40

2009年6月13日 連載

受付が、積み重なったカルテの山の間にさらに、また1冊しのばせる。

「えっ?ワリコミ?」藤堂ナースは少し驚いてみせた。
「あ。これ。信者さんですので」クールなヒラ事務員。
「信者・・(小声)ああ。例の宗教の」

松田院長は噴き出した。

「俺は教祖ちゃうで。はは。俺も入信させてもろとる宗教やで。ま、これは信者割引みたいなもんやな。特典や特典!ワリコミ特典!がはは!真珠会と、この宗教法人が俺のオーナーや!」
「・・・・・」
「いや実はな。もう1つオーナーがあんねん。ファンドって知ってる?」
「いえ」

わざとらしく、とぼける。

松田はまたパンを食べる。忙しい奴。

「前2者は双方とも経営が厳しくてな。日本の組織はもうダメやねん。今は海外のファンドっちゅう銀行同然の会社が助けてくれるねん。まあ裏はあるやろけどな。でも俺はええねん。誰が主人だろうと、飼い主の手は噛まへんライダーや!ははっ。かまへん?かまへん?」

 世代が世代で、通じない。

 藤堂ナースは秘かに思った。

「(宗教との癒着は噂通りだ。それでココの病院は患者が多いのか。無視はできないな・・・)」

 足津の言う通り、ここは乗っ取る価値が大いにあると目論んだ。

「いつっ!」思わず藤堂は目がひきつった。腰を押さえた。
「どした?ん?」松田が腰を触ろうとしたが、一瞬ではねのけた。
「すみません。いいですから」

 転倒したときの傷が痛んだ。思わず手をやった腰には、大事な<装置>がある。これは悟られてはならなかった。



39

2009年6月13日 連載

「どけどけ!どけい!」

ラオウのごとく、巨漢が登場。みな道をあける。

ゆっくり白衣を着込み、受付情報をパソコンで確認。

「ふ~いふ~いふい。再診の予約の間に新患が多数。わしがツバつけた、真田の患者がけっこう来とるな。よしよし。こっそりやってた往診のかいもあったわけや。ン?」

彫りの深い若いナースが、獲物を狙うように上目遣いに見ている。手書きだが<藤堂>の名札が目に入る。

「お~う!あんたベルサイユのバラみたいやね~・・・へへへ。ラスカルやったっけ。ちょっと眺めてもいい?」
「どうぞ」
松田は、周囲を舐めるように眺めた。

「よろしくお願いします」
「これがまた。いい匂いやね~ん」

 髪を撫でられるのは屈辱だが、藤堂に我慢は慣れたものだった。

 老師長はカーテン越しにハンカチを噛んでいた。
「クゥ・・・!」
 イライラしたまま、シローの診療室に戻った。カルテが山積み。

「看護師さん。この7冊が検査!急いでください!外傷の軽い処置も急いで!」シローが指示。
「フー!」とため息。
「点滴処置がこれからあります!超音波するので電気消して!」
「はぁ?なに?そ、それはせんせいが!せ、先生がやってくださいよ!」
「え?」

老ナースは切れた。

「私たちのことを、あごでこき使うんですか?だって先生!今そう言ったじゃないですか!」
「言ってませんよ!」
「言ってなくとも!それに近いこと言いましたー!」
「いったいどうし・・」
「アー!アー!」

 両耳を指でふさぐ。

 非常勤のシローは、正直なめられていた。このままだと、スタッフらの欲求不満の吐け口になりそうだ。

 待合室でざわめきが。患者らは受付へ次々と向かい、院長診療を希望してきた。藤堂ナースはその光景をカーテンごしに見る。

「院長先生。師長さんの様子がおかしいようですが」
「もともとや。ほっとけ!」
「診療を開始しますか?」
「まだや。待たせ!」

 松田は大汗でパンをひきちぎっていた。

「はふ!あの師長な。賞味期限過ぎとるオバハンや。長年ここにおんねん。新しいことを何も学ばんと。するとこれがな。なかなか辞めんねん。女の武器もすでに失ってんねん。2の次にはボーナス出せとか言うしかないわけや!行くとこないさかい、ああやってストレス吐き出して気が済ましてんねん!」

「常勤なりたてのシロー先生も、とばっちりですね」

「だから!ええねん。どいつもこいうつもやな。生活苦があって、それこそ何でもしますって荘園に駆け込んできた、いわゆる難民どもや。それを手数料もらいて世話するのが民主的資本主義や。でもな。ここでサラリーマン顔負けの給料出してんねんやぞ?今さら文句は言わせへん!ははは!んがんん」

 ちょっと、むせた。

 若い藤堂ナースは背中をさすった。さほど動じてもなかった。松田がそれとなく、胸の横をタテに触る。

 あちこち怒号が飛び交いつつも、スピード外来はどんどん進んだ。

38

2009年6月13日 連載

新装オープンのクリニックは2診制。さっそく診療は始まっている。

シローの診療室で、患者1人3分のペース。補助のナースらがそうもっていく。

「では、採血をして!結果をお待ちください!」シローが威勢よく。
「仕事の都合で、早く帰りたいんだが!」モンスター患者。
「では封書で本日遅らせていただきます!」
「今日?」
「はい!本日中にバイク便がお届けいたします!」
「ほう。広告通り、便利な病院だな!」
「ありがとうございます!」

玄関でも、外人とおぼしきスタッフらがしきりに頭を下げている。

補助のナースがケケケ!と笑って隣の診療室へ。松田院長がまだ来てない。

「繁盛繁盛!マージンもらうで!あん?」
「本日から、お世話になります」ペコッ、と若いショートカットがおじぎして立っている。

 美しくも精悍な顔立ちに、おばさん師長は少し気を取られた。宝塚男優のようなオーラを感じた。

「あんた!美しい男みたいやねぇ・・・」
「その字の通り、美男子とよく言われます。でも女です。募集で採用になりました。藤堂と申します」

 明らかに作った演出なのがまた宝塚だった。どことなく姿勢が崩れているようだが。多少足をひきずっているのは周囲には気付かせない。

「あんたみたいな新人が、院長先生のサポート?ふーん・・・よろしく頼むわよ。いままで何人もクビになってるから」
「頑張ります」
「クリニックも新天地で最初が肝心や!トラブルないようしっかりやりや!」

