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2009年7月2日 連載

社会保険事務所。ガランとした職員室のような部屋。

「はい。医療対策課。・・・え?あ、はい」
背広の男が眉をしかめた。
「足津さん?どうしました。え?早急に?ええ。調べてみます。光栄です!」

周囲の机は慌ただしく、中年らがパソコンをたたきまくっている。

「ちょっと、出張したいところがあるので」
役人は、スーツを脱いで私服に着替えた。50代が30代に若返った。

再び足津に電話。廊下へ。

「大株主になれるって夢の話・・・信じてようございますか?」
「あなたの働き次第です」
「ちょうど最近ダメなんですよ。馬も女も」
「お願いします」

真田病院は、みな息切れしかかっていた。だがようやく効果が表れ始めたのか・・

「当院への患者数が、激増している!」
事務員がベランダから指差した。
「噂によると、向こうは優秀な人手を失ったそうだな」

ユウもベランダに並んだ。患者が交差点をどんどんわたってくる。

「せっかちなことに、あの病院の入院患者は全部追い出されてた。新規に入ると思い込んで。奴ら1から出直しだ」
「なるほど」
「新規に入るはずの患者が全部、真珠会に吸収された。彼らには全くの想定外だったんだ」
「それでやる気をなくしたんですかね?」
「いや・・・その逆じゃないかな」

クリニックの診察室。松田院長は、待合室の患者数激減に戸惑っていた。

「くそ!なんで・・・なんで?」

 院長は相変わらず自問自答していた。疑問は次々と起こった。今度は外国人スタッフが全然出勤してこない。いるのは看護師長と数少ない病棟ナースだけだ。
空の病棟のナースのサポートではうまく回らない。

「スタッフまで・・・スタッフまで取られたというのか」
不安になり、横の診察室のカーテンを開いた。
「おいシロー!いるんだろうな!」

「ここだよ」
「うっ?」

シローは私服に着替えていた。ベルトをしめている。

「おめぇ・・どっか行くのか?」
「お世話になりました」
「お世話だとぉ?」

シローの心はここになかった。

「僕はここでは、もう働きません」
「おいおいおい。強気だな。どこへ行こうというんだ?まさか真田に」
「いえ」
「ここをやめたらおいどうなるか。真珠会からのお情けもなくなり、宗教法人で預かった家族にも会えんぞ?俺の一声でどうにでもなるんだ!」
「いや・・・その権限も、もうあんたにはない」
「あんた?あんたときたか!」

松田は自分の行く末がだんだん分かってきた。

「ひ・・ひぃっ。おい待て!」
「どけ」
「待てよぉ~!」抱きつくが、すぐかわされる。
「僕はもう、とことんまで我慢した。だがそれもようやく報われつつある」
「<学会>に入信したのか?したんだな?」
「何を言ってる・・・」

シローは準備された外車の後部座席を、開けてもらった。
その前、助手席には・・・松田は悟った。

「てめぇ!足津!」

足津は澄まして、横も見ようとしなかった。

車は余裕で走り始めた。

煙の消える中、階段の上でいっそう老いた師長が待つ。

「先生。先生!」
「あああ!もううるさい!」
「新患さんが・・・」
「チッ!俺1人でやってやらあ!シロー!」

 その声も、渋滞した車の音に虚しくかき消される。


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2009年7月2日 連載

 遅ればせながら、ノナキーが滑り台をやっと降りた。
「うわっ・・うわわっ!」
 身構えながら降りる。最終的には歩きながら砂場へ。
「おととととと!」

シュウ・・!と砂が舞う。真田のスタッフはそこまで煙は立てない。

「何なんだ。これは・・・」

 気を取り直し、玄関の前へ。はるか向こう、駐車場がごった返している。転倒している車が何台か。白衣の集団があちこち。黒いトレーラーや救急車が不思議と入ってこない様子。

 どうやら、こちらが圧倒的だとわかった。

「そのトレーラーを!トレーラーを帰すな!」

 声が遠すぎて聞こえるはずもない。余計、彼は猛威を振るった。

しかしむしろ驚いた学生らは、散開し始めている。
「(白衣ら)うわああああ!」
散るアリのようだ。

「こら学生!轢かれてでも制止しろ!」走ってきたノナキーの背中が、ぐいっと引っ張られた。
「やめなさい!」シナジーが抑えている。

「確かに今のは言いすぎましたが!しかし!」
「しかしもカカシもないでしょう!リーダーならもっと建設的な指導を!」
「トレーラーのコンテナ5・6両なら、この白衣の人数で余裕でさばける!」
「よくごらんなさい!これで統制が取れるんですか!」

ノナキーは、我に帰った。あどけない顔達がノナキーらをみつめる。

「・・・・彼らだって。医師の・・・」
「私も仕方なくやったことです。応急処置です。統制が取れないなら、従来の治療をあちらで継続してもらうほうがマシです」

「い、いざとなれば。いざとなればうち(大学)は、やや、やれる」
「もう、やめなさい。強がりは。言葉になってませんよ」

ノナキーはついにシナジーと目を合わさなかった。1人取り残された。
玄関から、驚いた患者・家族たちが出ていく。警備員も対応に追われている。

崩壊した乗用車が、あちこちで煙を上げている。
「ひどいな・・・なんだこれは・・・」
ノナキーは立ち尽くしていた。

ドカーン!と小さな爆発。爆裂の方角はあちら側だった。
「うわっ!」
遅れて、熱風。

「野中くん!野中くん!」誰かの声。
「は・・・?」放心状態。
「はじゃないよ!」新教授が汗びっしょりで後ろに立っている。近くでボオオ、と燃え盛る炎。

「教授・・・」
「一体どういうことなんだ?何が起こったんだこれは?」

前面の駐車場は、車が7~8台逆さまに転がっている。

「私は、救急の体制を指揮するよう君に頼んだはずだよ?」
「それが。今日だとは」
「君には失望したよ!」
「も、申し訳ありません」
「それにこんな。戦争なんか、頼んだ覚えはないよ?」
「・・・・・」
「そのうちだと思ったのか?今まで何を準備してきた!それに真田のスタッフはどうした?」
「・・・・・」

動揺した学生らが数人やってくる。が、教授は追い返す。
「業務も!教育も通常通りに復旧だ!もどれ!戻りなさい!」

真珠会の事務室。ハッカーがゴミ箱をけった。
「あー!クソー!暴落暴落!大暴落だー!」
近くのコップを鼻に被せる。
「追証発生!繰り返す!追証発生!」

どうも、様子が変。

他の女事務員どもは失禁しかけていた。

「コーコンキチ!コーコンチキ!」
 発狂しかけたのか、彼なりのストレス発散方法なのか。ともかく、今のでかなりの大金が彼らの元から消えたのは確かなようだ。

近く、足津が歩いている。
「・・・・・」
「も!申し訳ありません!計算外のことで!トレーラー組の情報収集のせいで!」
「・・・あなたはあくまで業務に徹し、キチガイじみた行為で周囲の士気を弱めないでください」
「は、はい」

猫のようにおとなしくなる。

足津は電話を取りプッシュ。
「さて。真田のスタッフも、そろそろ大学へ向かってもらって・・・」

ある事務所に電話した。

「友に倒れて頂きます」

受話器を耳にくっつけた。

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2009年7月2日 連載
<単位を認めない!>

入ってきた警備老人2人に、おばさんと彼は取り押さえられた。
「いててて!ちっとは加減を!」

黒い6両コンテナトレーラー、それに救急車が多数続く。
運転手の藤堂は、無線を天井からまた下げた。

「・・・・間もなく、正面玄関に入りまーす!」

手前の交差点で信号待ち。病院、正面玄関が見える。駐車場に外来予約の車だかり。

「警告にもかかわらず、正面駐車場が車で満杯状態。どうぞ」
<こちら足津。株主の同意一致により、駐車場の車はそのまま蹴散らしてくださって結構。弁護士が対処します>

「了解。クラクション鳴らしつつ、時速10kmでシンコーします!ようそろう!」

コンテナの中、白衣のゴリラ、マーブル医師が点検中。

「バイタルよし!搬送開始時と著変なし!」
マーブルはカーブで、ベッドにもたれかかった。

「っと・・・ホーントにごめんなぁ。みんな!」

治療はきちんとしてきたつもりだ。それで罪の意識から逃れようとした。

「せんせ!せんせ!ヒー!」
「あ?なんだ?」2段ベッドの上段を見上げた。
「そしたらあっし、ユウキ先生らに会えるんで?」
「ああ!会えるとも会えるとも!また真田に戻れるぞ!」
「解放や!やったぁ!」

