『俺に謝るな!患者に謝れ!』(爆発音)
(制作者)
「福島第一原発の一件で・・・それまでの常識が一挙に覆された・・・」
『ズドオオン!』(建造物の崩壊音)
「それは・・一部の利権を守るためなら、どんな手段でも厭わぬ力の存在だ。その力の中の最大の要素は・・・<嘘>である」
「だからとって、素人がいきなり太刀打ちできるものではない。むしろまず自分の日常から、芽を摘み取っていくべきだ。テーマは小さくとも、罠はそこらにいくつもある」
「日常のメッセージはなるほど、今ではフェイスブックやSNS、いろいろあるだろう。シンクロした言葉に影響されるのもいい。しかし、肝心なことは何だろうか。思うに、それは現実への適応だ」
「現実というのは今まさに生きている生活そのものだが、いつでもそこから逃げやすいものとなっている。弱音を吐けば支えてくれるし、退屈なら無料ゲームも。タダ同然のフードも。しかし、戦力にはならない。現実との厳しいゲームによってしか、真の勝利は得られない」
「景気がどうなろうと、人は年を取るほど戦争だ。戦わずとも、潜在的な圧力が必要だ。でないと、利用されタダ同然でみなされる。本や歌というのはいい発明だ。巧妙でないといけないが、エンターテイメントの行間にメッセージを込められる。読み手聞き手が情報を展開する。パソコン作業と似てはいる」
「自分が伝えたいのは、たとえば自分が医者で何らかの利権を手にしたなら・・いったいそれにどんな力があり、ではどういった力として利用されるのか。どういった価値を持ってしまうのか。そういうことだ」
「純粋に診療。それもいい。しかしそもそもガイドラインは国が作った。そこには医療費の立場もある。薬剤、臨床試験もそうだ。背後には企業がある。患者背景は?生活保護が増え、一部は医療をくまなく利用。一方では時間もないサラリーマンが病気を発見される機会もなく、毛の生えたような健診を受けている。それが現実だ」
「かといって、世界は変えられない。だがせめて自分や周囲には気づかせよう。そのキッカケを見出すべく、自分は何かを書いてきている」
(制作者)
「福島第一原発の一件で・・・それまでの常識が一挙に覆された・・・」
『ズドオオン!』(建造物の崩壊音)
「それは・・一部の利権を守るためなら、どんな手段でも厭わぬ力の存在だ。その力の中の最大の要素は・・・<嘘>である」
「だからとって、素人がいきなり太刀打ちできるものではない。むしろまず自分の日常から、芽を摘み取っていくべきだ。テーマは小さくとも、罠はそこらにいくつもある」
「日常のメッセージはなるほど、今ではフェイスブックやSNS、いろいろあるだろう。シンクロした言葉に影響されるのもいい。しかし、肝心なことは何だろうか。思うに、それは現実への適応だ」
「現実というのは今まさに生きている生活そのものだが、いつでもそこから逃げやすいものとなっている。弱音を吐けば支えてくれるし、退屈なら無料ゲームも。タダ同然のフードも。しかし、戦力にはならない。現実との厳しいゲームによってしか、真の勝利は得られない」
「景気がどうなろうと、人は年を取るほど戦争だ。戦わずとも、潜在的な圧力が必要だ。でないと、利用されタダ同然でみなされる。本や歌というのはいい発明だ。巧妙でないといけないが、エンターテイメントの行間にメッセージを込められる。読み手聞き手が情報を展開する。パソコン作業と似てはいる」
「自分が伝えたいのは、たとえば自分が医者で何らかの利権を手にしたなら・・いったいそれにどんな力があり、ではどういった力として利用されるのか。どういった価値を持ってしまうのか。そういうことだ」
「純粋に診療。それもいい。しかしそもそもガイドラインは国が作った。そこには医療費の立場もある。薬剤、臨床試験もそうだ。背後には企業がある。患者背景は?生活保護が増え、一部は医療をくまなく利用。一方では時間もないサラリーマンが病気を発見される機会もなく、毛の生えたような健診を受けている。それが現実だ」
「かといって、世界は変えられない。だがせめて自分や周囲には気づかせよう。そのキッカケを見出すべく、自分は何かを書いてきている」
僕は膝を屈曲したままカタパルトよりジャンプ、斜めに着地の体制に入った。両手で握る喉頭鏡、長めに飛び出すブレードが、ピキンと光る。
「どけっ!」直下に美人アナやカメラマンら。
「きゃあああ!」
ブレードが手持ちステディカメラにぶつかり、僕のバランスは簡単に崩れた。
「うわ!」
「いやあ!」3名ほどが将棋倒しに倒れた。
僕は床でバウンドし、血の帯が鼻から大きな弧を描いた。片手のブレードが、血の指ごとアスファルトを数メートル割いていた。
「く、くそ!こんな奴らのために!」
起き上がり、ブレードをサッと持ち上げた。
「きゃっ!」美人アナがいちいち驚く。
カチャ、と新しいのに付け替える。
「お前ら、覚えとけ!」
すかさず、アナはマイクを握りしめた。
「い、いま!暴力医師とあだ名されてるスタッフでしょうか。取材陣に向かってこのように叫びました!お前ら、覚えとけ!お前ら覚えとけ!以上です!」
「コワいねえ今の医者は」ボスがせき込みCMへ。
小型テレビの前、よそのサボリ当直医が朝食を食べている。
「お前ら覚えとけ!オーレーに、アヤマルナ!カーンージャーニー、アヤマーレー!へへへ。こっちは楽なバイトだぜ!」
トントン、と何の音。
「はーい。もータクシー来た?もーオレ、医大でカンファレンスあっからちょーど帰るしバイトだし!」
ドン!とドアが蹴られ、藤岡弘のような毛深い常勤医が入ってきた。
「おい貴様。片っ端から、救急を断ってきたそうだな!」
「ひっ?」
「お前のようなクズに任せるんじゃ、なかったな!」
「じ、常勤医の先生っすか。こ、交代はまだ・・・」
「テレビで疑問を感じたんだよ。お前のような奴に、病院は任せられん!出ていけ!」
「ふにゃあっ!」
他の各病院の当直室でも、そのような現象が散見された。
地べたから顔を上げた僕は、膝を一本ずつアスファルトから持ち上げた。固まった血が、引きつれてズボンの衣ごと剥げる。
「いてえ!」
全身に激痛、は今始まったことではない。ところで大学組二人はマスコミを恐れてか救急室から出てこない。
目の前に運ばれた心停止めがけ、背中ごしに引っ張られるDCのパッド。1秒が24コマに見える。
「あああ!」
ズドーン、と衝撃。背中から出すチューブ、最後の一本。点滴が入ったはいいが、今度は背部痛で身体が直立した。
「げっ!いてええ!」
心臓マッサージ、あと三台の救急車、しかしもう空いてる手がない。マスコミも、退き続けるのみ。
すると。
迫っていた救急車の一台一台が、徐々にバックの体制に入った。
同時、事務の田中に外線が。さっきの藤岡弘のような医師からだ。
「D病院です。早朝のテレビにて駆けつけの常勤医。ただいま早急に出勤、当直医を駆逐し救急受け入れ体制に切り替えました!」
「神よ!ありがとうございます!」
時計は六時半。
さっきの心停止も、呼吸器がつくことに。いったい、今日は何人挿管したんだろう。だが何人かは亡くなってしまった。
次々と、当院をシャントしていく救急車たち。自分は両膝ついて泣き崩れ、血だらけで土下座したみたいになっていてカッコ悪い。
「ダン。ちきしょう。ダンのやろう!覚えてろダンの野郎!あ・・・」
ダーン、と力付きて後方へと倒れた。
廊下の壁伝いに、歩く女医。白衣でなく病衣であり、誰の気にも留められず。
「はぁはぁ・・・!」
レジオネラが関係ないとしても、熱がありそうだ。確かに手足の動き1つ1つ、自分の脳に許可がいる。
やっとエレベーターにたどり着き、ボタンを押した。
「あたしだけ。あたしだけ休みって。どうよ・・・!」
充血した目が、頭上の数字を追いかける。
同僚の間宮は病棟の処置をこなしていた。自信がついてきたのか、指示の出し方にも遠慮がなく聞き取りやすい。
「挿管チューブの位置!」レントゲンを上方にかざす。「あと4センチ抜く!」
ベッドサイド、呼吸器チューブをゆっくり引き抜き。横のモニターが遅い。
「急変?」
「ブヒ!」ナースが遅れて飛びつき、バイタルの確認。入院中の患者だ。
「どこまでやる人?」
「それが、まだ・・・」決まってない患者の様子。
「病名とかは?」いや、こんな時は・・・間宮は僕を見習った。
「アンビューする!」取り出し。点滴確認。カルテ持ってこさす。病名、経過の確認。ダンの患者、的確な経過が書いてある。
ドン!と入ってくる事務員。
「ユウ先生が、カテーテルされます!ヘルプが!もう先生しか!」
「この通り、両手がふさがってんのよ!もう1本ってもね!」
「は、はぁ・・」
僕はカテ室でパチン、と手袋が・・破れた。
「慌ててる・・・いやいや」
自分の両隣、患者が1人ずつ。1人はDCMというただでさえハイリスクな患者。信じたくないが、右の冠動脈が閉塞。
もう1人は高齢でどの検査もハッキリしないが、胸痛はひょっとしたら心筋梗塞か・・・。どっちも、早く確認したい。
「ワイヤー入る!透視出せ!」
「えっもう?ちょ、ちょっと待ってください!」ガラス越しの技師。
「バカ!逆映してどうすんだ!」
「先生!どうか怒らずに!」別の技師より。
「あ?ああ・・・す、すまん。左から、見ておく!」
左の冠動脈は、そこまでの狭窄はなし。血行路が発生。それが向かう右は・・・
「造影!・・・やはりだ。近位で詰まってる」
「開きますか?」
「ワイヤーで通るかもしれん」
ワイヤーが、もじもじと閉塞部位をほじる。
「技師!モニターも見とけよ!」
「分かる範囲なら・・・1人、呼ばれたんで抜けます!」
「よしこっちも抜けた!」
閉塞は解除され、狭窄が残る。
「ステント!」
ステントで拡張後、角度をいろいろ変更。
「心電図は確かに改善しつつあるが・・・」
手前のモニター、病変部が拡大。いきなり計測画面。
「技師?お前が、即興での計測か?」
拡大画面では、拡張したと思われる部位の色調がどうも一様でない。
「はぁ、はぁ」ジュリアが病衣の上に白衣。柱をつかんで登場。
「お前どしたんだ!寝てなきゃ!」
「た、たぶん。血栓だと思う」
「執念だな。ジュリア・・・!」
僕は病変部をさらに拡張、と決めた。
「というより、貞子だな。ありゃ」
バルーン、拡張。すっきりした波形の心電図になった。
ジュリアに頼み、ライン関係をお願い。
「もう1人は・・・!」
左冠動脈、入口の主幹部がいきなり狭い。ただし50%以下。一応有意ではない。
「閉塞があるのは・・・そこか!」
またしても、彼女が画像を解析。
「おいジュリア。もういいんだ!」
「前下行枝のほぼ中間よ。どうする?」<99%>の計測。
「俺には、90%くらいに見えるんだけど・・・気持ち、入ってんだろ?」
彼女は消化器内科寄りの人間だが、血管造影はやっていた。心臓のも手伝いはしてたらしい。やはり若造の時の経験だ。若造の経験の1ミリは、中堅の1センチよりも勝る。楽器の修業の身に着けのように、吸収の度合いが異なる。
「ステント!」
長めのステントが、広範囲に拡張された。
「造影!ダイセクないな・・・!いいだろ!」
ずっと見ていた事務員が遠慮なしに入ってくる。
「島先生も、小川先生ももう限界でして!」
「まだ処置があんだよこっちは!」
「20台・・・」
「なに?」
「こっちへ20台向かってます。大阪の各地から」
「誰かが。誰かが意図的にやってんだよ!」
「しし、知りませんよそんなことー!」
外は、でも明るい。
「どこの病院も、もう通常外来だろ!いま何時・・・」
自分の時計。
まだAM6時。
「降りるわ!」
「よろしくお願い申し上げます!」
吐き続けるジュリアをドクターストップとし、自分は1階へと向かう。テンションが上がる。しかしどこか雑だ。わけもなく動悸がする。足跡がガサツに響く。
はぁ、はぁ・・・なあ。間宮。もうひょっとしたら、患者を救うのは無理かもしれない。無理かもしれないと言いつつ、それでもやってきた。ならもっと乗り越えて、大げさな伝説でも作るとしよう。
未来のために、信じて。
「はぁはぁ・・・!」
レジオネラが関係ないとしても、熱がありそうだ。確かに手足の動き1つ1つ、自分の脳に許可がいる。
やっとエレベーターにたどり着き、ボタンを押した。
「あたしだけ。あたしだけ休みって。どうよ・・・!」
充血した目が、頭上の数字を追いかける。
同僚の間宮は病棟の処置をこなしていた。自信がついてきたのか、指示の出し方にも遠慮がなく聞き取りやすい。
「挿管チューブの位置!」レントゲンを上方にかざす。「あと4センチ抜く!」
ベッドサイド、呼吸器チューブをゆっくり引き抜き。横のモニターが遅い。
「急変?」
「ブヒ!」ナースが遅れて飛びつき、バイタルの確認。入院中の患者だ。
「どこまでやる人?」
「それが、まだ・・・」決まってない患者の様子。
「病名とかは?」いや、こんな時は・・・間宮は僕を見習った。
「アンビューする!」取り出し。点滴確認。カルテ持ってこさす。病名、経過の確認。ダンの患者、的確な経過が書いてある。
ドン!と入ってくる事務員。
「ユウ先生が、カテーテルされます!ヘルプが!もう先生しか!」
「この通り、両手がふさがってんのよ!もう1本ってもね!」
「は、はぁ・・」
僕はカテ室でパチン、と手袋が・・破れた。
「慌ててる・・・いやいや」
自分の両隣、患者が1人ずつ。1人はDCMというただでさえハイリスクな患者。信じたくないが、右の冠動脈が閉塞。
もう1人は高齢でどの検査もハッキリしないが、胸痛はひょっとしたら心筋梗塞か・・・。どっちも、早く確認したい。
「ワイヤー入る!透視出せ!」
「えっもう?ちょ、ちょっと待ってください!」ガラス越しの技師。
「バカ!逆映してどうすんだ!」
「先生!どうか怒らずに!」別の技師より。
「あ?ああ・・・す、すまん。左から、見ておく!」
左の冠動脈は、そこまでの狭窄はなし。血行路が発生。それが向かう右は・・・
「造影!・・・やはりだ。近位で詰まってる」
「開きますか?」
「ワイヤーで通るかもしれん」
ワイヤーが、もじもじと閉塞部位をほじる。
「技師!モニターも見とけよ!」
「分かる範囲なら・・・1人、呼ばれたんで抜けます!」
「よしこっちも抜けた!」
閉塞は解除され、狭窄が残る。
「ステント!」
ステントで拡張後、角度をいろいろ変更。
「心電図は確かに改善しつつあるが・・・」
手前のモニター、病変部が拡大。いきなり計測画面。
「技師?お前が、即興での計測か?」
拡大画面では、拡張したと思われる部位の色調がどうも一様でない。
「はぁ、はぁ」ジュリアが病衣の上に白衣。柱をつかんで登場。
「お前どしたんだ!寝てなきゃ!」
「た、たぶん。血栓だと思う」
「執念だな。ジュリア・・・!」
僕は病変部をさらに拡張、と決めた。
「というより、貞子だな。ありゃ」
バルーン、拡張。すっきりした波形の心電図になった。
ジュリアに頼み、ライン関係をお願い。
「もう1人は・・・!」
左冠動脈、入口の主幹部がいきなり狭い。ただし50%以下。一応有意ではない。
「閉塞があるのは・・・そこか!」
またしても、彼女が画像を解析。
「おいジュリア。もういいんだ!」
「前下行枝のほぼ中間よ。どうする?」<99%>の計測。
「俺には、90%くらいに見えるんだけど・・・気持ち、入ってんだろ?」
彼女は消化器内科寄りの人間だが、血管造影はやっていた。心臓のも手伝いはしてたらしい。やはり若造の時の経験だ。若造の経験の1ミリは、中堅の1センチよりも勝る。楽器の修業の身に着けのように、吸収の度合いが異なる。
「ステント!」
長めのステントが、広範囲に拡張された。
「造影!ダイセクないな・・・!いいだろ!」
ずっと見ていた事務員が遠慮なしに入ってくる。
「島先生も、小川先生ももう限界でして!」
「まだ処置があんだよこっちは!」
「20台・・・」
「なに?」
「こっちへ20台向かってます。大阪の各地から」
「誰かが。誰かが意図的にやってんだよ!」
「しし、知りませんよそんなことー!」
外は、でも明るい。
「どこの病院も、もう通常外来だろ!いま何時・・・」
自分の時計。
まだAM6時。
「降りるわ!」
「よろしくお願い申し上げます!」
吐き続けるジュリアをドクターストップとし、自分は1階へと向かう。テンションが上がる。しかしどこか雑だ。わけもなく動悸がする。足跡がガサツに響く。
はぁ、はぁ・・・なあ。間宮。もうひょっとしたら、患者を救うのは無理かもしれない。無理かもしれないと言いつつ、それでもやってきた。ならもっと乗り越えて、大げさな伝説でも作るとしよう。
未来のために、信じて。
深夜の真珠会病院、院長室の別室。ソファが向かい合い、オーナーのムラサキが2人に向かってふんぞりかえっている。
「ま、僕は<中継>を見に来ただけなんだけどねぇ・・・」
壁掛けモニターに、真田病院の全景。静寂で、救急車や人の出入りもない。
「院長は、結果出したってこと?」
「いえ。まさに出そうなところだったのですが・・」焦った様子の塩沢。
「僕が押しかけたんです」と、山崎が精悍な顔を上げた。
「契約を今さら撤回なんて、はは!」とムラサキ。
「この契約は、おかしい!」
パサ、とコピー数枚がテーブルの上に。
「オーナーさんがムラサキさんだと聞いて、資金が潤沢と解釈し僕は了承した。でも、仲介会社があったなんて」
「仲介?常識でしょ」ムラサキは、当時のIT企業家のような口ぶりだ。
「仲介業者の意向によって、僕の経営が左右されるなんて・・・だいいち、肉食業者がなんですか!医療に関係ない!」
「さすが、お医者さんは世間知らずだねえ。おい塩沢。コーヒー買ってこい。微糖な!」
塩沢は簡単にアゴで使われた。ムラサキは完全に見下し口調だ。
「関西で、幅を利かせる組織は大きく3つ。利権団体、食肉、宗教」
「ヤクザは?」
「そいつらがヤクザなんだよ。通常言うヤクザは事務所だ」
となると、ムラサキは宗教団体ということになる。それが、食肉に委託している。
「やだな山崎先生。契約書は、隅々まで読まないと」
「こんな分厚い本みたいなの。読めるか!」
「品川も、浅はかな奴だな」
品川事務長がわざとかどうか、ここでは問題ではなかった。山崎は頭に血が昇っていた。
「いやだ。いやだ。早速、解約に入りたい」
「無意味!」
「なに?」
「君はもう、実印を押している。代わりが見つからない以上、君に全責任がある」
「代わりだと?」
「病院組織というのは、それで成り立っているんだ。何も知らないんだな。朝のリレーっていう文、小学生で習っただろ?」
http://www.geocities.jp/habane8/London/f_07.htm
山崎は思い出した。
「なんて幼稚な。全世界が、自転で朝をリレーするというあれか?」
「そ!あれが神髄だ!責任の所在を、先代が後代へと回していく!俺たちはまさしく、朝のリレーのランナーだ!」
塩沢はコーヒーを開け、ポンと3本置いた。ムラサキは腰に手を当てた。
「たた・・・またブロック、してもらわんとな」
「ブロック?」と山崎。
「整形に診てもらってんだがな。あの医者頼りない。代えてもらう!こいつもリレー終了だ!」
「何言ってんだ。あんたの病気は」
そこは、塩沢が遮った。
「空が心なしか、明るい。そろそろ攻撃再開をしませんと」
「フン。奴らがギブアップするとは、到底思えんがな」とムラサキ。
「ダンが出勤してくるまでに、疲労の極致にまで追いつめないと」
「マスコミによる叩きで、病院は名実ともに沈没か。なるほど。新しい。悪くない」
「ヘリは朝6時の出動です」
ムラサキは立ち上がって、手洗い。
「まあ山崎くん。契約のことは今、気づいたようなことを言ってるが。本当は・・」
「な。なんですか!」
「仲間への休息を与えるための、芝居と違うかな?」
「なにっ・・・」
ムラサキは高笑いをしながら、ドアを開けて出て行った。山崎が携帯を見ると、何度も着信が入っている。
「やっさん。療養型病院の院長がなぜ・・・」プッシュ。
「よお!ルーキー!」
「こんな夜中に。どうしたんです?」
「いや、うちの患者が悪化してな。お前に電話したら出ないんで、事務当直に聞いたんだ。なんでオーナーに会ってんだ?」
「・・・・」
「わしに隠れて、なにか打算でもあるまいな?」
じじい医者ながら、いやだからこそこのヤッサン医師は疑い深かった。お互い、同時に実印を押した仲である。
「打算なんて。ありません」
「いやいや。お前の契約にはいささかミスがあったようだな。噂で聞いた」
「いえ。いいんです・・・」
「俺は、きちんと隅々まで読んだからな。へへ」
「僕は、医療をやるだけです」
結果は、後からついてくる。と言わんばかりに・・・。
ムラサキの指摘通り、時間稼ぎをした山崎は駐車場の車に乗り込んだ。
「・・・・・せっかく、やっと主人公になれたんだ。この機を逃すか!大阪最大の病院にして、奴らを駆除してやる!」
その一方、どこか寂しげな一抹がよぎった。その落胆の落差といったら・・・。
「ユウ。マミ。頑張れよ・・・あと少しだ。俺はもう・・・」
ブウン
ギュルギュルルル!