 若いナースの頭の先から下までアラを探すが・・・ない。自分の脅威になる可能性はある。ならばどうやって苛めてやるか。出る釘は打たれる運命だ。彼らにとって新入りは、無気力で魅力なき笑顔になるのが理想的だ。

「松田先生はね。すごく気が短いんだ。あたしゃ5年以上付き合いがあるんだ。まぁそこはコツがあるんやけどな!」
「・・・・・・」

<藤堂ナース>は不気味に沈黙を守っていた。師長は履歴書を読む。

「あんた、ナースをやる前は?」
「営業とか」
「・・・よう分からんやっちゃね」

 自衛隊の話はできない。なので<国業>と話すわけにもいかない。とにかくこれ以上の会話は、組織の役にも立たない。

 今は淡々と、次の任務をこなすのみ。



37

2009年6月13日 連載

 大阪市。道路は渋滞の嵐。そして真田病院。地面から昇りつめる蒸気。

 トシ坊、日系人ピートが救急入り口前、駐車場で走り回っていた。救急ラッシュを受けつけている・・わけではない。

「(2人)ちょっと待ってください!ねぇ戻ってください!」

 彼らの背後から、まるで指の間からこぼれる勢いで、患者らが小走りに去っていく。

 彼らの向かう先は・・・大きな横断歩道を隔てた、2階建ての新規開業医だ。

 垂れ幕がバサ、と降りた。

<新・マツダすこやかクリニック>

 真田の受付では、外来患者が受付の返品ラッシュ。診察券がどんどん返されていく。

トシ坊は痛い背中と尻をさすりつつ、疑問を投げかけるだけだった。
「どどどうして?どうしてうちの外来客がみなこぞって?」

その疑問は近くのアドバルーンでわかった。

放送が流れる。

<え~。本日新装開店のマツダクリニック!朝刊の広告で見ていただいたとおり!>
「なんだって?」

落ちている新聞を拾うと、確かにカラーの広告が入っている。

「<本日より、新天地にて診療再開!>だって?しかもオープン割引?」

ピートもおなじく、うなだれた。
「病院がこんなことして、いいのかよ?」

よくない。

彼らはもはや、あきらめ顔だった。ピートはわなわなと広告をシワにする。

「フー。ガッデメ。ちょうど国の政策で患者負担が増えた、そのニュースが出たタイミングでこの広告か。負担が軽くなると今日知った患者らは、病院をエクスチェンジする気なんだろう」
「でもそんな。そんな人たちじゃない!」トシ坊の咆哮もむなしい。

 でも悲しいかな。患者、いや人間はみな目の前の情報に弱い。それが分かりやすく、安いものならなおさら。基本的に、群衆は疑わしく気まぐれだ。医療不信が育ってた矢先、もしそれを打ち破りそうな期待をもたせる病院があれば・・・

 彼らはとりあえず<試食>に向かう。

 トシ坊はピョンピョンと両足で跳ねながら、真田病院の空になった駐車場に出た。

「でもシロー。なんでお前まで!」

 痛い背中と尻をさする。


36

2009年6月13日 連載

車はブブ・・・と山道を下り始めた。

田中君が手紙のようなものを開いた。

「ユウ先生。前の席からすみませんが」
「なんだ!」うしろへ回す。
「手紙です」
「・・・?」封をゆっくり切る。
「さっきはどうしたんですか先生。さっきも一般人相手に乱暴な・・・」
「何が一般だ!あれが奴らの正体だ!」
「(小声)ダメだ。怒りが頂点になってる」
「俺はくそ!くやしい!くやしいんだ!人の心に土足で踏み込むあの連中が!」

涙が少しだが、爆発的に流れた。
「ちくしょう!ちくしょう!」

しばらくして、やや落ち着いた。ユウは携帯をいろんな方向に向けた。

「くそ。未だに真田に携帯がつながらんな。まだ圏外だ。え?」
「その手紙は、1階の事務室で見つけたものです。おそらく辞表のようなものだと」
「おいこれ!真吾の自筆じゃないか!当直日誌以外にもあったのか!」

 辞表か、それとも最後に書き残したものなのか。これがユウらが読む、真吾の最後の言葉となる。

キキッ!とドクターカーは止まった。

 田中は悩みぬくように、ハンドルに顔をうずめた。
ユウは速読。

「読むぞ。ていうか要約すると・・・<みなさん、すみません。家族も失い巨額の負債を背負い、仲間の信頼も失った自分には・・・>巨額の負債。さっきの件だな」

 みな正面を見て各々うなずく。

「誰かから強引に借りさせられたんだよきっと!彼が自分で借りたんじゃない!」寝かけのザッキーも飛び起きた。

「<これ以上ストレスフルな神経に、さらなる労力を引き出すのは自分には不可能と判断しました。村長に相談しようにも取り合ってくれず・・・自分は精一杯やりました。>やはりか。あの村長はしょせん、その程度の奴だよ」

ユウは手紙を顔から遠ざけた。あとはとても読み上げにくい悲しい文面だ。

「だからといって。そのまま過労で押し潰されたとでもいうのか?なあ品川」
「・・・・・・・・・・」
「真吾だけならず他のスタッフも?なぁシナジー!」
「あるいは、その貸し手が期限を迫ったか・・・それが最も有力でしょう」
「俺たちに連絡してくれりゃあ・・・」
「それにしても。この半年間。どうして、私らに連絡をよこさず・・・」
「そうだよ。言えなかったのか・・・なあ真吾。そうなのか・・・」

