受付が、積み重なったカルテの山の間にさらに、また1冊しのばせる。
「えっ?ワリコミ?」藤堂ナースは少し驚いてみせた。
「あ。これ。信者さんですので」クールなヒラ事務員。
「信者・・(小声)ああ。例の宗教の」
松田院長は噴き出した。
「俺は教祖ちゃうで。はは。俺も入信させてもろとる宗教やで。ま、これは信者割引みたいなもんやな。特典や特典!ワリコミ特典!がはは!真珠会と、この宗教法人が俺のオーナーや!」
「・・・・・」
「いや実はな。もう1つオーナーがあんねん。ファンドって知ってる?」
「いえ」
わざとらしく、とぼける。
松田はまたパンを食べる。忙しい奴。
「前2者は双方とも経営が厳しくてな。日本の組織はもうダメやねん。今は海外のファンドっちゅう銀行同然の会社が助けてくれるねん。まあ裏はあるやろけどな。でも俺はええねん。誰が主人だろうと、飼い主の手は噛まへんライダーや!ははっ。かまへん?かまへん?」
世代が世代で、通じない。
藤堂ナースは秘かに思った。
「(宗教との癒着は噂通りだ。それでココの病院は患者が多いのか。無視はできないな・・・)」
足津の言う通り、ここは乗っ取る価値が大いにあると目論んだ。
「いつっ!」思わず藤堂は目がひきつった。腰を押さえた。
「どした?ん?」松田が腰を触ろうとしたが、一瞬ではねのけた。
「すみません。いいですから」
転倒したときの傷が痛んだ。思わず手をやった腰には、大事な<装置>がある。これは悟られてはならなかった。
「どけどけ!どけい!」
ラオウのごとく、巨漢が登場。みな道をあける。
ゆっくり白衣を着込み、受付情報をパソコンで確認。
「ふ~いふ~いふい。再診の予約の間に新患が多数。わしがツバつけた、真田の患者がけっこう来とるな。よしよし。こっそりやってた往診のかいもあったわけや。ン?」
彫りの深い若いナースが、獲物を狙うように上目遣いに見ている。手書きだが<藤堂>の名札が目に入る。
「お~う!あんたベルサイユのバラみたいやね~・・・へへへ。ラスカルやったっけ。ちょっと眺めてもいい?」
「どうぞ」
松田は、周囲を舐めるように眺めた。
「よろしくお願いします」
「これがまた。いい匂いやね~ん」
髪を撫でられるのは屈辱だが、藤堂に我慢は慣れたものだった。
老師長はカーテン越しにハンカチを噛んでいた。
「クゥ・・・!」
イライラしたまま、シローの診療室に戻った。カルテが山積み。
「看護師さん。この7冊が検査!急いでください!外傷の軽い処置も急いで!」シローが指示。
「フー!」とため息。
「点滴処置がこれからあります!超音波するので電気消して!」
「はぁ?なに?そ、それはせんせいが!せ、先生がやってくださいよ!」
「え?」
老ナースは切れた。
「私たちのことを、あごでこき使うんですか?だって先生!今そう言ったじゃないですか!」
「言ってませんよ!」
「言ってなくとも!それに近いこと言いましたー!」
「いったいどうし・・」
「アー!アー!」
両耳を指でふさぐ。
非常勤のシローは、正直なめられていた。このままだと、スタッフらの欲求不満の吐け口になりそうだ。
待合室でざわめきが。患者らは受付へ次々と向かい、院長診療を希望してきた。藤堂ナースはその光景をカーテンごしに見る。
「院長先生。師長さんの様子がおかしいようですが」
「もともとや。ほっとけ!」
「診療を開始しますか?」
「まだや。待たせ!」
松田は大汗でパンをひきちぎっていた。
「はふ!あの師長な。賞味期限過ぎとるオバハンや。長年ここにおんねん。新しいことを何も学ばんと。するとこれがな。なかなか辞めんねん。女の武器もすでに失ってんねん。2の次にはボーナス出せとか言うしかないわけや!行くとこないさかい、ああやってストレス吐き出して気が済ましてんねん!」
「常勤なりたてのシロー先生も、とばっちりですね」
「だから!ええねん。どいつもこいうつもやな。生活苦があって、それこそ何でもしますって荘園に駆け込んできた、いわゆる難民どもや。それを手数料もらいて世話するのが民主的資本主義や。でもな。ここでサラリーマン顔負けの給料出してんねんやぞ?今さら文句は言わせへん!ははは!んがんん」
ちょっと、むせた。
若い藤堂ナースは背中をさすった。さほど動じてもなかった。松田がそれとなく、胸の横をタテに触る。
あちこち怒号が飛び交いつつも、スピード外来はどんどん進んだ。
新装オープンのクリニックは2診制。さっそく診療は始まっている。
シローの診療室で、患者1人3分のペース。補助のナースらがそうもっていく。
「では、採血をして!結果をお待ちください!」シローが威勢よく。
「仕事の都合で、早く帰りたいんだが!」モンスター患者。
「では封書で本日遅らせていただきます!」
「今日?」
「はい!本日中にバイク便がお届けいたします!」
「ほう。広告通り、便利な病院だな!」
「ありがとうございます!」
玄関でも、外人とおぼしきスタッフらがしきりに頭を下げている。
補助のナースがケケケ!と笑って隣の診療室へ。松田院長がまだ来てない。
「繁盛繁盛!マージンもらうで!あん?」
「本日から、お世話になります」ペコッ、と若いショートカットがおじぎして立っている。
美しくも精悍な顔立ちに、おばさん師長は少し気を取られた。宝塚男優のようなオーラを感じた。
「あんた!美しい男みたいやねぇ・・・」
「その字の通り、美男子とよく言われます。でも女です。募集で採用になりました。藤堂と申します」
明らかに作った演出なのがまた宝塚だった。どことなく姿勢が崩れているようだが。多少足をひきずっているのは周囲には気付かせない。
「あんたみたいな新人が、院長先生のサポート?ふーん・・・よろしく頼むわよ。いままで何人もクビになってるから」
「頑張ります」
「クリニックも新天地で最初が肝心や!トラブルないようしっかりやりや!」
若いナースの頭の先から下までアラを探すが・・・ない。自分の脅威になる可能性はある。ならばどうやって苛めてやるか。出る釘は打たれる運命だ。彼らにとって新入りは、無気力で魅力なき笑顔になるのが理想的だ。
「松田先生はね。すごく気が短いんだ。あたしゃ5年以上付き合いがあるんだ。まぁそこはコツがあるんやけどな!」
「・・・・・・」
<藤堂ナース>は不気味に沈黙を守っていた。師長は履歴書を読む。
「あんた、ナースをやる前は?」
「営業とか」
「・・・よう分からんやっちゃね」
自衛隊の話はできない。なので<国業>と話すわけにもいかない。とにかくこれ以上の会話は、組織の役にも立たない。
今は淡々と、次の任務をこなすのみ。
大阪市。道路は渋滞の嵐。そして真田病院。地面から昇りつめる蒸気。
トシ坊、日系人ピートが救急入り口前、駐車場で走り回っていた。救急ラッシュを受けつけている・・わけではない。
「(2人)ちょっと待ってください!ねぇ戻ってください!」
彼らの背後から、まるで指の間からこぼれる勢いで、患者らが小走りに去っていく。
彼らの向かう先は・・・大きな横断歩道を隔てた、2階建ての新規開業医だ。
垂れ幕がバサ、と降りた。
<新・マツダすこやかクリニック>
