤ」
「葉月!」ママが顎を固くした。
「あたしがナンバーワンとか言われても。あたしの力でなったのと違うのね。お客がお金落とすのも」
「ちょっと!」
「お客って、結局ヤリたいだけでしょ。そんなことに何百万でも出そうとするわけ。じゃ、あたしは店の何なのって。何のナンバーワンって」
「お開き!」理事は耐えかね、リモコンを画面に投げた。割れず、足元に転がった。
「あ~あ・・・葉月も、まだ分かんないんだよな・・・行くぞ!飲みなおし!」
「はいでゲス!」みな立ち上がる。ギャルらはみなママを見て動揺する。
「ムラサキさん!もうちょっといてよ!」
「あんたも、そう思ってんのか?ええ?」ムラサキはキレやすかった。というより酔っていた。
「ひっ!」
「俺が、自分の力でやってきたのにっていうのにさ!」
ムスッとした葉月に指が向けられた。
「あの小娘が、俺の金の力だって!」
「飲みすぎですよ!葉月はそこまでは言ってませんよ!」
近くでは、領収書にハンコがバンバンと押されていく。
名前は、すべてムラサキ。
彼は、会員証を折り曲げバキン、と割った。
「おのれアイツら!赤恥、かかせてやる!」
当時のベンチャラーや、IT社長らの特徴だが・・・第一印象や最初の人当たりはいい。しかし、嫉妬深さ・コンプレックスが半端でなかった。
「みんな・・みんな、何やってんだ!」
僕は、久しぶりの救急に動悸がしていた。
すでに3台の黒い救急車が、駐車場ど真ん中に居座っている。
「こんなときは、駆けつけてしかるべきだろ?」
誰も答えない。誰もいないからだ。
ジャージの痩せこけたオッサンが、機械的にベッドを運んでくる。
「・・・お願いします」
「おい待て・・待ってくださいよ!紹介状とか情報は?」
「わしの仕事は、運転だけなんで」
次々と、2台。超重症ではなさそうだ。入ってバイタルの確認だ。近くで帰ろうとする総務のオバさんらが見物。
「運ぶのおい!手伝え!」
「・・・・・いやいや医療は私らは」
去っていった。
「去る時だけ若ヅラしやがって!」結局、ロビー近くの診察部屋へ。
最重症は50代とおぼしき男性で、浅黒く倦怠に満ちている。呼吸が速いが肺・心臓とは限らない。脈をみて酸素も大事だが、デキスターの血糖測定。
「点滴、入らんなこの人は。腕のいいナースが要るか」
PHSで看護部長へ。
「救急が1人、いや3人来てる。え?俺が呼んだ?んじゃない!1人でもここへ・・・外来?夜診に入るし手一杯だろ?」
切られた。
「血糖が振り切れてる・・・よほど高いのか。薄めて測るか」
2人目はどうやら、腹痛。
「イレウスっぽいなぁ・・・」
病気は2通り。原因があるか、それ自体が原因か。ダンが言ってた。でももう1つ配慮しろとか言ってたな・・・。そうだ。ダンの野郎。察知しつつも、帰りやがったか。
3人目は呼吸不全だ明らかに。浅くて下顎呼吸っぽい。脈はあるが弱い。
「挿管チューブ・・」
いつも背中にあったが。近くのカートの引き出しから。
「しゃ!アンビュー!点滴はとりあえず・・・入ったと!」
1人目の中心静脈を用意。
「首から・・・ごめんよ!」
1分。
2人目は放射線技師を使ってCTやレントゲンへ。点滴を作る。1・3人目も画像指示。採った採血を分け・・・検査室へTEL。すぐ来る。
とたん、3人目の呼吸器とチューブの接続が外れる。
「うわっ!だがおかしいな・・・」
呼吸器がついたのに、酸素が増えない。
その3人目の動脈血データが戻った。
「これだけ反応がないのは、肺の塞栓とか・・・いやいやまず!」
超音波で確認。
「えらく心臓が押されてるな・・・タンポナーデだ」
ベッドをやや挙上、長い針が突き刺された。チューブ留置へ。
「流出はあるが・・・変わらんか。教科書通りにはいかんな」
1人目は、過血糖でインスリンを開始した。
「待つしかないな」
腹痛はイレウスだ。原因はともかく・・・鼻からチューブ。
「えーッ!これ全部あんたがやったのー?」ジュリアが目を丸くしてやってきた。
「手伝えおい!手伝えよ!」
「なんで心タンポなわけ?」
「知るか!」
「医者呼ぼうよ!」
「お前だって、医者だろが!」
「えーと、既往歴は・・」
「大学のプレゼンじゃねえぞ!そこのデータのみが情報だ!」
遅れて、間宮が到着。
「わあ」
3人、みな管が数本入っている。
「あたしの出番、ないみたいだね・・・」
ちょっとうなだれていた僕は、まだテンションは高かった。
「遅いんだよ!お前ら!」
間宮が、過剰なくらいビクついた。
「わざとかと思ったぞ!こういう事態になれば、事務長から連絡がすぐ入ったはずだ!」
やっさんも来ているが・・はいはい、といった感じ。
「トシ坊がまだいたときは、まだこんなのじゃなかったぞ!おい間宮!聞いてんのか!」
「わわっ・・・うん」
彼女はいつか、幼少時の記憶が蘇っていた。何かの激しい光景の前に立ち尽くし・・・ただただクマの人形を抱きしめていた。
「くそっ・・・!明日、おれダンに言うからな!」
ジュリアが、またムキな顔になる。
呆れた表情の品川事務長が、やっと呟いた。
「も。いいですか?主治医は・・・」
「3人とも、おれ」
「あとは?」
「はぁ?あとだと?」
品川は、外を指差した。みな振り向くと・・・・
ブオオン!と6台の黒い救急車が乗り上げてきた。やっさんは、後ずさり消えた。
僕は、まだ電池はきれなかった。
「お前ら!逃げんなよ・・・!」
間宮のメガネの真下に、1滴の涙が静かに・・・・砕けた。
救急車の運転手が耳に手。音声が入る。塩沢だ。
『搬出したら、速やかに退散せよ。第3陣のこともある』
間宮は、次第に震えだした。
「できない。できない。絶対。できない・・・ありえない・・・」
え?ああ、そうだった。
なあ、間宮・・・自分を助けるヒーローなんていない。自分を助けるのは自分だけだ。なら、自分はヒーローってことだよな。
自分も捨てたもんじゃないってことさ・・・。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
僕は、久しぶりの救急に動悸がしていた。
すでに3台の黒い救急車が、駐車場ど真ん中に居座っている。
「こんなときは、駆けつけてしかるべきだろ?」
誰も答えない。誰もいないからだ。
ジャージの痩せこけたオッサンが、機械的にベッドを運んでくる。
「・・・お願いします」
「おい待て・・待ってくださいよ!紹介状とか情報は?」
「わしの仕事は、運転だけなんで」
次々と、2台。超重症ではなさそうだ。入ってバイタルの確認だ。近くで帰ろうとする総務のオバさんらが見物。
「運ぶのおい!手伝え!」
「・・・・・いやいや医療は私らは」
去っていった。
「去る時だけ若ヅラしやがって!」結局、ロビー近くの診察部屋へ。
最重症は50代とおぼしき男性で、浅黒く倦怠に満ちている。呼吸が速いが肺・心臓とは限らない。脈をみて酸素も大事だが、デキスターの血糖測定。
「点滴、入らんなこの人は。腕のいいナースが要るか」
PHSで看護部長へ。
「救急が1人、いや3人来てる。え?俺が呼んだ?んじゃない!1人でもここへ・・・外来?夜診に入るし手一杯だろ?」
切られた。
「血糖が振り切れてる・・・よほど高いのか。薄めて測るか」
2人目はどうやら、腹痛。
「イレウスっぽいなぁ・・・」
病気は2通り。原因があるか、それ自体が原因か。ダンが言ってた。でももう1つ配慮しろとか言ってたな・・・。そうだ。ダンの野郎。察知しつつも、帰りやがったか。
3人目は呼吸不全だ明らかに。浅くて下顎呼吸っぽい。脈はあるが弱い。
「挿管チューブ・・」
いつも背中にあったが。近くのカートの引き出しから。
「しゃ!アンビュー!点滴はとりあえず・・・入ったと!」
1人目の中心静脈を用意。
「首から・・・ごめんよ!」
1分。
2人目は放射線技師を使ってCTやレントゲンへ。点滴を作る。1・3人目も画像指示。採った採血を分け・・・検査室へTEL。すぐ来る。
とたん、3人目の呼吸器とチューブの接続が外れる。
「うわっ!だがおかしいな・・・」
呼吸器がついたのに、酸素が増えない。
その3人目の動脈血データが戻った。
「これだけ反応がないのは、肺の塞栓とか・・・いやいやまず!」
超音波で確認。
「えらく心臓が押されてるな・・・タンポナーデだ」
ベッドをやや挙上、長い針が突き刺された。チューブ留置へ。
「流出はあるが・・・変わらんか。教科書通りにはいかんな」
1人目は、過血糖でインスリンを開始した。
「待つしかないな」
腹痛はイレウスだ。原因はともかく・・・鼻からチューブ。
「えーッ!これ全部あんたがやったのー?」ジュリアが目を丸くしてやってきた。
「手伝えおい!手伝えよ!」
「なんで心タンポなわけ?」
「知るか!」
「医者呼ぼうよ!」
「お前だって、医者だろが!」
「えーと、既往歴は・・」
「大学のプレゼンじゃねえぞ!そこのデータのみが情報だ!」
遅れて、間宮が到着。
「わあ」
3人、みな管が数本入っている。
「あたしの出番、ないみたいだね・・・」
ちょっとうなだれていた僕は、まだテンションは高かった。
「遅いんだよ!お前ら!」
間宮が、過剰なくらいビクついた。
「わざとかと思ったぞ!こういう事態になれば、事務長から連絡がすぐ入ったはずだ!」
やっさんも来ているが・・はいはい、といった感じ。
「トシ坊がまだいたときは、まだこんなのじゃなかったぞ!おい間宮!聞いてんのか!」
「わわっ・・・うん」
彼女はいつか、幼少時の記憶が蘇っていた。何かの激しい光景の前に立ち尽くし・・・ただただクマの人形を抱きしめていた。
「くそっ・・・!明日、おれダンに言うからな!」
ジュリアが、またムキな顔になる。
呆れた表情の品川事務長が、やっと呟いた。
「も。いいですか?主治医は・・・」
「3人とも、おれ」
「あとは?」
「はぁ?あとだと?」
品川は、外を指差した。みな振り向くと・・・・