 流れる雑木林を見ても、答えは見つからない。

 表現はどうかと思うが、どうやら夜逃げにまでせざるを得ない、そんな状況に陥ったってことは確かなようだ。というのが彼らの推定だ。

 まだ実感がわかない。金によるトラブルなど、今まで関わったことがない。こういうことは、どうしようもない人間がするものとユウは思ってた。

 時代が、変わりつつあった。


35

2009年6月13日 連載

 あちこち傷をおった白いドクターカーのエンジンは・・・田中君の粘り強さで、何とか始動した。

 みな無言で乗り込む。ケータイの電波は、やっぱり立たない。真田病院への連絡を役場からすればよかったが、あそこでは浮かばなかった。

田中君は運転席で、外の誰かと話す。何やら困ってる。

 田中君はツマミをあちこち回す。
「クーラーの効きが、弱いかもしれません。ご了承を」

 誰も返事しない。ザッキーはあちこち傷が痛んでる様子。
「てて・・・来なきゃよかった」

 ユウはちょっと落ち着いてきた。
「ふう・・・さっきはクソクソとすまんな。でも本当にクソがしたくなってきた」
「真吾先生は大丈夫ですよ」根拠なくシナジー。
「お前のな。そういう適当な口説き文句が嫌いなんだ」
「場を和らげようと思って」
「するな」
「はい・・でも」
「だ・ま・れ!」
「・・・・」

 運転席でハッとした田中君は、いきなりドアを開けて外に出た。
すぐ外、タンクトップや薄着の地元住民。

 田中君は対応に追われるように身振り手振りし始めた。

「こちらはどうにも・・・」
「夜逃げや!きっと夜逃げや!」近所のオッサン。
「理由が分かり次第」
「ホンマ、あてにならんな!あの院長、家族に捨てられて行き場ないからここへ来たんやろ?所詮それだけのもんよ!」

車に乗りかけたユウは、にらんだ。

「なんだと?誰のことを・・」
「なんだと?やって。今おい、聞いたかみんな?」

オッサンはひるんだが、周囲の数十人が頷いた。

ユウは疲労のせいか、自分でもどこか人が変っていたように思えた。

「今の、言いなおしてくださいよ。院長として、ここでずっと奉仕しようと決めていた人間ですよ?」
「よう分からんわ。医者の言うことは長すぎて」
「なに?」
「じゃあ、なんで今おらんねや?どこに行ったかお前らなんで分からんねや?」
「くっ・・・」
「そういう連携をするとこから、始めるべきじゃないんですか?」
「・・・」
「お・医・しゃ・さ・ん!」

ブルルン、とエンジンも怒って聞こえる。

「ほ、本当の理由もまだ分からないのに、勝手に話を決めつけるな!」
「おーこわ。みんな聞いたか?こんな言葉、患者に言うか普通?こぉんな常識がない医者はな、どうせろくな診療せえへんで!わしは診てもらいとうはない。なになに。真田病院・・・ジャロかジャフにでもに訴えたるさかい!消え失せ!」

「(民衆)そうやそうや!消え失せ消え失せ!」

ユウは車に乗り込んだ。住民が双方から車を揺らす。石も飛んでくる。

「ダメだこいつら!なんで俺ら、こんな地域に加担したんだ!」

田中君は無言で、車を発進させようとした。

「だ・・だめです!両側から持ち上げられている!」

グラグラがだんだん大きくなってきた。シナジーが身を乗り出した。
「田中!サイレン鳴らしてひるんだ隙に、バックして即ダッシュしろ!」
「あわわ!いきますよ!」

いきなりピー!ポー!という音と同時に、みな反射的に離れた。
「(住民)うわああああ!」

ドクターカーはバック、前輪が先に地面にたたきつけられた。続いて後輪。その後輪は前にキュルル!と回り始めた。

 品川は叫んだ。
「田中ー!ゴーゴーゴー!」

ドクターカーはやや斜めに傾きつつ、ドバン!と弾丸のように突っ切った。機体が一瞬浮いたようだが、軽快にバウンドした。








34

2009年6月13日 連載

役場の出口を出ると、容赦なく太陽が照りつける。

とたん、シナジーのケツが蹴飛ばされた。
「あたっ」
「おい。品川・・・ちゃんとしてないから!お前が!」ユウはまた蹴ろうとし、シナジーはよけた。
「権利が自治体へ移るまで、管理はやってました!」
「話が違うぞ。村長の話では、自治体が丸投げしようとしてそれを真吾が買って出た。これまでのお前の話では、お前ら経営側が自治体に・・」

シナジーは田中君と顔を合わせた。

「うーん・・」
「何とかいえ!」
「ですから。それもオーナーが」
「だる・・・お前はオーナーが死ねといったら死ぬんか?」
「はい・・・」
「モアだる!どうなってんだ・・・」

借用書のコピーに<3000万円>とある。

「だんだん分かってきたよ。病院経営の存続には金がいる。院長は運転資金を調達したんだ。かなり悩んだんだろうよ。きっと消費者金融か何か・・」
「消費者金融に3000万円なんて、いきなり借りれますかね?」
「そりゃ企業とかよ。開業資金を、医療機械屋が負担とか、あるだろが!」

 ユウは怒りのやり場に困った。だが怒りは増していく。実感が湧かない分そうなる。

 田中君は話をまとめた。

「つまり運転資金が回らなくなって。村長は知らんふり。病院崩壊を恐れた院長の真吾先生が、仕方なく名義を自分にかぶせた。スポンサーを発掘した上で。で、催促がきた。経営はストップ、病院の物品が持っていかれ職員らは退かざるをえなくなった・・・」

まあまあ、正しい線だった。

引き続き玄関を出て、ついてきていた村長の表情は、相変わらず腑に落ちない。

「単に個人の交渉で、巨大な赤字を補てんなんてできますかなぁ?」
「いたのかよ・・・・・おい事務長。こんな奴らに協力したのが、そもそもの間違いだったんだよ!」
「・・・・・・・」シナジーはまた狼狽しきった様子。
「村長さん。アンタがよその病院に受診していること自体、もうそのときすでにこの病院は見放されていたんだよ!」