なぁ、山崎。
これから、お前のことに関して・・・非常につらいことを書かなくてはいけない。ただ、山崎。
あとで女医らが指摘していたように。この時点でお前の精神状態に気づいた者が、果たしていたかどうか・・・。
「ま、僕は<中継>を見に来ただけなんだけどねぇ・・・」
壁掛けモニターに、真田病院の全景。静寂で、救急車や人の出入りもない。
「院長は、結果出したってこと?」
「いえ。まさに出そうなところだったのですが・・」焦った様子の塩沢。
「僕が押しかけたんです」と、山崎が精悍な顔を上げた。
「契約を今さら撤回なんて、はは!」とムラサキ。
「この契約は、おかしい!」
パサ、とコピー数枚がテーブルの上に。
「オーナーさんがムラサキさんだと聞いて、資金が潤沢と解釈し僕は了承した。でも、仲介会社があったなんて」
「仲介?常識でしょ」ムラサキは、当時のIT企業家のような口ぶりだ。
「仲介業者の意向によって、僕の経営が左右されるなんて・・・だいいち、肉食業者がなんですか!医療に関係ない!」
「さすが、お医者さんは世間知らずだねえ。おい塩沢。コーヒー買ってこい。微糖な!」
塩沢は簡単にアゴで使われた。ムラサキは完全に見下し口調だ。
「関西で、幅を利かせる組織は大きく3つ。利権団体、食肉、宗教」
「ヤクザは?」
「そいつらがヤクザなんだよ。通常言うヤクザは事務所だ」
となると、ムラサキは宗教団体ということになる。それが、食肉に委託している。
「やだな山崎先生。契約書は、隅々まで読まないと」
「こんな分厚い本みたいなの。読めるか!」
「品川も、浅はかな奴だな」
品川事務長がわざとかどうか、ここでは問題ではなかった。山崎は頭に血が昇っていた。
「いやだ。いやだ。早速、解約に入りたい」
「無意味!」
「なに?」
「君はもう、実印を押している。代わりが見つからない以上、君に全責任がある」
「代わりだと?」
「病院組織というのは、それで成り立っているんだ。何も知らないんだな。朝のリレーっていう文、小学生で習っただろ?」
http://www.geocities.jp/habane8/London/f_07.htm
山崎は思い出した。
「なんて幼稚な。全世界が、自転で朝をリレーするというあれか?」
「そ!あれが神髄だ!責任の所在を、先代が後代へと回していく!俺たちはまさしく、朝のリレーのランナーだ!」
塩沢はコーヒーを開け、ポンと3本置いた。ムラサキは腰に手を当てた。
「たた・・・またブロック、してもらわんとな」
「ブロック?」と山崎。
「整形に診てもらってんだがな。あの医者頼りない。代えてもらう!こいつもリレー終了だ!」
「何言ってんだ。あんたの病気は」
そこは、塩沢が遮った。
「空が心なしか、明るい。そろそろ攻撃再開をしませんと」
「フン。奴らがギブアップするとは、到底思えんがな」とムラサキ。
「ダンが出勤してくるまでに、疲労の極致にまで追いつめないと」
「マスコミによる叩きで、病院は名実ともに沈没か。なるほど。新しい。悪くない」
「ヘリは朝6時の出動です」
ムラサキは立ち上がって、手洗い。
「まあ山崎くん。契約のことは今、気づいたようなことを言ってるが。本当は・・」
「な。なんですか!」
「仲間への休息を与えるための、芝居と違うかな?」
「なにっ・・・」
ムラサキは高笑いをしながら、ドアを開けて出て行った。山崎が携帯を見ると、何度も着信が入っている。
「やっさん。療養型病院の院長がなぜ・・・」プッシュ。
「よお!ルーキー!」
「こんな夜中に。どうしたんです?」
「いや、うちの患者が悪化してな。お前に電話したら出ないんで、事務当直に聞いたんだ。なんでオーナーに会ってんだ?」
「・・・・」
「わしに隠れて、なにか打算でもあるまいな?」
じじい医者ながら、いやだからこそこのヤッサン医師は疑い深かった。お互い、同時に実印を押した仲である。
「打算なんて。ありません」
「いやいや。お前の契約にはいささかミスがあったようだな。噂で聞いた」
「いえ。いいんです・・・」
「俺は、きちんと隅々まで読んだからな。へへ」
「僕は、医療をやるだけです」
結果は、後からついてくる。と言わんばかりに・・・。
ムラサキの指摘通り、時間稼ぎをした山崎は駐車場の車に乗り込んだ。
「・・・・・せっかく、やっと主人公になれたんだ。この機を逃すか!大阪最大の病院にして、奴らを駆除してやる!」
その一方、どこか寂しげな一抹がよぎった。その落胆の落差といったら・・・。
「ユウ。マミ。頑張れよ・・・あと少しだ。俺はもう・・・」
ブウン
ギュルギュルルル!
なぁ、山崎。
これから、お前のことに関して・・・非常につらいことを書かなくてはいけない。ただ、山崎。
あとで女医らが指摘していたように。この時点でお前の精神状態に気づいた者が、果たしていたかどうか・・・。
品川は耳を疑ったが・・いやそれ以前に、山崎の声のトーンから内容は読めただろう。
「一時的にでも!」
「だから。どうしてなんですか?」山崎は冷淡だった。
「オーナーの件は事情があったとして。うちの病院が現に困ってるんです!」
「ダン先生が、何とかするでしょうが」
「いや、彼は・・・」
5時に帰って、いつものように音信不通。
「みんなボロボロで、連携が取れてないし、だらしないんです」
「言い過ぎよバカッ!」
間宮が泣きそうな顔で飛び込んできた。
「それひょっとして!山崎くん?山崎くんに助けを?」カンは当たってた。
「す、すんまへん」品川は受話器を渡した。
「ねぇ山崎くん。山崎くん。どうして?どうして電話に出ないの?」泣き崩れるように、体が折りたたまれる。
田中がなだめようとしたが、遠くから走ってくる音。
「あのブランド靴の足音・・・ジュリアさんですよ!」
間宮はものともせず、受話器を持ったまま隅に隠れる。
「オーナー変更って何?どうして?あたしが、そんなに憎いから?」
「・・・・・・」
「あたしらを捨てて、そのまま滅びを待つわけ?性格、悪夫(ワルオ)!」
山崎は、真っ白なキツイ塗料に囲まれた部屋で。院長室でくつろいでいた。
「僕の顔がある。僕はこれから、数百人というスタッフの面倒を見なくてはいけない」
「利用されるだけよ!そんなの!」
「そうか君もか!君もユウみたいに!僕の出世を阻もうっていうんだな?」
「出世・・・それが出世なの?」
ジュリアはその間近で、カタパルトに飛び乗った。
「な、なんなの?」
長い髪が四方八方に流れ、警戒感で前傾ぎみになっていく。
「何台呼んでんの?出前じゃないのよ?」
「ジュリアだ!」僕が指差し、シュウウウ!と飛行機雲が細長くなびいた。
どうやら遠くへ着地した。
「まだまだだな。さては寝起きか。だろうな」
駐車場ではなく、救急入口。小川が画像など持って、放射線から戻ってきた。
「小川。戻ったか。技師!もういいか?」
技師らへの注文で、中央に採血などの機器類。そこからX字型に患者ベッドが配置。
「よし!重症は中央寄り。出たデータはこの上に貼り付けろ!」
「出た出ーた?」と中央の技師。
「は?出たデータ!」
「データ出た?」
「遊ぶヒマ、ねえ!」
島が落ち込んで戻ってきた。
「脳幹梗塞、急性期でご名答」
「これがCTか。脳幹が浮腫ってる・・・厳しいな」
「MRI撮る余裕はなくてね」
「島。誰に言ってんだお前。お前か俺か?」
小川は写真を見ている。
「・・・・」
「失恋みたいに、1人で籠るな!オープンに出せ!」
シャーカステンを、あちこち点灯する。画像が全てさらけ出す。
消化管穿孔とかなく、アミラーゼも正常で貧血もない。今いきなり胃カメラするのもな・・・。しかし小川は背中に背負っていた。
「よいしょ!よいしょ!」
「小川!今は人手が足りんのだ!」
「自分がやりますから!」
「1人で、やろうとするな!」
ジュリアがまるで牛を引っ張るように、ベッドを引っ張ってきた。
「アル中・・・」
「なに?」みな、退いた。
「点滴して、帰すから」ズルズル、ズルズルとベッドを奥へ。アル中はぐったり夢見ている。
「ジュリア。ホントにアル中なんだろな?」と僕。
「あんたのせいで、レジ中になったかと」
「フン」
小川は胃カメラを組み立てて、顔をしかめた。
「レジ中・・・?」
間宮は喘息発作の患者を診察中。
「ちょっと誰か!誰か!」
「喘息か間宮?」
「暴れていて、点滴がとれない!」
彼女はピキン、と注射の針を光らせた。
「ナース、おさえて!ボスミン皮下中!」
「ブヒ!」
僕は止めに入った。
「よほどじゃないとそれは!そこまでの発作じゃない!」中発作といったとこ。
「危ない!」
「うわっ!」
自分の上腕を、かすめた。
「もしかして、刺した?」
「てえな!」確かに一瞬、刺された。触ったら、血が。
「血よ!止めないと!」
「とと!・・・ステロイド、点滴しよう!」
「だから!暴れてて!」
僕は斜めのベッドを直立に。
「ちょっと楽ですかね。今のうちに!島!超音波持ってこい!」
プローブ、心臓に当てる。間宮がのぞく。
「あたしが信用できないの?イヤミな奴」
「俺は高橋英樹だ!」
「はぁ?」
心臓喘息でなく、やはり気管支喘息か。点滴ルートからステロイド。
「今さらだが、ついでの採血からデキスターで血糖見てくれ」
「ブヒ!」ナースが測定。
流ちょうな会話が続き、みんなのぎこちなさが取れていくように思える。そこに能力がついていくとは限らないので、冷めた視線も不可欠だ。
小川は胃カメラ中。
「Aステージの潰瘍です!ユウ先生!ステージAです!」ガッツポーズ。
「まったくお前は。即刻解答を出さないと納得しないタチなんだろな」
島は忙しくなくなったとたん、腕組み。
「よーし小川。いいぞ小川。だが、もうちょっとだな」
中央、技師が次々とコックのように明細を吊りあげていく。
「アル中の方、CRP 24もありまっせー!」
「肝炎かな?もともと?」とジュリアが僕へ。
「肺のCT撮っとけ。ジュリア」
「ああもう!言おうと思ったらアンタが!」
間宮がまたベッドを運んできた。
「薬物中毒。とうとう来たって感じ」
「自殺企図か?」と僕。
「洗浄する!」
「頼もしくなったな。ジュリア!じゃないマン!マミーヤ!」
島が偉そうに腕組みしている。
「ま、落ち着きましたかね・・・!」
「何が根拠だよ。病棟のフォローもしないといけないんだぞ!」
「ま、CPAがあと若干名ってとこかな?」
こうやって言う医者、いるいる・・・!
胃洗浄中の間宮が、僕に語りかける。僕は、微温湯の入ったデカい注射器を次々に渡す。
「山崎くん。ヘルプダメだって・・・」
「間宮が。頼んだのか?」
「品川さんがね。あたしもカンが働いて、事務でね」
「ダメだったか。だろな。あいつは」
洗面器、次々に叩き落される白い液体。
「きっと・・・きっと彼は何か悩んでて」
「あいつは、1人立ちしたかったんだよ。前からな」
「ダン先生が言うように。もし、物事に原因があって、さらにそれに<背景>というものがあるとしたら・・・」
「次でいったんラストな。はい・・・奴の原因は、独り立ち願望。それに背景も何も、ないだろう・・・」
チュポポ・・・白い液体が落ち終わった。
「彼は、逃げることで独立した・・・」
「逃げるって?」
「あたしや、ユウ先生らを捨てることで」
「捨てる?あいつはそんな奴じゃないだろ」
「ううん。愛情だって、一瞬で憎しみに変わること、あるもの」
な、なんだこいつ・・・。胃洗浄する奴の言うことか?
「あー、ま。あるかな?」
「注いだ愛情を取り消したいと気づいたら、それを裏切るにはもうそれしかないの」
「・・・・」
「捨てるしか」
間宮の持ち上げた点滴、ポトポトが彼女の瞳に映える。
「あたしも捨てられたことがある。だから分かるの。捨てたいからじゃない。捨てるしかできないの」
「お、オレはそういう経験、な。ないな・・・」
次々と患者ベッドが上げられていく。僕と間宮のみになる。
「うそつき」
「へ?」
「僻地を見捨てたじゃない。あなただって・・可哀そう。残された人たち・・・」
確かに、僻地は撤退した。それには現場に関わらなかったこの間宮の知らない理由が山ほどある。
歴史が、色褪せていく。しかし事実は語られる。それがやがて、全くの第三者によって編集されていき、理解しやすい形に収まる。理解しにくいのは不明扱い。複雑な事情は、誰にも興味を持たれない。
山崎のような単純無法な奴らが名を刻み、俺たちのような悩む人間が忘れ去られていく。
僕は。僕はこの今の歴史が、のちに単なる履歴書の一行としてしか残らないのを・・・何よりも恐れている・・・!
http://www.youtube.com/watch?v=1NRFsQxmwHk
遠い夏の日の
君が微笑う写真
ずっと大事にしている訳を
誰も知らない
氷の息を吐いて 雪空の下で
弱い心を君は支える 変わらぬ笑顔で・・・
あの夏服の頃を
悲しい日は想い出して
優しいことは間違ってないと
何度でも気がつくよ
たったひとつの愛を
生きるために生まれたんだ
愛は傷んだ心にだけ
架かる夢だよ
いつかひとりのひとが
きっと君を見つけ出すよ
その切なさは
愛に出逢うための道程
「一時的にでも!」
「だから。どうしてなんですか?」山崎は冷淡だった。
「オーナーの件は事情があったとして。うちの病院が現に困ってるんです!」
「ダン先生が、何とかするでしょうが」
「いや、彼は・・・」
5時に帰って、いつものように音信不通。
「みんなボロボロで、連携が取れてないし、だらしないんです」
「言い過ぎよバカッ!」
間宮が泣きそうな顔で飛び込んできた。
「それひょっとして!山崎くん?山崎くんに助けを?」カンは当たってた。
「す、すんまへん」品川は受話器を渡した。
「ねぇ山崎くん。山崎くん。どうして?どうして電話に出ないの?」泣き崩れるように、体が折りたたまれる。
田中がなだめようとしたが、遠くから走ってくる音。
「あのブランド靴の足音・・・ジュリアさんですよ!」
間宮はものともせず、受話器を持ったまま隅に隠れる。
「オーナー変更って何?どうして?あたしが、そんなに憎いから?」
「・・・・・・」
「あたしらを捨てて、そのまま滅びを待つわけ?性格、悪夫(ワルオ)!」
山崎は、真っ白なキツイ塗料に囲まれた部屋で。院長室でくつろいでいた。
「僕の顔がある。僕はこれから、数百人というスタッフの面倒を見なくてはいけない」
「利用されるだけよ!そんなの!」
「そうか君もか!君もユウみたいに!僕の出世を阻もうっていうんだな?」
「出世・・・それが出世なの?」
ジュリアはその間近で、カタパルトに飛び乗った。
「な、なんなの?」
長い髪が四方八方に流れ、警戒感で前傾ぎみになっていく。
「何台呼んでんの?出前じゃないのよ?」
「ジュリアだ!」僕が指差し、シュウウウ!と飛行機雲が細長くなびいた。
どうやら遠くへ着地した。
「まだまだだな。さては寝起きか。だろうな」
駐車場ではなく、救急入口。小川が画像など持って、放射線から戻ってきた。
「小川。戻ったか。技師!もういいか?」
技師らへの注文で、中央に採血などの機器類。そこからX字型に患者ベッドが配置。
「よし!重症は中央寄り。出たデータはこの上に貼り付けろ!」
「出た出ーた?」と中央の技師。
「は?出たデータ!」
「データ出た?」
「遊ぶヒマ、ねえ!」
島が落ち込んで戻ってきた。
「脳幹梗塞、急性期でご名答」
「これがCTか。脳幹が浮腫ってる・・・厳しいな」
「MRI撮る余裕はなくてね」
「島。誰に言ってんだお前。お前か俺か?」
小川は写真を見ている。
「・・・・」
「失恋みたいに、1人で籠るな!オープンに出せ!」
シャーカステンを、あちこち点灯する。画像が全てさらけ出す。
消化管穿孔とかなく、アミラーゼも正常で貧血もない。今いきなり胃カメラするのもな・・・。しかし小川は背中に背負っていた。
「よいしょ!よいしょ!」
「小川!今は人手が足りんのだ!」
「自分がやりますから!」
「1人で、やろうとするな!」
ジュリアがまるで牛を引っ張るように、ベッドを引っ張ってきた。
「アル中・・・」
「なに?」みな、退いた。
「点滴して、帰すから」ズルズル、ズルズルとベッドを奥へ。アル中はぐったり夢見ている。
「ジュリア。ホントにアル中なんだろな?」と僕。
「あんたのせいで、レジ中になったかと」
「フン」
小川は胃カメラを組み立てて、顔をしかめた。
「レジ中・・・?」
間宮は喘息発作の患者を診察中。
「ちょっと誰か!誰か!」
「喘息か間宮?」
「暴れていて、点滴がとれない!」
彼女はピキン、と注射の針を光らせた。
「ナース、おさえて!ボスミン皮下中!」
「ブヒ!」
僕は止めに入った。
「よほどじゃないとそれは!そこまでの発作じゃない!」中発作といったとこ。
「危ない!」
「うわっ!」
自分の上腕を、かすめた。
「もしかして、刺した?」
「てえな!」確かに一瞬、刺された。触ったら、血が。
「血よ!止めないと!」
「とと!・・・ステロイド、点滴しよう!」
「だから!暴れてて!」
僕は斜めのベッドを直立に。
「ちょっと楽ですかね。今のうちに!島!超音波持ってこい!」
プローブ、心臓に当てる。間宮がのぞく。
「あたしが信用できないの?イヤミな奴」
「俺は高橋英樹だ!」
「はぁ?」
心臓喘息でなく、やはり気管支喘息か。点滴ルートからステロイド。
「今さらだが、ついでの採血からデキスターで血糖見てくれ」
「ブヒ!」ナースが測定。
流ちょうな会話が続き、みんなのぎこちなさが取れていくように思える。そこに能力がついていくとは限らないので、冷めた視線も不可欠だ。
小川は胃カメラ中。
「Aステージの潰瘍です!ユウ先生!ステージAです!」ガッツポーズ。
「まったくお前は。即刻解答を出さないと納得しないタチなんだろな」
島は忙しくなくなったとたん、腕組み。
「よーし小川。いいぞ小川。だが、もうちょっとだな」
中央、技師が次々とコックのように明細を吊りあげていく。
「アル中の方、CRP 24もありまっせー!」
「肝炎かな?もともと?」とジュリアが僕へ。
「肺のCT撮っとけ。ジュリア」
「ああもう!言おうと思ったらアンタが!」
間宮がまたベッドを運んできた。
「薬物中毒。とうとう来たって感じ」
「自殺企図か?」と僕。
「洗浄する!」
「頼もしくなったな。ジュリア!じゃないマン!マミーヤ!」
島が偉そうに腕組みしている。
「ま、落ち着きましたかね・・・!」
「何が根拠だよ。病棟のフォローもしないといけないんだぞ!」
「ま、CPAがあと若干名ってとこかな?」
こうやって言う医者、いるいる・・・!
胃洗浄中の間宮が、僕に語りかける。僕は、微温湯の入ったデカい注射器を次々に渡す。
「山崎くん。ヘルプダメだって・・・」
「間宮が。頼んだのか?」
「品川さんがね。あたしもカンが働いて、事務でね」
「ダメだったか。だろな。あいつは」
洗面器、次々に叩き落される白い液体。
「きっと・・・きっと彼は何か悩んでて」
「あいつは、1人立ちしたかったんだよ。前からな」
「ダン先生が言うように。もし、物事に原因があって、さらにそれに<背景>というものがあるとしたら・・・」
「次でいったんラストな。はい・・・奴の原因は、独り立ち願望。それに背景も何も、ないだろう・・・」
チュポポ・・・白い液体が落ち終わった。
「彼は、逃げることで独立した・・・」
「逃げるって?」
「あたしや、ユウ先生らを捨てることで」
「捨てる?あいつはそんな奴じゃないだろ」
「ううん。愛情だって、一瞬で憎しみに変わること、あるもの」
な、なんだこいつ・・・。胃洗浄する奴の言うことか?
「あー、ま。あるかな?」
「注いだ愛情を取り消したいと気づいたら、それを裏切るにはもうそれしかないの」
「・・・・」
「捨てるしか」
間宮の持ち上げた点滴、ポトポトが彼女の瞳に映える。
「あたしも捨てられたことがある。だから分かるの。捨てたいからじゃない。捨てるしかできないの」
「お、オレはそういう経験、な。ないな・・・」
次々と患者ベッドが上げられていく。僕と間宮のみになる。
「うそつき」
「へ?」
「僻地を見捨てたじゃない。あなただって・・可哀そう。残された人たち・・・」
確かに、僻地は撤退した。それには現場に関わらなかったこの間宮の知らない理由が山ほどある。
歴史が、色褪せていく。しかし事実は語られる。それがやがて、全くの第三者によって編集されていき、理解しやすい形に収まる。理解しにくいのは不明扱い。複雑な事情は、誰にも興味を持たれない。
山崎のような単純無法な奴らが名を刻み、俺たちのような悩む人間が忘れ去られていく。
僕は。僕はこの今の歴史が、のちに単なる履歴書の一行としてしか残らないのを・・・何よりも恐れている・・・!
