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2009年7月16日 連載


 トロッコは細い路地に入り、バイクの音は遠ざかった。ありがたい日陰に、短い間だが癒される。また息苦しくなり、注射器を何度も使用する。ただ、針の刺入部があまりにも痛い。

「ふー・・・落ち着け。ふー・・・」

シナジーのさっきの報告が頭をよぎる。



<ザッキー先生は意識がぼやけてますが、大丈夫とのことです>
「ああ・・・」
<桜田先生は重体で、野中先生もこれから緊急内視鏡を>

みんな、もう機能できなくなりそうだな・・・。


 学生が、恐怖におびえている。
「先生たち。もうやめてください!ひっ」
「ど、ドレナージしてもらおうと思う。だから病棟へ」
「とにかく、病棟へ行くことは僕には!」
「おい!」

学生はハンドルを切り替え、路線がどこかに外れた。

「おい・・・どこへ!」
路線が、だんだん病院から離れていく。

ユウは久しぶりにその光景を見た。
「あれは・・・アナトミー・パークじゃないか!」
以前見ていた段ボールの仕切りなどはとっくに外され、外装もきちんとされている。

両脚を伸ばして座っている大型人間の模型が、そこにあった。右足の延長上に、彼らがいる。

「両側、狭いですよ!手を出さないように!」前を向いたままの学生。
「・・・・・・そうだな。逃げておくことも乙だな!」

ガタン、ゴトン・・・・ゆっくり停車していく。学生はやっと振り向いた。
「・・・・・大人が。何してるんです」
「さあ。何してるんだろな?俺にも分からん」

針の入口部に注射器をブラブラさせつつ、ユウは起き上がった。
「暗いが・・・骨盤当たりか?」
「上の階段を登れば、肝臓です。そこで隠れてください」
「肝臓、ね・・・」

学生はそう言いつつ、狭い側路より一目散に逃げ出した。

「あ!おい!俺、ケータイ・・・」
どうやら、落としたようだ。
「ないんだよ!だからおい!」

すると、外で自転車か何かが転倒する音。そして静寂。

「もう、追いついてきやがったのか・・・?」

左手で持つ赤外線パッド。点灯させたまま、右手パッドに意識を集中した。だが、外に出る勇気はない。救援をここで待つか・・いやいや。

「とりあえず、肝臓へ行こう」

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2009年7月16日 連載
 トロッコ3両、おびえた学生は運転を余儀なくされつつ、ユウは3両目の最後尾の中で伏せていた。真横を走るベッドバイクから、針が飛んでくる。ベッドから半分起きあがった大平が、殺気立つ。

「(ヒュヒュヒュ!)」
「うおっ!」ユウは何度も起きてはすぐにしゃがんだ。レールはゆるやかに曲がる。トロッコは草むらに入った。ガサガサ、とやけに固い草が顔をなでてくれる。

 その草むらから、大きな男が立ち上がった。飛びあがり3両目に突っ込み、車体は45度は傾いた。

「やあ!俺は長期!さっきはよくも!」
3両目内、いきなり首を掴まれた。
「ぐぎぎ!」
「なあ、くたばれよ。そういうフリするだけで、いいんや!なあ!」

ユウはスー・・・と気を失ったフリで頭を後屈させた。

「?そ、そうや。それでええんや!」

と、いきなり前屈へリバウンドし、鼻から大量の血液が飛び散った。

「ぎゃあああ!」
「ガー!」
「目が!目があ!」

長期はバランスを失い、急角度を曲がった際によろめいた。縁をつかもうとした手が。血でさらに滑った。ユウは2両目にすでに飛び乗った。

「ぎゃあ!」ドデーン!と3両目が横転し、大破した。そのまま横倒しでガラン、グランと足を引っ張る。

 左のバイク、運転は藤堂ナース。
「わたしのDCベルトパッド。返せ!」
「やだね!」ユウは両ポケットに紛失してないか確認。大丈夫だ。しかし使い方が・・・。

大平はベッドを時々両手でつかみ、落ちないようにしながら・・・今度は長い針をゆっくり装填。

「ユウ!ユウ!」
「なんだ!」
「今までは、手足を狙った!だが今度はな!」
「・・・・」

2両目で上を見ていたら、いきなり上から見下ろされた。

「これだ!」
「ひっ!」遅かった。3倍ほどの長い針が、ユウの右胸に一直線に突き刺さった。

「うわああああ!ヒー!ヒー!」
息切れ・・・というよりこれは。

自分の人差し指に、酸素飽和度確認。
「94・・・・いや92。やばいぞ・・・」
胸に刺さった針の入口、ポーチから出した注射器を・・・接続。空気抜く。また接続。
「ヒー!ヒー!」

近くで、バイクの爆音は依然として聞こえる。

「あ~あ!犯罪者になっちゃった。なっちまった~」
半分やけくその大平の声。
「ま、正当防衛とか・・何とかなるか!」

ユウは、さきほどのDCパッドを取り出した。
「こっちが赤外線・・・」
向かいの壁に当たる赤外線。

「で、こっちが・・・」
もう1方のボタンを押すと、チュイーン、と充電音。
「うわっ!」瞬時に、赤外線の当たった壁がバキン!と直径5センチは焼き飛んだ。

「す、すげえ・・・!」


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2009年7月16日 連載






真珠会では、モニター上での想定外に、かなり盛り上がっていた。ハッカーがパソコン画面をいくつか切り替える。



「ウホ!こりゃ、かなり盛り上がるぞ!」

「結果はまだですか」足津はよそを向いていた。

「足津さん。こいつ、超、おもろいっすよ!あ・・・」



我に返り、押し黙った。



しかし、近くのモニターによれば株は買われ続け根を上げている。

「見守ってますよ、賢い株主の皆様は。これを機会に、一気に盛り上げましょうよ・・・」

と小さくつぶやいた。



足津は、チラと横目で気にはしている。

「・・・・・・・・・・本日の取引は、あと1時間。それまでに結果を。でないと。本部から切り捨てられます」

「だれ・・がです?」ハッカーが振り向いた。



「あなたたち。全部です。契約にもあった通りです」

「(一同)ええっ?」



足津は、自信に満ちて微笑んだ。



「あなたたち。そんな事も知らなかったんですか?」



 いつぞや真田のドクターカーをベランダから急襲した<株主>の家。ゆっくり開けた妻をものともせず、突っ込んで来る警官ら。



「きたでー!きたでー!」



 ベランダでは、半笑いのようにパソコンを見つめる高齢男性。

「・・・・・やれ!それいけ!」

 パソコン上、トロッコが走りだす場面。



「やってまえやってまえ!」

「何してる?」見知らぬ警官。

「あ」ベランダで振り向く<株主>。



警官はパソコンをチラッと盗み見して、数人とともに<株主>の1人の彼を囲んだ。



「あんたな。もう、ああいうことやめなさいな」

「ああいう、こと・・・」

「あんたのせいで、罪のない市民が何人も大ケガしたで。ま、大事には至らんかったけど」

「・・・・・・・」

「大金稼ぐなら、あんた他にも手段があるやろうによ~」



くわっ、と彼の表情が変わった。



「他にだと?他に何がある!」

「動くなや」



銃が3つ、すでに狙っている。



またちょうどその頃、他の<株主>はスーツで職場に戻った。



「外出。戻りました」

「・・・・・」無関心な同志らは、パソコン画面のみ。

「てと」



パソコンを開く。投資した株は、株主らの高揚心でどんどん上がっている。これを機会に日本の医療は弱腰となりスタッフは逃げ出し、身の危険を感じるだろう・・・。



「よっしゃよっしゃ・・・!大株主としての、俺の第2の人生や!」



アホらしくなり、職場を去る決心をした。もともと荷物はロクにない。彼は立ち上がり、貴重品だけをセカンドバッグにしまい始めた。ここで一生働いて得るだけの金が、今日手に入る。つもり。



「じゃ・・・」

「あー待って」上司が通り過ぎようとする。

「あの、辞めますんで」

「は・・・?」



ニヤリと笑い、彼は再び青空のもとに出た。



「たのんだよ~!かかか(大あくび)!足津さん!」

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2009年7月16日 連載
大平は喋り続けた。



「だが医学を裏切ったわけじゃない。返り咲くための準備はしていた。堅気へのな。だがそんなとき、俺のかつて尊敬していたお前らの・・・」

「尊敬・・・?」

「そうだ。お前らは俺の理想だった。それがだぞ。なんだあの失態は?」



ジリ・・と隊長の足音。

「僻地で独り立ちした院長だ。彼が苦しんでいたのにお前らは・・・かわいそうにな」

「見殺しにした」

大平がさらにかがむと、白衣からリモコンがポテン、とユウの前に落ちた。番号がふってある。



大平は人殺しの目に変わっていた。

「友人が連絡してこなかったから・・なんて言い訳は通用せんぞユウ・・・お前らは、役場や政府の人間と同じだ。人の心を知ったふりして、腐った正義を実行しているだけなんだ」