村長はそれがどうしたといった様子。
「知りません」

「人でなしが。ああ腹立ってきた!」
「大袈裟な。文句があるなら、厚生省を通して抗議してください」
「おぼえとけ!」
「はい。覚えときますよ」
「うるせえ!」

ユウは荒くなった。

やがてみな、力なく役場をあとにした。

さびれた喫茶店で、高すぎるメシを食う。

「クソ!クソ!」
食事中だが、怒りの言葉を探しまくった。
「クソクソ!」

田中君が困り果てていた。
「先生。食事中にクソは・・・」

「あんな奴らが上に立つ限り、僻地に未来はないだろ!」

本心でないながら、ユウはパンが喉を通らなかった。


33

2009年6月13日 連載

 <村役場>。午前中。

「ですから!あの病院が閉鎖とは、うちは聞いておりませんでしたし!」高齢すぎる村長は、両手をテーブルにつき、いっこうに譲らない態度だった。

「ていうより、何があったんですか?」灰色化したカッターの品川も接近した。

「町民はみな休診だろうと噂してましたよ?」
「噂って・・・あなたは関心がなかったんですか?」
「私は健康だから、病院に行く必要がない!」
「そうじゃなくて!」
「もっとも私は、市の大きな病院で検診してますから、村の病院には関与のないところですがな」
「くっ。村長である以上、ときどき現場を訪問してもらうはずでは?」

村長は大きな欠伸をした。みな腹は立ったが、つられた。

「経営は、もううちは関与してませんので。知りません!」
「ええっ?じゃあ誰が引き継いだというんですか!」
「だから知りません!」

村長は、ザマミロといった表情で頭を掻いた。

「う~ん。困りましたな。うちはもう関係ないのです。ただ。あんたらが去ったあと、あの病院はずっと赤字続きだったんですわ」
「むぅ・・・」
「これ以上、経営は困難だと院長に説明したんですよ。そしたらなそこの院長が。≪もういい!オレがやるうっ!≫って言うもんだから!」

ユウの目が光った。
「ウソこけ・・・」

「で?そちらの話をまとめますと。昨日の夜いきなりトラックが動き出して病院を破壊。その中身は夜逃げだったわけですかいな?あんたら、誰かに恨まれてんの?」

なぜか皆、シナジーを見つめた。
「だ、だから知りませんってのに・・・」
シナジーは狼狽した。

シナジーは、気を取り直した。

「しかし。自治体が経営を簡単に放棄するとは。誰がこんな人に病院経営を託したんですか?」
「お前以外の何者でもないだろ!」ユウは間を逃さず。
「ですかね・・ですよね。でもオーナーが」
「逃げんな!」

ハァ・・と田中君はコナンのようなため息。
「オイオイ・・・」

すみません・・・と言わんばかりに小さな若い女性が村長の後ろに。

「あの・・・金銭のことはそれと関係が・・・?」
「きんせん?その封筒は?」品川は封筒をいくつも受け取った。
しばらく間。

「<電話料金のお支払い>?」
「あ!あ!ごめんさい!これ!こっちのほう!これが落ちていて・・・」

<追加金の請求>とある。

ザッキーがのぞきこんだ。

「真吾院長の名義の・・・借用書コピーですよ」
「バカな!彼が借金?だれに?」

品川は何度も裏表を読んだ。

「サインは真吾本人がやってますね。でも肝心なとこが破れてて、貸し手が誰か分かりません」

シナジーはそのまま後ずさりし、壁にもたれた。

「字が汚いのを差し引いても、これは本人の字です。真吾先生・・・なんで自ら負債を?どこに?あ。ザッキー先生!」

ザッキーは立位が保持できず、よろめいたところをユウが受け止めた。

「みな疲労がたまってる。調査をお願いしよう。なんだかここにいると・・・」

みな同様の表情をした。

「息がつまりそうだ・・・」




32

2009年6月13日 連載

 真夜中で、しかも近くには店も交番もないところだ。当直室などから毛布を引っ張り、数枚はそろえた。田中君が腰をおろす。

「はぁ~。やっと集まりましたよ。病院の物品が、ほとんど取られてないですもん」

 ザッキーの背中、軟膏を塗るシナジー。
「駐在所も不在です。とことん過疎地になりましたね。ここは・・・」

 ユウは埃を払い、暗い周囲を何度も見回した。
「なあ品川。病院が移転したってことはないか?」
「先生。さっきの日誌から察すると、何かに追われてたと考えた方が」
「追われて・・逃げたと?あいつがそんなこと、するわけないだろう」

シナジーは真顔になった。

「いや。人間分かりませんよ。追い詰められたら何をするか・・」
「真吾はそういう奴じゃない!」
「はいはい。そうでした!」
「追いつめられたら、話し合えばいいだろう。第三者を介して。ただし暴力か何か絡んだなら、これは事件だ」

ザッキーは疲れ、鼾をかき始めた。体の半分が包帯でくくられた。

ユウは立ち上がり、近くにある滑り台を見上げた。
「僻地の病院作るために、死ぬ思いまでしたんだぜ?」
「わ、私に言われても・・・」シナジーは自信をなくした素振り。

近く、影が走るが誰も気づかず。

携帯の電波がいっこうに立たず、みなメールなど見始めた。
田中君はケータイを閉じた。

「またなんか・・・聞こえません?」

耳を澄ますと、ギギ・・という音。ロープがきしむような音。

シナジーは身の毛がよだった。
「とりあえず!出ましょうよ!」
「(一同)お、おう!」

田中君はザッキーをゆすった。
「起きて!起きて!」
「う・・」
「困ったな・・・<急変です>!」
「なにっ?」

ウソのように起きた。

 倒されたテーブルやイスの脚を乗り越え、みなダッシュした。
ユウが横目で見ると、大きな柱にロープ。その奥の奥に・・・

「べ!別のトラックで引っ張ってる!」
「えーなにー?」シナジーが驚いた。
「何が半径数百メートルだ!品川!」
「別のトラックは計算外で・・・!」

すると、頭上の天井のハシッコがみるみる迫ってきた。

ユウらは出口を目指した。

「は、柱が引っ張られてんだー!」

 ロープは大きな柱を食いちぎり、真っ二つに折れ曲がった。即座に、天井が端から順番に落ちてくる。よりによってその端の下を、ユウらが駆け抜ける。

「(一同)うわああああああ!」

 やがて病院の2階、いや3階部分が力なくグシャッ、と傾き、それとともに1階部分がズドーン!と豆腐のように倒れ込んだ。

 続いて流れるように他の部位が力尽きた。

 ズドドドド・・・と、僻地の病院は巨人に踏みつぶされるがごとく、力なく倒れていった。不健康そうな煙が四方八方へと広がっていく。

 残されたのは、コントのように埃をかぶった真田のスタッフらだけだった。





31

2009年6月13日 連載

「うわ!まだいるぞ!」

 ピキーン、とライトをつけたトラックが停まったまま、病院1階のど真ん中でたたずんでいる。周囲は瓦礫と書類が散乱している。

「誰が乗ってるんだ事務長?」
「し、知りませんよ!」
「お前。誰かリストラしたのか?」
「してませんよ!勝手に辞める人ばっかりですよもう!」
「お前に恨みを持ってる奴だろ!」

