<こちら足津>
いきなり全館放送だ。
<皆さんの個人情報をせっかく頂いたのですが、あいにく当ファンドの都合により、病院分割・連携の話は白紙に戻させていただきます>
「なんですと?」新玄関前、シナジーは青ざめた。
<これより、患者さまの急速転院を行います>
雰囲気的にヤバいと思った群衆が、病院側へと逃げ始めた。
一部は、声を張り上げている。
「個人情報を、どうする気だー!」
声は届かず。
「あああ!きますよ!」シナジーは地面に伏せた。
「来るって!何が!」ノナキーは知っていながら答えを求めた。
トレーラーの6両コンテナの左側、ガシュ、切り離されたような音。何十ものカタパルトが開いた。それらは1つずつ地面へと近づき・・・
「あれですよ!またあれだ!」シナジーが狼狽した。
「あれって何です!あれって!だから!」ノナキーもこだわった。
スタン・・・とベッドが1つ降り立った。ドライアイスのような煙で不明瞭。エンジン音もなくそれは炎天下の中・・・
「近づいてきたぞー!」誰かが怒鳴った。
ノナキーはゆっくり歩み寄った。
「あれは・・・」
ベッドと患者だった。
「ベッドだ。やっぱりそうなのか!誰も押してないのに、こっちへ来る!」
予想より速度が速く、つかもうとしたノナキーの手をすり抜けた。
「あっ!」
ベッドはスキーのように滑走、集会帰りの人ごみの中へ。軽くぶつかり停止した。みな、珍しそうにのぞきこむ。
「のぞくな!急いでバイタルを!どんな患者様かもわからん!」ノナキーが叫んだ。やっと我に戻るスタッフら。
引き続き、ドシュドシュとベッドが放出されていくのが見てとれる。
シナジーはパニックにならぬよう冷静でいようとはした。
「ちょっと白衣の奴!じゃない方々!まずはベッド受け止め!処置車用意!病棟への連絡も!・・でも全部、僕の仕事か」
近くの上層スタッフ数人は反応した。だが胸部・腹部医局の人間のみで、その他は後ずさりか自然消滅に徹した。
進み出た3人が、とりあえずベッドを足で受け止める。しかし道具もなく、なすすべがない。シナジーは重症でないか確認。ついでベッドを見回した。
「推進装置らしきものもない。なのに独りでに。どういうことだ?」
引き続き、シナジーは叫んだ。
「処置に要する道具は、私が手配します!あ!そうだ!」
「何か!」ノナキーは脈など確認中。
「確か、近くに<健診体験コーナー>が!」
「学祭の?」
「ええ!」
「行きます!」
シナジーは適当な自転車に飛び乗った。
いきなり全館放送だ。
<皆さんの個人情報をせっかく頂いたのですが、あいにく当ファンドの都合により、病院分割・連携の話は白紙に戻させていただきます>
「なんですと?」新玄関前、シナジーは青ざめた。
<これより、患者さまの急速転院を行います>
雰囲気的にヤバいと思った群衆が、病院側へと逃げ始めた。
一部は、声を張り上げている。
「個人情報を、どうする気だー!」
声は届かず。
「あああ!きますよ!」シナジーは地面に伏せた。
「来るって!何が!」ノナキーは知っていながら答えを求めた。
トレーラーの6両コンテナの左側、ガシュ、切り離されたような音。何十ものカタパルトが開いた。それらは1つずつ地面へと近づき・・・
「あれですよ!またあれだ!」シナジーが狼狽した。
「あれって何です!あれって!だから!」ノナキーもこだわった。
スタン・・・とベッドが1つ降り立った。ドライアイスのような煙で不明瞭。エンジン音もなくそれは炎天下の中・・・
「近づいてきたぞー!」誰かが怒鳴った。
ノナキーはゆっくり歩み寄った。
「あれは・・・」
ベッドと患者だった。
「ベッドだ。やっぱりそうなのか!誰も押してないのに、こっちへ来る!」
予想より速度が速く、つかもうとしたノナキーの手をすり抜けた。
「あっ!」
ベッドはスキーのように滑走、集会帰りの人ごみの中へ。軽くぶつかり停止した。みな、珍しそうにのぞきこむ。
「のぞくな!急いでバイタルを!どんな患者様かもわからん!」ノナキーが叫んだ。やっと我に戻るスタッフら。
引き続き、ドシュドシュとベッドが放出されていくのが見てとれる。
シナジーはパニックにならぬよう冷静でいようとはした。
「ちょっと白衣の奴!じゃない方々!まずはベッド受け止め!処置車用意!病棟への連絡も!・・でも全部、僕の仕事か」
近くの上層スタッフ数人は反応した。だが胸部・腹部医局の人間のみで、その他は後ずさりか自然消滅に徹した。
進み出た3人が、とりあえずベッドを足で受け止める。しかし道具もなく、なすすべがない。シナジーは重症でないか確認。ついでベッドを見回した。
「推進装置らしきものもない。なのに独りでに。どういうことだ?」
引き続き、シナジーは叫んだ。
「処置に要する道具は、私が手配します!あ!そうだ!」
「何か!」ノナキーは脈など確認中。
「確か、近くに<健診体験コーナー>が!」
「学祭の?」
「ええ!」
「行きます!」
シナジーは適当な自転車に飛び乗った。
正面玄関の両側、外来で入口は予約のみの患者が入っていく・・・。いやこの数だと、再診も紛れてそうだ。
シナジーの後ろ、走ってきた自転車の前輪が尻をかすめた。
「いたあああ!」
「すみません!」
振り向くと同時に自転車は謝りもせず左を通り過ぎた。が、バランスを崩しくねるように倒れた。
「たっ!」体格のいい長身男子だ。
「大丈夫ですか・・・ではないですね」
「す、すみません」右膝を持ち上げ、少し血が出ている。
「いけます?」
「は、はい・・・これからバイトなもんで急いでて。さっきの講演、長すぎて」
「ですね」
周囲、誰も気兼ねなく通り過ぎていく。シナジーはワンテンポ置き、ゆっくりと歩き始めた。
「あれ?」と後ろでさっきの声。
「?」ちょっと立ち止まった。
「つー。まだだ・・・」
どうやら思ったより、重症のようだ。
さきほどの男子はずっと押さえている。
「まだ血が・・・?」
「うわっ。けっこう出てるぞ?」
深くはないはずの傷口から、血液がどんどんあふれ出している。
「どうしよう。深い傷を負わせてしまったようで」
「いえ。そういうわけでは・・・」
シナジーは何度も頭を下げた。
病院構内に止めてあるトレーラーを遠目に見る。その手前、もしものために用意した<砦>とあだ名されたテントが20個ほどしぼんだまま。戦国もののセットのようだ。
「桜田先生は!消化器じゃないよね!」どこかの白衣が、<真田病院>と書いてる桜田に声。
「え、いや、ていうか・・何?」
「内視鏡してて、出血で中が見えないんだ!」
「内視鏡はまだ・・」
「いやいや!さっき講演聞いてた医療スタッフなんですけど!ああよかった!真田の先生がいて!」
内視鏡室に人だかり。奥にやっと見えるモニターでは、血の海から顔を出し入れする潜望鏡のようだ。
交代する形で、桜田は観察を始めた。
「洗浄の水と混じってよく分かりませんが・・・フレッシュな出血ですね」
「今、いきなり運ばれてきて。胃潰瘍の持病があって、今回いきなり吐血したんです」
「さっきの体育館で?」
「たぶん、ストレスでしょう。多忙でずっと緊張を強いられてきましたからねえ・・・」
観察を終了。
「病態的にはAGMLのような、浅いが広範な出血のようで・・・この方、出血時間は?」
「けふ液の病ひはありまへん」そこにいる<患者も>首を横に振る。
「でも。確保している点滴ルートの付け根が」
「え?あ」
針の刺入部、出血がこれまたにじんでいる。誰かがしきりに綿でふいてはいるが。他の医者はルートを注射器でいったん引く。
「血液はスムーズに戻る。この人、よほどの出血傾向でもあるのかな・・・」
桜田は指示した。
「採血は、もう取ったんですよね?」
「今しがた」
「ACT、測定してください」
「えっ。出血時間・・・あれって採ってすぐじゃないと」
「いいから。してみて」
「はい・・・」
「あとはお願いします」
近くで心配そうに見ていた大平の、携帯が鳴る。
「シナジーさんか?」
「先生すみません。トレーラー内の患者さんの振り分けを・・」
「トレーラー運転してもらって、真田まで運んでもらおう!」
シナジーは、真田へ電話。
「ミチルさん。受け入れオッケーですか?」
<重症やないやろな?>
「・・・たぶん」
<たぶんっておい!ひょ・・・>
ガチャ、と切った。
「すまん。もう暑くてしんどくて・・・それに女のカマキリ声は余計こたえて・・・」
散り散りになっていく群衆。ほとんどが通常業務、アルバイト先へと向かうことになる。学生らは、大学祭の準備。
敷き詰めてあるレールの、3両トロッコの運転が始まった。運転手らしき学生が、車掌のような合図。
オレンジ色のジュースを飲み干し、シナジーは今さら気づいた。
「おえっ!これ検尿コップじゃないですか!」
「ですね」と桜田。
「あなたたち、慣れてるんですね・・・」
大平はシナジーに向かって言った。
「あなた、そんなことも知らないんですか?」
「へへ」