ユウがふと見ると、開いた横のハッチから、よいしょと黒レザーが入ろうとしている。片手にパッドを持っている。



「(至近距離で、あれを打たれたら・・・!)」



大平はストローからまた口を離した。

「そこで決意した。いったいどういう奴らなのか。この目で確かめたかった。松田は確かに邪魔だ。処理したのは正解だ。島もお前と仲が悪いと、聞いてたしな」



「ちきしょう・・・!」



「だがな。経済的な事情が飛び込んできた。俺たちの預けた資産は、株主皆の手のひらなんだ」

「かぶ・・?」

「俺は僻地を変えられなかった。お前ら同様に。しかし、この国の歴史を変える。時代の寵児になる」



狂ってる・・・。けど、これに近い奴らは大勢見てきた。だが、奴らに共通するのは1つ。自分は何が何でも変わらないとする定義。それは宗教団体と変わらない。



「大平!」叫ぶと同時に、リモコンがランダムに押された。ハッチがあちこち開閉し、ちょうど藤堂ナースの背中が打ちつけられた。



「いたいっ!」不思議と女びた声に驚いた。パッドが2つポロッと落ちた。ユウの眼前、もうけ!と拾う。



ユウは背中のストローをはねのけ、さらに前方にダッシュし隊長にタックルした。むしろ隊長がよけた。



「どけどけ!」

「ぐわっ?」



ユウはクルッと走行軌道を曲げながら、空いてるハッチを目指した。わけもなくパッドをカチカチと押し続けるが・・・



「何も出ない?」見ると、赤外線が出てるだけだ。「これ、どっちがどっちなんだ?」



下段ベッドに瞬間的に寝込み、そのまま真横へスライド。外界へ。

「落ちる!ひやああ!」

骨折の1つや2つは覚悟した。



足が何か当たったかと思うと、体はそのまま大きな箱・・・ちょうどトロッコの最後部車両の中にスッポリおさまった。擦り傷程度で済んだ。



「しかし・・・やっぱ血は出る出る」



ふだんなら点状出血のはずが、動脈性に溢れてくる。そういや、鼻は慢性的に口の中に流れてる。このストレスで潰瘍にでもなったら・・・ノナキーのケースは知らなくてもそれがよぎった。



今の反動で、運転席の学生が起きた。ヘッドフォンをしたまま。



「あ?もういけます?」

「ああ!」

「先生?血がついてますよ?」

「いいから!行って!」



手を振り払うような仕草とともに、学生はペダルをガクン、と踏んだ。


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2009年7月16日 連載
ユウはズデン、とトレーラー内部の中心部廊下へ転落した。すぐさま体制を立て直す。壁に誰かが密着したような音。



「囲まれたか・・・!シローは大丈夫か?」



とたん、後ろから抱き締められた。

「うがっ!」

「なあユウ!困るんだよユウ!」マーブルらしくない、オカマっぽい声。

「いてええ!」

ギスギス、と骨が砕けるような衝撃。ヒーローのようにすり抜け技もない。



節操のない生存本能で、ズボンポケットに突っ込んだ手が、白衣ポッケをビリビリ破り始めた。そのまま後方へ、ディバイダーの針が串刺した。



「いでっ!いでっ!」

「マーブル!風上にもおけん!」

「いで!いで!」



マーブルはついにうずくまった。

「ちょっとタイム!タイム!た~・・たた」



何かを拾ったかと思うと、彼の顔に楕円形の日が射し込んだ。

「や!やれ!」

「なに?」



マーブルが投げたリモコンが、ハッチの外で受け止められた。



そこで察知した。ボタンで開いたハッチの向こうから、針束がまとめて3本ほど飛んできた。やみくもに回避、とにかく下に倒れた。



そのハッチが閉じたと思うと、すぐ真横・・いや、下の分が開き、また針が飛び込んだ。ほとんどは壁に当たっただけで、まるでダーツの練習に終わった。



数秒ごと、どこのハッチが開くか予想はつかない。



「バカヤロー!モグラ潰しじゃねえぞ!」



立ち上がり、後部車両から前方へ向かってダッシュした。

「うおおおお!」



わき目もふらずだが、後方に絶えず殺気を感じ続けた。何か、何かが必ず来る。

ダンダンダン!と両側の2段ベッド、交互にぶつかる。もう誰もいない。



ヒュッ・・・・ヒュッという針はともかく、誰かが追いついて来たのは感じた。鬼ごっこでつかまる直前のあきらめを感じた。



「うわっ!」

ピキイイン、と時間が止まった。筒のようなものが刺さる・・のではなく背中にうずもれた。



「ユウ。もう、あきらめろ」大平の声だ。

「やめ、やめ」

「止まれ!」

「ひっ!」

ビビって、その場に座り込んだ。大平のあてがったストローは当たったまま。ものすごい圧力だ。



大平が、まるで子供に話しかけるように同じ目線にきた。



「ユウ・・・俺を、悪者にはすんなよ?」

「てて・・・離せ。どかせ、それ!」

「お前らはきたな・・」



<汚い>と言おうとしたが、前方のオヤジ声が制した。



「帰って、見せしめにするか!」ギリ、ギリ・・・とかみしめるような足音。見上げると・・・

「隊長か・・・藤堂」

「待て待て。そんな、見るな。しょうがないんだ」

「何がだよ・・いてて!」

「わしが・・言おうか?」何やら、気を遣っている。



隊長は、事務的な口調に。



「あのな。さて、何から言うたらいいか。ユウ。わしらも最初は、ちょっと上のランクの生活を望んでただけやった。お前らもそうやろ?」

「てて・・・」

「ところがな。わしらの人事を預かる組織がやな。いろいろ命令してきたねん。最初は大したことないことやったけど・・・」



かつての善人ぶりを思わせるような口調だった。



「それが、いろいろ弱みを握られるようになってやな。マーブルも、ここの大平君も」

「よせ!」今度は大平が制した。



ユウの背中に、より大きな力がかかった。



「大平!きさま!」

「違うんだ。聞け!・・・・・俺が僻地医療で、どれだけ失望したかお前には分かるまい・・・自治体は俺に借金だけ背負わせた」

「・・・・・・・」

「インターネットで知り合った組織、その仲間は好意的なものだった。心を癒してくれた。そんなとき、チャンスが来た」

「てて・・・」

「そうだよ。奴ら金貸しの存在だ。自衛隊上がりの女には、いろいろ教えられたがな!」



藤堂ナースのことか・・・。だんだん分かってきた。


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2009年7月16日 連載
新玄関から、助手の集団が出てきた。