ブオオン!と6台の黒い救急車が乗り上げてきた。やっさんは、後ずさり消えた。
僕は、まだ電池はきれなかった。
「お前ら!逃げんなよ・・・!」
間宮のメガネの真下に、1滴の涙が静かに・・・・砕けた。
救急車の運転手が耳に手。音声が入る。塩沢だ。
『搬出したら、速やかに退散せよ。第3陣のこともある』
間宮は、次第に震えだした。
「できない。できない。絶対。できない・・・ありえない・・・」
え?ああ、そうだった。
なあ、間宮・・・自分を助けるヒーローなんていない。自分を助けるのは自分だけだ。なら、自分はヒーローってことだよな。
自分も捨てたもんじゃないってことさ・・・。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
コベンジャーズ 第4話 忍び寄る影
2013年1月5日 連載病棟への指示はなるべく午前中にせよと、看護部長には言われるが・・・。こうやって何冊ものカルテに囲まれていると・・・
夜勤への気まずさは避けられない。ドクターのデューティーは午前あって、午後は病棟のフォローに追われるのが常だ。
「そっか。今日はこの家族への説明か・・・」気が重い家族、というのも多くなった。高齢者が増える。不景気になる。息子らは遠方に出稼ぎ。高齢の親は心配ないと利権を守る。
70代男性。肺気腫の呼吸不全をよそに、妻は遠方の長男にひたすら大丈夫・大丈夫と言い聞かせてきた。それが子への孝行みたいに。
昭和の親は、子を平成へと希望を持たせてきた。過保護な世代に、僕らは挟まれていた。
(♪)
Realize 感じてる
移りゆく悲しみさえ
变わらない時の中で
記憶の海へといつか流れる
(閉まるエレベーター。階段を下りるユウに、EVで降りる女医2人)
二度と戻らないと
あきらめていた人と
思いもよらぬことで
また会えることがある
(疾走するユウに、両側から追いつく女医2人)
きっと同じ場所に
いられることだけを
信じていたから
(1・2・3・4ステップ)
Realize わかってるかってる(ジャンプ)
さだめなどありはしないはしない(足から飛行機雲)
变わらないわらない真実なら(たなびく白衣の両翼)
未来はいつでも变えられるもの(大勢)
(終)
「で。どーなんすか?」長男とその嫁。最終便で千葉へ戻るという。
「青島さんは肺気腫の上に肺炎を合併してて、強力な菌も出てます。それも、抗菌剤の効きにくいタイプの」MRSA、緑膿菌の耐性型。
「先生。外来でずっと抗菌剤、出してたよね。ネットで調べたんだけど」
「クラリスロマイシンは、緑膿菌の増殖予防には有効で」
「でもそのせいで、こういう<いざというとき>に効かなくなってた、ってことじゃないかなって。うちの嫁はんが」
<嫁はん>は黙ってこっちを見ている。
「直接の原因とは思っては・・・」
「いや。先生を責めてるんじゃないですよ。こうなる前に、なんとかできなかったのかなーって」
どう応答していいか分からないが、どう言いたいかはわかる。ネット社会がもたらした影響はそこだ。言いたいことが浮かぶにつれ気持ちを凌駕し、相手との対話が最初から乖離する。
肺炎を合併した父親のその妻も、奥で気まずそうに呟くが・・・それまでの自分のプライドを守っているようだ。
「ちゃんと、病院に通院してたのに・・・」
気まずいが、用意しなければならなかった。
「これは、急に病状が悪化したときのための・・・心肺蘇生に関する書類です」
悪化したとき、人工呼吸器をつけるかどうか、などの書類。これをもらっておかないと、特に夜間帯にトラブる。特に今の非常勤当直は、<どうするのか>という方向を文書で示さないと動かない者が多い。流れから読もうとはしない。
嫁さんは、まだこっちをずっと見ている。何か言いたいことがあるのか・・・。こういう光景は、ときどき頭をよぎる。
長男は、振り切れたように頭を上げた。
「医大。医大へ紹介して」
「医大へ・・・ですか。紹介状を、では・・・」
事務長の品川を呼び、あとは任せた。品川は廊下から戻ってきた。
「医大に行って、肺炎の治療がそんな特別になりますか?」
「あーいや俺はもう。そういう反論はしないんだよ今は。年寄りや田舎者だけじゃない。若者だって・・・今の人らは譲らない」
「私らも、田舎で懲りましたからねぇ・・・」
僻地の医療は失敗だった。変えようとした俺らの考え方が、失敗だったんだ。
「大学の紹介状、これな。家族はICU希望だが・・・もっと手ごわい菌が出てるかもしれんのに・・・さ!」次に取り掛かろうとした・・・が。
PHSが振動。
『ユウキ先生。救急外来まで』と事務。
「どんな問い合わせ?」
『至急、お越し下さい。救急車が3台。こちらめがけて疾走中』
「救急隊につなげよ。でもおい、今は」時計は4時50分。「ダン先生がまだ呼び出し担当だ」
いきなりPHSが握られ、切られた。香水が匂った。
「んだよジュリア!」
「ダン先生は、もう帰られるの!早く行ってよ先生!」
「くそわかったよ!ダンのやつ!」
「それいいの?言ってやる!」
「なんで3台も来るんだ!」
「知らないわよ!あんたがまた呼び寄せたとか!」
その声が聞こえたときは、エレベーターがもう閉まっていた。
医局で本を読んでいた間宮も、外のきしむタイヤ音には気づいた。
「ん・・・?」
しかし、また本に帰った。ポケットはのぞいた。
「ピッチは・・・と。あたしじゃないし」
ダンはもう、スーツで非常階段を降りて裏手の駐車場へ。彼も、何が起こるかはなんとなくわかっていた。
「そう・・・自分さえも、ね」
バタン!キュキュキュ!と車(銀レクサス)は帰路を急いだ。
真珠会病院は・・・大きなコロッセウム型の野球場の形をした病院だ。以前は球場で、そのまま改築された。不思議とその構造が、病院としてより良く機能した。何よりムラサキのベンチャー心をくすぐった。
その正面、ゲートが開いて黒い救急車が戻ってきた。暗い格納庫でストップ。一気に照明が点灯すると、同型の車両が20台ほど並んでいる。
ムラサキは、その場に降り立った。
「ま、あの病院の構造はいろいろ分かった」ポケットからメモリー式カード。
「あの日の非常勤当直には、もう数万わたしとけ」いっそう横柄に。
「2万ゲスか?」
「あーいや。1万」
ケチだった。
エレベーターを降り、放送席あたりに座る。PC画面が6つ。そのうち1つがカードを読み込む。
「よーしよーしよーし!」
医局PC内のデータが順次、読み込まれる。
「あとで、見やすいようサマライズしとけ!ゲス!」
「ウィ!」
ムラサキはシャワーを浴びに行った。天井からいきなり冷たい水。
「今日の女医はハズレだったな~くそっ!」
目を閉じ、やみくもに洗う。
「報告は?」
「はい。理事長」カーテンの向こうから若い秘書。
「病床は?」
「300のうち、空きが12床」
「なんでもいいや、拾ってきてー」
「かしこまりました」
「入院係は何やっとんやー!あぁ、腹痛なってきた・・・真田の不味いメシのせいかな」
今度は髭剃り。ほんとに忙しい男だ。
「副業はま、いいや。キャバは?」
「売り上げが前月比2割減」
「ナンバーワンは何やっとんや?葉月は?」
「葉月は、あいにく欠勤が多く」
「やめさせや!なら!雇ってる奴だれや?おれか。ははっ」
周囲のスタッフらはヤキモキさせられる。この男の一存で自分の首がいつ飛ぶか分からない。だがそんな中、冷静な者もいた。
その華奢な彼は、院長室で待ち続けた。院長の塩沢という男だ。
貧血っぽい顔は、中世の官僚のようなものを想像させた。
「勝手にまた外泊か。困ったものだ」
「当院の経営を!ムラサキ理事は許すのか?」血気盛んなデブの山形。副院長。
「理事は病院だけでなく、キャバクラ・レストランなどその活動は多岐にも及ぶ。それがもたらすストレスは並大抵のものではなかろう・・・」
「それだけの力が、あ、あるのならァ!真田病院1つ潰すことも可能ではないのかァ?」
「なぜにそちらは、そこまで取るに足らぬ民間病院を、目の敵に思うのか」
「うちの経営が傾ているのは、あの病院が患者をうちから奪ってるからだ!」
「しかし。救急を閉じた今となってはもはや両翼をもがれた一角馬と同然」
「理事はええい。何をやっとる?」
「心配なのは、その一角・・・まだ余力はある。まして救急を再開したら彼らは」
いきなり、ムラサキが現れた。髪の毛はオールバックで濡れている。
「あーあ。王子様も大変だ。で。どうしたおい。この売り上げは?」
バサッと、乱暴に資料がデスクにたたきつけられた。
「空床は、常に埋めとけ!」顔が真っ赤だ。
「理事。今の時期、秋は比較的気候も安定しており、急病もより少ないもの。機を待てば必ず実は熟すもの。待てねば身を滅ぼすもの」
「俺が?身を滅ぼす?お前らだろうが・・・・・」
「理事。何か収穫は」塩沢は話題を変えた。
「しゅうかく?ああ、あの病院な。女神には会えなかったが・・いくつか検査を受けてはやったがね」
少しずつ、顔色が落ち着いていく。
「半年に1回、PET受けてるから。ま、今回の結果はどうでもいーんだけどさ」
「真田病院が救急を再開する意志は・・・」
「ある。このメモリーカードに。これが最大の収穫だ」
ポテッ・・・と小さいカードが置かれた。
「コピーしたから、これ要らないよ。さっきは怒ってごめん」
「私の策を採用していただければ」
「あそこの医者な。あんま、大したことないな。どこが違うわけ?すごいわけ?」
「私めにも、そこまでは・・・」
ベンチャー理事は興奮してきた。不可解なものを、解きたがる。
「じゃ、どんどん患者、送り込んでさ。前みたいに。疲弊させたら一発じゃん?今だったらいけるだろ?え?」
「おそらく、チームワークで乗り切るのでは」
ムラサキはちょっとの隙にも敏感だった。とたん凶暴化する。