不思議と、大平の声が不気味なような・・・。
足津はいろいろと説明してきた。
「大学のスタッフの皆さんに、私から特典です。あくまでも、真珠会にアルバイト経験をするという前提ですが・・1回の外来業務でもかまいません」
どうやら、何か便乗するような話だ。シナジーは興味がなく、コップを床に置いた。
「も、救急も何も来ないと分かったら、もうこんなところにいる必要もないですね」
後ろの観客を気にせず、間をぬっていく。大平、桜田も続く。時々知り合いなのか、「大平さん!」「オーヒラ!」など囁き声が聞かれる。適当に手を振る。
誰かが広げている新聞紙に、クリニックの閉鎖が書かれてある。
「シロー先生。誤った選択を・・・」シナジーは眼を一瞬だが閉じた。
ステージの足津は時計をちらっと確認。
「・・・つまり当院に登録された方は、今後アルバイトを優先的に回します。好きな時を選んでアルバイトができるわけです」
「(一同)うおおおお!」
興味のない学生らは、戻っていく。大学祭を潰され、テンションが低めのようだ。
みなに配られたアンケート用紙のようなものに、医療スタッフは次々と書き込んだ。
氏名、電話番号、あるいはクレジットカード番号まで・・・
藤堂ナースらが、次々と回収していく。空が雲に隠れたせいで一瞬暗くなり、みな反射的に帰る準備にとりかかろうとした。妙な連帯感が生まれていた。何かいいことがありそうな。誰にでも優しくできそうな・・・。
シナジーは体育館の外でスリッパをダンボールに戻し、靴を履いた。
「あ、やっとメール来ました」
「ユウか?」大平がのぞきこんだ。
「渋滞につかまってたようで」
「何やってんだ・・・」
「もうちょっとで着くと」
シナジーはメールを打ち始めた。
<もう、来なくていいです>
送信。
「うわ~。ムンムンする暑さだわ・・・」桜田は上のボタンをはずそうとしたが、とっくに外されていた白衣だった
「きゃ!いやっ!」
思わず腕でガードし、シナジーの視線が疑われた。
「は・・・?」
いつもの真田スタッフの雰囲気に戻りつつある。
「おえっ!これ検尿コップじゃないですか!」
「ですね」と桜田。
「あなたたち、慣れてるんですね・・・」
大平はシナジーに向かって言った。
「あなた、そんなことも知らないんですか?」
「へへ」
不思議と、大平の声が不気味なような・・・。
足津はいろいろと説明してきた。
「大学のスタッフの皆さんに、私から特典です。あくまでも、真珠会にアルバイト経験をするという前提ですが・・1回の外来業務でもかまいません」
どうやら、何か便乗するような話だ。シナジーは興味がなく、コップを床に置いた。
「も、救急も何も来ないと分かったら、もうこんなところにいる必要もないですね」
後ろの観客を気にせず、間をぬっていく。大平、桜田も続く。時々知り合いなのか、「大平さん!」「オーヒラ!」など囁き声が聞かれる。適当に手を振る。
誰かが広げている新聞紙に、クリニックの閉鎖が書かれてある。
「シロー先生。誤った選択を・・・」シナジーは眼を一瞬だが閉じた。
ステージの足津は時計をちらっと確認。
「・・・つまり当院に登録された方は、今後アルバイトを優先的に回します。好きな時を選んでアルバイトができるわけです」
「(一同)うおおおお!」
興味のない学生らは、戻っていく。大学祭を潰され、テンションが低めのようだ。
みなに配られたアンケート用紙のようなものに、医療スタッフは次々と書き込んだ。
氏名、電話番号、あるいはクレジットカード番号まで・・・
藤堂ナースらが、次々と回収していく。空が雲に隠れたせいで一瞬暗くなり、みな反射的に帰る準備にとりかかろうとした。妙な連帯感が生まれていた。何かいいことがありそうな。誰にでも優しくできそうな・・・。
シナジーは体育館の外でスリッパをダンボールに戻し、靴を履いた。
「あ、やっとメール来ました」
「ユウか?」大平がのぞきこんだ。
「渋滞につかまってたようで」
「何やってんだ・・・」
「もうちょっとで着くと」
シナジーはメールを打ち始めた。
<もう、来なくていいです>
送信。
「うわ~。ムンムンする暑さだわ・・・」桜田は上のボタンをはずそうとしたが、とっくに外されていた白衣だった
「きゃ!いやっ!」
思わず腕でガードし、シナジーの視線が疑われた。
「は・・・?」
いつもの真田スタッフの雰囲気に戻りつつある。
藤堂ナースは身が危険と思ったのか、足早に一足早く体育館へと駆けて行った。それとも集会の準備か。
藤堂隊長は、隊員服を脱いだ。
「あ~。やっとこの仕事から解放される!」汗が噴き出す。
「どうすんです?これからは」シナジーが見上げた。
みんな、体育館へと歩いていく。
「年金で、細々とやるよ・・・貯金はあるしな」
「退職金も、たんまりもらうわけですか。あれだけ大勢の患者を苦しめておいて」
「だから。それもわしっていうんか?言い方に気をつけんか・・・仮にそうだとしてもやな。わしらはあくまで上方の指示に従ったまで。搬送の行為に前も悪もないわけや。警察に聞いてみい警察に」
「上の指示?そうかな」
「お前らだってどうだ。ブラックリストの患者だの、病院が満床だのと言い張り診察もせず・・・苦しんでる患者をないがしろにしているのはお前らだろうが。こっちもさんざん、ひどい目に遭わされてきたんや」
痛いところを突かれた。
体育館には数百人座れるほどの椅子が用意してある。医者、学生らが導かれ、どどど・・と座っていく。前方の大きな時計はいつの間にか8時半。本日は業務を縮小しているために、出席率が高い。
緊張から解かれたせいか、喋り声がだんだん大きくなってくる。ステージ、足津が端から登場・・するが拍手は誰もせず。端でパソコンを操作する者。照明を調節する者。
鷲津の背後に大画面が投影。
「さきほどまでの短時間で、私が編み出したプランです」
「(一同)おおおおおお!」
「真珠会病院の経営は今後、解体。解体後、経営を譲渡しつつ、医師スタッフは大学病院のほうへ回していきます」
<真珠会>から→が<大学>へ向けて多数、示される。
マスクをして表情を隠した藤堂の娘が、ナースらとともに1列ずつコップを配る。
大平、シナジーにも1つ手渡された。
「この体育館。空調が全然、きかんな?」大平が汗をぬぐった。女医の桜田がおとなしく座る。
「よし。よし!よっし!」シナジーが足をジタバタしている。
「うれしそうだな。事務長さんよ」
「さっき聞いたんですよ。経営権は僕らの側に!どうぞ」回ってきたコップを大平に。
「いや。俺は・・あるから」腰のいつものコップを見せる。
「あ、そうでしたね。持病が」
すると周囲で、「じ?」「痔?」など噂が流れ始めた。
学生総代がマイクなしに、大声で叫ぶ。
「いやあ、この眺め壮観!うちの大学スタッフ!ナースは皆、美人揃い。みなさん、用意はいいですかー!ジュースは回りましたかー?用意は!」
どうやら乾杯の音頭のようだ。
「(総勢1000人余)カンパーイ!」
(拍手)着席。
「あれが足津・・・!」周囲のドクターらがひるむ。学生らが意味もなくメモする。
ノナキーも凝視した。
「・・・・・・!」
足津は、ゆっくりシナジーに歩み寄った。
「手紙は、もう読まれましたか?」
「真田病院、事務長の品川。初めまして。手紙ははい、さきほど拝見いたしました」
「そちらのアドレスも存じないようなので」
彼らは名刺交換をした。
足津はチラッと見渡し、本題に入った。
「今日は、そちらを潰すために参上したわけではありません。そもそも前回のケースを指揮したのは私ではなく、別のスタッフです。むろん処分はしましたが」
「(苦しい言い訳を・・・!)」
「株主の反対意見が過半数を上回り、私もこれ以上の経営継続は困難と判断し、真珠会病院をファンドから切り離す決意としました」
「株主?」
「しかし、去るからと言って濁してからではあまりにも武士の道理に反します。なのでこの大学の地において、早々と引き継ぎなどお願いいたしたく」
「それは・・・真珠会の経営をこちらに?」
「ま、そのことも含めてです」
シナジーは胸が躍った。自分なら、あそこの経営をうまいこと持って行ける。そんな夢があっただけに。だが、話が唐突すぎる。
「唐突なのも無理がありません」
「いっ?」心を読まれた。
「これは、株主らの決定なのです」
学祭実行委員が歩み寄った。
「こ、ここでは何ですから!体育館のほうで!」
そこはちょうど、大学祭の講演ステージとして用意してあり椅子が山ほどある。
藤堂の娘がぺこっと頭を下げた。
「本当に、真田の方々には迷惑をおかけして・・・」涙まで見せる。
「あなたは何人かを傷害していますので、弁護士を通じ手続きを取らせてもらいます!」
シナジーは怒りにふるえた。
「反省しております・・・!」彼女はしおらしく、うなだれた。
「ま、いいけど・・・!」シナジーはついつい、許してしまう。
「罪は償います」