「手伝え!おーい手伝え!」

どうやら、倒れている大人数の救護要請だ。



さらにそこへ、ベッドが1台ずつとめどなく入っていく。

人手は十分足りるようになった。



ユウはバイクのまま、戦闘機のようにグワッと周回した。



「ひどい・・・」



散らばったテントのほか、放置されたガーゼやタオル、それらにすべて血液や注射液などが付着している。物品も針が乱れて散乱しており、数日もの大掃除が必要だ。



中でも、比較的新しいと思われる出血の跡も。ノナキーが吐いたものだ。

「吐血か、喀血か・・・」

自分の鼻をぬぐう。やはり、血液は垂れ流されたまま。止まったと思っても、また流れてくる。



ガリガリ、と踏みつける使い古したチューブ類。微動する段差を気にすることなく、ユウは新玄関へと針路を向けた。シナジーが携帯より。



<ザッキー先生は意識がぼやけてますが、大丈夫とのことです>

「ああ・・・」

<桜田先生は重体で、野中先生もこれから緊急内視鏡を>

「・・・・・」

<大平先生がいないんです・・・>



ユウは振り向いた。

「・・・俺も探してる・・・」



また前を振り向いたところ、前輪に違和感を感じた。

「針でも踏んだか?」

ガクンガクン、と大きく揺れ始め、危険を察する前に飛び降りた。



その際、横でうごめく影で分かった。

「大平!」

バイクはその場で痙攣するように、ウインウインともがき回った。



そこへさらに、雷のような電撃が斜め後方から打ち落とされた。

「うわっぷ!」



ズドーン!とバイクの後方が爆発し、タイヤに刺さっていた針がヒュヒュンとあちら方向に飛んだ。



「大平に、電気女・・・!」

携帯が鳴る。受けるどころではないが癖で受けた。



「シローか!」

<先生。先生・・・>

「トレーラーの中か!」



静まったトレーラーは、依然エンジンも切られたまま。



<先生。狙われています!>

「し・・知ってる!」



周囲、煙のような演出のためよく分からない。パリ、だとかシャリ、だとかいう音が自然的な音なのか人為的なそれなのか。



<先生。警察には詳細に連絡しました。ですので>

「大阪の警察が、頼りになるものか!」



とにかく怖くなり、ダッシュで駆け出した。



シローはトレーラー内で、いきなり頭を殴られた。

「あたっ!」

「誰に!誰に連絡していた?」マーブルが鼻息を吹きかけた。



携帯をもぎとる。

「<1>?誰の短縮だこれはぁ?」

「・・・」

「ま、<1>っていうくらいだからな。お前に一番近い人物といえば・・・」



マーブルは、コンテナ横のハッチを1つ手動で開けた。



「・・・・ユウ!やはり貴様か!」

マーブルはその携帯で、覚えてる番号をかけた。



「大平!ユウがこっちに来る!倒せるんだろうな?」

「くそっ!」シローは体当たりし、携帯が落ちた。

「なにっ!シロー!」



シローは布団を持ったまま窓側へ突っ走り、ハッチのほうへ飛び込んだ。



ユウは走りつつ、ハッチから地面へ落ちてくるシローを目撃した。

「ああっ!あぶねえ!」



間に合うはずもなく、シローはトレーラー横でバウンドした。幸い、布団で弾んだようだ。ユウは開いたハッチを見て、反射的に目指しにかかった。



「元はといえば!マーブルらの野郎が!」



ユウの後ろ、忍者のようにタタッとかがんだ大平がストローを2つ咥えシャシャ!と2連射。カンカン!とコンテナ壁で跳ねかえった。

「チッ!」



ユウは開いたハッチ前に来た。

「シロー!四つん這いになれ!」

「ははい!」



背中を蹴り、両腕がハッチ内に飛び込んだ。内側にのめり込む。

「ぐう!」

「来るなよ!」マーブルの焦った声。



上半身が入りかけたところ、マーブルはリモコンを落としそうに両手でアタフタする。

「潰してやる!」

「!」殺気を感じ、あらかじめ胸ポッケの打腱器を、ブウンと投げた。

「わたっ!」当たらずともマーブルがビビって、リモコンを落とした。




134

2009年7月16日 連載
大平は近くの学生に頼んだ。



「倒れたこの医者を、新玄関へ連れて行け!熱中症だ!」

「し、しかしあそこは危険だって・・・」

「それはもう安全だ。あそこに脅威はもうない」



確かに、本当の話だった。シナジーが走ってきた。



「ああっ!ザッキー先生が倒れてる!」

「熱中症だよ」

「せ!先生もそこから降りて手伝ってください!」



大平は無視。

「いけるだろ・・・桜田は?」

「状態が悪く、ICUです」

「ICU・・・・・」



彼は一瞬だが、動揺した。

「シナジー。新玄関はもう大丈夫だと、みんなに伝えてやれ」

「先生。どうして分か・・・」

「・・・・・・・」



冷酷な視線に、妙な説得力があった。シナジーも悟った。

「分かりました・・・」

拡声器を取り出す。

<みんな、新玄関・・・日陰を目指しましょう!>



勢いとはいかず、みな1人1台体制でベッドを運び始めた。アンビューなどを抱えた学生らが、周囲を蠅のように飛び回る。



間から、大きな声が突然。

「アレストだ!DC!DC!」

マッサージ開始。周囲の学生らがダッシュ。



ノナキーは手元のボタンを押して、処置車で向かった。物品はほとんどない。

「DCはないのか!」

電子カルテ板、このベッドの患者は難治性不整脈。

「よりにもよって!」



ノナキーに異変が起きた。

「ぐぐっ。ぐぐ・・・」

周囲がたじろいだ。



「ばがあ!」おびただしい吐血だった。アスファルトが鮮血で染まった。

「野中先生!」学生らが介抱に向かった。

「血・・・」

「野中先生!病棟で拮抗剤の注射を受けてください!もう受けてるかと・・・」と学生。

「どうして、お前らを差し置いて・・・」

「研修医らは呼ばれてません。先生ら直接戦力が最優先です!」



近く、シナジーらが駆け足で運ぶザッキーのベッド。ノナキーは横目で見ていた。



「な、なら・・・どうして助手メンバーらの団体が来ないんだ・・・」ノナキーはだんだん気が遠くなっていた。ストレス胃潰瘍による貧血のせいだけではなかった。



また数台、駆け足のベッドが運ばれていく。すると反対方向に、バイクが爆音とともに通った。



「ユウ!ユウが戻ってきた!」



転倒していたベッドバイクで走ってきたユウは、カゴの中の箱のボタンを押した。

「充電完了!」

<針路はそのままで!>

「手、あげろ!いやでも分かった!」



マッサージしている体制で、分かる。

「そこへ突っ込む!」

アクセルをゆるめ、飛び出しにかかる。



バイクがドカドカ!と倒れ、学生がピョンとよけた。

ユウは両手のパッドをベッドの上で押し付けた。



「離れてろ!」



パパン!と小さな火花。



モニターは・・・動き始めた。

「よし!これ持ってろ!」

「はい!」消化器スタッフにわたす。




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2009年7月16日 連載
駐車場のテントはすべてなぎ倒されており、ベッド約50台が集結。同人数のスタッフ・学生らが炎天下の中、動き回っていた。



「フー!フー!」ついに真田スタッフの若手、ザッキーが倒れ込んだ。主に処置をしてきたが、脱水状態に近かった。

「日光がモロに直撃だ。病棟に・・・病棟に入れよう!」



一部の患者を除き、スタッフらはベッドを押し始めた。シナジーが止めに入る。

「あの入口は危険です!」

「どいてくれ!」ザッキーは押したベッドに腰が追いつけない。

「トロッコが来ます!あれに乗せて・・・!」



指さすと、ちょうどそれがカタコトと戻ってきた。



「なんだ。ありゃあ・・・」ザッキーは真っ赤な日焼け顔で驚いた。

「学祭イベント用のものでして」

「3台しかないんじゃあ、6人ずつってところか・・・」



ユウは、エレベーターをチン、と降りた。そのまま動く歩道へ飛び乗る。



「あいつが・・・!あいつが!」



さらにその歩道の上を走る。

「どけどけ!」

助手らしき中年医師らをかき分けていく。

「(こいつら。今さら駆けつけるのか・・・)」



あっという間に歩道を降り、長椅子に出くわした。

「また!」

ビー!という音響で、ちょうど7人が射出するように滑走を開始した。

「まさか!」

見下ろすと、やはり下に黒レザーの・・・あの女がいる。



「降りるな!撃たれる!」

の声もむなしく、7人とも滑走途中でバラバラと気を失って転倒した。スイ~、と横倒しの体がまばらに散らばっていく。

「これじゃ、猫の手にもならない・・・!」



「おい!お前!」女に見つかった。足元に赤い赤外線。

「うわっ!」足を一歩引くと、閃光と共に細い電流が余波のように飛び散った。



「あ!あぶねえ!」

「後で待つ!」声だけ残し、消えた。

「後で?後でって・・・」



フワッ、と滑走の体制に入った。



駐車場では、トロッコがコトン、と後ろ向きでトレーラーの真横に当たって止まった。運転手の学生、それと最後尾の大平。



大平は、監視カメラのようにゆっくり見渡した。途中、誰かにサインのような暗号手話。



「・・・・・!きたか・・・!」細い道路の向こうの新玄関、ユウらしき白衣がダッシュしてきた。



「大平!おい大平!」ザッキーの犬のような叫びが視界の隅に入った。

「ん?」

「物品が足りないんだ!お前の白衣に書くから、あとでそれを・・・」

「なにを?」



ザッキーが、彼の白衣にマジックで記載していく。字はかなり荒れていて、カンを働かせないと読み直せないほどだ。



「はあはあ。楽でいいなぁ、お前は!」ザッキーは汗をぬぐった。

「お前ほどではないさ」

「なんだとぉ?」



ヒュン!という一発技で、ストローからの針がザッキーの左上腕に刺さった。

「いてえ!」

「・・・・」

「おおひ・・・・」



ドサッ、とザッキーは片足から倒れた。

132

2009年7月14日 連載

 無力化したトレーラーがまたぐ線路のすぐ横、手前で停車している3両トロッコがある。先頭の1両目、単純な左右のレバーを持つ私服は明らかに学生・・・実行委員だ。

「もう、いいですか?」

 彼の両側に2名、後ろ2両に5人ずつがスシ詰めで折り込まれている。みな<患者>と化したスタッフらだ。ほとんどが熱中症。点滴棒が、のろしを上げたようにあちこち傾いている。

「い、行きますからね!」

 ペダルを踏み、トロッコはゆっくり加速し始めた。ガタン、ガタンと腰を何度も突き上げられつつ、みな流れに任せる。一種の眠気を呼び起こした。

 大平は最後尾で、周囲を注意深く見守っている。
「・・・・・・・・」

 ところどころ、線路の左右に点在する私服たち。おそらくほとんどが学生だ。頑張れなどと声をかける。

 実行委員長は必要もないのに体を傾けた。
「大きな木があります!伏せてくださーい!」
「(一同)うおおおっ」

 しかし点滴棒は縮まるわけでもなく、バキンバキンと幹にモロに当たり続けた。
葉っぱや砂のようなものがヒラヒラと舞っていく。

 大平はスタッフらを確認した。

「もう着きますから!病棟には迎えを手配しましたんで!落ちないように!」

 研究棟の間を、ぬって走る。左右に壁。点滴棒はまっすぐ上に向けられており当たらず。日陰に妙な安ど感。

 みな、思ったはずだ。自分が点滴してひと眠りして目覚めたら、すべて終わってますように・・・!そしてそれまで当り前だった日常を、日々感謝の気持ちで受け止めるように・・・。