「いや。俺は見てきた!俺のカンは間違いない。今のチームはズタボロだ。奴らヘタレて、すぐに開城するわな」
塩沢はそうはいかない。
「理事。なにゆえ、今思いついたような決断を。衝動は人を・・・」
「衝動は不可欠だ。それが情熱に火をつけて文明が発達する。お前のように、石橋叩いてたら橋はもたんよ。俺の金で食ってる奴が!おい山形!」
図太い図体が持ち上がった。
「へい!」
「善は急げ。患者をピックアップして、リストを見せろ。5分でやれ5分で」
「5分はちょっと・・・」
「そら、5秒過ぎた!急げ急げ!奴らの帰宅前を狙うぞ!」
笑顔でポケットからピストルを取り出し、頭上へ。
<ドーン!>
「(一同)わああああ!」
その頃、真田病院の医局。間宮が病棟の仕事そっちのけで、さっきのCT画像を見ている。
「・・・・・あたしが。あたしが見たときは。写ってなかった。うん」
「それはどうかな」
「ぎゃ?あ・・・ダン先生」
ダンは、間宮の記録した写真をヒラヒラかざした。
「勉強は、読むことや聞くことから始まるんじゃない。ユウキくんは、そこを君に教えなかったのかな」
「・・・・・」
あたしは別に、教わってるとか、そんなつもりじゃない・・・。忘れてたことを、1つずつ取り返しているところ。あいつに、時々助けてもらう。それは認める。
「いいかい。全てを見ること」
「見る?」
「疑いの目で。白の中に黒。黒の中に白。を見つけるつもりで。ほら。この膵臓にはそのアラがかすかに・・・・見えるだろう?」
愕然とした。自分が撮った写真に、やっと今教えられるなんて。いや、本当は疑いながら見てなかったのか・・・。
ダンは帰りのしたくのため、院長室へ帰ろうとした。
「間宮くん。自分を任せるな。自分にさえも」
これはつまり、自分さえも疑ってかかれ、ということ。
だが、間宮のコブシは・・・強く握られたままだった。病棟へ向かう足取りが、いっそう重い。
なあ、間宮・・・。
呼んで、みただけ。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
コベンジャーズ 第3話 リスタート前夜
2013年1月4日 連載 翌朝。
CTの筒の中を、ようやく出てきた。ムラサキは僕と同じ年代の(当時)30代前半で、理事・医師というより、ベンチャーという形態に近かった。当時の流行だ。カテゴリの隔壁にこだわらず、新風を吹き込む。
「次は、エコーだな!エッコーエッコー!」上半身をズバッと脱ぎ捨てた。ゲスらが拾う。僕は忠実だ。まだ若いのに・・・どこか気の毒だった。彼らは、ムラサキの一挙一動に振り回されている。彼の機嫌次第で、どうにでもなる。
事務長がひざまずいた。
「事務長の品川です。いつも誠にありがとうございます。お互い中核病院としての・・・」
「あ、あんたね。事務長。かっこいいね。確かに。やりまくってんやろ?」
「は?」
「はっはっ!」ベッドにゴロン。赤面したナースが暗闇に。
(♪)
Realize 感じてる
移りゆく悲しみさえ
变わらない時の中で
記憶の海へといつか流れる
二度と戻らないと
あきらめていた人と
思いもよらぬことで
また会えることがある
きっと同じ場所に
いられることだけを
信じていたから 1・2・3・4
Realize わかってるかってる
さだめなどありはしないはしない
变わらないわらない真実なら
未来はいつでも变えられるもの
(終)
間宮が入ってきた。メガネ女医だ。
「あの・・・あたしが?」
「あれ?」ムラサキは顔を上げた。「ロリー?ねねー。なんでロリー?」
ジャージ2人は互いに見合わせ困惑した。ゲスが呟く。
「ご指名は女医さんと聞いたので、これでよかったかと」
「ゲス。外人さんと、ぼく言ったろー!」
「申し訳ありません!ただちに、違うのを!」
人をモノのようにした会話だ。みな凍りついた。間宮も傷ついているに違いないが・・・ポーカーフェイスだ。
「じゃ、ちょっとべチャッとします」
「ホウ!」思わず飛び上がった。
僕は隅から見ていた。
「・・・・・?」PHSが振動。詰所だ。廊下で出る。
「あー。あー。血圧190?再検でも?じゃ、CTとって。CT」
「こんにちは」話の長い婆さんにつかまる。
「こんちは。で?高熱の人の尿量が?はいはい」
「先生な。きのうもろうた薬な」
「0時から200とは少ないな」
「いっちょも、きかへんっ!」周囲の数十人が立ち止った。リハビリの車いすさえ。
「ちょっと待って!いやこっちの話」
「そうや!こっちの話やっ!」
「いやここでばあさんが、あゴメン」
「ゴメンゴメン言うて!済むと思ってんのが間違いやっ!さあ、治せ!」
「家族への説明はそうだな・・(手帳)あさっての昼2時」
「はぁ?あさってやって?バカ言うなっ!さぁ治せ!」
<ER>では警備員が出てくるタイミングなのだが・・・。
いっぽう、間宮は超音波を終えて廊下に出てきた。
「あの人、何?」
「病院の理事らしい。失礼だったな。あいつ」
「<ロリ>って何?」
「しっとるくせに・・・で?結果は?」
「なーんも、なし!」
スタスタと、間宮は医局へ向かうエレベーターへ。
超音波の部屋では、ムラサキの着替えが終わっていた。
「おっ!ヌードが見られず残ねーん、て顔!」
「ちゃいますよ」
「結果はじゃ、まとめて聞こう。帰ろか」
ジャージの2人に起こされ、直立。
「救急。なぜ取り下げたの?」
「退職者が、大勢出て・・・」
本当だった。救急の受け入れが一方的との意見が多かった。自分には、忙しさや無能なことへの言いわけだと思っていた。またそんな考えが世にまかり通るとも思っていなかった。
しかし・・・世間はゆとりに向かっていた。リスクの報道が過激になるにつれ、スタッフらは我が身を案じた。それが日本の望んだ平和だった。では、割を食うのは誰か・・・?圧倒的に不利な人々だ。<勝つ側>は、それを知っててやっている。
玄関へ見送り。また黒い救急車が来ている。
「じゃ、ふつーに乗るよ」とムラサキ。
「お願いがあるんですが」僕は言葉で割り込んだ。
「なに?あんた、こっちに来たらいいのに」
「いや。救急が再開されたら、くれぐれも急に多量に送らないでほしくて」
「え?ああ、患者さんのことだろ?僕が理事になってからはない。でも先生」
「は、はい」
「救急を再開しないでどうする。上のいうことばかり聞いてて、あとでそのせいにする人生なんて」
いきなり、極論か。
「な。そうだろ?何のために、一生懸命勉強してきた?」
「・・・・・自分には、権限がないので」
「いいや。あったじゃないかサンダル先生。なくしたら、取り戻せ」
そう言い残し、パタンとドアが閉まった。
数時間後。医局でフィルムレスの画像を見ている。のはジュリアだった。彼女は超音波をご指名されたわけだが、見向きもしなかった。ダンの指図なら、受けただろうが。
「うーん・・・」マウスを上品にクリックし続ける。長髪がキーをなぞれる。彼女はどこか異国の香りがした。いやはや、異国の匂いがどんなものかと聞かれれば表現に困る。私の言う医局は、違った異国は、別次元という意味だ。えっ、なんでこんな可愛い子が・・というような。
「やっぱりこれ・・・ねー?造影しなかったのー?MRは?MRCP!」
「やってないよ。すぐ帰ったし」山崎が横のもう一画面で確認中。
「超音波は・・・」
「ねーさんがしてた」
「なんでアタシ指名すんの。何様だと思ってんの」
理事なんだが。
やはり、ジュリアにとって気になるスライスがあった。
「膵臓の中さー。膵管。開いてない?スジに見えない?」
「んー・・・」
パタン、と医局のドアが閉じたら・・・ダンだった。
「山崎くん、ドレナージありがとう。管にかけてはミナミ一だね」
「管って・・・あーあ先生。どうですこれ?」
ダンは実はもう見ていた。
「それなぁ。私もさっきまで悩んでたんだが。採血の結果は待つとして、造影CTを依頼できないかなぁ」
「それが先生アイツ。帰ってしまって。連絡はあっちからするって」
「住所は?」
「実費で払っちゃいまして。個人情報なし」
ダンはソファに沈んで指で遊んだ。
「金持ちは違うねぇ・・・」
間宮が現れた。
「あの。何かあったんですか」
反射的に、2人の画像が閉じられた。ただ、なんとなくの気まずさで。クレバーになるほど、反射神経が発達する。
「間宮くん。理事の私から取り入るのもなんだが。そろそろ当院の売り上げを伸ばさなきゃね」
何やら何枚かの資料らしきものを握ってる。数字だらけだ。
「銀行があれこれね。うるさいんだよ最近は」
ダンにしては珍しく、コロンボ調の湿った雰囲気だ。
「真田病院は、ここ1年で驚異の進化を遂げた。あちこちの病院だって拡張工事を進めている。ただそれが儲かっていることを意味するかどうかは議論を要する」
ジュリアは頷いてる。いつも話していることなんだろう。
「我々はいったん救急をストップして、甘んじた環境にある。しかし、貯めてある蓄積は大きい。それこそ大きな飛躍のためだ」
退屈し切った山崎が聞く。
「あの。で。要は大きな利益でしょ?その利益を生み出すために、何をやろうとおっしゃるんですか?」
「おい・・・」心配になったやっさんの低い声。
「新しい病院を、2つ立ち上げる」
「(おお!)」
「当院は現在の規模を維持しつつ、救急受け入れ・休眠した病床の復活でもって安定した経営を守り続ける」
そうか。僕は隅で聞いてた。安定を保つってことは・・・やはり今の経営は厳しいんだな。
大阪の病院の9割以上が赤字という。それでも経営は引っ張れる。理事がその負債を背負い続けるという条件で。金を貸すところは様々だが、銀行はただの融資ボランティアではない。都合よく、仕事を調達してもらわないといけない。銀行に仲の良い業者たちだ。
これが善なのか。悪なのか。いやいや、必要とされた時点でそれは割り切れない。それらは巨大な力で動き出す。ではその行く果てに犠牲とされるものとは・・・・?