「あなたはまだまだ、将来があるというのに。まだ女性の寿命の4分の1くらいでしょう?」
藤堂の親父はふんぞりかえっていた。
「ふん、まあそういうことだ。これまで・・すまんな!」
手を差し伸べたが、シナジーは応じない。
「うちの医局員が追い詰められたのは、あなたが原因じゃないんですか?」
「さあ・・知らん。何のことか、覚えがない」
「・・・・・」
「それより。テレビでも見たけど。あなたら仲間は、すぐに飛び込まなかったんですかいな?」
ノナキーは、こらえた。違う話題を必死で探す。
「すみませんが、当院とそちらの統合の際の採用の際はあくまでも・・・」
「あーいーよいーよ。わしらは出ていくから」
大平が走ってきた。
「シナジーさん!彼らを簡単に許していいのかい?ユウらが怒るよ!それにおい!」
ノナキーが、後ろで無言のまま。
「野中?さんか?医局員がひどい目にあわされたんだぞ?」
「で、でも・・証拠が」
「明らかだろ!」
大平は吠えたが、周囲のテンションは上がらない。
足津がチラッと一瞥した。
「ユウ先生とやらは?まだ到着はされていない?」
「もうじききます」シナジーは馬鹿正直に答えた。
大平は怒った表情で、トレーラー先頭車両を足で何度も蹴った。足音が近づいてくる。
「ユウ!じゃなかった大平さん!名を馳せた人のすることではないですよ!」
事情を聞きつけたノナキー医局長が助手を数十人従え、やってきた。助手らが一斉に大平をにらんだ。
ノナキーは周囲を気にし、拡声器を持った。
<し、至急、全員を体育館へと集めろ!>
みな、シナジーを滑り台前まで引っ張った。多くの学生らが△座りの上、ただただ傍観している。
「(医局員ら)どいてくれー!どいてくれー!」
「やめてください!交渉なんて!」シナジーは腕を振り払おうとするが、力が足りない。
「よし。ここから、ほら行け」と1医局員。
皆が注目している。
「あの。私のような末端が行っても」
「交渉してこい。お前の手腕で。あだ名が<孔明>なんだろ?おい。ここで予行してみろ!」島の声が聞こえる。車いすから指示。
「えっと・・・今日は日よりもよろし・・」
「ふざけるな!」島は杖で、背中を押した。
「ぎゃあ!」
シナジーは蹴飛ばされ、滑り台を両膝曲げて滑走し始めた。
「うわ~!」
滑走は底まで行くとグイン、と持ちあがり、反動で1メートルほど上昇、やや減速しつつも前方へ向かった。
「お~!」
視界の遠くに、横づけになった黒い車が見えた。
「わっ!」
ライダーキックポーズで脱出、背中からズデンとマットに逆着地した。
「ててて・・・先生ら無茶するもんなぁ・・・」
ホコリを振り払い、マットを降りる。気の遠くなる距離を、一歩一歩・・・。
救急車の外に1人立っているのが見える。救急隊員?
「藤堂・・・!」
救急隊の頑固オヤジと、その娘。娘はナースのスタイル。
「藤堂親子・・・」
「わざわざ言いなおさんでもいい!」ようやく聞こえた距離で、親父は怒った。
「さっそく本題に入る。足津理事からの伝言だ。さきほどは我らも驚きはしたが・・・」
シナジーは手紙を渡された。
「友好声明?」
1分後、シナジーは把握した。
「なになに。医師会からの思わぬ圧力があり、当院としてもこれ以上非・人道的な行為は慎むべきと・・・そこで今回、足津の直々のお出ましとともに、患者の各病院への平和的な受け入れを願いたい。・・ここでですか?」
「スタッフの減少により、真田病院が病棟を縮小して空床ぎみと聞いた。なのでよかったら、そのまま真田へ持ち帰ってもらえばいい」
「でしたら・・・ここまでわざわざ搬送しなくても」
「いやいや。我々が出撃したあとの決定だったので。トレーラーもすでにこちらに近い所にいるのだ」
シナジーは、まだまだ警戒した。
「おう、あれだ」隊長はじめ、みながのけぞった。
ガガガ・・・と小さな爆音で、トレーラーが竜のように正門に入ってきた。駐車場に配慮してか、一番入口に近い所に停車した。
エンジンが止まり、間もなく助手席のドアが開く。そこには不似合いな、スーツ姿の男が出てきた。
「あれが・・・あれが足津か!」
品川は何かを感じ、青空を仰いだ。
「あっ?あれは・・・」
「えっ?」ちょうどお金をポッケに入れたタイミングでもあり、学生はかなり驚いた。
ゥ~・・・とかすかに天に響く音。
「さては!」シナジーが空をにらんだ。
「えっ?早速ですか?」学生らは後ずさりし、散り始めた。シナジーは受付に電話。会話して切る。
「やはり、通常の搬送ではないな・・・!」
自転車に飛び乗って突っ走り、一目散に新玄関を目指す。
「ふっ!はっ!ひっ!」
ガシャーン!と倒しながら、新玄関へ。自動ドアをくぐる。
「来た!きた!」
滑り台の横、階段を上る。
滑走の練習を半ば遊びでしている学生ら、気まずくとりやめる。
事務室では、少し訓練された事務員がパソコンナビを見ている。
「来ます!第一陣!」
「ちょっと待て!」シナジー、駆けつける。
「待てません!正門開けます!」
「僕がやる!マニュアル通りで!」
品川の押したスイッチで、ゲートが右にゆっくりオープンしていく。
早くも診察目的で来た乗用車が、割り込もうとうする。
朝8時。
医局からノナキーが脱げかけの白衣で。
「品川さん!外来患者さん向けの注意書きはちゃんと貼ったのかい?」とノナキー。
「しましたよ!でも読んだのかどうかは」
「彼らは、救急の入口とかも関係なしで入ってきますよ!」
しかし、乗用車の入る隙はなかった。黒い救急車がいきなりサイレンを回し始めたからだ。
両側の車数十台はおののくように急停車した。
黒い救急車は、サイレンではありながらゆっくりと侵入してくる。
「とりあえずの、挨拶かな・・・」
「でしょうね」とノナキー。
「スタッフは?」
「まずは7人。滑走台の上です」
「足りんでしょうが」
「追加の7人が5分ごとに来ます」
「さすがですね・・」
「遅いですよ。褒めるのは」
大平が桜田とやってきた。
「おうシナジー!」
「大平先生に桜田先・・・ほかは?」シナジーは慌てた。
「あとの2台とははぐれた・・もうちょっとかかるらしい」
「スタンバイのヘルプを!」
「あんだけいりゃ大丈夫だろ!」
彼はいつでも降りれるように、改めて滑走台の長椅子の後ろへ。行こうとしたが、気を使ってか席を譲られた。
座ると、目の前にディスプレイ。品川の顔。
「なんだよ。あんたかいな!」
「出撃はまだですからね!焦らないで!」
「そう願う!」腰からジュースを取り出し、ストロー。
消化器科の丸眼鏡をドクターがいやらしそうに見る。
「真田の奴か・・・やっと来やがって」
「こ!こいつ!いやこの方は!」さらに向こうの消化器科。
「あん?どうしたあ?」
「近畿の医学雑誌の!僻地病院の将来に光を投げかけたという!」
「なに!」
みな、尊敬の眼差しで見る。大平は注目は慣れていた。
「これが終わったら、また僻地に戻ろうかってな・・」
後ろから伸びた手を握った。みなその女医に注目したが、すぐさま又大平に注がれた。
みな、握手を求めてくる。
「尊敬してました」「ぜひうちに」「なぜ真田に?」
シナジーは工学部の用意した望遠鏡で観察。
救急車が遠すぎて、しかも目隠しシールドで詳細が分からない。
駐車場の入口で止まっている。サイレンはまだ鳴っている様子。
「こっちに来る?」ノナキーはたじろいだ。
「もう、行きますか」シナジーは望遠鏡から離れた。
「分からん。判断してほしい」
「で、でも・・・」
「品川さん。ど、どうだろう。交渉してみては」
「ええっ?交渉?あっちの交渉ならともかく。はっ?」
気がつくと、医局員が数名取り囲んでいる。
そのころ、大学病院では・・・
新玄関前。
警察の捜索は、いつもの大阪らしく何も見いだせず撤退。島を背後から襲った<注射針事件>も未解決のまま。
その新玄関前、長いが幅の十分な道路が数十メートルあり・・・そこから前面に解放された大駐車場。患者用の駐車場も修復が完了し、ガードマンが数人ほど配置されることになった。
その駐車場の外側面で、シナジーは段ボール箱をあちこちに蹴っていた。
「なにが大学祭ですか!こんなもの!」
「やめてください!」実行委員ら学生が止めに入る。
「彼らがもし今日来たら、どうするんです?」
「僕らだって、手伝いますから!とにかくやめて!」
駐車場の周辺、大学祭に向けた準備が進行し、障害物が目立っている。シナジーは、空いている駐車場とはいえ学生らが利用しているのが気に入らなかった。
「何なんですか!この線路は!あ。でも待てよ・・・」
病院見学ツアーのための、トロッコ線路だ。
「これは・・貨物列車か何かですか?」
近くの学祭委員が答えた。
「いえ。これはレールの上を3両の段ボール製トロッコが滑走するものです」
「各部署との、行き気に使えるかな・・・」
「はあ。地図はあれですが」
「・・・・・」
近くの掲示板、大学病院の地図。
「病棟の一部や、輸血部などの棟と行き気ができる」