 大平は、少し驚いたように見上げた。
「でかい塔だな!委員長!」
「ああ!あれですか!」委員長は振り向かない形で返事した。
「噂の、解剖学パークか?」
「ええ!でもあそこには寄りません!」

ハンドルを思いっきり左に切って、みな左へと大きく傾いた。
「(一同)うわあああ!」

ガタゴト、やや減速。その間、大平はウエストポーチの物品確認。
「・・・・・」

鳴る携帯。番号を見る。無視。また鳴る。無視。違う番号。取る。

「はい。大平」
「?」横で三角座りの研修医。
「ああ・・・奴はまだ来ない」
「・・・・」見るものもなく、研修医は大平の会話を眺めていた。
「来たら、一斉に始めよう」切る。

ガタガタ、という音がまた支配する。大平は学生の目線に気づいた。

「・・・なんだ?聞いた?」大平はストローを加えた。
「いえ。でも・・・一斉にって。一斉になにが」

ピュ!とストローの中から何か射出。

「う!」上腕に当たり、研修医は傾眠に突入した。「ぐぅ・・・」

大平は周囲を見回した。みな寝ている。

「・・・・・・」
ストローを、また腰に戻す。






 


131

2009年7月14日 連載
 大学病院駐車場、中間部に集中する患者ベッドに医療スタッフ。炎天下、スタッフも次々と倒れている。みな、暑さで白衣を脱ぎはじめている。

 品川やスタッフ数名は新玄関へと走った。足が思うようについていけない。

「いけますか!いけますか!」

 すでに到着した研修医がバイタルを確認。
「・・・バイタルはなんとか。と思います」
「病棟の中に、入れましょう!」
「・・・・・・・」

藤堂ナースの姿はないが・・・みな、ビビって動けない。
研修医は見まわした。

「ち、違うところから」
「遠回りして、入れるところが?」
「う、裏玄関」
「そんな余裕、ないでしょう?」

処置車に乗ったノナキー医局長が、電動でやってきた。

「またやられると、危ない!ここからは入るのはよそう!」
「・・・・あれは!あれはどうです?」

シナジーが指さしたのは、学祭用の線路だった。構内の外周を取り巻いている。
「この線路、汽車か何かが通るんでしょう?」
「・・・学生代表に、つないでみる!」携帯で連絡。

すぐ真横、スタッフを載せたタンカが通り過ぎようとし立ち止まる。

「入らないんですか?」
「待て!命令だ!」ノナキーは携帯をたたんで、しまった。


ユウは、大部屋の病室をのぞくと・・・6人部屋。高齢の男性らが、それも白衣が点滴をしている。

「かつがれてきたスタッフに、高齢なんていたか・・・?」
その高齢者の周囲を、まるでわが子を見守るような若いスタッフが数名ずつ。

「勝手に入るな!」後ろから声。振り向くと助手の名札。
「真田のスタッフです」
「ちっ。真田の奴らか・・・!」敵意むき出しだ。

「救援が。救援が欲しいんです」
「鼻血で白衣が真っ赤だぞ?」
「なんで助手の方々が、こんなに・・・」
「お前は、いつ点滴受けるんだ?順番は?」

順番・・・?

 点滴している高齢者は何人かは、その顔で分かった。かつて彼らの講演会や雑誌で見たことがある。

「(教授陣じゃないか・・・!こいつら、第一線にも出てこずに・・・)」

さきほどの助手が、教授の点滴を調整。

「お前らだけ汚いと思われてもしょうがないかもしれないが、万が一の事故が起こっても困る。だから拮抗剤(ケイツー)の投与は年功序列で行う」
「・・・?」
「聞いてないのか?伝わったはずだ。たぶん。クマリンを知らず知らずのうち、俺たちは飲まされていた」

やはりそうか・・・しかし、なんで俺まで?

「一説によると、真田のスタッフの裏切り者じゃないかって」
「裏切り?なんて失礼な!」
「そうか?今や有名だぞ。あ、お疲れ様でした」

教授が点滴を終わって、ゆっくり立ち上がる。助手は終わった点滴を丸める。

「僻地で分院を引き継いだ同僚が、ドロンしたんだろ?金持って」
「ウソだ。誰がそんな」
「お前も飲んだんだろ?だから鼻血が止まらんのだろ」

俺が飲んだ・・・?やはりそうなのか?いつ・・・もし何かを飲んだとしたら・・・

ゆっくり時間を辿った。

「しまった!」携帯を鳴らす。出ない。教授らは点滴を次々と終えて起き上がる。
助手らが深々と礼をしていく。さきほどの助手はうずくまり、針などをバラバラに処理。

「俺たちもそりゃ、手伝いたいさ。だが、組織の長が最優先だ。教授陣があっての命令系統だ。それが確立されてはじめて、俺たちが駒として戦力に化けるんだ」

 ユウは聞いてない。何度も、あちこち携帯をかける。

「ダメだ。どいつも、こいつも・・・」
「おーい!これ鳴ってる!真田のスタッフのー!」

別の助手が持ってきた。

「お前のとこのスタッフのだろ?」
「はい!これは桜田・・・」
「今はICUに移った。骨折がかなりひどいらしい」
「骨折・・・」
「両親に連絡を取ってる。俺はこれを預かっただけで」

ユウはドン!と走りだした。教授が振り向く。

「こら!廊下を走るな!」

しまった。俺は、俺は最初から、最初から、あいつに・・・!



130

2009年7月13日 連載

 とにかく鼻血が止まらない。バイアルを外すととめどなく流れる血。唾液はそのまま血。

「どうなってんだこれ。ノナキー。確かワーファリンが入ってたとか言ってたな・・・」

 どういう因果なんだ・・・?

 エレベーターが、鈍感に動き出す。

「俺もそれを飲んだとしたら、いつ飲んだっていうんだ。待てよ。もしあいつらが飲んでて、俺が飲んだとしたら・・・?いつ?」

 ますます、分からん。

 チン、とエレベーターが開いた。病棟のせわしい雑踏が聞こえてきた。だが雑踏という表現で良かった。ここには・・・・この廊下には。おびただしいほどの白衣が溢れている。

 どうやら、助手クラスの医者たちだ。みな、立ち話をしている。ユウの血だらけの様子をみな・・一瞬はぎょっと見つめるが、すぐに目を逸らした。

 一部、出入りの激しい病室がある。重症患者の診察か・・・?では、ここらの白衣はみなそれとの関わりか?

 ゆっくり、近づいてみる。

 その頃駐車場では、シナジーが拡声器を持っていた。

<学生さんでも構いません!構いませんから!>

 学生らが途中で自転車を捨て、ベッドの集積に次々と向かってくる。

<猫の手でも貸してください!>
 
 どうやら、点滴などを抱えての搬出だった。1台につき、5人以上の人手を要した。熱中症の症状で、1人また1人とベッドから手が離れていく。倒れた白衣を、また他の人間らが抱える。

 ノナキーはパソコン上の電子カルテを操作、振り分けを行ってシナジーに伝達した。
「品川さん。まずこの5台を優先に」
「分かりました!言ってきます!」
「すみません。腰が立たなくて・・・」

向かったシナジーは、振り向いた。
「これまでは、ひどい事を言いまして!」
「いや・・・」
「本心ではないので!決して!」

ノナキーは、しかし未だわだかまりを持っていた。
ミタライのことを、まだユウに伝えていない。

この事態が落ち着いたら落ち着いたで、気が重いことはたくさんある。

ノナキーが乗る処置車の横、車いすの島が並んだ。

「医局長!テンション低いですね!」
「島・・・」
「目がうつろですよ?」
「代わりに、これ(電子カルテ)の統卒を行ってくれ」
「こんなおいしい役を。いんんですか?」
「ああ・・・いいから」