 さっきまで行方不明だった小柄のザッキーが、トラックの前輪を乗り越え、そろ~、と運転席の近くまで登っている。

「命知らずな・・・」ユウは傍観した。
「要精査、と判断したんでしょう」シナジーはゆっくり降りにかかった。

 田中はトラックの正面で土下座して命乞いしている。たぶん時間稼ぎだろう。だがそれが彼のいいキャラだ。

 ザッキーは運転席のドアを開け運転手の腕を引っ張り、そのまま重力に任せ落下しはじめた。

「てやあ!堕ちろ!」
「!」ヘルメットの長身が、ザッキーとともに3メートルほど落下した。

 ヘルメットはバウンド、同時に甲高い悲鳴。運転手の上にザッキーの体がバウンドした。

「あうんっ!」
妙に色っぽい声?

ザッキーはワンバウンド、はずみで手首をねん挫した。
「いたあああっ!くそ!お前のせいで!何が<あうんっ>だ!」
襟をつかもうとしたら、むにゅっとしたものをつかんだ。

「うっ?女性化乳房?てかオンナ?」

 その隙に、ザッキーに電流のようなものがズバーン!と走った。即、ごろごろ転げまわる。煙も出た。
「たっ!たた・・・うあ!」

 一瞬の出来事だった。

 モクモクとした煙が消えたとき、その姿はなかった。ザッキーのあちこちから、焼け焦げたにおい。

「つつつ・・・」
「ザッキー。火でもつけられたのか?」
「水。水・・・」
「スタンガンかな・・・」

シナジーは自販機にコインを打ち込み、ペットボトルの水をぶっかけた。

「いやあ。ここまでは痛まないでしょう?もっといるもっといるぞ!田中!」
「ふぅ~!いてて!・・・ここも!」

奥の闇は深く、何の姿も追えない。

田中はドクターカーの点滴を取り出し、さらにビュー、と浴びせた。

「かけてほしいとこは?ないですか?」
「がが、顔面シャワー以外で・・・」目覚めた。
「おっ。大丈夫のようですね!」

よく見ると、衣服があちこち破けている。ユウは傍観した。

「そうだな。スタンガンなんてもんじゃない。まるで雷にでも打たれたみたいだな・・・どうする?品川。孔明。何か策は?」ユウが聞く。

シナジーは、周囲に何もいないのを確認した。

「半径数百メートルは大丈夫。とりあえず、ここで夜を明かしましょう。役場の営業開始を待つのです。自治体に詳しく事情を聞きましょう」

「それ、策ってもんじゃないな・・・」


30

2009年6月11日 連載
3階。医局。ここも真っ暗。電気もつかない。月の明かりとペンライトに頼るしかない。

 椅子が4つ互いに向かい合っている。

白板にいかがわしい絵?と思ったらマジック手書きのダーツの図。中心ほど穴がいくつか開いている。相当の腕と圧力だ。

「暇つぶししてたのか・・・?」

院長室もあけっぱなし。

「真吾・・・」

 医師として、ユウにとって心を打ち明けられたのは彼ぐらいだった。その彼の部屋はまるで泥棒に荒らされたように汚い。ルーズな者でもここまでは・・・。

「古い本だけ残ってるような気がするんだけど・・・」

 そういや、半年前に電話したときどこか、彼暗かったような。それもやはり、<先生が知らないだけ>なのか・・・。

「(半年前からお前。電話にも出なくなって・・・俺が何かしたっていうのかよ。友達じゃなかったのかよ・・・)」

いきなり背中を押された。
「ぎゃあああ!」

「しっ!」事務長だ。ノートを持っている。
「バカヤロウ!なんだそれ?」
「当直日誌ですよ!」

 ズズーン、と1階はどうやらとんでもない事になってそうだ。数センチ、背が縮む思いだ。

事務長は携帯をライト代わりに、当直日誌をパラパラめくった。

「1週間前までは記録があります。救急もふつうにとってる」
「経営がヤバい状況だったわけではないな」
「とも限りませんが。はい」
「まて!そこ!」

最終行。

「<目標額にはほど遠く・・・>とまで書いてるが。あとは破れて読めん」
「目標額・・・」品川は頭をひねった。
「思いつめて、思わず書いた文章のようにも思えるな」

品川と話しても埒があかず、階段で下りた。しかし・・・


29

2009年6月11日 連載
 
 2階の詰所。 

床が、電気を帯びたように振動している。ここもやはり暗闇だ。詰所の中・・・いやに広々としてる。モニター類などがそういや、ない。小さな台だけが無造作に倒れたまま。

「引っ越し・・俺たちに黙って?病院が丸ごと?中村マサトシでも来たのかな・・・」

 破れたカーテンの向こうは休憩室・・・壁に冷蔵庫の背の跡。傾いたカレンダー。数日前の日に赤い印。

「院長の誕生日・・・やっぱり。ここはあの病院なんだ。あの・・・」

 地面の下はどこか不安定で浮足立つ。まるで豪華客船に乗ってるようだ。安定しているようで、そうでない。靴を持ち上げ、ひっついたガムをそこらの割りばしで丁寧に除く。

 ・・・だがとりあえず、トラックのエンジンは窓を開けても聞こえない。誰かの酒酔い運転だったのか。泥棒だったのか。

 カーテンを開けて、奥に続く重症部屋もカラなのが分かる。患者もどこかに連れていかれたとすると、いったいどこへ・・・。安全な病院に転院させてくれたのだろうか。




28

2009年6月11日 連載
田中君はおびえた。

「なんか、いま運転席が光ったような・・・」
「片頭痛だろ?」ユウは相手にしなかった。
「変な頭痛?」
「どある!もう帰ろ!帰ろ帰ろ!おいザッキー!どこだ?小腸あたりか?黄門様か?」