「あの、学長を通していただかないと」学生は興奮しかけたが、すぐにおさまった。
握られた手を開くと、シワシワの万札が数枚。いや10枚近くはある。
「これは・・」
「とっといてください」シナジーは知らんふりした。
「はあ・・・まあ。でで、でも学祭は今日からなんで・・・」
「もしもの時、にですよ。あなた何年生?」
「4年」
シナジーは一瞬、近づいた。
「就職のときは、コネ差し上げますから」
「おお、お願いします」
シナジーは、白い巨塔を振り返った。
大学の士気は、相変わらず低下していた。新たに結成された胸部・消化器グループも今の時点では全くまとまりがない。というより、スタッフは皆自分自身のことで精いっぱいだった。
朝から夕方まで仕事が終わって、それで当たり前。予測不可能な事態に備えても、毎日それに時間を割く余裕はない。
まるでこの国の縮図のようだ。末端は末端だけに、余裕がない。その容量に仮想メモリはない。
会議の緊張感があったとしても、何日もたつとそれらは忘れられていく。
コンテナ内に無限に続く2段ベッドを、シローとマーブルが手分けしていく。電子カルテの薄いノート板に、バイタルなどが入力。板の右上が時々光っている。足津らがリアルタイムに確認しているのだろう。
マーブルはもう手慣れたものだった。
「最初はな!こういうのは俺も抵抗を感じてた!でもなシロー!」
「は、はい」
「俺たちのような落ちこぼれの気持ちを、理解させるための儀式なんだよ!これは!儀式!」
「(松田院長も、似たようなことを言ってたな・・・)」
「そしたらな!世間は考え直す!ホントの正義が何で、何がホントの悪かをな!」
ようやく最後尾での仕事も終え、シローは後ろの窓の外を眺めた。
約束された太陽が、昇ってくる。
その中に、彼は家族との再会を願い込んだ。近くでダーツを練習する、藤堂ナースが、ふとその手を止める。
♪
もう少し・・・・傍にいて・・・・
幾つもの夜を・・・
ひとりきり過ごしてきた・・・・
ぬくもり・・・・
ほほえみ・・・・
頬にかかる甘い吐息・・
同じ太陽を背に、ユウらのドクターカー3台もビルの間を向かっている。
ユウもまた・・・シローと似た、どことない孤独を感じていた。かつて過去の自分が満足していたであろう、触れずとも壊れない夢のいくつかを心の支えに。
♪
愛はいつも・・ 悲しみ・・・だけを・・・
君の・・・もとに・・・残してきたけどおおお・・・おおおお・・・
もう泣かないで 僕は君だけのもの・・・
マーブルはもう手慣れたものだった。
「最初はな!こういうのは俺も抵抗を感じてた!でもなシロー!」
「は、はい」
「俺たちのような落ちこぼれの気持ちを、理解させるための儀式なんだよ!これは!儀式!」
「(松田院長も、似たようなことを言ってたな・・・)」
「そしたらな!世間は考え直す!ホントの正義が何で、何がホントの悪かをな!」
ようやく最後尾での仕事も終え、シローは後ろの窓の外を眺めた。
約束された太陽が、昇ってくる。
その中に、彼は家族との再会を願い込んだ。近くでダーツを練習する、藤堂ナースが、ふとその手を止める。
♪
もう少し・・・・傍にいて・・・・
幾つもの夜を・・・
ひとりきり過ごしてきた・・・・
ぬくもり・・・・
ほほえみ・・・・
頬にかかる甘い吐息・・
同じ太陽を背に、ユウらのドクターカー3台もビルの間を向かっている。
ユウもまた・・・シローと似た、どことない孤独を感じていた。かつて過去の自分が満足していたであろう、触れずとも壊れない夢のいくつかを心の支えに。
♪
愛はいつも・・ 悲しみ・・・だけを・・・
君の・・・もとに・・・残してきたけどおおお・・・おおおお・・・
もう泣かないで 僕は君だけのもの・・・
早朝。
真田病院も、いよいよ出発の準備にとりかかる。事務所の外は真っ暗。だが室内ではライトがさんさんと輝く。カアア・・とあちこちでアクビ。
ユウは背中のチューブを何度も抜く練習。
「しゃ!しゃ!しゅ!しゅ!」
カチャン、と右腰にかけてある喉頭鏡。
左手でライトをバシュンバシュン!と点灯。
「ダダッシュダダッシュダダッシュアー!アー!」
「(一同)うるさい!」
「ごみん・・・」
トシ坊は胸からパソコンを開け、ノートスタイルで大学の構造図など。薬剤在庫の状況。人員の管理表。
「自分は、ここで待機します」
大平はジュースを片手に、もう一方で救急マニュアルを速読。
「休養は十分に、取らせてもらったぞ!」
「本当に?」
女医が現れたとたん、みな方々へ散らばった。
さらにピート、ザッキーがやってきた。差し入れを持ってきているが、誰も目もくれない。
ピートはDCなど救急道具を確認。
「なくすなよ・・・!ザッキー!」
「ああ。ピートさんも待機か」
「オーヒラと、その彼女はどーすんだ?」
桜田女医が、ドンと構えた。
「いきます!2人で動きますので」
「おいおい・・」
「そのほうが、効率的です。大学だって2人態勢だし」
「そりゃ、研修医はフォロー付きが当然だろ。うちは個人プレーが売りだ」
「違うぞ。ピート」ユウが靴ひもを縛りながら呟いた。
「そっか?」
「ていうか。時々違うぞ。お前は」
「日本人はそう決めつけるよな。だが俺は個人個人としての考えが」
「いや。違うと思われたら、違うかもしれないってことだ」
「なに?」
「そう思った経験が、最近なくはないか?」
「俺?それともアメリカ国民に言ってる?」
「だからお前の国は、どんどん医療企業が肥え太って・・・デメリットをかき消すほどのメリットを称賛する」
田中は、中央に立っている。
「ほらほら、そこで国際紛争起こさない!」
ピートはうつむいていた。
「ユウ。お前はここの業務を捨ててまで、よその関係ないとこを援助に行く」
「それも違うってピート。大学には人材派遣という借りがある」
「日本人は、そんなお人よしだから・・」
「今でも、騙されてんだろな。きっと」
みな、大荷物を背負った。
「よし!行くぞ!」
ドクターカーが3台、地下から地上へ飛び出した。ユウの乗る赤い(新装)ドクターカー1台が先陣をきった。田中事務員が運転。
トシ坊とピートが、ベランダから見送った。小さく頼りない手振り。
ユウは、いろいろ考えた。しかし、考えるほど鬱になる。もう何もかも早く終わらせてしまいたい。
「奴らの中には兵隊や鉄砲玉がいるとの情報がある。電気女が来るなら、打ちのめしてやろう!」
「ちょっと黙っててください」運転手の田中。
「ごみん・・」
田中は、ある目標を見つけた。
「高速に乗ります!」
事務員のアクセルで、ズドンと消えた。
真田病院も、いよいよ出発の準備にとりかかる。事務所の外は真っ暗。だが室内ではライトがさんさんと輝く。カアア・・とあちこちでアクビ。
ユウは背中のチューブを何度も抜く練習。
「しゃ!しゃ!しゅ!しゅ!」
カチャン、と右腰にかけてある喉頭鏡。
左手でライトをバシュンバシュン!と点灯。
「ダダッシュダダッシュダダッシュアー!アー!」
「(一同)うるさい!」
「ごみん・・・」
トシ坊は胸からパソコンを開け、ノートスタイルで大学の構造図など。薬剤在庫の状況。人員の管理表。
「自分は、ここで待機します」
大平はジュースを片手に、もう一方で救急マニュアルを速読。
「休養は十分に、取らせてもらったぞ!」
「本当に?」
女医が現れたとたん、みな方々へ散らばった。
さらにピート、ザッキーがやってきた。差し入れを持ってきているが、誰も目もくれない。
ピートはDCなど救急道具を確認。
「なくすなよ・・・!ザッキー!」
「ああ。ピートさんも待機か」
「オーヒラと、その彼女はどーすんだ?」
桜田女医が、ドンと構えた。
「いきます!2人で動きますので」
「おいおい・・」
「そのほうが、効率的です。大学だって2人態勢だし」
「そりゃ、研修医はフォロー付きが当然だろ。うちは個人プレーが売りだ」
「違うぞ。ピート」ユウが靴ひもを縛りながら呟いた。
「そっか?」
「ていうか。時々違うぞ。お前は」
「日本人はそう決めつけるよな。だが俺は個人個人としての考えが」
「いや。違うと思われたら、違うかもしれないってことだ」
「なに?」
「そう思った経験が、最近なくはないか?」
「俺?それともアメリカ国民に言ってる?」
「だからお前の国は、どんどん医療企業が肥え太って・・・デメリットをかき消すほどのメリットを称賛する」
田中は、中央に立っている。
「ほらほら、そこで国際紛争起こさない!」
ピートはうつむいていた。
「ユウ。お前はここの業務を捨ててまで、よその関係ないとこを援助に行く」
「それも違うってピート。大学には人材派遣という借りがある」
「日本人は、そんなお人よしだから・・」
「今でも、騙されてんだろな。きっと」
みな、大荷物を背負った。
「よし!行くぞ!」
ドクターカーが3台、地下から地上へ飛び出した。ユウの乗る赤い(新装)ドクターカー1台が先陣をきった。田中事務員が運転。