http://www.youtube.com/watch?v=1NRFsQxmwHk
遠い夏の日の
君が微笑う写真
ずっと大事にしている訳を
誰も知らない
氷の息を吐いて 雪空の下で
弱い心を君は支える 変わらぬ笑顔で・・・
あの夏服の頃を
悲しい日は想い出して
優しいことは間違ってないと
何度でも気がつくよ
たったひとつの愛を
生きるために生まれたんだ
愛は傷んだ心にだけ
架かる夢だよ
いつかひとりのひとが
きっと君を見つけ出すよ
その切なさは
愛に出逢うための道程
僕は患者の個室から、救急の運ばれる駐車場を眺めていた。ときどき、つま先立ちしないと見れない。
「もう5時過ぎたか。たぶんダンは・・・」とベッドの高齢男性。
「ダンって・・なんで院長を?」
「ダンはもう帰ったはずだ」
「何者ですか?」
「何者って・・・患者だよ。私は」
ズーン・・・ドォーン・・・と無関係な音が遠くから聞こえ、暗い部屋に閃光のように忍んで来ることもある。
「ダン先生が本当に何者かも、オレにもさっぱり分かりません」
「ダンはな。まあ分かりやすく言うと、わしらと同類だ」
ズズーーーーン・・・
「医者・・あなたは医者ですか?じゃ、真珠会から送られた人らはみな・・」
「ああ。送られたというか、使い捨てられた。もう価値が無くなったんだよ」
ドドー・・・・ン
「わしらはな。君らがバブルで青春を謳歌しているとき。いや、わしらこそがその恩恵を受けていた。開業融資は当たり前、さらにビル1つセット経営のオーナー業。パーティクルーズ、重役出勤、海外旅行。疲れを癒す、きらめく愛人たち・・・」
最後の一行は、いただけん。
「しかし、栄光は長くは続かん。経営を継がせるつもりだった息子からは嫌われ、負債は膨張、土地の価格は降下。建造物は老朽化し、地盤沈下」
「借金地獄?」
「言うな!」
ズズズーーーーーン・・・
「言うな!言うな・・・今のは。今のはなかった・・・」
シワもぶれだが、眼光は鋭いまま。これが、日本の高齢者のポテンシャルなのか。しかし、借金がポテンシャルではな・・・。
「わ、わしらが借金を作ったわけではない。国は我々に約束してた。患者も我々を尊敬した。夢を見させたなら、わしらにもその夢を伝える老後が欲しい」
「真珠会には、どうやって拾われたんです?」
「そ、それはまぁ・・・雑誌の募集で」
ドドーン・・・
「あの病院に勤めたのは、負債を多く背負った者たちだ。そ、そうそうダンも。ダンも身内にいろいろあってな。わしらは馬車馬のように僻地へと送られ働かされ、このように病気になったとたん・・・医療される側へと回された」
どうやら、返済は今でも続いているらしい。
「あの・・・ダン先生はそこから逃げたわけですか?」
「ダンは、入職後の条件を1つ。どうしても呑み込めなかった」
「条件?」
「それは・・・オーナーの執り行う宗派に入らなかったことだ。あ、いや彼は君と同様。無理やりに入信させられたが・・・逃げたのだ。彼は」
あの几帳面そうなダンが、借金・・・。この仕事をしてきて思うが、いや医者に限らないと思うけど。
人は<偉く>なるにつれ、借金の特等席に自ら座れるようにできている。逆イス取りゲームだ。その椅子には確かに<負債>と書いてあるけど、座ったらその字は見えなくなる。周囲はみな<自分じゃなくてラッキー>なので、椅子の前面では褒めたたえる。ところが背後では、その者を利用した上での金品略奪が行われる。
「なあ、ユウ君。そこで話なんだが。わしはもう、よくなった。いつでも帰ってやろう。頼むが・・・」
「は?」
とたん、ガバッ!と布団が吹っ飛び、病衣の医師は土下座した。
「お願いします!お金を貸してくれさい!」
「はっ?」
「何故かは知らんのだが!ですが!オンラインの口座が空っぽになっていて!」
「犯罪じゃないですか?警察に」
「警察?いかんいかん!それだけはイカン!」
口座から金が取られていたというのは、パスワードとかが流出したってことか。ま、PCかどっかから盗まれたんだろな。
え?ダンが・・・?まさかな。そんな悪ではないだろう。
「お願いします!お願いします!」
「いや。美人とかなら貸すけど。冗談冗談」
「美人ってそんなぁ!」
「無理だよ」
「あ、あんたら!けっこう、もらってるそうじゃないか!」
「アンタだって、もらってたんだろ?」
ドドーン・・・
「わ、わしら?ろ、老後にはいろいろ。いるんだ・・・」
「そうですか。なら、それがオレの返事です!」
何度もなるPHSに、ようやく出た。
「間宮か!なに!ダンが消えた?いやでも俺・・・病棟勤務のみの命令だし」
老医師は諦めたのか、人が変わったようにまくしたてた。
「お前らなんかな!本ばっか読んでエビデンスエビデンス!口だけで病気のみ診て!患者を診ない集団だ!」
「わかった。じゃあ、俺の好きなようにさせてもらうからな!ああ、それと・・・退院。あるから」
ピッ!と消す。
ドドーン・・・
「いちおう先生。退院してもらいます」
「バカ言うな!今のわしの言葉にサカッたか!」
「あのなあ・・・あんたら。どんないい時代だったか知らんけど。何かあったらステロイド乱用するわ、耐性菌は作るわ、妙な検査で自己満足するわ、医療費は乱発するわ・・・俺らは、その尻拭いに追われてるんだよ」
やっと、黙らせた。
その爺さんの声を聞くことは、もうなかった。
真田病院の医局・・ではなく、院長室ではダン理事が英語論文を読破中。
「ふむふむ・・・で?」
外から、救急車が1台ずつ入る音が聞こえる。誘導する事務員らしき声。
「ああ。どっかで読んだと思ったらこれ・・・私のか」
院内PHSがなる。
「ダンだ。も、私の出番かな?」
「すみません!」と大学組の島。もと助手。
島は1台のベッドとともに院内の救急室へ。
「アポったかどうか・・でもたぶんアポでしょう!」
「落ち着きたまえ」
「い、いままた1台来た!」
「島くん。カンは大事だ。だが、直後にウラを取るんだ」
「う、裏の前に・・表に来てますよ!」
後輩の小川が、今しがた到着の患者を救急車から運び出した。
「し、真珠会からの紹介でしょ?」
「は?」目を丸くする隊員たち。
「むやみに、ここへ送らないでください!」
「何言ってんだ。いい加減にしろよボウズ!バイタルは・・・以上です次があるので戻ります!」
小川ははっと気づいた。きちんと紹介状がある。だが、真田病院あてではない。というか、あて名がない。
<しんどいとのことです。精査と加療を・・・>
「やる気のない、医者ですね!」
小川、患者に呼びかけるが朦朧。60代で肥満。
さっき現れた間宮が、横でピピッ!と計器を確認。
「小川くん。わかったこれ?」計器の画面に<30>。
「血糖上げて、終わりですね!」
「後遺症の確認とか、入院で経過観ましょうよ!」
間宮は石橋叩きだったが、医師はそのほうがいい。北酒場ではないが、ちょっぴり・・・臆病なほうがいい。
間宮は1人診終わったところ。
「動脈血、物凄いアシドーシスでね」
「へー」島が、アポ疑いの患者をCTに運んで戻った。
「冷たいとこ、見つかった高齢」
「知らねえけど。俺の担当じゃないし」
「なっ・・・」
「ねーさん。だったっけ。俺たち、ここに来るとき聞いてなかったっすよ?こーんなリスクの高い職場だなんて」
そのアシドーシスの患者は真っ白で、いわゆる生気がない。島は点滴を速めた。
「こんなのはあ、メイロンをドバドバいきゃあいいんだよ!」
「酸性だからって・・・でも二酸化炭素も多いわよ?」
「さあさ、早くさばかなきゃ、ユウが現れて・・おい!小川!あれやれ!」
小川はCVラインを洗浄しながらつぶやいた。
「お!俺に謝るな患者に謝れ!」
「だろ?あっはは!どれ?」脳卒中疑いの頭部CT。頭の上にかざした。
「俺の予想は、中大脳動脈の遠位部。ラクナだな。うわっ!」
突然、頭上をビシュー!とスキーのような像が通り過ぎた。院内のカタパルトからだ。
ズサアッ!と近くで着地、1回転して振り向いたのは・・・
「ダン!先生!」島はCTフィルムを落とした。
「そのフィルム。脳の委縮が激しいが・・」
「はっ!」
「君のも大丈夫かな?」
「くっ」
「そんなブレぎみのではダメだ。MRIのフレアで初期像の確認だ」
「でもアーリー・・」
「私はアーリーではない。ダンだ!」
ダンはタッ!と次の搬送患者へと飛びついた。こんなに敏捷とは・・・。間宮は感心ひとしお、ダンとともに患者をベッド移動。
「CPR中。挿管はしてません」と平気な救急隊もいる。
「なんでよ?」間宮がムキに。心臓マッサージ。
「ま、間宮くん。今は助けることを考えよう。愚痴ならあとで、いくらでも」
「はい!」
ダンが挿管チューブを、間宮の背中から。
「なるほど。背中にとはね」
喉頭鏡で口の奥・・・右手でほじくるように挿入。ポケットから注射器。間宮がテープ。
「よし間宮くん。その目に迷いはないと見た!行きたまえ!不整脈が来たようだ!」
「はい!」間宮がダッシュ。
「品川くん」ダンが事務長を呼びだす。
「な、何もできませんよ私」
「呼吸器を、私の言うようにダイヤルしてくれ」
「は、はい・・・」
「むっ?いまブイエフ(心室細動)に・・・うわっ!」
ドカン!と島の運ぶ患者がぶつかった。
「うあっち!」
ダンの診ていた蘇生患者が、ダンの上に覆いかぶさる。
品川は確かに見下ろすだけ。
「ダン先生!」
ベッドを迂回し駆け込むと、ダンの右手がそばの除細動器のボタンに伸びた。
チュイイイイイイイ!
両手で患者を持ち上げそのまま横倒し。品川は叫んだ。
「誰か!いっしょに持ち上げてくれ!だれかー!」
「待て」とダン。
「え?」
「このまま撃つ!」
パッドの衝撃とともに、飛んだ患者の躯体を品川が受け止めた。
「キャ!キャッチ!」
ダンはこれまでにない怖い表情で、ダンの受け止めた患者の首をつかんだ。
「よし!」
小川に任せ、ダンは休むことなく次の症例へと向かった。
千里中央の大きな球場。誰か、大金持ちの持ち物とは聞いている。肌寒い晴天の中、芝生の中央に机がポツンと2つ。
1つはヤッサン医師のために用意されたもの。療養型病院A専用。もう1つが山崎のB救急病院。彼ら2人は座ったまま何やら時を待っているようだ。それぞれの机の上に、4隅を固定された書類。風にもビクともしない。
ヤッサンは貧乏ゆすりしつつ、スーツのポケットをまさぐり・・・持参の実印の所在を何度も確かめていた。
「待たせるな。くっそ~」
ヤッサンが目をやると、周囲の観客席にゾロゾロ・・・と集まってくる人だかり。ちょっとこれはいくらなんでも、大げさではないか・・・?いろんな服装。高齢女性。子供まで。学生・・・学校はどうした?
ヤッサンの横、時々目を合わせる山崎は、ときどき靴を脱いで芝生の感触を確かめた。もちろん、現実の光景だ。
ただ、奇妙なのは・・・<観客たち>がいっこうに私語を伴わず、しかも整然と空席を埋めていっているとこだ。ライブ放送は真田病院の意向だが、記録はそこ向けだけ。PCからは臨場感は伝わらないし、2つの机が中心だ。
PCに向かう島が、あれこれ指差した。
「なんだこの字。いま、見えた」
「これですね。検索します!」
「いやいいって。ホント細かいな。だから助手どまりなんだよ」自分もだ。
僕の乗るタクシーは新御堂筋という大動脈道路をぐんぐん飛ばし、1台ずつゲームのように抜いていった。
「球場まであとどんくらい?」
「数分ですかね」
グオーン!と急な勾配を下り、また昇る。
小川のPC、漢字の羅列。長い。漢文か。
「この文字を、検索にかけます」
「そ~んな長い文字が、検索で出んのかよ?」と笑う島。
ダン、まだ近くで立っている。何やら考えている。
ちょうど僕は、地面に降り立った。球場の入り口は静寂だ。勝手に入っても・・・
「待ちなさい!」
「あっ。やっぱり」
すぐ、屈強な5人ほどに囲まれた。売り場の中年女性がガラス越しマイクで。
「認定症をお願いします」
「へっ?あああ、あ。わ、忘れました」とっさの嘘。
「では身分証明書ができるものを」
「うっそ~マジか。はいはい」何されるか、分からんのでここは正直に。
売り場人は、何かを入力し、何かと照合中。
「あ。あのですね。自分は病院関係者で。どうしても友人に」
「黙れい!」コワモテの1人が後ろから。
「ふひっ!」
医局では、大学組に間宮、ジュリアがPCを驚愕して覗き込んでいた。
「こ、これは・・ちょっと、どいてよ!」ジュリアが間宮を肘でつつく。
「うるさい。でもこれ・・・ちょっと冗談じゃないの?」
行きついたそのHpには・・・<世界週末教>とある。
「しゅ、宗教団体じゃねえかぁ!」と島が叫んだ。
「静かに。島」とダン。
「宗教団体の持つドームだってよ!この球場」
小川がのけぞった。
「で、でも持ち物ってだけでしょう!」
「じゃあ、端々にある垂れ幕は何なんだよ!」確かにわずかに見える観客席に掲げられている。
間宮は苦悶の表情。
「やま・・いや、彼ら2人。知ってのことなの?」
「んなはず、ねーだろ!」とジュリア。
「この宗教団体って、亡くなった松田先生た。ほら、シロー先生とかあたしらの先輩・後輩が入信してたって」
ジュリアも、別大学ながらそのことは知っていた。
「それってさあ。ユウも入ったって噂だったよね?」
「あの人は、そんなとこ入らない!」
「おおっと!熱いねー!暖房効きすぎっしょ!」
2人はにらみ合った。間宮は物怖じしない。
「ユウから聞いたけど、無理やり閉じ込められたって」
「どうせ、女めあてとかで入室したんじゃねえの~?」とジュリア。なるほど、確かにアバズレみたいだ。ダンがいつの間にかおらず、それで態度が豹変したと思われる。
しかし、女目当て・・・。半分は事実みたいなものだった。もう、あれは思い出したくない。
間宮はPCを眺めた。
「ユウは、誰にも魂を売らないって言ってた。信者にはなってないだろうから、あそこには入れないかもね」
球場入口。
「どうぞ」の一言で、僕は通された。
「え?あ、そう」
勝手に信者に登録されていた僕は、狭い廊下を通してくれ・・・観客席の一塁側ベンチのほうへと案内してくれた。それにしても、こいつらの変わりようはなんだ。コワモテが、童顔ばりの気のある表情。ケツは譲らんぞ。
何か、歓声のような声が地響きで伝わってくる。校歌の低い音程版?いや試合などやってないはずだ。遠くの光、近づいてきた。
「わ!まぶし!」
そこには・・・
<ワレワレ、コノチキュウ、ロウレイカニナルコト、カタハライタシ!>
「うわっ!びっくら!」
<ワレワレ、コノダイチ、ワカキセダイニテ、サイセイスルコトヲ、ノゾムモノナリ!>
渡されたチケットの席へと歩くが・・総立ちはスンとも崩れない。汚い口臭、唾が飛んでくるのが気になる。芝生に目をやると・・・あの2人まで起立している。
「ヤッサン!山崎!お前ら何やってんだ!」
しかしそれも、<ワレワレ!>にかき消された。
なぁ、間宮・・・。
俺たちは今、強大な組織を敵に回した。いや回していたのかな・・・。正義とは何か。信じたものが正義なのか。僻地で俺らは存分に味わった。変わらないものたち。それはまさに・・・
変えようのない、世界だった。猿の惑星の続編、地底人だ。むかし、俺にこう言った北野の言葉を思い出す。
「これぞ信念だよ。先生・・・!」
<ワレワレハッワッワッワッワッ・・・・・・!>
1つはヤッサン医師のために用意されたもの。療養型病院A専用。もう1つが山崎のB救急病院。彼ら2人は座ったまま何やら時を待っているようだ。それぞれの机の上に、4隅を固定された書類。風にもビクともしない。
ヤッサンは貧乏ゆすりしつつ、スーツのポケットをまさぐり・・・持参の実印の所在を何度も確かめていた。
「待たせるな。くっそ~」
ヤッサンが目をやると、周囲の観客席にゾロゾロ・・・と集まってくる人だかり。ちょっとこれはいくらなんでも、大げさではないか・・・?いろんな服装。高齢女性。子供まで。学生・・・学校はどうした?
ヤッサンの横、時々目を合わせる山崎は、ときどき靴を脱いで芝生の感触を確かめた。もちろん、現実の光景だ。
ただ、奇妙なのは・・・<観客たち>がいっこうに私語を伴わず、しかも整然と空席を埋めていっているとこだ。ライブ放送は真田病院の意向だが、記録はそこ向けだけ。PCからは臨場感は伝わらないし、2つの机が中心だ。
PCに向かう島が、あれこれ指差した。
「なんだこの字。いま、見えた」
「これですね。検索します!」
「いやいいって。ホント細かいな。だから助手どまりなんだよ」自分もだ。
僕の乗るタクシーは新御堂筋という大動脈道路をぐんぐん飛ばし、1台ずつゲームのように抜いていった。
「球場まであとどんくらい?」
「数分ですかね」
グオーン!と急な勾配を下り、また昇る。
小川のPC、漢字の羅列。長い。漢文か。
「この文字を、検索にかけます」
「そ~んな長い文字が、検索で出んのかよ?」と笑う島。
ダン、まだ近くで立っている。何やら考えている。
ちょうど僕は、地面に降り立った。球場の入り口は静寂だ。勝手に入っても・・・
「待ちなさい!」
「あっ。やっぱり」
すぐ、屈強な5人ほどに囲まれた。売り場の中年女性がガラス越しマイクで。
「認定症をお願いします」
「へっ?あああ、あ。わ、忘れました」とっさの嘘。
「では身分証明書ができるものを」
「うっそ~マジか。はいはい」何されるか、分からんのでここは正直に。
売り場人は、何かを入力し、何かと照合中。
「あ。あのですね。自分は病院関係者で。どうしても友人に」
「黙れい!」コワモテの1人が後ろから。
「ふひっ!」
医局では、大学組に間宮、ジュリアがPCを驚愕して覗き込んでいた。
「こ、これは・・ちょっと、どいてよ!」ジュリアが間宮を肘でつつく。
「うるさい。でもこれ・・・ちょっと冗談じゃないの?」
行きついたそのHpには・・・<世界週末教>とある。
「しゅ、宗教団体じゃねえかぁ!」と島が叫んだ。
「静かに。島」とダン。
「宗教団体の持つドームだってよ!この球場」
小川がのけぞった。
「で、でも持ち物ってだけでしょう!」
「じゃあ、端々にある垂れ幕は何なんだよ!」確かにわずかに見える観客席に掲げられている。
間宮は苦悶の表情。
「やま・・いや、彼ら2人。知ってのことなの?」
「んなはず、ねーだろ!」とジュリア。
「この宗教団体って、亡くなった松田先生た。ほら、シロー先生とかあたしらの先輩・後輩が入信してたって」
ジュリアも、別大学ながらそのことは知っていた。
「それってさあ。ユウも入ったって噂だったよね?」
「あの人は、そんなとこ入らない!」
「おおっと!熱いねー!暖房効きすぎっしょ!」
2人はにらみ合った。間宮は物怖じしない。
「ユウから聞いたけど、無理やり閉じ込められたって」
「どうせ、女めあてとかで入室したんじゃねえの~?」とジュリア。なるほど、確かにアバズレみたいだ。ダンがいつの間にかおらず、それで態度が豹変したと思われる。
しかし、女目当て・・・。半分は事実みたいなものだった。もう、あれは思い出したくない。
間宮はPCを眺めた。
「ユウは、誰にも魂を売らないって言ってた。信者にはなってないだろうから、あそこには入れないかもね」
球場入口。
「どうぞ」の一言で、僕は通された。
「え?あ、そう」
勝手に信者に登録されていた僕は、狭い廊下を通してくれ・・・観客席の一塁側ベンチのほうへと案内してくれた。それにしても、こいつらの変わりようはなんだ。コワモテが、童顔ばりの気のある表情。ケツは譲らんぞ。
何か、歓声のような声が地響きで伝わってくる。校歌の低い音程版?いや試合などやってないはずだ。遠くの光、近づいてきた。
「わ!まぶし!」
そこには・・・
<ワレワレ、コノチキュウ、ロウレイカニナルコト、カタハライタシ!>
「うわっ!びっくら!」
<ワレワレ、コノダイチ、ワカキセダイニテ、サイセイスルコトヲ、ノゾムモノナリ!>
渡されたチケットの席へと歩くが・・総立ちはスンとも崩れない。汚い口臭、唾が飛んでくるのが気になる。芝生に目をやると・・・あの2人まで起立している。
「ヤッサン!山崎!お前ら何やってんだ!」
しかしそれも、<ワレワレ!>にかき消された。
なぁ、間宮・・・。
俺たちは今、強大な組織を敵に回した。いや回していたのかな・・・。正義とは何か。信じたものが正義なのか。僻地で俺らは存分に味わった。変わらないものたち。それはまさに・・・
変えようのない、世界だった。猿の惑星の続編、地底人だ。むかし、俺にこう言った北野の言葉を思い出す。
「これぞ信念だよ。先生・・・!」
<ワレワレハッワッワッワッワッ・・・・・・!>
職員全員、昼食後に全員整列。病院前駐車場。こんなに大勢整列したのは、2000年問題の前の朝礼以来だ。大きなバスが中央に配置。まだ誰も乗ってない。
檀上、品川事務長が司会。
「本日は、非常におめでたい日でございます。当院が新たに経営する2病院。これへの船出の日として、記念すべき日になるでしょう」
ダンと交代。理事らしく、威厳あるスーツで。サングラスで表情を隠す。
「うん。あー・・・いやいや、こんな人前で話すのは、わたくしいささか苦手ではあるのだが。とりあえず、ヤッサン、ザッキーくん。おめでとう」
ダンの向かって右にヤッサンがおじぎ。左に山崎。2人も新調スーツ。ふだんみられないその服装は、どこか雲の上の人を連想させた。将来の豪勢な生活を垣間見るようだ。僕は列の後方で何となく、乗り遅れた船の前のようにも思えた。
「間宮は、寂しいだろうな。でもやがては・・」
「夜、会うでしょうふつうは」と、横に島。
「島。さっきも言ったが、患者のフォロー中断して帰るなよな」
「だから先生。夜は当直医がいるから」
「申し送りもせんで、みんなが迷惑だ」
「ユウ先生だって、ひとりで重症一気に引き受けて。あとの者が迷惑ですよ」
「なんだと?」
後ろから指でつつかれる。
「わかってるよ!」
ダンの不器用な言葉が羅列される。
「・・・のようなこともあるだろう。しかし、我々に後退は許されない。病気は待ってくれたりしないのだ」
僕はキョロキョロ見回した。
「間宮が・・・間宮がいないな。あいつ・・・」
その頃、医局では彼女が1人、机に腰かけていた。グッと、クマの人形を両手でつかむ。黒い目を見る。
「・・・・・・・」
何かに怒っているような夢だった。しかしそれは、今を見ていない。それは遥か、大昔のことだった。
目の前に、タンスが全開になっている。縦の部分が右に開き、中年女性が慌てるように下着などを出している。新品同様とか、関係なしで。
「ぐっぐぐ!ぐぐっ!」怒りの力か、ときにすっぽ抜ける。逃げ遅れそうなほどのパニックだ。それを後ろから見ている少女は、ただただ凝視するだけだった。
「・・・・・・・」
「ああっちくしょう!ボケナス!金!こんだけか金!」金があまりないのを嘆く様子。
「・・・・・・・」
「おい!お前!取ったか!」狂ったような勢いで、母親は娘に突っかかったという。
「取ったか!取ったか!」娘のポケットなど、まさぐる。
「しし!しし!」
「たあっ!」横からホウキで突いたのが、今入院している間宮のばあさんだったという。
「子供がそんなことするか!」
「ってえなあ!」バッグで、婆さんの顔はしばかれた。
「出ていけ!はよ!出ていけ!ダンナみたいにな!」ホウキをブンブン振り回す。
母親は荷物がまとまったのか、仁王立ちしたままタンスに向かっていた。娘はずっとクマを握りしめたままだ。
「お前。わかってんやろな。どんだけ、あたしが恥かいたか」
「・・・・・」
「あんたは賞もらってご機嫌やろ。だがな。あたいはどうやねん。一生懸命仕事してんのに。お前のためやのに」
ドンドンドン!と近くの額縁まで歩き、一瞬で投げた。のがそのまま間宮の腕に当たった。
「おばあちゃんの面倒見のお蔭だとォ?」
「いだい!いだい!」
「・・・よ、よけんからや。よけんから・・」
「いだい!いだい!」無表情だったのが、一気に炸裂したようだったという。
「け、警察には。言わんといてな」ダッ、と母親は飛び出した。婆さんは間宮に近寄り、その母には目もくれなかった。
そんな過去の記憶を思い出しては、間宮は時々このクマを・・・見つめていた。何より、さきほど山崎に打ち明けたからだ。しかし、なんでそんな話をしたのか。そんな話で、彼の心が戻ったとでもいうのか。自分の闇は、他人の地下にすぎぬ。
「・・・・・・もう」
とだけ、彼女は言いかけたが。価値がないと思った言葉なのか、引っ込めた。
ちょうどマイクで喋っていた山崎が、ふと顔を上げた。重症部屋の窓に映るナース姿くらい。マミヤがいるはずもない。彼は、思わぬことも含め、全てのカタをつけてしまった。1時間前。さっきの屋上で。
「・・・ということがあってね」間宮は、さきほどの過去を話し終わった。
「でも、その母親。悪いじゃないか。忘れなよ。そんなの」
「忘れても、思い出すの。思い出させるの。あいつが」
「あいつって・・・?」
「あたしは、どうもそんな嫌なものに自ら惹かれるみたい」
山崎はピンときた。
「ユウ・・ユウ先輩か?なあ!」間宮の表情は否定しない。
「・・・・・」
「そ、そうだよ。ユウ先輩を・・そうだ。そんな気がしてたんだ」
「本当?」
「ほ、本当だよ!ぼ、僕はどうりで、好かれてるのかなって、おお、思ったことあったんだ」
「嘘つき」
「は・・・?」
間宮は大声を上げた。
「嘘つき!嘘つき!」
「うわわ!な、なので・・・もう行くから!もう、会えないんで!」
次々と、休憩スタッフが上がってきた。みな口をあんぐりしたまま。
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!」
目を閉じたまま、彼女は何度も咆哮した。
「うぞ・・・・・づ・・・・」
目を開け、やっと落ち着いてきた。彼が視界から消えたのが救いだったのかもしれない。
山崎は、やっと我に返った。
「あっ。すみません。以上です!」
壇から降りて、やがて1人ずつバスに向かい始めた。選ばれたナースや事務員らが、1人ずつ礼をしてバスのドア前で敬礼。ダンも返す。優秀な職員の半数を、僕らは失うことになる。バスの前、ジュリア女医がしゃしゃり出て、カメラにおさめる。
頭上から、ひらりと花びらのような雪が舞ってくる。
「おっ?これは・・・」掌に載せ、消える。「いよいよ。冬将軍か」ギュウ、と握りしめる。
♪もう・・・もう・・・ 終わりだね・・・ 君が小さく見える・・・フウ・・・
バスの中からのぞきこむ数十名。涙が光る。見送るみんなも、感傷ですすり泣き始めた。どういった涙なのか。同じ種類のものか。
♪僕は思わず・・・君を・・・アア・・・抱きしめた・・・・くな、る・・・・
間宮はドラマのように飛び出したりはしない。しかし、バスや歓声の叫びは聞こえる。
♪「私は泣かないから ・・・・このまま・・・・ひとりにして」
君のほほを涙が 流れては落ちる
間宮は泣かなかったというが、ホントかどうか。
♪「僕らは・・・・自由だね」・・・・ いつか・・・・そう話した、ね・・・
まるで・・・今日のこと、なんて・・・・思いもし、ない、で・・・
バスのドアがプシュー、と閉まった。バスがいよいよ、前の国道へ乗り出す。みな、わずかだが数歩出た。
♪さよならー!さよなら-! さよならー!アア (エレキ)もうすぐ外はーしろーい冬(エレキ)
愛したのはー!たしかにー!きぃみだけ !そのままぁの君ぃだけー!