グルルン!といきなり3台の真ん中のトラックのみ、エンジンが始動した。ウズズン、と雄たけんだ。

「えっ?」向かい合うドクターカーの前方、3人は凝視した。まぶしいハイビームを正視できない。
グルン、グルン・・・音は大きくなる。

「というより・・近づいてるんだ!こっちに!」
ユウは真っ先に逃げ出した。開きもしない玄関へと走る。

「くそ!開かないぞ!ってさっきそうだったよなこれって!」
しかしみな、玄関にへばりつく。なんやら押している。

「こら!トラックを動かしてるのはザッキーお前か?いつ免許取ったんだ!内視鏡専門医も取らずに!」
もちろん、トラックは答えない。

「そりゃお前のわけ、ないよな!」

 ユウら3人は、一斉にしゃがんだ。間横、かすめたトラック本体が玄関へ斜めから突っ込んだ。

「(3人)うわああ!」

 ガラスが閉じた目の前を飛散した。

トラックは、そのまま受付まで入っていった。その壁も突き破った。
ユウは腰を引きずった。
「しゃしゃしゃ、借金取りか?あれは?品川!」なかなかブラックな指摘だった。
「はいっ!」
「保証人はお前か?」
「経営は自治体が!」
「そっか!」

音は消え・・・ユウはそのまま玄関内へ入った。カルテ類がちぎれて散乱。

「ひでえ・・・でもそんなに時間はたってないよな」
机のホコリも・・・指にはついてない。
「みんなホント。どこ行ったんだ。真吾・・・」

ガラガラガラ・・と、不気味な崩壊音が向こうから聞こえてきた。
「やべ!また来るぞ!」

玄関に戻らず、とっさに階段へ。どうしても病棟内部が気になったせいもあった。
今の衝撃で、滑り台は下半分がなくなっている。

ドカン!と今上がったばかりの階段が破られ、数段下にトラックの頭が現れた。

「あぶねえこら!死ぬぞ!」

 階段を見捨て、2階へ。


27

2009年6月11日 連載
大きな大空が拡がった。満点の星空。虫の鳴声。スライドしたドアからやや涼しい風。

「おい。ここは・・・?」

 学校の校舎?まるで夜の。そう。窓も真っ暗で生気がない。でもここは病院のはずだ。病院が休みだからといって、病棟があるなら全部消灯まではせんだろう。いや、するか。それにしても電気が・・

「止められた?」と田中。
「あのなあ・・・自治体が貧乏でもそこまでは」ユウは呆れた。

いつの間にか、品川は起きている。
「玄関前まで、行きましょう。とりあえず!」

 警戒しつつ、ドクターカーは玄関前へ徐行。しかし、数台の巨大なトラックが立ちはだかる。

「新規の改装工事中かな?」ユウは巨大なトラックを見上げた。
「さすが自治体だ。恒例の税金無駄遣いですよ!」ザッキーが突っ込み。
「こうやって税金使わんと、次の予算が降りんのだろ?経済って不思議だな。無理やり需要を作るもんな!」
「医療もそうじゃないっすか?病人がいるから・・・」

みな、しらけた。

「シッ!」事務長が制した。虫の鳴声だけだ。
ドクターカーのエンジンが止まる。

トトト・・・プルル、トン。止まった。最近、よくエンストする。

 玄関前も、暗い。まるで死んだ町だ。みな車の周囲に立った。無音。いや、カエルの鳴き声は別。ユウは南を指さした。

「目が慣れてきた。あそこのスタッフ用宿舎もほら。電気がついてない」
さきほどのナースが洗濯物を気にしていた宿舎。静寂と闇が支配する。

「夜逃げしたんですかね?」ザッキーがあちこち、駐車場を走った。
「こら!あちこち行くなザッキー!」

彼はハイになって、走り回っていた。いつも都会にいるからか。

「ここがS状結腸で!ここが!」
「こんなとこでイメージトレーニングなんかすなボケ!」

しかし。宿舎も停電とは・・・?

田中は病院の正面玄関をガチガチ引いたが、鍵で閉まってる。

「ははぁわかったぞ。どうやら新装オープンのための、院内旅行ですかね?患者をどっかに預けて!」
「ありえんだろ。仮にそうだとして。それで宿舎のほうもカラか?」品川が目を閉じる。