トシ坊とピートが、ベランダから見送った。小さく頼りない手振り。
ユウは、いろいろ考えた。しかし、考えるほど鬱になる。もう何もかも早く終わらせてしまいたい。
「奴らの中には兵隊や鉄砲玉がいるとの情報がある。電気女が来るなら、打ちのめしてやろう!」
「ちょっと黙っててください」運転手の田中。
「ごみん・・」
田中は、ある目標を見つけた。
「高速に乗ります!」
事務員のアクセルで、ズドンと消えた。
やっと開いたエレベーターの扉。ボタンを押して入ってきた末端が驚いた。
「あ!先生方!もも、申し訳・・」
「いや、いい」
マーブルはシローを引き連れ、外へ。蒸気で視界がぼやける。黒いトレーラーが横向けに震えている。排気ガスがブオンブオン、と退屈そうに噴き出す。彼らはそれをよけながら、最前列車両へ。
「シロー!松田のようにはなりたくないだろう?」
「松田先生・・・槇原先生。松田先生を一体誰が」
マーブルは押し黙り、タイヤをよじ登って助手席を開けた。
「俺じゃねえよ!」
「・・・・・・・」
シローも乗り込んだ。運転席には隊長が・・まだ来てない。向こうの怒号がそのようだ。最終の点検にかかってる。
後ろからかがんで来た藤堂ナースに、助手席は占領された。マーブルはケツを叩いた。
「よっ!女王様!」
「たっ・・・!ひょっとして死ぬ?」
いきなり腰から取り出したパッドの赤外線が、マーブルの額に浮かんだ。
「冗談冗談!」
「・・・・・」
「冗談だって!おい!」
しかし、彼女の表情がだんだん険しくなる。マーブルはいつものノリでないと悟った。
「やめ・・・やめてくれ。すまん。たのむ」
フッ、と赤い点が消えた。マーブルは数秒うつむいていたが顔を上げた。
「ぼ、ぼやっとするなシロー!2両目以降の、患者の状態確認といくぞ!」
マーブルはノート型の電子ノート板を2つ取り出し、1つをシローに渡した。
「患者の状態はここにな。ペンで入力」
「さっき、説明を受けました」
「ネットで繋がってるから。足津さんも見てる」
「はい・・・診てれば・・いんですよね。なら・・」
マーブルはいきなり胸ぐらをつかんだ。
「仕事は!選ぶな!」
「ひっ!」
シローは患者状態を確認に回った。マーブルは助手席の藤堂ナースの後姿を見ていた。
「大学病院の学長が調印したら、新玄関は俺のものな!」
「あっそ」
「人事権も与えてくれるんだよ!」
「はいよ」
藤堂の娘には、欲はまるで眼中になかった。
運転席、やっと隊長が乗り込んできた。
「あーっ。ペッ!」タンを吐く。
ドアが閉まる。
「制裁か・・・わしはそんなつもりじゃ、なかったんだがな」
「・・・・・」娘は無言。
「あの女医が、あそこまでなるとは計算外だったんだ」
「・・・・・」
「大学のスタッフが当分助けにこないなんて、わしは思ってもみなかった」
「・・・・・」
「そういう根性がないと、医者になれんらしいな・・・そういうもんか」
「・・・・・」
「おかげで、決心がついた!」
ライトがつけられ、明るい霧の向こうに筋が2つ差し込んだ。
1時間にも及ぶお経を抜け出す形で、藤堂隊長・ナース、シロー医師、マーブル医師は縫うように群衆の間をかき分けた。耳ざわりな読声が、ダイレクトに耳に飛び込んでくる。
シローは、ユウならこう言うだろうなと思った。
「アルファ波、出まくってるな・・・」
そうしている間、装束様の服装が知らん間に白衣、隊員服に変わっていく。藤堂ナースは黒いレザー。確かに、ナースの仕事は今回はお預けだ。
隊長は心配そうにおいかける。
「つらいだろうが、足津さんの命令だ。傍観者に徹しろ!」
「・・・・」
「お前、なんであの場であんなことを・・・」
「・・・・」
「藤堂家では、封印していたことだろ!」
娘は、キッと振り向いた。
「確かに、私が手を出さなくとも彼らは潰れる」
「ううっ・・」
「その間に、私にも調べておきたいことがある」
「なにっ・・」
父親は、人生で初めて娘に脅かされた。
シローは、マーブルに肩を組まれている。
「いいか。この先で地下に降りたらトレーラーの眠るドックだ。往診開始だ」
「で、でも今から大学へ出撃するって」
「だから何だ」
「だからって・・・それは往診じゃなくて」
マーブルはエレベーターの地下行きボタンを押した。
「お前さあ。俺がここまで生き残るのに、どれだけ地獄を見てきたのか知ってるか?」
「いえ・・・」
エレベーターの中、マーブルは昔話を始めた。
「俺がお前と会ったのは確か・・・」
大学病院でだ。このとき俺、槇原は・・・当時の時代の寵児・草波の経営する医療コンサルタントに登録していた。
研修医の1年目、誰にもカバーできないミスを犯してしまい、拾ってくれたのがあの方だ。今でも感謝はしている。
「(一体、何をしたんだ・・・?)」シローは思った。
「まあ聞け・・・で、大学でお前やトシ坊に会うことになる。大学病院でもやはり人間関係に疲れ、そのあとさらに拾ってくれたのが真田病院の本院だ。これも草波さんの配慮だ」
「ですが、その病院は今は・・」
「ああ、なくなった。業績の悪い本院が潰されたわけだ。俺はお前ら真田スタッフをいくら恨んだことか・・」
「でもそれは・・」
「いや。それはもういい。人間の怒りなど、時間の経過で覚めてしまうようにできてる。で、問題はその後だ。改めて真珠会病院に募集して生き残った俺は、物凄いノルマと良心の間で悩み、悩み抜いた」
「そんなに過酷だったのですか・・」
エレベーターは、とっくに停まっている。
「ああ。患者数はもちろん、検査数は決められ、常人には考えられない治験、呼び出しは24時間体制の完全主治医制。期間限定の出張では他の科を学ばされ、いきなり呼び戻された。洗脳合宿が1ヵ月に1回。徹底的にしごかれる」
「辞めればよかったんじゃ・・・」
「そうはいかん。俺にはもう後がなかった。外車や豪邸。莫大な借金も抱えた」
シローはたった5分で、ある人生の悲惨な末路を聞かされたようだった。
「(この人。もう医者じゃなくなってるな・・・)」
「金のためにやる馬鹿と思うなら思え。だがな、シロー。考えてもみろ。世の中正直に生きて、どうなる?今の医者どもを見ろ!どいつも偽善者ばかりだ!患者の予後が、医学の将来がどうだと?過去の清算はどうした?お前らのしてきたことは!」
バーン!と拳が壁に当たった。
「真田の奴らも大学の奴らも。自分らだけサクセス風吹かしやがって!抜け駆けは許さねえ!」
これから取る、彼らの狂気じみた行動・・・。シローはその<彼ら>に入ってしまうんだろうか・・・。まだ何もしていないのに、身につまされる彼だった。
藤堂隊長とその娘は、その宗教に入信して間もない。彼らは今回のお祈りのほか、<体験発表>という宿題を出されていた。
藤堂ナースはステージに立ち、原稿を握った。
「これより、我々はこの宗教団体を代表し、現在の日本人を今後の誤ちから救うため、ある行動に出ます」
聴衆らは、具体的なことは知らない。ただ、日頃のアピールのみに人生を没頭させている彼らにとって、破壊的な行動は逆説的に建設的なものだった。その際、選ばれた彼らは破壊されるのではなく、破壊の後に君臨する。その時をただ待っている。
このナースら一団が何であるかなど、個人的な疑問は抱かない。そういう習慣などついてない。外界への鍵は持っておらず、だからこそ彼らは魂を譲った。
「さて、あたしの体験談は・・・約5年前。大学病院で祖父を亡くしました。高齢ではありましたが、まだしっかりした方でした」
聴衆の1人、父親の隊長はなぜかかなり焦った表情に変わった。
「あいつ、適当な話のはずが!」
「当時私は看護学生で、関東の方にいました。父が自ら隊員として大学病院へ搬送してくれました」
皆の羨望のような視線が、隊長に注がれる。
「父によれば、夜間の当直の医師はその場でアタフタするだけで、ろくな説明もなく結局助けることもできないまま・・・救命処置は父が1人で。間に合いませんでした」
彼女は声を詰まらせた。本心なのかどうか・・・。
「そんな人間に任せていた、あの病院が私は憎い・・・」
聴衆は、声もない。
「その医師には、ついこの間。父が<制裁>を加えてくれました」
場違いな拍手が一部で。
「でも、あたしは気が済まない。絶対に嫌。あの医局を一躍有名にした、真田病院のスタッフも同罪だ」
隊長が、<もうやめとけ>サインを出す。
「で、父はその際にこの宗教に入信しました。それからの父は・・」
(拍手)
「皆さんもご存じのとおり、隊長としての目覚ましい活躍、ファンドの株主としての成功」
(拍手)
隊長は、しかし快い表情ではなかった。
「ぬうう・・・」
藤堂ナースは、遠くから出発のサインを受け取った。携帯も同時にバイブした。
「私も、ぜひこの宗教に入信し、<実行部>として今後の皆さんの願いを叶えていきたい!」
シローは、後ろの方の列で家族を探した。
「・・・・・ダメだ。分からない」