CTの筒の中を、ようやく出てきた。ムラサキは僕と同じ年代の(当時)30代前半で、理事・医師というより、ベンチャーという形態に近かった。当時の流行だ。カテゴリの隔壁にこだわらず、新風を吹き込む。
「次は、エコーだな!エッコーエッコー!」上半身をズバッと脱ぎ捨てた。ゲスらが拾う。僕は忠実だ。まだ若いのに・・・どこか気の毒だった。彼らは、ムラサキの一挙一動に振り回されている。彼の機嫌次第で、どうにでもなる。
事務長がひざまずいた。
「事務長の品川です。いつも誠にありがとうございます。お互い中核病院としての・・・」
「あ、あんたね。事務長。かっこいいね。確かに。やりまくってんやろ?」
「は?」
「はっはっ!」ベッドにゴロン。赤面したナースが暗闇に。
(♪)
Realize 感じてる
移りゆく悲しみさえ
变わらない時の中で
記憶の海へといつか流れる
二度と戻らないと
あきらめていた人と
思いもよらぬことで
また会えることがある
きっと同じ場所に
いられることだけを
信じていたから 1・2・3・4
Realize わかってるかってる
さだめなどありはしないはしない
变わらないわらない真実なら
未来はいつでも变えられるもの
(終)
間宮が入ってきた。メガネ女医だ。
「あの・・・あたしが?」
「あれ?」ムラサキは顔を上げた。「ロリー?ねねー。なんでロリー?」
ジャージ2人は互いに見合わせ困惑した。ゲスが呟く。
「ご指名は女医さんと聞いたので、これでよかったかと」
「ゲス。外人さんと、ぼく言ったろー!」
「申し訳ありません!ただちに、違うのを!」
人をモノのようにした会話だ。みな凍りついた。間宮も傷ついているに違いないが・・・ポーカーフェイスだ。
「じゃ、ちょっとべチャッとします」
「ホウ!」思わず飛び上がった。
僕は隅から見ていた。
「・・・・・?」PHSが振動。詰所だ。廊下で出る。
「あー。あー。血圧190?再検でも?じゃ、CTとって。CT」
「こんにちは」話の長い婆さんにつかまる。
「こんちは。で?高熱の人の尿量が?はいはい」
「先生な。きのうもろうた薬な」
「0時から200とは少ないな」
「いっちょも、きかへんっ!」周囲の数十人が立ち止った。リハビリの車いすさえ。
「ちょっと待って!いやこっちの話」
「そうや!こっちの話やっ!」
「いやここでばあさんが、あゴメン」
「ゴメンゴメン言うて!済むと思ってんのが間違いやっ!さあ、治せ!」
「家族への説明はそうだな・・(手帳)あさっての昼2時」
「はぁ?あさってやって?バカ言うなっ!さぁ治せ!」
<ER>では警備員が出てくるタイミングなのだが・・・。
いっぽう、間宮は超音波を終えて廊下に出てきた。
「あの人、何?」
「病院の理事らしい。失礼だったな。あいつ」
「<ロリ>って何?」
「しっとるくせに・・・で?結果は?」
「なーんも、なし!」
スタスタと、間宮は医局へ向かうエレベーターへ。
超音波の部屋では、ムラサキの着替えが終わっていた。
「おっ!ヌードが見られず残ねーん、て顔!」
「ちゃいますよ」
「結果はじゃ、まとめて聞こう。帰ろか」
ジャージの2人に起こされ、直立。
「救急。なぜ取り下げたの?」
「退職者が、大勢出て・・・」
本当だった。救急の受け入れが一方的との意見が多かった。自分には、忙しさや無能なことへの言いわけだと思っていた。またそんな考えが世にまかり通るとも思っていなかった。
しかし・・・世間はゆとりに向かっていた。リスクの報道が過激になるにつれ、スタッフらは我が身を案じた。それが日本の望んだ平和だった。では、割を食うのは誰か・・・?圧倒的に不利な人々だ。<勝つ側>は、それを知っててやっている。
玄関へ見送り。また黒い救急車が来ている。
「じゃ、ふつーに乗るよ」とムラサキ。
「お願いがあるんですが」僕は言葉で割り込んだ。
「なに?あんた、こっちに来たらいいのに」
「いや。救急が再開されたら、くれぐれも急に多量に送らないでほしくて」
「え?ああ、患者さんのことだろ?僕が理事になってからはない。でも先生」
「は、はい」
「救急を再開しないでどうする。上のいうことばかり聞いてて、あとでそのせいにする人生なんて」
いきなり、極論か。
「な。そうだろ?何のために、一生懸命勉強してきた?」
「・・・・・自分には、権限がないので」
「いいや。あったじゃないかサンダル先生。なくしたら、取り戻せ」
そう言い残し、パタンとドアが閉まった。
数時間後。医局でフィルムレスの画像を見ている。のはジュリアだった。彼女は超音波をご指名されたわけだが、見向きもしなかった。ダンの指図なら、受けただろうが。
「うーん・・・」マウスを上品にクリックし続ける。長髪がキーをなぞれる。彼女はどこか異国の香りがした。いやはや、異国の匂いがどんなものかと聞かれれば表現に困る。私の言う医局は、違った異国は、別次元という意味だ。えっ、なんでこんな可愛い子が・・というような。
「やっぱりこれ・・・ねー?造影しなかったのー?MRは?MRCP!」
「やってないよ。すぐ帰ったし」山崎が横のもう一画面で確認中。
「超音波は・・・」
「ねーさんがしてた」
「なんでアタシ指名すんの。何様だと思ってんの」
理事なんだが。
やはり、ジュリアにとって気になるスライスがあった。
「膵臓の中さー。膵管。開いてない?スジに見えない?」
「んー・・・」
パタン、と医局のドアが閉じたら・・・ダンだった。
「山崎くん、ドレナージありがとう。管にかけてはミナミ一だね」
「管って・・・あーあ先生。どうですこれ?」
ダンは実はもう見ていた。
「それなぁ。私もさっきまで悩んでたんだが。採血の結果は待つとして、造影CTを依頼できないかなぁ」
「それが先生アイツ。帰ってしまって。連絡はあっちからするって」
「住所は?」
「実費で払っちゃいまして。個人情報なし」
ダンはソファに沈んで指で遊んだ。
「金持ちは違うねぇ・・・」
間宮が現れた。
「あの。何かあったんですか」
反射的に、2人の画像が閉じられた。ただ、なんとなくの気まずさで。クレバーになるほど、反射神経が発達する。
「間宮くん。理事の私から取り入るのもなんだが。そろそろ当院の売り上げを伸ばさなきゃね」
何やら何枚かの資料らしきものを握ってる。数字だらけだ。
「銀行があれこれね。うるさいんだよ最近は」
ダンにしては珍しく、コロンボ調の湿った雰囲気だ。
「真田病院は、ここ1年で驚異の進化を遂げた。あちこちの病院だって拡張工事を進めている。ただそれが儲かっていることを意味するかどうかは議論を要する」
ジュリアは頷いてる。いつも話していることなんだろう。
「我々はいったん救急をストップして、甘んじた環境にある。しかし、貯めてある蓄積は大きい。それこそ大きな飛躍のためだ」
退屈し切った山崎が聞く。
「あの。で。要は大きな利益でしょ?その利益を生み出すために、何をやろうとおっしゃるんですか?」
「おい・・・」心配になったやっさんの低い声。
「新しい病院を、2つ立ち上げる」
「(おお!)」
「当院は現在の規模を維持しつつ、救急受け入れ・休眠した病床の復活でもって安定した経営を守り続ける」
そうか。僕は隅で聞いてた。安定を保つってことは・・・やはり今の経営は厳しいんだな。
大阪の病院の9割以上が赤字という。それでも経営は引っ張れる。理事がその負債を背負い続けるという条件で。金を貸すところは様々だが、銀行はただの融資ボランティアではない。都合よく、仕事を調達してもらわないといけない。銀行に仲の良い業者たちだ。
これが善なのか。悪なのか。いやいや、必要とされた時点でそれは割り切れない。それらは巨大な力で動き出す。ではその行く果てに犠牲とされるものとは・・・・?
ピーポー音が、わずかに天空にゆらぎ出す。
医局の真下、エレベーター2階部分が開く。
<ポン!ガー>
「っしゃ!」
「わあ!」数人、よろめき除けた。
ダッシュが加速に変わり、左右の壁が流れていく。救急を閉ざされたのは屈辱だった。でもやはり、こういう仕事をしているのなら、こういう使命はなくてはならない。さもないと人間が傲慢になる。走るのをやめたら、人間はそこから歩=負のみ。
正面に、坂の平らなてっぺんが見え出した。
「ワン、ツー、スリー・・・フォー!」
4つのステップで、坂に飛び乗った。そのまま、45度を惰性で降りていく。誰かの頭がぶつかった跡も見受けられた。
ちょうど正面に、黒い救急車が到着していた。ハッチもすでに開いている。
車いすに乗せられた患者はどうやら・・・若者のようだ。髪がいやに整っている。そして余裕だ。病気の表情ではない。
スタッ!と数メートル下に着地し、即座に挨拶。若者の両端を、ジャージのガラ悪そうな若造がニヤニヤしている。
「あの・・・どういった内容で?」
「ああん?」ジャージの1人が眉を吊り上げた。
「アン・・って?」
「医者やろあんた?はよ診んかい」
「まぁまぁ」車いすの若者がなだめた。「今は落ち着いているから」
「入りましょう。中に」僕は車いすをゆっくり押した。けしからんことに、他のスタッフが来ない。台の上から、山崎がキョトンと見ている。
「先生!軽症っぽいっすね!オレ行かなくていいっすかー?」
「ああ!」
受付の中はまだざわざわしている。待ちくたびれた雰囲気の中、ベンチ中のように患者らがギリッと睨む。すぐにオヤッとした表情に変わる。
「ほうほう・・・繁盛してるね」若者はガウンを着ている。調子が悪いのか?