真田の受付では、外来患者が受付の返品ラッシュ。診察券がどんどん返されていく。
トシ坊は痛い背中と尻をさすりつつ、疑問を投げかけるだけだった。
「どどどうして?どうしてうちの外来客がみなこぞって?」
その疑問は近くのアドバルーンでわかった。
放送が流れる。
<え~。本日新装開店のマツダクリニック!朝刊の広告で見ていただいたとおり!>
「なんだって?」
落ちている新聞を拾うと、確かにカラーの広告が入っている。
「<本日より、新天地にて診療再開!>だって?しかもオープン割引?」
ピートもおなじく、うなだれた。
「病院がこんなことして、いいのかよ?」
よくない。
彼らはもはや、あきらめ顔だった。ピートはわなわなと広告をシワにする。
「フー。ガッデメ。ちょうど国の政策で患者負担が増えた、そのニュースが出たタイミングでこの広告か。負担が軽くなると今日知った患者らは、病院をエクスチェンジする気なんだろう」
「でもそんな。そんな人たちじゃない!」トシ坊の咆哮もむなしい。
でも悲しいかな。患者、いや人間はみな目の前の情報に弱い。それが分かりやすく、安いものならなおさら。基本的に、群衆は疑わしく気まぐれだ。医療不信が育ってた矢先、もしそれを打ち破りそうな期待をもたせる病院があれば・・・
彼らはとりあえず<試食>に向かう。
トシ坊はピョンピョンと両足で跳ねながら、真田病院の空になった駐車場に出た。
「でもシロー。なんでお前まで!」
痛い背中と尻をさする。
車はブブ・・・と山道を下り始めた。
田中君が手紙のようなものを開いた。
「ユウ先生。前の席からすみませんが」
「なんだ!」うしろへ回す。
「手紙です」
「・・・?」封をゆっくり切る。
「さっきはどうしたんですか先生。さっきも一般人相手に乱暴な・・・」
「何が一般だ!あれが奴らの正体だ!」
「(小声)ダメだ。怒りが頂点になってる」
「俺はくそ!くやしい!くやしいんだ!人の心に土足で踏み込むあの連中が!」
涙が少しだが、爆発的に流れた。
「ちくしょう!ちくしょう!」
しばらくして、やや落ち着いた。ユウは携帯をいろんな方向に向けた。
「くそ。未だに真田に携帯がつながらんな。まだ圏外だ。え?」
「その手紙は、1階の事務室で見つけたものです。おそらく辞表のようなものだと」
「おいこれ!真吾の自筆じゃないか!当直日誌以外にもあったのか!」
辞表か、それとも最後に書き残したものなのか。これがユウらが読む、真吾の最後の言葉となる。
キキッ!とドクターカーは止まった。
田中は悩みぬくように、ハンドルに顔をうずめた。
ユウは速読。
「読むぞ。ていうか要約すると・・・<みなさん、すみません。家族も失い巨額の負債を背負い、仲間の信頼も失った自分には・・・>巨額の負債。さっきの件だな」
みな正面を見て各々うなずく。
「誰かから強引に借りさせられたんだよきっと!彼が自分で借りたんじゃない!」寝かけのザッキーも飛び起きた。
「<これ以上ストレスフルな神経に、さらなる労力を引き出すのは自分には不可能と判断しました。村長に相談しようにも取り合ってくれず・・・自分は精一杯やりました。>やはりか。あの村長はしょせん、その程度の奴だよ」
ユウは手紙を顔から遠ざけた。あとはとても読み上げにくい悲しい文面だ。
「だからといって。そのまま過労で押し潰されたとでもいうのか?なあ品川」
「・・・・・・・・・・」
「真吾だけならず他のスタッフも?なぁシナジー!」
「あるいは、その貸し手が期限を迫ったか・・・それが最も有力でしょう」
「俺たちに連絡してくれりゃあ・・・」
「それにしても。この半年間。どうして、私らに連絡をよこさず・・・」
「そうだよ。言えなかったのか・・・なあ真吾。そうなのか・・・」
流れる雑木林を見ても、答えは見つからない。
表現はどうかと思うが、どうやら夜逃げにまでせざるを得ない、そんな状況に陥ったってことは確かなようだ。というのが彼らの推定だ。
まだ実感がわかない。金によるトラブルなど、今まで関わったことがない。こういうことは、どうしようもない人間がするものとユウは思ってた。
時代が、変わりつつあった。
あちこち傷をおった白いドクターカーのエンジンは・・・田中君の粘り強さで、何とか始動した。
みな無言で乗り込む。ケータイの電波は、やっぱり立たない。真田病院への連絡を役場からすればよかったが、あそこでは浮かばなかった。
田中君は運転席で、外の誰かと話す。何やら困ってる。
田中君はツマミをあちこち回す。
「クーラーの効きが、弱いかもしれません。ご了承を」
誰も返事しない。ザッキーはあちこち傷が痛んでる様子。
「てて・・・来なきゃよかった」
ユウはちょっと落ち着いてきた。
「ふう・・・さっきはクソクソとすまんな。でも本当にクソがしたくなってきた」
「真吾先生は大丈夫ですよ」根拠なくシナジー。
「お前のな。そういう適当な口説き文句が嫌いなんだ」
「場を和らげようと思って」
「するな」
「はい・・でも」
「だ・ま・れ!」
「・・・・」
運転席でハッとした田中君は、いきなりドアを開けて外に出た。
すぐ外、タンクトップや薄着の地元住民。
田中君は対応に追われるように身振り手振りし始めた。
「こちらはどうにも・・・」
「夜逃げや!きっと夜逃げや!」近所のオッサン。
「理由が分かり次第」
「ホンマ、あてにならんな!あの院長、家族に捨てられて行き場ないからここへ来たんやろ?所詮それだけのもんよ!」
車に乗りかけたユウは、にらんだ。
「なんだと?誰のことを・・」
「なんだと?やって。今おい、聞いたかみんな?」
オッサンはひるんだが、周囲の数十人が頷いた。
ユウは疲労のせいか、自分でもどこか人が変っていたように思えた。
「今の、言いなおしてくださいよ。院長として、ここでずっと奉仕しようと決めていた人間ですよ?」
「よう分からんわ。医者の言うことは長すぎて」
「なに?」
「じゃあ、なんで今おらんねや?どこに行ったかお前らなんで分からんねや?」
「くっ・・・」
「そういう連携をするとこから、始めるべきじゃないんですか?」
「・・・」
「お・医・しゃ・さ・ん!」
ブルルン、とエンジンも怒って聞こえる。
「ほ、本当の理由もまだ分からないのに、勝手に話を決めつけるな!」
「おーこわ。みんな聞いたか?こんな言葉、患者に言うか普通?こぉんな常識がない医者はな、どうせろくな診療せえへんで!わしは診てもらいとうはない。なになに。真田病院・・・ジャロかジャフにでもに訴えたるさかい!消え失せ!」
「(民衆)そうやそうや!消え失せ消え失せ!」
ユウは車に乗り込んだ。住民が双方から車を揺らす。石も飛んでくる。
「ダメだこいつら!なんで俺ら、こんな地域に加担したんだ!」
田中君は無言で、車を発進させようとした。
「だ・・だめです!両側から持ち上げられている!」
グラグラがだんだん大きくなってきた。シナジーが身を乗り出した。
「田中!サイレン鳴らしてひるんだ隙に、バックして即ダッシュしろ!」
「あわわ!いきますよ!」
いきなりピー!ポー!という音と同時に、みな反射的に離れた。
「(住民)うわああああ!」