島はノートパソコンを手渡され、一覧にかかった。


作業の終わったトレーラーの助手席から、マーブルが見ていた。

「足津さん。奴らは電子カルテで群衆コントロールをしてるようです!阻止できませんか?」

その会話をハッカーがヘッドフォン通して聞いていた。

「理事。アクセスします。僕の出番だ」

何やらパスワードがクルクル回転する。1つずつ見つかる。

「これで、どうだ!」

エンターを押すと、島が持っていたパソコンの画面の字や図、写真が・・・一斉に画面上で踊り始めた。

「な!なにい?」

踊りまくった文字らの羅列はやがて糸玉のように巻きつけられ・・・・台風のように回り始めた。

ハッカーは椅子から転げ落ちそうになった。

「ヒャッハッハッハハ!ランコーゲランコーゲ!」

島は狂ったように、パソコンの周辺のコードを抜き始めた。
「くそっ!なぜ!いったい!どうして!」

とうとう、プスンという音と同時にパソコン画面が消えた。
「あっ」

あちこちで、ざわめきが起こった。血液データや画像が見れなくなった。図書館からの膨大な資料も、参考文献も。

みな、顔を見合わせた。

シナジーは苦戦する間もなく、割り切って学生らを指さす。
「暇な人ら!検査部からフィルム、紙データを持ってきて!データそのものを!」

学生らが走って行った。新玄関へ向かうが・・・・

「あれはまさか?最悪!」
シナジーは気づいた。

「電気女だ!」

黒いレザーの女が、あそこで待っている。学生らはもう走っている。

診療のペースを落としながらも、医師らは懸命に没頭した。だが疲れからか、不満の声も漏れる。

「助手の先生らはどうしたんだ」「教授も来ないままか」「俺たちを患者とともに見殺しか」

 シナジーは学生らを行かせたことを後悔しつつ、叫んだ。

「戻ってきてええええ!」

 同時だった。学生ら5人が、横筋1本の光とともに倒れたのは。












129

2009年7月13日 連載

 一瞬だが、ユウは夢を見た。

「マイオーベン・・・」太った女医の笑った表情。
「できたじゃないか!」ユウが賛辞。
「あたしでも、やれました・・・やれました」
「俺の言った通りだろ!」

どうやら、何かを一緒に処置中。

「マイオーベン・・・」
「やったな。ミタライ。ミタライ・・・」

夢がぼやけて、聴覚が賑やかに。あちこちの叫び声。

「ミタライ・・・?」

気がつくと、誰かの膝の上。男の顔。

「わっ!」
「生きてたか・・・よかった」傷ついた大平の顔。
「これは?」ユウの鼻の穴に、ティッシュの塊。
「取るな。血がまだ止まってない」

トレーラーははるか向こう。ここは、新玄関の前。

大平は壁にもたれた。
「お前がまとめたおかげで、見ろ・・・」彼は指さした。
「・・・・?」
不本意だが、男の膝枕からユウは遠くの光景を見つめた。

数多くのテント小屋で、ベッドを1台ずつ搬出するまとまった行動が見え隠れする。

「ベッドは全部、受け止めたか・・・?」
「超急性期の患者らは、みな間に合ったようだ・・・だが、病棟まで上げるにはまだまだ人手がいる」

ユウは、ゆっくり起き上がった。後頭部がズキズキと痛む。

「いてえ・・・」
「おい。どこへ行くんだ。俺たちはもう、十分やった」
「桜田は・・・」
「入院した。頸部をまともに強打して」
「チクショウ。そうか・・・」

携帯を取り出す。
「ザッキー?俺だ。まともに走れないが・・・そうか。人手がな。俺、今から病棟へ行くわ。頼んでくる」

切ると、微動しない大平が見上げた。
「人手があるのか?」
「ある。これだけのはずがない。助手クラス、講師クラスがいっこうに来ないのはぐぐ・・おかしい」

確かに、極端な若手の医師、外部から応援で来た医師らしか見ない。だから、統制が取れなかった理由でもある。

「大平・・・可能なら、あそこを」

駐車場でまだ診療をしているその場を手伝うよう、命じた。

「わかった。これを飲んでからな」
腰に据えたコップを取り出し、ストローを通す。

ユウは1歩1歩、足をひきずった。

「チッキショー。チッキショー・・・医者は・・医者はどこにいるんだチキショー・・・」

 新玄関をくぐると、真田病院と同様の・・いや、その倍はある幅の滑走台がある。7人滑り用だ。

「スッゲー・・・」
 横にある階段を、ゆっくり登る。エレベーターは電源がついてない。

中腹まで来ると、滑走台の上に並ぶ7人。どうやら、人手がやっと増え始めたのか・・と思ったがどうやら学生ばかりだ。

「中堅どころ・・・中堅どころは!」

足元に、ぽたりと紅い血液。

「ティッシュ、落ちた・・・」
拾おうとしたら、さらにまたポタポタと血液。いっこうに止まる様子がない。

「詰めるもの、詰めるもの!」
ウエストポーチから取り出した、バイアルを・・・これがピッタリ入った。抜けなくなったらどうしよう、と一瞬は思った。

「止まったか・・・」
だが、どうやらノドの奥が妙に奥ゆかしい。どうもそっちへ流れ出したようだ。
「ん?」

 下を振り向くと、滑走台の下・・・

「あれは!」

 例の、雷女だ。

「やめろ!みんな!行くな!」声はかき消され、スキーのように7人が高角度で滑り始めた。学生らで若いせいか、妙にポーズが決まっている。

ユウの真横、真正面を向いた7人がすれ違う。

滑走台の下、藤堂ナースは西部劇のように両手を離して構え・・・まず右手をシャシャ!と出し・・・

ピンピンピン!と滑ってくる人間らを<マーキング>。みな、気づいてない。

ユウは上から叫ぶしかなかった。
「やめてくれえ!」

7人は藤堂ナースに戸惑いつつも、ズバン!と上空へ舞い上がり・・・彼女の素早く取り出した右手パッドから太いイナズマが、一列に一撃した。

「(7人)ぎゃあああああ!」

白煙を上げ、7人らは1人ずつ惰性で落ちてきた。

ユウは、動く歩道に飛び乗った。このまま・・・正面にエレベーターがある。

「はあ、はあ、はあ・・・大平。やられたか。お前も・・・」
大平への電話も、全くつながらない。

 シナジーにはつながった。

「シナジー。シナジー・・・」
「先生!今どこです?」
「駐車場の指揮は、ザッキーとお前で頼む」
「わ、分かりました。でも先生。この人手では・・・」
「それを、今から。今から何とかする」

 歩道は終点をむかえ、吐くように放り出された。





128

2009年7月13日 連載

 シローは最後部車両の小さな窓から、心配そうに外を眺めていた。その沈黙を、マーブルの平手打ちが破った。

「仕事せんか!仕事をォ!」
「・・・・・」
「こんな非人道的なこと、俺だけにやらせやがって!」

殴ろうとしたら、電話が入る。

「マーブルです。足津さん?はい。ベッドの射出を・・・いっぺんに?1台ずつでは・・・そうですか」

電話を切る。

「シロー。足津さんは・・いや株主らがお怒りだ。残りのベッド、一度に射出する」
「先生。もうやめましょう!」
「今さら引き返せないのが、俺の人生!」

マーブルは無視し、最前車へとふらつきながら走って行った。シローはまた家族を思い出し、どうすることもできない自分を恨んだ。

真珠会病院の事務では、相変わらずハッカーが両手を休めず、足津が横で立っている。あとは各所で同じ画面に見入る事務員たち。

「おおっ!こぞってやってきた!」
ハッカーが見守る画面、トレーラー前面のベッドの間にアリのように散らばる白衣らを示す大きなドットたち。

「さらに、ここにぶつけるわけですか!」ハッカーが足津を見上げた。
「・・・・・・・」

6両コンテナ、部分的に長方形ドアが開く。棒1本でつながったベッドがゆっくり地面近くへと降ろされる。

ユウはその音に感づいた。

「・・・・ここだけにも、かまっていられない!大平!」
「はいな!」

大平はアンビューを開始、すぐにヒラの医師と交代。だが自発はあり、必要に応じ休止。

「応急処置がいったん終わったベッドは、ここから遠ざけてくれ!うう・・・」

目の前に、30台ほど並ぶ。

「何してんのか。分かってんのか!」

トラックはもちろん何も答えない。

「俺1人じゃあ・・・おい!Aチーム!って書いてある奴ら!」
<A>と書かれた白衣らが、数人気づいた。
「俺の方へ!残りは残りでさばいてくれ!」

トレーラーの左前面、みな道を開ける。

シナジーが走ってきた。
「はいはい!私が振り分けます!」

ユウは、遠くで茫然とパソコンを眺めているノナキーを一瞥した。

「医局長!のんびり何をやってんだ!」
ノナキーがハッとこっちを見た瞬間、ベッドが勢いよく飛んできた。
「来るぞ!」

構えたユウの横、学生がミニバイクを手で押してきた。
「これ。品川事務長からです」
「おい。どうぞって・・そうか!これな!」

ハンドルをひねり、バイクは反転した。逃げるような格好だが。
前にも2台走っている。

「大平!桜田!訓練通りにな!」

10名ほどの白衣ら、倒れながらベッドを数台せき止めるが・・・案の定、十数台がその間から抜けて走ってくる。極端に速い数台が、バイクを追いかけてきた。

「・・・・」
右後ろを見ると、金属の棒が右に30センチほど突き出ている。先っぽに磁石。
「ハカセ!役に立てさせてもらう!」

相対速度で、ゆっくり迫ってくる。やがて並走する。
「捕まえた!」
磁石にベッドの柵が引き寄せられ、よろめいたベッドを片手運転で押さえにかかる。
「止まれれれれ!おい!運べ!」