マーブルは少し戸惑った。

「別に、あんたらを拉致したわけじゃない。あんたを運んだ救急車の縁で、たまたまうちが一時的に預かっただけだ!」

苦しい説明だった。マーブルはまたカーブに揺られ、フラフラしながら運転・助手席の間に入った。

「藤堂さん。あの危ない娘はホントにいないんだろうな?」
「さぁ、何を考えているのか・・・」

藤堂はギヤを握った。
「蹴飛ばす!」

前面、2台の軽自動車が両側に吹き飛んだ。ホイール、窓ガラスが空中に分解した。
マーブルは度肝を抜かれた。
「飛んでるよ・・・!」

「どけどけ!どけい!」
藤堂は興奮し、ハンドルを意味もなく小刻みに動かしていた。

今度はセダンが何度も前面でバウンド。スキップしながら道を開けた。
繊細なガラスが飛散していく。水撒きのように周囲が輝いた。

「おらおらおら!へたれが!誰もおれを止められんのかぁ!」

正面玄関、誰も出てこない。

ノナキーは滑り台前で、1歩踏み出せずにいた。
「ああああ・・・あああ」
長椅子に座ったまま。

テーブルの画面が映る。シナジーの落ち着いた表情。

「品川さん!どうしたら!」
「降りてください!」
「あああ!足が震えて!それに俺1人じゃ!」
「・・・あなたがどういう人間か、分かったような気がします」
「仕方ないだろう?俺にそんな力があるわけない!」
「でしょうね。だがプライドまでは捨てられませんか」
「・・・」

すると正面玄関の奥・・いや、その建物の両側から取り囲むように歓声が聞こえてきた。

うわぁあああああ!と、津波のように溢れてきたのは・・・

トレーラー助手席、マーブルは眼をみはった。

「なんだ!あの人数は!」

「(一同)うわあああああああ!」
狂ったように押し掛けてくる白衣集団だった。

マーブルにどっと汗が流れた。

「だ。大学にこれだけのスタッフが?」
「やはり準備できてたのか!」
「予想と違うじゃねえか!」

藤堂は建物の直前でUターンし、停車した。コンテナが蛇のようにうねり、最後尾が倒れそうになりかけた。

藤堂は無線を取った。
「あ、足津さん!予想を反する人数です!これでは話が!」
マーブルは画面に見入った。

「株主の問い合わせ多数!どど、どうします!これじゃ圧倒できません!」

足津は初めて予想外の現場に出くわした。

「これでは勝ち目がありません。引上げを」
「か、患者をせっかく連れてきてますから。てて、転院させましょう!」と画面からマーブル。
「あなたは発言しないでください」
「うぐ!」

藤堂は、表情をまっすぐにした。
「・・・・・・・」

どどどど・・!と白衣集団が奥から奥から沸いてくる。

「くそ!了解!我が生涯で、最大の無念なり!」

 喘息の患者はなんとなく様子が分かり、涙目になった。
マーブルが駆け寄る。

「すまんな。またの機会になる。だが俺のせいではないんだからな」
「・・・・・・」

トレーラーはそのまま弧を描き、帰還の体制に入った。

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2009年7月2日 連載

呆れた品川は、なぜか売店へと向かった。病衣を着た患者であふれている。
適当にパンを取り、太ったレジのおばさんに語りかける。

「おねえさん」
「ふが!おねえさんやって。ブヒブヒ」
「全館放送する部屋ってどこかな?」
「ひひ。ええ男やねえ・・・」
「つれてってくれますか?」
「2人きりでかい?ひひひ!」

おばさんはレジをもう1人に任せ、放送室へと歩いた。

「カギ、もらってきたで!」
「どうもすみません。さすが公務員ですね」

ガチャガチャ。と開ける四畳半の部屋。畳は時代を物語る。昭和同然の内装だった。
時代遅れの大きなマイク。

おばさんは出て行かず、中から入口を閉めた。

「へへへ・・・」2重ロックまでする。
「?」
「へへへ・・・」おばさんは、後ろからシナジーに抱きついた。はずみでスイッチが入った。
「わわっ!」股間をつかまれた。
「おうこれ!さすが若いわ!」

耳を澄ますと、外・中の音がエコーしている。
廊下をはじめ全館に、彼らの声が響き渡った。

<さわるだけ!さわるだけやええやろ!>
<何をするんだ!>
<そんなの。ナニに決まってるだろうに!>
<どけ!>
<ぎゃあ!>

シナジーはボタンを押しまくり、学生棟までの広範囲放送へと切り替えた。
救急車のサイレンがいよいよ大きくなってきた。

その救急車の群、中間をトレーラーが突っ走る。運転手の藤堂は隠しカメラの画面を確認。

新玄関の前は、シーンとしているもよう。

「こちら側の脅しが効き過ぎたか。どうやら、大学は心の準備止まりだな」
「ああ」助手席、マーブルもにやけていた。
「株。どうだ」
「上昇傾向。うひうひだ」
「そうか・・・」幸福を背負った顔。
「隊長。娘を暴走させるなよ。あれで俺たち株主の信用が落ちたら困るからな」

藤堂は天井からマイクを下げ、足津に報告。

「足津理事。やはり大学は準備してないようです」
「・・・・・」
「今回は患者数は少ないですが。ま、この数でもいけるでしょう」
「到着後、改めて連絡を」
「イエッサー!」

藤堂ははしゃぐように鼓動が鳴りだした。

学生棟、アナウンスが鳴りっぱなし。おかげで授業は中断。

「・・・・・大学病院の、全スタッフ!全スタッフに告げます!緊急事態!」

登校中の学生らが足を止めた。

「た、ただいまだ、大学学長からの連絡で。大至急、病院玄関前に集合されたし!」

「何をするんだ?」学生らが空を見上げた。「あの響くサイレンは、何・・?」

<救急隊のデモ訓練など!特別講義!学長からの指示です!(小声)何言ってんだ・・・>

医局でちょうど着替えをしている医員、実習の学生たち。
「学長から・・・?何かのデモかな?」

<大至急!大至急!来なかったものは!>

学生らは特に耳を澄ました。

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2009年7月2日 連載

助手の島は腕をのばしてシナジーの胸をどかし、数歩下がらせた。車椅子の車輪もぶつける。

「どうすんだよ。なあおい!どうすんだよ!」
「きゅ、救急が来るんだったら。その・・・皆さんの出番ですよね。あとは頑張って・・」
「(一同)なにい!」
「だって僕、医者と違うし」
「(一同)ふざけんな!」
「やれやれ・・・これでは」

みな一歩引いた。品川の表情がいきなりクールになったからだ。

「これでは。たとえ患者さんらを引き受けたとしても、ぞんざいに扱われるだけだ」
「・・・・・なにぃ」島は思わずうつむいた。
「真珠会でしばらく診てもらってたほうが、マシですね」

 我さきに、という者が1人もいないのもつらかった。みな上層部の機嫌を伺い、その一挙一動を吟味する。

品川はノナキーの座ってる机をたたいた。

「さ!どうしますか!」
「どうするって・・・」
「うちのスタッフはクリニックに足を取られ、まだここには来れない。現実的には、ここはあなた方で対処するしかない」
「・・・・・」
「黙ったままですか・・・足津氏なら<もういいです>で終わりでしょう。それとも・・・」
「?」

シナジーは指さした。
「あなた、そんな事も知らなかったんですか?」

「(一同)おい!」

品川はじっと見まわした。
「・・・なんですか?」

みな、ごくっと唾を飲み込んだだけだった。

シナジーは震えた。
「(こっこれが・・・関西の孔明とあだ名された男のカリスマか!)」

そのあだ名は、単にユウが考えただけだった。

ノナキーが叫ぶ。

「し、品川さん。大学の場合、統制を取るのに時間がかかるんだ!まだ誰が何係って決まってない!誰がどうやって動いたらいいか、今ここで教えてくださいよ!」

 気がつくと、シナジーはもういない。


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2009年7月2日 連載

 大学。

 島がフラフラになったまま、医局へ戻ってきた。誰か助けて欲しかったが、ドラマのようにはいかない。みな、冷たいものだった。

「島!」ノナキーが立ち上がった。
「き、教授は・・・」
「もう帰った。やられたのか?」
「・・・・・」

ドサ、と彼は倒れた。背中に、7センチほどの出血跡。助手らが囲んだ。聴診など所見。

「き・・・気胸を起こしてます!」
「慌てるな!検査の上、処置しろ!」

ノナキーは動揺する隙も見せず対応した。

ダメージ自体はさほどでないのか、彼は起き上がり、冷蔵庫を開けた。
「ちきしょう・・・」
「島さん。誰かに突き落とされたって・・・顔は見たの?」医局員がこわごわ。
「わからん・・・」