なぁ、間宮・・いや。山崎。俺はこの日記を10年続けて、やっとこの時期までこぎつけた。もうみな、あのことを忘れてしまっている。だが・・・俺が、そうさせない。俺はまさか、思うはずもなかった。この数年間、それがまさか・・・。
続きは、また今度。
♪愛は哀しいね僕のかわりに君が
今日は誰かの胸に 眠るかも知れない
僕がてれるから誰も見ていない道を
寄りそい歩ける寒い日が 君は好きだった
さよなら さよなら さよなら もうすぐ外は白い冬
愛したのはたしかに君だけ そのままの君だけ
さよなら さよなら さよなら もうすぐ外は白い冬
愛したのはたしかに君だけ そのままの君だけ
さよなら さよなら さよなら もうすぐ外は白い冬
愛したのはたしかに君だけ そのままの君だけ
外は今日も雨 やがて雪になって
僕らの心のなかに 降り積るだろう
プスプスプス・・・と白煙を上げながら、ボロボロの救急車が地下入口へと入っていった。大駐車場の真横だ。さきほどの6名患者は、画像検査後に病棟へと上げられていた。
夜診療は終了しかけており、夜の7時半頃。心配していた1人の品川が、地下の薄暗い車庫へと走ってきた。
「な・・なんですかこの車は!」
「何ですかってお前、ボケたのか。救急車だよ」
品川の部下、田中は反省しきりとばかりに下向きで降りてきた。
「おい田中!どうしたんだよさっきまでの威勢は!」
「すんません。品川さん。救急車、使えなくなっちゃったかも・・・」
品川は腕組みしたが、一瞬だけだった。
「まあいいでしょう。とりあえず無事が確認できたんで。あの子は?」
「いねえよ。ったく、お前もなんてところ訪問さすんだよ!」
「ホモ?あなた方?」
「ホウモンだよアスホール!」
品川は全く心当たりがない様子だ。
「あの子、そうでしたか。いや実は、彼女の仕事用携帯なんですが」ポケットから病院用携帯。
「なんか、変な記録でも?」
「ええ。外線通話の記録が・・」
「おいおい。いいのかよ。一応個人の」
「どうせクビでしょうから、いいでしょう。そしたら真珠会につながりました」
「やっぱそうか!あいつ!」
3人はエレベーターで2階へ。事務室へと入っていく。
「それから、閉店間際のキャバ」と品川。
「何で閉店間際のところに募集を」
「いえ。募集目的ではなく、ママとの会話のようで。つまりキャバ嬢ってことです」
「キャバ?俺たちは何。キャバ嬢と仕事してたのか?」
入院状況をPCで確認。
「俺がいない間に、ベッドの稼働が止まってるな。あ、でも何。6人入院したの?」
「肺炎って話で」
「誰が診た?」
「大学組の2人です」
「ほーう」画像を呼び出す。「所見メモがにじゃないか。電子カルテの記載もない。これから打ち込むのか?」
「帰られまして。その・・・」
僕はため息をついた。
「尿中のレジオネラ抗原も調べてねえ、抗生剤もセフェム系とは。大学はセフェムセフェム。なんかセフェム教とか入らされてんのか?学食に何か入ってるとか?グラム陽性定食とか」
老健施設からの紹介だ。今回はまともな入院か。そういや外が寒くなり、入院が増えだす時期に突入した。奴らはもう患者を送ってこれない。警察にマークされている。
ただ、あそこのオーナーや院長がこのまま黙っているとも思えない。
「おっと」
戻ったら早速、PHSに呼び出しだ。
「品川。病棟の急変だから行ってくる!間宮はまだいるか?」
「電子タイムカードは・・はい。まだ外来のはずです」
「速攻、病棟へ向かわせろ!」
病棟では、ナースが片手で心臓マッサージ。
「おい!なんだそれは!」
「は?お願いします」派遣のナースか。この態度だと金銭目的の業者派遣か。傭兵みたいなもんだ。
「肺炎の新患だよな!挿管せにゃいかんぞこれは!家族は・・・」
「家族は、さっき来てすぐ帰りました」
「それもどうだよ?説明はしてるのか?」
「明日、説明聞きに来てといいました」
「ダメなんだよそれじゃ!呼び出せ!」
人工呼吸器、CVルート、尿道バルーンなど、一連の処置。動脈血を採取、呼吸器の設定をし直し。
「家族は来るか?」
「さっきからいますけど。テレビ室に」
「あんたさっき、帰ったって言っただろ?」
「でしたっけ?あー人違いかな?6人も入院いたから」
「バカかお前は!」
「はあ」
しまった。ちょっとキツかったか。だが、そう言われても仕方ないキャラだろう。
妹、この方も高齢でインテリジェンスの高そうな方だ。思わず肩をすくめる。
「え?なんで・・いつの間に?」
「急に状態が悪化しまして」
「人工呼吸器?人工呼吸器はやめてって、さっき先生に」
「先生とは・・」
「当直の先生ですよ!医大から来てるって」
そうなっていたのか・・このナース、把握もせんと。だがカルテには・・書いている。しかしナースに伝わってない。いや伝わったがまた人間違いか。明日、看護部長はこれをきっかけに事業縮小を図るだろう。
<当直の先生>は、廊下の奥に立っていた。髪が濡れており、風呂のため携帯がつながらなかったものと推察される。
妹さんは何度か声をかけ、きりっとこちらを向いた。
「スタッフさんたちは、きちんと連携してくださいよもう!」
さっきのナースは逃げていた。
すみませんも言えず、僕らは気まずい時間を過ごした。気管切開も、おそらく了解は得られないだろう。やはりさっきのナースに、よく言っとく必要がある。詰所へ突入した。
「おい。大事な時に逃げるなよな」
「逃げるって誰がですかあ?」40代の小太りナースは無邪気に驚いて見せた。
「家族が困ってたじゃないか。俺のせいみたいになったぞ?」
「当直の先生も、説明したらどっか行っちゃうし。私達も、大変なんですよーこんな患者、6人もいっぺんに入れられて」
「それが仕事だろうが?限界なら、もう無理だって弱音か?」
間宮がのっそりと長い髪をバラつかせ、入ってきた。
「お帰り・・・」
「おっ。ああ」
ナースはちょこっと呟いた。
「間宮先生にもあたし、連絡したんですよさっき急変の時。当直医が不明だったからかけたのに」
「俺が行く前?」と聞き、ナースは頷いた。続ける。
「そしたら、いま診察中だから無理!無理って!」顔が紅潮。
「ああ・・・」諦めたような間宮。たぶん、僕が怒ると予想して。
「そうなのか?マミ・・」
「うん。ごめん・・・」
ナースは肩でため息をつき、背を向けて仕事に取り組んだ。僕はダンの言葉を関連付けた。今回はこのナースの落ち度もあった。それが揉めるもとになった。でもさらにその背景にあったのは、一方的すぎる押し付けとミスをしやすくした環境だ。それには俺たちも関係している。
しかし、あの女医の<ごめん>でどこか拍子抜けしてしまった。
暗い廊下を2人で歩いた。間宮は全く元気がない。
「今日は、あたし。どこかヘン」
「その根拠は?」
「なんかすぐ怒ったり落ち込んだり。生理じゃないのに」
更年期、とかいうギャグは致命的すぎて言えない。
「ウツなのかな・・・」
「違うだろそれは」
「さっきね。ダン先生が帰ろうとして止めたのね」
な、何なんだ。この女。今日は妙に・・・女らしい。
「ダンがいろいろ私を褒めたのね。ほら、あの人口が上手いから」
「だな」
「そしたら、何でもできそうな気になったの。でもすぐ落ち込んじゃった。ああ、あたしは現実にいないんだって」
「いま1秒1秒が現実だろ」
彼女は立ち止った。医局に着いたわけだが。
「ううん。現実にいないの。過去か、未来。そこしか見てないの」
なあ、間宮。
過去、未来・・・誰でもそこに不安や恐怖は抱えてる。現実はそれにあがこうと時間を進む。だからこそ、どう生きるかが重要な意味を持つ。ならば未来や過去に囚われず、現実から始めることはできないものか。
誰のためでもなく、ただ自分のためだけに。それのどこが悪い?
僕と田中は、ついに3階の屋上に出てきた。灰色のコンクリート、隅には時代遅れの洗濯機。干した毛布やふとんが、大風でなびいている。
「ドア閉め!ドアはないんか!」
「ああ終わった!絶対、俺たち終わった!」田中も上下関係忘れる。
「どうすっかなーどうすっかな」
「ね?あやまりましょうよ!」
「あいつらにか?」
屋上の縁から見下ろすと、下の路地には・・・
「ウオオオオオ!」数十人がひしめく。
「言葉が通じんだろ。第一」
「先生、医者でしょ。中国語の会話くらいは」
「知らん。習ってない」
「ええっ?医者なのに、情けないなあ」
「悪かったな」
「受験勉強って、いったい何をやっとんですか?」
僕はいろいろ考えた。たなびく毛布、布団たち・・・。
「おい田中!何をやってんだ!」
彼は、そのたなびく布団の間に入って立っている。
「み、見つからないかもしれないし」
「だるう・・・こいつ」
夕陽がかすんでいる。
いよいよ、階段から音が聞こえてきた。
「田中。たぶん死ぬな。俺ら」
「ちょお、やめろよ!」
「これはいかんかな」毛布を自分の周囲に巻いた。「うわっ!」そのまま転倒。
「えーっえーっ!自分だけ卑怯だ!僕も入る!」そこらの毛布、布団を引っ張る。
「もっと巻け!もっともっと!」
とうとう、僕らは布団の塊と化した。外人にはすでに取り囲まれている。どうやら・・・1回蹴られたようだ。めまいがする。フーハー、と自分の息しか意識がない。転がされるにつれ、その息は次第に荒くなっていった。
「アーイヤワハハハハハ!」こいつらは、どうやら転がして遊んでいるらしい。
「くそ!くそ!」体のひねりで抵抗し転がろうとした。が、どう動いてるかさっぱり分からない。
路地では、バットを振り回す外人らが待ちくたびれていた。
「マネー!カエセ!マネー!カエセ!マ・・・」
屋上でドン、という音が聞こえたと思ったら、あの古い洗濯機が落ちてきた。
「アイヤアアアア!」みな散ったその空間に、ドカーン!と叩きつけられた。そしてみな「アイヤ!」と集まろうとしたそこへ・・・
大きな塊が落ちてきた。
「ウワアアアア!」
反射的に何人かが受け止めようとしたが、衝撃で吹っ飛んだ。数人が下敷きに。
パラッ、と1枚めくれ田中が目を丸くした。
「生きてる。わあ、生きてる!」
「つつつ・・・」僕はヘビのように這い出した。外人らは唖然と後ずさった。
僕は視力が回復し・・・
「おいあれ!救急車!」
そう遠くはない。ダッシュで乗れるかもしれない。田中も頷き、一斉にダッシュした。間一髪、あちこちからのナタ、木刀が布団に突き刺さった。
「田中!鍵は開いてるか?」
「ええ!」近づくと、真向かい・左右に対向車がクラクションしまくっている。
「あやまってやれ!」
「はい!シャイシェイ!」
「だから違うって!」
僕らは乗り込み、仕方なくバックの体制。ピーッピーッと徐行バックする。前の車は押すようにつめてくる。
「大丈夫ですかね?大丈夫ですかね?」田中がハンドルを左右。
「うるせえ!だまれ!でっ!」ドカン!と電柱が当たる。「へたくそ!」
「なんでこんなに道が狭いんだよ!」
「知るか!」
「ホントも~この医者にかかわるとロクな!」
「せえ!」
気がつくと、前方の車に群衆が群がり・・・バットでボコボコに叩かれ始めた。だんだん遠くなる。一部、追いかけてくる。
「来た来たきたあ!」
「先生!うしろ道が2つ!どっち?」
「さあ!」
「ホンマ役に立たん医者が!」とっさに右を選んだ。だが、どんどん登っていく。
「おいおいおい!来た道とちがうんちゃうか!」
「知らんよそんなの!」
「止まる止まるおいおい!」
坂の勾配が強すぎ、減速していく。とうとう、止まった。僕らは今、猛烈に前傾している。
「おい。どうすんだよ」
「降りましょう!」彼は真っ先に出た。後部を少し登るとまた下り坂になる。
「田中。車はいったん置いて、こっから逆へ下ろ・・・」
目を疑った。そっちからも・・・
「アイヤアアアア!」
バット集団が迫ってきた。思わず、横の家のベランダの少年と目が合う。どちらにも愛想はない。
「電話あるか?」
「ナイア!」
やっぱり駄目だ。
救急車の前方も・・・
「キーッ!キーッ!」と数人ずつ集まってきた。だがバットは持ってない。代わりに・・・落ち着き払ったその集団は1人ずつ観念したように・・・
手持ちのビンにライターをかざした。次々とライターが渡されていく。キャンドルサービスか?やがて1列、7名が下方を遮って並んだ。「アイヤ!」
「先生あれ!火炎瓶ですよ!」
「やばいやばい!」僕は後部のハッチを開けた。
「先生!何を探して!」
「ホースとか!水とかないのか!」
もう、何を考えているのか分からない。
「先生!点滴がある!」ピンク針を刺す田中。
「わっ!かけるな!」
「ダメか・・・」
僕は、隅にあるものに目をつけた。
「おいこれ!」
「は?それで何を」田中は呆然とした。
「運び出すぞ!手伝え!」
黒く長いものを縦に置き、僕はまた少年と目があった。
「これ!なんて読む?これ!」
ポケットのマジックで、壁に大きく<魚雷>。
「アイヤ・・・ユーレイ!」
「幽霊?おい!真面目に見ろ!」
「ユーレイ!」
「ユーレイ?ほんとにユウレイなんだな!」
ワーッ!と火炎瓶を持ち上げて走ってくる勇士たち。もうあと数歩の勢いだ。僕は手首でキュルキュル回し、その酸素ボンベを正面に持ってきた。
「ユーレイ!」
「アイッ?」(大勢)
「ユーレイ!あっ」手が滑り。ゴロンゴロン、と横倒しになった。
立ち止った彼らに向かって、ごろごろと坂を下りだした。
「アイイイッ?ギャアッ!オジャマユーレイ!」
反転し、逃げ出した。両端へ散らばり、なおも駆けていく。
「わははは!おいいいぞ!」助手席へ。「後ろも来る!出せ田中!」
「先生は天才だ!」
「だる・・・」
バキャン!バキャン!と後ろのガラスが粉々に。ベランダで少年の拍手と笑顔。
ドーン!と救急車はのめり込み発進。ビビったアイヤーらは火炎瓶を次々と落としていった。
追いかけるにつれ、酸素ボンベはその炎で包まれ大きな楕円体となっていった。アイヤーらが次々と散っていく。僕らはストップし、さきほどの分岐に出た。
「田中。これでもときた道だ。バックして帰ろう!」
「アイヤー!」
「やめや!」
ボンベはどうやらグルグル回転し、ボコボコにされた車まで向かっていったようだ。たぶんあそこで止まるだろう。
人影も消え、車も体制を立て直した。田中はいたく感動している。
「いやあ~。やっぱ医学部は違うなあ。でも、僕だって知ってますよ。あの酸素ボンベってあれでしょ。ジョーズを吹っ飛ばしたやつ」
「あれは、ちょっと違うんじゃないのか?それに酸素ってせいぜい助燃性しか。あうっ」
遠くで、ズドーーーーーン、という爆発音が聞こえた。
目的地まであと5分以下、というところで女性事務員は運転席へ声かけた。
「あの地域は外国人が多くて怖いの。知ってます?」
「ああ。慣れてるけど」僕は平然と答えた。外人が怖くて医師は務まらない。たとえ日本語しか喋れなくても。
「若い女性とか、危ないんですって」わが身を心配してか、青ざめている。
「葉月くん。品川が、本当にここへ行けって・・・?」
「はい。なんでも、当院にとって借りがあると」
「外人地帯に借り?貸しの間違いじゃねえのか?」
葉月は何か狂わされまいと、真顔になった。
「さあ。どうでしょうか?」
運転する田中は正面を見つめて、呟いた。
「ユウ先生。彼女、顔色悪いし。あのコンビニでタクシー捕まえてもらいますか?」
「若い女性か・・・確かにな!」
ブウン・・・と葉月が降りた後、救急車はサイレンを鳴らし始めた。僕は彼女から封書を受け取っていた。
「これが住所か。なんでこんな封書、渡すんだ?」
「紹介状か何かですか?」
「事務的なもん、なんだろうな?」
電柱が両端に立っている。道はときどき狭くなる。ジグザグになっていき、直角にも曲がるようになる。分かってる。こういう道が不快な走行をしているっていうことは・・・都市計画が介入できなかったことを意味する。
つまりその計画を阻めるほどの利権(ヤクザの土地とか)や圧力団体が存在していた、またはしていることを意味する。
今度は長屋が目立ってきた。放し飼いペット。家の周辺を囲むペットボトル。行き止まり地帯。集団で見つめる視線。メモの住所では、ちょうどここだ。と、老朽化した一軒家がある。茶色いすすけた家。人がいそうにない無飾りの家。
田中は車の置き場所に困っていた。
「困りましたね。駐車場とおぼしき場所が、まるでない」
「ナビにはここの地図自体がない。驚きだ」画面が空白。
「どうします?遠ざかりますよ?あの家から」一方通行だしかも。
「そうだ。なら・・・ちょっとだけだ。十字路のど真ん中に止めろ!」
交差点とは呼べないような、狭い四角形の上で停車した。もちろん前後・左右に道がある。
「せ、先生。どう考えても邪魔ですよ?」
「そう同時に車は来まい。来たらずらして、また中央に戻せ」
「は、はあ」
僕はバッグを掲げ、スタッと地面に着地した。木造のその家まで数歩歩き・・・ピンポンを押す。待つこと8秒。また押す。
「うっ?」周囲、どこか視線を感じる。また向きなおす。
「すみませーん!」大声が響き渡る。その声が周囲に拡散した。
ある納屋では、バラバラ歩行で横になっている若者らが・・・いくつもの重なった筋骨隆々の脚が・・・ピクッと反応した。1本ずつ、それらは立ち上がっていく。見るみる、それらは活気を帯び始め、1人ずつ納屋の壁トタンに手を伸ばした。
木刀、牛刀など・・・。早い者勝ちに1本ずつ取りぬかれる。
「アイヤ!ハンマー!ホンマー!」
ダダダッ!と裸足でかける東洋ジーンズたち。
カチャ・・と戸が開いた。
「フヘ?」東洋系のオッサンの狼狽した顔。
「ここに来てくれと、頼まれたのですが?真田病院です!」
しかし、日本語が通じない。
「ハンタラアーイヤ!」
「は?」
「ハンタアラ!アーイイイイヤアア!」
「だから分からんって!あそうだ!」白衣からメモ。「これ、渡してくれって」
スパン!と隙間から取られた。ドアは内側から引っ張られている。
「ワイヤイヤ?」ビリ、と開封。
「あの。中へ」
バン!カチャ!とまた閉じられた。
「な。何なんだ!」
呆然と立ちつくしていると・・・またドアが、今度は全開で開けられた。
「ハイヘア!」入れという手振り。
「え。はい」
「ヒーハア!ヒーハア!」どうやら早く行け、と背中を押す。
「わかったわかった!」
ズンズン押されて、奥の部屋。線香の匂い。長老のようなばあさんが座っている。図体はデカく、ジャバザハットのようだ。さっきのメモを握りしめ、怒りで震えている。
「サナアダア!」
「は!はい真田です!ダン院長の部下の!」
「マネー!」手のひらを突き出してきた。
「マネー?金?」
「マネー!」ズシイン!と、1歩打ち込む脚が床にめり込む。
「わあっ?」
「マネー!カエセ!マネー!」また一歩、ズシーン!
どうやら、あの女事務員の言ったことは・・・。振り返り、さっきの男の体をすり抜けた。
「アイヤイ?」
「どけっ!」ズーン!と真後ろに巨体。するとそれは立ち止まり・・・
「ピーーーーーーーッ!」
尺八のようなもので、思いっきり吹き付けた。唾が拡散し、僕ら2人に降らせる雨。
「(2人)わあああああイヤー!」
「先生!このばあさんは!」田中が入ってきた。
「おいこら!救急車、降りるな!」
「借入れ先ですよ?真田の!知らなかったんですか?」
ピーーーーーーーーーッ!
そんなジャバに、田中は何度も頭を下げた。
「シェイシェイ!シェイシェイ!」
「ちょっと違うんとちゃうか?」
「先生もほら!謝って!」
「な。なんで借入れって。俺たちの資金は銀行からだろ?」
「先生、まさか知らないなんて。スポンサーは銀行だけじゃないんです!」
僕らは四散し、その間をジャバがズーン、と脚で踏み入った。
遠くから、ワーーーッ!と声が聞こえてくる。カラコロカラン!という金属音も。
田中は下に凸となってひしゃげた天井を見上げた。
「先生。僕ら、ハメられたんですよ!」
「え?」自分の股間を見た。
「何の手紙か知りませんが、私らは大事なスポンサーを怒らしたんです!」
「スポンサーって・・・このジャバばあさんか?逃げろ!」
僕ら2人はフスマを全開、互いに両側から閉めにかかった。向こうから飛んでくる包丁類。死の予感までした。
「いかんここは田中!奥のフスマへ!」
10畳ほどの部屋を突っ走る。空に等しい部屋だ。金持ちだからか。そしてまた両側からフスマを閉める。
するとまたワー!と背後のフスマが開き、何か飛ばしてくる。奥でボトボト地面に落ちる。いくつかはホントに刺さったようだ。キリのようなものが飛び出したのには度肝を抜かれた。
「田中!階段!階段探せ!」
「ヒイッ!ヒイッ!」よろめき、側面のフスマにダーン!と寄りかけ崩れる。新撰組のドラマのようだ。
なあ、間宮・・・。
医大の先輩方はかつて、こう言ってたよな。普通にやっていれば、技術は身につく。あとからついてくる。
しかし人生、ついてくるのは・・・奴らの影だけ。
「アイーヤア!」イウォーク集団が、もうすぐそこに!