「あの。紹介状は・・・」
「ゲス。紹介状だって!」とジャージに指示。ゲスがあだ名とは・・・。
「へい。開けます」
「ちょっと!」手を伸ばしたが、かわされた。
「担当医。ユウキ先生へ。真珠会、理事のムラサキです。1泊ドック目的でお願いします。不整脈の疑いです。以上。ユウキっていう医者は?」
「・・・オレですけど」
「あっ。すんません」いきなり態度が変わった。
「救急車でいきなりっていうのは、ちょっと・・・」
「ハッハッ!まぁそう言わず!」若者は、すっくと車いすから降りた。
いきなり握手を求めてきた。190センチはある長身だ。ホストのような気品がある。
「理事であり、医師のムラサキ。よろしく!」あとの2人もおじぎした。
「ゆ、ユウキ・・・ですけど」
「患者の受診以来は、断れないはずだよ。くっく」
なあ、間宮・・・。おれはこのとき、こう言いたかった。
『救急車はタクシーじゃねぇ』。でもそれが、ドラマのマンネリ台詞のようで、嫌だったんだ・・・。
彼らはまず、様子を見に来た。平和に差し込んだ、あまりにも深いナイフの傷跡だった。
医局で、いったん落ち着いたダン。何やら、見つめている。
「・・・・・・」
そして、つぶやいた。
「3・・・2・・・・1」
ピリリ!とPHSが5時を告げた。
「帰ろう!」
立ち上がった、が・・・なぜかそのあとの足取りが、何気に重い。その理由は、その時は知る由もない。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
コベンジャーズ 第2話 カリスマ・ダン
2012年12月26日 連載午後の医局。外来が終わるのは昼すぎて当たり前。病院じゃ珍しくない。長年居るほど患者は増えて、新患も追加される。病棟の受け持ちも増える。それだけ役割が増えている・・・と思えば、窮屈でもない。キャパ超えて音を上げるなど、高給取りの資格はない。
「今日の午前の検査は多かったな~・・ダンは滑り込みで入れてくるし」
「ダン、まだ外来っすか」と山崎。お互いがソファで向かい合っている。
「急変。お前の患者であったろ?」
「ええ。呼吸停止で。痰、詰めたんじゃないかって思うんですけど。88歳ですからね。もういいんじゃないかって。家族、ろくに来ないのに」
「家族、ほんと来ないご時世だなぁ・・・」
不景気の影響もあると思われる。仕事がそう簡単に休めない。
「で?」
「ダンが診てくれました」
「へー。礼、言わなきゃ。間宮は?」
山崎は手振りで<全然>。
「そっか・・・あれだけ、積極的にやれって言ってんのに」
「もとは救急やってたのにですよ?もうボケたんですか?それで・・・」
何か聞きたそうだ。
「それで、僕らと同じ給料だったら、許しませんよオレ!」
気まずいタイミングで、事務長がやってきた。
「おーおーおー。時間外として、その給料から引いとかんと、いかんな!」
「なんだと?」と僕。
「すみません・・・・」
品川は、明細を1枚ずつ配った。
「持ってけー・・・へへへ。持ってけー・・・ははは」
あちこちの机の上にも置いていく。
僕は立ち上がった。
「病棟、そろそろ行くか!いったん!」
(♪)
Realize 感じてる
移りゆく悲しみさえ
变わらない時の中で
記憶の海へといつか流れる
二度と戻らないと
あきらめていた人と
思いもよらぬことで
また会えることがある
きっと同じ場所に
いられることだけを
信じていたから
Realize わかってる
さだめなどありはしない
变わらない真実なら
未来はいつでも变えられるもの
(終)
コンコン、とドアノック。
「ほい!」
「失礼しまーす」
頭巾をかぶったオジサンが、ホクホクのラーメンを持ってきた。下の段に、焼き飯。
「ちょうど2000円になりまーす!」
「待って。と、千と、千尋と・・・!」
「ありがとうございましたー!」バタン。
山崎が4枚、ラップをはがす。
「っしゃあ、いただきまショッカー!」
「キー!」と2人で箸を拳上。
ズバズバズバ、ズバズバ・・・こんな勢いで食べていく。
「こんなに速いと、インスリン抵抗性上がりまくるな!」と僕。
「DMっすか?」
「職員健診は問題なかったよ」
「俺もっす」
ズバズバ・・・ズバズバ
焼き飯をレンゲでかき出す。
「点滴が入りにくい患者がいてな。今日もやってみるけど。無理だったら代わってくれる?」
「いいっすよ」
「器用だからな。お前・・・ほんと、内視鏡や管関係はうまいよな」
「それだけみたいな言い方、しないでくださいよー!ははは!」
「間宮にも、教えてやってくれよ!カメラ!」
病棟詰所では、ダンがナースらに囲まれている。
「うん・・・うん。分かる。みなさんが思うのも、ごもっともだ」
「これからはドクターにですね、以上の条件を飲んでいただいて」と高齢師長。
「でもいやはや。このリストは多いねー。要望が」
そのリストには、ナースからドクターへの要望が書いてある。要は、仕事を減らしたいわけだ。
「人手が少ない、救急が多い。そこで僕が院長に就任して、救急の看板を取り下げた」
「はい。それは存じてますが」
「だが」
ダンには決定札があった。
「理事を兼任している立場から言うと」
出た。印籠だ。
「救急を取り下げた分、何かで取り返さなくてはならない」
「ええ・・・」
「民間病院だからね。会社と同じようなもの。僕は社長で、君は美しい副社長だ」
「まっ・・・」少し照れた。女性は年をとっても・・いやいや。
「つまり1つの家族だ。僕が父、君が母。大勢の子供たちの面倒を見なくちゃいけない。親なら、子供のためなら何だってするよね」
「はい・・・」
周囲のナースらが、1人ずつ引き上げていく。
「稼ぎ頭は長男長女たちだ。私の横のジュリアも、私の愛しい娘のようなものだ」
横に、ハーフ系の麗しい女医が立っている。
「彼らによる指示によって、病院の利益が上がり君らの生活も守られる。だがその指示を反映させる者たちがいなくてはならない」
知らない間に、2人だけになっている。
「それが、君たちだ。それを守るのが君の役目だよ。お嬢さん」
師長は顔面の弛緩がよりゆるんだ。ジュリアも少し遅れて微笑んだ。
ダンも、険しい表情がなくなった。
「よし。今日はご褒美に、各病棟にピザを注文しよう。各病棟、Lサイズ5つずつ。合計で40個くらいかな。ジュリア!」
「はい!」ハーフ美女が少し飛び上がった。
「注文を!えーと・・・ピザの内容は。よく分からんのだよなぁ・・・じゃ、ジュリアにちなんで・・・」
「ハーフの、セットですよね!」と女神がほほ笑んだ。
廊下に出たところPHS。ダンは素早く出た。
「救急?いや、うちは救急は今は・・・・そうか」
ピッ、と切った。すぐさま僕へ。
「はい?団先生」
『救急が一方的に入るらしい。君のお友達だろう。たぶん』
「真珠会とは、因縁の仲ですが、友達とは」
ダンは話しつつ、廊下の行きかう人々に礼をふるまった。
「一生の伴侶もいずれは、因縁、そして怨念と呼ばれるものだよ。だがそれを結びつけたのは運命だ。受け入れた運命なら、それを見届けたまえ」
「はいはい。運命に従います」さっさと切った。病棟詰所、山のような指示を加速的に終わらす。
「リーダー。見て。これと・・・これは急ぎ。あとはゆっくり拾ってくれ」
ダッシュで廊下へ。
「トイレ!」
腹痛を催したからだ。
「今日の午前の検査は多かったな~・・ダンは滑り込みで入れてくるし」
「ダン、まだ外来っすか」と山崎。お互いがソファで向かい合っている。
「急変。お前の患者であったろ?」
「ええ。呼吸停止で。痰、詰めたんじゃないかって思うんですけど。88歳ですからね。もういいんじゃないかって。家族、ろくに来ないのに」
「家族、ほんと来ないご時世だなぁ・・・」
不景気の影響もあると思われる。仕事がそう簡単に休めない。
「で?」
「ダンが診てくれました」
「へー。礼、言わなきゃ。間宮は?」