みな震え上がった。どうやら、とんでもない敵に狙われているようだ。

ジリリリリリ!と非難ベル。

「きたか!」
島のことでビビっていた医局員らの心がかき乱された。

<胸部内科および消化器内科医局スタッフへ。出所不明の救急搬送の動きあり。15分以上の余裕あり。繰り返す・・・>とアナウンス。

「ばかな!そんな!急すぎる!」
ノナキーは結局のところ、ここにきて動揺した。

判断を求めるため、教授の携帯へ直接電話した。

「・・・・だめだ。出ない!」留守電に入れるほど余裕がない。
サイレンが空に、1つずつ呼応していく。

ノナキーを医局員が数十人、取り囲む。
右胸にドレーンの入った車椅子の島が、唾を飛ばした。

「先生。真田の奴らは!」
「呼んでいるんだが」
「だから!真田の奴らにさせたらいいんですよ!」
「まだ来てないんだから!しょうがないだろ!」
「やっぱり来るのは事務員なんですか?」
「そ、そうだ!そうだけど!」

 ノナキーは初めての経験で、ビビっていた。もちろんシナジーは直接の戦力にはならない。彼はあだ名は<孔明>でも、医療技術は持ってない。

「じ、事務員が来たらそう命じる予定。予定にしてあるんだ!」
「先生。あいつら仲間と思ったら大間違いですよ?大学をいとも簡単に去った奴らですよ?」
「し、しかし。そこに俺たちの期待がある。どうしようも・・・」
「いてっ。俺までこのザマですよ?」

そこへ医局員が数人、品川の腕を引っ張ってきた。

「あいたたた!腕がちぎれる!」

みなの逃げ場視線が、到着したばかりの彼に注がれた。

「早速、招集命令出てましたね・・・?わ、私が何か・・・?」

円陣に囲まれた。

94

2009年7月2日 連載

 どこかのアスファルトの上、トレーラー運転手。藤堂隊長が喰いかけのパンを引きちぎった。

「どんどん上がる・・あがれよ!」

グラフがどんどん上昇。

「そうだそうだ。なんてセクシーな曲線なんだ。もっともっと!もうけさせろよ!」
 いきなりモニターが切り替わりメールが到着。一瞬で悟った。

「チッ。さては合図だな!」

 エンジンをかけ、タイヤがゆっくり回り出す。
「こちら藤堂隊長。待機エリアへと合流する」

 助手席のマーブルが、後部のコンテナに入っていく。薄暗い赤ランプに照らされ、2段ベッドの無数の表示を見る。

「シローがうちの仲間に入るとは、心強いね!」と独り言。
機械的に観察し、各ベッドのデータをバーコードのようなもので読み取り。

「すまんな、みんな。もうちょっとしたら、ここ出られるからな・・・」


 それがやがて、真珠会病院の事務に届いた。
ヘッドフォンの美女のパソコンが、自動的に起動。

「きました!入電!」
ダダダッ、と4人ほどが詰め寄る。藤堂隊長が画面に映る。

「諸君はちょうどいい時に来た。我々は末端といえど、責任は重大だ。なにせ全患者の個人データをすべて扱っているのだからな!」

 事務にドスン、とハッカーらしき若い男性が座った。
5つのディスプレイに、無数の数字。

「さあてと、今日も各地のハイエナどもに稼がせてあげましょうか!」

ハッカーっぽく、彼は両腕を伸ばした。

右手でまず株の自社株の変動。連動する他の株の動向。
左手でその分析。株主そのものの動向。

そして正面に、送信されてくる画像、データ。
カチカチカチ、とピアノのような連奏。

他の事務員が男性ながら見惚れる。

「たのむぞ!俺の貯金も今後の給与も老後だって、すべてお前にかかってんだぜ!」

ピタ、とハッカーは動きを止めた。

「ちょっと何ですの?」
「あっ?いや・・・」
「末端がハエのごとく、邪魔なんですけど」
「・・・・・」

事務がシンとなった。ハッカーは育ちが良さそうだ。

「そうだよ。あなた方の給与が、僕の腕2つにかかっていることをお忘れなく」

またキーを叩き始めた。

「(ここへの赴任として与えられた家に、ポルシェ・・・元を返したら、女でもいただくか)」

 彼は、足津と株主、市場を管理するプロだった。若干22歳。ハッカー犯罪歴があり社会復帰もできず、これが最後の<チャンス>だった。



93

2009年7月2日 連載

大学病院の医局。医局長のノナキーが演説。

「明日のことに備えて、新玄関を今日より開放する。ただし今日の出入りは一部の関係者だけだ」
「はい!」イエスマンの島が気をつけの姿勢。

 彼が打って変わって張り切っているのは・・・補助金の支給が決まったことが影響している。もちろん、それなりの大役を引き受けたからだが。だが実質、仕事は真田の人間らに押しつける寸法だった。

「医局棟から新エレベーターで降り、2階で停まる。そのまま正面の新廊下を走り、急ぎの場合はオートウォークで向かう」

地図がもう貼ってある。

「オートウォークを過ぎたら、急斜面手前の長椅子で待機。7人まで」
「はい!」
「イヤホン合図で一斉に長椅子が倒れるので気をつけろ。で、各自が滑り台を同時に滑走する」
「(一同)すげええ!」
「ついこの前破産した、真田病院の関連病院の遺物を改良したものだ」

足音に、みな振り向く。

「(一同)おはようございます!」
「うむ。全員揃ったな!」新教授だ。ノナキーは気をつけ。
「いよいよ、来ましたね!」
「大学病院のシステムが、試されるときが来たな!」

と、島がPHSを切り、走り出した。ノナキーがしかめる。

「こら!廊下を走るな!」
「学生が遊んでんですよ!」
「学生が?」
「新玄関で!」

教授は着かけた白衣を、ジョン・ウー風に大回しで羽織った。


 島はさきほどの説明通り、オートウォークの上を走った。止まり、いったん靴ひも。
「事務の奴らもよぉ!連絡だけが仕事かよぉ!」
壁のポスターなどが横目で流れる。

終点が近づく。
「教授就任への代償は高いな!」
この夢でもって、生きている。

 完成の際の、黄色いテープを振り払う。勢いでダッシュし、長椅子を目指す。
「あれだな!」

その長椅子を、2人の私服の若者が飛び越える。
「(2人)ヤッハー!」
「おのれ貴様ら!退学ものだぞ!」

島は勢い余って、長椅子に出た腹をぶつけた。下一面、視界に広がるのは・・・

「でけえ滑り台だなこりゃ!」

 7つのレーン、ほぼ両端を若者が下を凸のカーブで滑走している。そのままジャンプ。呆気に取られる。どうやら学生というより・・ストリートの若造たちといった感じだ。

 ジャンプした私服2人は・・・そのまま砂場らしきものに着地。ズササ、とスキーの着地のようだ。思わず「きまった!」と言うところだった。

「おーい!遊び場じゃないぞ!どこのどいつらだ!」
島は滑り台を滑るべく、どっこいしょっと腰をかけた。

「・・・・・・」
 前髪で顔が隠れた長身たちは、微動だにしない。いや、何かを見てかたまっている。その視線の先は島の・・・

 間後ろに立ちはだかる影にあった。

「おめーらな!学長にこのこと伝えてだな!救急ラッシュの際はお茶くみ係に降格だ!俺らの班には野郎は不要だけどよ!」

うっ、と声を出す暇もなかった。あ、落とされた。思考がそう反射しただけだ。

「あちっ!」

背中に痛みを思い知りながら、島は自ら加速し落ちていく。

「いてえ!何があったんだ教えろよ!」

長身の2人は、屋台のようなワゴンを終点に設置した。

「どけどけどけ!どかせえ!」
「・・・・・」
2人は無情にも、消えた。

「あああああ!でもこれで死ぬのか?違うよな」

「な」と同時に、屋台は90度横倒し、様々な医療品が吹き飛んだ。ドカーンと音が止むまでもなく、彼は銀色の医療品に紛れたまま、グルグルと回転した。

新玄関のガラスはドカーン、とまき散らされた。
「きゃああああ!」外来の患者らが取り巻いた。

近くでつながれた犬の耳横、カメラがズームする。

島は背中に手をやった。プス、と引き抜かれる針。
「ちゅ、注射針・・・」

先端に自分の血。

「ダーツの的かよ・・・」

ガクッ、と島は気絶した。


92

2009年7月2日 連載

 みなのPHSが、まるで策略的に鳴り続ける。

「その大平先生なんですが・・」シナジーは気まずそうに。
「何?」
「一気に疲れてしまって、うちのビップ個室に入院しました」
「何なんだよ・・・口ほどにもねえなあ」
「ちなみに1日5万円」
「余計だろ」