胸痛の患者のことを気にしつつ、間宮のばあさんの肘から動脈血を採取。意識は混濁している。
「このばあさんも、CT撮りたいところだな。娘、いや孫呼んで来い」とナースに指示。
「ブヒ!」
「ああ待て。そこの事務員!葉月・・さんだっけ?」
小柄な初々しい女性だったが、最近ロボットのようだ。会釈もせず、機械的に仕事する。だがそのこじんまりとしたルックス・パーツはいろんな男の気になるところだった。
やがて葉月が間宮を連れてきた。予想通り、パニクった。
「えっ?ええっ?どうして?」
「基礎疾患、分かるか?この人は分からんらしいが」僕は施設の末端を指差した。今でいう<ゆとり>っぽい。ひょろっとして、いかにも頼りない。
「エクタジアにOAにRAにpafに・・・」
「内服は?」
「NSAIDに漢方15番と25番、ムコダインにCAM」
「ワーファリンは、ないな。pafは最近は?」
「ないと思う」
こんな会話をしつつ、CTへ。行き違いでさっきの男性のベッドが運ばれてきた。僕はモニターを付け直した。
「そうか。食道エコーは時間がかかりそうか」
「たた・・・わしゃ、なんでも受けますよ?」
「どうしても否定できない病気があるんです。解離性の大動脈瘤といって」
「あれ、胸が痛くなるんでしょ?今は胸は大丈夫。というか、胸というのかな。この・・・右の肩に近い胸」
反対から、遅れて降りてきた島が叫ぶ。
「胸?肩?えーっ?どっちなわけ?」
「何というのかな・・・左じゃないな」本人も表現に困った。
僕の後輩の島があてずっぽに叫ぶ。
「肺塞栓とか!」
「黙れ島。患者様に聞こえますので!」
「な?何も黙れって言わんでも・・・」
僕は事務長へ指示。
「品川。外科系の病院に連絡してくれ。解離性大動脈瘤の疑いが濃厚」
「かいりせい・・はいはい!根拠は?」
「素人が!とにかく伝えろ!そうでも言わんと、とってくれん」
「はいな!」
あの生汗が、事態が只事でないと示しているような気がする。残りの部位の撮影後CTも見る。
「腹部はいけるな・・・瘤ではない。ナース!血圧左右差は?」
「ブヒ!ないです。いや、あり?」
「どっちや?かせ!」自分で測定。右が若干高いような・・・。
「右が150で左が134か。これまた、微妙だなあ。おい今見たか?」モニター指差し。
「ただのVPCよ?」とジュリアが巨大目。
「ただほど怖いものも、ないだろう!」
「?」
事務長が2階の窓から○サイン。
「よし!オレ、ちょっと行ってくるわ!あのね。外科系の準備をしてある病院のほうがいいから!」
「ええっ?そんなに悪いんですか?てて」
「備えに越したことはない、ということです」
「なるほど」
家族は遠く、外科系の病院へ直接となりそうだ。カテコラミンなどをシリンジで吸い準備させる。
「酸素はいっとく。写真はこれとこれ、持っていこう!」
「あたしも行きます!」と、さっきの事務員。
「ナースのほうが」
「ナースらは知ってますか先生。ボイコット寸前です」
「う・・・」
僕らの行動が、目に余るか。この前の患者入れすぎ事件が。
やがて地下からの白い救急車が、グワンと救急入り口前に停車。バックしてストップ。
外は風が叩きつけてくる。
「じゃあ、もう1人の患者!ばーさんだ!間宮の」聞き取りにくく、みな耳をダンボする。
「ええーっ?バーミヤン?」と島がわざとらしい。
「さっさと行って、手伝え!」
彼は一瞬ムッ、とし向こうへ消えた。合わない医者は、一生合わない。
品川はパソコンをクリック。
「ゲート、オープン!」
昼に閉めたばかりのゲートが左右にチュインチュインチュイン、と開く。外側はまだ穴ぼこだらけだ。
車内のモニター自体は安定しているが・・・痛みはマシという。いや、増悪と寛解を繰り返しているのだろうか。循環器の不安定狭心症のような症状が、こっちを不安にさせる。良くなったり悪くなったり・・・これはたいてい悪いサインを示す。
「10分くらいで着くな」
「ハイ」患者の真横に僕と、葉月という事務員。この女性の既往などは当時、まったく知らない。
「そういや、病棟の大部屋騒動のときは世話になったな」
「いえ。あたしは見ていただけで」
「あ、そうだっけ。彼、このあとマグロ漁船ってホントなのか?」
「さあ。知りませんけど」
やはりだ。あのときも、どこかこの女性は不機嫌だった。何か繋がりが・・・?人間関係も、疾患のように見てしまう。ところがこのカンがよく当たるのだ。なぜならダンが言うように、ものには原因があり、そこには背景が存在するからだ。暴れる男、稼ぐ女。原因はDVや借金。背景にギャンブルなどというふうに。
サイレン音には慣れた。道順も慣れ、どこで揺れるかもわかってる。
「ここで揺れる。つかまれ」
「先生。さっきは間宮先生、動揺されてましたが」
「ああ。なんせ、自分のばあさんが入院してきたからな」
「へえ。どこからですか?」
「高齢者の賃貸マンションだ。スタッフは駐在しているが、基本的には干渉がない。訪問看護があってもたまにしかない」
「そこで病気が発症したら、不利じゃないですか?」
「不動産が喜ぶための、国策だ。不動産の奴らは、国とつるんで蝕む、国策・キー・ウイルスだ。金をもらったら、患者のケアなんて考えてないよアイツらは」
「そうでしょうか」
「知らんけど」
もう到着した。ガー!と救急入り口に入り、申し送り。その間、葉月はトイレに行くふりして携帯を当てた。派手な奴で、病院勤務用のでない。
「塩沢院長?」
『会話は聞こえていた』
「どうします?今は真田、脆弱ですよ。どうやら派遣の医師は頼りなく、ベテランが2人抜けて、ユウもここに留まってますが」
『時間稼ぎをせよ』
「ああ。例の場所へ?」
『こちらは、真田へ猛攻をかける。貴官はとにかくユウを誘導し、帰宅難民化せよ』
葉月は先に、救急車に乗り込んだ。運転手は事務員の中年男性、田中という品川の右腕だ。
「搬送中。何もなくて良かったです!」
「あーもしもし?」
「え?葉月さん。どこから?」
「はいわかりました。大変!」
「どうしたの?」
「訪問看護先の患者さんから、救急車の要請があって」
「その電話がかかってきたの?」
「はい直接。帰りに拾ってくれと」
田中は自分の携帯を取り出そうとした。が、見当たらない。僕と同様、置いてきた。
「じゃ、別の救急車を要請するよ」出ようとする。
「ダメ!今のは、しし品川さんからの命令です!」
「えっ?事務長からの電話だったの?俺を差し置いて?ショックだなあ」
「あの人、女好きですから」
「ま、こんな魅力的なお嬢さんから言われちゃなあ・・へへ」
ガラッと、戸が開いて僕が入った。
「女好き?俺が?ああ、どうせそうだよ!出よ!」
「先生。今から患者さんを1人拾います」と田中。
「ああ。要請か。住所は?」
葉月は助手席に上半身を伸ばし、ナビを確定した。
「たぶん、10分もかからないんじゃないかな?」
窓越しに、無意味なラインを目で追う。
なぁ。間宮・・・たしかお前は、ばあさんの手で育てられてきた。ばあさんだけが、お前の真の肉親だ。主治医が自分の家族を直接診ることが、ときとして如何に残酷な試練なのか・・・。お前は、もうすぐ学ぶことになる。
「このばあさんも、CT撮りたいところだな。娘、いや孫呼んで来い」とナースに指示。
「ブヒ!」
「ああ待て。そこの事務員!葉月・・さんだっけ?」
小柄な初々しい女性だったが、最近ロボットのようだ。会釈もせず、機械的に仕事する。だがそのこじんまりとしたルックス・パーツはいろんな男の気になるところだった。
やがて葉月が間宮を連れてきた。予想通り、パニクった。
「えっ?ええっ?どうして?」
「基礎疾患、分かるか?この人は分からんらしいが」僕は施設の末端を指差した。今でいう<ゆとり>っぽい。ひょろっとして、いかにも頼りない。
「エクタジアにOAにRAにpafに・・・」
「内服は?」
「NSAIDに漢方15番と25番、ムコダインにCAM」
「ワーファリンは、ないな。pafは最近は?」
「ないと思う」
こんな会話をしつつ、CTへ。行き違いでさっきの男性のベッドが運ばれてきた。僕はモニターを付け直した。
「そうか。食道エコーは時間がかかりそうか」
「たた・・・わしゃ、なんでも受けますよ?」
「どうしても否定できない病気があるんです。解離性の大動脈瘤といって」
「あれ、胸が痛くなるんでしょ?今は胸は大丈夫。というか、胸というのかな。この・・・右の肩に近い胸」
反対から、遅れて降りてきた島が叫ぶ。
「胸?肩?えーっ?どっちなわけ?」
「何というのかな・・・左じゃないな」本人も表現に困った。
僕の後輩の島があてずっぽに叫ぶ。
「肺塞栓とか!」
「黙れ島。患者様に聞こえますので!」
「な?何も黙れって言わんでも・・・」
僕は事務長へ指示。
「品川。外科系の病院に連絡してくれ。解離性大動脈瘤の疑いが濃厚」
「かいりせい・・はいはい!根拠は?」
「素人が!とにかく伝えろ!そうでも言わんと、とってくれん」
「はいな!」
あの生汗が、事態が只事でないと示しているような気がする。残りの部位の撮影後CTも見る。
「腹部はいけるな・・・瘤ではない。ナース!血圧左右差は?」
「ブヒ!ないです。いや、あり?」
「どっちや?かせ!」自分で測定。右が若干高いような・・・。
「右が150で左が134か。これまた、微妙だなあ。おい今見たか?」モニター指差し。
「ただのVPCよ?」とジュリアが巨大目。
「ただほど怖いものも、ないだろう!」
「?」
事務長が2階の窓から○サイン。
「よし!オレ、ちょっと行ってくるわ!あのね。外科系の準備をしてある病院のほうがいいから!」
「ええっ?そんなに悪いんですか?てて」
「備えに越したことはない、ということです」
「なるほど」
家族は遠く、外科系の病院へ直接となりそうだ。カテコラミンなどをシリンジで吸い準備させる。
「酸素はいっとく。写真はこれとこれ、持っていこう!」
「あたしも行きます!」と、さっきの事務員。
「ナースのほうが」
「ナースらは知ってますか先生。ボイコット寸前です」
「う・・・」
僕らの行動が、目に余るか。この前の患者入れすぎ事件が。
やがて地下からの白い救急車が、グワンと救急入り口前に停車。バックしてストップ。
外は風が叩きつけてくる。
「じゃあ、もう1人の患者!ばーさんだ!間宮の」聞き取りにくく、みな耳をダンボする。
「ええーっ?バーミヤン?」と島がわざとらしい。
「さっさと行って、手伝え!」
彼は一瞬ムッ、とし向こうへ消えた。合わない医者は、一生合わない。
品川はパソコンをクリック。
「ゲート、オープン!」
昼に閉めたばかりのゲートが左右にチュインチュインチュイン、と開く。外側はまだ穴ぼこだらけだ。
車内のモニター自体は安定しているが・・・痛みはマシという。いや、増悪と寛解を繰り返しているのだろうか。循環器の不安定狭心症のような症状が、こっちを不安にさせる。良くなったり悪くなったり・・・これはたいてい悪いサインを示す。
「10分くらいで着くな」
「ハイ」患者の真横に僕と、葉月という事務員。この女性の既往などは当時、まったく知らない。
「そういや、病棟の大部屋騒動のときは世話になったな」
「いえ。あたしは見ていただけで」
「あ、そうだっけ。彼、このあとマグロ漁船ってホントなのか?」
「さあ。知りませんけど」
やはりだ。あのときも、どこかこの女性は不機嫌だった。何か繋がりが・・・?人間関係も、疾患のように見てしまう。ところがこのカンがよく当たるのだ。なぜならダンが言うように、ものには原因があり、そこには背景が存在するからだ。暴れる男、稼ぐ女。原因はDVや借金。背景にギャンブルなどというふうに。
サイレン音には慣れた。道順も慣れ、どこで揺れるかもわかってる。
「ここで揺れる。つかまれ」
「先生。さっきは間宮先生、動揺されてましたが」
「ああ。なんせ、自分のばあさんが入院してきたからな」
「へえ。どこからですか?」
「高齢者の賃貸マンションだ。スタッフは駐在しているが、基本的には干渉がない。訪問看護があってもたまにしかない」
「そこで病気が発症したら、不利じゃないですか?」
「不動産が喜ぶための、国策だ。不動産の奴らは、国とつるんで蝕む、国策・キー・ウイルスだ。金をもらったら、患者のケアなんて考えてないよアイツらは」
「そうでしょうか」
「知らんけど」
もう到着した。ガー!と救急入り口に入り、申し送り。その間、葉月はトイレに行くふりして携帯を当てた。派手な奴で、病院勤務用のでない。
「塩沢院長?」
『会話は聞こえていた』
「どうします?今は真田、脆弱ですよ。どうやら派遣の医師は頼りなく、ベテランが2人抜けて、ユウもここに留まってますが」
『時間稼ぎをせよ』
「ああ。例の場所へ?」
『こちらは、真田へ猛攻をかける。貴官はとにかくユウを誘導し、帰宅難民化せよ』
葉月は先に、救急車に乗り込んだ。運転手は事務員の中年男性、田中という品川の右腕だ。
「搬送中。何もなくて良かったです!」
「あーもしもし?」
「え?葉月さん。どこから?」
「はいわかりました。大変!」
「どうしたの?」
「訪問看護先の患者さんから、救急車の要請があって」
「その電話がかかってきたの?」
「はい直接。帰りに拾ってくれと」
田中は自分の携帯を取り出そうとした。が、見当たらない。僕と同様、置いてきた。
「じゃ、別の救急車を要請するよ」出ようとする。
「ダメ!今のは、しし品川さんからの命令です!」
「えっ?事務長からの電話だったの?俺を差し置いて?ショックだなあ」
「あの人、女好きですから」
「ま、こんな魅力的なお嬢さんから言われちゃなあ・・へへ」
ガラッと、戸が開いて僕が入った。
「女好き?俺が?ああ、どうせそうだよ!出よ!」
「先生。今から患者さんを1人拾います」と田中。
「ああ。要請か。住所は?」
葉月は助手席に上半身を伸ばし、ナビを確定した。
「たぶん、10分もかからないんじゃないかな?」
窓越しに、無意味なラインを目で追う。
なぁ。間宮・・・たしかお前は、ばあさんの手で育てられてきた。ばあさんだけが、お前の真の肉親だ。主治医が自分の家族を直接診ることが、ときとして如何に残酷な試練なのか・・・。お前は、もうすぐ学ぶことになる。
初老のやっさん医師も、山崎同様に興奮が冷めやらない。同じく、療養型病院の施設長室で余韻に浸っていた。彼の年齢なら(60前後)そろそろ収入的には足元を見られる頃。彼はギリギリセーフのデビュー、と思っている。
いやもうこの頃になれば大学の同期らも利権をかなり握っていて、困ったら鶴の声で何とかしてくれる。若い連中に、そう安易に椅子には座らせない。生きているほど年功序列。サラリーマンの神話が崩れかけていた当時、医師らはウイルスのように変異して逃れようとしていた。
「まあ、俺のこれまでの苦労がやっと報われたわけよ!」と悪代官のように。
「さようで」ときたのは、暖房効きすぎで大汗の若年MR。接待で彼らは仲がよかった。デスクとソファで、落ち着きあう。
「ま、そもそも真田がどうなろうと。俺の知ったこっちゃんないんだがね?」
「先生が真田を去られたら、あそこはもうポシャったも・・・」
笑わすセリフだ。負け犬には聴衆が必要だ。たとえそれが1人でも。
「ダンがな。ま、あいつの人生はホントは正直、今後も大波乱だからな」
「と、いいますと?」
やっさんは(元?)親友の秘密を、こんな末端に話すメリットはなかった。
「ん。まあ、いろいろ。それよりユウだ。あいつにはさんざん振り回されたぜ」
「ははあ、ああいう医者に人気が集まるのもどうかと思いますね」
「大学のやつらにな。はは、あいつら奴隷はな。上の奴らを敬わず、型破りだけ崇拝しとる!時代が狂っとる!」
やっさんは先代の貼っていたポスター、文具などすべてゴミ箱へ入れていく。歴史という歴史をすべて元年にするために。
「今度の調印式のスピーチ。いい文章できたか?」
「はっ。このように」コピー用紙を数枚わたす。
「うーん。ま、どうでもいいけど」
「うっ」MRは顔が多少引きつった。
やっさんは、自分が作成した巨大ポスターを貼りだした。
「ジャーン!」
「おお先生!それは!」
見事な設計図だ。院長室の近くを・・・いろんな機器が配備されている。
「療養型病院だからってな。馬鹿にするなよ。ま、業者からの薦めでもあるんだが。いいだろこれ。MRIだろ。PETだろ。調印式が終わったら、すぐにここへ運ぶってよ!」
「ものすごいバックアップですなぁ?」
「これからは大阪市内、いや近畿、日本を手中に収めるだろうよ!真田会は!」
若く長身のMRはため息をついて、やっとそのA病院を出た。深夜だ。
「ふーっ。じじいは、よほど話し相手がないらしいぜ」
しかし、ためらいもなく約束先のにTEL.。
「夜分遅く申し訳ありません。はい。今しがた。調印は、はあ。この様子では間違いないものと思います。彼ら2人の心はもうここありき、です。真田へのアタックは近々でもいけるかと。ところでぶっちゃけ。私への個人口座の振込みは・・・約束の」
どうやら利用されてるMRの、地べたのノートパソコンの、ネットバンキング画面は・・・。
「0時過ぎてますが、まだ入金が・・・ない。ないですよ?2万いやいや、10万でしょう?なんで?ちょ、ちょお。明日までに私は10万が。いいわけが?ないだ、いやないでしょうが!」
涙目になった若造が思わず蹴ったノートパソコンは、ギタンと地面を叩き割った。いやその逆だ。どうやらどこぞの悪魔と取引して、裏切られた様子らしい。
「返済に間に合わなかったら。あんたそれ、知ってんでしょう?マグロ漁船って勘弁ですよ!俺、闇金につつ、捕まっちまう!」
どうやら浪費した金が莫大のようだ。雇い主はそれも知ってたのか。
「じゃあ俺、何するか知りませんよ?そこの実情言いますよ?なあ払えよ。リスク冒して、様子を見てきたんだぞ!確かに払えよ!は、ら、え!」
目が血走り、汗が噴き出る。やっさんがいた病院の明かりもすでに消えていた。近く、新しい光がまぶしく光った。
「うっ?おいおい」
ハイビームは消え、無関心にMRの横を急速に通り抜けた。僕の車はA病院の真横を駆け抜けていった。下見に来たが、思わず見入ってしまっていた。
「これがA病院か。ダン、こんな病院をよく買収できたもんだな。でもやっさん・・・あいつにはもったいないよ!」
キキキ!とカーブを曲がり、MRははるか後方で立ち尽くす。
「ユウキか!あれが!あいつか!そうだあいつさえ、いなければ!」
とりあえずノブタグループに駆け込んで、損したら<復讐>することに決めた。
なぁ、間宮・・・。
年を取るにつれて、こうも落伍していく人間のなんと多いことか。でも中には、背負いさえすれば持ちこたえる人生だってあるようだ。悪魔に魂を売ることで。それがもたらす麻痺効果には、どんな鎮静剤だって叶わないだろう。
この国がどうなろうと、俺は・・・自らそんな真似だけはしたくない。
http://boomoney.blog17.fc2.com/blog-entry-68.html
どうしてあなたは年下なのと
窓にもたれて静かに訊いた
半分裸のあなたは笑って
水夫のように私を抱いた
遠い国から波が来る
部屋が果てない海になる
今夜二人が乗る舟は
夜明けに沈む砂の舟
一夜で千夜を生きるから
命惜しむと愛せない
いやもうこの頃になれば大学の同期らも利権をかなり握っていて、困ったら鶴の声で何とかしてくれる。若い連中に、そう安易に椅子には座らせない。生きているほど年功序列。サラリーマンの神話が崩れかけていた当時、医師らはウイルスのように変異して逃れようとしていた。
「まあ、俺のこれまでの苦労がやっと報われたわけよ!」と悪代官のように。
「さようで」ときたのは、暖房効きすぎで大汗の若年MR。接待で彼らは仲がよかった。デスクとソファで、落ち着きあう。
「ま、そもそも真田がどうなろうと。俺の知ったこっちゃんないんだがね?」
「先生が真田を去られたら、あそこはもうポシャったも・・・」
笑わすセリフだ。負け犬には聴衆が必要だ。たとえそれが1人でも。
「ダンがな。ま、あいつの人生はホントは正直、今後も大波乱だからな」
「と、いいますと?」
やっさんは(元?)親友の秘密を、こんな末端に話すメリットはなかった。
「ん。まあ、いろいろ。それよりユウだ。あいつにはさんざん振り回されたぜ」
「ははあ、ああいう医者に人気が集まるのもどうかと思いますね」
「大学のやつらにな。はは、あいつら奴隷はな。上の奴らを敬わず、型破りだけ崇拝しとる!時代が狂っとる!」
やっさんは先代の貼っていたポスター、文具などすべてゴミ箱へ入れていく。歴史という歴史をすべて元年にするために。
「今度の調印式のスピーチ。いい文章できたか?」
「はっ。このように」コピー用紙を数枚わたす。
「うーん。ま、どうでもいいけど」
「うっ」MRは顔が多少引きつった。
やっさんは、自分が作成した巨大ポスターを貼りだした。
「ジャーン!」
「おお先生!それは!」
見事な設計図だ。院長室の近くを・・・いろんな機器が配備されている。
「療養型病院だからってな。馬鹿にするなよ。ま、業者からの薦めでもあるんだが。いいだろこれ。MRIだろ。PETだろ。調印式が終わったら、すぐにここへ運ぶってよ!」
「ものすごいバックアップですなぁ?」
「これからは大阪市内、いや近畿、日本を手中に収めるだろうよ!真田会は!」