白衣、学生らがよけながら回収に走る。バイクはまた発進。

桜田も、練習通りベッドに密接しながら走行。接続し、徐々に停車。回収。

大平は2台同時に止めていき、拍手を浴びた。

「まだ来てる!」大平は壁にぶつかる寸前でUターンし、向かってくるベッドの正面・・やや左に逸れる。右手でつかみ損ねる。
「しまった!」

ベッドはそのまま壁方面へ。桜田のミニバイクが、右側面で受け止めた。
「あう!」
「ああっ!」大平は顔を覆った。

桜田はバイクごと壁にぶつかり、数メートル打ち上げられそのまま地面へ落ちた。

大平は無念の表情で、もう1台のベッドを掴んだ。
ユウは横目で確認した。

「大平!直接そんな腕でつかんだら!腕が折れるぞ!」
「チィッ!」

大平はバイクから降り、脚をブウンと振り上げ・・・蹴ることなく、走ってきたベッドをピタッとせき止めた。ただ、膝が砕けるような音がした。

「ぐああ!まだまだ!」

ユウは、確実に1台ずつ磁石で横から近づいた。
「大平・・・」

ただ、大平のその動きは常人のそれとは思えなかった。

倒れた桜田の周囲、白衣が3人ほど介抱に参じている。意識を失っているもよう。

最後の1台が走ってきた。さきほどユウのバイクが転倒し、力づくで止めるしかない。
「来た来た・・・!」
思わず避けそうになりつつ、両手・・を通り過ぎ、鼻で受け止めた形となった。
「ぐわっぷ!」

鼻からビシュン、と鮮血が青空に飛んだ。

「こんな青空なのに・・・」

ズデーン、とユウは仰向けに後頭部を打ちつけた。


















127

2009年7月13日 連載

 ユウは、思いついた通りで喋っていった。

<キーン!助手以下のスタッフ!助手以外!で手が空いてる者は!こっちに来てくれ!>

「こっち、じゃ分からんだろ!」大平が背中を押さえつつ横に来る。

<すまん!そうだった!キーン!これからテントを回る!>
 拡声器からいったん退く。
「桜田は!ザッキーとベッドを1台ずつ!」
「(2人)はい!」
「重症を見つけ、最重症からあたってくれ!」

2人は散開。桜田は大平を何度も振り返った。愛の信号らしきものが交わされたかどうかは知らない。

 テントを回る。意外と、1つのテントの中には大人数。

<キーン!おいそこで何もしてない奴!お前ら!>
マジックで、白衣の表と裏に数字を書く。

「な、何するんですか?」
<俺が番号をつけた奴らは!後ろの丸いスペースへ退場!>
「ったく・・・」
<早く行けよ!丸いスペース!>

シナジーがマジックで速効作ったサークルの中へ、追いやる。

<ウルトラクイズじゃねえぞ!次!お前!>

次々と、円内に白衣がたまっていく。

<消化器部長は!消化器部長はどこだ!>
「病棟です!」とヒラ。
<入院したのか?>
「痔からの出血です!」

大平が耳打ちする。
「出血して止まらなかったんだ。他にも出血者が多数。野中医局長がほれ、さっき・・・」
<クマリン?ワーファリンでも飲んだのか!キーン!>
「わ!うるさいよ!」

ユウは次の指示を出す。
<今、班長を指名したから。各班長は、診療データを1分でサマライズしてくれ!>

 診療の電子板が学生らに渡され、医師の言う通り打ち込まれる。

<俺らが見て、分かるように!>

 ノナキーが自転車のハンドル上に抱えたパソコンに、次々とデータが飛び込んでくる。

「・・・・・よし!よしよし!」

 ユウは声がかれて、拡声器の声もかすんだ。

「はあはあ。声が・・・飲むもん、ないか?」

 大平は腰からジュースのコップを取りだした。
「ほら!俺の!」
「いいのか?」
「俺のはあるから!」
「そっか?すまんな・・・」

一気に飲み干す。大平は興味深そうに、一部始終を見る。

「ぐぶ・・・見るなよ。気持ち悪・・・ありがと!はあ!」

また、声が出るように。

円の中、おしくらまんじゅうのように人が密集する。

<あのベッドの集合体が見えるか?>
ベッドの集塊の中を縫うように、医師ら数人がせっせと救護に当たっている。

<ここで、3つに分ける!>
無理矢理、チョップの形の腕で3つに切り分ける。

「(一同)おいおいおいおい!」

<エー!ビー!シー!シナジー!マジックで書け!>
「すみません!」シナジーが、マジックで白衣に書き込む。みな戸惑う。

<皆、もういっぺんベッド見ろ!あそこがA!B!C!>

みな、仰ぐが境界がハッキリしない。

<ま、だいたいどういうことで!>

ユウはダッと走り、振り向いた。

「早く来んかあ!お前らああ!」
「(一同)うわあああああ!」

二十名ほどが一気に駆け出した。




126

2009年7月13日 連載


ビルの間、5車線道路の真ん中3車線、救急車が2台。ちょっと違いのあるサイレンの音でシナジーは分かった。

「彼らだ!」

 シナジーは暑さを忘れ、新玄関の前を飛び出した。真っ直ぐに走り、駐車場へ。ベッドはかなり蓄積し、スタッフらが1台ずつ適当に運んで行く始末。

 ベッドの間をかきわけ、シナジーは手を挙げた。
「おおおおい!」


 ユウの乗るドクターカーの中間部、ユウが屈んで靴ひもを結んでいた。
「もう終わったのかなあ・・・」
「電話、つながりませんね。おかしいな・・・」運転手の田中はよそ見の形で携帯を何度も押した。

「ダメだ。やっぱり・・・でも、着きましたね」
「喉が渇いたから、着いたらひとまず何か飲もう!」

背中にチューブを3本。ウエストポーチに注射・アンプルなど。
「ま、これだけあればいいだろ!」
「捕まりますよ。そんな恰好で」
「これが俺らのスタイルなんだよ!」

 これらの場面が、すでに電波で送られているその先・・・

 真珠会病院、ハッカーがパソコンを見えない速度で操作。

「バカめ。仕掛けた盗聴器に気付かないとはな!何度も同じ手に引っかかるのをバカという!」

(拍手)

 足津は冷静。ハッカーが彼の方を向いた。

「理事。渋滞は、あれくらいでよかったんですか?」
「いいですよ。これくらいが適当です」

 画面、大学構内の様子が数々のカメラで分かる。昼間だけに、人の流れがよく分かる。

「おーおー!医者どもがどんどん倒れまくって!もっと雷落としたれ!藤堂!」

 電撃で倒れた学生らが、モニターに所々映っている。搬入にかかるタンカが運ばれていくが、<患者>の数が多すぎる。

「理事。株主の反応は至って良好!このまま取引終了ってとこでしょう!」
「いや・・・」
「まさか、売却の準備なんてことは?」

足津はピッ、と指を差した。

「万が一の準備は、しておいてください」

ハッカーは画面に集中した。
「妨害電波、切ります」

とたん、ユウの電話がかかってきた。

「はい?」
<何してたんですか!>
「ああ、もう着くから。渋滞があってほんで」
<こっちはバラバラなんですよ!>
「ああ。大学はそういうとこだから」

電話を切り、大学の入口へ。煙がいくつか昇っている・・・?