大平の個室。コンコン!と叩くが応答なし。鍵が・・・かかってる。

「恋路の邪魔か?」ミチル看護部長が背後に。

「部長。開けてくれ。見舞いにきた」
「だから。恋路を邪魔すんな、言うてんねや」
「こいじ?」
「耳、当ててみいや。何か聞こえるやろ?」
「?」

耳を澄ますと・・・

「女の話し声?」
「て、いうことや」
「女装趣味?」
「殺すぞ」
「あいつ。誰か、彼女いるんだね」
「フン!」

 ミチルは詰所へ去った。

 思えば、病院というのはストレスが溜まりまくった場所だ。恋愛などする場に相応しくないのに、いとも簡単にカポー(カップル)ができてしまう。先輩医師がよく言ってた。多忙なためDNAが危機と感じ、子孫を残そうとあちこちでカポーができてしまう。

「ま、デキ婚でそういう言い訳はなしだな・・・!」

 病棟へ。カルテを1冊ずつくまなく確認。代診・非常勤への申し送り事項を太いペンで囲む。

「ここまで。よし!」

カルテを横に飛ばし、ミチルがキャッチ。

「御苦労!」
「フン!」

タタタ、と駆け出し、手すりに飛び乗った。

 さきほどまで無愛想なミチルの表情がちょっとだけ・・・寂しそうな下目遣いをしていたような。




91

2009年7月2日 連載

駐車場に、ボロボロになったGT-Rが停車。ユウは窓をスライドした。

「なんかうち・・・増えてきたんじゃないか?患者・・・よかったじゃないか」

 再発進し、病院の狭い真横を徐行、職員駐車場へ。
トシ坊のBMWがちょうど駐車中。こちらは買い替えてピッカピカだ。

「おい、とっととやれ!」
「・・・・・」トシ坊はマイペースで、何度もハンドルを切り続けた。
「木だけじゃなく、森を見ろ!森を・・・!」

何度も携帯がバイブしている。シナジーだ。もう、このまま直接向かう。

シナジーは、これで5回目の携帯を鳴らした。
「くそっ!何してるんだ!サンダル!」
「おい」
「わああ!」
「サンダルで悪かったな!」
「な、なんですか!」
「何ですかはないだろ。そっちから呼んどいて!」

シナジーは早速、本題に入った。

「先生のホモダチからです。さきほど連絡が」
「ホモダチ?」
「大学病院の、野中講師です」
「あとで覚えとけ!でもちょうどよかった!」
「は?」
「あいつに聞きたいことがある!」

電話するが、不在とのこと。

シナジーはちょっと咳払いした。

「ほん!<大学での体制は整った。あとは真田病院、ユウ先生らの救援到着時間を連絡されたし>とのことです」
「それ、この前パソコンで言ってただろ?」
「急げってことですよ」
「ノナキー・・・オレんとこへ、直接電話すりゃいいのに・・・」

 だが思い出した。大学の業務連絡はすべて基幹病院を優先での連絡網を通じることになった。行き違いがあったらトラブルのもとだ。だからまあ、これでいい。

「で。明日にでも出発か?」
「うちから派遣するのは常勤医師の半分。外来・救急は縮小します。仕方ない・・」
「残念そうだな」
「業務を縮小するような余裕なんて、当院にはないですよ!」

正面のクリニックを見る。ユウは確信した。

「やはり病棟には、患者はいないとみた・・・!」


あのクリニックが何とかなれば・・・。

「それこそ仕方ないでしょう!」トシ坊の声。
「だる・・・朝から」
「当院が引き受けたことなんですから!一貫してやりましょう!大学への協力を!」
「ひぃ~・・・いやだよこんなハリキリ野郎」

シナジーはワンテンポ遅れて頷いた。

パソコンに、大きなマップが映る。

「当院からの救援部隊は明日の朝7時にここを出発。私は今日、一足お先に。それまでに各病棟への顔出し、お願いいたします。ミチル師長にも懺悔を」
「朝の7時?その前に回診っておい。何時に来ればいいと思ってるんだ?」ユウは冗談まじりに突っ込んだ。

「ラッシュアワーを避け、大学病院までの所要時間は1時間。ていうか、今日はもうここに泊まったら?」
「向こうへは、各自の乗用車でか?」
「地下のトレーラーで向かいます」
「また乗るのか!あれに!」
「大学病院到着後、通常業務のヘルプを」
「ヘルプ?大学で下働きもすんのか?」
「だって、そうしてくれって」
「聞いてないぞ!いま聞いたけど!」

その間、真田は大丈夫なのか・・・?

トシ坊はため息をついた。
「ユウ先生。真珠会が救急を送り出す、仮定の日ですよあくまで。何もない間は、大学をサポートする約束です」
「何もないままだったら・・・?」

シナジーはマップを消去した。

「猶予は3日間。その間を、彼らは予告しています」
「で。それがいつまで続くんだ?」
「彼らが非人道的なその行為を実行した場合、医師会が協力してくれます」
「ホントかよ?」
「近辺の病院が3箇所ある。医師会が振り分けてくれます」
「死んでも建前守る奴らだからな・・・はたしてどうか」

そろそろ1階が騒がしくなってきた。みな、それぞれ回診に向かう。

しかし、どのカルテも大平が書いてくれている。
「あいつ、たったこれだけの時間に・・・あれ?この字」
「桜田先生の字もあるでしょう?」
「オーベン・コベンの、いいコンビじゃないか。こっちの手間が省けた」

もちろん、誰もこの<男女の関係>までは知らない。

90

2009年7月2日 連載
真田病院、待合室。

「あのな。これ噂やけどな」

ヌシと呼ばれるばあさんは、、巨体で思いっきりかがんだ。取り巻きの婆さんらも同様に。

「前のクリニックな。もう、あかんらしい」
「ええっ?」眼前の婆さんのシワが、より増える。

「何回か行ったがな。どうもあれや。取引先の大病院に、切られたらしい」
「宗教法人の病院にか?」
「おんなじ宗教みたいだが。分裂でもしたんかなぁ」
「どっちが。どっちが生き残る?」

(間)

「そっ、そりゃあ・・・大きいとこに決まっとろうが!いや、しかし・・・」

 あちこちでガヤガヤ、騒がしくなってきた。まだ朝の6時というのに。真田病院が患者を途方もなく増やしたとき、受付時間開始にパニックが起こることが多くなった。その対策として、シナジーは朝6時より順番待ちの記帳を事務当直に命じていた。

 セカンドオピニオンの張り紙もある。特別料金が発生しないのが魅力だが、もちろんその後に打算がある。相談用ポストには、その手軽さからかなりの数の投稿が入っていた。

「や、やっぱ・・・いつも診てくれるとこが、ええんと違うか?」

ヌシの一声で、皆の気持ちは決まった。

 ヌシがこうやって、外来患者の流れを変えていく。


89

2009年7月2日 連載

 クリニックでは、松田院長が怒りまくっていた。患者の忘れたステッキで、花瓶や花壇、本箱を叩き続ける。

「くそおうやあ!」
「(スタッフ一同)ひいいいっ!」

ガシャン、ガシャーンと水があちこちで散る。

「んがああ!」
「(スタッフ一同)うわあああぁ!」

ハー、ハーと院長は肩で息をおさめた。

「ふ~。どうなってんねや!あのクズ女!うちに入るはずの患者を!患者をやぞ?」
「・・・・・」カーテンごしに、シローは座って聞いていた。
「オレらから横取りして、横流し・・・あの真珠会に!俺の病院はな!何もあそこの下請けやないんやぞ!」