「宿舎の家族も旅行招待とは、ラッキーですね!これじゃあ、やっぱり医療は崩壊する!」

品川は全く腑に落ちてない様子。

「そこまで?誰の金で?」
「そりゃ・・・自治体が」
「自治体がそこまでするか?」
「そうですよ。だから!医療が崩壊するんですよ!うっ?」

みな、鎮まった。田中はトラックを見上げた。

26

2009年6月11日 連載
ズドン!と点が大きく拡大。

ドクターカーは高速を降り、夕方の森の中に入った。いきなり薄暗い。

「おいおい!田中君!ライトライト!」
「まだ見えますって!」
「意地はるな!」

 ライトがつき、けもの道と確認。無数の羽虫が一斉に突っ込んでくる。だが目当ての僻地病院は、こういう道の先にある。

 後部の品川は平然と寝ている。都会っ子のザッキーは気分が悪そうだ。

「どうしたザッキー。俺はメリスロン飲んできたぜ!」

携帯を何度も押すのが疲れた。

「でも本当だ。真吾院長の直通内線も、留守電だよ。当直くらいはいるだろ?何度押しても・・・やっぱり病院自体が休診なのか?でも患者のケアは?」

この静寂。暗闇。ワイパーで次から次へと虫の死骸。今後の何かを予見させた。ときに映る、うっすらとした月だけが希望だった。

「おっ!待て着信あった!あっ何だよ真田病院・・トシ坊かよ!もしもし!」

<せい・・・・シロー・・・まつ・・・にく>

電波をつかまえるためユウは移動、2人が座る後部座席へ。

「はぁ?まつ・・にく。松坂にく・・松坂牛?三重までは行かんぞ?」

 電波が悪く、切れた。

「まあいい。トシ坊!留守電にでも入れとけや!」

田中君は興奮した様子でハンドルを左にきった。
「はいここで到着!」
「(その他)うあああ!」

後部の3人は、頭を揃えるように横に打った。

ユウは衝撃で涙が出た。みな耳が腫れあがった。

「うう、ダンボさんきょうだい・・・・ダンボ!」



25

2009年6月11日 連載

トシ坊は、近くのホーキをつかんだ。と思ったら、それを太い腕が握った。

「ふうん!俺は長期(ちょうき)!」猛者のようなたくましい腕が宙を振るった。
「があぁ!」トシ坊は、5メートルほど飛ばされた。

 お祭りの格好をした大男<長期>は、シローの背中も・・・いや、飛ばさず軽く押した。

「さ!シロー先生!来られないのでお待ちしておりました!オープンの秒読みです!急いで!」

 ホーキはトシ坊の背中にグリグリと押しこまれた。

「たいたいたい!いたいっ!」
「お前がトシキか~!ふえええい!俺の名を言ってみろ!」


 シローはためらいつつ、廊下を走った。しかし、それはだんだん自信をつけてきた。

「みんな。すみません・・・・!だがどうしても!どうしても!」

トシ坊はベランダで、携帯で話していた。
「じじ!事務員!誰でもいいから!シローを!つかまえ!いたた!この裏切り者!」

 背中をまたグリグリ回された。これでは振り向けない。

「動くんじゃねえ!童貞が!」雇われ傭兵の自称<武将>、長期は巨体の体重をかけた。
「うわあああああ!」

今度は、ホーキを尻に突っ込む。

「俺が最初の男になってやる!がはははは!」
「いたぁああ!」

 トシ坊が首を上げ、スーパーを見ていると、その2階部・・・モデルルームらしき垂れ幕が、ゆっくり下へと落ちていく。その周囲の布も。壁も。1つずつはがれていく。

「あ・・・・あ・・・・あれは!」

 だんだん、鮮やかな色になる。

 それとは逆に、意識がどんどん薄れていった。


24

2009年6月11日 連載
真田病院の2階、事務ベランダからトシ坊、シローは見送った。

「シロー。あんな開業医なんか手伝うな。ってしつこく言う、ユウ先生の気持ちも分かれよ」
「・・・・・」

「松田クリニックの松田院長は、かつて僕らと戦った先輩だ。だが正直、医師としては認めてない。患者を金としか思ってない。下品だし、誤診も多い。あんな無能なドクターの下にいて、君は恥ずかしくないのか?」

 ユウがいなくなると偉そぶるのが彼の嫌味な特徴だった。それにしても、シローは返事もしない。

「お金がそんなに大事なのか?サラリーマン以上の手取りがあるはずだ。それを申し訳ないと思わないのか?まあ家族の複雑な事情は・・ごほん」

 シローは何か<影>を抱えているようだった。皆がそれとなく気づいてる引出しの<離婚届>には、何か奥がありそうだ。

「・・・・・・・」

「松田クリニックは、何でも真珠会病院の下請け診療所という噂だ。真珠会であぶれた患者が、あのクリニックに命を授ける。しょせんクリニックだ。何の技術も必要とされないし、身につくこともない。傲慢だけが育つ。だから開業医はわがままなんだ」

 自分の性格を棚に上げ、トシキ節が展開する。

 しかも知らない間に、白いチワワがしっぽを振っている。熱中したトシ坊は、それすらアウトオブ眼中だった。

「だからシロー。どうか今後は、ゆくゆく開業する関連病院の院長を希望するとか。つまり今後の身の振り方をだな」

とたん、バババ!と花火が前方で打ちあがった。

「(2人)うわ!まぶし!」

何重ものヒュ~音が。やがて上空で・・ババン!と心臓に響いた。

ドン!と大きな花火。

シローは合図に呼応するように、うなだれた。

「すみません・・・」
「はっ?」
「す、すみません・・・お、お受けできません」どこか涙声だった。

 チワワがゆっくり近寄る。火薬の匂いが喉に痛い。

 耳をすますと、わずかなデジタル音。トシ坊はその首輪に注目した。
ダッ、とチワワは駆け出した。

「しまった!チワワ、いや首輪盗聴器だ!シロー!今の会話を聞かれた!」

1人でも騒がしい男だが、今度は驚いて当然だった。

23

2009年6月11日 連載

 病院の暗い地下、いきなりブルルン、とライトがまぶしく光った。ふだんは、霊安室から患者を車に乗せるときに使用する地下室だ。頭上、わずかな隙間から日の光。白いドクターカーに、力がみなぎる。

 近くに、6両編成のトレーラーが眠っている。ドクターズ・トレーラー、略してドクトレ、まては<毒取れ>と勝手に名付けられた。

 なかなかクーラーがきかない中、ユウはシートベルトを締めた。

「ふ~いふいふい!田中君の運転は怖いからなあ・・・!」
「そんなこと、ないっすよ!」彼が運転。
「事務長!」振り向くと彼は・・・・後部シートで寝ている。
近く、ザッキーが座っている。

「おいザッキー。総回診のときとか、ちゃんと来いよお前!」
「ムニャムニャ・・<お前>はやめてください」淡々と言う。
「お前の検査の腕は認める。けどな。それだけで渡っていけると思うなよ」
「長所は大事にしなきゃ・・」
「ちっ!」

 若い人間をうまく育てられない・・・戦争を知らない世代の悲痛な叫びだ。

 真田病院が未だに教育病院にまで育っていないのも、仕方なかった。教育に時間を割けば割くほど、お客とお金は手のひらから落ちていく。多忙のせいにしてはいけないが、トシキ以外はほとんど公的な<資格>を取ってない。