出発の前に家族を見つけ出せるはずもなく・・・。ましてや逃げ出す道があるわけでもない。行き当たりばったりの道の末に、時は収束してくれない。
運命の時は近づこうとしている。
真珠会。
シローは医局に通された。近代的なミニ図書館のよう。すると・・
「ああっ!きさまは!」
「あら」藤堂の娘だ。ナース姿で各医師らから指示受け中。
「いや、その。すみません。見事な作戦でしたね」
「シローこそ。おめでと」
「最初から、ここに来る予定だったんですね」
「あなたもでしょ?」
「僕はぁ、僕は、違います・・・」
マーブルはシローの横に回った。
「シローは心変わりしたのさ。もうついていけないってな」
「・・・・」シローは否定せず。
マーブルは藤堂ナースから距離を一定に置いた。
「こいつはいやな女だがな、彼女はお前を見込んでくれたんだ。こちらには、逐一報告があった」
「試したっていうんですか・・・」
「だからさ。お前はここにいる」
周囲、張りつめた雰囲気が支配する。ただ、ふつうの病院のふつうの医局であるという印象は変わらない。
「ではシロー。俺は事務に行くからな。あとでトレーラーの点検だ」
「点検?」
「さっそくの<往診業務>だ」
「往診にトレーラー・・・」
しまったと思った。どういうことかぐらいは分かる。
横に、彼女が腰かけた。
「君の本当の目的は、何なんだ?」シローが問う。
「へー?何だと思う?」
「救急隊長の父親と、同じ道を?」
「あたしはナースだから。できっこない。ていうか、救命はやる気もない。ナースらしくあんたらの指示を受けて・・リスクをヘッジするだけ」
「あなたも金のため?」
「そりゃ金は要るわ。あんたもそうでしょ?」
「・・・・・」
彼女は本音を言おうとしない。言うはずがない。
足津は1人、部屋で株の変動を見ていた。のではなく、どこかと通信していた。
「我々が大学を乗っ取った場合、私のパソコンからメールが一斉に放出されます」
<その乗っ取りは・・・今から実行に移すのかね?>
「例によって契約を即時実行なら、こちらも前もって出資しておく」
相手はどこかの取引先。だが誰かが割り込んできた。
<真田病院の医師らが、防御するという噂もあるが・・・>
「それは大丈夫です。彼らは孤立するでしょう」
<その具体的な計画は・・・>
「企業秘密です」
足津はヘッドフォンをかけ直し、話を変える。
「そちら方に病院を転売する話は後として、転売前の整理について検討しておきたいと思います」
<うむ>
「学長に大学の買い取りを認めさせる前に、病院業務のある程度の切り捨て、スタッフの契約を済ませます」
<疲れてる間にさせるわけか>
「はい。その契約は1年は有効。その後そちらでの転売先での条件に切り替わります」
<それが、どれだけ過酷なものかは・・・>
「それを事前に知らされたら、誰も残らないでしょう」
悪魔の契約をさせられた場合のシナリオはひどいものだった。あるドクターバンクに登録され、常にいろんな契約をさせられる。
それは書類上のもので、つまりその医師を名義にして次々と巨額の取引がなされる。当然、借金は度重なり負債が増える。
その間医師は通常の業務を続けるが、最終的な責任を知るのはかなり後の話である。
現状でも、似たようなものはたくさんあるが。
<とにかく、私はそちら関連の株をかなり買い占めてる。暴落の内容に事を進めろ!>
「ごもっとも」
藤堂隊長が入ってきた。
「お呼びでしょうか!」
「あと2時間で、出撃態勢を整えてください」
「2時間!・・わかりました」
「噂では、娘さんが計画の実行を急いでいると?」
「は?彼女にそ、そんなつもりは・・・」
「今回の任務で、彼女は降ろしますので」
「うっ・・・」
鷲津は一瞬、睨みつけた。
「勘違いしないでください。当局が関知しない、ということです」
つまり、こちらは命令せずとも何をしてもよい、ということだ。
「トレーラーはコンテナ8両。患者数64人。あと重傷者を救急車36台」
「ざっと100名・・・」
「お願いします」
「今回も、場合によっては引き返しを・・」
「もう、あんなことはやめてください。株主からの信用を失います」
「ははっ!」
「娘さんに何の私情があるのか存じませんが、契約に私情は禁物です」
藤堂は少し悔しそうだが、すぐに立ち直った。
「夕方のお祈りを済ましてから、出撃としたいのですが」
「・・・・いいでしょう」
「はっ!」
会場では、すでに信者が何千と集まっていた。
シローは医局に通された。近代的なミニ図書館のよう。すると・・
「ああっ!きさまは!」
「あら」藤堂の娘だ。ナース姿で各医師らから指示受け中。
「いや、その。すみません。見事な作戦でしたね」
「シローこそ。おめでと」
「最初から、ここに来る予定だったんですね」
「あなたもでしょ?」
「僕はぁ、僕は、違います・・・」
マーブルはシローの横に回った。
「シローは心変わりしたのさ。もうついていけないってな」
「・・・・」シローは否定せず。
マーブルは藤堂ナースから距離を一定に置いた。
「こいつはいやな女だがな、彼女はお前を見込んでくれたんだ。こちらには、逐一報告があった」
「試したっていうんですか・・・」
「だからさ。お前はここにいる」
周囲、張りつめた雰囲気が支配する。ただ、ふつうの病院のふつうの医局であるという印象は変わらない。
「ではシロー。俺は事務に行くからな。あとでトレーラーの点検だ」
「点検?」
「さっそくの<往診業務>だ」
「往診にトレーラー・・・」
しまったと思った。どういうことかぐらいは分かる。
横に、彼女が腰かけた。
「君の本当の目的は、何なんだ?」シローが問う。
「へー?何だと思う?」
「救急隊長の父親と、同じ道を?」
「あたしはナースだから。できっこない。ていうか、救命はやる気もない。ナースらしくあんたらの指示を受けて・・リスクをヘッジするだけ」
「あなたも金のため?」
「そりゃ金は要るわ。あんたもそうでしょ?」
「・・・・・」
彼女は本音を言おうとしない。言うはずがない。
足津は1人、部屋で株の変動を見ていた。のではなく、どこかと通信していた。
「我々が大学を乗っ取った場合、私のパソコンからメールが一斉に放出されます」
<その乗っ取りは・・・今から実行に移すのかね?>
「例によって契約を即時実行なら、こちらも前もって出資しておく」
相手はどこかの取引先。だが誰かが割り込んできた。
<真田病院の医師らが、防御するという噂もあるが・・・>
「それは大丈夫です。彼らは孤立するでしょう」
<その具体的な計画は・・・>
「企業秘密です」
足津はヘッドフォンをかけ直し、話を変える。
「そちら方に病院を転売する話は後として、転売前の整理について検討しておきたいと思います」
<うむ>
「学長に大学の買い取りを認めさせる前に、病院業務のある程度の切り捨て、スタッフの契約を済ませます」
<疲れてる間にさせるわけか>
「はい。その契約は1年は有効。その後そちらでの転売先での条件に切り替わります」
<それが、どれだけ過酷なものかは・・・>
「それを事前に知らされたら、誰も残らないでしょう」
悪魔の契約をさせられた場合のシナリオはひどいものだった。あるドクターバンクに登録され、常にいろんな契約をさせられる。
それは書類上のもので、つまりその医師を名義にして次々と巨額の取引がなされる。当然、借金は度重なり負債が増える。
その間医師は通常の業務を続けるが、最終的な責任を知るのはかなり後の話である。
現状でも、似たようなものはたくさんあるが。
<とにかく、私はそちら関連の株をかなり買い占めてる。暴落の内容に事を進めろ!>
「ごもっとも」
藤堂隊長が入ってきた。
「お呼びでしょうか!」
「あと2時間で、出撃態勢を整えてください」
「2時間!・・わかりました」
「噂では、娘さんが計画の実行を急いでいると?」
「は?彼女にそ、そんなつもりは・・・」
「今回の任務で、彼女は降ろしますので」
「うっ・・・」
鷲津は一瞬、睨みつけた。
「勘違いしないでください。当局が関知しない、ということです」
つまり、こちらは命令せずとも何をしてもよい、ということだ。
「トレーラーはコンテナ8両。患者数64人。あと重傷者を救急車36台」
「ざっと100名・・・」
「お願いします」
「今回も、場合によっては引き返しを・・」
「もう、あんなことはやめてください。株主からの信用を失います」
「ははっ!」
「娘さんに何の私情があるのか存じませんが、契約に私情は禁物です」
藤堂は少し悔しそうだが、すぐに立ち直った。
「夕方のお祈りを済ましてから、出撃としたいのですが」
「・・・・いいでしょう」
「はっ!」
会場では、すでに信者が何千と集まっていた。
大学病院では、夜遅くまで教授陣以外のスタッフがカンファレンスしている。
だがシナジーにとって、話は思わしくない方向に行きつつあった。
クリニック閉鎖の情報もあり、いよいよ真田病院が本格的にヘルプする方針に。