 近くに辞表が置いてある。中身にはこう書いてあった。
<To BEE or Not To BE>

「ハン!綴り間違っとるわあのバカ女!」

 そこにある深い意味も、知る由もなかった。

「しかし・・・ノルマがな。あれらを入れんとノルマがな・・ノルマがああああ!」

 狂ったように電話キーを押す。震えるため、何度も間違える。
なんとか4度目でつながった。

<真珠会。会員番号を>
「信者番号。928357938!内線3!」
<かしこまりました>

しばらく、間あり。

「足津の秘書ですが。何か?」
「おいおいおい!足津につながんか!さっさと!」
「ご用件を。足津はただいまお忙しいので」
「チッ!一夫一妻性かよ・・・!」
「お待ちください。出られます。3分以内で話題は最小限で」
「ケッ!」

間。

「足津です」
「患者をおい!どういうことなんだ俺たちの患者だぞ!わかってるぞ。真珠会に隠したな?」
「・・・・・」
「真田をつぶすまで、協力してくれるんじゃなかったのか!」
「・・・・・」
「なああと!2週間それだけでもいいからよ!あとで真珠会から転院でもいいからさ、なっ!」
「契約上、それはない内容です」
「なにい?今まで、どこの誰のおかげで順調に患者を提供できたと思ってるんだ!」

 確かに、このクリニックには無尽蔵の患者カルテが眠る。

「総合的に判断し、最善事項を優先としました」
「何をわけわからんことを!」
「それと、シロー先生の保有権利はこちらが受け継ぎます。では失礼します」

電話は切れた。クリニックが孤立した瞬間だった。

「ぬぅ~!」

勤務終了で、各職員があちこち電気を消そうとした。

「おい待て!」
「きゃ!」ナースが1人、転倒した。
「ならんならん!この売り上げではならん!帰ることは許さん!」

バアッ!と書類が宙に舞った。

「あと2週間!真田外来はセカンドオピニオンで追撃しようとしている!サードオピニオン攻撃でいくぞ!」
シローが現れた。
「サード・オピニオン?それってどんな・・・」

ハアハァと息を切らし、院長が視界に飛び込んできた。

「わかっとろうが!こっちの診断を覆えされたその患者に電話し、さらにここで説明すんねや!」
「そんな無茶な・・・!」
「とにかく!こちらの症例を相談しているセカンドオピニオン症例をチェックして!ここへ連行、ここへ戻して教育を行うんや!」
「強引ですよ!」
「歯向かうのか!シロー!親子水入らずで過ごしたいならなお前!」
「う」
「手段を選んではいかんいかん。こうなったら、こちらのキャパシティ云々ではない。救急外来を見かけ上開け放ち、絶えず玉入り状態にするんや!俺とお前で!」

高齢ナースらは、そそくさと外に出た。

「待たんかい!そのためには雰囲気づくりや!徹夜でやるで!おい!戻れ!」
「ひっ!」ビクッと反応した私服ナースは一斉に立ち止まった。

「戻れっちゅうねんや!」烈火のごとく、院長は声を張り上げた。

彼はもう、正気ではなかった。

「やったる・・やったるでぇ・・・へへへ!」




88

2009年6月30日 連載
 ノナキーが画面を切ると、近くでかがんでいた助手らが立ち上がった。島が先陣を切る。

「野中先生。あのコンサルタント、生意気で僕嫌いです。医者の派遣の方が」
「大丈夫。事務側を仕切らせたら、彼らもここに呼び寄せるから」

 みな、不安そうに見下ろす。島は物足りない。

「真田の奴らにやらせましょうよ。先生。僕らは論文や実験どころじゃないですよ?」
「わかってる」
「手当の問題も・・・」
「その話は教授に言ってある!」

 意外にも、島という医者は学生結婚で・・子供はすでに大きかった。

「時間外で大学のメンツを守るんですから。それなりの報酬がないと」
「だから。教授には!」ノナキーはくたびれた。
「僕だけじゃないですよ。他の助手だって。あそこにいる先生は子供が医学部に入って金が要るって」

 ノナキーは顔を洗い始めた。不満タラタラの島は、どう考えてもみんなの期待を背負っている。

 みな病院で年をとるうち親になる。子育てといってる間はまだいいが、子供が塾に行き出してから出費が加速する。中学受験、高校受験へと・・・医学部進学をほとんどが望む。子供も自ずと望む運命にある。私立に進学すると年間数百万に、車や交際費などいろいろかかる。

 ここの医局員で助手として頑張ってる彼らの大半がそうで、常に不安を抱えて生活している。患者を守りチャンスも待つ。代償を求めてではない。それは分かってる。だが年をとるごとに思うのだ。<ひょっとして、俺はいいようにされてるんじゃないか?>と・・・。

「野中先生が、血を吐けっていうなら吐きますよ。でも、割に合わなさすぎることは・・・」
「ストライキでも、するのか?」
「えっ・・・」

ノナキーは顔を拭いて、今度は冷蔵庫を開けた。みな、亡霊のように追いかける。

「それはしません。ただ先生。みなギリギリの生活なんで・・・」
「院生みたいに、バイト漬けになりたいか?」
「それも嫌ですけど・・・」
「だったら。文句を言うな」
「・・・・・」

ノナキーは反撃に出る。

「なぜ、お前は医者になった?」
「僕・・ですか?」
「点数が良かったからか?」
「理由・・・ですか?理由・・」

あちこち見まわすが、誰も代わりに答えはしない。

「モテたいからか?」
「いえ!いいえ!そんな!僕は・・・人を助けたい」
語尾がフェードアウトした。

「そうか。じゃ、がんばれ!」

みな、肩を落とした。

「君らも島みたいに、初心を忘れるな!」

 何とも気まずい収め方だった。しかしローコストで再度統制を図れた。みな、次の診療に向かう。

 ノナキーは、やっと胸をなでおろした。ユウの質問。何よりも恐れていた。

 しかしその日、ユウはその質問を思い出していた。

「そうだ。ノナキー・・・ミタライ。ミタライは今・・・」

 でも夜中だったので、そのまま目を閉じた。




87

2009年6月30日 連載

 数日後。

 ユウはサンダル先生を地でいっていた。

「はぁ~。だるだるだる!」
「もう。うっとうしいなあ」

 事務室でシナジーがパソコン中。

「今日も朝から感動した」
「なぜに?」
「あ、この病院まだやってるなって」
「あのね・・・」
「Q太・・それ言うのもだるい」

 FAXが届いている。

「シナジー。大学からか?」
「大学での連絡網です。うちも端っこに絡んでます」

 大学のトーナメント形式のような連絡網。その端っこに真田病院。まずは野中医局長から連絡があり・・・ユウら数人の間で輪番式のコール制。

「つまり、誰がいつ呼ばれるかは時の運ってことか・・・」
「いや、これ困るんですよ。正直」
「たまになら、いいけどな」
「とんでもない!うちの経営状況を知ってます?」
「知らないよ。お前がオーナー、オーナーとか言ってそればっかだし」

シナジーは1回だけおじぎした。

「すみません。ただ、うちのドクターを取られるくらいなら、コンサルトという形はどうかと提案しようと」
「コンサルト?」
「私が現場の視察に行き、事務側のサポートをするのです」
「なら、俺たちは行かなくていいのか?」
「・・・かもしれません」

 どっちでもいいけどな・・・とユウは思った。

 近くの田中が、ヘッドフォンを外した。
「大学より入電!」
 バイオのパソコンに、人影が見える。

「どれどれ!」
ユウや皆が走って囲む。トシ坊が背伸びして最後尾。

映ってるのは、野中医局長。

「うわ!カッコいい!」思わず女性事務員が叫んだ。

<こっちは見えてますか?>
「ああ」返事したユウに、みな一目置いた。

<ユウか。あれから元気か?>
「でもない」
<そうか。協力、ありがとう>
「シナジー。あの件・・」

 シナジーが前面に出た。

「あのですね。うちのスタッフの派遣の話ですが・・」
<品川さん。こんにちは。いつもお世話になります>

 やけに慇懃な、ノナキー。

「できれば私をコンサルタントとして派遣の話の方で・・」
<・・・うーん。その件ですか。困ったなあ・・・>
「うちの病院はジリ貧でして。松田クリニックに患者を多数取られまして」