若く長身のMRはため息をついて、やっとそのA病院を出た。深夜だ。
「ふーっ。じじいは、よほど話し相手がないらしいぜ」
しかし、ためらいもなく約束先のにTEL.。
「夜分遅く申し訳ありません。はい。今しがた。調印は、はあ。この様子では間違いないものと思います。彼ら2人の心はもうここありき、です。真田へのアタックは近々でもいけるかと。ところでぶっちゃけ。私への個人口座の振込みは・・・約束の」
どうやら利用されてるMRの、地べたのノートパソコンの、ネットバンキング画面は・・・。
「0時過ぎてますが、まだ入金が・・・ない。ないですよ?2万いやいや、10万でしょう?なんで?ちょ、ちょお。明日までに私は10万が。いいわけが?ないだ、いやないでしょうが!」
涙目になった若造が思わず蹴ったノートパソコンは、ギタンと地面を叩き割った。いやその逆だ。どうやらどこぞの悪魔と取引して、裏切られた様子らしい。
「返済に間に合わなかったら。あんたそれ、知ってんでしょう?マグロ漁船って勘弁ですよ!俺、闇金につつ、捕まっちまう!」
どうやら浪費した金が莫大のようだ。雇い主はそれも知ってたのか。
「じゃあ俺、何するか知りませんよ?そこの実情言いますよ?なあ払えよ。リスク冒して、様子を見てきたんだぞ!確かに払えよ!は、ら、え!」
目が血走り、汗が噴き出る。やっさんがいた病院の明かりもすでに消えていた。近く、新しい光がまぶしく光った。
「うっ?おいおい」
ハイビームは消え、無関心にMRの横を急速に通り抜けた。僕の車はA病院の真横を駆け抜けていった。下見に来たが、思わず見入ってしまっていた。
「これがA病院か。ダン、こんな病院をよく買収できたもんだな。でもやっさん・・・あいつにはもったいないよ!」
キキキ!とカーブを曲がり、MRははるか後方で立ち尽くす。
「ユウキか!あれが!あいつか!そうだあいつさえ、いなければ!」
とりあえずノブタグループに駆け込んで、損したら<復讐>することに決めた。
なぁ、間宮・・・。
年を取るにつれて、こうも落伍していく人間のなんと多いことか。でも中には、背負いさえすれば持ちこたえる人生だってあるようだ。悪魔に魂を売ることで。それがもたらす麻痺効果には、どんな鎮静剤だって叶わないだろう。
この国がどうなろうと、俺は・・・自らそんな真似だけはしたくない。
http://boomoney.blog17.fc2.com/blog-entry-68.html
どうしてあなたは年下なのと
窓にもたれて静かに訊いた
半分裸のあなたは笑って
水夫のように私を抱いた
遠い国から波が来る
部屋が果てない海になる
今夜二人が乗る舟は
夜明けに沈む砂の舟
一夜で千夜を生きるから
命惜しむと愛せない
ホスト男は5人を引き連れ、軽症部屋を出た。
「みんなあ、我慢せんでーいいんやど~!」
各部屋を覗いている。ベッドで起きている患者はもちろん、家族らも顔を出した。
「ここの病院はな、メチャヤバいの知っとおん?なおばさん」
「は、はあ」看病のおばさんが、隅で縮こまった。
「ほんまに家族、大事にしたかったらなぁ。出た方がええでこの病院!経営マジ危ないし!」
中傷にしては、いやに具体性がある。
間宮が腕をつかんだ。
「やめて!」
「おっおっ?いま見た?見たなおばちゃん!この女医さん、暴力ふるたで今!いたた!」
「そんな!」
「警察警察!警察に通報や!」
携帯を取り出したところ・・・
「やあ」長身のダンが、彼の前に影を作っていた。
「え?」
「大きな声がしたもんで」その落ち着きぶりが、逆にホストを混乱させた。
「ああ。ああ!ああ!院長やないですかー!俺、この女医に!暴力ふるわれましてーん!」
間宮はすでに小泣きしている。山崎が連れ去りダンが残った。ダンは腕時計を見つめた。
「山崎くん。出向したまえ・・・・うーん。私は現場を見てないので、何が何だか」
「へー!患者の言うこと、信じんのかあんたはー!」周囲の5人が黙る。
「信じるのが僕らの商売でね。それでは、商談といこうか」
「え?へ、へ・・・」
6人がついてくる。思わず、葉月も最後尾に。
「この院長・・・何か考えてるよ?」
『偵察の上、報告せよ』とイヤホンの塩沢。
「なんか、こわいよ」
『盗聴せよ』
葉月は腕時計から、小さな豆のような送信機をチャッ、と取り出し・・・部屋の壁にくっつけるべく・・・どの部屋か考えていた。
医局の前で、ダンは立ち止った。ホストがなぜ<商談>という言葉に反応したかというと・・・ただ1つの個人的な目的に目が眩んだ。そういうことだ。
「さ。ここだ。ん?」葉月に気づく。
「あ、あたしも。事務員として」
「ダメだ。医局は事務的な用事以外、事務員は入れない」
「・・・・・」
悔しい表情の中、ドアは閉められた。6人、ソファのあちこちに腰かける。
「へ~!いい生活、したもんだ!」プラズマテレビなど、見回す。
「では、本題といこう」ダンは立ったまま。
「はいよ!で?そちらの提示額は?この暴力にたいす・・・」
立っていた僕が呟こうとする前、ダンは手で制した。
「うん。その話し合いの前にだね。ここは内密に話を進めたい」
「内密だとよ?俺はべつに・・へへ!」
「分かってる。だが、最近の保険屋は支払いがルーズでね。未払いとかザラだ」
別の男が何か気づいたように話す。
「あー未払いね。あるある。おれ新聞で見たそれ!」
「だろう?なので、双方の食い違いがないことからきちんとしておきたい」
「情報の整理かよーへっ!めんどくせー!」
「金が要らないなら・・」
「ちょーまて!いるいる!金いるし!返済せな、マグロ漁船やでおれ?」
はっはっはっ、と5人は大笑い。
「ちょーマジなんだよ!ちゃっちい額じゃ無理無理!まあ先生。暴力事件やからな。そっちからも戴くで!」
「では、私が保険会社とうまく交渉する。病院長なら、絶大な信頼がある」
「ほー、あんた。信用できそーだねー」
保険会社名とその連絡先。彼は名刺を持っている。他の5人は拍手。
ダンは、担当者に電話した。
「ええ。そうです。ご存知とは思いますが、顧客の依頼で・・いえ。入院に関する」
「おいおい。暴力事件はどうなった?」
「病名は、詐病です」
「さびょう?妙に簡単な名前やな」
「代わってくれと」ダンは子機をホストへ。
「はいなー!え?ええ?ちょ!ちょおお!払えんって?さびょう、っていう病気、なんだろー?金払わないと、塩沢さんに俺!」青ざめていく。
「なるほど・・・・・」ダンは冷酷に見下ろしている。
「それはないがな!だって俺、現に気分わるいしー!それにさ、暴力」
「そのような事実はない」
「あんだろボケがぁ!」子機を投げつけた。
「そのような生き方だから、マグロを釣るしかないんだ」
ホストは怒り狂った。
「マグ・・・んだとぉ!」
つっかかり、エリをつかんだ。
「うわ!呼吸が!」
「うぎっ?」ホストがビビった。ダンは大げさに崩れた。
「ゆ、ユウ君!」
「あ、はい!?」僕はまさかと思うが駆け寄り、一般状態を確認。
「あ、アンビューと、それから」
「そ、そこまで?ああ。間宮!」
「えーっ?あ、はい!」ドン、と彼女は飛び出した。
ダンは大げさに、何度も首を振った。
「警察を!早く警察に!」
ホストは騙されないぜ、と首を振った。
「暴力だとー?俺は振るってないって言えばそれまでや。なあお前らー!」
5人とも小さく頷いた。そのうち1人が天井を指差した。
「おいあれ!」
遅かった。事務室では、品川がすでに電話していた。モニターに指をさす若者。
「ええ。ええ・・・殺人未遂です。証拠ですか・・・いちおうビデオが」
「・・・・・・・・」深刻な面持ちの葉月が、食い入るように見ていた。
「どしたの?そんな必死に。彼氏?」品川は次の仕事に。
「えっ?ちちち、ちがいますっ!」
「ああいうノラ犬が金目的で入院して、周りを洗脳して困るよ。おかげで本当の病人が入院できないのが現状だ」
「・・・・・」
「ダン院長が言ってた。ああいう人間は、この世から少しずつ一掃していきたいってね。こわ~い院長かもよ!」
その意味は、かなり深いところにあった。
医局で立っている警部が、ホストをじっと見下ろす。
「あんた、病人ちゃうやろ」
「ちょうちょう!病人やって!」
「病名あんのか?」
「さびょう、っていう病名やって!」
「・・・アホか。行くぞ。そっちはいけますか?ほな」
引っ張られ、ホストはわめきつつ廊下へ出た。
警察が6人を連行し、ダンはアンビューを払いのけた。
「さ。もういいかな」
「先生。マジかと思いました」僕は敬服した。
「大阪はこの手の連中が大勢いる。間宮君も、いざというときの戦い方を身につけたまえ」
「は、はいっ!」彼女は姿勢を正した。
ピーポー・・と警察が走り去っていく。僕は医局の窓から身を乗り出した。院長もニュッ、と横に。
「カッとなる連中は、損をする」
「俺も・・ですね」
「君はそんな。だが彼らのような連中は関係を築けない。誰かの奴隷でしか生きれない」
「奴隷で短気、っていうのは絵になりませんね」
「そうだ。君がもし短気なら、そういう人生を選ぶ?」
僕はちょっと考えた。が。
「うーん・・・これだけは言えますね。マグロ漁船は、お断り!」
「あーっはっはっは!」
なぁ、間宮・・・。俺は短気に世を生きている。それだけで世間にしばかれる。なのに一般ではギャンブル的なものが好まれる。努力もせずに楽する人間が増えて。それが結局、短気を生むことを知らないのか。
夜になりスタッフの大半が帰ってしまい・・・特に詰所は手薄になる。それでも重症患者をフォローせねばならない。常勤医師のバックアップは当直医師の務めだが、そう割り切れない場面も多い。長年・複雑な病態の患者の場合、たまたまそに来た非常勤では把握のしようがないからだ。
「ダン先生は、いましがた帰られまして」と報告。左に長男夫婦。右に次男夫婦。長男がキーパーソンだが、実際見舞いに来ているのは次男夫婦。こういうケースはよくトラブることが多い。
こんな時代でも長男至上主義というのは健在で、特に結婚して兄弟の夫婦同士などの付き合いができると一層意味を持つ。まして親の病気となると・・・いや急病だけでなく長期の療養の場合でも。
たいてい長男は遠方で出世しており、次男は親の近くでマメに面倒を見ている。長男からすると「次男に任せてるから」となる。説明を受けるのは次男夫婦ながら、長男への伝達はどうしても正確そのまま伝わらず・・・
「いったい、どういうことですか?」(長男)
という言葉を浴びせられているのが僕だ。
「長男さんは、自然に看取るという形でとのことでしたね」
「ああそうだ」スーツ姿でいかにも重役風。仕事も持ち込んでる雰囲気。
「さきほど、次男さんからの処置の要望がありまして」
次男は顔をやや赤くした。
「そ、そういうことだったんですが。しかしですね。まさかこんな早くに・・・ダン先生の話では、こうも早くなるとは」
つまり、心の準備ができていなかった。唐突すぎて放置できなかった。
「それでね兄さん。私がこのユウ先生に、何とかしてくださいってお願いしたんですね」
だが兄。
「先生。長男のわしが中心で決めたんだから。処置する際に、相談していただきたかったものですなぁ」
「いや、急変時だったので。そんな余裕はとても」
呼吸不全に対し、すぐに挿管・マッサージを施した。一命は取り留めたが一時的かもしれない。
兄はしつこく。
「いや、だから。その急変とやらの際にだよ。今は携帯とかあるでしょうが」
「手がふさがってまして・・・人手も」
「人手が足りんと言っても、そりゃ5時過ぎたからとか言ってもなぁ、あんた。病院は工場じゃないでしょ?応援を呼ばんから、そんなことになるんでないの?」
呼んだ、っちゅうに。帰ったっちゅうに。阻止されたっちゅうに。
「ったく、信用してオヤジをあずけてたのに・・・」兄は口ごもった。
「ユウ先生。処置して頂いたから今日は、もちますね?」と兄。
「いや、それは今はなんとも。むしろ、困難かもしれません」
「ええっ?」弟は目を丸くした。
「呼吸や循環がサポートされても、治療の効果がなければ病態はそのまま悪化します」
兄は腕組みした。
「今日はまあ、東京からたまたま来てたからまあ、偶然立ち寄ったんだが・・・」
「・・・・・・なんで今日処置してもらって。ええっなんで?」と弟。
兄。
「今日の新幹線で、我々夫婦は帰れますかな?明日の朝一番の切符を取るべきかな?」
「血圧も不安定ですし、近くにおられたほうが」
「じゃ、今日いっぱいが峠ですね!」と眼鏡の弟。一番、よくわかってない。
「そうとも断言しかねます」
「なんだ。分からないのか」と兄。「やっぱ、主治医じゃないもんな。この先生」
これは禁句だ。
患者の部屋は詰所の横のICU。点滴が5ルートほど。昇圧剤に利尿剤。栄養は中心静脈。水分が比較的過剰になるのは致し方ない。
眼鏡の弟は汗を拭いつつ聞いてきた。
「このむくみ、ひどくなってますが」
「血液中のアルブミンの不足が背景にありまして」長男の希望で何も足さないということだったが・・
「ええっ?ひ、低いんなら。足してくださいよっ!」
遅ればせのように、いきなり怒り出した。
「長男さんにも、相談してから」と僕。
「足りないですねって。できるだけのここ、こと。してくださいよっ!」
長男のところに戻るが、彼は・・・
「ふんふん。まあでも、あるぶみん、っていうのですか。それ足しても、変わらんこともあると」
「ええ・・・」
「むしろ。悪くなることも、なきにしもあらず、と」
「え?ええ・・・」
長男はコートを羽織り、夫婦でエレベーターへ歩いて行った。
「いかんいかん。タクシー乗らんと。おい、間に合うか新幹線」
「あ?ああ!ちょっと!」僕は追いかけた。
まだ話は終わってない。
しかし早くもエレベーターは閉まり始めた。
「先生。先生の思うように、やってくださいや!」
「それって、どういう?」<開>でまたガー!と開く。
「わしらは何も言わん。先生に任せる」ガー!
「みんなでもう少し話し合いましょう!」ガー!
「わし、あすの朝。朝礼で5000人の前で話するんですわ」
「は?」
ガー!と扉が閉まった。トコトコ詰所に戻ると、弟夫婦がモニターからキッ。とこちらを睨み・・・。
「先生。どういう方針ですか。先生のお考えは」
こうやって数時間。フラフラになって、医局へ戻った。21時。医局には医大から出向してきた2人組がソファで喋っている。テーブルに、冷蔵庫に入ってたはずのアイスが溶けている。
「おい。そのアイス。俺の」
「え?ああ。ごめ。んなさい」と島。つくづく、気の合わない奴だった。彼は大学院、助手と出世コースを目指していたが・・・叶わぬ夢だった。横は根暗そうなやつ。
「今日はこのあと・・・何かあんのか?」
「いーえ。僕ら、今日はここに放置されてたもんで。なんでかなーって」
僕はロッカーを開けて、服を着替え始めた。
「なんでかなって。自分で聞けよ。院長に」
「ダン院長は、ユウ先生に聞けって言うから。院長、首になったの?」
「ダン院長は理事長だ。院長も兼任すべきだろ」
根暗が立ち上がった。
「あの!ユウ先生!島先生と僕の勤務は・・救急は最初は見学ということで!」
どうやら、島に言わされているらしい。
「見学?お前ら・・・生理かアレか?」
ジョークは通じず、2人は黙った。息をしてない。無息は敵意の現れだ。肩の動きで分かる。
「俺、今日はなーんか疲れたから。帰るわ。それとおい。お前な」
背中を向けて、根暗につぶやいた。
「はい!なんでしょうか!」
「名前、言えよな」
バタン!と出て行った。島は丸めた紙をパアン!と地面にバウンド。臆病者の、精いっぱいの抵抗だった。
「なーにが名前言えよな!だ!なあ小川。ユウな。ここのオバサン女医な。ザッキーに取られてサカッてんだよきっと。これからソープ行って阿波踊りだよきっと!え?」
タタタ・・・と根暗君は横切り、医局の全面ガラスを開けた。下の歩いている人間を見下ろし・・・
「ぼくの名前は、小川でーーーーす!」
しかし真下にいた人間は・・・人違いだった。さきほどの次男夫婦だった。
「はあ?なんですかー?」
小川はヒイッ、とたじろぎ後ろに退いた。はぁ、はぁ・・・と興奮している。島は平手で顔を隠した。
「ユウは裏だよ。裏の駐車場・・・!」
島の手のひら。指の間から、クマの人形が見えた。間宮の机の上で座っている。糸が何本も」ほつれており・・・何かを暗示しているかのように見えた。
なあ、間宮。この前俺は教えた。勉強の機会が欲しければ、自らそれに巻き込まれよ、と。簡単なことだ。自分の得意を嫌い、不得意を愛すこと。本気でこの仕事やるなら、俺のように損を引き受けてでも毎日何かを乗り越えよ。
と、今日のダンの押し付け仕事を正当化しようとする自分がいる。
http://boomoney.blog17.fc2.com/blog-entry-68.html
どうしてあなたは年下なのと
窓にもたれて静かに訊いた
半分裸のあなたは笑って
水夫のように私を抱いた
遠い国から波が来る
部屋が果てない海になる
今夜二人が乗る舟は
夜明けに沈む砂の舟
一夜で千夜を生きるから
命惜しむと愛せない
「ダン先生は、いましがた帰られまして」と報告。左に長男夫婦。右に次男夫婦。長男がキーパーソンだが、実際見舞いに来ているのは次男夫婦。こういうケースはよくトラブることが多い。
こんな時代でも長男至上主義というのは健在で、特に結婚して兄弟の夫婦同士などの付き合いができると一層意味を持つ。まして親の病気となると・・・いや急病だけでなく長期の療養の場合でも。
たいてい長男は遠方で出世しており、次男は親の近くでマメに面倒を見ている。長男からすると「次男に任せてるから」となる。説明を受けるのは次男夫婦ながら、長男への伝達はどうしても正確そのまま伝わらず・・・
「いったい、どういうことですか?」(長男)
という言葉を浴びせられているのが僕だ。
「長男さんは、自然に看取るという形でとのことでしたね」
「ああそうだ」スーツ姿でいかにも重役風。仕事も持ち込んでる雰囲気。
「さきほど、次男さんからの処置の要望がありまして」
次男は顔をやや赤くした。
「そ、そういうことだったんですが。しかしですね。まさかこんな早くに・・・ダン先生の話では、こうも早くなるとは」
つまり、心の準備ができていなかった。唐突すぎて放置できなかった。
「それでね兄さん。私がこのユウ先生に、何とかしてくださいってお願いしたんですね」
だが兄。
「先生。長男のわしが中心で決めたんだから。処置する際に、相談していただきたかったものですなぁ」
「いや、急変時だったので。そんな余裕はとても」
呼吸不全に対し、すぐに挿管・マッサージを施した。一命は取り留めたが一時的かもしれない。
兄はしつこく。
「いや、だから。その急変とやらの際にだよ。今は携帯とかあるでしょうが」
「手がふさがってまして・・・人手も」
「人手が足りんと言っても、そりゃ5時過ぎたからとか言ってもなぁ、あんた。病院は工場じゃないでしょ?応援を呼ばんから、そんなことになるんでないの?」
呼んだ、っちゅうに。帰ったっちゅうに。阻止されたっちゅうに。
「ったく、信用してオヤジをあずけてたのに・・・」兄は口ごもった。
「ユウ先生。処置して頂いたから今日は、もちますね?」と兄。
「いや、それは今はなんとも。むしろ、困難かもしれません」
「ええっ?」弟は目を丸くした。
「呼吸や循環がサポートされても、治療の効果がなければ病態はそのまま悪化します」
兄は腕組みした。
「今日はまあ、東京からたまたま来てたからまあ、偶然立ち寄ったんだが・・・」
「・・・・・・なんで今日処置してもらって。ええっなんで?」と弟。
兄。
「今日の新幹線で、我々夫婦は帰れますかな?明日の朝一番の切符を取るべきかな?」
「血圧も不安定ですし、近くにおられたほうが」
「じゃ、今日いっぱいが峠ですね!」と眼鏡の弟。一番、よくわかってない。
「そうとも断言しかねます」
「なんだ。分からないのか」と兄。「やっぱ、主治医じゃないもんな。この先生」
これは禁句だ。
患者の部屋は詰所の横のICU。点滴が5ルートほど。昇圧剤に利尿剤。栄養は中心静脈。水分が比較的過剰になるのは致し方ない。
眼鏡の弟は汗を拭いつつ聞いてきた。
「このむくみ、ひどくなってますが」
「血液中のアルブミンの不足が背景にありまして」長男の希望で何も足さないということだったが・・
「ええっ?ひ、低いんなら。足してくださいよっ!」
遅ればせのように、いきなり怒り出した。
「長男さんにも、相談してから」と僕。
「足りないですねって。できるだけのここ、こと。してくださいよっ!」
長男のところに戻るが、彼は・・・
「ふんふん。まあでも、あるぶみん、っていうのですか。それ足しても、変わらんこともあると」
「ええ・・・」
「むしろ。悪くなることも、なきにしもあらず、と」
「え?ええ・・・」
長男はコートを羽織り、夫婦でエレベーターへ歩いて行った。
「いかんいかん。タクシー乗らんと。おい、間に合うか新幹線」
「あ?ああ!ちょっと!」僕は追いかけた。
まだ話は終わってない。
しかし早くもエレベーターは閉まり始めた。
「先生。先生の思うように、やってくださいや!」
「それって、どういう?」<開>でまたガー!と開く。
「わしらは何も言わん。先生に任せる」ガー!
「みんなでもう少し話し合いましょう!」ガー!