「真田からは、ユウキ先生。これが第一陣隊長。トシキ先生が第二陣隊長。第一陣はまずプライマリケア的に振り分けを行い、重症への第一次的な処置を行う」
各隊長は、それぞれマネージメントを行う。
などなど、黒板に分かりやすく書く。
「第二陣は、緊急以外だが入院までの全範囲。ここでは速効性より知識・内容が問われる」
ノナキーは別のペンで描き足す。
「したがって・・・第一陣にはよく動く、研修医らを主体に置きます。各患者1人、指導医の資格のある者を」
「資格よりも、能力を先生」シナジーがはさむ。
「そ。その評価は。各教室の勤務評定で用いて判断します」
「なんでまた・・」
「いちいち、口を挟まないでもらえますか?」
みな、賛同した。
シナジーは納得できない壁に何度もぶつかっている。
「いいでしょう。2陣には検査担当医師を中心とし、中堅医師を配備。方針が決まったら2次的処置をして、入院手続きを」
「・・・・・」ノナキーもすぐにハイとは返事しない。
「この1・2陣でたいていのカタはつきます。で、病棟への搬入方法は・・・」
工学部生の作った模型が置かれる。
「これは?」超合金のような模型・・・サイドカーのような形。
「これはベッドサイドカー。バイクの横に、ベッドをくっつけたものです」
「(一同)おぉ~」
「搬送されたベッドの真横めがけ、ベッド柵とバイクがパイプで接続されます。バイクの横に棒磁石が2本」
「2本とも伸ばすと、柵にひっかかるわけですか」と助手。
「ええ。なので1・2陣であとは入院と決まれば、バイク便がお迎えにおおっと。お出迎えになるわけです」
「これも学生らにさせればいいな・・・」とノナキー。
「しかし転倒などのリスクがあります」
「医療スタッフで診療から離れてるとなると、基礎系の人間たちだな。使いようだ」
「・・・・・」シナジーは口を挟まず。
「よし。教授通して、頼んでみる」
ノナキーは、あくまで病院スタッフ全員を使う頭だった。しかしこの計算は甘すぎた。
真田病院では、会議室でケーキなどがふるまわれていた。患者側からのサービスだ。
大学への要請援助にも応えることにもなり、立場的に悪い気もしなかった。
ユウは食べ終わり、外を見た。
「やっと、まともな救急が来るようになったな!」
「何かの前触れかも・・」トシ坊は淡々と喋る。
「いけね。もう帰らんと!」
「大学へはいつ?」ピートが聞く。
「そのうちだ。大学はシナジーが監視してくれてる。ノナキーの補佐役。やっぱりあいつは孔明だよ!」
すると、大平がゆっくり歩いてきた。
「・・・・・」
「大平。顔色悪いぞ。だから復帰はもっと様子・・」
「す。座らせてくれ」
ドカッと椅子に。
「・・・・・」大平は、ユウに耳打ち。
「なんだって?松田先生が・・・」
「ちょっと俺、寝てくる」
「そうか・・・」
不思議と、ショックはあまりなかった。自分はそんなものなのかと驚いた。
「(俺の中の、何かが麻痺してきている・・・!)」
ピートは大平の身体所見を取り出した。
「脈は速いが、ま、いけるだろ!」
「触るな。すぐに回復する」腰に抱えたジュースを飲む。
「また低血糖なんだろ。補給を忘れるなよ!・・って、余計なお世話か」
桜田女医が、うつむいて車椅子を押してきた。
「・・・・・」
大平は無言で乗る。
「・・・・・」
大平は取っ手の彼女の手のひらを握った。
「ここに来て。つらいことだらけだな」
「うん・・・」
キュルキュル、ときしみながら車いすが遠ざかる。
そこへ田中事務員が飛び込んできた。
「松田クリニックが、とうとう閉院したぞー!」
「(一同)おおおおおおおっ!」
ユウは、まだ松田院長のことが実感できない。
当然、真田病院には患者が溢れだした。休養中のスタッフはみな呼ばれたが、事情を聞いて喜び勇んだ。
「はいはいどうぞ!こちらへ!」「3番の方ー!」「入院希望2名ー!」「搬送、入ります!」
救急車も続々と、到着。救急はもうここ3日真田だけが受けている。
滑り台の上、大平と女医が並ぶ。
「大平!救急搬送診ます!」
「同じく!」と女医。
ズドーン!と2人同時に滑走。横でユウが傾いた。
「夫婦で医局は、肩身が狭いんだよ!ユウ2台目!搬送待ち!」
上目遣い、クリニックに出入りする役人・段ボール箱。
「何をしたかは知らんが・・・終わったようだな!松田!」
ズドーン!と寂しく滑走開始。
後ろ、田中が立っている。
「患者さんが・・患者さんたちが戻ってくれた!」
松田は呆然とし、クリニックの前の7段階段をゆっくりと降りた。
「・・・・・・・なぁ。なぁ」
建物は答えない。
「・・・なぁ。よしとくれよ。情けはないのかよ。なぁ。わっ」
よろめき、左腕をもろに転倒した。ローレックスの時計が鋭く裂けた。赤い血も出た。
「くぅ・・・!」
正面、真田病院の駐車場では白衣が複数人、走っては救急診療に向かう。その処置も落ち着いたようだ。みな、散開している。
大平は駆け足で、駐車場いっぱいまで出た。
「あれ・・・あれは!」
「え?」女医が追いついた。
「向かいの院長だ!自殺か?」
「じ、事務を呼びます!」
「頼む!」
女医は携帯をかけつつ、走って行った。
大平は見つめた。
「死のなよ・・院長!」
松田は激しい眩暈をもよおしていた。
往来の激しい道路を見ていると、チワワが安全地帯にいる。こっちを・・撮影している。
「テメェ・・・テメェ!」
ダッシュしようとはするが、おびただしいクラクションの嵐にあう。
「てえっ!ボケ!ボケが!」
赤信号になり、一瞬車が途絶えてきた。松田は走った。
「この野郎!俺を見てるか!お前らのせいで!」
ポケットのディバイダーの針を、ピキンと空に向けた。
「せめて、お前だけでも殺したる!」
そのとき、フッと何かが飛んできて松田の背中に当たった。
「たっ・・・。注射針?う・・・」
背中に手をやり、そう感じた。
「・・・・・・」
間もなく眠くなり、彼はそのまま交差点の真ん中で崩れ落ちた。
青信号で飛び出した車たちは、そのまま容赦なく突っ込んでいった。
足津理事より携帯を受ける、点滴中の<患者>。
「もしもし・・・今、クリニックです」
「それはいいとして。ナースの行動は見ましたか?」
「風邪で点滴してくれといったら、あの院長は診察もろくにせずで。かなり参ってる様子というか」
「ナースの行動は?」
「えっ・・ああ」
私服警官のような男は、ベッドに座った。よく観察する。
「違法行為など、今のところは見受けられませんが・・・・・ああぁ!」
他のナースがその私服を再び寝かせようとしたが、彼は反動のように跳び上がった。
「うりゃあ!」
「(ナースら)ぎゃああ!何!」
指差したその前方には、レントゲンスイッチを押したばかりのナースがまだスイッチを持っていた。珍しいことではないが、このクリニックでは伝統でやっていた。
「診療中止!診療中止!」
「えええっ?」ナースはパニクった。
「すべての診療行為を中止せよ!繰り返す!」
すると同時に、背広が何人も箱を持って突撃してきた。待合の患者の間をぬって。
「診療中止!診療中止!」
真珠会病院でも、ハッカーがケラケラとウケていた。
「診療チューシ!診療チューシ!ケエッケケ!」
クリニック内。1人の背広が事務室の電源を落とし、また1人がテレビを消す。また1人・・・
次々と病院の機能が<停止>していく。
「な、何をするんだああ!」
松田院長が診察室から泣きかけで飛び出した。
「けけ!警察呼べっ!警察!」
点滴中の患者は強制的に点滴中止。高齢であろうが、無差別にさっさと起こされた。
「きさま~!患者のふりして点滴希望とは!」松田は私服の襟をつかんだ。
「ここはもう、病院ではない!」
「何さまのつもりだ!」
私服は名刺を出した。
「私は医療対策課!ここの実情を調べにきた!」
「ぬぅう?なにぃ」
「なんだこれは!どういうことだ!このクリニックには目をつけてきたが・・・」
足津の声一つでやってきたことなど、言うはずもない。
周囲、泣きだす病院スタッフ。患者らは次々と病院を追い出されていく。
「わ、悪いことはしてねぇ」院長は戸惑った。
「本来、レントゲン技師と医師にしか許されてないエックス線撮影を、ナースにさせた!これは重大問題だ!」
「どど、どうなるんだ?その場合?」
サ―ッと血の気が引き、尿が同心円状に拡がった。
私服は、額縁を持ち上げた。博士号取得の賞状だ。
「こうなるんだよ!」
バリーン!と振り下ろされた。
薄暗い地下の駐車場。車を降りて、シローはやっと目隠しを取られた。
「ふぅ・・・怖かった」
「すみません」すまなさそうに謝る運転手。
シローは1人でエレベーターから最上階の7階へ。ビルなんだろうが、外を見れる窓がない。
チン、と開くと真っ直ぐな廊下。
「し、シローです。入ります!」
「どうぞ」秘書の声で入る。
背もたれのまま向こうを向いている足津。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「ではさっそく、本題に入ります。契約はこれでよろしいでしょうか?」