「田中くん。大学祭の催しものかな?」
「大きなトラックですね~」

右側に、大きなトレーラーが横づけしてある。
ユウは窓越しに覗き込んだ。

「へえ。うちにあるやつと一緒だ。コンテナの横に大きな窓があるし」
「今、開きましたよ?」

目を凝らすと、ベッドがヒューン!と視界に飛び込んできた。ユウは叫んだ。

「こっちに当たる!避けろ!避け!」
「見えたけど!」田中はハンドルを限りなく左に回した。

ベッドはそのまま、ドクターカーの後ろをかすめた。後続のもう1台の前もかすめた感じだ。

「どこかで見た風景だ・・・」ユウは、すぐに悟った。数々のテントは催しものではなく、医師らが出入りする状況から事態を把握した。

「やばいんじゃないか!これ!」

横のドアをスライドした。
「あの速いベッド!捕まらない!」いろんな白衣が飛びつくが、そのまま壁へと向かう。どうやら、射出先を極端に誤ったようだ。

「田中!並走してくれ!」
「追いつくかな!どけどけ!」ビビる白衣らを半分轢きそうになりつつも、田中はハンドルをゲームのように回転させた。

ユウは反動でモロに物品の中に倒れた。
「ぐわっ!」
そしてまた反対側。片手でつかまった天井バーのおかげで、落ちずにすんだ。

「あー!死ぬ!俺!絶対に死ぬ!」

左側に、ベッドが進んでいる。患者だろう・・・が、手を伸ばしている。
「・・・・!」
「田中!追い越せ!」

追い越したがすぐ壁が迫り、号令なく飛び降りた。カッコイイものではなく両足がガクンと曲がり、とっさのチョップがベッド前面に当たった。

「いてええええええ!」
人生最大の痛みだった。だがベッドは角度を変えて止まった。しかし急停車だ。

「てて・・・だ、大丈夫か?だった?てて・・・」

左手が、まだジーンとうずく。

患者の肩に手をかざすと・・・・

「やあ。俺を覚えているか?」大男が、牙をむき出した。
「はあ?」
「助からないかとヒヤヒヤしたぞ!」

目の前に火花が散ったかと思うと、頭が地面でボールのようにバウンドした。舌を噛んだかのような感覚だ。

「わぺっ・・・」
「貴様~!活躍してもらっては困るんだ!」長い棒を振りかざし、豪傑のようにブンブン振りまわす。

「トシ坊のケツに突っ込んだのは、さてはお前か・・・」
「どこにお見舞いして欲しい?」
「・・・・・」

ユウは、腰の両ポケットに手を入れた。
「・・・・やあ!DCベルトだ!」
「うおおっ?」反射的に、<豪傑>はのけぞり、回った棒が頭を直撃した。

声もなく、うずくまる。
「・・・・!」
「バカヤロー!ビビんなよ!」ユウは右側を通り過ぎた。

あちらで手を振るシナジー。

「先生先生!」と呼ぶその声のもと、ユウやザッキーが走っていく。大平が桜田女医に支えられて、何とかたどり着いた。

ユウは大平の白衣の背中の血液を見た。
「おい!けっこう血が出てるぞ!」
「注射針が・・・」桜田が、さきほど抜いた針を掌で見せる。

ふつうの注射針が3本。キャップはあとでかぶせたようだ。

ノナキーが、処置台をつんだ自転車でやってきた。フラフラだ。
「ユウ!ユウ!」
涙を流している。

「俺はどうしたら・・ユウ!ユウ!」
「どしたんだ。お前ら・・・」

コキ、コキと前輪があちこち向きながら、ノナキーは片足で止まった。

「クマリンだ!ユウ!クマリンだ!」
「何言ってるんだ。お前・・・」
「クマリンが入ってたんだ!クマ!」
「熊がどうしたってんだよ!うわあっ!」

みんなの集まる円の中心部に、雷が落ちた。むろん、人工的なものだ。

ザッキーがムキになった。
「今のバイク、見ました?あの女だ!チクショー!」
「あんな奴らかまうな!」ユウは叫んだ。
「あちこち倒れてますよ?人が!」
「ベッドの患者らを、極力中へ搬入しよう!」

シナジーが拡声器を力なく渡した。

「私が叫んでも、事務員ってことでナメられるんです」
「どこを?」
「先生。お願いします!」

ユウは渡された。得意のアドリブを使えということだ。

「俺が、この混乱ぶりを・・・?」

統制なき診療が、あちこちで部分的に行われている。

「どうやって・・・?」

考える暇はなかった。

125

2009年7月9日 連載

第一陣テント20床分は、瞬く間に満床となった。

第二陣テントが後方に設置されたが、人手が乏しい。ここにつくはずの講師陣らは、いまだ学生らの手当てに時間をとられている。

そしてとうとう、ベッドは2陣へと運ばれていくことになった。

島があちこち、車椅子でノナキーを探す。
「医局長!医局長!どうしたらいいんですかー!」

見回すと、正面入り口の近くにシナジーが寝かせている。

「品川事務長!きさま何をしたんだ!」
「ベッドがぶつかって・・・」
「報告しようと思ったんだが。関連病院から雀の涙ほどの救援が来るってよ!」
「そうですか!それにしては、まだみえませんね!」
「ほれ。そこ」

 見上げると、滑り台の向こうから3人、また2人と・・・悠々と滑ってくる白衣たち。
 手前のマットに、ぎこちなく着地。

「うわ~・・・もう疲れたわ。わし・・・」OBのような医者。
「おいおい・・・」シナジーは汗が出た。
「おれ、救急わからんよ~?」頼りなげなOB。

何とも頼りない医者らが来たもんだ。

「雀のフンにもならんかもね・・・」

 そのとき、バイクがいきなり轟音をとどろかせた。
誰かと格闘しているのか。もう昼を超えている。
 暑さが本格的になりだした。この病院だけでも、ベールで包めないか。でももっと熱いか。

タンカが運ばれてきた。乗っているのは・・白衣だ。
「熱中症だ!どけどけ!」
苦悶様の表情で、白衣の上部ボタンも取れている、中堅どころ医師。

「やれる。やれるって・・・」手だけのびる。
「(その他数人)やめとけ!休んどけって!」

正面玄関に入り、そこのエレベーターで。また静かになる。

近くの滑り台スロープ、次々と単発の医者が滑ってはやってくる。

シナジーは、ややうめき始めたノナキーの脈を触った。
「それにしても、まとまりが、ない・・・!」

 たどり着いた医者らはほとんどが単独プレーで、各テントを適当に巡回している。各人がマイペースでも、ベッドはどんどん余っていく。

ノナキーは、ゆっくり上半身を壁にもたれさせた。
「うう・・・・・こ、こんなのが・・・」
尻に手をやると、注射針が。

シナジーは驚いた。
「刺さってたんですか?いつの間に・・・」
「これが刺さって、倒れたんだと思う・・・」

ノナキーは目を思いっきり見開いたつもりだが、視界が依然としてぼやける。

「スタッフは、スタッフの指揮は・・・」

<指揮>より<士気>が問題だった。次々とたまっていく患者をまとめようとする者がいない。

いきなり発狂した者も出たようだ。そこらをスキップしている若い女医。
「あー!もー!イヤー!」

技師がデータを持参する。
「これを」
「かせ」駆け付けた大平が札を数えるように見る。見る。見る。

ノナキーが薄目で腕を伸ばす。

「もも、持ち場を仕切る人間を・・」
「医局長・・もう休め」大平はかつての威厳を取り戻しているように見えた。

ノナキーは立とうとするが、立てない。
「くっ・・・たぶん、注射針に薬か何か入ってたんだ。たぶん・・・強烈な眠気がする」
「医局長!今は安静に!」
シナジーが抱える。大平も力ずくで寝かせた。

「ユウらが来る!あいつらが、ここを仕切る!」
「大平先生。あなたがやれば・・・」シナジーが呟いた。
「ああ・・・だが」

ドスン、と両ひざをついた。彼の背中にも、注射針が刺さってる。

「えっ!いつの間に!」近くの桜田が開放した。
「くそう・・」
「きゃああ!」

周囲はもう、パニックで作業自体が混とんとしていた。

「もはや、これまでか・・・・・」シナジーは横になった。

島がやってきた。

「医局長!自転車便は、すべて全滅!倒れた学生の山です!いったい何が・・・みんな大丈夫か?」

ノナキーの尻の方から、血が出ている。青アザも、拡がる。

「まさか、痔で?」
「いや・・・針の刺さったところが」
「・・・・それにしては大量すぎます。量が。倒れてた学生らもかなり出血を」

桜田が、泣きながら止血。大平の背中も押さえている。

ノナキーは、これから先のことを考えざるをえなくなった。
「降伏すれば、スタッフも患者も助かる・・・?助かるよな・・・」

体育館でもらった、鷲津の直通電話番号を・・・1個ずつ入力する。

「チクショウ・・・ちくしょう、ちくしょう。な、なあ品川さん。日本が降伏するときも、こんなのだったのかなあ・・」
 朦朧としており、妙なことが口走るのだった。

「ええ・・・・?あれは?」
シナジーが正面玄関前で立ち上がった。

キラリ、と遠くのビルの間に赤い閃光が見えた。


124

2009年7月9日 連載
学生の自転車3台は、コーンで区画された道路をハイスピードで走った。

カーブを、流線形に回る。

さらにその後ろ、2人乗りのバイクが轟音。彼らに近づいてくる。
3人編隊は、しばらく続く直線道路をさらに加速。バイクも同じく加速した。

バイクは3人の間を縫うようにめがけてきた。バイクのヘルメット2人、後方のレザー女が右手をグーにしたように差し出す。

「ちょっと!」
「はい?」学生が横を向いたとたん、閃光が斜めに光った。

 学生は声を発する間もなく、数回転前転するように転倒した。
もう1人、びっくりして転倒。

 残りの1人、なんとなく現状把握して速度をアップ。バイクは後ろに回る。
後方ヘルメットは・・・バシュ!バシュ!と閃光を放出しようとするが、自転車がジグザグ走行するため狙いが定まらない。

 すると、後方ヘルメットはパッドの左手を伸ばし・・すると赤外線のピンポイントが学生の背中にマーキングされた。どう動こうと、捕捉されたままになっている。

そして後方ヘルメットは右手をゆっくり前に向け・・・・

「ユーアンダーアレスト!」間違いなく藤堂ナースだ。

バシュ!という音とともに自転車が宙に舞った。



1番テントでは早くも不安が募った。

「どうしたんだ!」消化器長がテント内へ。
「学生が自転車から転倒して・・・」
「そこへは誰か向かってないのか!」
「検査の検体を持って、別目的でさらに数人が」
「これじゃ、危なくて処置もできん!」

学生が指摘する。
「消化器長・・・血が!」
「なにい?うっ?」

消化器長の足元、血の海になっている。白衣の下半身が真っ赤だ。
「おれ・・俺から出てる?」
「先生。何か・・・何か病気でも?」後輩ドクターが尋ねる。

別の同僚が思い出す。
「これ笑えないけど・・長。確か、痔をおもちなのでは?」
「だ、だからといって・・・」長はズボンを脱ごうとしたり迷った。
「・・・・・」
「こんなにいきなり出るものかよー?」