 ユウは隅で呟いた。
「でもな。この前の東大阪の患者群は、このクリニックに運ばれなかったって噂だぜ」
「またまた」
「うちの事務員も証言してる。毎日ここから見えるあっちの病室には空床がやけに多い。ナースらの人手も削減されたと聞く」

 田中は頷いた。
「たしかに。スタッフの出入りは減った」

<・・・・・・>ノナキーは、内輪の会話の終了を待っている。

「ということは?」トシ坊が投げかけ、みなユウを見た。
「・・・別のところへ移された・・・」

<もう、いいか?>
「あ、はいはい!」シナジーは正座した。
<品川さん。では早速そこを出発してください。救急ラッシュは明日が確率高いとされてます>
「わ、わかりました」

<大学の講座で協力してくれるのは胸部・腹部内科が中心で、学生らが雑用に回ってくれる>
「他の科は?」ユウが聞いた。
<送られてくる患者の病名性格上、関係のない科は口々に、うちは関係ないからと>
「やっぱりな。そこが大学だよなあ」
<今リハーサルを行っていて、全医局員が集結しつつある>
「頑張れよ。地球防衛軍」

<ユウ!>
「なんだ?」
<松田先生に、勝てよ!>
「はあ」

 ピュルル、と画面はしめくくった。


86

2009年6月30日 連載

 夜になっても、桜田はフィルム庫から出てこなかった。ここは空調が絶えずきいている。このようにして、フィルムが厳重に保存されている。フィルム缶に、DVDのRAMなど多数のメディアが時代を経て混在。

 桜田は携帯をカチカチ押しながら、隅にうずくまっていた。髪の手入れも最近していなく、映った鏡がまた彼女を虚しくさせた。

「どっか・・どっかないの!」

 ダイヤルがつながる。

<◎◎病院です>
「あ、あの。総務へお願いします」
<お待ちください>

しばらく音声。

<総務です>
「あ、あの・・・医師。医師は・・足りてますかぼ、募集があってそれで」
<え、ええ!>

声色が急に変わった。

<ぜひお聞かせねがいますか!>
「あたし、もうついていけなくて・・」
<先生!ぜひ先生のお話を伺いたくて!いやあ、ちょうどよかった!>
「もう、生きていけなくて・・」

向こうは興奮を隠せない。

<先生なんでしたらあっ・・?いい、院長に変わります!>
「大事にしてくれるなら、どこでも・・・」
<院長です>声の主が低音に変わった。
「・・・あっ?」

女医は手首を掴まれた。彼女にはめっぽう強い力だった。

「・・・・・」
「生きないなんて言ったら・・・」大平の顔が数センチ前にあった。それなりに男前ではあった。

「・・・・・」
「俺がほっとかない」
「あ、いや」彼女はわざとらしく唇を逸らした。
「なあ」
「ちょっ」
「なあ・・・」

彼女は観念したどころか、落ち着きはらったように正視した。かえって大平が目をそむけそうになる。

「ん・・・」
 彼女の口が相手の口に埋めたまま前のめりになり、大平は目を閉じてうっとりしながら後ろにずり退がった。

「とと!と!」大平の後ろ、ドカッと上からフィルムの箱がまとめて落ちてきた。

大平の数センチ視線の下、彼女の眼が輝いた。
「ご、ごめん・・・」
「いい。いいよ」

 今度は大平がまっすぐ迫り、勢いで歯と歯がぶつかった。だが誰も指摘しない。
あとは、止まりそうなほど激しい吸気と呼気が、延々と繰り返されていく。呼気が吸気を、吸気が呼気を追いかける。

 パチン!と彼女の白衣上部の・・・ボタンが跳ね跳んだ。

 お互いの寂しさで抑えていたものが、爆発した瞬間だった。

<もしもし?先生!もしもし?>

 受話器の声にこそ、節操が感じられなかった。




85

2009年6月30日 連載

 真田病院の事務室では、もはや活気は失われていた。

「ああ・・・ああ」シナジーは携帯を何度も頭に打ち付けた。女性事務員らは、シュン・シュンとすすりが絶えない。

「うちは空床閑古鳥のままか・・・」

 診療しているドクターらには、まだピンとは来ていない。検査を終えた一同は、カテーテル室の休憩室でダベっていた。

 トシ坊が仕切る。
「東大阪の病院だったんだと」
「ま、何とかなるでしょう!」ザッキーが人ごとライクにしゃべる。
「僕らはドクターだ。経営のことは口は挟めない」
「救急ラッシュがあと3回くらいあれば、うちも満床なんすけどね・・・」
「仕方ない。外来患者はあのクリニックが独占してる」

 ザッキーはゴミ箱を蹴った。

「というより、シローでしょう!裏切り者のせいですよ!」
「僕も、最初はそう思った」

 トシ坊はザッキーのように思ってなかった。

「ザッキー。君の欠点だが」
「いきなりそれきますか?」
「診断するときに大事なのは?」
「はあ?そりゃエビデンスでしょう?検査の情報とか」
「時間がないから言うが。背景にもっとこだわれ」
「背景?」

 トシ坊は、もうちょっと詳しく言う必要があった。

「ユウ先生がよく強調していたことだ。物事には背景というものがあり、それを起こすべく何かが潜む」
「リスクファクターですか?」
「それも1つだな。家族歴、生活様式・・・」
「それくらい、僕だって気にかけてますよ」
「それだけじゃない。患者が病院にかかるまでの時間、それまでの既往の不自然さ、家族の顔色・・」
「で?シローと関係あるんすか?」

 ザッキーは冠動脈造影をパソコンで解析中。防護服を脱いだ。ドサッと汗まみれの服が落ちる。

「シローの不可解な行動も、ひょっとしたら理由が重なってのことかも」
「金に目がくらんだ裏切り者でしょうが?」
「そういう風に、仲間を見てたのか?」
「そういう風って・・・」

ザッキーは言葉を失った。彼も本当は・・・

「ユウ先生も、彼を憎めなかった。縁を切るとかいいながらも次の日には銀行で待ち伏せてたようだ」
「縁を切る・・?そこまで言ったのにまた会う?」
「本当の人間らしさって、何だと思う?」

ザッキーは考えた。
「それはまあ、人を救おうっていう犠牲心でしょう」
「いや・・・」
「何?」
「<弱さ>だろう・・・」

日系人のピートは近くで爪楊枝を加えていた。目は閉じている。

「弱さか・・・日本人の最後の性(さが)だな」
「最後の?」トシ坊が問うた。
「今の日本人を見てみろ。今じゃ、俺の故郷アメリカに金を吸い取られ、魂までデフォルメされて・・・その<弱さ>にまでつけこんでいる」
「弱さを無くしたら、人間らしくないよ」
「そうやってお前さんらは美化するが。勝者になれない奴の言い訳にも聞こえるな」

立ち聞きしていた桜田は、流れっぱなしの水をずっと眺めている。

ソファで寝ている大平が顔だけ上げた。

「勝者か・・・勝者な。でもピート」
「あん?」
「どういうのを勝者っていうんだ。お前の国では、金を手にした奴のことだろ」
「金はついてくるものだ。勝者なら誰にでも」
「だから、足津のような奴が生まれた。これからもどんどん生まれる」

ピートはそっぽを向いた。
「お前は僻地で、勝者になったか?」
「おい取り消せ!」

大平は飛びかかった。

「やめて!もうやめて!」叫んだのは桜田だった。
「(2人)ちっ・・」
「もうイヤよ!こんな病院、もうイヤよ!」

ザッキーは含んでいたアメを、歯でカン!と割った。

「もうイヤ!あたしは患者さんを救ってる皆が好きなのに・・・くく」
泣いているようだが、みな正視しない。

「どうして争うの?ねえどうして人をそんなに否定できるの?」

ザッキーは気まずくなり、立ち上がろうとした。

「ほら!先輩はまたそこで逃げようとする!」
「逃げるって・・俺が?俺が何から逃げた!」
「みんなで力を合わせなきゃ!」

ザッキーは腹が立ち、呟いた。

「ならおい。足を引っ張らないよう頑張りな!」
「うっ・・・」

彼女は急にしずまり・・・隣室のフィルム室へドカン!となだれ入った。

「さく・・・!」
大平の声は届かなかった。














84

2009年6月30日 連載

 ユウ・田中が徒歩で裏庭に到着したときは、もう1時間も遅れをとっていた。

「はあはあ!大丈夫ですか先生!」
「虫よけスプレー、すべきだったな!」ユウはあちこち掻いた。
「ハチの大群には驚きましたね!」
「てて・・」

 病院の外周を回る。人の気配がまるでない。ユウはリッチな外観を見回した。

「とてもこの病院が破産するとは思えないな・・・」
「噂によると、計画倒産のようですね」
「計画倒産?」
「ほら。会社とかでよくあるじゃないですか。潰れる前にいろいろ建設して、マージンを頂いてから破産するっていう」
「最後のひと吹き、というわけか・・・」