<週休1日、当直は週1回、ノルマ達成により給料変動あり。基本給は・・・>
「(さ、真田の2倍・・・!い、いや。それが一番ではない。でもこれだとローンも返せて、ワイフのお布施も払えて、子供の面倒も大丈夫だ・・・)」
シローの頭が次第に真っ白になっていく。どんな苦労でもお釣りが来そうな気がする。
「仕方がない。仕方がないんだ・・・!」
足津は頷いた。
「いいですね?ではサインを。どうも。これでシロー先生は彼と同様、ここの正職員となります」
「彼?」
シローの前、ゴリラが礼をした。
「マーブ・・・槇原先生!」
「シロー先生!いらっしゃ~い!」
マーブルはハイだった。再度の出動に意気込みをかけていた。
病棟と事務が一体化したと思われるこのビル。ホントに不思議と窓がない。その代り室内照明は鮮やかで、ずっと昼間のようだ。
各部署を案内されながら、シローは問いかけた。
「自分は、ここで普通に診療をさせてもらえばいいんですね?」
「往診業務の人手が欲しいんだ」
「いいですよ」
マーブルは数歩後ろで立ち止まった。
「シローは株主にならんのか?」
「え?」
「医者の給料もらって、そのままの人生でいいか?」
「株はちょっと・・・」
「仕事もしてリスクも冒し、しかしそれ以上の達成を味わう。それが人生の醍醐味だと俺は思ってる」
「僕の人生の目標は・・家族といることだけです」
「ぷっ!はは・・・笑わすなよ。今のグッド」小さく親指を立てる。
足津は事務室で、携帯で電話した。
「我がファンド関連会社の株が下がってきておりますので。株主に一斉連絡を。近いうちの出動の意思をお伝え願いたい」
もう1回、別のところへ電話。
真田は莫大な利益を上げ始め、もうあのクリニックは敵ではなかった。患者は以前よりもむしろ増えた。ユウらスタッフも連携が取れ、それがまた安心感へと結びついた。しかし、大学病院を救援しようとする意識があまりない証拠でもあった。
ユウは腰を落ち着け、医局で休憩していた。
「なんか、大学に向けて真珠会が殺到したらしいが・・・結局単なる脅しだったんだろ?」
「ええ」ザッキーが向こうでごそごそしている。
「品川の話によれば、大学は統制が全然取れてないって」
「ええ」
「シナジーは売店のおばさんに抱きつかれとか言ってるが。あいつ何しに行ったんだ?」
「さあ」
「聞いてんのか?」
「さあ」
「だる・・・」
「今回は運が良かった。だが、次はそうはいかんだろう。次の手を打ってくる・・・!」
「へえ」
「映画とかなら、そうなる筋書きだろう?ザッキー。見舞いに行こう!」
「よく喋るオオカミさんだ・・・」
一緒にそのまま大平の病室へ。鍵がまだかかってる。
「・・・・また女の声だ」
「ナースらの噂では、彼・・・桜田と」
「なるほど。こういうのがあると、業務にモロ支障を来すんだよ!」
「そっかな?」
「そのうち分かる」
大学の大会議室。
教授らの円形の長いすの周囲、さらに円形に椅子が取り囲む。つまり中心が教授陣。
その周辺が実質的な医療スタッフ。シナジーもそこにいた。末端らは立ち見か廊下。
教授陣の中、学長が読み上げる。
「今回は、相手の不意を突いた威嚇により、当院のキャパシティーを問う結果になった」
「(一同)・・・・・」
「だが結果的に野中医局長の的確な配慮により、学生らを前線に配置することで相手の戦意をそぐことに成功」
シナジーは恥ずかしかった。
「(そうじゃないだろ・・・!)」
ノナキーが照れてペコペコしている。それがいっそう情けない。
「これで分かった。真珠会は当院への莫大な奇襲計画は最初からもくろんでおらず、当院からの警告を真摯に受け止めた。しかも今回の先導は、あくまで一部の者の行動であったと真珠会のオーナーが述べている」
シナジーは挙手した。
「ですが。次は本気でくると思われます」
「本気?」
「これだけの人数がいて、今回は1人も機能しなかったと同じです。シミュレーションをやるべきです」
「もしもの訓練か?」
「はい」
「君は確か真田の・・・」
シナジーは改めて立ち上がり、礼をした。
「真田病院の事務長。品川です」
「オーナーではないのか?なら話にならんな」どこかの教授が声をかける。
「・・・・・」
「あ、ほれ。草波君・・・本命は真田か。彼はどこだ?」
「はっ。は、未だ堀の中でして」
「はっ?ああ、なるほどねぇ・・・そりゃ、そうなるだろうねぇ」
学長は仕切る。
「今回、真田病院からの救援も間に合わなかった。ここはきちんとしてくれるんだろうね」
「真田病院にも、それなりの業務というものがあります。業務をオフにしてまでこちらのヘルプに没頭はできません」シナジーは言い切る。
「数人、こちらに援助を送るのか?」
「はい。ですが大学にとっての数人とはわけが違いますので」
「むぅ・・」
「当院は今、崩壊しかけのクリニックからあぶれた、その患者さんらへの対応に追われてます」
いや、真田がもはや勝っていることは知っているのだ。だがここでそれを悟られると妙なことを押しつけられそうだ。
学長は不愉快だった。
「それでは今週末までに!野中医局長と品川事務長が計画を立てて、早急に提出すること!」
「あとお願いが」とシナジー。
「こっちも多忙なんだ!医療ミスに対するマニュアル作りのため、毎週東京へ行かんとならん!」
「・・・・・」
「厚生省へ!毎週だぞ?」
ガラガラ、とみな時計を見ながら解散した。
ユウは腰を落ち着け、医局で休憩していた。
「なんか、大学に向けて真珠会が殺到したらしいが・・・結局単なる脅しだったんだろ?」
「ええ」ザッキーが向こうでごそごそしている。
「品川の話によれば、大学は統制が全然取れてないって」
「ええ」
「シナジーは売店のおばさんに抱きつかれとか言ってるが。あいつ何しに行ったんだ?」
「さあ」
「聞いてんのか?」
「さあ」
「だる・・・」
「今回は運が良かった。だが、次はそうはいかんだろう。次の手を打ってくる・・・!」
「へえ」
「映画とかなら、そうなる筋書きだろう?ザッキー。見舞いに行こう!」
「よく喋るオオカミさんだ・・・」
一緒にそのまま大平の病室へ。鍵がまだかかってる。
「・・・・また女の声だ」
「ナースらの噂では、彼・・・桜田と」
「なるほど。こういうのがあると、業務にモロ支障を来すんだよ!」
「そっかな?」
「そのうち分かる」
大学の大会議室。
教授らの円形の長いすの周囲、さらに円形に椅子が取り囲む。つまり中心が教授陣。
その周辺が実質的な医療スタッフ。シナジーもそこにいた。末端らは立ち見か廊下。
教授陣の中、学長が読み上げる。
「今回は、相手の不意を突いた威嚇により、当院のキャパシティーを問う結果になった」
「(一同)・・・・・」
「だが結果的に野中医局長の的確な配慮により、学生らを前線に配置することで相手の戦意をそぐことに成功」
シナジーは恥ずかしかった。
「(そうじゃないだろ・・・!)」
ノナキーが照れてペコペコしている。それがいっそう情けない。
「これで分かった。真珠会は当院への莫大な奇襲計画は最初からもくろんでおらず、当院からの警告を真摯に受け止めた。しかも今回の先導は、あくまで一部の者の行動であったと真珠会のオーナーが述べている」
シナジーは挙手した。
「ですが。次は本気でくると思われます」
「本気?」
「これだけの人数がいて、今回は1人も機能しなかったと同じです。シミュレーションをやるべきです」
「もしもの訓練か?」
「はい」
「君は確か真田の・・・」
シナジーは改めて立ち上がり、礼をした。
「真田病院の事務長。品川です」
「オーナーではないのか?なら話にならんな」どこかの教授が声をかける。
「・・・・・」
「あ、ほれ。草波君・・・本命は真田か。彼はどこだ?」
「はっ。は、未だ堀の中でして」
「はっ?ああ、なるほどねぇ・・・そりゃ、そうなるだろうねぇ」
学長は仕切る。
「今回、真田病院からの救援も間に合わなかった。ここはきちんとしてくれるんだろうね」
「真田病院にも、それなりの業務というものがあります。業務をオフにしてまでこちらのヘルプに没頭はできません」シナジーは言い切る。
「数人、こちらに援助を送るのか?」
「はい。ですが大学にとっての数人とはわけが違いますので」
「むぅ・・」
「当院は今、崩壊しかけのクリニックからあぶれた、その患者さんらへの対応に追われてます」
いや、真田がもはや勝っていることは知っているのだ。だがここでそれを悟られると妙なことを押しつけられそうだ。
学長は不愉快だった。
「それでは今週末までに!野中医局長と品川事務長が計画を立てて、早急に提出すること!」
「あとお願いが」とシナジー。
「こっちも多忙なんだ!医療ミスに対するマニュアル作りのため、毎週東京へ行かんとならん!」
「・・・・・」
「厚生省へ!毎週だぞ?」
ガラガラ、とみな時計を見ながら解散した。