ドクターカーはバック、前輪が先に地面にたたきつけられた。続いて後輪。その後輪は前にキュルル!と回り始めた。
品川は叫んだ。
「田中ー!ゴーゴーゴー!」
ドクターカーはやや斜めに傾きつつ、ドバン!と弾丸のように突っ切った。機体が一瞬浮いたようだが、軽快にバウンドした。
役場の出口を出ると、容赦なく太陽が照りつける。
とたん、シナジーのケツが蹴飛ばされた。
「あたっ」
「おい。品川・・・ちゃんとしてないから!お前が!」ユウはまた蹴ろうとし、シナジーはよけた。
「権利が自治体へ移るまで、管理はやってました!」
「話が違うぞ。村長の話では、自治体が丸投げしようとしてそれを真吾が買って出た。これまでのお前の話では、お前ら経営側が自治体に・・」
シナジーは田中君と顔を合わせた。
「うーん・・」
「何とかいえ!」
「ですから。それもオーナーが」
「だる・・・お前はオーナーが死ねといったら死ぬんか?」
「はい・・・」
「モアだる!どうなってんだ・・・」
借用書のコピーに<3000万円>とある。
「だんだん分かってきたよ。病院経営の存続には金がいる。院長は運転資金を調達したんだ。かなり悩んだんだろうよ。きっと消費者金融か何か・・」
「消費者金融に3000万円なんて、いきなり借りれますかね?」
「そりゃ企業とかよ。開業資金を、医療機械屋が負担とか、あるだろが!」
ユウは怒りのやり場に困った。だが怒りは増していく。実感が湧かない分そうなる。
田中君は話をまとめた。
「つまり運転資金が回らなくなって。村長は知らんふり。病院崩壊を恐れた院長の真吾先生が、仕方なく名義を自分にかぶせた。スポンサーを発掘した上で。で、催促がきた。経営はストップ、病院の物品が持っていかれ職員らは退かざるをえなくなった・・・」
まあまあ、正しい線だった。
引き続き玄関を出て、ついてきていた村長の表情は、相変わらず腑に落ちない。
「単に個人の交渉で、巨大な赤字を補てんなんてできますかなぁ?」
「いたのかよ・・・・・おい事務長。こんな奴らに協力したのが、そもそもの間違いだったんだよ!」
「・・・・・・・」シナジーはまた狼狽しきった様子。
「村長さん。アンタがよその病院に受診していること自体、もうそのときすでにこの病院は見放されていたんだよ!」
村長はそれがどうしたといった様子。
「知りません」
「人でなしが。ああ腹立ってきた!」
「大袈裟な。文句があるなら、厚生省を通して抗議してください」
「おぼえとけ!」
「はい。覚えときますよ」
「うるせえ!」
ユウは荒くなった。
やがてみな、力なく役場をあとにした。
さびれた喫茶店で、高すぎるメシを食う。
「クソ!クソ!」
食事中だが、怒りの言葉を探しまくった。
「クソクソ!」
田中君が困り果てていた。
「先生。食事中にクソは・・・」
「あんな奴らが上に立つ限り、僻地に未来はないだろ!」
本心でないながら、ユウはパンが喉を通らなかった。
<村役場>。午前中。
「ですから!あの病院が閉鎖とは、うちは聞いておりませんでしたし!」高齢すぎる村長は、両手をテーブルにつき、いっこうに譲らない態度だった。
「ていうより、何があったんですか?」灰色化したカッターの品川も接近した。
「町民はみな休診だろうと噂してましたよ?」
「噂って・・・あなたは関心がなかったんですか?」
「私は健康だから、病院に行く必要がない!」
「そうじゃなくて!」
「もっとも私は、市の大きな病院で検診してますから、村の病院には関与のないところですがな」
「くっ。村長である以上、ときどき現場を訪問してもらうはずでは?」
村長は大きな欠伸をした。みな腹は立ったが、つられた。
「経営は、もううちは関与してませんので。知りません!」
「ええっ?じゃあ誰が引き継いだというんですか!」
「だから知りません!」
村長は、ザマミロといった表情で頭を掻いた。
「う~ん。困りましたな。うちはもう関係ないのです。ただ。あんたらが去ったあと、あの病院はずっと赤字続きだったんですわ」
「むぅ・・・」
「これ以上、経営は困難だと院長に説明したんですよ。そしたらなそこの院長が。≪もういい!オレがやるうっ!≫って言うもんだから!」
ユウの目が光った。
「ウソこけ・・・」
「で?そちらの話をまとめますと。昨日の夜いきなりトラックが動き出して病院を破壊。その中身は夜逃げだったわけですかいな?あんたら、誰かに恨まれてんの?」
なぜか皆、シナジーを見つめた。
「だ、だから知りませんってのに・・・」
シナジーは狼狽した。
シナジーは、気を取り直した。
「しかし。自治体が経営を簡単に放棄するとは。誰がこんな人に病院経営を託したんですか?」
「お前以外の何者でもないだろ!」ユウは間を逃さず。
「ですかね・・ですよね。でもオーナーが」
「逃げんな!」
ハァ・・と田中君はコナンのようなため息。
「オイオイ・・・」
すみません・・・と言わんばかりに小さな若い女性が村長の後ろに。
「あの・・・金銭のことはそれと関係が・・・?」
「きんせん?その封筒は?」品川は封筒をいくつも受け取った。
しばらく間。
「<電話料金のお支払い>?」
「あ!あ!ごめんさい!これ!こっちのほう!これが落ちていて・・・」
<追加金の請求>とある。
ザッキーがのぞきこんだ。
「真吾院長の名義の・・・借用書コピーですよ」
「バカな!彼が借金?だれに?」
品川は何度も裏表を読んだ。
「サインは真吾本人がやってますね。でも肝心なとこが破れてて、貸し手が誰か分かりません」
シナジーはそのまま後ずさりし、壁にもたれた。
「字が汚いのを差し引いても、これは本人の字です。真吾先生・・・なんで自ら負債を?どこに?あ。ザッキー先生!」
ザッキーは立位が保持できず、よろめいたところをユウが受け止めた。
「みな疲労がたまってる。調査をお願いしよう。なんだかここにいると・・・」
みな同様の表情をした。
「息がつまりそうだ・・・」
真夜中で、しかも近くには店も交番もないところだ。当直室などから毛布を引っ張り、数枚はそろえた。田中君が腰をおろす。
「はぁ~。やっと集まりましたよ。病院の物品が、ほとんど取られてないですもん」
ザッキーの背中、軟膏を塗るシナジー。
「駐在所も不在です。とことん過疎地になりましたね。ここは・・・」
ユウは埃を払い、暗い周囲を何度も見回した。
「なあ品川。病院が移転したってことはないか?」
「先生。さっきの日誌から察すると、何かに追われてたと考えた方が」
「追われて・・逃げたと?あいつがそんなこと、するわけないだろう」
シナジーは真顔になった。
「いや。人間分かりませんよ。追い詰められたら何をするか・・」
「真吾はそういう奴じゃない!」
「はいはい。そうでした!」
「追いつめられたら、話し合えばいいだろう。第三者を介して。ただし暴力か何か絡んだなら、これは事件だ」
ザッキーは疲れ、鼾をかき始めた。体の半分が包帯でくくられた。
ユウは立ち上がり、近くにある滑り台を見上げた。
「僻地の病院作るために、死ぬ思いまでしたんだぜ?」
「わ、私に言われても・・・」シナジーは自信をなくした素振り。
近く、影が走るが誰も気づかず。