山崎は手振りで<全然>。
「そっか・・・あれだけ、積極的にやれって言ってんのに」
「もとは救急やってたのにですよ?もうボケたんですか?それで・・・」
何か聞きたそうだ。
「それで、僕らと同じ給料だったら、許しませんよオレ!」
気まずいタイミングで、事務長がやってきた。
「おーおーおー。時間外として、その給料から引いとかんと、いかんな!」
「なんだと?」と僕。
「すみません・・・・」
品川は、明細を1枚ずつ配った。
「持ってけー・・・へへへ。持ってけー・・・ははは」
あちこちの机の上にも置いていく。
僕は立ち上がった。
「病棟、そろそろ行くか!いったん!」
(♪)
Realize 感じてる
移りゆく悲しみさえ
变わらない時の中で
記憶の海へといつか流れる
二度と戻らないと
あきらめていた人と
思いもよらぬことで
また会えることがある
きっと同じ場所に
いられることだけを
信じていたから
Realize わかってる
さだめなどありはしない
变わらない真実なら
未来はいつでも变えられるもの
(終)
コンコン、とドアノック。
「ほい!」
「失礼しまーす」
頭巾をかぶったオジサンが、ホクホクのラーメンを持ってきた。下の段に、焼き飯。
「ちょうど2000円になりまーす!」
「待って。と、千と、千尋と・・・!」
「ありがとうございましたー!」バタン。
山崎が4枚、ラップをはがす。
「っしゃあ、いただきまショッカー!」
「キー!」と2人で箸を拳上。
ズバズバズバ、ズバズバ・・・こんな勢いで食べていく。
「こんなに速いと、インスリン抵抗性上がりまくるな!」と僕。
「DMっすか?」
「職員健診は問題なかったよ」
「俺もっす」
ズバズバ・・・ズバズバ
焼き飯をレンゲでかき出す。
「点滴が入りにくい患者がいてな。今日もやってみるけど。無理だったら代わってくれる?」
「いいっすよ」
「器用だからな。お前・・・ほんと、内視鏡や管関係はうまいよな」
「それだけみたいな言い方、しないでくださいよー!ははは!」
「間宮にも、教えてやってくれよ!カメラ!」
病棟詰所では、ダンがナースらに囲まれている。
「うん・・・うん。分かる。みなさんが思うのも、ごもっともだ」
「これからはドクターにですね、以上の条件を飲んでいただいて」と高齢師長。
「でもいやはや。このリストは多いねー。要望が」
そのリストには、ナースからドクターへの要望が書いてある。要は、仕事を減らしたいわけだ。
「人手が少ない、救急が多い。そこで僕が院長に就任して、救急の看板を取り下げた」
「はい。それは存じてますが」
「だが」
ダンには決定札があった。
「理事を兼任している立場から言うと」
出た。印籠だ。
「救急を取り下げた分、何かで取り返さなくてはならない」
「ええ・・・」
「民間病院だからね。会社と同じようなもの。僕は社長で、君は美しい副社長だ」
「まっ・・・」少し照れた。女性は年をとっても・・いやいや。
「つまり1つの家族だ。僕が父、君が母。大勢の子供たちの面倒を見なくちゃいけない。親なら、子供のためなら何だってするよね」
「はい・・・」
周囲のナースらが、1人ずつ引き上げていく。
「稼ぎ頭は長男長女たちだ。私の横のジュリアも、私の愛しい娘のようなものだ」
横に、ハーフ系の麗しい女医が立っている。
「彼らによる指示によって、病院の利益が上がり君らの生活も守られる。だがその指示を反映させる者たちがいなくてはならない」
知らない間に、2人だけになっている。
「それが、君たちだ。それを守るのが君の役目だよ。お嬢さん」
師長は顔面の弛緩がよりゆるんだ。ジュリアも少し遅れて微笑んだ。
ダンも、険しい表情がなくなった。
「よし。今日はご褒美に、各病棟にピザを注文しよう。各病棟、Lサイズ5つずつ。合計で40個くらいかな。ジュリア!」
「はい!」ハーフ美女が少し飛び上がった。
「注文を!えーと・・・ピザの内容は。よく分からんのだよなぁ・・・じゃ、ジュリアにちなんで・・・」
「ハーフの、セットですよね!」と女神がほほ笑んだ。
廊下に出たところPHS。ダンは素早く出た。
「救急?いや、うちは救急は今は・・・・そうか」
ピッ、と切った。すぐさま僕へ。
「はい?団先生」
『救急が一方的に入るらしい。君のお友達だろう。たぶん』
「真珠会とは、因縁の仲ですが、友達とは」
ダンは話しつつ、廊下の行きかう人々に礼をふるまった。
「一生の伴侶もいずれは、因縁、そして怨念と呼ばれるものだよ。だがそれを結びつけたのは運命だ。受け入れた運命なら、それを見届けたまえ」
「はいはい。運命に従います」さっさと切った。病棟詰所、山のような指示を加速的に終わらす。
「リーダー。見て。これと・・・これは急ぎ。あとはゆっくり拾ってくれ」
ダッシュで廊下へ。
「トイレ!」
腹痛を催したからだ。
いくつもの内視鏡がつりさげられ、その奥の闇にいる。所見を書いている。その間、ナースによる準備中。内視鏡や放射線を手伝うナースには、特別な手当てが・・・こっそり出ていた。だからこそ出来る人間が、より出来る。
「先生。次の方準備できました」
「はいよ」立ち上がり近くの超音波を見るが・・・
「なんだよ。やっさん、まだ来てないのかよ?」
「先生。患者様がお待ちですので」中年ナースは慇懃というくらい患者の執事だった。
「このスプレー・・・つまってないか?シュッシュッ」
「先生それはあちらで。患者様にかかりますので」
「この患者さんは、ピロリは調べるのか・・・?主治医、書いてないな。あ。おれだ」
「先生。患者様に聞こえますので」
観察開始。胃カメラは、鼻からの希望が多くなってきた。ただそれが、より楽だとは限らないんだが。
「・・・ちょっと食べてるだろ。これ。なぁ?」
「先生。患者様に聞こえますので」
「いやいや、その・・・」
「先生。患者様がお気になさりますので」
はいはい・・・しかし、やっさんはまだ来てない。いつもだが、遅刻の常習医師だ。50代で、体力がどうとかぬかしているが、足を引っ張られるのは耐えられない。
いや、普段はなんとかなる。人手の足りない事態だと・・・そうだ。院長のダンもだ。彼は午後いきなり帰ることから「早引きダン」「消失ダン」とか呼ばれていた。
胃の内部を観察。
「ほんと、俺も潰瘍あるんじゃないかな・・・」
「先生。患者様が」
「はいはい!聞こえていらっしゃいますな!以上!」
1本釣りのように、引き抜いた。だが、よく寝ている。鎮静剤がよく効いておる。
一方、横のエコー室にはカルテがたまっている。しかし・・・
「先生。患者様がこんなにお待ちです」とさっきのナース。
「うげっ。そっちへテレポートか?」
「入っていただきます」
「所見を書かなきゃ・・・!」
「患者様がお脱ぎの間に、なるべく速くお願いします」
「ああ」
PHSが鳴る。
「はい?急変?フリーがいるだろ?間宮が・・・明け?それがどうした?」
検査に入る。
その頃、医局からバン!と間宮が飛び出した。
「大変だ。大変だ!」
落ちかけた聴診器を、瞬時で拾う。
途中、外来休憩のダンがすれ違う。
「何か?手伝おうか?」
「あ、いけます!」小走りにやっと。
詰所では、1人のナースが心マッサージ。
「先生!巡回したら、もう息が止まってて・・・」
「どこまで?」
「は?」
「どこまでする人?」
「フルコースです。ご家族は、あらゆる処置を希望です」
間宮はの慌ては止まらなかった。アンビューを渡され、何度も換気、が80代女性は冷たいままだ。
「誰の患者?」
「山崎先生です」
「病名は?」
「ちょっと・・・見てきます」
「まってよ!どこ行くの!」
いや、そのナースは実は・・・
すぐ近くで電話。
「山崎先生!やっぱり来て!」
マッサージの横で、間宮はふと感づいた。
「やっぱり、って・・・何?」
やっぱり、って・・・やっぱりコイツダメだって・・・こと?