「わし、あすの朝。朝礼で5000人の前で話するんですわ」
「は?」
ガー!と扉が閉まった。トコトコ詰所に戻ると、弟夫婦がモニターからキッ。とこちらを睨み・・・。
「先生。どういう方針ですか。先生のお考えは」
こうやって数時間。フラフラになって、医局へ戻った。21時。医局には医大から出向してきた2人組がソファで喋っている。テーブルに、冷蔵庫に入ってたはずのアイスが溶けている。
「おい。そのアイス。俺の」
「え?ああ。ごめ。んなさい」と島。つくづく、気の合わない奴だった。彼は大学院、助手と出世コースを目指していたが・・・叶わぬ夢だった。横は根暗そうなやつ。
「今日はこのあと・・・何かあんのか?」
「いーえ。僕ら、今日はここに放置されてたもんで。なんでかなーって」
僕はロッカーを開けて、服を着替え始めた。
「なんでかなって。自分で聞けよ。院長に」
「ダン院長は、ユウ先生に聞けって言うから。院長、首になったの?」
「ダン院長は理事長だ。院長も兼任すべきだろ」
根暗が立ち上がった。
「あの!ユウ先生!島先生と僕の勤務は・・救急は最初は見学ということで!」
どうやら、島に言わされているらしい。
「見学?お前ら・・・生理かアレか?」
ジョークは通じず、2人は黙った。息をしてない。無息は敵意の現れだ。肩の動きで分かる。
「俺、今日はなーんか疲れたから。帰るわ。それとおい。お前な」
背中を向けて、根暗につぶやいた。
「はい!なんでしょうか!」
「名前、言えよな」
バタン!と出て行った。島は丸めた紙をパアン!と地面にバウンド。臆病者の、精いっぱいの抵抗だった。
「なーにが名前言えよな!だ!なあ小川。ユウな。ここのオバサン女医な。ザッキーに取られてサカッてんだよきっと。これからソープ行って阿波踊りだよきっと!え?」
タタタ・・・と根暗君は横切り、医局の全面ガラスを開けた。下の歩いている人間を見下ろし・・・
「ぼくの名前は、小川でーーーーす!」
しかし真下にいた人間は・・・人違いだった。さきほどの次男夫婦だった。
「はあ?なんですかー?」
小川はヒイッ、とたじろぎ後ろに退いた。はぁ、はぁ・・・と興奮している。島は平手で顔を隠した。
「ユウは裏だよ。裏の駐車場・・・!」
島の手のひら。指の間から、クマの人形が見えた。間宮の机の上で座っている。糸が何本も」ほつれており・・・何かを暗示しているかのように見えた。
なあ、間宮。この前俺は教えた。勉強の機会が欲しければ、自らそれに巻き込まれよ、と。簡単なことだ。自分の得意を嫌い、不得意を愛すこと。本気でこの仕事やるなら、俺のように損を引き受けてでも毎日何かを乗り越えよ。
と、今日のダンの押し付け仕事を正当化しようとする自分がいる。
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どうしてあなたは年下なのと
窓にもたれて静かに訊いた
半分裸のあなたは笑って
水夫のように私を抱いた
遠い国から波が来る
部屋が果てない海になる
今夜二人が乗る舟は
夜明けに沈む砂の舟
一夜で千夜を生きるから
命惜しむと愛せない
真珠会病院の、事務室。の外の敷地。末端の集まった昼休みがひそやかに営まれていた。ほとんどは20-30代の若造で、ほとんどがニート風のだらしない連中だった。ネクタイこそしてはいるが、彼らの目指すところは<楽して神>になることだった。
「俺の会社名、知ってる?」
「お前何。オレはマーベラス」
「うそカッチョええ。おれなんかピープルズ」
彼らは、それぞれが子会社。みな病院のグループ施設などの子会社としての名義をもらっている。子会社としての実体はなく、マンションの一室にパソコンが2台程度あるだけ。でもそれで一応<子会社>が成り立つ。
その4~5人は、ポケットから最近使った領収書をたくさん取り出す。
「昨日は、気持ちえがった~」
「これさ。例のナースとのツーショット」
「おお?ゲットォ?みたいな?」
彼らの恩恵は、それによって使用可能になる<経費>そのものだった。領収書さえかき集め申請すれば、現金が戻ってくる。それが小遣いとなりまた経費として申請する。こういう構造は、当たり前にある。そのツケはかなり大きいわけだが。
ちょうど3階上から、オーナーが顔を乗り出して見ていた。ムラサキは話の続きに戻った。
「で、真田病院はなになに。(PC見て)なんだ。ふつーに経営してるじゃないの」
「は・・・」
院長の冷淡な塩沢が白衣で敬礼したまま立っている。
「そっかー山形。何も死なんでも」
「彼の様子は、いささか変でして」
「だろ?俺も、あいつは前からどーかなって、思ってたんだ。発想が新しくないんだな!斬新さに欠けるっちゅーか!以前のマネ嫌いなんだよね。マネーは好きだけど!あーあ!刺激!ないかな!」
自分のグーをさらにグーでたたく。
「ところで院長。次の出番はお前なわけだけど」
「個人情報の抜き取り準備も完了いたしました。準備は万端」
「なにそれ?FAX?」
「いえこれは。私用でして」
院長は、持っていた<私用>を机の下にまわし、ギュウウと握りしめクシャクシャに。さきほど真田から来たFAXだ。ムラサキ理事の膵臓所見について書いてある。僕の書いた報告書だ。
ムラサキは何台も持っている携帯のうち1台を持ち上げた。
「病床、埋まったか?それにしてもおい。患者乗せずに搬出とは、いささかジョークにとんだ手腕だね?え?あーもしもし!」
「箱を提供しただけのことで・・」
「もしもし、ちょっと待って。あのな!院長!その箱1台、いくらすると思ってんの?今度はコストかけずにやるんだな!」
院長は寒空を見上げた。
「冬将軍・・・それが、実行の時!」
ムラサキはバタン、と出て行った。院長はほっと溜息をついた。とりあえず、真正面から叱咤されることは免れた。サラリーマンは、身分的には小学校時代に逆戻りする。評価の反映が<怒られるかどうか>に重点が置かれるからだ。
それと、責任者は末端を大事にせよとは世間は言うが、責任者が投げ出したら?という疑問を呈する者はいない。考えたくないからだ。
理事というのは借金して、そのまま責任を取り続ける役割だ。その姿勢を揺るがすような・・・つまり自分の経営に疑問を持ってはいけない。あわよくば直線的にやってもらわないと困る。もし彼が投げ出せば、たちまち大勢の職員が路頭に迷う。
借金が英雄行為・・・と思わせるほどのプロパガンダが必要だ。なので周囲や銀行はたえず金銭的に溢れさせ、女もあてがう。欲という欲を、溺れさせ麻痺させるのが周囲の仕事。
カチャ・・・とホスト風の男が現れた。彼は最近まで芸能プロダクションに所属していたが、見切りをつけられた。
「用っすか?」ドカッと机越しに座り、足組み。
「父上とは復縁されたのか?」
「しらねー。オレ、あいつのコネ要らんから」
「それでは生きていけないのでは?6000万の借金を」
「でー?なんでこのオレ、呼びつけたわけ?あ、これ食べていー?」
患者からもらったリンゴを鷲づかみ、ガリガリ食べる。よほど何も食べてないんだろう。ワイシャツ開いた首の下、骨がむき出しになっている。
「借金を減らしたいなら、実行してもらいたい」
「いーよ。どの女?」
「いや。今度はここだ」
ノートPCに真田病院の写真。PCを反転し見せる。
「病院?おれ何も免許ないけど?車もバックられたしー!」
「何もしなくていい。ただ・・・」
「?」
近づいた院長の顔が陰った。
「ただ、入院しておけば」
真田病院では、僕らは夕方のカンファレンス中。入院した患者の病態を整理し方向を決めている。僕は多少どころかかなり落ち込んでいて、まるでハミ子のようだった。気のせいかこいつらが、妙にハイテンションに思える。
<転向>が決まったやっさんも滑舌。他人事ジュリアもザマミロ顔。山崎も前向き。ただ、間宮は・・・チラッと横。画像とカルテと行き来するその視線は。どこか、放心みたいに見えないこともない。実はさっき、彼女に伝えた。
「やっぱオレ、向こう(新病院)ダメだって」
返事、なかったもんな。でもまた思うけど、そんなに俺が向こう行って欲しいのかよ。それともお前。やっぱり山崎のことが・・・でも山崎はたしか・・・
<ねーさん。ここに向いてないですよ!>
奴らは分からん・・・。ま、おったわな。学生の時にも。
http://boomoney.blog17.fc2.com/blog-entry-68.html
どうしてあなたは年下なのと
窓にもたれて静かに訊いた
半分裸のあなたは笑って
水夫のように私を抱いた
遠い国から波が来る
部屋が果てない海になる
今夜二人が乗る舟は
夜明けに沈む砂の舟
一夜で千夜を生きるから
命惜しむと愛せない
「俺の会社名、知ってる?」
「お前何。オレはマーベラス」
「うそカッチョええ。おれなんかピープルズ」
彼らは、それぞれが子会社。みな病院のグループ施設などの子会社としての名義をもらっている。子会社としての実体はなく、マンションの一室にパソコンが2台程度あるだけ。でもそれで一応<子会社>が成り立つ。
その4~5人は、ポケットから最近使った領収書をたくさん取り出す。
「昨日は、気持ちえがった~」
「これさ。例のナースとのツーショット」
「おお?ゲットォ?みたいな?」
彼らの恩恵は、それによって使用可能になる<経費>そのものだった。領収書さえかき集め申請すれば、現金が戻ってくる。それが小遣いとなりまた経費として申請する。こういう構造は、当たり前にある。そのツケはかなり大きいわけだが。
ちょうど3階上から、オーナーが顔を乗り出して見ていた。ムラサキは話の続きに戻った。
「で、真田病院はなになに。(PC見て)なんだ。ふつーに経営してるじゃないの」
「は・・・」
院長の冷淡な塩沢が白衣で敬礼したまま立っている。
「そっかー山形。何も死なんでも」
「彼の様子は、いささか変でして」
「だろ?俺も、あいつは前からどーかなって、思ってたんだ。発想が新しくないんだな!斬新さに欠けるっちゅーか!以前のマネ嫌いなんだよね。マネーは好きだけど!あーあ!刺激!ないかな!」
自分のグーをさらにグーでたたく。
「ところで院長。次の出番はお前なわけだけど」
「個人情報の抜き取り準備も完了いたしました。準備は万端」
「なにそれ?FAX?」
「いえこれは。私用でして」
院長は、持っていた<私用>を机の下にまわし、ギュウウと握りしめクシャクシャに。さきほど真田から来たFAXだ。ムラサキ理事の膵臓所見について書いてある。僕の書いた報告書だ。
ムラサキは何台も持っている携帯のうち1台を持ち上げた。
「病床、埋まったか?それにしてもおい。患者乗せずに搬出とは、いささかジョークにとんだ手腕だね?え?あーもしもし!」
「箱を提供しただけのことで・・」
「もしもし、ちょっと待って。あのな!院長!その箱1台、いくらすると思ってんの?今度はコストかけずにやるんだな!」
院長は寒空を見上げた。
「冬将軍・・・それが、実行の時!」
ムラサキはバタン、と出て行った。院長はほっと溜息をついた。とりあえず、真正面から叱咤されることは免れた。サラリーマンは、身分的には小学校時代に逆戻りする。評価の反映が<怒られるかどうか>に重点が置かれるからだ。
それと、責任者は末端を大事にせよとは世間は言うが、責任者が投げ出したら?という疑問を呈する者はいない。考えたくないからだ。
理事というのは借金して、そのまま責任を取り続ける役割だ。その姿勢を揺るがすような・・・つまり自分の経営に疑問を持ってはいけない。あわよくば直線的にやってもらわないと困る。もし彼が投げ出せば、たちまち大勢の職員が路頭に迷う。
借金が英雄行為・・・と思わせるほどのプロパガンダが必要だ。なので周囲や銀行はたえず金銭的に溢れさせ、女もあてがう。欲という欲を、溺れさせ麻痺させるのが周囲の仕事。
カチャ・・・とホスト風の男が現れた。彼は最近まで芸能プロダクションに所属していたが、見切りをつけられた。
「用っすか?」ドカッと机越しに座り、足組み。
「父上とは復縁されたのか?」
「しらねー。オレ、あいつのコネ要らんから」
「それでは生きていけないのでは?6000万の借金を」
「でー?なんでこのオレ、呼びつけたわけ?あ、これ食べていー?」
患者からもらったリンゴを鷲づかみ、ガリガリ食べる。よほど何も食べてないんだろう。ワイシャツ開いた首の下、骨がむき出しになっている。
「借金を減らしたいなら、実行してもらいたい」
「いーよ。どの女?」
「いや。今度はここだ」
ノートPCに真田病院の写真。PCを反転し見せる。
「病院?おれ何も免許ないけど?車もバックられたしー!」
「何もしなくていい。ただ・・・」
「?」
近づいた院長の顔が陰った。
「ただ、入院しておけば」
真田病院では、僕らは夕方のカンファレンス中。入院した患者の病態を整理し方向を決めている。僕は多少どころかかなり落ち込んでいて、まるでハミ子のようだった。気のせいかこいつらが、妙にハイテンションに思える。
<転向>が決まったやっさんも滑舌。他人事ジュリアもザマミロ顔。山崎も前向き。ただ、間宮は・・・チラッと横。画像とカルテと行き来するその視線は。どこか、放心みたいに見えないこともない。実はさっき、彼女に伝えた。
「やっぱオレ、向こう(新病院)ダメだって」
返事、なかったもんな。でもまた思うけど、そんなに俺が向こう行って欲しいのかよ。それともお前。やっぱり山崎のことが・・・でも山崎はたしか・・・
<ねーさん。ここに向いてないですよ!>
奴らは分からん・・・。ま、おったわな。学生の時にも。
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どうしてあなたは年下なのと
窓にもたれて静かに訊いた
半分裸のあなたは笑って
水夫のように私を抱いた
遠い国から波が来る
部屋が果てない海になる
今夜二人が乗る舟は
夜明けに沈む砂の舟
一夜で千夜を生きるから
命惜しむと愛せない
医局での臨時会議や一連の騒動があった頃、僕は・・・
「じゃ、次の人」診察室でふつうに座っていた。ただ、白衣の下はボロボロだった。顔も少しすすけており、焦げた匂いがどうしても取れない。
「おはようございます」30代男性。山本太郎風。「先生。顔、黒いな。黒人かと思いましてん」
「いや、これは・・・」
「海へでも行きましたか。さすがお医者さんはお金持ちですなぁ。でも俺も、一山いつか当てたんねん。ささ、診察、行きまひょか!」
尿路結石に胆石、膵臓は著しい石灰化。かなりの酒飲みだった。
「先生。オレ石でしょ?聴診でわかんの?」
「医師?医師は俺だけど」
「まあまあそう言わんと。冗談やないがな冗談ちゃうちゃう。も、石消えた?」
「ああ、その石か」
「ほんともー、しっかりしてよ」
俺は昨日寝ていて、そのあと・・・・。いやいや・・・思い出せない。
「じゃ、次の時検査ね・・・」
「そっかー。消えとったらええなー先生はどう思う?」
「酒は?」
「んー飲んどる!」
「だる・・・」
60代男性。娘が一緒。男性はみるみるうち痩せていってる。どんな患者でも、どんな症状でも・・癌は必ず念頭に置かねばならない。癌でなくとも、その後も癌なしとは限らないし。
そうだ。あの男・・・。真珠会のベンチャーオーナー。膵管が拡張してた。
「ナース。あのオーナーの。ムラサキさんのカルテ出してくれ」
「はあ・・・ほい」
「間宮の奴、こんな写真撮ってて見逃しとは・・・」
患者本人は、異常がないつもりでいる。いや異常があれば、説明までそんな間を開けないほうがいい。
60代男性は、検査へ。先週の採血で腫瘍マーカーが一部上昇している。CTに行ってもらう。品川事務長を呼びつけ。
「品川。この手紙を真珠会へ送ってくれ」
「転職なさるんですか?」
「いやいや。先日の検査で・・・ん?」
つい、この男を見上げた。何か、昨日こいつのことで何か・・・これも思い出せない。
「ん。んん。郵送しといてな」
「病気が。そうですか」
「確定はしていないがな」
「先生。1つだけ」
「あ?」
「顔は、きちんと洗うように」
「はい」ネコのように顔を拭うふり。
60代男性の検査の間、次の患者。
「し、しまった!」
「なあにがしまったじゃっ!このボケカスゴミ!」この前引き留められた婆さんだ。
「どうしました今日は?」
「何をいまさらあんた!かしこまりもうてんねん!」
ドサッ、とライフの袋が2つ置かれた。
「あ~あ!しんど!」
「買い物した帰りか」
「これは買い物やない!袋で判断せられん!クリーニングへ持っていく靴下やっ!」
診察。
「痛み止めの効果は・・・」
「だから!いっちょも効かへん!」
「腎臓が悪いので、どうしても」
「そこを何とかするのが、お医者さんの役目やろ!」
「だけど」
「だけども何もない!この前まであった松田先生のときはよく効く薬くれたで!」
実は、そのせいで腎不全になったんだが・・・。
「漢方にするよ」
「かんぽう?あ~あ、松田先生。なんで車ではねられたんかの~こんなババアが長生きして。もう長生きしたない」
この婆さんはなかなか帰ろうとしない。そこがまた大変だった。
「ナース。小声で。横の診察室にふってくれんか?次から」
「じゃ、明日にでも・・・」
「うまいこと、やれよ」
僕にはズルいところもある。外来患者をたとえば午前の分だけで60人。これを3時間でさばく。経過の複雑そうな人はまず検査から行ってもらう。
さっきの60代男性の胸部CTは・・・
「異常ないな。とか言いきれないが・・・シフラが高いんです」と家族へ。
「肺でないとすると・・・」
「胃の内視鏡を。喉頭もついでに」
PHSへ電話。
「山崎。出番。今日、食べてきてない人がいて。山崎!」
『あ、先生。生きてたか』
「は?悪かったな。依頼できるか?」
山崎は何やら考えているようだった。
「き、今日は無理です・・・別の日に」
「そっか・・・」
延期。
ダンが横に立っていたとは知らなかった。
「やあ。昨日は活躍してたね」
「あ。おはようございます。主治医は自分が昨日振り分けて・・・」
「いや。私が振り分けなおした」
なっ・・・。そういう権限、あったのに。
「君の患者は激減するが、いいかな?」
「え、ええ・・・」
「あとで、私の部屋へ」
そこらのナースらの耳がピピンと反応した。
近くの洗面器で手を洗うジュリア。が、こっちを見て驚いた。
「ゲーッ。あんた、いつの間に来てんの?」
「別に。ふつう」
「ていうか、顔、黒いし!」
「黒医師とでも呼んでくれ」
「しょうもな!次呼んで!」くるっと、横の2診へ消えた。
外来診療というのは、新患の数・質に左右される。この時期はまだ秋で安定気味だった。
「ちょっとおれトイレ!うわっ」待合室、みな睨んで見ている。はよせい、と言わんばかりに。近く、間宮が通りかかる。
「ユウ先生。あのニュース知ってる?」
「え?あ?」
待合の患者が見ていたのは、僕の頭上のテレビだった。うちの病院前が映ったかと思うと、どこか工場の線路。貨物列車が脱線している。グシャグシャの車。
「あれ。車だよな」
「うちの病院から出た車だって言う患者さんがいるの」
「へえ。よく分かるな」
何も思い当たらず、僕はトイレへと向かった。が。
「ねえ先生」
「は?」間宮がまだ用か。
「新病院の話、聞いた?あ、でもいなかったね」
「2つの病院だろ・品川からもう聞いてた」
「そこのねえ先生。院長候補の話」
「誰に決まった?確かダンが・・・」
間宮が少し恥ずかしそうに・・・口に何度も手を当てて隠しそうに。
「先生。一生のお願いがあるの」
「まさか。俺に行けってか?」
彼女の目が固定した。
「そう」
「ひ?」
なあ、間宮・・・。お前が俺を嫌がっているのは分かってる。でも忘れたか恩を。俺がこの病院にお前を引っ張った。それが今、出て行けだと・・・?
それとも、ほかにも理由が・・・?それにどうしたんだ。そのエロっぽい顔は・・・!
http://boomoney.blog17.fc2.com/blog-entry-68.html
どうしてあなたは年下なのと
窓にもたれて静かに訊いた
半分裸のあなたは笑って
水夫のように私を抱いた
遠い国から波が来る
部屋が果てない海になる
今夜二人が乗る舟は
夜明けに沈む砂の舟
一夜で千夜を生きるから
命惜しむと愛せない
コベンジャーズ 第9話 突然何故のアンソニー
2013年1月28日 連載 キュキュキュ・・・ブルンブルンブルン・・・ガー・・・
噴煙をまき散らし、遠くへ去っていく乗用車・救急車群。
反対向いて吹くラッパ軍曹。
http://www.youtube.com/watch?v=RbM53JjJrIo
ドンドンパンドドンパパンパパパーパパパー・・パパパー・・・
ユウ And I 愛だけじゃないのさ
I’ve Got It ユウ And I
君から欲しいのは
(千里へ向けて走る車列)
淋しさも哀しさも
気持の弱さも (背中から抜き出す管)Just Dream of ユウ(ペンライト)
隠していたいけがれもすべて(ブンブン回る打鍵器)
受けとめる Wow(不整脈に対し横眼、DC)
忘れないで ユウ And I
優しさだけを 愛したわけじゃない(自転車サドル主観ショット)
遠い夢を ユウ And I
君に(美女)見てる Tonight(トラック後部より吐き出されるサイレン車)
パララー・・パララ・・・
ダン理事・兼任すること院長が判を押したようにやってきた。裏口に車を停めること朝7時。当直の医大の先生の都合で早めの出勤だ。給料が固定なら、帰りは少しゆとりを、というのが彼らの本音だ。お客様である分、常勤はそれに従わざるを得ない。
「おはよう!」とダン。正面の事務当直がテレビより振り向く。
「ああ。これは理事長先生。ゲートの前が、なんか凄いことになってて」
「ゲートを?」
「ええ。夜中にユウキ先生がね。もう受け入れしないから、ゲート閉めろって。そしたら朝・・・」
2階事務室から、駐車場とその奥のゲートを見下ろせる。ゲートは開いているが、車の残骸があちこちにある。レッカーでかなり移動され、原型をとどめているのは2台のみ。
「交通事故か・・・」
「ええ。ま、死人は出なかったようですが」
「ゲートが閉まってて、ま、良かったのかな?」
ダンはいつものように自販機のボタンを押し、下からコーヒーを2つ取り出した。1つは事務当直へ。
「お疲れ。明日も頼むよ。あ、当直医は?」
「今しがた、帰ったところです」
「最近は、引き継ぎしないねー・・・」
当直日誌には記載がある。当直医の引き継ぎも、こんなのが増えていた。
医局に入り、テレビスイッチ。リモコンを放る。まだ誰も・・・いや、寝ている。
「そのイビキは・・・」
「うん?ああっ?おう!」ヨダレを拭きつつ、やっさんは半分起き上がった。
「待てよ。当直医は医大が」
「あ、ああ。そうなんだけどよ」
「泊まったのかい?」
「あ、ああ。昨日は大変でな」
「ああ。それは深夜にナースからの電話で聞いている」
ダンは少し厳格な表情になった。20人もの患者をこのあと振り分けるなど仕事が山積みだ。
「やっさん。患者はみな落ち着いてるのかな?」
「なんとか、死なせずにすんだ。重症は数名いるが」
「よく、やったね。自ら泊まり込むとは」
「い、いやあ・・・はは」
だがダンは悟っている。この男が、そんな献身をするわけがない。
「ユウ君も、さぞかし大変だったんだろうね。彼の功績が一番大きいんじゃないかな」
「い、いや!でもなあいつ!」
「ふーん?」新聞を読みつつ聞く。
「オレはな。切れそうになったぞ。あいつの態度が!」
「態度?あれはいつもの・・・」
「俺への態度だ。あいつの言葉づかいといったら・・・人を見下したような言い方。俺に命令までしたんだぞ!」
ダンは冷蔵庫を開けた。
「あ~、当直医にアイス、食べられちゃったね」
「聞いてんのか?ダン!」
「聞いてるよ。あ、アリが死んでいる」
「あいつが受け入れたせいで、病棟もカンカンだ!たぶん辞表を持ってくるナースが何人もいる」
「はは。ナースらが辞表を持ってくるのは、次の転売先が分かってからだよ。ドクターとは違う」
カチャ・・とすでに白衣のジュリアが入ってきた。
「おはようございます」あたりを見回す。
「おはようジュリア。昨日はご苦労さん」
一瞬彼女は少女マンガのような黒目になったが、すぐ平常に戻った。
「ゆ、ユウキがね。あ、いないか。よかった。ユウキがね。患者をどんどん受けて」
「みたいだね。でもジュリアも頑張ったんだろ?」
「う、うん。あ、はい」
「さぞかし、僕の悪口とか言ってたんだろうなあ。はは」
「あいつね、先生。ダン先生がいなかったら、ダンはどこだ!どこだって!」
「あっはっははは!」
ダンはものともしなかった。後ろに間宮が根暗く立っている。
「後ろにいるのは分かってるよ。マミヤどの」
「おはようございます。あたし・・こんな忙しかったって全然」
「ユウ君や他のドクターがやってくれたさ。自分を責めることはない」
間宮はでも立ち尽くしていた。自分は確かに逃げたようなもんだけど・・・。電話よこすとか、必要だとアピールしてくれたら反応あるかもしれないのに・・・。そう思った。どこか、プライドが傷ついた。
「わっす!」山崎がパンをくわえ登場。今日も爽やかだ。
「おはよう。ご苦労さん」ダンは大きなホワイトボードの前へ。
「8時半か。ユウ君はまだのようだが・・・。ちょっとここで話しておこう。実は昨日!」
ボードに2つ、建物のような絵。ジュリアは事前通告なのか平然。
「いろんな業者と取り決めがあった。予定より早く実現する。トライアングルコーディネーション」
「なんでふその・・ダハい名前?」山崎パンがサンマルク、いや目を丸くした。
「この絵は、これから開業する2つの病院さ。正式にうちのものになった病院だ。スタッフも充実している。A病院は300床、B病院も300床」
「へえ、うち金もうかってんですね~」と山崎。
「はは。依頼があってね。ぜひうちも、ということで」
「でもスタッフが充実してても・・・ふつうスタッフ、挿げ替えませんか?」
「いいこと聞くね!実はそれなんだが・・・」
AとBの頂点に白い長方形。
「院長がここに必要だ。当院からの出向になる」
「でも先生」とジュリア。「うちの医局にはそんな余裕は」
「当医局の欠員は、大学から穴埋めする」
「慣れた先生なら良いのですが」
「なあに、みんなでサポートすればいいだろう。ユウ君もいるしね。まだ来ないな彼は。おかしいな・・・」
やっさんは早く部屋に戻りたかった。あまり眠れてない。
「で?誰が行くことになったんだ?」
「希望者はいるかい?」
誰も手は挙げない。
「そうか。だろうね。見学してから、という余裕もないんだ。では私がこの場で決める」
みな、心がざわついた。
「A病院。療養病棟が充実したこの病院は、医師のその後のことも考えてだね」
「俺か?」と、初老のやっさん。
「頼む。同期ながら、これは命令だ。次、B病院。急性期病棟が多い。医師は医大の出向が大半だ。若くて社交性のある者がいい・・・・山崎くん!」
なぜか、はっと驚いたのは隅にいる間宮だった。やがて元の表情へ。
「オレっすか?マジですか?」
「私は、マジ以外言わない。マジっくダンというあだ名もあってね」
「ねえさん!ねえさんがいいよ!」
指された間宮は少しムスッとなった。
「いやです!」
「ねえさん、修業にはいいんじゃないの?」
間宮はスタスタ・・・と山崎に近づいた。そして。
パン!と山崎はぶたれた。
「たあっ!」
「それってバカだから?あたしバカだからってこと?」
「ちち、違いますやん!」
みな唖然とした。気の強いジュリアもだ。
「ユウの奴隷だってねえ。あんた言いふらしてるんでしょ。知ってんの!」
「ゆゆ、言ってないよ!」
「くっ・・・」
涙を抑えきれず、彼女はダッシュした。ジュリアが追いかけるが・・・
「マミヤさん!どうしたのよぎゃあ!」
反転したドアが、鼻を打ち付けたようだ。
ダンはホワイトボードの前で腕組み。
「あの2人は<併用注意>かな。<禁忌>では困るんだが」
やっさんは、自分の新しい進路に期待を寄せていた。
「コスト面は、きっちり考えてくれてるんだろうな」
「今よりいい。土日は休み」
「へっへ。年金暮らしではやっていけんからな。せっかく海外に10年いてだぞ。日本の年金が<未納だから>という理由で少ないってのは納得いかん」
「せっかく国に尽くしたご身分なのにね」
「ま、まあいい。これでやっと・・・」
楽ができる。そう思ってしまった、というべきか。
病院の屋上で、間宮はエンエンと泣いていた。ただもう、どうしようもなく。このあと仕事が山ほどあるのに。とりあえずよその病院に行くことはなくなったのに。それにだ。なぜこんなに悲しいのか・・・。
「ねえさん!ねえさん!」深刻な顔で、干してあるふとんの奥から聞こえた山崎の声。
「来ないでよ!ヒック」
「ねえさん聞いてくれなあ!ねえさん!」
間宮の手がぱっと上に掴まれた。暖かい体温で。
「ねえさんは、何も分かってない!卑怯だ!」
そのまま、山崎は間の華奢な体を・・・抱きしめ、いや覆いかぶさったといっていい。これはどこかの民放ドラマなのか・・・?という場面が、男女だれでも遭遇する。人は年老いて、目から火が出るほどの妄想と化す。誰にも言えないことが。でも言いたいことが。
「ねえさん!ねえさん!」
どちらかというと男アレルギーの間宮は、通常なら突き放すような女だった。キャンディキャンディが愛読書。しかし・・・彼の抱きしめる力は、彼女のクマ人形よりもはるかに強く、抵抗できないものだった。力が抜ける、もうどうでもよくなる・・・。
なあ、間宮・・・お前にとってのアンソニーは・・・
ホプキンス?