携帯の電波がいっこうに立たず、みなメールなど見始めた。
田中君はケータイを閉じた。
「またなんか・・・聞こえません?」
耳を澄ますと、ギギ・・という音。ロープがきしむような音。
シナジーは身の毛がよだった。
「とりあえず!出ましょうよ!」
「(一同)お、おう!」
田中君はザッキーをゆすった。
「起きて!起きて!」
「う・・」
「困ったな・・・<急変です>!」
「なにっ?」
ウソのように起きた。
倒されたテーブルやイスの脚を乗り越え、みなダッシュした。
ユウが横目で見ると、大きな柱にロープ。その奥の奥に・・・
「べ!別のトラックで引っ張ってる!」
「えーなにー?」シナジーが驚いた。
「何が半径数百メートルだ!品川!」
「別のトラックは計算外で・・・!」
すると、頭上の天井のハシッコがみるみる迫ってきた。
ユウらは出口を目指した。
「は、柱が引っ張られてんだー!」
ロープは大きな柱を食いちぎり、真っ二つに折れ曲がった。即座に、天井が端から順番に落ちてくる。よりによってその端の下を、ユウらが駆け抜ける。
「(一同)うわああああああ!」
やがて病院の2階、いや3階部分が力なくグシャッ、と傾き、それとともに1階部分がズドーン!と豆腐のように倒れ込んだ。
続いて流れるように他の部位が力尽きた。
ズドドドド・・・と、僻地の病院は巨人に踏みつぶされるがごとく、力なく倒れていった。不健康そうな煙が四方八方へと広がっていく。
残されたのは、コントのように埃をかぶった真田のスタッフらだけだった。
「うわ!まだいるぞ!」
ピキーン、とライトをつけたトラックが停まったまま、病院1階のど真ん中でたたずんでいる。周囲は瓦礫と書類が散乱している。
「誰が乗ってるんだ事務長?」
「し、知りませんよ!」
「お前。誰かリストラしたのか?」
「してませんよ!勝手に辞める人ばっかりですよもう!」
「お前に恨みを持ってる奴だろ!」
さっきまで行方不明だった小柄のザッキーが、トラックの前輪を乗り越え、そろ~、と運転席の近くまで登っている。
「命知らずな・・・」ユウは傍観した。
「要精査、と判断したんでしょう」シナジーはゆっくり降りにかかった。
田中はトラックの正面で土下座して命乞いしている。たぶん時間稼ぎだろう。だがそれが彼のいいキャラだ。
ザッキーは運転席のドアを開け運転手の腕を引っ張り、そのまま重力に任せ落下しはじめた。
「てやあ!堕ちろ!」
「!」ヘルメットの長身が、ザッキーとともに3メートルほど落下した。
ヘルメットはバウンド、同時に甲高い悲鳴。運転手の上にザッキーの体がバウンドした。
「あうんっ!」
妙に色っぽい声?
ザッキーはワンバウンド、はずみで手首をねん挫した。
「いたあああっ!くそ!お前のせいで!何が<あうんっ>だ!」
襟をつかもうとしたら、むにゅっとしたものをつかんだ。
「うっ?女性化乳房?てかオンナ?」
その隙に、ザッキーに電流のようなものがズバーン!と走った。即、ごろごろ転げまわる。煙も出た。
「たっ!たた・・・うあ!」
一瞬の出来事だった。
モクモクとした煙が消えたとき、その姿はなかった。ザッキーのあちこちから、焼け焦げたにおい。
「つつつ・・・」
「ザッキー。火でもつけられたのか?」
「水。水・・・」
「スタンガンかな・・・」
シナジーは自販機にコインを打ち込み、ペットボトルの水をぶっかけた。
「いやあ。ここまでは痛まないでしょう?もっといるもっといるぞ!田中!」
「ふぅ~!いてて!・・・ここも!」
奥の闇は深く、何の姿も追えない。
田中はドクターカーの点滴を取り出し、さらにビュー、と浴びせた。
「かけてほしいとこは?ないですか?」
「がが、顔面シャワー以外で・・・」目覚めた。
「おっ。大丈夫のようですね!」
よく見ると、衣服があちこち破けている。ユウは傍観した。
「そうだな。スタンガンなんてもんじゃない。まるで雷にでも打たれたみたいだな・・・どうする?品川。孔明。何か策は?」ユウが聞く。
シナジーは、周囲に何もいないのを確認した。
「半径数百メートルは大丈夫。とりあえず、ここで夜を明かしましょう。役場の営業開始を待つのです。自治体に詳しく事情を聞きましょう」
「それ、策ってもんじゃないな・・・」
3階。医局。ここも真っ暗。電気もつかない。月の明かりとペンライトに頼るしかない。
椅子が4つ互いに向かい合っている。
白板にいかがわしい絵?と思ったらマジック手書きのダーツの図。中心ほど穴がいくつか開いている。相当の腕と圧力だ。
「暇つぶししてたのか・・・?」
院長室もあけっぱなし。
「真吾・・・」
医師として、ユウにとって心を打ち明けられたのは彼ぐらいだった。その彼の部屋はまるで泥棒に荒らされたように汚い。ルーズな者でもここまでは・・・。
「古い本だけ残ってるような気がするんだけど・・・」
そういや、半年前に電話したときどこか、彼暗かったような。それもやはり、<先生が知らないだけ>なのか・・・。
「(半年前からお前。電話にも出なくなって・・・俺が何かしたっていうのかよ。友達じゃなかったのかよ・・・)」
いきなり背中を押された。
「ぎゃあああ!」
「しっ!」事務長だ。ノートを持っている。
「バカヤロウ!なんだそれ?」
「当直日誌ですよ!」
ズズーン、と1階はどうやらとんでもない事になってそうだ。数センチ、背が縮む思いだ。
事務長は携帯をライト代わりに、当直日誌をパラパラめくった。
「1週間前までは記録があります。救急もふつうにとってる」
「経営がヤバい状況だったわけではないな」
「とも限りませんが。はい」
「まて!そこ!」
最終行。
「<目標額にはほど遠く・・・>とまで書いてるが。あとは破れて読めん」
「目標額・・・」品川は頭をひねった。
「思いつめて、思わず書いた文章のようにも思えるな」
品川と話しても埒があかず、階段で下りた。しかし・・・
椅子が4つ互いに向かい合っている。
白板にいかがわしい絵?と思ったらマジック手書きのダーツの図。中心ほど穴がいくつか開いている。相当の腕と圧力だ。
「暇つぶししてたのか・・・?」
院長室もあけっぱなし。
「真吾・・・」
医師として、ユウにとって心を打ち明けられたのは彼ぐらいだった。その彼の部屋はまるで泥棒に荒らされたように汚い。ルーズな者でもここまでは・・・。
「古い本だけ残ってるような気がするんだけど・・・」
そういや、半年前に電話したときどこか、彼暗かったような。それもやはり、<先生が知らないだけ>なのか・・・。
「(半年前からお前。電話にも出なくなって・・・俺が何かしたっていうのかよ。友達じゃなかったのかよ・・・)」
いきなり背中を押された。
「ぎゃあああ!」
「しっ!」事務長だ。ノートを持っている。
「バカヤロウ!なんだそれ?」
「当直日誌ですよ!」
ズズーン、と1階はどうやらとんでもない事になってそうだ。数センチ、背が縮む思いだ。
事務長は携帯をライト代わりに、当直日誌をパラパラめくった。
「1週間前までは記録があります。救急もふつうにとってる」
「経営がヤバい状況だったわけではないな」
「とも限りませんが。はい」
「まて!そこ!」
最終行。