 田んぼの多い地域ながら、やけに車の混雑した音が聞こえる。

「・・・あれは?」ユウらは目を見張った。病院の正面前に、数えきれないほどの救急車がひしめいている。

「田中くん。ここにも救急ラッシュか?」
「いえ・・・どうやら逆のようで」
「逆?」

 確かにそうだった。患者は救急車へ1人ずつ戻されているような形。ベッドも、徒歩もいる。徒歩の患者はまとめて数人、誘導されている。

 ユウは白衣の女性に気づいた。ドクターの白衣のようだ。

「おいあれ!あいつだよ!」
「あの女?」
「電気を放つ女だよ!」

 ゆっくり、2人は近づく。

 救急隊員の1人が、藤堂ナースに詰め寄る。
「ですが!私たちは家族だと聞いてたので!」
「だが、ミタライとは言った」
「あなたは病院のスタッフなんでしょうね?本当に?」

 疑い深い隊員のせいで、波紋が広がりつつあった。背後には常勤の老ドクターらが近寄ってくる。

「そうだ!あの先生らに聞いてみよう!」隊員がダッシュするが、他の隊員に止められた。

「あっ?あなたは・・・藤堂さん?隊長さん?」
「そうだ!俺は藤堂だ!」さっそく説教を始めた。

 父親が間に合っていた。<ミタライ医師>は背後の常勤医らのもとに走った。

「あたしは大学病院のミタライ医師といいます」
「おっ。おお・・」院長とおぼしき老人。
「そちらの病院の事情は聞いております」
「う、うちが破産して閉院するという情報をど・・どちらから?」

 藤堂ナースはちょっと間があった。
「・・・オーナー同士の話し合いで」
「オーナー?ああ、なるほど・・・じゃあわしらは分からんな」
「行政処分の前に、私らが」

 じいさん医師は、ホッとした表情に。

「そうじゃな。行政処分になれば、強制的な転院となる。こういう形の方がわしらも・・」

「では」藤堂ナースはさがった。父が全隊員を説得したようだ。
「ありがとう。ミタライ先生」

 ユウと田中は追いつこうとしたが、藤堂親子は走って突き放した。

「おい待て!待て・・」ユウは足の裏に痛みを感じ、立ち止まった。
「自分も、膝が笑ってます!」田中も止まった。
「くそう!この鈍足の足が!」

 さきほどのじいさん院長が、白衣のユウを後ろから抱き締めた。

「先生もか。ありがとう、ありがとう」
「なにやっ?」

 救急車30台余り、一斉に向きを修正する。サイレンがバラバラだがあちこち鳴りだした。

「ミタライ先生にも、よろしく言ってください」じいさんは泣きぬれていた。
「ミタライ?」ユウはこわばった。
「ああ、もう乗りなすった。先生らも早く!」
「なんで、ミタライなんだ・・・」

 田中は転がった。
「今度は、しびれが切れてきたあ!」
「なんで・・・」

 ユウは不思議がった。

 遠くまで続く山道を、いろんな形の救急車が続いていく。それぞれ名前が違う。あちこちから呼び寄せられた車体のようだ。

「なんで、俺のもとコベンの名前なんだ・・・」

 連なる救急車の先頭、運転手は藤堂隊長自ら。
「大学病院という話だったが、その前に経由する場所がある」
 とアナウンス。助手席の娘は汗だくの服を脱ぐ。

「・・・とにかく、ついてこい!」






83

2009年6月30日 連載

  山から出てきた藤堂ナースのバイクは、大型病院を見上げていた。裏庭のすぐ手前。間もなく破産の病院だ。

「・・・・・」

 片手で電話。眼は正面。声を演出。

「東大阪救急?搬送をお願いします!」
<どのような患者さんで?>
「東大阪のXX病院に家族が運ばれたんですが・・・うっ。うっ」
<だ、大丈夫ですか?>
「別の病院を希望したんです。でも運んでくれなくて」

妙に、女らしくしゃべる。裏庭から歩いて、職員専用入口より内部へ入る。

<その。つまり・・・我々はその病院へ行けばいいのですね?>
「はい。うっ・・」
<ではまずXX病院へ連絡をして確認を>

事務室はもぬけのカラ。

「お願いします・・」
<はい・・で、先生のお名前は?>
「・・・・・そうだわね・・・ミタライ!」

電話を切る。すぐさま、足津へ連絡。

<到着は予定どおりですね>
「救急車は1台手配した」
<では、残り65台は我々がバラバラに手配します>

「ちょっと」後ろからじいさんの声。
「?」振り向くが動揺してない。
「事務当直の者です・・・」じいさんもそう動じてない。

 藤堂ナースはピキン、と1万円札を指の間に挟み、渡す。

「ありがとう、ありがとう・・・このあとは私は何を?」
「失せな」

 藤堂ナースはパソコンを起動し、入院患者の状況把握を確認。情報の通りかどうかを確かめる。思えば贅沢な作りの病院だ。シャンデリアなどのバブルを象徴するような小道具が暇を持て余している。背の高い天井にガラス張りに・・・利用価値は大いにある。

 ここを病院のまま継続するか、全く別の施設と化すか取り壊すかは、すべて足津の裁量に任されている。

 しかし藤堂には全く関心がない。彼女は大学病院へ<進出>することしか頭にない。

 そこで見届けたいものがある。

 一方、父親の救急隊長は他の病院の待合室にいた。
「・・・・・」
 隊員が横に2人いる。どうやら搬送を終わって、帰還命令の待ち時間のようだ。

「ん?」電話が入る。横の2人は寝ている。

<私です>
「足津さん。ああ!」思わず起きあがった。
<お嬢さんは、奪取の第1段階に成功した模様で>
「XX病院のですな。では私は参加しなくても・・・?」
<結構です>

父親はニヤリと幸せを感じた。

「そうだ。真田は・・真田の連中は大丈夫でしょうな?」
<1台の追跡があり難渋したようですが、山中で消息をたったようです>
「彼ら、手ごわいですよ。本当に息の根止めないと・・」

余計なアドバイスを、足津は無視した。確かに、勝負はついていた。

藤堂隊長は胸騒ぎがし、いきなり立ち上がった。

「おい。お前ら」
「はっ?」2人が目を覚ます。
「俺は1人で帰るから。お前らは適当に帰れ」

携帯で、株価の確認。上昇している。

「いいな。交通費はこれで」数枚、紙幣を出す。
「えっ?こんなに?」2人の目が輝いた。
「吐いて捨てれる金だ」
「ぜっ・・ぜひどうぞ」
「フン!」

 隊長は娘のことが気にかかり、XX病院を目指すことにした。すぐ外、リモコンで救急車のエンジンがかかる。

「おいまだ帰るな!病棟まで手伝え!」医師が1人出てくるが・・・
「ふん!」腹を蹴った。
「ぎゃふん!」
 
うずくまる医師を尻目に、隊長は乗り込んだ。

「俺の仕事を邪魔するな・・・!」



松田クリニックでは、院長が両手放しで喜ぶ。

「いやっほう!よっしゃあ今日はもう休診や!」
「(一同)おおおお!」

診察室のシローは、消えた明かりに驚いた。
「ええっ?」
「休診じゃあ!もうこんな苦労せんでもええ!」老師長があちこちスイッチを消し始めた。

 不満たらたらの患者らが、1人ずつ強制退去させられていく。外人スタッフらも強気だ。
「ハイハイ、今日はモウオワッタヨ!」
「信者さんは診るからな!」老師長が仕切る。10数人の信者らが残る。