噴煙をまき散らし、遠くへ去っていく乗用車・救急車群。
反対向いて吹くラッパ軍曹。
http://www.youtube.com/watch?v=RbM53JjJrIo
ドンドンパンドドンパパンパパパーパパパー・・パパパー・・・
ユウ And I 愛だけじゃないのさ
I’ve Got It ユウ And I
君から欲しいのは
(千里へ向けて走る車列)
淋しさも哀しさも
気持の弱さも (背中から抜き出す管)Just Dream of ユウ(ペンライト)
隠していたいけがれもすべて(ブンブン回る打鍵器)
受けとめる Wow(不整脈に対し横眼、DC)
忘れないで ユウ And I
優しさだけを 愛したわけじゃない(自転車サドル主観ショット)
遠い夢を ユウ And I
君に(美女)見てる Tonight(トラック後部より吐き出されるサイレン車)
パララー・・パララ・・・
ダン理事・兼任すること院長が判を押したようにやってきた。裏口に車を停めること朝7時。当直の医大の先生の都合で早めの出勤だ。給料が固定なら、帰りは少しゆとりを、というのが彼らの本音だ。お客様である分、常勤はそれに従わざるを得ない。
「おはよう!」とダン。正面の事務当直がテレビより振り向く。
「ああ。これは理事長先生。ゲートの前が、なんか凄いことになってて」
「ゲートを?」
「ええ。夜中にユウキ先生がね。もう受け入れしないから、ゲート閉めろって。そしたら朝・・・」
2階事務室から、駐車場とその奥のゲートを見下ろせる。ゲートは開いているが、車の残骸があちこちにある。レッカーでかなり移動され、原型をとどめているのは2台のみ。
「交通事故か・・・」
「ええ。ま、死人は出なかったようですが」
「ゲートが閉まってて、ま、良かったのかな?」
ダンはいつものように自販機のボタンを押し、下からコーヒーを2つ取り出した。1つは事務当直へ。
「お疲れ。明日も頼むよ。あ、当直医は?」
「今しがた、帰ったところです」
「最近は、引き継ぎしないねー・・・」
当直日誌には記載がある。当直医の引き継ぎも、こんなのが増えていた。
医局に入り、テレビスイッチ。リモコンを放る。まだ誰も・・・いや、寝ている。
「そのイビキは・・・」
「うん?ああっ?おう!」ヨダレを拭きつつ、やっさんは半分起き上がった。
「待てよ。当直医は医大が」
「あ、ああ。そうなんだけどよ」
「泊まったのかい?」
「あ、ああ。昨日は大変でな」
「ああ。それは深夜にナースからの電話で聞いている」
ダンは少し厳格な表情になった。20人もの患者をこのあと振り分けるなど仕事が山積みだ。
「やっさん。患者はみな落ち着いてるのかな?」
「なんとか、死なせずにすんだ。重症は数名いるが」
「よく、やったね。自ら泊まり込むとは」
「い、いやあ・・・はは」
だがダンは悟っている。この男が、そんな献身をするわけがない。
「ユウ君も、さぞかし大変だったんだろうね。彼の功績が一番大きいんじゃないかな」
「い、いや!でもなあいつ!」
「ふーん?」新聞を読みつつ聞く。
「オレはな。切れそうになったぞ。あいつの態度が!」
「態度?あれはいつもの・・・」
「俺への態度だ。あいつの言葉づかいといったら・・・人を見下したような言い方。俺に命令までしたんだぞ!」
ダンは冷蔵庫を開けた。
「あ~、当直医にアイス、食べられちゃったね」
「聞いてんのか?ダン!」
「聞いてるよ。あ、アリが死んでいる」
「あいつが受け入れたせいで、病棟もカンカンだ!たぶん辞表を持ってくるナースが何人もいる」
「はは。ナースらが辞表を持ってくるのは、次の転売先が分かってからだよ。ドクターとは違う」
カチャ・・とすでに白衣のジュリアが入ってきた。
「おはようございます」あたりを見回す。
「おはようジュリア。昨日はご苦労さん」
一瞬彼女は少女マンガのような黒目になったが、すぐ平常に戻った。
「ゆ、ユウキがね。あ、いないか。よかった。ユウキがね。患者をどんどん受けて」
「みたいだね。でもジュリアも頑張ったんだろ?」
「う、うん。あ、はい」
「さぞかし、僕の悪口とか言ってたんだろうなあ。はは」
「あいつね、先生。ダン先生がいなかったら、ダンはどこだ!どこだって!」
「あっはっははは!」
ダンはものともしなかった。後ろに間宮が根暗く立っている。
「後ろにいるのは分かってるよ。マミヤどの」
「おはようございます。あたし・・こんな忙しかったって全然」
「ユウ君や他のドクターがやってくれたさ。自分を責めることはない」
間宮はでも立ち尽くしていた。自分は確かに逃げたようなもんだけど・・・。電話よこすとか、必要だとアピールしてくれたら反応あるかもしれないのに・・・。そう思った。どこか、プライドが傷ついた。
「わっす!」山崎がパンをくわえ登場。今日も爽やかだ。
「おはよう。ご苦労さん」ダンは大きなホワイトボードの前へ。
「8時半か。ユウ君はまだのようだが・・・。ちょっとここで話しておこう。実は昨日!」
ボードに2つ、建物のような絵。ジュリアは事前通告なのか平然。
「いろんな業者と取り決めがあった。予定より早く実現する。トライアングルコーディネーション」
「なんでふその・・ダハい名前?」山崎パンがサンマルク、いや目を丸くした。
「この絵は、これから開業する2つの病院さ。正式にうちのものになった病院だ。スタッフも充実している。A病院は300床、B病院も300床」
「へえ、うち金もうかってんですね~」と山崎。
「はは。依頼があってね。ぜひうちも、ということで」
「でもスタッフが充実してても・・・ふつうスタッフ、挿げ替えませんか?」
「いいこと聞くね!実はそれなんだが・・・」
AとBの頂点に白い長方形。
「院長がここに必要だ。当院からの出向になる」
「でも先生」とジュリア。「うちの医局にはそんな余裕は」
「当医局の欠員は、大学から穴埋めする」
「慣れた先生なら良いのですが」
「なあに、みんなでサポートすればいいだろう。ユウ君もいるしね。まだ来ないな彼は。おかしいな・・・」
やっさんは早く部屋に戻りたかった。あまり眠れてない。
「で?誰が行くことになったんだ?」
「希望者はいるかい?」
誰も手は挙げない。
「そうか。だろうね。見学してから、という余裕もないんだ。では私がこの場で決める」
みな、心がざわついた。
「A病院。療養病棟が充実したこの病院は、医師のその後のことも考えてだね」
「俺か?」と、初老のやっさん。
「頼む。同期ながら、これは命令だ。次、B病院。急性期病棟が多い。医師は医大の出向が大半だ。若くて社交性のある者がいい・・・・山崎くん!」
なぜか、はっと驚いたのは隅にいる間宮だった。やがて元の表情へ。
「オレっすか?マジですか?」
「私は、マジ以外言わない。マジっくダンというあだ名もあってね」
「ねえさん!ねえさんがいいよ!」
指された間宮は少しムスッとなった。
「いやです!」
「ねえさん、修業にはいいんじゃないの?」
間宮はスタスタ・・・と山崎に近づいた。そして。
パン!と山崎はぶたれた。
「たあっ!」
「それってバカだから?あたしバカだからってこと?」
「ちち、違いますやん!」
みな唖然とした。気の強いジュリアもだ。
「ユウの奴隷だってねえ。あんた言いふらしてるんでしょ。知ってんの!」
「ゆゆ、言ってないよ!」
「くっ・・・」
涙を抑えきれず、彼女はダッシュした。ジュリアが追いかけるが・・・
「マミヤさん!どうしたのよぎゃあ!」
反転したドアが、鼻を打ち付けたようだ。
ダンはホワイトボードの前で腕組み。
「あの2人は<併用注意>かな。<禁忌>では困るんだが」
やっさんは、自分の新しい進路に期待を寄せていた。
「コスト面は、きっちり考えてくれてるんだろうな」
「今よりいい。土日は休み」
「へっへ。年金暮らしではやっていけんからな。せっかく海外に10年いてだぞ。日本の年金が<未納だから>という理由で少ないってのは納得いかん」
「せっかく国に尽くしたご身分なのにね」
「ま、まあいい。これでやっと・・・」
楽ができる。そう思ってしまった、というべきか。
病院の屋上で、間宮はエンエンと泣いていた。ただもう、どうしようもなく。このあと仕事が山ほどあるのに。とりあえずよその病院に行くことはなくなったのに。それにだ。なぜこんなに悲しいのか・・・。
「ねえさん!ねえさん!」深刻な顔で、干してあるふとんの奥から聞こえた山崎の声。
「来ないでよ!ヒック」
「ねえさん聞いてくれなあ!ねえさん!」
間宮の手がぱっと上に掴まれた。暖かい体温で。
「ねえさんは、何も分かってない!卑怯だ!」
そのまま、山崎は間の華奢な体を・・・抱きしめ、いや覆いかぶさったといっていい。これはどこかの民放ドラマなのか・・・?という場面が、男女だれでも遭遇する。人は年老いて、目から火が出るほどの妄想と化す。誰にも言えないことが。でも言いたいことが。
「ねえさん!ねえさん!」
どちらかというと男アレルギーの間宮は、通常なら突き放すような女だった。キャンディキャンディが愛読書。しかし・・・彼の抱きしめる力は、彼女のクマ人形よりもはるかに強く、抵抗できないものだった。力が抜ける、もうどうでもよくなる・・・。
なあ、間宮・・・お前にとってのアンソニーは・・・
ホプキンス?
大阪の夜明け・・まであと数分。大阪城の側面がやや明るくなりつつある。周囲のアスファルトはどこも川のような筋でもって伸びている。車の動きもわずかのみ。遠くに手の届かない宝石群。
しかしそんな中、数十キロ先。北へと進撃する黒い救急車が走っている。ボロボロに凹んでいながらも、ジグザグに立て直しつつ千里方面へと向かう。
「・・・・・・」
放心状態の山形医師は、これまでの自分の人生を振り返っていた。しかしいまさらやり直せない人生のそれまでを辿っても、今が余計惨めになるだけだ。いや、それでも辿る。ひょっとしたら、今に意味を持たせるかもしれない。
「ゲスよ。思い出すなぁ」
「・・・・・・・」相棒はもう返す言葉もない。
「会計士が。会計士さえ逃げなけりゃ、俺たちの立てた有床病院は今頃・・・」
山形は有名な大病院から患者を丸ごと引っ張っていったことで話題になった人物だ。当時は人当たりもよく、診療内容も定評があった。病院は活気を帯び3診制となり、新病棟も建てられた。
5年もたった頃だろうか。銀行の融資がいきなり途絶えることになった。黒字会計だったはずの口座はすでに会計士に流用・転用され、その投資が失敗したのだ。会計士を追い詰めようにも回収すべき見込みがなく、訴訟の費用も弁護士に吸われていった。
つまりそこで銀行に見切りをつけられた。事務長であったゲスもショックを受け、しかし彼は患者への対応、他病院への紹介などすべて対処した。
「そ、それでアンタは・・・拾われたのか。今のオーナーに」
僕はか細い声で天井に呟いた。
「あ?ああ。起きてんのかお前」
「魂まで売ったのか・・・」
「それはお前だって、同じだろう」
「俺は大学は離れたが・・・あとは自分で選んだ道だ」
山形は皮肉っぽく笑った。
「フン。何も知らんのだなお前は。それは最初から・・おい、そこ曲がれ」
「・・・・・」ゲスはハンドルを機械的にきった。
「ユウ、お前のことはどうでもいい。これからな、わが母体病院へと戻る。そこで入院を継続してもらう」
「なに?やだよ」
山形は助手席の上の取っ手をつかんだ。
「お前は現に動けない。医師としての、俺の判断だ」
「・・・・・け、警察に」
ポケットに携帯がない。
「これか?」彼の右の耳に携帯があてがわれた。
「か。返せ!」
「なぁ。仲間になれよ。俺たちの。なぁ!頼む。頼むよ」
急に女形になった。
「頼む。お前にはどこか、分からんが能力がある。シナジーも、そのマネージメントを評価してた」
「シナジー・・・うちの品川事務長を知ってんのか?」
「なぁ。頼むよ。このゲスも、それで家族が報われるんだ。なぁ!お前ひとりの」
紹介料でか。
何を隠そう、体が立てる自信が湧いてきた。横のベッド柵を乗り越え、そのまま横のスライドドアを開ければ済む。道路へ飛び込むくらい、映画で死んでないようだからできるだろう。
でないと、こいつらに拉致されかねない・・・。
「それとなぁ。ユウ」
「はっ?」
「お前んとこに無断紹介した患者。あいつらなぁ」
「なんだ?」
「あいつらの共通点、当ててみろ。当たったら解放してやる」
「・・・・・患者ってこと?」
「ぷっ!ぷははっは!」
ちょっとの間ののち、山形は振り向いた。
「全員、医者なんだよ。元、な」
突如、両端と後方にパトカー・装甲車が現れた。
<停まりなさい!そこの黒い救急車!>
「ひっ」ゲスは顔を隠そうとハンドルの下にかがんだ。
「もしもし!おい院長!」塩沢にTELしたもよう。
『当院は、何も知らぬ』
「け、警察にバラすからな!すべて!」
『ほう。やってみるがよい』
「なんだと?」
『わたしも病院もすべて終わる。だがお前の家族、開業先から世話してやった職員80人もすべて路頭に迷うぞ。よいのだな』
山形の瞳孔が、固まったようだった。
「だ、だが・・・・だがどのみち。捕まる!」僕もそう思う。
一方、院長はベッドで横になったままノートパソコンを持ち上げた。GPSで地図を追っている。
「いや。対処法はある。1つだけ」
『な、なんだっ!ぐわあ!』パトカーに当てられた。『くそぉ!いてえ!いてえよお!』
ベッドで裸の塩崎の横から、オンフックごしに語りかける女性がいた。
『山ちゃん。さっきはゴメンね』
「葉月?おお葉月か!でも何で!」
若干20過ぎの若すぎる肌は、塩沢の浅黒い腕に包まれていた。
『じゃあね、その方法教える前にウン。教えて』
「教える?そんなものオレ、持ってたか!」
『もう聞き出したんでしょ?個人情報解除キー』
「あ、ああ。それはさっき・・・しかし24時間はアクセスが」
『あれね。どうしても手に入らなかったの。ねぇ~』
山形はとにかく、言いなりになるしかなかった。
「エス、エー・・・・・・・」
すべて話した。
「でな葉月!やり直せるのか!俺たち!」
『今度こそ、させたげる』
葉月はふて寝するように、外側を向いた。院長がタバコを枕元の後ろへ。葉月の最後の言葉があった。
『妄想で、やりな』
院長は天井を向き、目を閉じた。
「では、対処法を教える」
『お。おう!』
「そのまま右折」
ギギャ!と右折。装甲車は曲がりきれず、壁にドシンと激突した。
『どこだ!どこに逃げ場があるんだ!』
「そのまま進み・・・」天井に煙を吐く。「そこで左折」
『せ、千里には向かわんぞ?それでいいのか?』
運転手のゲスは、何か・・分かったようだ。僕はすでに、スライドドアを開けるべく力を入れた。損傷があるようだが、開けやすそうだ。
「くううう!」プッ!とおならが出た。
運転手の肩が震えている。
「こ、こんな人生に。生まれてくるんじゃなかったゲス・・・」
何度も涙をぬぐう。でもどこか覚悟した様子。僕はドアを開け・・・ドバアッと風が入った。思わず顔をそむけた。
「こ、こんなアスファルト。飛んだら死ぬよ!」時速100キロはあるはずだ。教習所の停止距離の話を思い出した。
その向こう。やや明るい空。工場地帯。明かりがまばら。いや、揃った明かりがある。それは一列になってこちらに近づき・・近づき?
山形の手から携帯がこぼれた。
「うわああ!やめろお!うわああ!」
落ちた携帯から聞こえる、院長の声。
『証拠も、何も残らぬ・・・』
僕の後ろ、何かが引っ張った。点滴台だ。腕のラインを外そうとするが、がっしり固定されている。ナイス仕事だ。仕方なく、ラインそのものを掴んだ。
始発の貨物列車は、すぐそこだ。
「ワーン!ツー!スリー!やっぱこわい!あっ」
列車の窓の中が見える。
なぁ、間宮・・・。死を覚悟するなんて。それを飲みこんでもらうしかないって・・・。そんな意味、医師に理解なんてできるのか。
車内に、神の救いのようなまぶしい光。山形の前、女神が両手を開いた。
もう委ねてもいい。そんな気分にさせた。全身の力が抜ける。
大阪城のはるか向こう・・・一条の火柱が昇った。
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どうしてあなたは年下なのと
窓にもたれて静かに訊いた
半分裸のあなたは笑って
水夫のように私を抱いた
遠い国から波が来る
部屋が果てない海になる
今夜二人が乗る舟は
夜明けに沈む砂の舟
一夜で千夜を生きるから
命惜しむと愛せない
しかしそんな中、数十キロ先。北へと進撃する黒い救急車が走っている。ボロボロに凹んでいながらも、ジグザグに立て直しつつ千里方面へと向かう。
「・・・・・・」
放心状態の山形医師は、これまでの自分の人生を振り返っていた。しかしいまさらやり直せない人生のそれまでを辿っても、今が余計惨めになるだけだ。いや、それでも辿る。ひょっとしたら、今に意味を持たせるかもしれない。
「ゲスよ。思い出すなぁ」
「・・・・・・・」相棒はもう返す言葉もない。
「会計士が。会計士さえ逃げなけりゃ、俺たちの立てた有床病院は今頃・・・」
山形は有名な大病院から患者を丸ごと引っ張っていったことで話題になった人物だ。当時は人当たりもよく、診療内容も定評があった。病院は活気を帯び3診制となり、新病棟も建てられた。
5年もたった頃だろうか。銀行の融資がいきなり途絶えることになった。黒字会計だったはずの口座はすでに会計士に流用・転用され、その投資が失敗したのだ。会計士を追い詰めようにも回収すべき見込みがなく、訴訟の費用も弁護士に吸われていった。
つまりそこで銀行に見切りをつけられた。事務長であったゲスもショックを受け、しかし彼は患者への対応、他病院への紹介などすべて対処した。
「そ、それでアンタは・・・拾われたのか。今のオーナーに」
僕はか細い声で天井に呟いた。
「あ?ああ。起きてんのかお前」
「魂まで売ったのか・・・」
「それはお前だって、同じだろう」
「俺は大学は離れたが・・・あとは自分で選んだ道だ」
山形は皮肉っぽく笑った。
「フン。何も知らんのだなお前は。それは最初から・・おい、そこ曲がれ」
「・・・・・」ゲスはハンドルを機械的にきった。
「ユウ、お前のことはどうでもいい。これからな、わが母体病院へと戻る。そこで入院を継続してもらう」
「なに?やだよ」
山形は助手席の上の取っ手をつかんだ。
「お前は現に動けない。医師としての、俺の判断だ」
「・・・・・け、警察に」
ポケットに携帯がない。
「これか?」彼の右の耳に携帯があてがわれた。
「か。返せ!」
「なぁ。仲間になれよ。俺たちの。なぁ!頼む。頼むよ」
急に女形になった。
「頼む。お前にはどこか、分からんが能力がある。シナジーも、そのマネージメントを評価してた」
「シナジー・・・うちの品川事務長を知ってんのか?」
「なぁ。頼むよ。このゲスも、それで家族が報われるんだ。なぁ!お前ひとりの」
紹介料でか。
何を隠そう、体が立てる自信が湧いてきた。横のベッド柵を乗り越え、そのまま横のスライドドアを開ければ済む。道路へ飛び込むくらい、映画で死んでないようだからできるだろう。
でないと、こいつらに拉致されかねない・・・。
「それとなぁ。ユウ」
「はっ?」
「お前んとこに無断紹介した患者。あいつらなぁ」
「なんだ?」
「あいつらの共通点、当ててみろ。当たったら解放してやる」
「・・・・・患者ってこと?」
「ぷっ!ぷははっは!」
ちょっとの間ののち、山形は振り向いた。
「全員、医者なんだよ。元、な」
突如、両端と後方にパトカー・装甲車が現れた。
<停まりなさい!そこの黒い救急車!>
「ひっ」ゲスは顔を隠そうとハンドルの下にかがんだ。
「もしもし!おい院長!」塩沢にTELしたもよう。
『当院は、何も知らぬ』
「け、警察にバラすからな!すべて!」
『ほう。やってみるがよい』
「なんだと?」
『わたしも病院もすべて終わる。だがお前の家族、開業先から世話してやった職員80人もすべて路頭に迷うぞ。よいのだな』
山形の瞳孔が、固まったようだった。
「だ、だが・・・・だがどのみち。捕まる!」僕もそう思う。
一方、院長はベッドで横になったままノートパソコンを持ち上げた。GPSで地図を追っている。
「いや。対処法はある。1つだけ」
『な、なんだっ!ぐわあ!』パトカーに当てられた。『くそぉ!いてえ!いてえよお!』
ベッドで裸の塩崎の横から、オンフックごしに語りかける女性がいた。
『山ちゃん。さっきはゴメンね』
「葉月?おお葉月か!でも何で!」
若干20過ぎの若すぎる肌は、塩沢の浅黒い腕に包まれていた。
『じゃあね、その方法教える前にウン。教えて』
「教える?そんなものオレ、持ってたか!」
『もう聞き出したんでしょ?個人情報解除キー』
「あ、ああ。それはさっき・・・しかし24時間はアクセスが」
『あれね。どうしても手に入らなかったの。ねぇ~』
山形はとにかく、言いなりになるしかなかった。
「エス、エー・・・・・・・」
すべて話した。
「でな葉月!やり直せるのか!俺たち!」
『今度こそ、させたげる』
葉月はふて寝するように、外側を向いた。院長がタバコを枕元の後ろへ。葉月の最後の言葉があった。
『妄想で、やりな』
院長は天井を向き、目を閉じた。
「では、対処法を教える」
『お。おう!』
「そのまま右折」
ギギャ!と右折。装甲車は曲がりきれず、壁にドシンと激突した。
『どこだ!どこに逃げ場があるんだ!』
「そのまま進み・・・」天井に煙を吐く。「そこで左折」
『せ、千里には向かわんぞ?それでいいのか?』
運転手のゲスは、何か・・分かったようだ。僕はすでに、スライドドアを開けるべく力を入れた。損傷があるようだが、開けやすそうだ。
「くううう!」プッ!とおならが出た。
運転手の肩が震えている。
「こ、こんな人生に。生まれてくるんじゃなかったゲス・・・」
何度も涙をぬぐう。でもどこか覚悟した様子。僕はドアを開け・・・ドバアッと風が入った。思わず顔をそむけた。
「こ、こんなアスファルト。飛んだら死ぬよ!」時速100キロはあるはずだ。教習所の停止距離の話を思い出した。
その向こう。やや明るい空。工場地帯。明かりがまばら。いや、揃った明かりがある。それは一列になってこちらに近づき・・近づき?
山形の手から携帯がこぼれた。
「うわああ!やめろお!うわああ!」
落ちた携帯から聞こえる、院長の声。
『証拠も、何も残らぬ・・・』
僕の後ろ、何かが引っ張った。点滴台だ。腕のラインを外そうとするが、がっしり固定されている。ナイス仕事だ。仕方なく、ラインそのものを掴んだ。
始発の貨物列車は、すぐそこだ。
「ワーン!ツー!スリー!やっぱこわい!あっ」
列車の窓の中が見える。
なぁ、間宮・・・。死を覚悟するなんて。それを飲みこんでもらうしかないって・・・。そんな意味、医師に理解なんてできるのか。
車内に、神の救いのようなまぶしい光。山形の前、女神が両手を開いた。
もう委ねてもいい。そんな気分にさせた。全身の力が抜ける。
大阪城のはるか向こう・・・一条の火柱が昇った。
http://boomoney.blog17.fc2.com/blog-entry-68.html
どうしてあなたは年下なのと
窓にもたれて静かに訊いた
半分裸のあなたは笑って
水夫のように私を抱いた
遠い国から波が来る
部屋が果てない海になる
今夜二人が乗る舟は
夜明けに沈む砂の舟
一夜で千夜を生きるから
命惜しむと愛せない