ノナキーが飛び込んできた。
「学生らが多数、歩道で倒れている!かけつけた講師陣で何とか対応中!あ?」

ノナキーも血の海で驚いた。

「大丈夫ですか・・で、妙なことが。転倒した学生らの軽い傷からの出血が・・止まらないんだ!止まらないんです!」

もちろん、誰もワケが分からない。

ノナキーは考えた。
「血液が止まらない・・・複数人がそれも同時に・・・まさか!」
彼は一目散に走った。

シナジーが立ちはだかる。

「医局長!教授はもう当てにできません!ここは先生が現場を!」
「どいてくれ!」
「現場を離れないで!」
「ぐあ!」

ノナキーの後ろからベッドが追突、学生らの駆け出しでベッドは転倒せずにすんだ。

「ぐぅう・・・!」
「医局長!」シナジーがかがんだ。

「ま、まさか。さ、桜田というドクターが指摘していたという、吐血で入院した、医者の・・・医者の」ノナキーは気を失いかける。
「はい?医者が入院を?」
「あの中に・・・あの中にクマ・・・」

ノナキーは気を失った。

「クマ?熊がどうしたんです?ねえ医局長!」

強い揺さぶりが、何度もかけられた。

123

2009年7月9日 連載

シナジーは、テントを背に携帯をひたすら連絡。
「ユウキ先生。まだつながらないな・・・」

野次馬が増えてきた。外来患者やその家族・・・。医療スタッフも多いと思われる。

「あーもしもし?胸部内科の教授さん?」
<そうだが>
「品川です。現場がかなり混乱していて」

<・・話がよく見えないんだが?>
「お聞きになってない?かもな・・・」
<いったいどんな用件で?>
「まずこれをお聞きください」

携帯を現場に向ける。

「・・・ということです。恐れていたことが起きてます」
<なに?なに?>
「患者さんが多数、何の断りもなく搬送されてます」

<契約したばかりだろ?>
「契約?どこでそんな契約が?」

<うん。まあ、それは私は知らないが>
「先生。現場の方へ今すぐ」
<私に命令するのか?>

ガラガラ、と処置車が通っていく。ベッドが1台目、やっと病棟へ向かって動き出す。

「指揮が統制できてません。なるべく上層・・」
<指揮の責任は、野中くんが引き受けている!>

「その野中先生も、人手不足で現場に追われてるんです!」
<・・・君とは話ができんな>
「来てくださいよ!待ってます!でないと週刊誌に売りますガチャ」

シナジーは何度も遠方の国道を見るが、救援のサイレン・・ユウらの姿は見えない。

1番テントはかなりの重症のようで、ポータブルの内視鏡が運ばれた。

「ヘモグロビンが5?輸血がいるな・・・」消化器の先生がデータ参照。
「輸血。とってきます!」学生が興奮する。
「輸血部はここから遠い」
「確かトロッコが・・いや、やっぱり自転車で行きます!」
「連絡はしておく!頼む!」

学生は自転車を取りに走った。

その頃、コンテナでは依然として冷酷な作業が続いていた。
マーブルは震える携帯をつかんだ。

「はいマーブル。足津さん!」
<状況はどうですか?>

「3割はベッド出ました。あちらはかなり息切れしてて、もうすぐ落伍者も出そうです」
<時間の問題と見ましたか?>

「ええ。でも学生らが何人か活躍してまして」
<学生の動きは想定外ですね。封じます。今までの作業を継続してください>
「はい」

マーブルは電話を切った。

「だとよ。シロー!」

最後尾には遠すぎて、聞こえてない。



122

2009年7月9日 連載
無線連絡が入る。
「テント4番にDC!ディーシー!」
「わかった!」

ノナキーは両パッドを右手に持ち上げた。充電音が聞こえる。左手で本体を運ぶ。
「充電、いけてんだろな!」

「4番・・・!4番・・・!それ!そこいったぞ!」
またしてもベッドが通り過ぎる。誰からがキャッチ。

「トレーラーのあいつら、殺人未遂で逮捕だ!」

背の高いテントの中、ノナキーがパッドを持ってやってくる。ムシッとした暑苦しい中。清潔操作の名目とはいえ・・・。

「200でいくぞ!」
「(一同)はい!」
「どかないか!」

ズドン!と浮き上がる。
ポケットの無線に連絡が入る。
<5番!セルシン!処置車!ちゃんと吸ってそろえておけ!>
<2番!マッサージの交代!人が足りません!>

ノナキーは聖徳太子のつもりで記憶、眼はモニターで確認。
「・・・いけるな!」

テントを飛び出し、ウエストポーチから取り出す注射器・バイアル。
またベッドが走ってくる。

尻もちをつき、脚でせき止め。
「てっ!折れたよ!」わけではない。
注射液、吸い出し完了。反動で反対の手に2度刺し。

「たったっ。しっかりしろ!俺!」
ノナキーは唾を飛ばしまくった。また視線が切り替わる。

「ベッドきたぞ!何をしてるか!学生!」
起き上がり、5番テントへ。学生ら、新規患者を他のテントへ。

テントの後方、放置されそうなベッドがある。人だかりはあるが学生ららしく、茫然としている。教科書を広げながら、まるで実験台のように・・・。

消化器グループの長が来る。

「おいおいおい!この患者は!」
「えっ。いや・・・」学生の1人が人ごみに紛れて消える。
「どんな病名なんだ!」
「・・・・・・」
「僕は分からん!だって現場見てないから!紹介状は?」

あるはずもない。

消化器長はテントの間を他人事のように歩いた。

「野中!野中医局長!」
「はい!なんです!」
テントの中から声。

「どういうことだ!話が違うじゃないか!和平交渉では?」
「放送があって!話は白紙だと!」
「自分はバイトから呼び戻されてわけがわからん。君ら、何をしでかしたんだ?」
「ちょっと待ってください!」

ノナキーが黒いテントに入る。

ズバン!という音がして数秒後、ノナキーがまた出てきた。

「はぁ!先生!消化器グループは何やってんですか!」
「何やってるって君・・・!言葉に気をつけんか!消化器グループはみな解散して、研修日のバイトに出かけて行ったよ!」

「呼び戻してください!人手が全く足りない!」
「わわ、私も通常の業務があるしな・・・きゅ、救急はしばらくやっとらん。ミスでも犯したらそれこそ・・」

ぐいっ、と胸をつかまれた。

「やるんだよ・・・!」
つかんだのは、車いすから背伸びした島の腕だった。


121

2009年7月9日 連載

トレーラーのコンテナ車両内では、うだるような暑さの中<作業>が続けられる。

マーブルはシャツ1枚で、各患者を支配するパソコンキーを解除中。電子板から、車内の頭脳パソコンに転送した形だ。

「28番、切り離しいきまーす。続いて29番・・・」
「・・・・・」シローは震えてみているだけだった。

「シロー!お前は後部車両担当だろ!軽症だからやりやすいはずだ!」
「ま、まさかこんな・・・」

「いいから戻れ!軽症なんだから、罪の意識も軽いだろ!」
「・・・・・・・・」
「大金を手にしようならな!クソの海にでも突っ込む覚悟がいるんだよ!」

マーブルは血眼になって静止した。

「家族に、会いたくないのか?」
で、また動き出す。
「34番。でまーす!」

シローは今ので、かなりこたえた。

次々と、サイドのハッチが開いていく。

マーブルにも多少、罪の意識はあった。

「ごめんなぁ・・・。みんな。でもよ、でもよ。あいつらなら何とかしてくれると思うんだ!末端の俺たちはさ。やれということをやるしかない。へへ・・」

しかし、大学スタッフはほとんどが逃げに回った。
いざという時は、人の本性が出る。心の準備を理由にして、みな逃げ出している。

ノナキーが頼れるのは、結局は同医局のイエスマンたちだった。それと・・・
「ユウ、お前らどこで何やってんだ!ていうか、知らないか・・・」

電話しようとしても、むしろかかってくる電話に謀殺される。

「処置車、来ました!」島から電話。
「そうか!島!お前いまどこだ!」
「うしろです!」

島は電話を切りしまいながら車椅子回しつつやってきた。両側に処置物品。

「第一陣のテント集落に、各1名患者を振り分けます!テントは学生が組み立てを!」
「テントは今のところ7つしか機能してない!稼働を早くするしか!」とノナキー。
「自分も行きます!あいつらに負けませんよ!」
島はテントの方へ向かった。

「男だな・・島」一瞬、ノナキーは感動した。

そこへ、シナジーがゴミ袋をサンタのように持って走ってきた。
「はぁ!はぁ!」
「品川さん!」ノナキーは携帯を2つ耳に当てていた。
「はは!は!ここ、これを!」

袋をばらっと開くと、様々な医療器具。
シナジーは処置車の物品と合わせ、確認。

「よし、ではここを物品配布の基地にしよう!処置車はここ、新玄関前から発進!」

処置台をかかえた車は6台に達した。

「集まったな。あと4台はあるはずだ」
「もう5分でここへきます!」と学生。
「よし。君は将来有望だ!」
「ありがとうございます!」

そんな褒めてる場合ではなかった。


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