「<目標額にはほど遠く・・・>とまで書いてるが。あとは破れて読めん」
「目標額・・・」品川は頭をひねった。
「思いつめて、思わず書いた文章のようにも思えるな」
品川と話しても埒があかず、階段で下りた。しかし・・・
2階の詰所。
床が、電気を帯びたように振動している。ここもやはり暗闇だ。詰所の中・・・いやに広々としてる。モニター類などがそういや、ない。小さな台だけが無造作に倒れたまま。
「引っ越し・・俺たちに黙って?病院が丸ごと?中村マサトシでも来たのかな・・・」
破れたカーテンの向こうは休憩室・・・壁に冷蔵庫の背の跡。傾いたカレンダー。数日前の日に赤い印。
「院長の誕生日・・・やっぱり。ここはあの病院なんだ。あの・・・」
地面の下はどこか不安定で浮足立つ。まるで豪華客船に乗ってるようだ。安定しているようで、そうでない。靴を持ち上げ、ひっついたガムをそこらの割りばしで丁寧に除く。
・・・だがとりあえず、トラックのエンジンは窓を開けても聞こえない。誰かの酒酔い運転だったのか。泥棒だったのか。
カーテンを開けて、奥に続く重症部屋もカラなのが分かる。患者もどこかに連れていかれたとすると、いったいどこへ・・・。安全な病院に転院させてくれたのだろうか。
田中君はおびえた。
「なんか、いま運転席が光ったような・・・」
「片頭痛だろ?」ユウは相手にしなかった。
「変な頭痛?」
「どある!もう帰ろ!帰ろ帰ろ!おいザッキー!どこだ?小腸あたりか?黄門様か?」
グルルン!といきなり3台の真ん中のトラックのみ、エンジンが始動した。ウズズン、と雄たけんだ。
「えっ?」向かい合うドクターカーの前方、3人は凝視した。まぶしいハイビームを正視できない。
グルン、グルン・・・音は大きくなる。
「というより・・近づいてるんだ!こっちに!」
ユウは真っ先に逃げ出した。開きもしない玄関へと走る。
「くそ!開かないぞ!ってさっきそうだったよなこれって!」
しかしみな、玄関にへばりつく。なんやら押している。
「こら!トラックを動かしてるのはザッキーお前か?いつ免許取ったんだ!内視鏡専門医も取らずに!」
もちろん、トラックは答えない。
「そりゃお前のわけ、ないよな!」
ユウら3人は、一斉にしゃがんだ。間横、かすめたトラック本体が玄関へ斜めから突っ込んだ。
「(3人)うわああ!」
ガラスが閉じた目の前を飛散した。
トラックは、そのまま受付まで入っていった。その壁も突き破った。
ユウは腰を引きずった。
「しゃしゃしゃ、借金取りか?あれは?品川!」なかなかブラックな指摘だった。
「はいっ!」
「保証人はお前か?」
「経営は自治体が!」
「そっか!」
音は消え・・・ユウはそのまま玄関内へ入った。カルテ類がちぎれて散乱。
「ひでえ・・・でもそんなに時間はたってないよな」
机のホコリも・・・指にはついてない。
「みんなホント。どこ行ったんだ。真吾・・・」
ガラガラガラ・・と、不気味な崩壊音が向こうから聞こえてきた。
「やべ!また来るぞ!」
玄関に戻らず、とっさに階段へ。どうしても病棟内部が気になったせいもあった。
今の衝撃で、滑り台は下半分がなくなっている。
ドカン!と今上がったばかりの階段が破られ、数段下にトラックの頭が現れた。
「あぶねえこら!死ぬぞ!」
階段を見捨て、2階へ。
「なんか、いま運転席が光ったような・・・」
「片頭痛だろ?」ユウは相手にしなかった。
「変な頭痛?」
「どある!もう帰ろ!帰ろ帰ろ!おいザッキー!どこだ?小腸あたりか?黄門様か?」
グルルン!といきなり3台の真ん中のトラックのみ、エンジンが始動した。ウズズン、と雄たけんだ。
「えっ?」向かい合うドクターカーの前方、3人は凝視した。まぶしいハイビームを正視できない。
グルン、グルン・・・音は大きくなる。
「というより・・近づいてるんだ!こっちに!」
ユウは真っ先に逃げ出した。開きもしない玄関へと走る。
「くそ!開かないぞ!ってさっきそうだったよなこれって!」
しかしみな、玄関にへばりつく。なんやら押している。
「こら!トラックを動かしてるのはザッキーお前か?いつ免許取ったんだ!内視鏡専門医も取らずに!」
もちろん、トラックは答えない。
「そりゃお前のわけ、ないよな!」
ユウら3人は、一斉にしゃがんだ。間横、かすめたトラック本体が玄関へ斜めから突っ込んだ。
「(3人)うわああ!」
ガラスが閉じた目の前を飛散した。
トラックは、そのまま受付まで入っていった。その壁も突き破った。
ユウは腰を引きずった。
「しゃしゃしゃ、借金取りか?あれは?品川!」なかなかブラックな指摘だった。
「はいっ!」
「保証人はお前か?」
「経営は自治体が!」
「そっか!」
音は消え・・・ユウはそのまま玄関内へ入った。カルテ類がちぎれて散乱。
「ひでえ・・・でもそんなに時間はたってないよな」
机のホコリも・・・指にはついてない。
「みんなホント。どこ行ったんだ。真吾・・・」
ガラガラガラ・・と、不気味な崩壊音が向こうから聞こえてきた。
「やべ!また来るぞ!」
玄関に戻らず、とっさに階段へ。どうしても病棟内部が気になったせいもあった。
今の衝撃で、滑り台は下半分がなくなっている。
ドカン!と今上がったばかりの階段が破られ、数段下にトラックの頭が現れた。
「あぶねえこら!死ぬぞ!」
階段を見捨て、2階へ。
大きな大空が拡がった。満点の星空。虫の鳴声。スライドしたドアからやや涼しい風。
「おい。ここは・・・?」
学校の校舎?まるで夜の。そう。窓も真っ暗で生気がない。でもここは病院のはずだ。病院が休みだからといって、病棟があるなら全部消灯まではせんだろう。いや、するか。それにしても電気が・・
「止められた?」と田中。
「あのなあ・・・自治体が貧乏でもそこまでは」ユウは呆れた。
いつの間にか、品川は起きている。
「玄関前まで、行きましょう。とりあえず!」
警戒しつつ、ドクターカーは玄関前へ徐行。しかし、数台の巨大なトラックが立ちはだかる。
「新規の改装工事中かな?」ユウは巨大なトラックを見上げた。
「さすが自治体だ。恒例の税金無駄遣いですよ!」ザッキーが突っ込み。
「こうやって税金使わんと、次の予算が降りんのだろ?経済って不思議だな。無理やり需要を作るもんな!」
「医療もそうじゃないっすか?病人がいるから・・・」
みな、しらけた。
「シッ!」事務長が制した。虫の鳴声だけだ。
ドクターカーのエンジンが止まる。
トトト・・・プルル、トン。止まった。最近、よくエンストする。
玄関前も、暗い。まるで死んだ町だ。みな車の周囲に立った。無音。いや、カエルの鳴き声は別。ユウは南を指さした。
「目が慣れてきた。あそこのスタッフ用宿舎もほら。電気がついてない」
さきほどのナースが洗濯物を気にしていた宿舎。静寂と闇が支配する。
「夜逃げしたんですかね?」ザッキーがあちこち、駐車場を走った。
「こら!あちこち行くなザッキー!」
彼はハイになって、走り回っていた。いつも都会にいるからか。
「ここがS状結腸で!ここが!」
「こんなとこでイメージトレーニングなんかすなボケ!」
しかし。宿舎も停電とは・・・?