現れたのは、ダンだった。
「挿管チューブを・・・ははは。私の背中にあればなぁ」
と、彼は僕を皮肉った。
「間宮くん。変わろう」
「自分が・・・」
「やるよ。誰がやるかは、問題じゃない。さ」
間宮は退いた。
「あ・・お願いします」
「・・・・よし。揉んで。ナース。家族をここへ」
間宮は廊下まで後ずさり、ぽかんとしたまま後ろ壁を探した。ふと、冷たい壁に当たる。
「・・・・・・・・」
何を考えていたかは不明だが。正直周囲の者にとっては、彼女の以前の輝かしい経歴を聞いたら・・・今の彼女をむしろ疑うだろう。
ダンが出てきた。
「なぁに。少しずつ覚えておけばいいんだよ。誰かは近くにいる。何もかも、1人でやろうとしないことだ。彼氏の教えかい?」
「え?彼氏じゃありません!」
「ユウは、この病院で1人で切り盛りしていた頃もあったからね。軍人みたいなのを養成したいのも、分かる気もする。がね~・・・ははは」
彼の気持ちもわかってくれ、ということなのだろうか・・・。彼女はもちろん違和感を感じている。なにせ同僚だった医師から、今は指導をされている立場にあるためだ。30代で、いまさら患者に張りつけと言われても、ついていけない。とも言いにくい。
ダンが診た患者のことも考えるのに疲れ、医局へ戻った。
「ふう!」ドカン、とソファに沈んだ。
「お」近くにやっさんが、コーヒーを飲んで立っている。
「おはようございます」
「明けか。お疲れさん」
「今日は検査係ですか?」
「ユウがまたあのバカ、怒ってるらしいな・・・」
この老犬には、どこかバブルの余裕があった。
「ま、やらしとけ、やらしとけ・・・」
じいさんは、未だ行く姿勢がない。
「間宮くん。もう帰りなさい」
「え。でも」
「当直の明けだから、いいんだよ。あとはわしらが、やっとく」
「・・では、院長を通して」
「ダンは旧友だから。言っておく」
「すみません・・・」
あっさり間宮が引き上げようとしたとき、やっさんはカップを置いた。
「ユウは、また救急を取り始めるとか・・・?」
「えっ?・・・・いや何も、聞いてませんが」
「・・・・・・・・・」
間宮は外に出て、ロッカーをガツンと開けた。ロッカーの中は、今の自分の心のように息苦しい。
「・・・・・・・いきりやがって」
はっとなり、見回した。誰もいない。地獄耳もいない。
するとすぐ割り切った表情で、ファッションで彼女は着こなした。白衣は籠に入っていた。
ピリリ!とまた誰かのPHSが。いや自分のかもしれない。
彼女は小さく医局のドアに礼をした。一歩、一歩、非常階段。いろいろすれ違うも、他人とされて気づかれてない。
駐車場。かつてここで、救急患者がどれだけ運ばれたか。バトルがあったか。真田病院はついこの前、救急を取り下げたばかりだ。
つかの間の、平和だった。
<白夜行>ふうに言うと・・・
なあ、間宮。
そのあとの事はすべて。
俺のせいだと言うのか・・・。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
「先生。次の方準備できました」
「はいよ」立ち上がり近くの超音波を見るが・・・
「なんだよ。やっさん、まだ来てないのかよ?」
「先生。患者様がお待ちですので」中年ナースは慇懃というくらい患者の執事だった。
「このスプレー・・・つまってないか?シュッシュッ」
「先生それはあちらで。患者様にかかりますので」
「この患者さんは、ピロリは調べるのか・・・?主治医、書いてないな。あ。おれだ」
「先生。患者様に聞こえますので」
観察開始。胃カメラは、鼻からの希望が多くなってきた。ただそれが、より楽だとは限らないんだが。
「・・・ちょっと食べてるだろ。これ。なぁ?」
「先生。患者様に聞こえますので」
「いやいや、その・・・」
「先生。患者様がお気になさりますので」
はいはい・・・しかし、やっさんはまだ来てない。いつもだが、遅刻の常習医師だ。50代で、体力がどうとかぬかしているが、足を引っ張られるのは耐えられない。
いや、普段はなんとかなる。人手の足りない事態だと・・・そうだ。院長のダンもだ。彼は午後いきなり帰ることから「早引きダン」「消失ダン」とか呼ばれていた。
胃の内部を観察。
「ほんと、俺も潰瘍あるんじゃないかな・・・」
「先生。患者様が」
「はいはい!聞こえていらっしゃいますな!以上!」
1本釣りのように、引き抜いた。だが、よく寝ている。鎮静剤がよく効いておる。
一方、横のエコー室にはカルテがたまっている。しかし・・・
「先生。患者様がこんなにお待ちです」とさっきのナース。
「うげっ。そっちへテレポートか?」
「入っていただきます」
「所見を書かなきゃ・・・!」
「患者様がお脱ぎの間に、なるべく速くお願いします」
「ああ」
PHSが鳴る。
「はい?急変?フリーがいるだろ?間宮が・・・明け?それがどうした?」
検査に入る。
その頃、医局からバン!と間宮が飛び出した。
「大変だ。大変だ!」
落ちかけた聴診器を、瞬時で拾う。
途中、外来休憩のダンがすれ違う。
「何か?手伝おうか?」
「あ、いけます!」小走りにやっと。
詰所では、1人のナースが心マッサージ。
「先生!巡回したら、もう息が止まってて・・・」
「どこまで?」
「は?」
「どこまでする人?」
「フルコースです。ご家族は、あらゆる処置を希望です」
間宮はの慌ては止まらなかった。アンビューを渡され、何度も換気、が80代女性は冷たいままだ。
「誰の患者?」
「山崎先生です」
「病名は?」
「ちょっと・・・見てきます」
「まってよ!どこ行くの!」
いや、そのナースは実は・・・
すぐ近くで電話。
「山崎先生!やっぱり来て!」
マッサージの横で、間宮はふと感づいた。
「やっぱり、って・・・何?」
やっぱり、って・・・やっぱりコイツダメだって・・・こと?
現れたのは、ダンだった。
「挿管チューブを・・・ははは。私の背中にあればなぁ」
と、彼は僕を皮肉った。
「間宮くん。変わろう」
「自分が・・・」
「やるよ。誰がやるかは、問題じゃない。さ」
間宮は退いた。
「あ・・お願いします」
「・・・・よし。揉んで。ナース。家族をここへ」
間宮は廊下まで後ずさり、ぽかんとしたまま後ろ壁を探した。ふと、冷たい壁に当たる。
「・・・・・・・・」
何を考えていたかは不明だが。正直周囲の者にとっては、彼女の以前の輝かしい経歴を聞いたら・・・今の彼女をむしろ疑うだろう。
ダンが出てきた。
「なぁに。少しずつ覚えておけばいいんだよ。誰かは近くにいる。何もかも、1人でやろうとしないことだ。彼氏の教えかい?」
「え?彼氏じゃありません!」
「ユウは、この病院で1人で切り盛りしていた頃もあったからね。軍人みたいなのを養成したいのも、分かる気もする。がね~・・・ははは」
彼の気持ちもわかってくれ、ということなのだろうか・・・。彼女はもちろん違和感を感じている。なにせ同僚だった医師から、今は指導をされている立場にあるためだ。30代で、いまさら患者に張りつけと言われても、ついていけない。とも言いにくい。
ダンが診た患者のことも考えるのに疲れ、医局へ戻った。
「ふう!」ドカン、とソファに沈んだ。
「お」近くにやっさんが、コーヒーを飲んで立っている。
「おはようございます」
「明けか。お疲れさん」
「今日は検査係ですか?」
「ユウがまたあのバカ、怒ってるらしいな・・・」
この老犬には、どこかバブルの余裕があった。
「ま、やらしとけ、やらしとけ・・・」
じいさんは、未だ行く姿勢がない。
「間宮くん。もう帰りなさい」
「え。でも」
「当直の明けだから、いいんだよ。あとはわしらが、やっとく」
「・・では、院長を通して」
「ダンは旧友だから。言っておく」
「すみません・・・」
あっさり間宮が引き上げようとしたとき、やっさんはカップを置いた。
「ユウは、また救急を取り始めるとか・・・?」
「えっ?・・・・いや何も、聞いてませんが」
「・・・・・・・・・」
間宮は外に出て、ロッカーをガツンと開けた。ロッカーの中は、今の自分の心のように息苦しい。
「・・・・・・・いきりやがって」
はっとなり、見回した。誰もいない。地獄耳もいない。
するとすぐ割り切った表情で、ファッションで彼女は着こなした。白衣は籠に入っていた。
ピリリ!とまた誰かのPHSが。いや自分のかもしれない。
彼女は小さく医局のドアに礼をした。一歩、一歩、非常階段。いろいろすれ違うも、他人とされて気づかれてない。
駐車場。かつてここで、救急患者がどれだけ運ばれたか。バトルがあったか。真田病院はついこの前、救急を取り下げたばかりだ。
つかの間の、平和だった。
<白夜行>ふうに言うと・・・
なあ、間宮。
そのあとの事はすべて。
俺のせいだと言うのか・・・。
(♪)
遅い電車の ドアにもたれて
逃げる街の灯り見つめてた
がんばりすぎよ 仕事仲間の
心配顔 平気と笑って
毎日降りる駅を出て
ヒールの音がついてくる
ただなんでもないあの曲り角で
急に涙がこぼれた
Single Girl わたし 淋しかったんだ
自分でも気づかなかった
Single Girl わたし 泣きたかったんだ
正直にあなたの胸で
逢わないでいたら終わるって
信じてもないくせに
コベンジャーズ 第1話 「明け」
2012年12月24日 連載僕らは、レストランで取り留めもない話をしていた。後輩の山崎が、ここぞとばかりに根掘り葉掘り、聞く。
「そろそろねーさんに、いろいろしてもらわんと・・・」
「うん」
「こっちが参ってしまいますよ?いや、僕らが」と言い直す。
このねーさん、というのはネイサンという名前ではなく・・・単にある女医を指して言っている。この女医は僕が研修医の時に一緒だった者で・・・
「まぁ、山崎。分かるんだけど。彼女はまだ来て半年だし」
「まだ?いやいや、もう半年ですよ。ここはもう以前の老健じゃない。多忙な民間病院です」速い鼻息。
後輩の彼は、最近ため口を混ぜるようになってきた。嫌な部下の傾向だ。
「山崎。そりゃ彼女は以前は救急で慣らしてたから、実力はあるはずなんだ」
「外来は1コマ。病棟患者は10人以下」
「8時過ぎるな。おい、出るぞ!」
僕はロイヤルホストの伝票を引っこ抜いた。急いでついてこないところを見ると・・・また僕の驕りなんだろう。
「あぁ。すみません。偶然とはいえ」この男の、ちょっと嫌なところだ。態度の豹変が、現金すぎる。
「ごちそうさまです~」
カランカラン、と寒い駐車場へ出た。僕は自分のせっかちを警戒していて、ちょっとゆとりを持とうとした。
「医者でもな、男女平等とか女医の奴らとか言うけどもやなぁ・・・」
「やらしたらいいんですよ!」
「なーんか。できんのよね~」
こういったところが、僕が院長を降ろされた理由だった。院長といえば・・・
「山崎。ダンが来るまで、急ぐぞ!」ささっ、と自分の車に。
「よしきた!」山崎も車へ。彼はモテ期だそうだが、仕事には関係ない。とも言えない。
(♪)
Realize 感じてる
移りゆく悲しみさえ
变わらない時の中で
記憶の海へといつか流れる
二度と戻らないと
あきらめていた人と
思いもよらぬことで
また会えることがある