 院長はノルマの達成に満足し、どっと脱力感に襲われた。

「燃え尽きたな俺たち!シロー!」診察室にいきなり入る。
「まだ診療は終わってなくて・・」
「もうええねん。これからは気長にやんねん。真田にも患者は帰らんやろうし、あそこの崩壊を見届けるだけや」
「崩壊・・・」

 クリニックの外来患者数は、今も増えたままだ。それはシローの人柄によるところが多かった。






82

2009年6月29日 連載

 果てしなく続く坂。生駒山の険しい急カーブが連続する。真田病院では、ある程度の病院名がしぼれた。

 シナジーは5つほどリストアップする。
「東大阪市だと大変なところだったが、どうやら山の向こうのようだ。だとすればかなり少数にしぼられる」

 事務員らが5人、同時に電話をかけ始める。だが1人ずつ・・虚しさとともに自信なげに受話器を置いた。

「も・・・もう一度!かけるんだよ!」シナジーは苛立った。

 バイクは中腹よりやや上。そのカーブで停車した。後ろの外人は立つと、ジャージ姿。その足元にある大きな袋から・・車輪。

「藤堂サマ。アトはドウゾ。カレラをユードーします」
「・・・・頼むわよ」

 半分オフになりかけの泥道、後輪でギュルルン!と泥を振りまく。彼らを待ち受けるつもりなのか。

 同じくショートカットの外人男性は、瞬く間に2輪の自転車を完成させた。折りたたみ自転車を組み立てただけだが。

 バイクは脇から発生する山道をゆっくりと降りはじめていった。整備がされておらず、転倒の危険が大きい。むろん地図にも載ってない。

 外人が自転車にまたがり振り向くと、ドクターカーが現れた。
「ハールよ、コイ。ハーヤクコイ!」彼が唯一覚えた日本の歌。

 チャッ!と山道を降りかけ、ドクターカーも乗り込みかけたが・・・

「田中くんやめろ!通れないだろ!」
両側は樹木の枝が無数にある。バキバキバキと何本かクリアしたが、何度もガツン、ガツンとせき止められる。

「それでも行くのか?」
「・・・・・」必死で声なし。
「スレッガーさん。やべえ!やべえよ!」

 前方の自転車は、悠々と滑っていく。何度も振り返りながら。ドクターカーはもう原形をとどめていない。間違いなく廃車だろう。そう思うとユウは気が楽だった。はずもない。

「俺らが、たてかえな、いかんのかな・・・」

 バコン!バキン!と自然を壊しながら、ドクターカーは40度斜面を滑って行った。信じられないくらいの段差が唐突に出現。

「(2人)うわーっ!」

 ズドン!と車底が当たり、ケツに響く。頭が天井にぶつかる。マジックボールのほうがマシだった。

「道が広くなってきたな・・おいあれ!」ユウは左を指さした。

 自転車が、並走している。平地で走りやすくなった。彼は何やら必死で喋っているが、こちらには全く聞こえない。

「あー?なにー?」
「クラエ!」
「くらえ?ああ、<喰らえ>ね。はいはい。なにっ?」

 両手手放しの外人は、カゴの中からパッドをニューッと伸ばした。こっちへ・・・

「わわ!おい近づくな!来るな!」
「どうしたんです!」田中が動揺する。
「右へ寄れ!田中くん!」
「精一杯ですよ!」
「電気が!電気!」

ライトが点く。まだ昼間。

「バカ!ライトつけてどうすんだ!」

外人は歯ぐきむき出しで、斜めにこっちに近づいてくる。
「カンデンシテ、シネ!」

バン!といったん助手席へ当たった。ユウは観念した。
「ひっ!あ、当たっただけか!」
「何が?」田中は苛立った。
「あたったたた!あたたた!」呂律が狂う。
「こんなときに北斗の拳ですか!」

 ユウは正気に戻り、白衣に手をやった。ペンライトなどを投げつけるが、全くの見当違いの方向。

「ハッハッハー!ジャップもタイシタコト、ネーナー!」
「日本語うまいな!」

 ユウは狙いを定め、丸めた聴診器をロープにつなげ、垂らした。
「そら!」
「ナニッ?」

 前輪に違和感。感じた時には遅かった。気付いた時は、逆ウイリーで宙を舞っていた。

「オオオ!オマエエエエ!」

 ミラーで、背後の転倒を確認した。ユウは首をポキポキと鳴らした。

「<お前>は、やめてください・・・」


 








 



81

2009年6月29日 連載

 真田病院。ザッキーは自転車で、救急車群の周囲をギューン、と旋回した。

「とりあえず、あとは中等症といった感じですね!大平がうまくやってます!」

<軽症は、桜田と眼科医が中心で!桜田は玄関前にいったん戻れ!>とトシ坊。
だが、応答がない。

<桜田?>

 空きベッドの近くで吐いている女性がいる。きっとあれだ。
<ザッキー。もう1人、入院だ>

 切り、トシ坊は入院患者のベッドを一手に集め始めた。救急車は1台ずつ、ゆっくりとバックを始めた。

 事務室、シナジーは指で壁のスイッチを押した。
「そうは、いかないかもよ!」

 駐車場の向こう、そろそろと鉄の柵が上にせりあがってくる。2メートルはある。これで出口は・・・

「なくなった!」
 シナジーは腕組みし、モニターを確認した。ドクターカーは山を登ろうとしている。
「大阪から、出るというのか?」

 と、大平が桜田を背負って入ってきた。みな、走りかかった。
「(一同)桜田先生!」
 どうやら眠っている。あちこちの吐物がものものしい。

 当直用のベッドに、そのまま寝かされた。ザッキーが点滴ルートを確保。

「大平。ちゃんと面倒を見ないと。ユウやトシキに怒られるよ」
「お、俺は・・・子守係じゃない」

 女医の睫毛が微かに揺れ続ける。大平はため息をついた。
「彼女は一生懸命やってた。お前らは、それを評価してないだろ?」
「一生懸命は、誰だってそうっすよ」
「お前らはバラバラだ。分析してそう結論するよ。俺はね」
「好きにいいなよ・・・」

 点滴がポチポチ落ち始めた。ザッキーは立ち上がった。
「俺たちは、即戦力が欲しいんっす。可哀そうとか一生懸命とかは単なる美化ですよ」
「ダメだな。ここの病院は。やはり俺が立て直し・・」
「僕は、イチ抜けますんで」

 一言多いザッキーだが、後ろのトシ坊もあえて反対しなかった。

 大平とトシ坊は、並んで詰所へ向かった。トシ坊は長い沈黙を破った。

「大平くん。今回の救急ラッシュではかなり助かったよ」
「だろ?でもあれより大変なの、あったぜ」
「ただ、君の言動には不快なところがある」

 ピタ、と大平は止まって見上げた。

「この病院は、下への丁寧なカリキュラムを立てず、いきなり第一線でこきつかう。そういう病院とは聞いてなかった」
「新人を育てたい気持ちはある。だが、ちょうど動乱のときに彼女は来た」
「俺もな。だが言動を責めないで欲しいな。行動で示す人間だからな」

トシ坊は、やれやれと首を横に振った。

「もちろん、行動で示すこと自体は説得力だ。でも納得させるものでないとね」
「なにっ・・・」
「インフォームドの意味を、履き違えてませんか?」

トシ坊の言い方も、それなりに相手を苛立たせるものだった。

トシ坊は詰所に入ると、後姿の師長。ツノが2本見えた。

「ミチルさん。早めの退院、促しておいてくださいよ!」

ミチルは声もなく、喋りだした。
「お前らナメとんか・・・指図ばっかりせんと・・」

「はい?」トシ坊はとぼけた。

「雑用から何から!手伝えやさっさとー!」
「(トシ坊・大平)は、はーい!」2人とも腰を足でどつかれた。

 その頃、点滴のおかげか桜田が目覚めた。両側はカーテン。右手を顔に持っていくと、誰のか分からない凝血。

「お・・・終わったの・・・?く!」腰が痛く、向きを変えた。カーテンを少し開けると、ナースらのダベり声が聞こえる。

「ブヒブヒ!これから先が心配やな!あの女医さん!」
「ブヒ!確かに要注意やな!ヒステリックっぽいし!」
「ブヒブヒ!ザッキーがまだ救急は任せられんっていうてた!」
「僻地で楽ばっかしとったんやろ!」
「ブヒ!」

 悔しいがいったん力尽き、カーテンがサラッともとに返った。



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