田中は病院の正面玄関をガチガチ引いたが、鍵で閉まってる。
「ははぁわかったぞ。どうやら新装オープンのための、院内旅行ですかね?患者をどっかに預けて!」
「ありえんだろ。仮にそうだとして。それで宿舎のほうもカラか?」品川が目を閉じる。
「宿舎の家族も旅行招待とは、ラッキーですね!これじゃあ、やっぱり医療は崩壊する!」
品川は全く腑に落ちてない様子。
「そこまで?誰の金で?」
「そりゃ・・・自治体が」
「自治体がそこまでするか?」
「そうですよ。だから!医療が崩壊するんですよ!うっ?」
みな、鎮まった。田中はトラックを見上げた。
「おい。ここは・・・?」
学校の校舎?まるで夜の。そう。窓も真っ暗で生気がない。でもここは病院のはずだ。病院が休みだからといって、病棟があるなら全部消灯まではせんだろう。いや、するか。それにしても電気が・・
「止められた?」と田中。
「あのなあ・・・自治体が貧乏でもそこまでは」ユウは呆れた。
いつの間にか、品川は起きている。
「玄関前まで、行きましょう。とりあえず!」
警戒しつつ、ドクターカーは玄関前へ徐行。しかし、数台の巨大なトラックが立ちはだかる。
「新規の改装工事中かな?」ユウは巨大なトラックを見上げた。
「さすが自治体だ。恒例の税金無駄遣いですよ!」ザッキーが突っ込み。
「こうやって税金使わんと、次の予算が降りんのだろ?経済って不思議だな。無理やり需要を作るもんな!」
「医療もそうじゃないっすか?病人がいるから・・・」
みな、しらけた。
「シッ!」事務長が制した。虫の鳴声だけだ。
ドクターカーのエンジンが止まる。
トトト・・・プルル、トン。止まった。最近、よくエンストする。
玄関前も、暗い。まるで死んだ町だ。みな車の周囲に立った。無音。いや、カエルの鳴き声は別。ユウは南を指さした。
「目が慣れてきた。あそこのスタッフ用宿舎もほら。電気がついてない」
さきほどのナースが洗濯物を気にしていた宿舎。静寂と闇が支配する。
「夜逃げしたんですかね?」ザッキーがあちこち、駐車場を走った。
「こら!あちこち行くなザッキー!」
彼はハイになって、走り回っていた。いつも都会にいるからか。
「ここがS状結腸で!ここが!」
「こんなとこでイメージトレーニングなんかすなボケ!」
しかし。宿舎も停電とは・・・?
田中は病院の正面玄関をガチガチ引いたが、鍵で閉まってる。
「ははぁわかったぞ。どうやら新装オープンのための、院内旅行ですかね?患者をどっかに預けて!」
「ありえんだろ。仮にそうだとして。それで宿舎のほうもカラか?」品川が目を閉じる。
「宿舎の家族も旅行招待とは、ラッキーですね!これじゃあ、やっぱり医療は崩壊する!」
品川は全く腑に落ちてない様子。
「そこまで?誰の金で?」
「そりゃ・・・自治体が」
「自治体がそこまでするか?」
「そうですよ。だから!医療が崩壊するんですよ!うっ?」
みな、鎮まった。田中はトラックを見上げた。
ズドン!と点が大きく拡大。
ドクターカーは高速を降り、夕方の森の中に入った。いきなり薄暗い。
「おいおい!田中君!ライトライト!」
「まだ見えますって!」
「意地はるな!」
ライトがつき、けもの道と確認。無数の羽虫が一斉に突っ込んでくる。だが目当ての僻地病院は、こういう道の先にある。
後部の品川は平然と寝ている。都会っ子のザッキーは気分が悪そうだ。
「どうしたザッキー。俺はメリスロン飲んできたぜ!」
携帯を何度も押すのが疲れた。
「でも本当だ。真吾院長の直通内線も、留守電だよ。当直くらいはいるだろ?何度押しても・・・やっぱり病院自体が休診なのか?でも患者のケアは?」
この静寂。暗闇。ワイパーで次から次へと虫の死骸。今後の何かを予見させた。ときに映る、うっすらとした月だけが希望だった。
「おっ!待て着信あった!あっ何だよ真田病院・・トシ坊かよ!もしもし!」
<せい・・・・シロー・・・まつ・・・にく>
電波をつかまえるためユウは移動、2人が座る後部座席へ。
「はぁ?まつ・・にく。松坂にく・・松坂牛?三重までは行かんぞ?」
電波が悪く、切れた。
「まあいい。トシ坊!留守電にでも入れとけや!」
田中君は興奮した様子でハンドルを左にきった。
「はいここで到着!」
「(その他)うあああ!」
後部の3人は、頭を揃えるように横に打った。
ユウは衝撃で涙が出た。みな耳が腫れあがった。
「うう、ダンボさんきょうだい・・・・ダンボ!」
ドクターカーは高速を降り、夕方の森の中に入った。いきなり薄暗い。
「おいおい!田中君!ライトライト!」
「まだ見えますって!」
「意地はるな!」
ライトがつき、けもの道と確認。無数の羽虫が一斉に突っ込んでくる。だが目当ての僻地病院は、こういう道の先にある。
後部の品川は平然と寝ている。都会っ子のザッキーは気分が悪そうだ。
「どうしたザッキー。俺はメリスロン飲んできたぜ!」
携帯を何度も押すのが疲れた。
「でも本当だ。真吾院長の直通内線も、留守電だよ。当直くらいはいるだろ?何度押しても・・・やっぱり病院自体が休診なのか?でも患者のケアは?」
この静寂。暗闇。ワイパーで次から次へと虫の死骸。今後の何かを予見させた。ときに映る、うっすらとした月だけが希望だった。
「おっ!待て着信あった!あっ何だよ真田病院・・トシ坊かよ!もしもし!」
<せい・・・・シロー・・・まつ・・・にく>
電波をつかまえるためユウは移動、2人が座る後部座席へ。
「はぁ?まつ・・にく。松坂にく・・松坂牛?三重までは行かんぞ?」
電波が悪く、切れた。
「まあいい。トシ坊!留守電にでも入れとけや!」
田中君は興奮した様子でハンドルを左にきった。
「はいここで到着!」
「(その他)うあああ!」
後部の3人は、頭を揃えるように横に打った。
ユウは衝撃で涙が出た。みな耳が腫れあがった。
「うう、ダンボさんきょうだい・・・・ダンボ!」
トシ坊は、近くのホーキをつかんだ。と思ったら、それを太い腕が握った。
「ふうん!俺は長期(ちょうき)!」猛者のようなたくましい腕が宙を振るった。
「があぁ!」トシ坊は、5メートルほど飛ばされた。
お祭りの格好をした大男<長期>は、シローの背中も・・・いや、飛ばさず軽く押した。
「さ!シロー先生!来られないのでお待ちしておりました!オープンの秒読みです!急いで!」
ホーキはトシ坊の背中にグリグリと押しこまれた。