きっと同じ場所に
いられることだけを
信じていたから
Realize わかってる
さだめなどありはしない
变わらない真実なら
未来はいつでも变えられるもの
(終)
僕の車が先に着いた。降りると、速コマで職員らが入口へ吸い込まれていく。
「おう!お!う!」
極力、体力を浪費しない挨拶をしつつ・・・7回の医局へ。
真田病院は数か月前に増築され、背が3階分も伸びた。病床が増えたはいいが、スタッフが頭打ち。看護基準の問題もあるが、医師の確保が深刻だった。
自動ドアになった医局へ入る。
「ちはす」
正面に大型テレビ。そっぽ向けのソファーに黒い髪。が、ちょこっと振り向いた。
「ああ。おはよう」これがさっきの<ねーさん>だ。僕と同じく30半ばだ(当時)。
「明けか?」知ってて聞く。
「うん。申し送っとこーかー」
ダルそうに、のそっと立ち上がる。痩せ型だった尻が肥大化しているのは男らが認めるところだ。顔はもともと地味でも化粧が濃かったが、今は半メイクの状態だ。正直、女として見られていないと自覚しているそうだ。
「第6詰所で急変があってー。でも何もしないってことだからー」
「亡くなったのか?」
「とりあえず、酸素しといた」
「何もせんのじゃ・・」
「あ。そうか」
どうしたんだ・・・?と、ときどき思う。
「でねー。第2詰所がバタバタしてて。不整脈がけっこう出た患者さんがいて」
「なんの?」
「なんの?」
「いやいや。俺が聞いてる」
「あぁ。何の不整脈かって、こと?」
どこか、鈍い。彼女は研修医のとき含め数年、そうではなかった。
「うーん。不整で・・・」
「そりゃそうだろ。不整脈なんだから!うっ」携帯が鳴りだした。
「あ。どうぞ」
「んもう・・・」後ろ、山崎が遅れてきた。視線を感じる。
「はいはい。もう来た?約束のおい3時間前。あの家族。何考えて・・・ま。いいや。またしといて」ピッ、と切る。「で?」
「2段脈のVPCが出てて」
「ジギタリスは飲んでないか」
「たぶん・・いやどっちかな」
「も、ええわ」
時計を見て、そのペースでいけなくなった。いやその。ダンがもう来るからだ。院長のダンが。
カチャ・・と盗っ人のように現れた。長身の紳士だ。実際は50後半だが、僕と同じ年くらいに見える。
「やあ。ジギタリスがなんだって?」という、地獄耳だ。
「これから病棟で確認します」
「ああ、それは私が確認してきたところだ。飲んでないよ。電解質など採血を頼んだところさ」
紳士気取りだが・・・それが気に食わないわけじゃない。不満は、まったく別のところにあった。
「あとはヤッサンだけか。彼は、マイペースだからね。間宮くんは、当直お疲れさん」
「はい。ありがとうございまーす!」彼女はどこか水を得たようだ。眠りから覚めたように。さっきのは何なんだ。どんな女の機嫌でも、手玉に取る奴がいる。
「しゃ!」
僕は検査部へと向かった。山積みの予約が待っているはずだ。
きのうのNHK(尾崎番組)
2012年11月17日 連載尾崎豊の特集を組むにつれ、インタビューされる人々がみるみる年を取っていく。もちろん、自分もだ。応援するピークの層が30代、40代へとシフトしていく。
尾崎の歌が、だんだん現実逃避的になって聞こえる。それだけ<大人>になったからだと言われそうだが、そんな生き方・考え方が現代に通用しなくなってきているものと思われる。
確かに尾崎のいう<自由>は<支配>の対極にあるわけだが、その自由はあくまで平和という背景があってこそ。平和というのは真っ白な画用紙のような意味で、それがあくまで白いと信じられる心があってこそ。反抗する人間もされる人間も、その平和の上でこそ対立できる。
今はその画用紙の白は実は上塗りであったことが分かってしまい、<支配>というより<未来を奪った利権>が僕らの敵だ。前の世代にすでに先手を打たれており、しかし戦う相手ではない。それより生き残る術が必要だ。後の世代にそれをそのまま伝えたい。
そうすると、今に一番近いアルバムは<誕生>か。
i-tunes と SONY
2012年11月7日 連載http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20121107_571197.html
あの悪名高いソニーがやっと楽曲をappleに譲ってきた。ということは、よほど困っているということだ。ソニーの楽曲配信はとにかく閉鎖的で、コピーのバラまきを何より恐れるため過剰なプロテクトをかける。結果、消費者の不買意識を高めている。ソニーの「分かるやつだけ買えばいい」的なハード戦略も、今の日本には合わない。
で、自分の好きな尾崎。浜田省吾や久保田などの曲がやっとダウンロード可能になった・・・がしかし、曲を眺めているうちに購入するには至らなかった。確かに懐かしい曲ばかりだが、思いを巡らせるうちに曲がすべて頭を駆け抜け、新鮮に聞きたい気持ちにまでならなかった。
買い物の喜びは、買った瞬間にピークを過ぎる。それを意識してのことだった。
いやいや。ソニーのことだ。今度はブルースペックみたいなこと抜かして、改めて地元サイトで提供してくる布石ではないか。
あの悪名高いソニーがやっと楽曲をappleに譲ってきた。ということは、よほど困っているということだ。ソニーの楽曲配信はとにかく閉鎖的で、コピーのバラまきを何より恐れるため過剰なプロテクトをかける。結果、消費者の不買意識を高めている。ソニーの「分かるやつだけ買えばいい」的なハード戦略も、今の日本には合わない。
で、自分の好きな尾崎。浜田省吾や久保田などの曲がやっとダウンロード可能になった・・・がしかし、曲を眺めているうちに購入するには至らなかった。確かに懐かしい曲ばかりだが、思いを巡らせるうちに曲がすべて頭を駆け抜け、新鮮に聞きたい気持ちにまでならなかった。
買い物の喜びは、買った瞬間にピークを過ぎる。それを意識してのことだった。
いやいや。ソニーのことだ。今度はブルースペックみたいなこと抜かして、改めて地元サイトで提供してくる布石ではないか。
冬は多くの病気が悪化しやすい時期だ。中でも頻度的には糖尿病、肝硬変、肺気腫の悪化が多い。しかも感染症の合併が高頻度だ。これらの疾患はそこそこ安定した状態で(急激な悪化無しで)維持できるはずなのだが、ふとしたキッカケ、たとえば風邪症状だけで入院する事態に陥る。フタを開けるとそれぞれ高血糖アシドーシス、高アンモニア、肺炎。これらは簡単に昏睡・呼吸不全へと移行する。
しかもなぜか週末や夜間帯の入院が多いため(受診の先送り)、当直医も情報不足で治療が効く以前に病状が圧倒してしまう。甘やかしてた家族に「なんとかできないんですか?」と言われてもこっちの言い分は「こうなるまで一体何してたんですか?」だ。
変な医者に当たると、最悪だ。当直医はロシアン・ルーレットみたいなところがある。その医者の専門が、その日の当直の限界だ。でも手当ても出るし、明日はいないし(非常勤の場合)割り切れる立場にある。そこが怖いところだ。非常勤で、次の日まで気にしてくれる医者などほとんどいない。なので休日の前、せめて外が明るいうちに受診すべき。
しかもなぜか週末や夜間帯の入院が多いため(受診の先送り)、当直医も情報不足で治療が効く以前に病状が圧倒してしまう。甘やかしてた家族に「なんとかできないんですか?」と言われてもこっちの言い分は「こうなるまで一体何してたんですか?」だ。
変な医者に当たると、最悪だ。当直医はロシアン・ルーレットみたいなところがある。その医者の専門が、その日の当直の限界だ。でも手当ても出るし、明日はいないし(非常勤の場合)割り切れる立場にある。そこが怖いところだ。非常勤で、次の日まで気にしてくれる医者などほとんどいない。なので休日の前、せめて外が明るいうちに受診すべき。
若いうちは少々の病気でも自力でなんとかできてしまうが、どうしても入院が必要な病気に陥ることがある。これは誰にとってもいえることで、受診してすぐさま入院を迫られることだってある。
もちろん本人が入院拒否すればそれまでだが、たいてい病気は夜中に悪化するので救急要請をする羽目になる。どこかには搬送してくれるだろうが、そこで診断がついて半ば必然的に入院になる。特に、夜間の急患を朝まで外来でもたせるようなことは通常しない。
そこでだが、入院が決まると身内に連絡がいくことになる。しかし最近、個人情報みたいな口実で教えてくれなかったり、また絶縁状態であったりするケースが増えている。これらの背景には、独身生活が本当に孤立・無関心的なものになった状況がある。身内の病気・死や事故・つらい場面にも立ち会わず、金だけ借りて気持ちも返してない。あとで現れた家族が、淡々と語る場面がある。
医師当人が知らないだけだが、ほとんどの医師は陰口を叩かれている。医師のほとんどは性格が悪いがそれだけでなく、守られた利権であることが原因している。しかも、他のスタッフとの距離が大きい。
ただ中にはその医師を利用してパダワン化し、デビューしようとする者がいる(愛人を含む)。しかしそれは一握りでよほどの努力をした者。ほとんどは夢のゴミ箱へと消える。
それで諦めるかというとそうではなく、期待を裏切った医師への逆恨みへと変貌する。周囲へのプライドもあり、それを保つべく陰口によって隙間を埋めることになる。小集団の長として留まるためだ。で、別の意味での利権を保とうとする。
陰口というのはご存じのとおりたいてい悪口だから、医師がちょっとでもミスったらゴシップ、ひいては祭りとなる。医療行為の責任は通常医師にあるので、それ以外には(一部ナースは別)なんだかんだ逃げ道がある。ここでやめておけばいいが、モヤモヤがつのって一線超えるのが必ず出てくる。宿命的に衝突し、結果的には恥をかかされるわけだが。その一方、医師の心もED化する。
だからという訳ではないが・・・自分はなるべく、院内行事には参加している。雰囲気を感じておく。
以上の内容は偏見に満ちているが、ネットにない情報が自分の取り柄なのでやはり述べさせてもらった。
ただ中にはその医師を利用してパダワン化し、デビューしようとする者がいる(愛人を含む)。しかしそれは一握りでよほどの努力をした者。ほとんどは夢のゴミ箱へと消える。
それで諦めるかというとそうではなく、期待を裏切った医師への逆恨みへと変貌する。周囲へのプライドもあり、それを保つべく陰口によって隙間を埋めることになる。小集団の長として留まるためだ。で、別の意味での利権を保とうとする。
陰口というのはご存じのとおりたいてい悪口だから、医師がちょっとでもミスったらゴシップ、ひいては祭りとなる。医療行為の責任は通常医師にあるので、それ以外には(一部ナースは別)なんだかんだ逃げ道がある。ここでやめておけばいいが、モヤモヤがつのって一線超えるのが必ず出てくる。宿命的に衝突し、結果的には恥をかかされるわけだが。その一方、医師の心もED化する。
だからという訳ではないが・・・自分はなるべく、院内行事には参加している。雰囲気を感じておく。
以上の内容は偏見に満ちているが、ネットにない情報が自分の取り柄なのでやはり述べさせてもらった。