 折れそうなほど首を後屈していると、ザッキーが前を指さす。

「はあ?前が何だ?うわあ!」

 急な坂を、ドクターカーは一気に駆け抜けた。インターチェンジを前に、田中はギアを変えた。

「高速に乗ります!」
「(その他)わあああああ!」

 ズドン!と車は点となった。



22

2009年6月11日 連載

真田病院、総回診。

ユウは6人ほどを先導。中盤を終えた。

「ザッキーは?シロー」
「新型内視鏡の説明があるって。メーカーが来てました」
「あの野郎・・・また逸脱しやがって!」

トシ坊が説明。
「66歳。心筋梗塞。他院で血栓溶解剤を投与され、当院へ」
「・・・・・・はいはい。次!」

70歳の、すぐにタンを吐くじいさんだ。

「いやぁ、変わりないんだなぁこれが」
「でもないな」担当医のユウはレントゲンをかざした。
「転倒したんだ。よりによって退院間近に」

そうこうするうち、認知症も進行してきた。

「いやぁ。今日帰りたいんだがなぁこれが」
「まだですって!」

40代の喘息。安静がちっとも守れない。

「先生ヒー!もう治ったヒー!」
「治ってないよまだ。それより、安静守ってよ!」
「ああやっぱダメでっかヒー!」

 病院の前のスーパーは廃墟と化していた・・・が一部残っている。2階から下は残っている。その2階部分、いや1階部分はどこやらのモデルルームになると聞いたが。

「あそこも、俺たちが買い占めれば、ここから渡り廊下を国道の頭上に通して・・・!」

みな、廊下で夕陽を浴びた。

「そうして医者を増やしてだな・・・ナースはきれいどころ揃いでな。ほんで・・・」

もう何年も、夢みたいなことを言ってる。

「先生。そんなことせんでも!」事務長が現れた。両ポケットに手。
「品川!何しに来た!」
「来て悪いんですか!」
「ポイントだけ言えポイントだけ!」

みな、廊下に集まった。
シナジーは、田中君にしゃべらせた。

「僕が言うんっすか?では・・・まず1点。来月から給与が少し大幅ダウンします」
「少し大幅って何なんだおい!」
ユウは小さく叫んだ。シローの顔が曇った。

「オーナーからの意向です。ですが、近いうち着工の関連病院ができれば・・」
「いつの話だよ・・・」
「病院正面の建物。あれを買い取れば、そこに」
「つまり増床するようなものか?」

シナジーははさんだ。
「いやいや。真田病院は黒なんですよ、黒。ひたすら黒字続きなんです」
「もうかってんだな!じゃあなんで給料下げた!品川!黒いのはお前の腹!」

まあまあ、と品川はおさえた。

「もう少しの辛抱ですよ!今が試練の時です!」
「くだらん投資でもしやがったか!」
「だってオーナーが・・・」
「逃げるな!」

一瞬、品川は眉をひそめた。

「で、2点目なんですが・・・・・そのことにも関連して、奈良の僻地病院と連携をとりたいのですが」
「奈良?奈良にはおい、真吾の自治体病院があるだろが?そここそ関連病院の第一号だ!」
「ええ、さっき話してたとこです。それが・・・」
「なんだって?」
「まだ何も言ってないでしょうが!」
「でもなんとなく分かる」

沈黙。

「・・・連絡が取れないのです」
「真吾とは半年くらい電話に出てくれない。忙しいんだろ」
「病院にさえ、連絡が取れないんです」
「お前。よっぽど嫌われたみたいだな」
「違いますって!」

シナジーは鳴らした携帯をオンフックした。

<ゲンザイ、ツカワレテオリマセン>

みな絶句。パソコン、ケータイを同時に開き、たたんだ。

「(一同)本当だ。通じない」

事務長は携帯を内ポッケにしまった。

「みんなで押しかけましょう」


21

2009年6月11日 連載

大学病院の教授室では、新任教授をノナキーが見下ろしていた。この教授は前任の高齢者とは趣が異なる。若造りで50歳前後、いやそれ以下と思われる。

「私も若くして教授となり、君ら若い世代とともに・・・まあ確かに歓迎会でそうは言ったが」
「そうですよ教授。教授のような方が来ていただいたから、この医局は盛り上がっているのです」

白黒の、前教授の遺影がある。

 だがこの医局。一斉退職もあって、盛り上がるわけがない。一斉退職は、よそから来たこの教授への対抗心も関係なくはない。

 ノナキー的には、ゴマをするのが大の苦手だった。だがそれが出世の手段だ。大学で生き残るには常にアピールしなくてはならない。ライバルの欠点でさえも自分のセールスポイントにするぐらいの覇気がいる。後悔は時間の無駄だし潰瘍の原因になるだけ。外資系のファイトが必要だ。

「私もここまで生きて、まさか自分の医局でミタライ君のような過労者が出るというのは・・・実はこのように、初めて動揺しているのだ。彼女はいま、どこに?」

「熱中症で脱水がひどく、ICUだそうです。思ったより重症のようで。自分はまだ病状の確認には行ってませんが。正直、僕もここまでとは聞いていませんでしたし」
「・・・・・・・」

教授はどことなく、疑いの目で見た。

「ところで教授。わが医局として最大の屈辱です。たいして設備のないバイト先病院に、救急を集中させてくるなど・・・人間の考えることではないです」

近畿の医学雑誌がバサッと開かれた。
「1年前。同じことが友人の病院でもありました」

「真田病院か。前の経営者が脱税して、一躍有名になったとこだな。そこが言うには、シンジュカイ病院とやらの仕業か?」
「僕もそう思います」

「だがその真珠会に限ってはありえない。調べたところ、内視鏡で有名なあの優秀な赤井院長が仕切っている病院だ。学会の理事でもあり、論文もたくさん出してる。そんな優秀な彼がそんなことをするわけがない」
「ですが。首謀者がその方とは限りません!」

しまった、と思ったのか少し間があった。

「うむ。まあ真珠会ではないだろうが、この事件は実に許せん」
教授は椅子を窓に向けた。

「教授。ここはまず法に訴えるべきです!警察を通した調査を!訴訟を!」

「訴訟・・・?いきなり訴訟とは若いね。第一、証拠がないのに」
「では医師会へ。今度、医師会の集まりがあります。教授。そこで意見を」

「わ。私は波風を立てたくはない。ましてやそんな一瞬の感情ではな。君もこれを機会に自分と向き合い、いろいろ学ぶといい」

 バン、と立ち上がり、教授は去った。やはりこの教授も、器でない。自分の将来をどのように左右するか。居座り型か協力型か。それも不安の種だった。

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