「たいたいたい!いたいっ!」
「お前がトシキか~!ふえええい!俺の名を言ってみろ!」
シローはためらいつつ、廊下を走った。しかし、それはだんだん自信をつけてきた。
「みんな。すみません・・・・!だがどうしても!どうしても!」
トシ坊はベランダで、携帯で話していた。
「じじ!事務員!誰でもいいから!シローを!つかまえ!いたた!この裏切り者!」
背中をまたグリグリ回された。これでは振り向けない。
「動くんじゃねえ!童貞が!」雇われ傭兵の自称<武将>、長期は巨体の体重をかけた。
「うわあああああ!」
今度は、ホーキを尻に突っ込む。
「俺が最初の男になってやる!がはははは!」
「いたぁああ!」
トシ坊が首を上げ、スーパーを見ていると、その2階部・・・モデルルームらしき垂れ幕が、ゆっくり下へと落ちていく。その周囲の布も。壁も。1つずつはがれていく。
「あ・・・・あ・・・・あれは!」
だんだん、鮮やかな色になる。
それとは逆に、意識がどんどん薄れていった。
真田病院の2階、事務ベランダからトシ坊、シローは見送った。
「シロー。あんな開業医なんか手伝うな。ってしつこく言う、ユウ先生の気持ちも分かれよ」
「・・・・・」
「松田クリニックの松田院長は、かつて僕らと戦った先輩だ。だが正直、医師としては認めてない。患者を金としか思ってない。下品だし、誤診も多い。あんな無能なドクターの下にいて、君は恥ずかしくないのか?」
ユウがいなくなると偉そぶるのが彼の嫌味な特徴だった。それにしても、シローは返事もしない。
「お金がそんなに大事なのか?サラリーマン以上の手取りがあるはずだ。それを申し訳ないと思わないのか?まあ家族の複雑な事情は・・ごほん」
シローは何か<影>を抱えているようだった。皆がそれとなく気づいてる引出しの<離婚届>には、何か奥がありそうだ。
「・・・・・・・」
「松田クリニックは、何でも真珠会病院の下請け診療所という噂だ。真珠会であぶれた患者が、あのクリニックに命を授ける。しょせんクリニックだ。何の技術も必要とされないし、身につくこともない。傲慢だけが育つ。だから開業医はわがままなんだ」
自分の性格を棚に上げ、トシキ節が展開する。
しかも知らない間に、白いチワワがしっぽを振っている。熱中したトシ坊は、それすらアウトオブ眼中だった。
「だからシロー。どうか今後は、ゆくゆく開業する関連病院の院長を希望するとか。つまり今後の身の振り方をだな」
とたん、バババ!と花火が前方で打ちあがった。
「(2人)うわ!まぶし!」
何重ものヒュ~音が。やがて上空で・・ババン!と心臓に響いた。
ドン!と大きな花火。
シローは合図に呼応するように、うなだれた。
「すみません・・・」
「はっ?」
「す、すみません・・・お、お受けできません」どこか涙声だった。
チワワがゆっくり近寄る。火薬の匂いが喉に痛い。
耳をすますと、わずかなデジタル音。トシ坊はその首輪に注目した。
ダッ、とチワワは駆け出した。
「しまった!チワワ、いや首輪盗聴器だ!シロー!今の会話を聞かれた!」
1人でも騒がしい男だが、今度は驚いて当然だった。
「シロー。あんな開業医なんか手伝うな。ってしつこく言う、ユウ先生の気持ちも分かれよ」
「・・・・・」
「松田クリニックの松田院長は、かつて僕らと戦った先輩だ。だが正直、医師としては認めてない。患者を金としか思ってない。下品だし、誤診も多い。あんな無能なドクターの下にいて、君は恥ずかしくないのか?」
ユウがいなくなると偉そぶるのが彼の嫌味な特徴だった。それにしても、シローは返事もしない。
「お金がそんなに大事なのか?サラリーマン以上の手取りがあるはずだ。それを申し訳ないと思わないのか?まあ家族の複雑な事情は・・ごほん」
シローは何か<影>を抱えているようだった。皆がそれとなく気づいてる引出しの<離婚届>には、何か奥がありそうだ。
「・・・・・・・」
「松田クリニックは、何でも真珠会病院の下請け診療所という噂だ。真珠会であぶれた患者が、あのクリニックに命を授ける。しょせんクリニックだ。何の技術も必要とされないし、身につくこともない。傲慢だけが育つ。だから開業医はわがままなんだ」
自分の性格を棚に上げ、トシキ節が展開する。
しかも知らない間に、白いチワワがしっぽを振っている。熱中したトシ坊は、それすらアウトオブ眼中だった。
「だからシロー。どうか今後は、ゆくゆく開業する関連病院の院長を希望するとか。つまり今後の身の振り方をだな」
とたん、バババ!と花火が前方で打ちあがった。
「(2人)うわ!まぶし!」
何重ものヒュ~音が。やがて上空で・・ババン!と心臓に響いた。
ドン!と大きな花火。
シローは合図に呼応するように、うなだれた。
「すみません・・・」
「はっ?」
「す、すみません・・・お、お受けできません」どこか涙声だった。
チワワがゆっくり近寄る。火薬の匂いが喉に痛い。
耳をすますと、わずかなデジタル音。トシ坊はその首輪に注目した。
ダッ、とチワワは駆け出した。
「しまった!チワワ、いや首輪盗聴器だ!シロー!今の会話を聞かれた!」
1人でも騒がしい男だが、今度は驚いて当然だった。
病院の暗い地下、いきなりブルルン、とライトがまぶしく光った。ふだんは、霊安室から患者を車に乗せるときに使用する地下室だ。頭上、わずかな隙間から日の光。白いドクターカーに、力がみなぎる。
近くに、6両編成のトレーラーが眠っている。ドクターズ・トレーラー、略してドクトレ、まては<毒取れ>と勝手に名付けられた。
なかなかクーラーがきかない中、ユウはシートベルトを締めた。
「ふ~いふいふい!田中君の運転は怖いからなあ・・・!」
「そんなこと、ないっすよ!」彼が運転。
「事務長!」振り向くと彼は・・・・後部シートで寝ている。
近く、ザッキーが座っている。
「おいザッキー。総回診のときとか、ちゃんと来いよお前!」
「ムニャムニャ・・<お前>はやめてください」淡々と言う。
「お前の検査の腕は認める。けどな。それだけで渡っていけると思うなよ」
「長所は大事にしなきゃ・・」
「ちっ!」
若い人間をうまく育てられない・・・戦争を知らない世代の悲痛な叫びだ。
真田病院が未だに教育病院にまで育っていないのも、仕方なかった。教育に時間を割けば割くほど、お客とお金は手のひらから落ちていく。多忙のせいにしてはいけないが、トシキ以外はほとんど公的な<資格>を取ってない。
折れそうなほど首を後屈していると、ザッキーが前を指さす。
「はあ?前が何だ?うわあ!」
急な坂を、ドクターカーは一気に駆け抜けた。インターチェンジを前に、田中はギアを変えた。
「高速に乗ります!」
「(その他)わあああああ!」
ズドン!と車は点となった。
真田病院、総回診。
ユウは6人ほどを先導。中盤を終えた。
「ザッキーは?シロー」
「新型内視鏡の説明があるって。メーカーが来てました」
「あの野郎・・・また逸脱しやがって!」
トシ坊が説明。
「66歳。心筋梗塞。他院で血栓溶解剤を投与され、当院へ」
「・・・・・・はいはい。次!」
70歳の、すぐにタンを吐くじいさんだ。
「いやぁ、変わりないんだなぁこれが」
「でもないな」担当医のユウはレントゲンをかざした。
「転倒したんだ。よりによって退院間近に」
そうこうするうち、認知症も進行してきた。
「いやぁ。今日帰りたいんだがなぁこれが」
「まだですって!」
40代の喘息。安静がちっとも守れない。
「先生ヒー!もう治ったヒー!」
「治ってないよまだ。それより、安静守ってよ!」
「ああやっぱダメでっかヒー!」
病院の前のスーパーは廃墟と化していた・・・が一部残っている。2階から下は残っている。その2階部分、いや1階部分はどこやらのモデルルームになると聞いたが。
「あそこも、俺たちが買い占めれば、ここから渡り廊下を国道の頭上に通して・・・!」
みな、廊下で夕陽を浴びた。
「そうして医者を増やしてだな・・・ナースはきれいどころ揃いでな。ほんで・・・」
もう何年も、夢みたいなことを言ってる。
「先生。そんなことせんでも!」事務長が現れた。両ポケットに手。
「品川!何しに来た!」
「来て悪いんですか!」
「ポイントだけ言えポイントだけ!」
みな、廊下に集まった。
シナジーは、田中君にしゃべらせた。
「僕が言うんっすか?では・・・まず1点。来月から給与が少し大幅ダウンします」
「少し大幅って何なんだおい!」
ユウは小さく叫んだ。シローの顔が曇った。
「オーナーからの意向です。ですが、近いうち着工の関連病院ができれば・・」
「いつの話だよ・・・」
「病院正面の建物。あれを買い取れば、そこに」
「つまり増床するようなものか?」
シナジーははさんだ。
「いやいや。真田病院は黒なんですよ、黒。ひたすら黒字続きなんです」
「もうかってんだな!じゃあなんで給料下げた!品川!黒いのはお前の腹!」
まあまあ、と品川はおさえた。
「もう少しの辛抱ですよ!今が試練の時です!」
「くだらん投資でもしやがったか!」
「だってオーナーが・・・」
「逃げるな!」
一瞬、品川は眉をひそめた。
「で、2点目なんですが・・・・・そのことにも関連して、奈良の僻地病院と連携をとりたいのですが」
「奈良?奈良にはおい、真吾の自治体病院があるだろが?そここそ関連病院の第一号だ!」
「ええ、さっき話してたとこです。それが・・・」
「なんだって?」
「まだ何も言ってないでしょうが!」
「でもなんとなく分かる」
沈黙。
「・・・連絡が取れないのです」
「真吾とは半年くらい電話に出てくれない。忙しいんだろ」
「病院にさえ、連絡が取れないんです」
「お前。よっぽど嫌われたみたいだな」
「違いますって!」
シナジーは鳴らした携帯をオンフックした。
<ゲンザイ、ツカワレテオリマセン>
みな絶句。パソコン、ケータイを同時に開き、たたんだ。
「(一同)本当だ。通じない」
事務長は携帯を内ポッケにしまった。
「みんなで押しかけましょう」
大学病院の教授室では、新任教授をノナキーが見下ろしていた。この教授は前任の高齢者とは趣が異なる。若造りで50歳前後、いやそれ以下と思われる。
「私も若くして教授となり、君ら若い世代とともに・・・まあ確かに歓迎会でそうは言ったが」
「そうですよ教授。教授のような方が来ていただいたから、この医局は盛り上がっているのです」
白黒の、前教授の遺影がある。
だがこの医局。一斉退職もあって、盛り上がるわけがない。一斉退職は、よそから来たこの教授への対抗心も関係なくはない。
ノナキー的には、ゴマをするのが大の苦手だった。だがそれが出世の手段だ。大学で生き残るには常にアピールしなくてはならない。ライバルの欠点でさえも自分のセールスポイントにするぐらいの覇気がいる。後悔は時間の無駄だし潰瘍の原因になるだけ。外資系のファイトが必要だ。
「私もここまで生きて、まさか自分の医局でミタライ君のような過労者が出るというのは・・・実はこのように、初めて動揺しているのだ。彼女はいま、どこに?」
「熱中症で脱水がひどく、ICUだそうです。思ったより重症のようで。自分はまだ病状の確認には行ってませんが。正直、僕もここまでとは聞いていませんでしたし」
「・・・・・・・」
教授はどことなく、疑いの目で見た。
「ところで教授。わが医局として最大の屈辱です。たいして設備のないバイト先病院に、救急を集中させてくるなど・・・人間の考えることではないです」
近畿の医学雑誌がバサッと開かれた。
「1年前。同じことが友人の病院でもありました」
「真田病院か。前の経営者が脱税して、一躍有名になったとこだな。そこが言うには、シンジュカイ病院とやらの仕業か?」
「僕もそう思います」
「だがその真珠会に限ってはありえない。調べたところ、内視鏡で有名なあの優秀な赤井院長が仕切っている病院だ。学会の理事でもあり、論文もたくさん出してる。そんな優秀な彼がそんなことをするわけがない」
「ですが。首謀者がその方とは限りません!」
しまった、と思ったのか少し間があった。
「うむ。まあ真珠会ではないだろうが、この事件は実に許せん」
教授は椅子を窓に向けた。
「教授。ここはまず法に訴えるべきです!警察を通した調査を!訴訟を!」
「訴訟・・・?いきなり訴訟とは若いね。第一、証拠がないのに」
「では医師会へ。今度、医師会の集まりがあります。教授。そこで意見を」
「わ。私は波風を立てたくはない。ましてやそんな一瞬の感情ではな。君もこれを機会に自分と向き合い、いろいろ学ぶといい」
バン、と立ち上がり、教授は去った。やはりこの教授も、器でない。自分の将来をどのように左右するか。居座り型か協力型か。それも不安の種だった。